風都探偵 The ANOTHER CASE   作:竜・M・美日

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前章3「Fの決断/竜宮城と偽りと」

 ヘリを見送り、周りが静かになったところで、香澄さんが出迎えてくれた青年を掌で指した。

「ご紹介いたします。こちら、数年前から私の秘書をしてくださっている」

伏水(ふしみ)(わたる)と申します。よろしくお願いいたします」

 伏水と名乗った青年は深々と頭を下げた。

 黒髪をツーブロックに刈り上げ、水色の眼鏡をかけた、見た目からは三十代に見える。

 頭を上げると(ゆる)いのか、眼鏡が若干ズレていた。

 彼自身も気づいていたのか、左人差し指で「テンプル」を押し上げるようにして直す。

「ZENONの解体に際して、資産の運用に困っていたところを伝手(つて)で知り合い、そこから力を貸してくださっています。今でも私の不在のときには、この島の管理をお任せしているんです」

「すごいですね……」

「いえ、お嬢様にはご迷惑をおかけしてばかりです」

 そう気弱そうに笑っている。随分と腰が低い人柄のようだ。

 その丁寧な姿勢には、思わずぼくたちのほうが恐縮してしまいそうになる。

「あっ、失礼」

 すると伏水がぼくたちからすこし距離をとった。

 何気なく見ているとスーツから小型の水筒を取り出して、口を付ける。

 熱中症対策だろう。しかし、水分補給に人目を気にしなくてもいいとは思うが。

 そこらへんの生真面目さも、翔太郎のような彼の取り柄なのだろう。

「にしても、さすがに夏のビーチの傍はあっちぃな……」

「脱ぐか……」

 太陽の照り返しがきつかったようで翔太郎と照井竜がジャケットを脱いだ。

 翔太郎は白のワイシャツにベスト。照井竜は黒のTシャツ姿になる。

 特に翔太郎は夏用とはいえ色が黒いため熱を吸収しやすく、なおのこと暑いだろう。

 

「なら……ほい、っと! これ! 熱中症対策に!」

 すると亜樹ちゃんが持参していたバックから何かを取り出した。

 帽子、と言っても翔太郎の物とは違う、鍔が大きい普通の麦わら帽子だ。

 それをかぶった亜樹ちゃんは、再びバックに手を入れると同じものを取り出し、今度はときめに渡す。

「はい、ときめちゃんも!」

「ありがとう。所長さん」

 かぶると、ときめは翔太郎の前でクルリと(かろ)やかに回ってみせた。

「どうかな? 翔太郎?」

「に、似合ってんじゃねーか?」

「そう? 良かった」

 ときめは(ほが)らかに微笑んだ。

 たしかにときめの涼やかな服装に麦わら帽子は良く()える。

「ときめちゃん、めっちゃ似合うわー!」

 ときめの恰好を見て、ニコニコと笑う亜樹ちゃん。

 やはり彼女のムードメーカーとしての能力はすさまじい。

 彼女にかかれば、(よど)んだ雰囲気もあっという間に(なご)ませてしまう。

 そこでぼくは肩を叩かれた。

 目線を移すと、香澄さんが顔は笑っているが、目が笑っていないという器用な表情を浮かべていた。

「私『も』見てね?」

「あ、あぁ……」

 なぜかわからないが、言うとおりにしたほうが良いと直感した。

「はい! 次は、竜くん!」

「ああ……すまん」

 照井竜は渋い顔をしながら受け取ったもののかぶらない。

 たしかに彼の服装にはアンバランスだろう。

「一応だけど、翔太郎君は?」

「いらねぇよ! 俺はこいつで十分だ!」

 自前の帽子を強く抑えている。まあ、翔太郎はそういうだろう。

「あっ、そう。そう言って、頭だけハードボイルドになっても知らないから」

「余計なお世話だ! って、それどういう意味だ!」

 (わめ)く翔太郎を照井竜が(なだ)める中、亜樹ちゃんはぼくにも渡してくれた。

「はい、フィリップ君!」

「ありがとう。亜樹ちゃん」

 かぶってみる。たしかに日差しを(さえぎ)り風通しが良い帽子だ。

 熱中症対策にはピッタリな構造をしている。

「うん、似合ってる。似合ってる!」

「お似合いです」

「そうかい? ありがとう」

 二人からの賛辞を受け取ると、亜樹ちゃんが香澄さんにも帽子を渡そうとした。

「香澄さんはいる? もともとはあのハーフボイルド用のだけど」

「ハーフボイルド言うな!」

「いえ、大丈夫ですわ」

 そう丁重に断ったところで、伏水が歩み寄って香澄さんに声をかけた。

「お嬢様。そろそろお屋敷に向かわれたほうがよろしいかと」

「そうですね。ではみなさん、ついてきてください」

「はぁーい!」

 亜樹ちゃんが元気よく声をあげる。

 すると香澄さんがぼくの隣に来て手を引いた。

「えっ」

「行きましょう」

「あ、あぁ」

 ……少々、ひっぱる力が強いような……。

 なぜかぼくと香澄さんが先頭になり、禅空寺義蔵の屋敷に向かうことになった。

 余談だが、このとき、後ろから刺すような視線を感じたのは気のせいだったと思いたい。

 

 ぼくたちは目の前を歩く伏水から、案内がてら風流島の大まかな歴史や環境の説明を聞きつつ、左右に木々が並ぶなだらかな斜面に敷かれた歩道を進む。

 内容はぼくが検索したものとほとんど変わらなかったため、話半分に聞きながら周囲を観察する。

 多種多様な生き物が木や小川を住処(すみか)に、本能のままに生きていた。

 あれは、なんという種類なのだろう!

 今すぐに「検索」をはじめたいほどに、ぼくの好奇心が猛烈に刺激された。

「んっ……」

 だが、香澄さんが声をあげたことで思考が中断され我に返った。

 見れば、木々から漏れる日差しが眩しかったのか、(ひたい)の前で手をかざしている。

「香澄さん。本当に帽子がなくて大丈夫かい? 良かったらぼくのを……」

「ううん。大丈夫」

 心配になって、かぶっていた麦わら帽子を貸そうとしたが、断られてしまった。

「私には、『これ』があるから」

 すると香澄さんは羽織っていたカーディガンからある物を取り出す。

「それは……」

 ぼくは驚いた。それに見覚えがあったからだ。

 

 所々くすんでいるものの、ベージュに淡いグリーンのラインが入ったハンチングベレーのような帽子。

 もともとは翔太郎の物だったが、当時は旧組織(ミュージアム)に追われていたこともあって顔を隠すためにかぶっていた。

 それを事件が終わったあとに、ボロボロになったのを「お守り代わりに欲しい」ということで渡したのだ。

 元通りとは言わないまでもかなりの修繕が(ほどこ)されていた。

 汚れを気にしないのなら十分に使えるだろう。

 

「まだ、持っていたのかい?」

「当たり前よ。だって、お守りだもの」

 香澄さんは慣れたようにその帽子をかぶった。

「どう?」

「ぼくの美的センスはあまりあてにならないと思うが……悪くないと思う」

「そこは『似合ってる』って言ってほしかったな……」

「な、なら、似合っている」

 残念そうにしている香澄さんを見て、あわてて言い直す。

「ふふ。ありがとう」

 香澄さんに笑顔が戻る。喜んでくれたようでなによりだった。

 

「ほら、見てよ。あの子、猫かぶってた」

「……やめろってそういうこと言うの。本当にどうしたんだよ。さっきも香澄さんを挑発するようなこと言ったり……。依頼人なんだから、頼むから揉めるような真似はすんなよ」

「……ふん」

 距離はあるものの若干聞こえる翔太郎とときめの会話。

 すると香澄さんがチラリと後ろに視線を向ける。勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「……翔太郎。依頼が終わったら、私にも帽子頂戴」

「はぁ、なんで?」

「いいから!」

 ときめが絡ませていた腕をひねった。

「イデデデデッ⁉︎ わかった! わかりました!」

「絶対だよ!」

「わかった‼ 約束するから‼」

「賑やかね。フィリップ君」

 香澄さんの握る力がさらに強くなった気がした。

「そうだね……」

 ぼくにとっては理解が及ばない状況に、ただただ肯定することしかできなかった。 

「いやーあの二組、ホンマ熱々やわあ」

「問題を解決したいのなら、ほどほどにしてもらいたいがな」

 照井夫妻はそんなことを話しつつ、ぼくたちは森を抜け島中央部の湖にたどりついた。

 

「すげぇ……」

 いちばんに翔太郎が驚嘆の声をあげた。

 他のメンバーも同様の感想を持ったのか、それに近い表情を浮かべている。

 たしかにその言葉どおり、目の前には観察所というには大きすぎる屋敷があった。

 アルコール事件の鏡野(かがみの)邸よりかは小さいが、それでも利便性を度外視するならば、かなりの人数が住み続けられそうな大きさだ。

 だが、今さらその程度で驚くほどぼくたちは経験不足ではない。

 ぼくたちが驚いたのは、その屋敷が「湖の上」に建っていたからだろう。

 浮かんでいるわけではない。おそらく湖の底まで支柱が伸ばされ、それによって屋敷が支えられているのだ。

 

「どうぞ中へ」

 香澄さんの案内で屋敷まで続く石橋を渡って、屋敷の内部へと足を踏み入れる。

「おりょ? 中はもっと豪華だと思ってたんだけど……」

「思ったより質素でしょう?」

 亜樹ちゃんの疑問のとおり、絨毯(じゅうたん)などは敷かれているものの、中は外に比べると地味な印象を受けた。

 考えてみれば一応観測所なのだから、大量に絵画や美術品を飾っていても仕方がないのだろう。

「屋敷やスタッフの紹介をしたいところですが、暑い中を歩いたことですし、皆さんお疲れでしょう。ゲストルームに荷物を置いてからにいたしましょうか」

 こちらへ、と屋敷の奥へ案内される。

 厨房などが置かれているのか、いくつかのセクションを抜けた先には等間隔でドアが並んでいた。

「こちらをお使いください」

 香澄さんの言葉に翔太郎が部屋を開けると、中はホテルのようなシャワーとトイレ付きの部屋だった。

 すると亜樹ちゃんがときめの手を引き、窓へと駆け寄る。亜樹ちゃんが窓を開けた。

 カーテンが舞い、涼やかな風が部屋全体をとおり抜けていく。

「うわぁ! 綺麗!」

「……ほんとだ……」

 そこにはオーシャンビューならぬレイクビュー。湖全体が見渡せた。

 二人がその光景に目を奪われていると、ぼくの隣にいた翔太郎がなぜか震えだした。

「翔太郎? どうしたんだい?」

「あ、あの香澄さん? ……このベッド、ダブルベッドなんですけど……」

 翔太郎が震える指でベッドを指した。

 たしかに一つのベッドに二つの枕が置かれている。

 なるほどこれが「ダブルベッド」というものなのか。

 名前が名前だけに親近感が湧くベッドの形態だ。

「いいじゃん、ときめちゃんと寝れば」

「いいわけあるかぁっ‼ 男と女だぞ!」

 当然のように言う亜樹ちゃんに翔太郎が必死の形相で言い返す。

「じゃあ、何? フィリップ君と寝るの?」

 亜樹ちゃんにあきれた様に言われ、翔太郎が「うっ」と微妙な顔をする。

「……いや、それはそれで、問題があるような……ないような……」

「翔太郎は、やっぱり私といっしょに寝たくないの……?」

 ときめが寂しそうに翔太郎に詰め寄る。

「いや、その……」

「……一応、全部屋ダブルベッドにはしていますが、セパレートなのでツインにも分離できますが」

「……ツイン……ツインでお願いします……」

 その言葉に翔太郎は諦めたようにガックリと肩を落とした。

「興味深い。『ツイン』というベッドの形態もあるのか」

「何に興味持ってんだよ……」

 頭を抱えている翔太郎の背後で、亜樹ちゃんがときめにサムズアップをする。

「はいはーい! じゃあ、私たちはダブルで!」

「ああ、構わん」

 照井夫妻はダブルの形態で良いらしい。

 この翔太郎たちと照井夫妻の差はなんなのだろうか?

「じゃあフィリップはどうすんだよ……」

「ぼくは一人でも構わな……痛っ!」

 パコン!

 亜樹ちゃんにスリッパで頭を(はた)かれた。『空気読め!』と書いてある。

「フィリップ君は、香澄さんといっしょ。ね?」

「あっ、ああ……」

 亜樹ちゃんの命令に肯定すると、なぜか香澄さんが恥ずかしがっている。

「じゃあ、その、私たちもツインで……」

「いや、それならばダブルが良い」

 ぼくがそういうとみんなが驚いた顔をする。

「……いい、の?」

「その名称に興味が惹かれたんだ。是非ともダブルでお願いしたい」

 そう言ったら、ぼく以外の全員がズッコケた。

「さすが、フィリップ君やわぁ……」

「平常運転だな……」

「……まあ、良かったんじゃねーか?」

「?」

 ぼくは何かおかしなことを言っただろうか。

 

 それから各自割り当てられた部屋に荷物を置いて小休憩を取っていると、ドアをノックされた。

「はい」

「香澄よ。入っていいかしら?」

「構わないよ」

 休憩中に離れていた香澄さんが部屋に入ってくる。

「今、屋敷にいるスタッフにエントランスへ集合するように言ってきたわ。来れる?」

「わかった。伺うよ」

 ぼくは本を閉じるといっしょに部屋を出る。

 香澄さんは翔太郎たちにも声をかけて回り、全員でエントランスに向かった。

 

 エントランスには伏水を含めた男女四人が待っていた。

「こちら鳴海探偵事務所のみなさんです」

「探偵……」

 それぞれがその職業に驚いたり、不信感があるような反応を示す。

 ぼくたちが自己紹介を終えると、香澄さんはスタッフの紹介をはじめた。

「こちらは屋敷の清掃をしてくださっている若狭(わかさ)さんです」

「若狭(ふみ)です。よろしくお願いいたします」

 エプロン姿で雑巾や手袋を腰に括りつけた、物腰が柔らかそうな六十代の女性が頭を下げる。

「こちらは福田(ふくだ)和一郎(わいちろう)厨房長です」

「よろしく……」

 板前姿の職人気質で頑固そうな五十代の男性が腕を組みながらぶっきらぼうに返してきた。

「この方が魚田(うおた)正子(まさこ)さん」

「『ウオ』っ! 私の番ですか! 魚田正子です! 是非、『オサカナちゃん』とお呼びください! よろしくお願いいたしますです!」

 至る所に水棲生物のイラストが描かれ魚の形のフードをかぶった、小柄で活発な二十代に見える女性が奇妙な言葉使いで、なぜか敬礼をしながら元気よく挨拶をしてくれた。

「『オサカナちゃん』? あっ、テレビで見たことある!」

 亜樹ちゃんが声をあげた。

「なんか絶滅危惧種の魚を人工で繁殖させたとかなんとか……」

「えへへ……お恥ずかしい限りです……!」

 絶滅危惧種を繁殖? それも人工で?

 人は見かけによらないとは言うが、年齢関係なく驚くべき偉業をなす人物もいるものだと感心した。

「オサカナちゃんはときどき海棲生物の観察や保護に来てくださっています」

「お話を聞いたとき、本当に嬉しかったです! この島の海には珍しい魚類がたぁくさん、いますです! だから、私もこの島を守りたいです!」

 そう意気込むオサカナちゃんを見て、ぼくたちも一層気合いが入った。

「あぁ、いっしょに頑張ろうぜ」

「はいです!」

「オサカナちゃん、それではまたあとで」

 香澄さんがオサカナちゃんに向かってウインクした。

「ウオっ! 了解しましたです!」

 また敬礼をして、オサカナちゃんは意気揚々とどこかへ走っていった。

「それで……じつはあと一人残っているんですが……。来てませんか?」

「……どうせ、また自分の城に引きこもってるんだろ。あの『パソコン野郎』……。俺も仕事に戻っていいか? さっさとしないとあんたらの食事の準備が終わらないんでな」

 福田はそう嫌味めいたことを言って、厨房の方向に戻っていく。

「もう福田さんったら……。では、お嬢様。私もお掃除に戻らせていただきますね」

「はい。お願いします」

 香澄さんの許可を得て、若狭もエントランスを離れた。

 

「あの福田って人、感じ悪い」

 二人の姿が見えなくなったところで、ときめが顔をしかめて言った。

「おい、そういうこと言うな……!」

「……だが随分と気が立っているようには見えた」

 翔太郎が(とが)める一方で、照井竜が冷静な分析を出す。

「……あとで、わかるかもしれません……」

「え?」

 香澄さんが小声でそう言って、何か考えを振り払うように頭を振ると笑顔を作った。

「じゃあ、最後の一人に会いに行きましょうか」

「……『パソコン野郎』と言っていたが、どういった人物なんだい?」

「そうね。簡単に言えば『この島の心臓』かしら」

 ぼくは奇妙な例えだと思った。だがすぐにその言葉の意味がわかった。

 

 伏水によってぼくたちは屋敷の中央辺りに案内された。

 そこには木目調の屋敷には似つかわしくない鉄製のドアがあり、香澄さんが近づくと自動で開いた。

「ワアォ!」

 薄暗い部屋の中で大型のモニターの前にいた、横幅がぼくの身体二人分はある巨漢の男性が驚いて声をあげた。

 だが、それでも前にある画面からは目を離さずに、キーボードを(せわ)しなく叩いている。

「ドウシタンデス? ミス・カスミ?」

 カタコトに聞こえる日本語からして、海外出身であると推測できた。

「もう、さっきエントランスまで来てくださいと言ったでしょう?」

 ため息を吐いた香澄さんが少し怒った口調で、その人物の所まで歩いていく。

 香澄さんの態度からして、どうやら彼女自身苦手な人物のようだ。

「エッ。オウ。ジカン、スギテマース。スミマセ……」

 悪びれる様子もなく男は椅子を回して、ぼくたちのほうを向いた。

 スナック菓子のカスを服や口中に付けて、キーボード周りには他のお菓子類や炭酸飲料が乱雑に並べ、床にもジュースの空き缶や弁当の空き箱が放置されている。

「またこんなに散らかして、若狭さんが困るでしょう」

 はっきり言って「不潔」。その一言に尽きた。

 こんな人物が香澄さんの近くにいるなんて……。

 だが、それよりも気になったのは、彼がぼくたちを見た瞬間に動きが固まったことだ。

「ア、アノー……カレラハ、ドナタデスカ……?」

 初対面だが明らかにぎこちなくて様子がおかしく見える。

「また話を聞いていなかったんですね……。私の友人の鳴海探偵事務所の方々です」

「たん、てい……」

 唖然とした様子で、その言葉を反復する。

「英語ではディテクティブですわ」

「ワ、ワアォ! ナルホド……。ワタシ、フィリップ・マーロウ、ダイスキデース!」

 

 フィリップ・マーロウ。鳴海探偵事務所の初代所長であり、翔太郎の師・鳴海 荘吉(そうきち)も愛してやまなかったハードボイルド小説に出てくる探偵だ。

 ぼくの「フィリップ」の名前もそこから付けられた。

 

「ご紹介します。この島全体の管理システムを請け負ってくださっている。チーフエンジニアのフランクリン・ウォルターさんです」

「……フランクデース。ヨロシク、オネガイシマース……」

 そこで気づいた。モニターに島の施設の見取り図や電力、その他諸々(もろもろ)のデータが表示されている。

 さらに部屋の奥には十台くらいのスーパーコンピューターが並べられていた。

 なるほど。「この島の心臓」か。

 彼がここで島全体のシステムを管理しているようだ。

 それにしても、そこまで大きくない島になぜこれだけのスーパーコンピューターが……?

「これでこの島のスタッフは全員ですわ」

 香澄さんは一刻も早くこの部屋から出たいらしく早口で言うと、早足でぼくたちを部屋から連れ出した。

「フランクさん! くれぐれも綺麗にお願いしますね!」

 最後に香澄さんは閉まるドア越しにウォルターに声をかけた。

「スミマセーン! ガンバリマース!」

 本当に反省しているのかわからないような返事が返ってくるとドアが閉まった。

 

 ウォルターは「侵入者」が出て行ったのを確認すると、急いでスマホを取り出し電話をかける。

 相手はすぐに出た。

「おい、まずいことになったぞ……!」

「どうしたんだ」 

「『鳴海探偵事務所の探偵』とかいう連中が来やがった……!」

 あわてて現状の報告と相談をはじめた。 

 

「申しわけありません。フランクさんは技術は一流なのですが……身の回りにまったく関心のない方なんです」

 香澄さんはぼくたちに辟易(へきえき)として言った。

 それにぼく含めた全員が口には出さないが同意した様子だった。

 たしかにだらしない人物に見え、福田の蔑称(べっしょう)もおおむね間違いではないと感じた。

 だが、大っぴらに批判することはできなかった。

 ぼく自身、興味を持って好奇心のままに動くとウォルターに近しい傾向がある。

 気をつけなければ……。

「でも、このあとの物を見ていただけば。きっと喜んでいただけるはずです」

「それって、さっきオサカナちゃんに頼んでたこと?」

「そうです。これから私たちは水の中に入ります」

「えっ、『水の中』って、潜るの⁉ ダイビング⁉ 私、聞いてない!」

 亜樹ちゃんの驚き半分、嬉しさ半分といった様子に、香澄さんは手で口を隠しながらクスクスと笑う。

「いえ、さすがに来ていきなりでそこまではいたしませんわ。機会があれば道具はありますが」

「えっ。じゃあどういうことなんだ?」

 翔太郎の疑問に香澄さんは笑いながら下を指した。

 

「すげえ!」

「うわーぁ!」

「……綺麗」

「私も最初に見たときは驚きましたです!」

 ぼくたちは「外」を見て感嘆をあげていた。

 ()んだ水の中を、さまざまな淡水魚や水棲生物が真横を横切っていく。

「すさまじい施設だな……」

 滅多に表情を崩さない照井竜でさえ驚きを隠せないようだ。

「そうでしょう? これがこの島の観測所です」

 オサカナちゃんを含めたぼくたち八人は湖を潜っていた。

 全面ガラス張りの円柱型の水中エレベーターで下に降りながら、海底に建設されたこちらもガラス張りのドーナツ状の観測ユニットへと向かっている。

 そして、丁度ドーナツの穴に収まるようにしてエレベーターが止まった。

「すげぇ……痛ぁっ⁉」

 亜樹ちゃんがときめとオサカナちゃんの手を引いて翔太郎を押しのけると、観測ユニットに取り付けられた手すり越しに湖中を眺める。

「香澄さん! まるで竜宮城みたい!」

「ウオーッ! やっぱり何度見ても飽きないです!」

「祖父が残していた設計図を(もと)に私が引き継いで完成させました」

 香澄さんは亜樹ちゃんたちのはしゃぎようを微笑みながら見ていた。

 

「あっ、あの魚、見えますですか!」

 オサカナちゃんが指した先には大きなナマズがいた。

「あれは!」

「『マナマズ』だね。日本ではポピュラーなナマズだ」

 ぼくの説明にオサカナちゃんが驚いた顔をする。

「わかりますですか⁉」

「以前、水棲生物について調べたことがあってね」

 信じないだろうが、かなりの数の生物の知識が文字どおりぼくの頭の中に入っている。

 するとオサカナちゃんは肩をプルプルと震わせはじめた。

「お、おい。フィリップ……!」

「えっ。あっ……」

 しまった。つい、いつもの癖で知識をひけらかしてしまった。

 彼女のプライドを傷つけてしまったかもしれない。

「……です……」

「えっ?」

「すごいです! 他にどんな種類を知ってますですか⁉」

 予想に反して、キラキラした目でぼくを見てきた。

「あっ、あぁ……。それなりに知識はあると思うが……」

「ウオーッ! 話したい! 話したいです‼」

「構わないよ」

 どうやら、いつもとは逆でぼくが彼女の好奇心を刺激したらしい。

 それからしばらく、みんなをほったらかしにして、ぼくはオサカナちゃんと水棲生物について話しあった。

 ぼくも嫌いではないのでどんどんと会話が白熱していった。

 

「あーあ……。すまねーな、香澄さん。ああなったら、あいつしばらくとまんねーんだ……」

 あとから聞いた話だが、翔太郎が頭を抱えながら香澄さんに謝っていたらしい。

「いえ、喜んでくれたなら嬉しいです」

 だが、意外にも香澄さんは嬉しそうだったそうだ。

「ところでこの施設の深さはどのくらいある?」

「こちらは水深約五〇メートルです」

 照井竜の問いに伏水が答えた。

「『こちら』ってことは他にもあるのかい?」

 翔太郎の質問に香澄さんがうなずく。

「はい。あちらにも通路がありますでしょう?」

 観測ユニットに平行に接続された水中通路を指した。

「あちらは海側に繋がっています」

「海も見えるの⁉」

「はい。向こう側は一〇〇メートルごとに観測ユニットがあり、最下層なら二〇〇メートルまで潜ることができます」

「ホンマに竜宮城やん!」

「……でも、ここ、ガラスが割れちゃったらどうするの?」

 ふと思った疑問だったのだろうが、そのときめの発言で全員にゾッとした雰囲気が流れる。

 白熱していたぼくでさえ、一気に現実に引き戻された。

「……問題ありません。ガラスは潜水艦にも使われる強化ガラスですし。万が一、ヒビが入ったら防水シャッターが下りて完全に封鎖されます。ご心配なく」

 香澄さんは明るい雰囲気に水を差されたことにいらだったらしく、素っ気なく返す。

 その対応が気に食わなかったのだろう、ときめは不機嫌そうににらんでいた。

「じゃ、じゃあ大丈夫そうだな……」

「……よろしければ、あちらもご覧になりますか?」

「いや、今は遠慮しよう」

 その提案にぼくは「是非」と言いたいところだったが、照井竜が止めた。

「問題の解決が最優先すべきだと考えている」

「……そう、ですね」

 香澄さんの言葉に女性陣が見るからに落ち込んでしまった。

「……そうだな。俺たちは遊びに来たんじゃねーんだ。目的はそっちだ。まぁ、島にいる間ならあとからでも見れるだろ」

 翔太郎の言葉に、みんなが渋々(しぶしぶ)うなずいた。

「では、それぞれ手分けして話を聞いていったほうが効率がいいだろう。六人いるようだが」

「……なら、私は最後で構いません」

「そうかい?」

「……そのほうがいいと思うから。私は海側の一〇〇メートル地点の観測ユニットにいますわ」

 そこがお気に入りの場所なのだと言って、なぜか気まずそうな表情をしながら足早に水中通路を渡っていった。

 

「……じゃあ、だれがだれに話を聞きに行こうか?」

 ぼくの言葉に真っ先に亜樹ちゃんが手を挙げる。

「はい、はーい! 私、オサカナちゃんと話したい! 良い?」

「あっ、はい。構わないです!」

 亜樹ちゃんはオサカナちゃん。

「ならば、俺は福田和一郎の証言を取る」

 照井竜は福田。

「じゃあ、私は若狭さんに聞いてくるよ」

 ときめは若狭。

「相棒、どうする?」

「ぼくは少々、フランクリン・ウォルターが気になる」

 あの様子、やはり何かひっかかる。

「それなら、俺は伏水さんだな。良いかい?」

「構いません」

「身内がいると言いづらいこともあるかもしれん。別々に話を聞くほうがいいだろう」

「じゃあ、私たちはここにいるね!」

 亜樹ちゃんとオサカナちゃんは観測ユニットに残ることになった。

「では、俺たちは一旦、陸に上がるとするか」

「了解した」

 そして、ぼくたちは屋敷に戻ってすぐに調査を開始した。

 

「チッ」

 ウォルターが舌打ちする。

 水中に仕掛けられた監視カメラには海側の水中エレベーターに乗る香澄さんが映っていた。

「絶好のチャンスなのに……。隣にいる女連中が邪魔で下手にエレベーターを止められねぇ。しばらく様子見るか……」

 そうひとりごちていた。

 

 数十分後、聞き込みを終えたぼくは、伏水に案内されて五〇メートル地点の水中通路に繋がったエレベーター乗り場から一〇〇メートル地点の観測ユニットへと降下した。

 ドアが開いた先に香澄さんはいた。

 手すりに腕をかけながら、こちらに背を向けて海中に目を向けている。

 伏水は空気を読んだのか、香澄さんとは反対側のスペースに歩いていった。

「……香澄さん」

 ぼくはさまざまに入り混じった感情を押し殺しながら声をかけた。

 決して二人きりになれた、からではない。

「なに……?」

「スタッフ全員から証言を聞いてきた」

「そう」

「結論を言おう。君はぼくたちに嘘をついていた」

 ぼくはこれから香澄さんに「詰問」しなければならなかった。

 

 調査を開始した翔太郎は食堂で伏水から話を聞いていた。

「早く今回の件を解決し、お嬢様には平穏を取り戻していただきたいと思っております」

「そうだな。俺たちもなんとか力になりたいと思ってる」

 伏水は設置されていたウォーターサーバーから紙コップに水を入れると、一口飲む。

「じつは今回の一件を鳴海探偵事務所に依頼するべきだと提言したのは私なのです」

「そうだったのかい?」

「時折、お嬢様からみなさまのお話は(うかが)っておりましたので……。ですが、深刻な事態になっても(おもむ)かれることがなく、見かねた私が半ば強引に依頼を勧めたのです」

 翔太郎が帽子の鍔をなでる。

「……女心は複雑だからな」

 伏水は困ったように笑った。

「仰るとおりかと」

「じゃあ、早速だが、話を聞かせてもらえるかい? 失踪事件について」

「はい……えっ?」

 翔太郎の質問に伏水がキョトンとした顔をする。

「……えっ?」

「失踪事件……ですか?」

 そこで様子がおかしいことに気づいたという。

 

「ワタシ、パソコンカラ、ハナレラレマセーン」

「そのままで構わないよ。失踪事件について教えてほしい」

「シッソウ、デスカ?」

「人がいなくなることだ」

「サッパリ、ナンノコトカ、ワカリマセーン」

「……知らないのかい?」

 ウォルターも知らなかった。

 

「オサカナちゃん、しっかり答えてねー」

「はっ、はいです!」

「ズバリ! 失踪事件について何か知ってる?」

「失踪……ですか? 知りませんです……」

「えっ、知らないの?」

 オサカナちゃんも知らなかった。

 

「とっとと済ませてくれよ。こっちは忙しいんだ」

「早く答えれば、早く済む。この島で起こっている失踪についてだ」

「あぁ? 失踪? なんのこった」

「何?」

 福田も知らなかった。

 

「私もお嬢様のお力になりたいです」

「……じゃあ、ちゃんと答えてほしい。失踪したスタッフについて教えて」

「えっ? あの……すみません。なんのお話でしょう?」

「だから、失踪だよ? お嬢様がスタッフがいなくなったって……」

 若狭も知らなかった。

「ですが……」

 

「『失踪事件は知らない』。全員が一様にそう言った」

「……そう」

 香澄さんが小さく震えるような声を出す。それ以上は聞きたくないという雰囲気が感じ取れた。

 しかし、言わなければならない。

「だが、いくつか奇妙な証言を聞いた。……『不審死の件なら知っている』と」

 その言葉で香澄さんは手すりにもたれかかると、力なくうなだれた。

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