風都探偵 The ANOTHER CASE   作:竜・M・美日

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前章2「Jに贈る言葉/フィリップを探して」

 つらそうな顔をしている相手を見るとほっとけねえのは、俺の探偵としての……いや、性根なんだ、って思う。

 ……フィリップがいたなら「ハーフボイルド」っていうんだろうな。

「ありがとう、探偵さん」

「いや……気分転換には良い依頼さ」

 今、目の前の少女の涙を拭うために「フィリップ」という名前の猫を探していた。

 最初「フィリップを探して」って言われたときは心底驚いた。

 あいつのことを知ってるのかと思って、よくよく聞いてみたら……迷子になった猫のことだった。

 話に聞けば、一度フィリップに見つけてもらったことがあるらしくて、できるならあいつに探して欲しかったみたいだ。

 もちろん本人はいないし、事務所には俺以外だれもいないから結局出ることになった。

 そんな気分が乗らない俺に向かって、少女の傍を歩くミックが揶揄(からか)うように鳴いた。

 わかってるよ。おまえは「ハーフボイルド」って言ってることくらいさ。

 情けなさと照れ臭さを隠そうとして……頭に帽子がないことに気づいた。

 そうだった。

 忘れてたわけじゃない……置いてきたんだった。

 

「……わかったよ、お嬢さん。ちょっと待ってな」

 少女の想いに折れた俺は依頼を受けて、ガレージのドアにかけてある帽子を手に取ろうとした。

『いつも言ってるよな。翔太郎。半熟のおまえに帽子はまだ早い』

 お決まりのように言われたおやっさんからの忠告。

「……半熟に帽子はまだ早い……」

「えっ?」

「……いや、行こうか」

 出ようとして、「ミャアオ」という鳴き声がして足元を見れば、黒猫が俺を見ていた。

「ミック……」

 そういえばこいつもいたことを忘れてた。

「おまえも来んのか? 仕方ねえな……」

 ミックはフィリップの大事なペットで、園咲邸が崩壊したときに俺が探しだした。

 だが、まさかのミュージアムの幹部としてドーパントになってたこともあって、普通の猫以上の知能を持っているらしい。

 

 帽子のない俺、少女、猫。妙な組み合わせで迷い猫を探す。

「フィリップ? フィリップー?」

 目の前を歩く少女は健気に猫を探し続けてる。

 だが俺にとっては、その名前を呼ばれるたびに複雑な気分になった。

「……ニャアオ……」

「えっ?」

 猫の鳴き真似をすると少女が不思議そうな目で見てきた。

 人間を追いかけるときと同じように猫の気持ちになりきって探す。それが俺のやり方だ。

「あはは。ニャア! ニャア!」

 面白がったらしい少女といっしょに猫の真似をしながら探した。

「フィリップ!」

 そして、見つかった。

「よかったー!」

 猫を抱きしめながら満面の笑みを浮かべてる。

 ……懐かしいな。街の人間の笑顔を見るとこっちも嬉しくなる、この感覚。

 これも、いつの間にか当たり前になってたような感じがする。

 少し自信を取り戻せた気がした。

 

「フシャー!」

 するとミックが威嚇をはじめた。

「? どうした」

 見ると遠目に青空の下、キッチンカーの傍に何台かパラソル付きのテーブルが置かれていて数人の客が座っている。

 そこに見覚えがある姿があった。

 珍しく私服のクイーン&エリザベス……とスカジャンを着たショートヘアのもう一人。

 だれなのかは背中を向けているからわからないが、仲良さそうに話している。

 あっちはこっちに気づいていないらしい。

 俺としては昨日あれだけのことをしたから顔を合わせるのは気まずい。

「……あいつらがどうかしたのか?」

 そう尋ねるがミックは威嚇したままだ。

「答えるわけねーか……」

 猫に質問したことにあきれつつ、なんとなく見ていると客の若い男が突然立ちあがった。

 そこにいた全員の視線がその男に向く。

「なんだよ……」

「……疲れたの。最近、束縛が激しいし……怒りっぽくなったし……」

「うるさい! おまえは俺のいうとおりにしとけばいいんだよっ‼」

「……なんだ、痴話喧嘩か?」

 男が喚きだしたかと思うと、ガイアメモリを取り出した。

「バイオレンス!」

「何⁉」

 そのまま腕に刺した。

 男の身体が変化し、歯を剥き出しにして、身体が筋骨隆々で複数の鉄板みたいなのが刺さってて、左手は黒い鉄球状をしている。

 前にもやりあったことがあるバイオレンス・ドーパントだ。

 

 いきなりのことに周りの人間がパニックを起こして逃げ出す。

「ひっ」と傍にいた少女も小さく悲鳴をあげる。

 俺はその状況に駆け出そうとして……足を止めた。

 今、変身できない……どうすれば……。

「……そ、そうだ照井に……!」

 いや……あいつに連絡して、間に合うのか?

 迷っている間にも筋肉野郎は、恋人だった相手を追いかけながら周りのテーブルを手当たり次第になぎ倒していく。

「怪物……!」

「二人とも! 逃げるよ! エリザベス、早く立ちなっ!」

「ク、クイーン……! こ、腰、抜けちゃったあ……!」

「もう! 世話が焼ける!」

 逃げ遅れた三人をよそに筋肉野郎は恋人を追い詰める。

「い、いやぁっ!」

「俺のいうことを聞かないなら。死ねよ!」

 その鉄球みたいな腕を振りあげた。

「! ヤバい……!」

 間に合わない!

 

 カツン!

 そこで甲高い音が響いた。

「……なんだ?」

 ショートヘアの女子高生が折れたパラソルを手に取って筋肉野郎の頭を殴りつけた。

「……街の人間を泣かせる奴は許さない!」

「なんなんだよおまえ。関係ねーだろ」

「関係あるね! 彼女もこの街の人間だ! おまえみたいな自分のことしか考えられない野郎はこの街から出てけッ!」

 そう言ってパラソルがバラバラになるまで殴り続ける。

 すげえ……ドーパント相手に一歩も引いてねえ。

 その姿にどこか既視感を感じた。

『この街はみんなのものだっ!』

 そこで気づく。

 昔、アリジゴクのドーパントに食ってかかったときの俺だ。

 

(……やれやれ……)

「! フィリップ……⁉」

 突然、頭にフィリップの声が聞こえた。

 だが、Wに変身したときと同じような感覚だったから意外にも驚きは少なかった。

(もちろん本人ではない。君の冷静な部分と記憶が生み出した、いわば君の別人格だ)

 そ、そうか……。

(ところで、君は目の前の犯罪も見逃すようになったのかい?)

 いや、それは……。

(今の君はハーフボイルド以下だ)

 そうだ……俺はおまえに顔向けできるような男じゃ……。

(ぼくの知っている『左翔太郎』はそんな男ではなかった)

 ……えっ?

(左翔太郎という男は……いくら後悔しても、心身が傷ついても、だれかのために立ちあがる。そういう男だった)

 続けてフィリップが寂しそうに言った。

(ぼくとの約束。これ以上、破らないでくれ……相棒)

『あいつが俺を相棒と呼ぶ限り……俺は折れない……約束だった』

 そうか。これは俺に与えられた最後のチャンスなんだ……!

 筋肉野郎を殴り疲れて荒い息をする女子高生に目を向けた。

「うぜえな。なら、先におまえを潰してやるよ!」

「「『ジュリエット』!」」

 クイーンとエリザベスが彼女のあだ名を叫ぶ。

「っ!」

 ジュリエットと呼ばれた子の頭めがけて左腕が振りかぶられる。

「……おらぁッ‼」

 ドガン!

「……えっ?」

 殴られる直前に俺が飛び蹴りをかました。

「……聞こえたぜ。おまえの啖呵(たんか)

「……翔ちゃん」「翔ちゃぁんっ!」

 クイーンは驚いた様子で、エリザベスは嬉しそうに名前を呼ぶ。

「みんな、ここは俺にまかせろ。クイーン、そこの彼女さんと、ついでにあの子たちも頼めるか?」

 いちばんしっかりしてるクイーンにみんなを逃がすように頼んだ。

「……わかった。あなたこっちきて」

 うなずいたクイーンが彼女さんに肩を貸して逃げていく。

「えっ、でも……」

「いいから行くよ! エリザベス、ジュリエット!」

「は、はいっす!」

「あっ、に、逃げてよおっ! 翔ちゃぁーん!」

 四人は少女たちの手をひっぱると安全な場所へ避難していく。

「……がんばって! 探偵さーん!」

 遠ざかりながら聞こえた少女の声援を背中に受けて筋肉野郎と向き合う。

「おまえ、よくも邪魔してくれたなぁ……!」

「おう。殴り合いの喧嘩なら、俺が相手になるぜ」

 久しぶりに血がたぎる感覚がした。

 

「パイセンたち……! 今の人、大丈夫なんっすか……⁉」

 逃げてる間、ジュリエットが二人に尋ねた。

「大丈夫。アイツはそんな簡単にやられるような奴じゃないよ」

「知り合いなんっすか……?」

「翔ちゃん……左翔太郎! この街いちばんの……探偵だよ!」

「探偵……左、翔太郎……」

 その名前を興味深そうにつぶやいた。

 

 キレ散らかしてる筋肉野郎の攻撃をかわしながらジョーカーメモリを取り出す。

 駄目でもともととスイッチを押したが、鳴らない。

 くそっ。やっぱり仮面ライダーにはなれねーのか……。

(……まったく、仮面ライダーは超人に変身することだけなのかい?)

 フィリップにあきれた様に言われた。

 変身するだけ……。いや違う。仮面ライダーってのは……それだけじゃねえ!

「そうだな。俺としたことが、自分で言ったのに忘れてたぜ……!」

『例え変身できなくても、風都を泣かせる奴は許さねぇ。身体一つになっても、食らいついて倒す。その心そのものが仮面ライダーなんだ』

 ってことをな!

 ジョーカーメモリを握りしめて殴る。硬い身体に拳が痛むが関係ねえ!

「……ジョ……」

「ちっ、なんなんだよおまえは!」

「俺は……この街を守る……探偵だぁッ‼」

 鬱陶しそうな筋肉野郎の問いに殴りながら答える。

「……ジョ……ジョジョ……」

「ウオォォォォッ‼︎」

 今日、この身体がボロボロになったって構いはしねえ‼

「……ジョー……カー……!」

 今日が最後になってでもこの街は俺が守る‼ それが俺の罪滅ぼしであり、フィリップとの約束だ‼

 俺の何十発目かのパンチが奴の胸に刺さったとき。

「ジョーカー‼」

 ジョーカーメモリが鳴った。

「!」

 驚いてメモリを見る。

 認めてくれたのか?

及第点(きゅうだいてん)かな。だが……そうだ。翔太郎。それでこそ君だ)

 フィリップからの合格発表にフッと笑うと筋肉野郎から距離をとった。

 

 ロストドライバーを腰に巻き、スロットにジョーカーメモリを押し込む。

「変身!」

 右手でベルトを開いた。

「ジョーカー!」

 全身を黒い光が包み、仮面ライダージョーカーに変身した。

「なっ、お、おまえは……⁉」

 筋肉野郎が変身した俺に驚く。

「俺は、仮面ライダー……ジョーカー」

 左手首をスナップしながら名乗った。

「少しばかりストレス発散させてやったが……これ以上、この街を泣かせる奴は……許さねえ!」

「うごぉっ⁉」

 筋肉野郎の腹にボディーブローを打ち込む。

「おごぉっ……ゴホッゴホッ!」

 ドーパントが腹を抑えてえずいてるなんて姿は、中々、見られるものじゃないぜ。

 身体を蹴りあげて、無理やり立たせてパンチでボコボコにする。

 ただ、変身したときの違和感。Wのときと違って、相変わらず右半身が自由というか、軽い感じなのがどうもしっくりこねーな……。

「筋肉野郎。今時、DV彼氏なんざ流行(はや)らねえぜ?」

「こいつぅ……好き勝手やりやがってぇ!」

 すると筋肉野郎はデカいボールに変わり、飛び出した左腕を使って器用にあっちこっち飛び回る。

「ちっ。さすがにあれ食らったら、ただじゃすまねえな……」

 周りを見ると狭い路地があった。

「……おい、こっちだ!」

 そこに逃げて奴を誘い込むが、袋小路だ。

「逃げらんねえか……。しょうがねえ、押し潰してこい!」

 俺の挑発に乗ったらしくボールは空高く飛んだ。

「OK。逃げ場は……互いにねえな!」

 身体がデカいだけ広い場所を()ばれるより、狭い場所で()ねてくれたほうが狙いやすい。

 ジョーカーメモリをマキシマムスロットに叩き込む。

「ジョーカー・マキシマムドライブ!」

 失敗したら、例え仮面ライダーの身体でもおしまいだ。

「……決めるぜ……!」

(よく狙うんだ)

 落ちてくる鉄球に対し、拳を握る。

「……ライダーパンチ!」

 一世一代の一発!

 潰される前に奴の身体にマキシマムをぶち当てた。

「ウ、ウワアアアアッ!」

 目の前で爆発が起きて若い男が地面に倒れる。

 奴の身体からメモリが抜けて砕けた。

 ふぅ、と息を吐き、変身を解くと手に取ったジョーカーメモリを見た。

「……メモリブレイクがうまくいった。また街を守れるようになれたんだな」

(君は情に流されやすいのが、悪いところであり、良いところだ。今度は頼むよ? 約束したのは、君だけなんだからね……)

 あぁ。わかってる。忘れねえようにする。

 その後、照井とクイーンたちに「ドーパントは仮面ライダーが来て倒してくれた」と電話した。

 照井は驚き、クイーンたちは喜んでいた。

 

 それからの犯人逮捕や少女の送り迎えなんかの諸々の後処理はまかせて事務所に戻った。

「休業」の貼り紙を貼ったドアを開け、まだ飾り付けが片付けられてない中を見る。

 ため息を吐いて椅子に座る。

「こいつも片付けねーとな……」

 本音を言うと仮面ライダーとしての気概は取り戻したとは言え……探偵をやる気にはなれなかった。

 コンコンコン。

「……ん?」

 ノックされた気がしたが無視する。

 ドンドンドン!

 続けざまに激しくドアを叩かれた。

 もはやノックじゃねぇし、すぐにいなくなるかと思ったがかなりしつこい。

「うるせーな! 亜樹子か! って」

 頭に来てドアを開けると、そこには風都を拠点とするサッカーのプロリーグ・風都ブルーゲイルのキャップをかぶった相手がいた。

「だれ……って、おい!」

 そいつは脇を抜けるとズカズカと中に入ってくる。

 背中には俺も愛用している「ウィンドスケール」ロゴ入りの青緑色ベースのスカジャン、デニムのジーンズ、スニーカーという身なりだ。

「ここが鳴海探偵事務所っすよね?」

 事務所の中を一通り見回してそう言ってきた。

「……そのとおりだけどな、少年。なんの用だか知らねーが、今は休業中だ。表の張り紙、見えなかったのか?」

「わかってます。それでもお願いがあって来たんです」

 そいつはかぶっていたキャップを取って顔を見せてきた。

「!」

 一瞬、自分の目を疑った。なぜならその顔が……フィリップに瓜二つに見えたからだ。

 いや、髪型は左目が隠れるように流しているし、身体の線は細くて、顔つきがどちらかと言えば女性寄りだ。

 女……か?

「って、おまえたしか……」

 クイーンとエリザベスといっしょにつるんで、ドーパントに立ち向かった女子高生じゃないか?

 さっきはちゃんと顔を見てなかったからすぐには気づかなかった。

「左翔太郎さん……いや、ししょー(師匠)

 俺の名前を知ってるのか。

 まあ、それなりに名の通った探偵事務所だしな……って。

「えっ? 『師匠』?」

「ボクを……ししょーの弟子にしてくださいっす!」

 そういって目の前のボーイッシュガールは頭を下げてきた。

「……はい?」

 頭が追いつかなくて間抜けな声を出すしかなかった。

 

 頭を下げ続けるボーイッシュガールを依頼人用の椅子に座らせた。

「ボク、日色(ひいろ)樹里(じゅり)っていうっす!」

 元気よく名乗るなり自身のことを話しはじめた。

 現在、高校生でクイーンとエリザベスの一年後輩らしい。

 それからはずーっと弟子になりたいと、これでもかってくらいまくし立ててくる。

「わ、わかった! おまえの熱意はよーくわかった! けど、なんでそんなに俺の弟子になりたいんだ?」

「はい! ししょーがまるでボクが尊敬する風都を守るヒーロー・仮面ライダーみたいでカッコよかったからっす!」

 待ってましたとばかりにボーイッシュガールは自信満々に言い切った。

「そ、そうか……」

 俺がその本人なんだけどな……。

 ストレートに言われると、まあ悪い気はしない。

(ハーフボイルド)

「……うるせー……」

 茶々入れてくんな。

「えっ?」

「……あっ。いや、なんでもない」

 一つ咳ばらいをした。

「とにかく、そこまで慕ってくれるのは嬉しいけどな……。『探偵の仕事って箱には、ほとんど徒労しかつまってねーんだ。それを覚悟の上で開け続ける』。そんな地味でキツい仕事なんだ。悪いことは言わねえ、それだけの気合があればどこでだってやっていけるさ」

 おやっさんの言葉を引用して、やんわりと断ろうとした。

「それでも! ししょーはボクの命の恩人なんです! お役に立ちたいっす!」

「!」

 話を聞いていて感じたことがある。こいつはまるで昔の俺だ。

 俺がおやっさんに惹かれたように、こいつも俺に惹かれたんだ。

(まさか、彼女を雇う気じゃないだろうね。やめたほうが良い。女性は君の鬼門のジャンルだ。今までも(ろく)な目にあったことがないだろう)

 幻聴でも悲しくなるこというなよ……。

「……わかった。わかった」

「じゃあ!」

 うっ……。

 キラキラと目を輝かせている。

 折れるな俺。

「高校卒業してからなら、また考えてやる」

「……はいっ⁉」

「探偵ってのは荒事(あらごと)も多いんだ。大事な娘さんの顔に傷をつけた、なんてなったら親御さんに申しわけが立たねえだろ」

 そういうとうつむいて表情を曇らせた。

「? どうした?」

「……両親は、子供のころに怪物のせいで死んじゃったっす……」

「!」

 親御さんをドーパントに……。

「親戚もいなくて……それからはこの街の孤児院で育ちました」

「そうか……悪いこと聞いたな……」

「いえ。でも、そこで似た境遇の子たちといろんな経験をしました! いい思い出ばかりじゃないけど……毎日、楽しいっす! だから、そんなみんなをこれ以上傷つけさせない……つまりはこの街を守りたいっす!」

 するとスカジャンから大学ノートを出して見せてきた。

 その一ページずつに、花に関連することがびっしりと書かれていた。

「なんだこれ?」

「ボク、こう見えて花が好きで、街のどこに花が咲いてるかは頭に入ってるっす。それで、風で花が流れるところを見るのが好きっす!」

 まさに街が庭だと言いたいんだろう。

 この時点でボーイッシュガールの言葉には心が揺さぶられていた。

 境遇・動機・願望が俺そっくりだったからだ。

 見た目はフィリップで中身は俺に似てるなんて、なんかすげえチグハグだけどな。

「……そうなのか、なら……」

(短絡的な思考で決断して彼女を死なせる気かい? 鳴海荘吉のように)

 フィリップの冷たい正論がほんのわずかに残っていた理性を守った。

 思い出すのは『始まりの夜(ビギンズナイト)』……。

 バン!

 自分を奮い立たせるためにテーブルを強く叩くと、ボーイッシュガールはビクッと肩を震わせる。

「……駄目だ。おまえは花で言えば『種』みたいなもんだ。そんな奴を大人の仕事に首を突っ込ませるわけにはいかねえ」

「え、えっ⁉」

「もう、話すことはねぇ。帰れ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっす!」

 強引に立たせるとさっさと事務所から追い出す。

 ドンドンと叩かれるドアのカギを閉め、聞こえてくる抗議の声を無視しガレージに入る。

 ここなら声はまず届かない。

 リボルギャリーを囲むブリッジを渡り、ホワイトボードに残った『CHARMING(チャーミング) RAVEN(レイブン)』と書かれた文字に触れる。

 フィリップが最後に書いた文字であり依頼の一部。

「これで良かったんだよな……相棒」

(良かったはずさ。君に鳴海荘吉の二の舞を演じさせたくはない)

 俺か、それとも頭の中のフィリップか。

 無意識におやっさんと同じ運命を辿るかもしれないことを予期していたのかもしれない。

 しばらく時間を潰して事務所に戻ると、叩く音は聞こえなくなっていた。

「帰ったか……」

 久しぶりにいろいろとやったからどっと疲れて、着の身着のまま事務所奥にあるベッドに横たわる。

 時折、横に立ったときに感じたフィリップの匂いは消え、何も感じなかった。

 ……きっと俺の匂いでかき消されたんだろうな。

 そんなつまらないことを考えながらいつの間にか眠りについた。

 

 翌朝。コーヒーの匂いで目を覚ます。

「……ぅん……?」

 ……コーヒーなんて淹れたか……?

 そう思って目を覚ますと目の前には。

「あっ、おはようございます! ししょー!」

「……へっ?」

 昨日のボーイッシュガールの顔があった。

 えっ。えっ? なんで? 俺、昨日カギ閉めたよな? どうやって中に入ったんだ⁉

「お、お、おまっ……!」

 気が動転して言葉が出てこない。

「朝ごはんっすよ! 探偵たるものしっかり食べないと!」

 目の前にコーヒーにトースト、目玉焼きにベーコンと洋風の朝食が置かれていく。

「い、いや、な、なんでおまえ、中に……⁉」

 やっと言えたと思ったら声がどもる。

「開けてもらったっす!」

「開けて、もらった……? だ、だれに?」

「わーたーしに!」

 嬉しそうな声でキッチンから亜樹子が顔を出した。

「亜樹子ォ⁉」

 言って気づいた。

 そうだよな。亜樹子ならカギを持ってる。

「翔太郎君。弟子取ることにしたんだって? 私、聞いてないよ!」

「は……はあぁ⁉」

 待て、そんなこと言ってねえぞ⁉

「昨日、様子を見に来たら樹里ちゃんとばったり! 話を聞けば事務所で働きたいって。丁度、人手が足りなくなりそうだったからさ、私としてはありがたいかなーって!」

 立て板に水のような亜樹子の言葉。

 こいつぅ、俺が覚悟を決めて追い返したのに!

 ベッドから立ちあがって亜樹子に詰め寄った。

「おまえ勝手に……!」

「……翔太郎君が探偵辞めちゃったら……この事務所どうするのよ」

 いつもはふざけ倒してるこいつから静かにそう言われて思わず息を呑んだ。

「お父さんとフィリップ君の想いを継いで探偵やるんでしょ? 辞めたりしないよね?」

 このときの亜樹子の目にはおやっさんに似た硬い意志を感じた。

「……ああ」

「じゃあ、とりあえず春休みの間を試用期間ってことで! よろしくね! 樹里ちゃん!」

「はい! しょちょー(所長)さん、よろしくお願いしますっす!」

 二人が嬉しそうに笑い合っている。

 たしかにテンションが似てるから、こいつらは気が合いそうだ。

(亜樹ちゃんにはかなわないね……)

 まったくだよ……。

 仕方なくベッドに座ると横に置かれた朝食を見た。

「……これおまえが作ったのか?」

「はい! うちの孤児院では中学生くらいからご飯の準備を手伝うことになってるっす!」

 ためしにコーヒーに口をつける。

「……美味い……」

 嘘だろ。俺より美味いじゃねーか。

「なんで?」

「へ? なんでも何も、普通に淹れただけっすよ」

「翔太郎君は適当に作るからいけないのよ」

「て、適当じゃねえ! おやっさんの真似をして淹れてんだよ!」

「じゃあ、お父さんが下手だったか。やっぱり翔太郎君から下手になったか、だね」

「いや、おやっさんのときからだ!」

 そう騒ぎながら他の食事にも手をつけていく。

 どれも最低限の調理だったが美味かった。

「……ごちそうさん」

「どうでした?」

「美味かったぜ。ありがとな」

 そういうと嬉しそうにガッツポーズを取る。

(随分と(なつ)かれたみたいだね)

 ボーイッシュガールは食べ終わった朝食の片付けをはじめた。

 それを見ながら、俺は頭を悩ませる。

 さて、どうするか……。仕事をはじめるにしても、ここ数日断ってたから依頼がないんだよな。

 

「じゃあ、ししょー! 早速、朝ごはんを食べたから行くっすよ!」

 ボーイッシュガールが朝食の片づけを終えて、ニコニコしながら言ってきた。

「? どこに?」

 目の前に十枚くらいの書類を渡してくる。

「なんだこれ?」

「迷子のペット探しの依頼っす! ボクが街のみんなに聞いて取ってきました!」

「はぁ⁉」

 半日もしない内にこんなに⁉

「さすが、ししょーっす! 名前言ったらすぐにこんなに依頼が集まってきたっすよ!」

「えっ。おまえ、勝手に俺の名前を使ったのか⁉」

 雇う雇わないの前にそんなことしていいのかよ⁉

「アハハ。まあまあ。たしかに名前を使ったのは問題ありだけど、リハビリには丁度ええんとちゃう? これくらいならハァードボイルド探偵の左翔太郎なら楽勝だよね?」

「ハードボイルド探偵⁉︎ ってなんっすか!」

 悪戯(いたずら)っぽく笑う亜樹子と、期待の眼差しで見てくるボーイッシュガール。

「あぁぁもう!」

 頭をガシガシとかきむしり、挑戦に応えるためにその手から依頼書をかっさらう。

「上等だ! 探偵って仕事がどういうものか、そして俺の手腕をしっかりとその目に焼き付けさせてやるよ!」

「さすがっす! ししょー!」

「行ってらっしゃい!」

「行ってきますっす!」

 俺はボーイッシュガールを連れて外に出る。

 おやっさんもこんな気分だったのか。

 まあ俺の場合は十年近くまとわりついてたから、面倒以外のなんでもなかっただろうけどな。

 そんなことを思いながら、依頼のために俺たちは街に繰り出した。

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