風都探偵 The ANOTHER CASE   作:竜・M・美日

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後章1「jに贈る言葉/英雄現る」

 ヒロに大説教したあとの数日間。俺とヒロのコンビは有意義と言える日々を過ごした。

威風堂党(いふうどうとう)立木(たちき)淳二(じゅんじ)氏が次期風都市長に立候補することがわかりました。後日、選挙演説を行うとのことです。続いて天気のニュースです。昨日、風都では局地的に短い時間、微風になるという……」

 俺は流れるラジオを聴きながら、習慣だったタイプライターでネストの報告書をまとめていた。

 久しぶりにこいつを打つ気になった。

(君の心に余裕ができたということなんだろう)

「ししょー!」

 デスクの下に隠れていたヒロがヒョコっと顔を出す。

「ん?」

「コーヒーっす!」

「おう」

 渡されたコーヒーに口をつける。言葉にはしないが味も匂いも悪くない。

(君より美味いね)

 それは余計だ。

 ともかくヒロと知り合ってもう一週間が経った。

 それだけ経つとすっかり馴染むもんだな。

「なんっすか、それ?」

「タイプライターだよ」

「へぇー。実物は初めて見たっす!」

 ヒロは素早く俺の後ろに回り込むと椅子の背もたれに顎を乗せた。

「えっと、『このじけんは』……」

「読むなよ」

「なんでローマ字なんすか?」

「いいだろ別に」

 こんな風に揶揄(からか)ってくるヒロとじゃれあい。

「待ってぇ! ねこちゃーん!」

「おい! 下手に追いかけんな! こうやるんだよ! ニャーオ! ニャーオ!」

「……ししょー! 捕まえたっす!」

「甘いな。俺はもう三匹だぜ?」

「嘘でしょ⁉ よーし、頑張るっす!」

 依頼のために二人で風都を駆け回って街の涙を拭う。

 もちろん風都という街柄、ドーパントと鉢合わせることもあったが。

「いっけー! ししょー!」

「決めるぜ」

「ジョーカー・マキシマムドライブ!」

「ライダーキック!」

 背中にヒロの声援を受けると、いつにも増して街を守る覚悟と身体に力が入った。

 

 そんなあるとき、休憩がてら傍にあった木に咲いた白い花びらをなんとなく見ていた。

 そこからは柔らかい匂いが漂ってくる。

「これはハナミズキっすね。普通は四月、五月が時期だから、これは早咲きかもしれないっす」

 すげぇな……。

 ヒロが披露した知識に心の中で賞賛を贈る。

「この街なら夕凪町(ゆうなぎちょう)辺りにいちばん大きな木が……って聞いてるっすか。ししょー」

「聞いてるよ」

「ホントっすかあ?」

 聞き流したと思ったらしくヒロがムスッと頬を膨らませる。

「なんかの役に立つかもしれねぇだろ? 例えば……この花の香りをした相手を追いかけたりさ」

 もちろんこのときは冗談だったし、あとになって本当にそうなるとは思わなかったが。

 それはともかく、それじゃあ機嫌は直らなかった。

「悪かったって。そんな顔するなよ。今度、どっか連れてってやる。おまえ、お気に入りの場所とかないのか?」

「ボクのお気に入りの場所? そうっすねぇ……」

 うなりながら腕を組んで頭を悩ませること数秒。

「……楓橋の下、っすかね」

「楓橋の下?」

 たしかヒロの施設近くの歩道橋だよな。

「知らないっすか? あの下には花壇があって季節ごとにボランティアの人が花を植えててすっごく綺麗っすよ! それが風に流れるときなんてもう、カラフルな花のカーペットっす!」

「ふーん」

 何度も傍を通ったが、通りがかるだけでちゃんと見たことがなかったな。

「いつか見に行きましょうね! ししょー!」

「そうだな」

 簡単な口約束だったが、落ち着いたら見に行こうと頭の隅にとめた。

 そんな風にいっしょに過ごしてると、あまりの心地よさにフィリップの面影を感じて間違えることもあった。

「よし。フィリップ、検索……あっ」

「へっ?」

 当然、キョトンとするヒロ。

「あっ、いや……」

 間違えた手前、気まずくなった。

「……わかりました! 何を検索するっすか?」

 でもヒロは嫌な顔せず亜樹子のパソコンと向き合う。

 施設暮らしで電子機器はほとんど触ったことないだろうに、あっという間にSNSなんかで情報収集ができるようになり、「地球(ほし)の本棚」までとはいかないが中々に役に立ってきた。

 これなら、大学進学で忙しいクイーンとエリザベスの代わりや、ウォッチャマンみたいなネット情報、外回りも苦手じゃないから聞き込みに回って店長の補佐など、漠然とした情報を満遍なく拾えるくらいになれるかもしれない。

 つまり俺とフィリップを足して二で割ったような探偵……まだ半端だが見るところはある「蕾」が花咲いたらと思うと楽しみだった。

 

 そんなことを想像する最中、クイーンからお呼び出しがかかった。

 行きつけのオープンカフェにつけば、エリザベスがブンブンと手を振っている。

 なぜか俺の奢りのパフェをつつく二人の席に座ってわけを聞けば、どうやらヒロの近況を確認したかったらしい。

「で、どうなの? そこんとこ」

 クイーンの問いにヒロはワクワクした様子でこっちを見てくる。

「まあ、仕事ぶりは悪くねえ。物覚えも早いし、人付き合いもできる。……ただ突っ走るところはいただけねえな」

 忖度(そんたく)なしの客観的な評価を聞いたヒロは嬉しそうだった。

「ジュリエットはすっかり翔ちゃんの弟子だね!」

「はい! それもこれもししょーといろんな経験をさせてもらったおかげっす!」

「へぇ。どんな?」

 最初こそ興味深そうに話を聞いていた二人だが、ネストの件をはじめたとたんに空気が一変した。

 エリザベスの顔色が悪くなり、クイーンの表情が(けわ)しくなる。

 完全にヤバイと思った。

「で、ししょーがドーパントを……」

「翔ちゃんが怪物と?」

「あっ、えっと……じゃなくて! ししょーがボクを助けてくれてる間に仮面ライダーが来て、ドーパントを倒してくれた……って言いたかったっす!」

 二人と会う前にヒロには俺たちの秘密(仮面ライダーの件)は言うな、と口止めはしたが……ヒヤヒヤものだった。

「危なかったんだ……! 助かってよかったね!」

「それはそれとして……翔ちゃんどういうこと?」

 どうにか気配を消して空気になろうとしたが、エリザベスはともかく氷の女王様は逃がしてくれなかった。

「いやぁ……そのぉ……」

「言ったでしょ、周りが見えなくなるときがあるって! 完全に監督不行き届きじゃない!」

「……いや、俺もまさかヤバイ連中と鉢合わせるとは……」

「言い訳が聞きたいんじゃないの! 危険な目に遭ったことが問題! メモリを刺されてたら? 怪物が出てきたとき、アンタ……と、仮面ライダーが助けに来なかったらどうする気だったの⁉」

「いや、あの、その……」

 年下の高校生にまくし立てられてタジタジになる。

「ま、まあまあクイーン。無事だったんだし……」

 相方の意見を無視してクイーンはヒロを見た。

「ジュリエット。しばらく翔ちゃんと付き合うのやめな。『翔ちゃん案件』に関わってたら命がいくつあっても足りないよ」

「えっ。ええっ⁉ 大丈夫っすよ!」

 厳しい意見にヒロがあわてふためく。

(たしかにそれは否定できない)

「大丈夫じゃない。コイツは何度もボロボロになった前科があるんだから」

「いやでも……それをいうならクイーンもメモリを刺そうとしたこと……」

 思わず余計なことを口走った瞬間。

「……(だい)の大人が口答えするなあ‼」

「ノォォォォーッ! すみません! 女王様、お許しくださいぃぃぃーっ!」

 女王様の逆鱗に触れると碌なことにはならないと改めてわからされた。

 エリザベスとヒロがクイーンを止めてくれてなんとか窒息はしなかったが、その後もクイーンの説教は続く。

 その間、ヒロがどこか羨ましそうに見ていたのが印象的だった。

 

 こってりとクイーンに絞られてヘトヘトになっての帰り道。

「ひでえ目に遭った……」

 二人でブティックが立ち並ぶ東風大(とうふうだい)通りを通りがかったときに、そうつぶやいて振り向く。

「……ヒロ?」

 見ればヒロは立ち止まり、ショーウィンドウに飾られた白いバラがあしらわれたウェディングドレスを見ていた。

「着たいのか?」

 ウェディングドレスは女性にとって、夢の一つだろう。

「えっ。いや……。花が可愛いなって思ったっす」

「花ねぇ……」

 本当に花が好きなんだな。

 ……そう言えば、花はともかく服が原因でフィリップと喧嘩したことがあったか。

始まりの夜(ビギンズナイト)」でガイアタワーから命からがら逃げ出してから、フィリップは囚われていたときと同じ白い服で一週間くらい過ごしてた。

 もちろん着替えろと言ったが、着替えに合理性がないと(がん)として聞かない。

 その結果、俺の小言に嫌気が差したらしく目を離した隙に家出した。

 なんとか探し出せたが、そこでフィリップはミュージアム以外の相手に追いかけられていた……ファングメモリだ。

 ファングは自分の意志で動き回れる恐竜型のメモリ。

 当時は知らなかったが、ファングはフィリップが危機に陥ったときに現れる。

 要は家出してる内に腹が減って体力がなくなったことで、それを危機だと感知して現れたファングを怖がって逃げ回ってた。

 逃げるから疲弊して、危機と勘違いして追いかけられる、それから逃げる……なんて悪循環だ。

 まあ、怖がるのも無理はなかった。

 脱出するときに一度だけ使ったがその強さは半端なく、フィリップは理性を失いそうになった。

 まだ感情を取り戻した、って感じだったから感情が無茶苦茶になるってのは恐怖でしかなかったんだろう。

『ファングは二度と使わないよ……あれ以上戦ったら、ぼくがぼくでなくなる』

 俺が意味なく追い払い、震えるフィリップを連れ戻して飯を食わせれば、ファングはいつの間にかいなくなってた。

 ただそれが薬になったのか素直に着替えるようになった。

 そこからファッションに興味を持ち検索して、何十、何百とためした末にあのロングベストのスタイルが完成したんだったか……。

(懐かしいね)

 そうだな。

「……ししょーにはそういう相手が、いるっすか?」

 隣で眺めていたヒロが戦々恐々とした様子で尋ねてきた。

 そういう相手って……そういう意味だよな。フィリップ。

(幻聴に尋ねるとはいよいよ末期だね。そもそもぼくがそういうことに詳しいと思うのかい?)

 いいや。俺が知ってる限り、おまえがマジになったのは二人しか知らねえ。

「ししょー……?」

 返事を返さずにいたから不安そうな声を出してくる。

 おっと、脳内会議をする前に答えねーと。

「いねえよ」

「……クイーンパイセンは?」

「クイーン? なんであいつ?」

「だって、仲が良さそうに見えたっす」

「あれ見て、仲が良さそうに見えるかぁ?」

 こっちは窒息しかけたんだぞ。

「仲良くなかったら、あそこまでできないっすよ」

「……じつのところいい感じになったことはある」

 ポロっと溢すとヒロが「えっ」と驚いた様子で見てきた。

「マジっすか……⁉」

「でも俺には秘密がありすぎるからな……。歳の差もあるし、一歩踏み出せないままグズグズしてる内に、今の関係が丁度いいって気づいたんだ。……多分向こうもそう思ってるんじゃねえか?」

 だからこれからも、あいつとくっつくことはないだろう。

 そのほうがお互いのために良い。

 ……俺が愛した相手は不幸になるからな……。

「そうっすか……」

 ヒロはどこか複雑そうな顔をすると再びドレスに向き直る。

 少しセンチメンタルになりつつ、しばらくそれを眺めるヒロに付き合った。

 

 そんな問答をした翌日。俺はある事件現場にいた。

 照井に呼び出されたからだ。

 もちろんそこには照井の部下であるジンさんとマッキーがいて、こっちを見るなりいつもの反応をしてくる。

「おっす」

「探偵! なんでここに!」

 マッキーが突っかかってきて、後ろじゃジンさんが愛用のツボ押し器を肩にかけてあきれた様子で笑ってる。

「照井に呼ばれた」

「課長に? ……あの見習いは?」

 この二人ともヒロはすっかり顔馴染みだ。

 あるときなんかマッキーへの対応が面倒くさかったから。

『ヒロ。おまえ、マッキーと喧嘩してろ』

『はいっす!』

 すると、言ったとおりに口喧嘩をはじめて、ヒートアップした結果、痛いところを突かれまくったマッキーは涙目になってジンさんに慰められていた。

「今日は置いてきた」

 手短に答えるとマッキーは見るからに安心している。

(よほど彼女が苦手らしい)

 それを横目に規制線の向こうに立つ照井と目が合った。

 いつにも増して厳めしい顔で、目線で「来い」と促され、規制線を潜り現場に入る。

 何が起こったのかは一目瞭然だった。

「被害者は……」

「メモリの密売人だろ。見りゃわかる」

 被害者の周りにガイアメモリが散乱していた。

 ただ異様なのが、それが全部、粉々になってることだ。

(これだけの量……盗むならともかく壊すとは。メモリ目的の物取りではないね)

 なら、標的は密売人か……。

「……左、念のための確認だが。心当たりはないな?」

「俺ならメモリだけ壊して通報するよ。少なくとも……」

 言葉を切って袋小路の壁を確認すれば、デカい穴が開いて向こう側が見える。

 その穴の下に座り込むサラリーマン風の男に目線を移す。

 多分、男だ。……首から上がないからなんとも言えないけどな。

「頭を潰したりはしねえよ」

「……早急に犯人探しだ」

 照井は部下二人に指示を飛ばしに走った。

「にしても、えげつねえことをするぜ……」

 照井たちがマークしていた密売人の無惨な遺体を見て、ここまでのことをするヤバイ奴が街に現れたことを悟る。

(……戦うことになるかもしれないね)

 フィリップの不安は俺の胸に不穏な風を予感させた。

 

 嫌なもんを見たと思いながら事務所に帰ってくる。

 すると、ヒロが俺の帽子をかぶって鏡の前でポーズを決めていた。

 これもどこか既視感を覚える光景だ。

「うーん、ボクには合わないかなあ……ブッ!」

 帽子を取り上げてヒロの鼻づらを叩く。

「勝手にかぶんな」

「いっつぅ……! いいじゃないっすか! ししょーだってかぶってないんだし!」

 ヒロがかみついてくるが、そのとおりだ。

 じつは知り合ってから一度もかぶってないどころか、持ち歩いてすらいなかった。

 だからヒロは俺が帽子をかぶっているところを見たことがない。

 なんで持ってるのかよくわからないんだろう。

「……良かねえよ」

 ガレージのドアにあるフックにかけようとした。

『男の目元の冷たさと優しさを隠すのがこいつの役目だ』

 ふと思い出す、勝手に帽子を(いじ)っていた俺を見るおやっさんの目。

 今思えば、期待とあきれが混じっていた気がする。だが。

『おまえにはまだどっちもねえだろう』

 そうだ、まだ俺には……。

(そんなことにまだこだわっているのかい?)

「……気分ってもんがあるんだよ……」

「そんなもんなんっすか?」

 帽子をフックにかけてヒロを見る。

「それより、おまえに依頼があるぜ」

「えっ……ボクに依頼⁉」

 喜ぶヒロにペット探しの依頼書を渡す。

「……またっすかあ?」

 露骨にガッカリしやがった。

(君そっくりだ)

「なんだと思ったんだよ……。街の涙を拭うのが俺たちの仕事、だろ?」

「ししょー……またハードボイルドっすね」

 ヒロが苦笑した。

「じゃあ行きましょう。ミックパイセン!」

 いつものように気持ちを切り替えると、今日は事務所にいたミックに声をかけていっしょに飛び出してった。

 素直についていく辺り懐いているみたいだ。

 フィリップと雰囲気が似ているのもあるかもしれない。

 ともかく一人と一匹を見送った俺は依頼書のファイルを入れる棚から封筒を取り出す。

 ガレージに入り、フィリップの定位置だったテーブルにつくと中身を出した。

 例の密売人のリスト。顔写真付きのそれに目を通す。

 その中には例のサラリーマンの男の写真もある。

 老若男女(ろうにゃくなんにょ)、性別、年齢、職業も関係なく、こんなに街の人間がメモリに手を出していると思うと虚しさを感じた。

 

 しばらくそれに集中していると。

「何、見てるっすか?」

「ん?」

 声をかけられて振り返ればヒロがいた。

「……えっ⁉ おまえ依頼は⁉」

 あわててリストを丸めてジャケットの中に隠す。

 俺たちの秘密を知ってから、ヒロはガレージにも遠慮なく出入りするようになった。

『うわあ、ここが仮面ライダーの基地っすか!』

 隠したままにするよりは教えたほうが良いかと考え、入れたらあっちこっちを見て興奮していた。

(秘密にしたくなかった、の間違いじゃないかな?)

 ……そのくらい最初は、憧れの仮面ライダーの仲間になれたって喜んでたのにな。

「もちろん終わらせてきたっすよ」

 ヒロはジャケットの中身を気にしながら、あっさりと言ってのける。

 時計を見ると出てってからそんなに時間は過ぎてない。

「マジかよ。まだ二時間も経ってねぇぞ……?」

「えへへ。この子たちのおかげっす!」

 笑いながらスカジャンのポケットからメモリガジェットが出てくる。

(勝手に持ち出したみたいだね……)

 じつは合間に使い方を教えてやったら、こっちもあっという間に使いこなせるようになった。

「持っていくなら一言、声かけてけよ……」

 そう小言を言うとヒロが拗ねたような表情をした。

「……なんだよ?」

「ししょー、急に聞き込みに連れてってくれなくなりましたよね?」

(来たよ。翔太郎)

 ……感づいてたか。

「……いや、まあ。最近、物騒だしな……」

 嘘は言ってねぇ。

「この街ではいつものことっす」

 ものの見事に論破されてなんて返そうか考えていると……ヒロの顔色がさっきより悪く見えた気がした。

「おまえ……調子悪くないか?」

「えっ」

 完全に不意を突いたらしい。ヒロが動揺した。

 

 少し前にヒロの施設から呼び出しの電話があった。

 この前の件かと思いながら向かった。

 白髪頭の年配の男性施設長に応接間に通されて来客用のソファに座る。

「お忙しい中、お越しいただきましてありがとうございます」

「いえ」

「日色さんが大変お世話になっておりますようで」

「それはこちらとしても同じです」

「本日はその日色さんの件で、面談をさせていただきたいと思いましてお呼びだてした次第です」

 挨拶もそこそこに施設長との話し合いがはじまる。

「ご面倒をおかけしていないかと思いまして」

「いえ。よく頑張ってくれてます」

「そうですか……」

 施設長は何か言いづらそうにしていた。

「何か?」

「……彼女の生い立ちについて聞かれましたか?」

「ええ。最低限のことは」

「……じつは彼女は、昔はすごく感情の起伏が激しかったのです。まるで人が変わったように暴れて、他の子を傷つけることもしばしば。ひどいときには職員の手に負えないことも」

「あのヒロ……樹里さんが?」

 今のあいつからは想像もできない話だ。

「小学生辺りで大分、落ち着くようになりました。おそらくボランティア活動で老人ホームに行ったときに花壇を作った際、花を()でることを覚えて慈しみが生まれたのだと思います」

 ヒロの花好きはそこからか。

「今では施設の花の世話は彼女の担当です」

 施設長はそう嬉しそうに言ったが、すぐに表情を曇らせた。

「……何かあったんですか?」

「失礼を承知でお尋ねしますが……彼女に無茶をさせていませんか?」

「はい?」

 まったく見当がつかなかった。

 ドーパントに遭遇することはあっても相手しているのは俺だ。

 だが、知らない内にストレスを溜めていたのかもしれない。

「最近、体調が優れないように見えるのです。だから何か激しい作業をしているのではないかと」

「させてない、と思いますが……」

 四六時中監視してるわけでもないから、曖昧な返事を返すしかなかった。

「そうですか……」

「……そういうことなら、こちらも気にかけておきます」

「お願いします」

 そこでその場はあとにした。

 

 青天の霹靂(へきれき)だった。

 ヒロが調子を崩してるなんて全然気づかなかった。

 だが、俺より長く見てきた相手が言うんだから気のせいじゃないはずだ。

 そんな話があってからはメモリ関連の仕事には連れていかず、まだ自分のペースで動けそうなペット探しばかりを頼んでいた。

 待てよ。そう言えば……俺の前で倒れそうになったことあったな。

「そういやおまえ、ネストのメンバーに会ったときに倒れかけたよな?」

 関係があるかわからないがそう尋ねたら、気まずそうな顔をした。

「……季節の変わり目だから、ちょっと調子悪い、っすかね?」

(何かを誤魔化している)

「それならなおさら、帰って休めよ。まだ仕事じゃないんだし、無理することねえって」

「……大丈夫っすよ! そんなことよりボクも連れてってくださいよ!」

「いや、だぁかぁら! 今のおまえを無茶させられるかっ!」

 いきなりテンションが戻ったヒロと押し問答していると、スタッグフォンに着信が入った。

 画面を見ると照井の名前だ。ヒロの頭を抑えながらそれに出る。

「はいはい。照井、どうした?」

「至急、来てほしい」

 本題も何もなしにそう切り出した照井の口は重かった。

 俺の中のスイッチが入る。

「……何があった?」

「つい今しがた容疑者の一人の遺体が見つかった」

 白昼堂々とは穏やかじゃねえな。

「推測どおり犯人は密売人をターゲットにしている可能性が高い。被害拡大を防ぐためにも指定する所に来てほしい」

「わかった。すぐ行く」

 電話を切るとヒロを見た。目を輝かせている。

「連れていかねえぞ。今、買い出しで亜樹子も出てて事務所が空くから留守番だ」

「ええ……そんなあ……」

 ヒロはまぶたを閉じると間があって、目を開けると諦めたように笑った。

「わかりました。行ってらっしゃい」

「お、おう……? とにかく今日は帰れよ?」

 突然素直になったのが気になったが、調子が悪いからだと思い、急いで事務所を出てバイクを飛ばした。

 

 呼び出しの場所につくと物陰で照井が様子を窺っていた。

 目線を辿ると、ビジネスマンがランチを取っている。

 ジャケットからリストを取り出し、顔を確認する……あった。

「あいつが、そうだな」

「ああ、保護を兼ねて職質するぞ」

「了解」

 照井が先だって男に向かい、俺もあとを追おうとした瞬間。

 ……ん?

 間違いなくこの辺り一帯の「何か」が変わったことに気づいた。

 なんだ……? なんだ、このすさまじい違和感は……?

「……左?」

 不審に思ったのか照井が足を止めてこっちを見てくる。

 何かが……何かがおかしい……!

 その原因を探るように目線を動かすと、ある建物の屋上にだれかが立っていることに気づいた。

「あれは?」

 照井の言葉に答えるように、そいつは……なんの躊躇もなく飛び降りた。

「「なっ⁉」」

 俺たちの声が重なる。

 最初、飛び降りかと思った……が、そいつは俺たちの目の前に静かに降り立った。

 ドーパントだった……だが、その姿はあまりにも見覚えがあった。

 首を回すように両肩から赤いマフラーを垂らし、左半身が黒く、右半身がターコイズ色、腰に巻かれた銀色のベルトの中心では風車が回っているように見える。

「……仮面、ライダー……⁉」

 いちばんの特徴的だったのは……「W」の形の真紅の仮面。

 それの瞳の辺りには「C」と「J」の意匠があった。

「……まるでWだ……!」

 照井の言葉どおりどこかヒロイックで、俺からすればWとナスカを組み合わせたような姿、名付けるなら「アナザー()W」か……。

 すると、その場に居合わせた住民たちが異変に気づいてパニックを起こし我先にと逃げ出した。

 アナザーWはそれには意に介さず、まっすぐビジネスマンに歩み寄る。

 自分が標的だと気づいたビジネスマンは腰を抜かしたらしく、地面を這うようにしてアナザーWから必死に距離をとるが、ついに壁まで追いつめられた。

「や、やめろぉ! お、俺が何したってんだぁ⁉」

《……この街を穢す奴は許さない》

 加工されているがどこか聞き覚えがある声のような気がした。

「! まさか、あいつは……⁉」

 霧、彦……⁉

 ドーパントは右腕を上げてダラリと垂らすと、右人差し指でビジネスマンを指す。

《さあ、おまえの罪の重さを知れ……》

 決め台詞もポーズも若干違うがますますWに見えた。

《最後に聞く。ガイアメモリをやめるか? それとも人生をやめるか?》

「ひ……ひいぃぃっ‼」

 死刑宣告のような一言にビジネスマンは震える手でガイアメモリを取り出し、腕に刺す。

「ジュエル!」

 宝石のドーパント・ジュエルになった。

《……聞くまでもないか……》

 アナザーWはジュエルを力づくで立たせると腹に蹴りを入れた。

 ズドォォォォォン‼

 たった一撃……だが、その衝撃は激しい音とすさまじい風圧を伴って俺たちまで届いた。

 舞いあがった砂埃を素早く振り払えば、ビジネスマンはボロボロの姿で元に戻り、メモリは隠し持っていた物も合わせて砕けていた。

「なんだあの力は……⁉」

(エクストリームですら弱点を突かなければ突破できなかったジュエルのボディーを一撃で……⁉)

 なんなんだ。なんなんだあいつは……⁉

 そのパワーに驚愕する俺たちの前でアナザーWは左足を上げる。

 何をするのかはすぐにわかった。

「! やめろッ‼」

「ジョーカー!」「ジョーカー!」

「変身」と叫ぶ間もなくジョーカーになると、ビジネスマンの顔面に直撃しかけたアナザーWの足に組みついた。

「てめぇ何する気だ⁉」

《邪魔するな》

「目の前で見殺しになんかできるかよッ!」

 必死に食い止めていると、しばらくしてアナザーWは俺を振り払うように足を下ろし、こっちを見てきた。

 どこか侮蔑を含んだような視線を感じる。

《甘いな……仮面ライダー》

「なんだとっ……⁉」

《だからこの街からゴミが減らないんだ》

 ゴミ……メモリ使用者のことか。

《ゴミは根元から断つべきだ》

「ミュージアムはもうねえッ!」

《街の人間を(そそのか)す悪党は一人残らず……潰す》

「それで殺しちまったら! 罪を数えられねえだろうがッ!」

《何を言ってる。ガイアメモリを使う、それだけで重罪で、死こそが贖罪(しょくざい)だ》

 その躊躇いのない言葉に、俺とこいつは相容れないと思った。

「罪と罰」に対するスタンスが違い過ぎる。

 しばらくにらみ合っているとアナザーWがため息を吐いた。

《そんな考えじゃ、いつかつらい目に遭うぞ》

 背中を向けてどこへともなく去ろうとする。

「待て……おまえはいったいなんなんだ! 仮面ライダーなのか⁉」

 そう尋ねるとアナザーWはこっちを見ずに、こう答えた。

《オレは『英雄(ヒーロー)』さ。間違いじゃない》

 その言葉を最後に、ターコイズ色の風がアナザーWの身体を包んで……次の瞬間にはいなくなっていた。

 照井が瀕死のビジネスマンの容態を確認し救急車を呼ぶ。

「左……。奴は敵か? 味方か?」

 必要な作業を終えた照井がそう尋ねてきたが。

「わからねぇ……」

 そう答えることしかできずに戸惑う俺の頬を春風がなでる。

 ヒーローを名乗る謎の戦士との出会い……これが波乱の春休み後半戦のはじまりだった。

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