風都探偵 The ANOTHER CASE   作:竜・M・美日

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前章2「Fの決断/海上の楽園」

 ぼくたちが香澄さんから受けた依頼に意気込む中、「敵対者」もまた水面下で準備を進めていた。

 遠目に街のシンボル・風都タワーの風車が見える、風都の港にほど近いレストラン。

 ランチタイムで賑わう店内に、細身でスーツ姿の男が入店した。

 目深に黒いハットをかぶり、黒いサングラスをかけている。

 片手にはジュラルミンケースを握り締め、(しき)りに辺りを気にかけていた。

 風貌(ふうぼう)からして明らかに怪しい人物だ。

 

 若い女性店員がその男に恐る恐る話しかけようとした。

「ヘイ! 『ミスター・ワカヤマ』!」

 すると店の奥まった所で料理を頬張っていた太った男性外国人がカタコトの日本語で名前を呼んだ。どうやら知り合いのようだ。

「あの席で」

 小さくうなずく店員を置いて「ワカヤマ」と呼ばれた男は少しいらだった様子で、その人物の対面に座る。

「大声で名前を呼ぶな……!」

「……ワアォ! ココニイルノハ、ミスター・ワカヤマ、デハナイデスカ!」

 ワカヤマの苦言に、口周りにソースをべっとりとつけた男はわざとらしく声をあげた。

 だが、店内にいるほとんどの人間が食事や会話に夢中で気にする様子はない。

「……見ろ、誰も気にしちゃいねぇよ」

 男は紙ナプキンで口を拭き取ると、とたんに流暢(りゅうちょう)な日本語でしゃべりはじめた。

「堂々としろよ。007(ゼロゼロセブン)気取りか? 返って怪しまれるだろうが」

 そう言って、ワカヤマからハットとサングラスを取り上げる。

 どこか狡猾(こうかつ)な印象を与える前髪が薄い人物だった。

「で……金は?」

 ワカヤマは男にジュラルミンケースを渡す。

 中身を見た男は卑猥(ひわい)な笑みを浮かべた。

「前金で二千万だ。成功すれば八千万を銀行に振り込む。合計で一億になる勘定(かんじょう)だ」

「ウヒヒ! まかせとけ!」

「で、手筈(てはず)は?」

 男はジュラルミンケースを大事そうに隣に置くと、計画を話しはじめた。

「あいつは今週末に島に来る予定だ、そこで作戦開始。『水槽』に入ったところでシステムを切って出られなくする。簡単だろ?」

「思ったより早いな。計画を早められて『社長(布川)』も喜ぶ。だが、万が一システムを復旧されたらどうする?」

「無理だよ。あの島の管理システムは全部俺が構築したんだ。俺しか復旧できない」

 下衆(げす)な笑みを浮かべながら自信満々に語る。

「しかし、水中エレベーターには別に予備電源が付いているはずだ」

「おいおい、俺をそこらのエンジニアといっしょにするなよ。とっくに掌握(しょうあく)済みだ。今じゃボタン一つで上にも下にも自由自在。海のど真ん中でだって()められる。心配すんな。抜かりねぇよ」

「なるほど。君が生殺与奪を握っているというわけか」

「そうそう。あとはあんたらの仕事だ。屋敷に残った連中に金を握らせるなりして全員追い出せ。そうすれば、何も知らない少女は一人ぼっちの竜宮城で乙姫(おとひめ)になりましたとさ」

 めでたしめでたし、と男は話を締めくくった。

「ウヒヒ……! ほんの数分で俺は借金地獄から抜け出せて、あんたらは島をいただけるって寸法さ」

「失礼します」

 会話に割り込むように店員が領収書を素早くテーブルに置く。

 それには一万円近い金額が印字されていた。

 少しの沈黙のあと、男はワカヤマに視線で領収書を指す。

「……俺を安く見るなよ。若山(わかやま)福太(ふくた)弁護士」

 意図を悟った若山はやれやれとため息を吐いて、財布を取り出した。

「……あの禅空寺(小娘)のようにな」

 そうつぶやいて男は残りの食事に手をつけていった。

 

 香澄さんの依頼から数日後。風流島出発当日を迎えた。

「そろそろ行くか」

「そうだね」

「あれ、フィリップ君は?」

「……や、やあ……お待たせ……」

「どうしたんだよおまえ……」

「実は、気が高ぶって……寝てないんだ……」

 ぼくは香澄さんのことを考えるあまりに……寝不足になっていた。

「遠足前の子供か! ったく、ガレージに引きこもって出てこねーと思ったら……。いつから寝てねーんだよ?」

 覚束(おぼつか)ない足取りでガレージから出てきたぼくを見て、翔太郎にあきれた様に尋ねられる。

「依頼された、夜から、ずっと……」

「アホかぁ‼」

 翔太郎が大声を張りあげた。

 朝からやめてくれ……。

「じゃあ、おまえ、着替えの準備は⁉︎」

「着替え……? 必要、あるのかい……?」

 いつものスタイルでいいと思って、必要ないと考えていた。

 だが、見れば翔太郎も亜樹ちゃんもときめも全員、それなりに大きなバックやカバンを手にしている。

「あったりめーだろうがぁ‼ 泊まり込むのは確実なんだから準備しとけよ! あぁーもぉー! 時間もねーし! 俺が用意する! おまえはさっさと顔洗ってこい!」

 頭をかきむしって、ぼくの荷物の準備に奔走(ほんそう)する翔太郎の言われるがままに洗面台に向かった。

「あはは……フィリップ君らしいね……」

「ホント、子供みたい」

 洗面台の鏡に映った自分を見るとたしかに我ながらひどい顔だった。

 目の下に(くま)が出ている。完全に寝不足の症状だ。

 蛇口から水を出し、手に溜めて、顔にぶつける。

 少しは頭が()えた気がした。

「ふぅ……」

 いくらかマシになったか。

 ……香澄さんは喜んでくれるだろうか。

 

 二十分ほどして翔太郎から荷物がつめられたカバンを受け取り、四人で一階の出入り口から出ると、ある人物と出くわした。

「えっ、なんでおまえがいるんだ?」

 翔太郎が驚いた様子で声をかける。

「所長に俺にもついてきてほしいと言われてな」

 そこには赤いバイクに腰を置く、赤いジャケットを着た青年。

 

 彼は風都警察署に設立されたガイアメモリ犯罪専門の部署「超常犯罪捜査課」課長である刑事・照井(てるい)(りゅう)

 かつて井坂・ウェザーに家族を殺害され、そこから復讐に駆られ街を憎み、ときに意見の食い違いからぼくたちとぶつかることもあった。

 だが、紆余曲折を経てウェザーを自らの手で撃破し、その後の戦いもともにしたこともあって、今ではぼくたちの心強い味方だ。

 

「『いい加減、有給を取れ』と言われていたところを、今回の件を聞いて休暇がてらついていくことにした。布川不動産は以前から良からぬ噂も聞いていたしな」

「そうそう、竜くんったら全然休まないんだもん!」

 亜樹ちゃんが照井竜に抱きつく。

「休んでも事件は起こる」

「そんなこと言ってるから無茶することになるんでしょ! もう、たまにはドーパントじゃなくて、私も見てー!」

 そう(あふ)れんばかりの好意で照井竜の胸に頭を押しつける亜樹ちゃん。

 その頭を照井竜が優しい手つきでなでる。

「すまん。所長」

「……あぁー。見てらんねー」

 うんざりしたらしい翔太郎が我先にとハードボイルダーにまたがる。

「でも相変わらず、熱々だね所長さんと旦那さん」

「違いない」

 ときめといっしょにクスッと笑う。

 じつは鳴海亜樹子と照井竜は夫婦だ。

 結婚すると聞いたときは、はたしてうまくいくのかと思ったが、これがどうもうまくいっているようだ。

 時間があればいつもくっついている。

 

「行くぞ、ときめ」

「うん」

 翔太郎に呼ばれてときめがその後ろに乗る。

 ……君たちもなかなかに熱々だと思うけどね。

 そう口にしようとして、やめた。野暮(やぼ)と言うものだ。

 それにしても、ぼくにもいつかそんな人ができるのだろうか。

 脳内でシミュレーションしたが、今のところ一人しか思い浮かばない。

 

 亜樹ちゃんが照井竜のバイクの後ろに乗ったときに、ときめが尋ねてきた。

「あれ? フィリップはどうするの?」

 たしかにバイク二台に対してぼくたちは五人。数が合わない。

 だが、生憎ぼくは普通の人間ではなかった。

「問題ない。エクストリームで追うよ」

 そういうと飛来した鳥型のエクストリームメモリがぼくをデータ化して吸収した。

 

 ぼくは子供のころ、事故で地球の記憶と一体化した結果、「運命の子」などと呼ばれるデータ人間になってしまった。

 現在はぼくと同じく地球の記憶に触れ、データ化した姉・園咲(そのざき)若菜(わかな)のおかげで肉体を手に入れたが、今でもその時々でうまく利用している。

「なるほど。便利ー」

「じゃあ、先に行ってるぜ」

 翔太郎の合図で二台のバイクが出発する。

 それに追走するように、ぼくを取り込んだエクストリームが空を飛んだ。

 

「ところで、あの香澄っていう子なんなの?」

 ヘリポートに向かうまでの間、ときめが翔太郎に尋ねた。

「ど、どうしたんだよ。突然」

「あの子、私と全然合う気がしない! 意地っ張りだし! 無遠慮だし! 高飛車だし!」

「アハハ……。そう言ってやるなって……」

「前からあんな感じなの?」

「いやー、その……。じつは俺、ほとんどあの子の事件には関わってないから、正直なんとも言えねーんだよ。でも、きっと根は、いい子さ」

「そうかも、しれないけど……」

「それに、フィリップに()れてるしな……」

「むっ。いや、やっぱり合わない! あんな子のどこが良いのよ‼」

 ときめが癇癪(かんしゃく)を起こしたように翔太郎の背中をバンバンと叩く。

「あ、あぶねぇ⁉︎ 運転中はやめろって‼︎ それに、フィリップが上で聞いてるかもしれねぇだろ!」

「フィリップには、絶対もっといい子がいるよ‼」

「イデデデデデッ⁉ いや、なんで俺に当たるんだよ! 中止ぃー! この話中止ぃー!」

 ときめに運転を邪魔されたことでバイクが揺れて、ハイウェイの中央線をはみ出しかける。

 ……まったく、事故を起こしたらどうするんだい。

 ぼくはあきれていた。

 翔太郎の言ったとおり、今の会話はバッチリとぼくの耳に入っていた。

 はっきり言って今のときめの言動には、久々に若干の怒りを感じている。

 ……なぜだ? ぼくの悪口を言われたわけではないのに……。

 香澄さんを悪く言われた、から……?

 この感情が、数日かけて亜樹ちゃんの分析を参考にして一旦の結論とした、ぼくが香澄さんを想っている。すなわち「恋」なのだろうか。

 そんなことを考えつつ、ぼくたちは風都海岸を進んだ。

 目の前に巨大なリゾート施設が見えてきた。

 

 ヘリポート近くの駐車場に二台のバイクが停車する。

 ぼくが四人の傍に降り立つと、照井竜がバイクから降りるなり翔太郎に声をかけた。

「左、言うまでもないが。Wのとき以外で道路交通法違反で逮捕させてくれるなよ」

「悪かったって……」

 先ほどのバイクの運転を見て危険だと判断したのだろう、警察官としての照井竜の注意を受けた翔太郎はなんとも言えないような顔をしていた。

 少しへこんだ様子の翔太郎が後ろからついてくる中、指定どおりに目的地に到着すると、ホワイトの夏用のカーディガンを羽織る香澄さんの姿が見えた。

 ぼくたちに気づいた香澄さんはどこか(うれ)いを帯びた笑みを向けてくる。

 表情から察するによほど事件のことで胸を痛めているようだ。

 後ろにはベージュを基調とした鮮やかなグリーンの横線が入ったヘリが待機していた。

 どこかで見たような配色だ……。

「皆様、お待ちしておりました」

 出迎えてくれた香澄さんに、亜樹ちゃんがおずおずと前に出る。

「……あのー、土壇場(どたんば)で一人追加したいんですけど、大丈夫ですか?」

「えっ? あっ、あなたは……」

 香澄さんが照井竜を見て、驚いた顔をした。

「風都署の照井だ。以前の事件で顔を合わせた」

「覚えておりますわ。あのときはお世話になりました」

「今回の件は妻である所長からすでに聞いている」

「奥様……」

 うんうんとうなずく亜樹ちゃんを見て、香澄さんが(うらや)ましそうに微笑んだ。

管轄(かんかつ)外のため警察としては力にはなれんが、俺個人としては可能な限り力になろう」

「心強いですわ。人数についても大丈夫です。空きはありますわ」

「よかった……」

 亜樹ちゃんがホッ、と息を吐く。

 その後ろでぼくが、「いざとなったらぼくがエクストリームで」と(こぼ)したところ翔太郎から拳骨(げんこつ)を落とされた。

 なぜ、ぼくは殴られたのだろう?

 

 ブオン! ブオン! ブオン!

 ヘリコプターのメインローターが回転しはじめる。

「さあ、どうぞ皆さんお乗りください!」

 香澄さんがプロペラの駆動音に負けないくらいの声でぼくたちを誘導する。

「所長、行くぞ」

「はーい!」

 照井竜と亜樹ちゃんがくっつきながらヘリに乗り込む。

「ほら、俺たちもさっさと乗るぞ。このままだと俺の誇り(帽子)が吹っ飛ばされる」

 翔太郎がヘリの風圧で飛ばされないように帽子を押さえながら、一人で乗りに行こうとして、ときめがその腕に自分の腕を(から)ませた。

「な、なんだよ……」

「いいでしょ、別に」

「お、おう……」

 どこかドギマギしながらヘリに乗り込む二人。

 そのとき、一瞬だったが香澄さんとときめの目が合う。

 ほんの一瞬ではあったが事務所と同じ険悪な雰囲気を感じた。

 なんとなく、ぼくにはその行為が、ときめが香澄さんに翔太郎との仲を見せつけているように見えた。

 過去の事件を振り返ると、客観的に見ればぼくもあんな感じだったのだろうか。

 愛情・恋慕(れんぼ)・嫉妬・執着心・敵対心……「恋愛」という分野は相変わらず興味深い。

 

「……さあ、フィリップ君も乗って!」

「あっ……ああ!」

 香澄さんの呼びかけで我に返ったぼくもヘリに歩み寄りステップに足をかけた。

 そこで翔太郎と亜樹ちゃんがハンドサインでぼくに何か指示を出している。

「えっ? どうしたんだい?」

「馬鹿……! アシストしろ……! アシスト……!」

「香澄さんの、手を取ってあげてぇ……!」

 振り返れば、ぼくの後ろから香澄さんが乗り込もうとしていた。

「あっ」

 不意にヘリの勢いに押されたのか小さく声をあげてフラっと体勢を崩す。

「「危ない!」」

 危険を察知した全員の声を背中に受けながら、ぼくはとっさに香澄さんの手をつかんだ。

「……あっ……フィリップ君……」

「大丈夫かい?」

「え、ええ……ありがとうございます……」

 ぼくはその手をしっかりと握り、香澄さんをヘリの中に引き込む。

「ふぅ……」

 皆が安堵(あんど)した様子で息を吐く中、照井竜がドアを閉めた。

 

 空いていた席に腰をかけると、斜め向かいに座っていた亜樹ちゃんはピースサイン、対面の相棒はさり気なくサムズアップしていた。

 どうやらぼくは何かをやったようだ。

 ふと隣の席に座った香澄さんを見れば、ぼくが握った手を(さす)っている。

 しまった。強く握ってしまったのかもしれない。

「すまない。とっさにつかんでしまった。手が痛むかい?」

「いえ……大丈夫です」

 そう頬を赤らめながら返された。

 痛むわけではないのなら、なぜ手を擦っているのだろうと、ぼくは首をひねりながら前を向くと、相棒と亜樹ちゃんが微妙な顔をしていた。

 どうやらぼくは何かをやったようだ。

 いったい何をしたのかわからない内に、ヘリは地上から離れていった。

 

 風流島につくまでの間、ぼくは目が届く範囲でヘリの至る所を観察して興奮していた。

「これが『ヘリコプター』という乗り物か! じつに興味深い!」

「そうなの?」

「あぁ。乗るのは初めてだ!」

 じつのところ空を飛ぶこと自体は、エクストリームに吸収されたときや、Wになったときに飛行ユニット・ハードタービュラーに乗るので珍しいことではないのだが、実体のまま乗り物で移動するというのは経験がすくなくて新鮮だ。

「喜んでもらえたみたいで良かったわ」

「素晴らしいよ! 香澄さん!」

「……さすが『お嬢様』だね……」

 ぼくが胸を躍らせていると、香澄さんの真向かいに座り、窓から外を眺めていたときめがボソッと言った。

「……何か?」

「お金があるからフィリップに興味を持ってもらえるんだ」

 ときめがまた香澄さんを挑発するようなことを言い出し、機内に不穏な空気が流れる。

「アワワワ……!」

「おいおい、ときめ……!」

 あわてて翔太郎が止めに入るが、それを香澄さんが手で制した。

「翔太郎さん、止めないでください。私は忌憚(きたん)なき意見が聞きたいですわ。どうぞ、続けてください」

「いいよ。フィリップが何かに興味を持ったら、お嬢様ならすぐに金で解決できそう、って言ったんだ」

「それは言い換えればフィリップ君が、好奇心を満たせるから私の依頼を受けてくれた、とでも言いたいの?」

「そうは言わない。だけど、本当ならフィリップ一人に来てほしかったんじゃないの? だからフィリップにだけメールを送ったんでしょ?」

「私が鳴海探偵事務所に正式に依頼しに来たのはあなたも見ていたでしょう。それに連絡を取り合っていた以上、先にフィリップ君に連絡したのは不自然じゃないはずよ」

「どうだか……」

 そこで一旦、会話が途切れたが気まずい雰囲気が流れ続けている。

 

「……どうしてあなたが、私に張り合ってくるのか知らないけれど、嫌ならついてこなくて良かったのよ」

「私は翔太郎の助手だから、ついてきただけだ」

「……なるほど。その破廉恥な衣服は翔太郎さんを誘惑するためね」

「は?」

「助手、というならもっとマシな服を着てくればいいのに、わざわざ露出の多い服を着てくるなんて。さすがは『魔女』。色仕掛けはお手の物かしら」

「……翔太郎が、私のことを身体だけ見てるって言いたいのか」

「さあ? でも、あなたにはそれくらいしか取り()がないように見えるけど」

「なんだと!」

「何よ!」

 腹を立てたときめが立ちあがるのに合わせて、香澄さんも席を立った。

 お互いに強く拳を握っている。

 一触(いっしょく)即発の状況、俗に言う修羅場だ。次に何か言えば本当に手が出かねない。

 止めなければ……!

「やめるんだ! 香澄さん!」

「ストーップ‼ ときめもストップだ!」

 翔太郎といっしょに二人を止める。

「翔太郎! あんた!」「フィリップ君! あなた!」

「「どっちの味方なのよ!」」

 何故かこっちがすごまれてしまった。

 ぼくは思わず勢いに飲まれてしまう。

「ぇっ、えぇぇ……」

 翔太郎もたじろいでいる。

 亜樹ちゃんは完全に気が動転しているのか「アワワワ……!」と言うばかりだ。

 

 その中で一人、咳ばらいをする人物がいた。 

「全員落ち着け。今は事件解決が最優先事項のはずだ。仲間うちでいざこざを起こしている状況ではないだろう」

 沈黙を貫いていた照井竜が口を開く。

 その言葉に二人は少し平静を取り戻したのか、一度にらみあったあとにシートに座ると「ふん!」と顔を(そむ)けた。

 なんとか収まったことに内心ホッとする。照井竜がいてくれて本当に助かった。

 それにしても良くも悪くも女性の力強い部分を見せつけられた気がする……。

「左、フィリップ。おまえたちも早く座ったらどうだ」

「お、おう……」

 照井竜に促されぼくたちも席に戻る。

「……こんな非常識な方を連れてきたのは、どこのどなたかしら……」

 まだ言い足りなかったのだろう、窓の外に目を向けた香澄さんが小さく嫌味を言う。

 まるで性格がほとんど前のころに戻ってしまったようだ。

 しかし、それは元を正せばぼくに責任がある。

 どうにかして、二人の仲を取り持てないだろうか……。

「いや、その……」

 遠回しに苦言を(てい)された翔太郎が弁明しようとしたところで、何かに気づいた香澄さんが再度手で制した。

「待って……つきました!」

 その言葉どおり、窓の外に緑豊かな孤島が姿を現した。

 

 風流島。日本本土から南に百九十キロ離れた位置にこの島はある。

 表面積は約二十平方キロメートルの縦長の島だ。

 太古の火山噴火による隆起(りゅうき)によって形成された元火山島で、高さ三十メートルほどの森林に囲まれた緩やかな斜面を登った先にある元火口には、地下を通る海水と空から降る雨によってできた大きな湖がある。

 その特徴上、本土と一度も陸続きにならなかったことで、海流や風、鳥などで運ばれてきた動植物が外部の干渉(かんしょう)をほとんど受けずに独自の進化を遂げた。

 ときを経て、偶然このあたりをクルージングしていた禅空寺義蔵は、無人島だったこの島に上陸しその独自の自然環境に心奪われると、人の過剰(かじょう)な干渉を避けるため、この島を買い取り保護区のようにしたというわけだ。

 

 眼下には緑に囲まれた森林地帯が広がっている。

 美しい自然の景色に目を見張っていると、一つ場違いな物を発見した。

 船だ。一隻の派手な配色をしたクルーザーが島の沖に停泊している。

「あれがそうかい?」

「……えぇ、布川不動産の船ですわ」

「まるで海賊だな」

 それを横目にとおり過ぎ、ヘリは島の南側の浜辺近くに建設されたヘリポートに近づいてきた。

「海から来る気流の影響で大きく揺れます。しっかりつかまっていてください」

 香澄さんの警告の直後、機体が大きく揺さぶられた。

「「うわぁ⁉」」

「うふふ。安全のためにシートベルトの着用をお願いします」

 みんながシートからベルトを引き出して腰に締めていく。

 なるほど。ぼくも締めなければ……。

 見様見真似で座席からシートベルトを取り出して合わせる。

 だが、金属同士がぶつかってカチカチと音を立てるばかりでとまらない。

「フィリップ。それはどっちもバックルだ」

「大変! そっちじゃなくて、こっちをそこに入れて……!」

 香澄さんが丁寧に教えてくれているが、身体が揺らされてうまくいかない。

「おい! このままじゃベルトする前に着陸しちまうぞ! 急げ!」

 ……仕方ない。

 ぼくは二本のベルトを無理やり一本に(くく)ることで身体を固定した。

「おいおい……」

 相棒があきれた顔を向けてくるが、なんとかなったのだから許してほしい。

幸先(さいさき)不安だな」

 照井竜の小言を聞き流しつつ、無事にぼくらを乗せたヘリは着陸した。

 

 ヘリポートで待機していたらしい、眼鏡をかけたスーツの青年によってドアが開かれる。

「ようこそいらっしゃいました! どうぞ気をつけてお降りください!」

 その指示で我先にとときめが降りると一人また一人とヘリから降りる。

 ぼくも慎重に地面に降り立ち前を向くと、乗るときと同じように翔太郎と亜樹ちゃんがハンドサインをしている。

 さすがに意図を察したぼくは振り返って、次に降りようとしていた香澄さんに手を伸ばす。

 香澄さんは一瞬驚いたようだが、微笑むとぼくの手を取った。

 今度は力を入れすぎないように優しく支えながら香澄さんを降ろす。

「ありがとう。フィリップ君」

「構わないよ」

 笑っている。少しは機嫌を直してくれただろうか。

 そして、ぼくは緑豊かな内陸へ目を向ける。

「鳴海探偵事務所のみなさま。ようこそ、『海上の楽園』。風流島へ」

 香澄さんの歓迎の言葉とともに、ぼくたちは島に足を踏み入れた。

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