風都探偵 The ANOTHER CASE   作:竜・M・美日

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時系列は『風都探偵』9、10巻の間を想定しています。


CASE of J・j
前章1「Jに贈る言葉/探偵の休日」


 俺の名前は(ひだり)翔太郎(しょうたろう)

 ハードボイルドな……私立探偵だ。

 風の街・風都。

 この街では小さな幸せも大きな不幸も常に風が運んでくる。

 俺の仕事は、そんな街に吹く厄介な嵐を治め、街に愛される平穏な風を守ることだ。

 ……だが、今日は珍しく探偵業を休んでいる。

 まあ、いわゆる休暇だ。

 なぜかって? 俺にとって今日は「そういう日」だからさ。

 

「おはよう……」

 (ふじ)色の長髪、シースルーのキャミソールにローライズジーンズを着た、俺の探偵助手・「ときめ」が目を擦りながら鳴海(なるみ)探偵事務所に出勤してきた。

 ときめと知り合ったのは最近のことで、俺が深夜に波止場でたそがれていたときに出会った。

 その長髪を潮風(しおかぜ)になびかせ、この俺をあっという間に魅了するくらいのエロス……まあその、客観的に見て美人だ。

 出会ったときは名前以外の記憶がなく「T字路の魔女」なんて呼ばれ、服や金を奪う追い剝ぎだった。

 それに関連した事件を解決してからは、紆余曲折があって今もさまざまな謎をまとってはいるが最近はすっかり俺の助手が板についている。

「おはよう、ときめちゃん!」「おはよう」

 事務所の所長・鳴海亜樹子(あきこ)と俺の相棒・フィリップが挨拶を返した。

 

 亜樹子はポニーテールを垂らして、二十歳(はたち)をとうに過ぎてるはずなのに中学生にしか見えねえが、警察官の旦那・照井(てるい)(りゅう)と結婚している。

 しかも「おやっさん」こと師匠・鳴海荘吉(そうきち)愛娘(まなむすめ)なもんだから、俺も頭がいくらか上がらない。

 一方の緑色のロングベストを着て、髪を髪留めじゃなくクリップでとめているフィリップは俺の頼れる相棒。

 いろんな意味で切っても切れない存在だ。

 こいつがいなかったら、今頃この街は悪党で蔓延(はびこ)っていただろう。

 

 ときめは事務所の中を一通り見渡すとある異変に気づく。

「あれ? 翔太郎は? 表にはバイクが置いてあるし、帽子も全部かかってるし」

 俺の愛車・ハードボイルダーや帽子の状況を見て疑問を唱えると、二人は目を合わせた。

 するとフィリップが笑みを浮かべる。

「? どうかした?」

「いや、君も大分、探偵としての素質が身についてきたと思ってね。良い着眼点だ」

「翔太郎君、今日は休みなの」

 フィリップの褒め言葉に亜樹子が補足する。

「えっ。あの年中、依頼で街を走り回ってる翔太郎が?」

「ああ。ここ数年、翔太郎はこの日だけ『そういう日』ということで必ず休暇を取るようにしているんだ」

「そういう日?」

 事情を知らないときめはキョトンとする。

「つまり……いや」

 フィリップは言葉を切って顎に手を当てた。

 おもむろに事務所裏に作られた秘密基地・ガレージに続くドアにかかった俺の帽子コレクションを見渡す。

「せっかくの機会だ」

 フィリップがその内の一つを手に取り、ときめに差し出した。

「えっ?」

「ときめ。ぼくから依頼をしたい」

「依頼? 私に?」

 ときめは驚いた様子で自分を指す。

「そうだ。まあ、言い換えれば試験のようなものかな。君が探偵助手として完成しつつあることを考慮して。これまでの経験を駆使し、街のどこかにいる翔太郎にこれを届けてほしい。引き受けてくれるかな?」

 ときめは少し考えたあと、うなずくとそれを受け取る。

「やってみる」

 気合いが入った顔を見てフィリップは再び微笑む。

「翔太郎にとってのそれは、彼の涙と弱さを隠してくれる物だ。大切に頼むよ」

「うん。わかった」

「そして、翔太郎に会えたなら、今日、休暇を取った理由がわかるはずだ」

「そうなの?」

「おそらくは。詳しくはぼくからは言えないけどね」

「……わかった。じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」「行ってらっしゃーい!」

 二人の声援を受けてときめは事務所を飛びだす。

「フィリップ君も素直じゃないねえ……」

 亜樹子がつぶやくように言った。

「それをいうなら翔太郎もだよ。……それにあの件は『当事者ではない』ぼくから話すことじゃないからね」

 フィリップは窓から外を覗く。

 この街のシンボル・風都タワーが見えた。

「ぼくがいなかった間……左翔太郎は『師匠』と呼ばれていたときがある……」

 そう、意味ありげにつぶやいた。

 

 そのころ、俺は手にハーデンベルギアという花の花束を持って、とある歩道橋の上で風都タワーを静かに眺めていた。

「今日も、いい風が吹くな……」

 寒風と春風が混じったようなこの風に吹かれると、いつもの騒がしさはどこへ行ったのか、おとなしくなる。

「っ! ……(いて)ぇな……」

 少し前に(クラブ)にやられた左手がズキズキと痛みだしたから手を振る。

 しまらねえなあ……。

「翔太郎!」

 名前を呼ばれて振り向けば、そこには俺の帽子を持ったときめがいた。

「おまえ……なんでここに?」

「もちろん、探偵らしく『ここ』を使って」

 そう言って、ときめは足を叩いた。

 

 俺を探して事務所を出たときめは早速探偵の基本である聞き込みをはじめた。

 それも効率的に俺のことをいちばん理解しているであろう友人であり情報屋である、ペットショップの店長、ウォッチャマン、クイーン&エリザベスの「風都イレギュラーズ」に、だ。

「翔ちゃんが休暇で、帽子をかぶらないでいなくなった?」

「そう。何か知ってる?」

「うーん。あっ、『あの件』かな……?」

 店長はカレンダーを見てそうつぶやく。

「『あの件』? 知ってるの?」

「もし、あの件だったとしたら……。本人から聞いたほうがいいんじゃないかなあ」

「じゃあ、何か心当たりはある?」

「それなら翔ちゃん行きつけの花屋があるから行ってみるといいよ」

 

 次にウォッチャマンを尋ねた。

「翔ちゃんがいないノ?」

「そう。詳しく知らない?」

 ウォッチャマンは思いついたようにスマホを見る。

「そっか、今日はあの日かァ。だったら楓橋(ふうきょう)にいるんじゃないかなァ」

「『楓橋』?」

「あの歩道橋からなら、ほとんど遮る物がなくてはっきりと風都タワーが見えるからねェ」

 

 最後に春休みで大学と兼業のアイドル活動を休んでいたクイーン&エリザベスに聞く。

「翔ちゃんが休み?」

「珍しー」

「そう。街にいるのは間違いないってフィリップはいうんだけど。多分、花屋さんに寄って楓橋って歩道橋にいるって、店長さんとウォッチャマンからは聞いたんだ」

 ときめの説明に二人の表情を曇らせた。

「……じゃあ、あの子の件だよ、ね?」

「だろうね……」

 寂しそうにエリザベスがつぶやき、クイーンが確信を持ったようにうなずく。

「『あの子』? やっぱり、みんなは知ってるんだ……」

「えっ、嘘⁉ 翔ちゃん、ときめちゃんにはまだ話してないの⁉」

「う、うん……」

「……たしかにアイツのことだから。きっかけがないと話さないかもね」

(もしかして、ビギンズナイトのときみたいに覚悟が必要な話なの……?)

「何が、あったの?」

「……いや、ね。私たちの……」

「待ちな、エリザベス」

 クイーンがエリザベスの言葉を遮る。

「翔ちゃん案件だから、本人に直接聞いたほうが良い」

「『翔ちゃん案件』?」

 その質問に、念のための確認でエリザベスがクイーンに目配せする。

 うなずいたのを見てからその意味について話す。

「……ときめちゃんは、風都に仮面ライダーがいることは知ってるでしょ?」

『仮面ライダー』とはこの街におけるヒーローの称号。

 そして、その正体は俺とフィリップ。それから照井もだ。

「うん……翔太(しょうた)……」

 ときめは出かけた言葉を止める。

(まずっ。二人は仮面ライダーの正体を知らないんだった!)

 俺たちは仮面ライダーであることを成り行きで知ってしまった相手以外には不必要に教えないようにしている。

 それは風都イレギュラーズに対しても同じだ。

「『しょうた』?」

「しょ……『正体』は誰も知らない、んだよね?」

「そうなの! 翔ちゃん、顔が広いから仮面ライダーにもパイプがあるらしくて、メモリとか怪物関連の話が出てきたら、その単語で伝えてるの」

「いわゆる隠語」

 地球の記憶を入れたUSB型のデバイス・ガイアメモリ。

 人がこれを使うと怪人・ドーパントになる。

 それを退治するのが、同じくガイアメモリを使って戦う、俺たち仮面ライダー。

 余談だが、ときめもガイアメモリを使っていた容疑がある。

 しかも、それはジョーカーメモリ……俺とも因縁深いメモリだ。

「にしても、どこで知り合ったんだろうね?」

「……さあね……」

(? クイーン……?)

 クイーンが浮かべた表情に何か思うところがありつつも、ときめは着実に情報を集めて俺の居場所を突き止めたってわけだ。

 

 その説明を受けて思わず苦笑した。

「すっかり、探偵の技術をものにしたな……。助手のままにしておくのはもったいねえかもな」

 そう褒めると、ときめが俺の帽子を差し出してくる。

「フィリップに翔太郎を探して、これを渡して欲しいって依頼されたんだ。探偵のための試験だって」

「あいつ……」

「はい」

 だが、それを手に取らず首を横に振る。

(わり)ぃ。今はそんな気分じゃねーんだ……」

「えっ……?」

 ときめは困惑した……帽子を持ったまま隣に立って橋の欄干にもたれかかる。

「探偵を休んでまでここに来るってことは……何かあるんでしょ? クイーンとエリザベスから、そんな風に聞いてる」

「……そうだな……」

「フィリップは『本人に聞けばわかる』って……」

 俺は風都タワーに目を向ける。

「……ここには俺が忘れちゃいけない『罪』の一つがある」

「罪……。もしかして、『ビギンズナイト』のときみたいな話……? 大丈夫なの……?」

 ときめが心配の目で俺を見た。

 

『おやっさぁぁぁぁぁぁぁぁーん‼』

『この俺がおやっさんの命を奪ったんだ……』

 前に俺とフィリップが初めてW(ダブル)に変身したときの話をときめにしたばかりだった。

 そのとき、自分の罪に押しつぶされて号泣した挙句、爆睡するという失態を犯した。

 情けねえ話だ。

 それはともかく……ジャケットから一冊の大学ノートを取り出す。

「それは……?」

 これを見て思い出すのは、あいつの顔と声。

『ししょー!』

 俺と同じくらい街と、花を愛した奴……。

「……無理に話さなくてもいいんだよ?」

「……いや。おまえにこそ聞いてもらわないといけねぇのかもしれねえ」

「えっ?」

「長くなるだろうけどよ。聞いてくれるか? 俺の罪を」

 その問いにときめは力強くうなずいた。

 

 あれはフィリップがこの世から消滅して初めて迎えた春先のことだ。

 俺はおやっさんとフィリップから託された、一人でも仮面ライダーに変身できるベルト・ロストドライバーとジョーカーメモリを使って、V字の触覚に全身黒の赤い瞳の戦士・仮面ライダージョーカーとして街を守っていた。

「ジョーカー・マキシマムドライブ!」

「これで決まりだ……」

 追いつめた鳥人間・バード・ドーパントのメモリを破壊するためにマキシマムスロットにメモリを入れた。

「ひぃっ!」

「ライダーキック……!」

 スロットを叩き、必殺キックが鳥人間に直撃した……が。

「う、うわあぁぁっ!」

 地面を転げ回っただけで、爆発することも、メモリが出てくることもなかった。

「! 嘘だろ……!」

 焦った俺はもう一度スロットを叩く。

「ジョ……ジョ、ジョー、カ、カー……マキシマムドライブ!」

 調子がおかしいのが気になったが構わず右腕を構える。

「ライダーパンチ……!」

 今度は右手でぶん殴った。

「うわあぁぁぁっ!」

 それでもメモリが出てくることはない。

「……『また』かよ……!」

 そこで突然、俺の変身が解けた。

「えっ? な、なんで……⁉︎」

「に、逃げるが勝ちだぁぁ!」

 突然の変身解除は初めてのことだったから困惑する中、鳥人間は空へ飛びあがる。

「あっ。お、おい、コラ! 待てっ!」

 まあ、言ったところで止まるわけねえが。

 

「エンジン・マキシマムドライブ!」

 すると俺の背後から「A」の字のエネルギーが飛び出すと鳥人間に直撃した。

「ウギャアァァァァァァッ!」

 空で爆発が起き、地面に落ちてくると爆炎から男が出てくる。

 腕からメモリが飛び出して砕け散った。

 これが俺とフィリップが編み出した「メモリブレイク」だ。

 後ろから変身を解いた音がすると、物陰から赤いジャケットを着た照井が現れる。

 その厳つい顔には、不信感・失望・侮蔑が浮かんでいた気がした。

「照井、助かった……」

 照井は俺の言葉を無視して、鳥人間だった男に手錠をかける。

「……三度目だ」

「……あっ?」

「おまえが仮面ライダーに変身しながら、メモリブレイクできなかったのは」

 その刺すような指摘に返す言葉がなかった。

 照井の言うとおり、最近の俺はドーパントを取り逃がすことが多くなっていた。

 わざとじゃないがメモリブレイクがうまくいかなくなってたんだ。

「わ、悪い。なんか調子悪くてよ……」

「……園咲(そのざき)若菜(わかな)が消息不明になってから、おまえは変わった」

「!」

 単刀直入に言われたことで言葉が詰まる。

 風都の富豪一族・園咲家の次女・園咲若菜。

 かつて「若菜姫」の愛称で呼ばれ、一時は風都で一世風靡(ふうび)したアイドルだった。

 だが、父親である園咲琉兵衛(りゅうべえ)率いた組織・ミュージアムは、ガイアメモリを使い人類の進化を目論んだ。

 その戦いの最中、彼女は地球の記憶に触れて、人ではなくなった。

 彼らの野望を阻止するため、長男である園咲来人(らいと)ことフィリップが「データ人間」としてすでに限界の状態だったが力と想いを出し切り、俺と最後の変身をして……消滅した。

 その直前、俺はフィリップから街と姉を守るように依頼されていた。

 ところが。

『今、彼女を傷つけたら、フィリップは何のために命を投げ出したんだ!』

『来人が命を……? いったいどういうこと⁉ ねえ、どういうこと‼』

『……フィリップは消えた……。君を守るために最後の力を振り絞り、地球の中へと……』

 真実を知った若菜姫は絶叫しながら姿を消し……今も見つかっていない。

 おそらく二度と見つかることはないだろう。

 俺のせいだ。俺が余計なことを言ったばっかりに……。

 

「そ、そんなこと……」

「覚悟を失った……それとも慣れか? フィリップがいなくなったことに対して」

 その一言に頭をガツンと殴られた感覚がした。

 ……俺は慣れちまっていたのか? いつの間にか半身(フィリップ)がいないことが当たり前になって、約束してたことを破って、それで気づかない内に戦う覚悟がなくなってたのか?

 だが、それがすべての証拠であるように思えた。

「……少し頭を冷やせ、左。俺の嫌味にもかみつかんとは、らしくないぞ」

 照井は少し申しわけなさそうな顔をして、男を立たせて連行していく。

 置いていかれた俺は手に握るジョーカーメモリを見た。

 おもむろに起動スイッチを押す。

「……おいおい。冗談だろ……!」

 何度も押すが反応がない。

「……なぁ。俺が……フィリップとの約束を破ったせいか……?」

 物言わぬそれが答えだと突きつけられた気がした。

「そうか……。俺はもう、変身できない。街を守る資格のない、男なんだな……」

 自嘲する自分に、流す涙も出なかった。

 

 つい一カ月くらい前に修復された風都タワーには目もくれず、傷心した俺はどう帰ったのかわからないが事務所に戻ってきた。

 ドアを開けたところで中が騒がしいことに気づいた。

 見れば少々の飾りつけと亜樹子とイレギュラーズの面々が馬鹿騒ぎしてる。

「あっ、翔太郎君! おかえり!」

 亜樹子が駆け寄ってくる。

「……なんだこれ……?」

「なんだ、って……今日はクイーンとエリザベスの『進級おめでとうパーティ』をやるって翔太郎君が言ったんでしょ?」

 少し前に気分転換にか、そんなことを言った気もする。

 だが……。

「……くれ」

「えっ?」

「出てってくれ」

「は……は?」

 困惑するみんなをよそに自暴自棄になって吐き捨てるように言った。

「今は、そんな気分じゃねえ。出てってくれ……」

「しょ、翔ちゃん?」

「ど、どしたノ?」

「ちょ、ちょっと! 翔ちゃん⁉」

「何、どうしたのよ……⁉」

 (らち)が明かないと、黙って亜樹子を含めた全員を無理矢理外に出す。

「ち、ちょっと翔太郎君! いきなり何すんの⁉」

 バンッ! ガチャッ!

 亜樹子の言葉に耳を貸さず、俺はあることを書き殴った紙をドアに貼り付けて鍵を閉めた。

「きゅ、『休業』? 嘘……私、聞いてない……」

「ちょっと、どうなってんのよお……」

「……ボキ、あんな翔ちゃん見たことないよオ」

「フィリップ君の留学がショックなのかな? 半年も経つのに?」

「……らしくないね」

 フィリップは留学した……このとき、みんなにはそんないつバレるかわからない嘘をついてた。

「どうした。何かあったのか?」

 丁度、そこに封筒を手にした照井がやってきた。

「竜くん! 翔太郎君が……!」

 亜樹子から事情を聞いた照井が苦い顔をする。

「……さっき俺と口論になったのが原因かもしれん」

 口論なんてしてない。照井は正論を言っただけだ。

「左。配慮に欠けた言い方をしてすまん。謝罪させてほしい。すまなかった」

 ドア越しに照井の謝罪を聞いたが、俺は依頼人用の椅子に座ってただ黙っていた。

 反応がないことに亜樹子が困惑した顔を浮かべる。

「どうすれば良いのよお……」

「……今は、一人にさせたほうが良いかもしれん」

「……だからこそ心配なんだけど……」

「所長。様子を見に来るなら、俺の出勤がてら送っていくからウチに来るか?」

 照井の提案に亜樹子はうむむと腕を組む。

 このときには二人は「男と女の仲」だったから、別におかしくない提案だ。

「……うーん。そうだね。そうさせてもらおうかな」

 亜樹子は提案を飲むとイレギュラーズに顔を向けて申しわけなさそうに頭を下げた。

「ごめんね、クイーン、エリザベス。みんなも」

「……仕方ないよ、今のアイツはただごとじゃなさそうだし」

「そうだね。今は解散しよっか……。じゃあ、予定変更でカラオケ行こう! カラオケ!」

「おーう!」とイレギュラーズは気持ちを切り替え、外に出て行く。

「翔太郎君! ご飯はちゃんと食べてね!」

 そう言い残して亜樹子は照井の手を引いて事務所を離れた。

 

 静かになった事務所の中で、俺はただ天井を眺める。

 色鮮やかな飾り付けをぼんやりと見ていた……ガレージのほうから物音がした。

「……ん?」

 誰もいないはずのガレージから物音。確認のためにドアを開ける。

 メカニカルな広い空間にWの装甲車両・リボルギャリーが置かれた隣のホワイトボードの前。

 厚手の本を持った見覚えがある姿が立っていた。

「嘘だろ……フィリップ!」

 そこには消えたはずの相棒がいたんだ。

「フィリップ! おまえ戻って……!」

 喜んで駆け寄った俺は……それ以上、話せなくなった。

「……翔太郎」

 相棒が軽蔑の目を向けていたからだ。

「フィリップ……?」

「翔太郎。ぼくとの約束を破ったね」

「……えっ?」

 相棒は目をそらすとため息をつく。失望が感じ取れた。

「姉さんを守ってくれと言ったのに。君は……最低だ」

「……ま、待ってくれ、フィリップ!」

 弁明という言い訳を言おうとして、手で制される。

「言い訳なんか聞きたくもないね。それに街を守れない君は……ぼくの相棒なんかじゃない」

「すまない! 本当にすまないフィリップ‼︎」

 土下座する勢いで必死に謝るが、取り付く島なんてなかった。

「大切なことを忘れた君に、かける言葉などない」

「えっ?」

「さようなら。左翔太郎」

 まるで会ったころのような他人行儀で高圧的で機械のような口調でそう言って、身体から数字が浮かぶと消えていった。

「ま、待ってくれよ! フィリップ!」

 

「フィリップッ‼」

 大声をあげて依頼人用の椅子から飛び起きた。

「……夢……か……」

 額の汗を拭い時計を見れば、丸一日近く経っていた。

 悪夢のせいで呼吸は荒くなり、汗を大量にかいたから喉はカラカラだ。

 乾いた喉を(うるお)すために簡易キッチンの蛇口から水を出す。

 手に取ったコップに入れるとそれを飲み干し、ふぅ、と一息つく。

 コンコンコン……。

 そこで事務所のドアがノックされていることに気づいた。

 コンコンコン……。

 イレギュラーズの誰かか?

 コンコンコン……。

 今は……誰にも会いたくない。居留守を使おう。

 コンコンコン……。

 しつこいな……。待て。音の位置が低いな……子供、か?

 コンコンコン……。

 それから数分ほっといてもやむ気配がない。

 結局、根負けしてドアを開けると、そこには目に涙を溜めた小学生の女の子がいた。

「……さん……を探して……」

 声がくぐもってよく聞き取れなかった。

 でも、なんにしろ今は依頼を受ける気にはなれない。

「……悪いな。お嬢ちゃん。今、探偵は止めてるんだ」

「……お願い。探偵さん……」

「だから、さ。探し物なら警察に……」

「……フィリップを探して……」

「……えっ?」

 フィリップを探して。

 目の前の少女はたしかにそう言った。

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