風都探偵 The ANOTHER CASE   作:竜・M・美日

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後章3「jに贈る言葉/二つ(ダブル)の仮面」

 ヒロと同じ顔なのにまったく違う雰囲気をまとう奴はニヤニヤと見てくる。

 一方で俺はこいつの言葉を頭の中で繰り返していた。

『半分正解』……? どういう意味だ……。

「こっちじゃ、はじめまして、だな。オレの名前は『ジェスター』」

「……ジェスター……」

 たしか「道化」って意味だったはずだ。

「樹里は気に入らないらしくて『J』って呼んでくる。まあ、いわゆる多重人格ってやつ」

 ヒロが多重人格……。

「そう、オレたちは『一人で二人』。優しいっつうのか、元気っつうのか、それが樹里の本来の性格。暴力的な部分がオレの担当」

(なるほど……彼女との言動の乖離(かいり)が大きかったのは、メモリ使用の影響だけではなかったわけか)

「でも、どうしてヒロが……」

「樹里から聞いたろ。こいつは風都で起きた無差別爆破事件の被害者の一人だ。子蜘蛛型の爆弾を身体に埋め込まれて、両親が触れたとたん、目の前で爆発した」

「何⁉」

 ヒロがあのときの事件の被害者⁉

「両親を失った苦しみから逃げるために、いつからかオレという人格を作ったんだ」

(『サバイバーズギルト』。災害や事故などの悲惨な出来事で生き残ったことに対して感じる罪悪感……)

「『両親が自分のせいで死んだ』なんて、幼い樹里に耐えられると思うか?」

 ジェスターはおかしそうに笑う。

「ここしばらくは忌々(いまいま)しい『花』のせいで前には出られなかったんだが。この前の虫ケラ連中が蜘蛛のタトゥーを入れてただろ? それでフラッシュバックしてからは、オレも主導権を握れるようになった」

「それで、おまえがメモリを買ったのか……」

「それは違う。貰ったんだ」

 

 ジェスターの話によれば数日前、ヒロがフラワーアレンジメントで事務所をいっぱいにしたあの日にさかのぼる。

 一人で大量の花飾りを持ったヒロは施設へ帰るところだった。

「ししょーに怒られたなぁ……。仕方ないや。施設に飾るかぁ。先生に許可を貰わないと……うっ!」

 花飾りを落とし、頭を抑える。

『樹里逃げるんだぁッ!』『樹里ちゃん、駄目ぇ!』

 記憶に残った両親の断末魔が止まらない。

「随分と困ってるみたいだな」

 ヒロの口が勝手に動いた。

「J……⁉ 出てくるなっ……!」

 ヒロはもう一人の自分を振り払おうともがく。

「そういうなよ、オレとおまえの仲だろ?」

「……うるさい……!」

 ヒロはあわてて落とした花飾りを拾いあげると、落ちつくために傍の路地裏に身を隠す。

「……ボクにはもうおまえなんか必要ないんだ……消えろ!」

「師匠がいてくれるからか?」

「! そうだ……!」

「長い間、助け合った相棒をほっぽり出して、ぽっと出の奴になびくのか? おまえ、いい性格してるぜ」

「黙れ……!」

 痛む頭を抑えながらうつむくと、地面にできていた水溜りに顔が反射する。

 頭が痛むのに反して、その顔は笑顔を見せていた。

 

「大丈夫かい?」

 そこで男から声をかけられ、ヒロはハッと路地裏の奥を見る。

 暗がりでだれかはわからないが立っていた。

「……だれですか?」

 顔をしかめつつも警戒するヒロに男はフッと笑う。

「さすがに彼の元にいることはあるか。最低限の警戒をするのは、いい心がけだ」

「そんなことを言うってことは……。まさか、あんた……ミュージアムの残党か!」

「『ミュージアムの残党』とはご挨拶だね。彼らといっしょにしてほしくはない。我々は『街』さ」

「街……?」

「もっともまだまだ発展途上だが」

 意味不明なことを話す相手にヒロは困惑した。

「……ボクに何か用か?」

「あぁ。今日は君をスカウトしに来たんだ」

「スカウト……?」

「街の発展に貢献して欲しい」

 ヒロはあとずさると顔を強張らせた。

「犯罪者になれって言うのか!」

「そうは言わない。……君がなるのは『ヒーロー』さ」

 暗がりから白い服の袖が現れ、持っていた銀色の楕円形の物を差し出してきた。

「なんだこれ? ベルト……?」

「ほう」と男は感嘆の声をあげた。

「お目が高い。これは『メモリドライバー』。掘り出し物さ」

「メモリドライバー……?」

「少し昔話をしよう」

 そう言って男は語りはじめた。

 

 ときは大道(だいどう)克己(かつみ)・仮面ライダーエターナルが風都でテロを起こす少し前。

 風都とは少し次元がズレた世界。いずれ俺たちが『裏風都』と呼ぶより、まだ一面の草原に団地や住宅、木々が立ち並ぶ長閑(のどか)な地方都市といった穏やかな空気を感じさせる場所。

 その中央に建てられた蔓が絡むタワーの中を、藤色の長髪に虹色のメッシュを入れ、その部分を編んで金のリングで留めた特徴的な容姿の男・万灯(ばんどう)雪侍(ゆきじ)が内部に設置された研究室へ入る。

 白一色の部屋の中には一組の男女が談笑していた。

 男……少年にしか見えないほうはショートヘアで、ブローチを着けたネクタイに上着と半ズボンで身を固めている。

 対する女は、三十代で小柄のプラチナブロンドのボブヘア、動物の刺繍(ししゅう)が入った色鮮やかな手製のエプロンを着ている。

千葉(ちば)くんの発想は本当に面白いね~」

「いえ。あなたの創造力に比べれば、まだまだです」

「あら。小さいのにお世辞が上手~」

「失礼してもいいかな? お二方」

 万灯に気づいた二人が座っていた椅子から立ちあがる。

「これはこれは。万灯さん。少々、意見交換に花が咲きまして」

「それは良かった。ところで秀夫(ひでお)くん……例の物は?」

「ご心配には及びません。もうすぐ完成しますよ」

 千葉が壁を触ると大量のガイアメモリが並べられた棚が現れる。

 その中央部分にはある物が置かれていた。

「『ガイアドライバーrex(レクス)』は」

「よくやってくれたね。秀夫くん」

「いえ。ぼくだけの力ではありません。彼女、妙子(たえこ)さんのおかげです」

「お役に立てて光栄で〜す」

 おどけるような言動を取るのは、千歳(ちとせ)妙子。

 組織(ミュージアム)においては機械工学のエキスパートで、ガイアメモリやそれを使用するドライバー関連に関しては他の追随を許さない。

 今は組織(ミュージアム)を離れてフリーとして行動しているらしく、万灯たちにも力を貸していたらしい。

「私がやったことはドライバーの設計図作成と、ちょこちょこっとした調整を手伝ったくらいです。あとはぜーんぶ秀夫くんの功績ですよ〜」

「それだけでも十分な助力だと思うがね。『シュラウドの一番弟子』は伊達じゃないということかな?」

「もう冗談ですか~?」

「そうは言わない。本心さ。心からのね」

 万灯の称賛に千歳は笑いながら首を振る。

文音(ふみね)おばさんに比べたら全然です~。ガイアドライバー以外のドライバーだって作ってましたし」

 思いがけない情報に万灯が眉を上げた。

「……ほう? あのシュラウドが?」

「『千里の道も一歩から』。文音おばさんだって一気に完成させたわけじゃないですよ」

 万灯は興味深げに顎を擦ると千歳に続きを促す。

「たしか……『メモリドライバー』だったかな? 外部装填方式のガイアドライバーとは違って、内部にメモリが収められてて、起動した瞬間に飛び出すんです」

 千歳はジェスチャーでその様子を表現してみせる。

「『釈迦に説法』でしょうけど、ガイアメモリには毒素があります。その対策に中央のタービンから風を吸い込んで、四隅のフィルターを通して外へ毒素を排出するんです。でも、これがうまくいかなかったみたいで。ほら、みんなが使うのはゴールドメモリでしょ? 計算上、排出するには風都全域の風を取り込まないといけなかったみたいです」

「それは……使い勝手が悪そうですね」

「そう! だから通気性が悪い狭い研究室で使っちゃった研究員が毒素で消滅しちゃったらしいんです。馬鹿ですよね。『好奇心は猫をも殺す』のに」

 千歳はその人物の最期に心の底から見下した様子で吐き捨てた。

「たしかに愚かだね……。ところでそのメモリドライバーはどうなったんだい?」

「え? それからは……それ自体は改良が進まずに放置されたままになってたはず……」

 千歳が顎に指を当ててそういうと万灯は目を泳がせた。

「……場所に心当たりはあるかな?」

「あるなら園咲のお屋敷のどこかじゃないですかね〜。人がいなくならない限り入れないと思いますけど」

「ふむ……ありがとう」

 感謝の言葉を述べて万灯は話題を変えた。

「ところで、千歳さん。あなたには是非、『街』に入ってほしいが」

「えっ? 万灯さん。それ、冗談ですか?」

「もちろん。本心さ」

「あら! ありがとうございます。……でも、ごめんなさい。私、夢があるから。そろそろ失礼しますね」

 千歳がそういうと千葉がタブレット・ビゼルを取り出して適当な所に向ける。

 周囲の空間が歪み、向こうには風都の景色が見えた。

「ほう。夢か。ちなみにどんな?」

「ペットショップ! じゃあさようなら〜!」

 千歳は(ほが)らかに手を振って風都へと帰った。

 

 万灯はゲートを閉じた瞬間に穏やかな顔から一変、冷めたような目を浮かべる。

「万灯さん?」

「……惜しいね。彼女はじつに惜しい。……無駄なことに力を費やすなんて」

 とたんに千歳に興味をなくしたらしく、そう言った。

 その姿に千葉は少し身震いする。

「それより秀夫くん、トワを呼んできてくれ」

「! では、ついに計画を実行するんですね?」

「あぁ」

 義妹を呼ぶように指示された千葉は頭を下げるとその場を離れた。

「……トワがようやく『使える』ときが来た」

 自身のことを心酔している義妹をまるで道具のように言い放つ万灯の手には「C」の文字のメモリが握られていた。

 

「そして、これを園咲邸の跡地で見つけた」

 白服の男・万灯は詳細を(はぶ)いてベルトを渡してくる。

「是非、君にプレゼントしよう。君は仮面ライダーに匹敵する力を得られる。街を守れるのさ」

「! ボクが仮面ライダーに……?」

「……君が守りたいもののために戦える」

 はぐらかされたが魅力的なその言葉に、ヒロはギラリとした目でベルトを見ると喉を鳴らす。

(ボクがししょーの助けに……)

 頭に俺と二人でドーパントに立ち向かう姿が浮かぶ……その手をギュッと握り締め、首を振った。

「……いらない……」

「……本当に?」

「必要ない!」

 誘惑を振り切ったヒロだったが、万灯は嘲笑(あざわら)うように言った。

「君の『本心』は違うようだが?」

「えっ……」

 意に反してベルトに片手が伸びていた。

「……面白そうじゃん」

 自身の身体の異変に驚愕しつつ、空いた手で痛む頭を抑える。

「J⁉ や、やめろ……何、する気、だ……⁉︎」

「オレたちの望みどおりに街を守るヒーローになるのさ」

「……し、ししょー……に……! こい、つの、こと……つた……え……」

 意識を失ったのか頭はうつむく。手だけがベルトを受け取って手際よく腰に巻く。

 そこで頭が上がると手が垂れた髪をかき上げ、口元がニヤリと歪んだ。

 

想起(そうき)

 そうつぶやいてベルトの上部についたスイッチを押すと手を広げた。

「ヒーロー!」

 カシャン! キュイ、キュイ、キュイン!

 ベルトがその名を叫び、カバーが開いて内部のタービンが回転をはじめ、すさまじい勢いで風が吸い込まれていく。

 周囲に置かれた旗や風車が次々と動かなくなった。

「風都の風がやんだ……。素晴らしい。君は力を制御したんだ」

 万灯は静かに喜びの声をあげた。

 ヒロの身体を英数字の羅列が包んだ。

 そこにあの数々の悪行を成したアナザーW……もといヒーロー・ドーパントが立っていた。

 現れたヒーローの姿に万灯は「ふむ」とうなる。

「興味深い。ヒーローと言っても多くの表現が存在する。歴史上の英雄や偉人、映画、小説、ゲームに出てくる主人公たちもそう言える。だが、その姿になるとは……それだけこの街における記憶が根強いということか。君たちには丁度いい」

 ヒーローは自らの身体を見ると大声で笑った。

《だってよ! 樹里。最高じゃねーか! ……おっと、気絶してるみたいだ。なら、この姿のときはオレが前に出させてもらうか》

「私としてはどちらでも構わない」

(そう。左翔太郎を再起不能にしてくれるなら、どちらでも)

 万道は再び不敵な笑みを浮かべる。

《それじゃあ、肩慣らしに……あんたを潰すか》

「おっと、その正義感は敵だと思った相手には見境なしか。退散するとしよう」

 ヒーローからすれば名乗りもしなかった謎の男はたちまち姿を消した。

 

「これでオレがこいつを手に入れた話はおしまい」

 ジェスターはベルトを見せびらかしながら話を終えた。

 そして、ここでやっと俺の違和感の正体がわかった。

 風を感じなくなっていたことだったんだ。こいつのせいで……。

「……得体の知れねえ奴から貰ったメモリを使い続けてたっていうのか……」

「まあね。そうだ。ついでに師匠たちが秘密にしてたことがバレた理由を明かしてやろうか?」

 尋ねはしなかったが、ジェスターは右腕を見せてきた。

「こいつらのおかげさ」

 そこにはスパイダーショックが付けられていた。

「スパイダーショック……!」

 続けてジェスターの肩にバットショットがとまる。

「バットショットには、師匠がリストを見ているときに撮影させた」

 首にかけた特製のバンドをつけたデンデンセンサーを持ちあげる。

「デンデンセンサーはメモリの場所を特定するのに使った」

 胸元に仕舞っていたフロッグポッドを出す。

「フロッグポッドのおかげで正体がだれかわからなくなったろ?」

(やはり彼女……いや、今は彼か、が盗んでいたんだね)

「……俺たちのメモリガジェットを悪用したのか……!」

「悪用だなんて、街を守るために使ってたのによ。とくにスパイダーショックは役に立ったぜ。こいつの発信機を追えば悪党に辿りつける」

 なんだって⁉ どこに……!

 発信機を探すために服を叩くとジェスターはせせら笑った。

「そんなわかりやすいところに付けねーよ。ハードボイルダーさ。あれが動けば何かが起こったことはすぐにわかる。あとは追いかけてどっちが早いか」

(……敵ながら見事な発想だ。完全にぼくたちの手の内が読まれている)

 俺といっしょに探偵の仕事をしたからか……。

 

「まあ、何人かはオレが先に見つけて()ったけど」

 そこで我に返った。

 そうだ、こいつの行動は過激すぎる。

「……なんで殺す必要があったんだ!」

 その問いにジェスターは鬱陶(うっとう)しそうに頭をかいた。

「あのなあ。『風都は師匠だけのものじゃないんだよ』。オレたちの街でもあるんだ」

 その言葉は胸に刺さった。まさか俺がその言葉を突きつけられるなんて……。

「待ってたらいらねぇ犠牲が増えるだけ。それならメモリを持ってる奴を全員潰す。それがいちばん街を守るのに効率がいいと思うけどねぇ」

「……効率……。そんなもんで良し悪しを決めんのかよ……!」

 反論するとジェスターはあきれたような顔をする。

「師匠。あんた、本当に街を守りたいのか? 人の善性に期待すんじゃねーよ。だれもがガイアメモリを使う可能性がある。現に、オレたちがいい例だ」

 たしかにそのとおりだった。事実、俺もそれから目を背けていた。

「モタモタしてる内にまた違うだれかがメモリを使う。……キリがねーんだよ! それなら全部綺麗にしたほうがスッキリするだろうが!」

 ジェスターは意地の悪そうな顔で口角を上げる。

「……そうだ。例えば『リバース・ガイアインパクト』なんてのはどうだ?」

「何……?」

「園咲家の計画とは反対に『地球上のガイアメモリとメモリ適性がある人間を消滅させる』。まだ風都タワーの中にあるかもしれない『エクスビッカー』とこのドライバーを過剰稼働させれば……まあ、無理じゃねーだろ」

(計画としては二番煎じだが……もし実行すれば直接的な被害はその比ではない……!)

「本気か⁉ そんなことをすれば、おまえもただじゃすまないだろ!」

「……少なくともオレたちには、それくらいの覚悟があるってことだ。ヒーローとしての覚悟がな」

 計画自体は冗談だったのかもしれないが、覚悟という意味では目が本気に見えた。 

「『ガイアメモリが存在しない世界』。そんな偉業ができたら、まさにヒーローだろ?」

「……そのためなら愛する街をぶっ潰すってのかよ……!」

「優しすぎるぜ、師匠。どっちにしろ犠牲は出るんだよ。……それともあえて見過ごしてんのか? あぁ、そうかぁ。『助けてくれてありがとう』って言ってもらわないといけないもんな?」

 (あざけ)るような言葉に、冷や水を浴びせられたような感覚がした。

「そ、そんなわけ……!」

「違わねーよ。勘違いしてるみてーだが、所詮、師匠も『仮面ライダー』という名の『ドーパント』に過ぎねーんだよ」

「……何……?」

 一瞬、言っている意味がわからなかった。

「『猪に襲われそうになったところを熊に救われた』としてその熊に感謝するか? しねーだろ? オレたちは所詮、コミュニケーションが取れるだけの『怪物』なんだよ」

『街は化物(ばけもの)に荒らされてばかりじゃん……気持ち悪い骸骨男とか』

「っ!」

 ガキのころにおやっさんに言った言葉を思い出した。

 あのときはおやっさんがスカルだとは知らなかったし、少なくともあのときは本気でそう考えていた。

 Wも知らないところでは、そう思われていたのかもしれない。

 まさか今になって自分に返ってくるなんて……。

 

「失望したぜ。樹里は師匠のことを買ってたのにな。仮面を剥がしてみれば、中身はただの覚悟のない英雄気取りとはね……」

 (あわ)れむようなジェスターの顔……フィリップにも見えるその顔からそう言われて俺はただ呆然とするしかなかった。

「そうだ、これ返すぜ」

 するとジェスターはある物を投げ渡してきた。

 反射的にそれをつかむ。ふうとくんのアクリルキーホルダーだった。

「あんたの時代は終わりだ。これからはオレが街を守るさ。だから、もうここは辞める。さよなら、師匠」

 ジェスターは腰にベルトを巻くと、事務所の窓を開ける。

「想起」

 ベルトのスイッチを親指で押した。

「ヒーロー!」

「くっ!」

 事務所全体に風が吹き荒れて物や家具が散乱する。

 そして、ジェスターの身体がヒーローに変わった。

《そうだ。もう必要ねーだろうから。師匠たちの装備はオレが引き継がせてもらうぜ》

 フィリップ用のスタッグフォンを取り出して慣れたように操作した。見覚えがあるボタンの順番。

(あのコマンドは……!)

 ガレージからサイレン音が鳴り響く。

 まさかと思い、ドアを開ければリボルギャリーが出動準備をしていた。

 閉じかけていたハッチからはアナザーアクセルが駐輪しているのが見える。

(まずい! リボルギャリーが奪われた! あれが街中を暴走したら……!)

 もう、これ以上は……!

 歯を食いしばってロストドライバーを巻いて振り向いた。

《おっと。やめといたほうがいいぜ。ヒーローは負けないんだ。オレの力はすべてのドーパントを凌駕し、性能は仮面ライダーをも超える。師匠、あんたじゃ勝てない》

 そして、続けて言ったヒーローの言葉に俺は衝撃を受けて、金縛りにあったみたいに動けなくなった。

《それにメモリを壊したら、多分、樹里は死ぬ》

「……なんだって……?」

《このメモリは強力だ。常にフィルターを通して毒素を排出しないと使い物にならねー。使えるのは樹里とメモリの相性が最高だったからだ。その状態でベルトを壊してみなよ。一気に全身に毒素が回るだろーな》

 ヒロが死ぬ……?

 その一言は俺を再起不能にするには十分だった。

《……ほら、師匠は優しすぎる。だから傷つくんだ》

 ふぬけた俺を尻目にジェスターはそうつぶやいて姿を消した。

 

 俺は呆然としたままガレージのドアを背にして座っていた。

「……奴が現れたんだな……」

 先に戻ってきた亜樹子が中の惨状を見て、照井を呼び戻すとすぐに状況を把握したらしい。

「ちょっとしっかりしてよ、翔太郎君! 何してんの! 早く樹里ちゃんの所に行かないの⁉」

「……俺に……あいつは止められない……」

「はぁ⁉ 何言って……」

「……メモリを壊したら、あいつが死ぬ……」

「……えっ?」

 亜樹子がキョトンとして、照井は目つきが鋭くなる。

 俺はメモリブレイクを編み出したころにフィリップから言われていたことを思い出した。

 英和辞典を片手にホワイトボードに、それぞれのメモリの組み合わせの技名を書いていた。

『ジョーカー……グレネイド! よし、こいつはこれで決まりだな!』

『翔太郎。君のネーミングセンスには脱帽するが、忘れてはいけないことがある』

『なんだよ?』

『何事も例外はある。メモリブレイクを開発したとはいえ、必ずしも無事で済むとは限らない。老人や病人、強力なメモリ使用者に対してメモリブレイクしたら死亡する可能性はゼロではない。それは留意しておきたまえ』

 フィリップはそう忠告していた。

『へいへい』

 浮かれていた俺はそんなことはないだろうと(たか)を括っていた。

 今日、このときまでは。

「ヒロのメモリは強力らしい……だからメモリブレイクしたら……あいつは……」

「嘘っ……樹里ちゃんが……?」

「……そうか……」

 それだけいうと照井はきびすを返して事務所を出ていこうとする。

 意図を悟った俺はとっさに照井の足にしがみついた。

「待ってくれ、照井! ヒロを殺さないでくれっ!」

 目から涙が溢れてきて、照井の顔が見えない。

「……今のおまえにはできん。なら俺がやる……」

「やめてくれ! 頼む……俺から……ヒロを奪わないでくれよっ……!」

 癇癪(かんしゃく)を起こした子どものように泣きじゃくって懇願した。

「……左。例えおまえに殺されるとしても、彼女を……止める。それが、俺なりの、街を守る覚悟だ」

 照井は俺を振り切って事務所を出ていった。

 

「見つけたぞ」

 そして、照井はヒーローを見つけてみせた。

 派手に暴れていたからすぐにわかったらしい。

《……なんだ、アクセルか》

 首がへし折れた遺体を放るとヒーローが落胆の声をあげる。

「……ドーパント相手ならだれ彼構わずか……」

《あれ? 警視も昔はそうだったんじゃないのか?》

 ヒーローからの挑発に顔をしかめてアクセルメモリを掲げる。

「アクセル!」

「変ッ……身!」

 腰のアクセルドライバーにメモリを押し込み、スロットルを回す。

「アクセル!」

 仮面ライダーアクセルにヒーローは鼻を鳴らす。

《警視じゃ相手にならねーよ》

「姿もWに似ているが、減らず口も師匠譲りか」

《えっ》

 ヒーローは一瞬動揺する素振りを見せた。

《……まあいい。街を守るオレの邪魔をする奴は残らず……潰す!》

 そして、ヒーローは照井にポーズを取った。

 

《さあ、おまえの罪の重さを知れ》

 

「……振り切るぜ!」

 照井のエンジンブレードとヒーローの右腕のセイバーが火花を散らした。

 だがさすがの照井でも分が悪かったらしく、Wに似た能力に翻弄されては何度も地面に倒れた。

《まだ立てんのかよ? いいね、警視のほうがよほど覚悟があってオレ好みだ。樹里の奴、なんであんな甘い男に惚れたんだか……》

 ザン!

 照井はブレードを地面に刺して立ちあがる。

「……まったくだ。左は甘い。俺自身、奴の甘さには耐えられんときもあった。……だが、奴がハーフボイルドだからこそ街を守るために身体を張り、弟子を救うためなら涙を流せる男だ……」

《樹里のために?》

「……だから、奴のことに関しては、これ以上……」

「トライアル!」

 アクセルはストップウォッチを組み合わせた青いメモリ・トライアルメモリを取り出す。

 

「俺に質問をするなァッ‼」

 

「トライアル!」

 赤い装甲が剥がれて中から青く身軽でスピード特化のアクセルトライアルが出てくる。

 目にも止まらぬ速さで攻撃を仕掛けるが、その前にヒーローがベルトを回転させ、ヒーロー・エクストリーム()に変わり、作り出した剣で攻撃を防ぐ。

「エクストリームじみた力も得たのか……!」

 色の違う両目の複眼が照井を見た。そこに英数字の羅列が流れる。

《あんたの動きは閲覧済みだ》

「だとしても、俺の考えまでは読みきれんだろう……!」

 照井はフェイントをかけつつ攻撃するがすべて防がれる。

《残念。あんたの機微はデンデンセンサーで追えるぜ。さあ、トドメを……》

 そこでヒーローの動きが止まった。

《……マジかよ》

「……?」

 驚いた様子でつぶやく。

《ハードボイルダーが動いた……?》

 

 ときは戻り、照井が出ていった直後。

「……竜くん……」

 残された亜樹子と俺。現実を受け止められなくてフラフラとガレージの中に入ると鍵をかける。

 一人になりたかった。

「翔太郎君……? 翔太郎君!」

 ドンドンと亜樹子がドアを叩く音を聞きながら、返されたアクリルキーホルダーを握って螺旋階段に座り込む。

 ドアの向こうでだれかが入ってくる音がしたが、そんなことはどうでもよかった。

 また大切なものを失うと思うと涙が止まらない。

 頭がぐちゃぐちゃで考えがまとまらない。

 できることならすべてを投げ出したかった。

(翔太郎……)

 ……フィリップ……?

(……もう、君には無理だ……)

 頭に響く、かつてフィリップに失望されたときに言われた言葉。

 その一言がトドメになったのか、泣き疲れたのか、そこで俺の意識が飛んだ。

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