風都探偵 The ANOTHER CASE   作:竜・M・美日

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前章4「Fの決断/乱入者」

 聞き込み調査を開始して、ぼくは真っ直ぐにフランクリン・ウォルターのサーバールームへ向かった。

 自動ドアが開く。

「ワアォ! ミス・フミ。イツモ、イキナリハイラナイデクダサイト、イッテイルデショウ」

 ウォルターは相変わらず画面に目を向けて、こっちを見向きもしない。

 だから、だれが入ってきたのかもわかっていないらしい。

「若狭文ではない。先ほど挨拶に来た探偵さ」

 そこでようやくウォルターがぼくのことを一(べつ)した。

 表情からは少々のいらつきが読み取れた。

「ナンノヨウデスカ? ワタシハ、イソガシイノデス」

 そう言って、そそくさと作業に戻る。

 邪魔するな、と(あん)に言っているようだ。

「手間は取らせない。場合によっては、すぐに済む」

「ワタシ、パソコンカラ、ハナレラレマセーン」

「そのままで構わないよ。失踪事件について教えてほしい」

「シッソウ、デスカ?」

「人がいなくなることだ」

「サッパリ、ナンノコトカ、ワカリマセーン」

「……知らないのかい?」

 ウォルターは大袈裟(おおげさ)に首を振る。

「ワタシ、シマニイルトキハ、ココカラアマリデマセン。スタッフトモ、ホトンドハナシマセン。トイレ、シャワーノトキクライデス」

 どおりで若狭文が来るまで散らかしっぱなしになるわけだ……。

「じゃあ、本当に知らないんだね?」

「シリマセーン。ホカノヒトニ、キイタラドウデスカ?」

 そういうなり、また作業に没頭しはじめた。

 さて、どうしたものか。結果としてなんの情報も得られなかった。

 ぼくは生来(せいらい)、合理的に行動するタイプの人間だ。

 知らない、というのなら一旦候補から外して次に進む。

 しかし、今では翔太郎の影響を大いに受けて、あっさりと思考を放棄するほど甘くはない。

 ぼくの直感が、この男が怪しいと(ささや)いている。

 ぼくはポケットに手を突っ込みながら、ウォルターに歩み寄った。

「デバックかい?」

「……ワカルンデスカ?」

 ウォルターが少し驚いた顔でぼくを見る。

「こう見えて『データ』にはうるさくてね」

「ソウナンデスカ! ホントウニタイヘンナンデスヨ! スーパーコンピューターヲ、ジュウダイモツナゲテ、バグヲケシテ、『スイソウ』ガイツデモウゴクヨウニ、カンリシテイルンデス!」

「それは大変だ」

「ナノニ! ミス・カスミハジュウブンナ、オカネヲハラッテクレマセン!」

「嫌なら、だれかにまかせられないのかい?」

「ムリデース! コノシマノシステムハ、ワタシガゼロカラツクリマシタ! ワタシイガイハ、ウゴカセマセーン!」

 そう嬉しそうで意地が悪そうな笑顔を見せてきた。

 少し()めたとたんに、饒舌(じょうぜつ)になったものだ。

 ウォルターが随分と自己顕示欲が強い人物であると性格を修正しつつ、ぼくはポケットから彼が座る椅子の背もたれに手をかける。

 それから彼が満足するまで、仕事の愚痴などを聞かされ続けた。

 話を聞いたぼくは表面上は同情しながら、この男は香澄さんに対してなんらかの悪意がありそうだ、と感じた。

 

「トコロデ、アナタノナマエハ?」

 気が済んだのか、思い出したように尋ねてきた。

「フィリップだ」

「……ハーフデスカ?」

 名前に対して、明らかに日本人に見えるからだろう。

「いや、違うがぼくの名前だ」

 そう。「ぼく」を「ぼく」たらしめる名前だ。

「ソウデスカ。マタ、ハナシヲシタイデース」

「機会があればね」

 そこでぼくはサーバールームをあとにした。

 

 ウォルターは「理解者」が出ていったのを確認する。

「『フィリップ』か……」

 感慨深げに言うと、またスマホを取り出した。

 

 ぼくは集合場所に決めていた照井夫妻の部屋に入った。

 見れば、ぼく以外の全員がそろっていたが、一様に難しい顔をしている。

「……よう。相棒、どうだった?」

 翔太郎に尋ねられて首を横に振った。

「フランクリン・ウォルターは失踪事件どころか、(ろく)に他のスタッフと話をしていないらしい。自分の身に危機が迫っているかもしれないのに、知らぬ存ぜぬは言わないとは思うから、ある程度信用してもいいと思うが」

「そうか……」

 翔太郎が口ごもった。

「どうしたんだい?」

 やはり何かみんなの様子がおかしい。

「……どうやら失踪事件については誰も知らんようだな」

 照井竜の言葉に衝撃を受けた。

「……それは、どういうことだい?」

「言葉どおりさ。スタッフ全員、失踪事件に関しては何一つ知らなかったんだよ」

 翔太郎の言葉に全員がうなずく。

「オサカナちゃんも全然知らないって。ただ、彼女はずっと島にいるわけじゃなくて本土と行ったり来たりしてるから……らしいけど」

 

 いったいどうなっているんだ……?

「……でも、その代わりにおかしな証言を聞いたぜ」

「俺もだ」

「私も」

 翔太郎の言葉に照井竜とときめが次々と声をあげた。

「……それは、どんな……?」

「……『失踪は知らないが、不審死なら知ってる』ってな」

「なんだって……? 不審死……⁉」

 どういうことだ。依頼の話とまったく違うじゃないか!

「伏水さん(いわ)く、もう二人やられてるらしい……」

「何が……何が起きたんだ?」

「その先は俺から話そう」

 そして、照井竜は福田の証言を話しはじめた。

 

「変死、だと?」

「……あぁ。俺の弟子の一人が食材を取りに冷凍庫に入っていったんだが、すぐ傍なのに十分経っても帰ってこなくてな。様子を見に行ったら、おっちんじまってた。顔がずぶ濡れになってな」

「凍死か?」

「……いんや。本土の医者に診てもらったら(でき)死だとよ」

「溺死? 冷凍庫でか?」

「おうよ。水が凍るような所で溺れたんだとよ……。俺も命が惜しいから、とっととここから出て行きたいんだがな……」

 そう言って福田は食材の準備を続けたという。

 

「じゃあ、次は私だね」

 ときめがメモを開いて、若狭から聞いた内容を伝えてくれた。

「遺体を見つけた?」

「えぇ……廊下で倒れていたところを、まだ屋敷に残っていた他の清掃員が見つけました」

「どうして亡くなったの?」

「お医者様に見ていただいたところ……溺れていたそうです」

「溺れた? 廊下で? 水道とか?」

「いいえ。たしかに顔は濡れていましたが……。お風呂場ならともかく、洗面台も何もない廊下です。私、怖くて……」

 恐怖からか若狭は自分で自分の身体を抱きしめていたという。

 

「水気のないところで溺死……。道具を使えば人間でも不可能ではないだろうが……服は濡れていたのかい?」

 二人は首を横に振った。

「……だとすると、おそらくドーパントの仕業(しわざ)と見るべきだ……」

 ぼくは内容を整理して結論を出すと、出してあった椅子に座って頭を抱えた。

「……大丈夫? フィリップ君?」

 亜樹ちゃんが心配そうに声をかけてくる。

 大丈夫ではない。

 ぼくは他人が見てもわかるくらいには、ひどくショックを受けていた。

 失踪事件は起きていなかった。だが、変死事件は起きていた。

 なぜだ。なぜ香澄さんはそのことを伝えてくれなかったんだ。

 嘘をついたのか? なぜ?

「……なぜ香澄さんはぼくたちを騙すようなことを……」

 ぼくの発言で部屋に沈黙が流れる。

「俺が、香澄さんに事情を聞いてくる」

「……待ってくれ。翔太郎」

 気を利かせたのか香澄さんに事情を聞きに行こうとした翔太郎を、ぼくは止めた。

「ぼくが行く。本人に直接尋ねたい」

「……いいのか?」

 ぼくが依頼を受けたのだ。最後まで、ぼくがやらねばなるまい。

 彼女から真実を問わなければ。

「これはぼくが受けた依頼だ。翔太郎」

 その言葉で翔太郎は複雑な顔をしていたが、最後にはうなずいてくれた。

 

 ぼくはすぐに部屋を飛び出した。冷静ではなかったのだろう、いつもの厚い本をテーブルに置いておくほど、ぼくは動揺していた。

 水中エレベーター乗り場まで向かえば丁度、伏水が乗り込もうとしているところだった。

「待ってくれ! ぼくも乗る!」

 ぼくの言葉にあわてて伏水がエレベーターを止めてくれた。

「すまない。香澄さんに話があって……」

「そうですか。私も一旦、お嬢様の様子を確認に行こうと思っていましたので」

 そんな会話を交わす内に、ぼくたちを乗せたエレベーターのドアが閉じて水の中へと沈んでいく。

 

 一方、照井夫妻の部屋。

 全員が意気消沈していた。香澄さんとバチバチと火花を散らしていたときめでさえ、気落ちしている有様だ。

「……あの子、なんで嘘をついたんだろう?」

「香澄さんがフィリップに嘘をつきたくて、ついたとは思いたくねーけどな……」

「何かしら理由があると思いたいが」

「大丈夫かなぁ。フィリップ君……」

 そう各々が思い悩んでいると、コンコンとドアがノックされた。

「だれだろう? はーい!」

「私です! オサカナちゃんです!」

 オサカナちゃんの声に亜樹ちゃんはドアを開けた。

「どうも!」

「オサカナちゃん、どうしたの?」

「これから砂浜に行こうと思ったんですが、一人じゃちょっと寂しいと思いまして、気分転換にもなるかも、とみなさんを誘いに来ましたです。どうですか?」

 亜樹ちゃんは部屋にいる三人を見渡すと、大きくうなずいた。

「……そうだね。フィリップ君には申しわけないけど。ちょっとだけ行こっか!」

「そうですか! 良かったです!」

「おい、亜樹子……」

 翔太郎が亜樹ちゃんに苦言を(てい)する。

「無理に明るくなれなんて言わないけど、ここであることないことでウダウダ悩むくらいなら、何かあったときのためにフィリップ君を(なぐさ)める言葉を考える時間があったほうがいいでしょ」

「……そうだね。それに念のため、島がどんな感じなのか見て回ってもいいんじゃないかな?」

 ときめの擁護(ようご)の言葉に照井竜がうなずいた。

「一理ある。俺たちはこの屋敷以外、この島について何も知らんのだからな」

「……ったく、仕事仲間が困ってるつってんのに……少しだけだぞ」

 やれやれと重い腰を上げた翔太郎は帽子をかぶり直した。

 

 海側の観測ユニットに到着したぼくは、詰問したことでうなだれている香澄さんの隣に立つ。

「どうしてだい? どうして失踪事件だなんてすぐバレる嘘をついたんだ?」

 尋ねるが香澄さんは黙ってうつむいたまま答えてくれない。

 その態度に、埒が明かないと思ったぼくは心を鬼にして冷たい部分を目覚めさせた。

「……ぼくは翔太郎のような感情表現が下手だ。だから率直に言わせてもらう。今、ぼくは君に失望を感じはじめている」

 香澄さんがバッと顔を上げ、ぼくを見た。その瞳が少し見開かれている。

 今きっとぼくは軽蔑(けいべつ)の目をしているのだろう。

 本当なら……こんなことは言いたくもなかった。

「……ごめん、なさい……ごめんなさい……」

 悲痛な表情を浮かべて香澄さんはひたすら謝罪の言葉を繰り返している。

「ぼくは君に謝って欲しいのではない。理由を聞かせてくれ」

「……心配、させたくなくて……」

 やっとわけを話してくれたが、ぼくには要領を得ない返答だった。

「心配? どうして?」

「……私が危険な目に遭ってるって知ったら……無茶をするでしょう?」

「当然だ。それが依頼ならなおのことだ」

 そして、それこそぼくたちの「仕事」であり、ぼくの贖罪だ。

「……だからこそフィリップ君を……そんな目に遭わせたくなかったの……」

 理解できない。自分が危険な目に遭っているのに、ぼくの心配をするなんて!

「どうして、ぼくの心配をするんだ?」

「……もしかしたら、また……フィリップ君が消えちゃうかもしれないと思ったから……!」

「!」

 香澄さんが叫ぶように言ったこの言葉に、ぼくは十分過ぎるほど心当たりがあった。

 

 じつは、ぼくは一度この世から消滅したことがある。

 さまざまな要因からWに変身したときに力を使い果たしたからだ。

 だが、若菜姉さんが一年をかけてぼくを修復してくれたおかげで肉体は得られたが……そうしてくれなかったらぼくは今ここにはいないだろう。

 復活してすぐに香澄さんにも連絡を取ったが、大分心配をかけてしまったことは今でも鮮明に覚えている。

 

「私もドーパントが関わってるって、みんなから聞いてすぐに思ったわ……。いちばんに鳴海探偵事務所への依頼が浮かんだ……」

「なら、どうして?」

「でも……できることなら、関わってほしくなかった……。私のせいでまたフィリップ君が傷ついて、消えちゃったりしたら……!」

 香澄さんは目に涙をこらえながら、両手を握り締める。

「私は、私を許せない……!」

 ……ぼくが傷つくことが彼女にとっては許せないこと、なのか……。

 香澄さんは一つ息を吐くと皮肉めいて笑う。自嘲(じちょう)しているように見えた。

「……いつもみたいに意地を張ってないで、島を売るべきだったのよね。犯人はきっと布川の手先。ここまでしないと私が逃げないと考えたのよ」

 それは今までの彼女の苦労を水の泡にするような発言だった。

 ぼくは頭に血が上っていく感覚がした。

 香澄さんは祖父・禅空寺義蔵の意志を継いで、この島を守りたかったはずだ。それなのに……。

 ふざけるな……。

「……ふざけるな!」

 ぼくが声を張りあげると香澄さんが肩を震わせる。彼女の肩を強くつかむ。

 近くにいた伏水が止めようとして駆け寄ってくるが、構うものか!

「ぼくは君を守りたくて、ここに来たんだ!」

「……それで死んじゃったらどうするの⁉︎」

 香澄さんも負けじと言い返してくる。

「そんなことにはならない!」

「どうやってそれを保証するの⁉ 忘れているのかもしれないけれど、あなたはいつも死と隣りあわせなのよ⁉」

 

 それを言われて気がついた。

 たしかに香澄さんの言うとおりだ。ぼくの仕事には自分にしろ、他人にしろ、常に死がつきまとっている。

 最近では「裏風都」と呼ばれる新たな敵勢力の存在もある。無事でいられるという確証はない。

 だが、それでも、ぼくにも意地がある。探偵としての意地が。

「……ぼくには仲間がいる。大切な仲間が! ぼくを守ってくれて、ぼくが守る、大切な仲間たちが! だから、香澄さんはぼくたちが守ってみせる!」

 そう言い切ると香澄さんは驚愕した面持ちで首を振ってあとずさり、床に座りこんだ。

「……や、やめて。私なんかのために……危険な目に遭わないでよ……」

「香澄さんだからこそ、ぼくは命を賭けたいんだ」

「……恰好つけるのはやめてよ……フィリップ君」

 泣き笑い、香澄さんはそんな顔を浮かべている。

 ぼくとしては恰好つけた気はないのだが。

「ぼくは翔太郎とは違うさ」

「……ふふ。たしかにあの人のほうがよっぽど、無茶しそう。とくに、あのときめさんの前では」

 そういう香澄さんはどこか吹っ切れた様子だ。

「違いない。彼女とはできれば仲良くしてあげてほしい」

「考えておくわ。……ねぇ。フィリップ君は依頼を続ける気なのね?」

「もちろんだ。ここまで来て降りる気はない」

 ぼくの決意に香澄さんは立ちあがるとドレスの(すそ)を払った。

 諦めたように笑ったかと思うと、すぐに精悍(せいかん)な顔つきになる。

「……では、改めて依頼します。今回の不審死の真相をつきとめてくださいますか?」

 差し出された手を、ぼくは取った。

「引き受けよう。そして、いかなる障害からも君を守る」

 ぼくの言葉に照れたように笑う香澄さん。

「もう。だから、私はフィリップ君が……」

 ……ブーン……。

「ちょっと、待ってくれ。今のは?」

 香澄さんの言葉を遮って、ぼくは窓の外の異変に気づいた。

 わずかだが観測ユニットが揺れていた。聞けばかすかに甲高い音も聞こえる気がする。

 どうやらよほどの音波がここまで振動として伝わってきているようだ。

 見上げれば、一〇〇メートル先の海上に沖にいたはずの大型クルーザーが船着き場に接近していた。

「布川不動産の船だわ、来たのね……」

 ぼくのスタッグフォンの着信音が鳴った。

 

 ぼくが改めて香澄さんから依頼を受けているころ、翔太郎たちはオサカナちゃんに案内されて風流島の海岸を歩いていた。

「綺麗な海に、綺麗な砂浜」

「この辺りは人の手がほとんど入ってませんです。だから自然のままに環境が広がっているのです」

「バカンスで来たかったなー」

「亜樹子」

「わかってますー!」

「事件が終わったら、ぜひ島中を案内したいです。人が亡くなっただけの島だと思われるなんて、悲しすぎますです……」

「オサカナちゃん……」

 オサカナちゃんが沈んだ顔をしている。

 一方で翔太郎は隣を歩くときめの様子がおかしいことに気づいた。

「ん? どうかしたか?」

「うん、ちょっと……『ディープ』のときを思い出して……」

「そうか……そういえば、あいつが作った人工ビーチもこんな感じだったな……」

 翔太郎も嫌な記憶を思い出したのか苦い顔をする。

 

 ジャアァアアアアアーン‼

 大音量のメタル系の曲が辺り一帯に鳴り響く。

「いっ⁉」

 あまりの騒音に全員が耳を塞ぎ、森からいっせいに鳥が飛び立った。

「今のは……!」

「また嫌がらせです! やめてほしいです! 動物たちにストレスを与えてしまうです!」

「おいコラァー! やかましわぁ‼」

「所長、こっちの声が届いているわけがない。船の上ならば上陸はしていない、という理屈か……。卑劣な連中だ」

 不意に音楽が止まった。ホッと息を吐く一同。

「よかった……。あんなのたびたび、やられたら本当に参っちゃうよ……!」

「ここ最近は回数が増えて酷いです! でも、今日は短くて良かったです……」

「……いや、待った。あの船、こっちに近づいてきてねぇか?」

 翔太郎が言ったとおり、クルーザーが船首をこちらに向けて船着き場に接近していた。

「おいおい。こっちに来る気かよ!」

 翔太郎はスタッグフォンを取り出す。

「フィリップ! 布川の連中が来やがったみたいだぜ!」

 

 翔太郎からの連絡を受けて、相手が動き出したことを把握した。

「わかった。すぐに向かうよ」

 スタッグフォンを切ると、香澄さんが心配そうにぼくの顔を見てくる。

「香澄さん。どうやら布川たちが動き出したようだ」

「行くの、よね……?」

「行かないと話がはじまらない」

 そう言うと香澄さんはますます不安そうな顔になる。

「安全が確認できるまで、香澄さんたちはここから動かないでくれ」

「……わかった。気をつけてね……」

「フィリップ探偵。エレベーターの一番上のボタンを押せば、船着き場近くの道具置き場に到着します」

「承知した」

 伏水の助言を受けて、ぼくはエレベーターに乗り込むと相棒が待つ地上へと急いだ。

 

 エレベーターで昇っていくぼくを不安げに見つめる香澄さん。

「フィリップ君……」

 ゴボォッ……。

「えっ……?」

 異変を感じ香澄さんが振り向く。

 だが、ガラスの向こうには先ほどと変わらず海中の景色が広がっているだけだ。

「お嬢様? いかがなさいましたか?」

「今……何かとおったような……?」

 香澄さんの不安はさらに(つの)っていった。

 

 間もなく船着き場に停泊した派手なクルーザーから、二十人近いチンピラ風の男たちが降りてくる。

 すくなくとも真っ当な職業についているようには見えない。

 その中で唯一のスーツの男と、アロハシャツにジャケットを羽織った短パン、短髪の色黒の男が降りてきた。

「あいつらか~」

「……そうだ。布川社長」

 香澄さんに嫌がらせ行為をしている、布川不動産社長・布川がニヤケ顔で翔太郎たちに近づいてくる。

 布川はリズムに乗るような妙な動きで馴れ馴れしく挨拶をしてきた。

「よう! お初にお目にかかるぜ〜! 『鳴海探偵事務所のフィリップさん』よ!」

 みんなが「えっ」という反応とともに、その勢いに圧倒されたのか黙ってしまった。

 そもそも、この場に本人がいないのだから返事のしようがないだろうが。

「あら? 『フィリップ』で合ってるよな? 若山さんよ」

「……合っている」

 布川不動産の代理人弁護士・若山がやれやれと言った様子で肯定した。

「で~、そのフィリップってのは、誰かな~?」

 布川は無遠慮にも照井竜たちの顔を品定めするように見て回る。

「あんたか!」

「ウオう⁉︎」

 まったく関係のないオサカナちゃんが顔を指されて驚く。

「って冗談だ! あんたがフィリップだろ!」

「……俺は左翔太郎。フィリップは俺の相棒だ」

 翔太郎は布川に冷めた態度で返した。

「あら? そうなのか? 『タダモン』じゃねえ雰囲気がしたんだが……まあいい!」

「……フィリップを知ってるってことは、どっかで会ったのか?」

「さっき『お初だ』つったろ! 二度も言わせるな!」

 布川はニヤニヤとピースサインで数字の「二」を強調すると、両親指で自分のことを指した。

「俺様に会って、俺様を忘れる奴がいるかよ! だが俺様はあんたらを知ってる! なぜかな〜?」

 おちょくるような態度の布川を、翔太郎がにらみつけた。

「怒るなよ! 教えてやるよ! あんたらに情報屋がいるように、俺様にも独自の情報網がある! ましてや、風都を裏で牛耳(ぎゅうじ)ってた園咲家の崩壊に関係してるって聞いたら、調べるに決まってんだろ!」

 その言葉でまた翔太郎たちの雰囲気が変わった。

 

 園咲家。風都では知らない者はいないほどの名家であり、巨大な邸宅を持つ富豪一家だった。

 風都そのものと結び付きは根強く、風都の政策等にも口を出したり、左右できるほどの権力を(ゆう)していた。

 また日本政府への影響力も大きく、そのために警察ですら容易に踏み込むことは許されなかった。

 側仕(そばづか)えの使用人でさえ「見ざる・言わざる・聞かざる」が絶対とされ、よほどのことがない限り関わってはならなかったという。

 そして、その裏の顔はぼくを追っていた旧組織(ミュージアム)の元締めだ。

 ガイアメモリの研究と開発を行い、それを風都に流通させて数々の事件を引き起こした、まさに悪の権化(ごんげ)

 だが、いちばん重要なのは、その幹部全員が「ぼくの家族」であったということだ。

 それは今でもぼくにとって、忘れてはいけない「罪」として刻まれている。

 だから、ドーパントを倒すことはぼくにとっての「贖罪」なのだ。

 

「おめでとうさん! 裏社会ではそこそこ有名みたいだぜ〜?」

 布川はふざけた調子で拍手をする。

「俺たちは禅空寺香澄さんから……」

「わかってるよ! クライアントなんだろ! どうせ俺様を追い出せとかなんとか頼まれたんだろ!」

 たった数分でうんざりした様子の翔太郎の言葉を遮って、布川は自分のターンを渡さない。

「だが俺様も簡単には引き下がれねぇ。今、バカでかく金が動くビジネスに関わってる! ところが無人島だと思ってたこの島が、どこぞのクソジジイが先に買ってやがって、しかもその孫娘も売りやしねぇ! こんちくしょうがぁっ‼」

 まくし立てるように喋ったかと思うと、一転、人が変わったように怒声をあげた布川はふぅ、と息をついた。

 情緒不安定ここに極まれり、だろう。

「そう、俺様たちは案外似た者同士だ。クライアントがいて依頼を請け負う、ってな」

「……おまえらみたいなのといっしょにすんな」

「おいおい! 連れないこと言うなよ! こう見えて俺様はあんたらのことを買ってるんだぜ? 風都で探偵事務所と言えば真っ先に名前が上がる! 不可思議な事件が起こればすぐに頼れってな! そ、こ、で、だ! どうだ、俺様の下につかねぇか?」

「は?」

 翔太郎が本当に意味がわからないという反応をした。

「あんたらを買ってるって言ったろ。二度も言わせるな。率直に言って俺様はあんたらが欲しい! その調査能力は俺様の会社をもっとビッグにするはずだ! 受ける価値はあると思うぜ?」

「……受けると思ってんのか?」

「あら? 受けてくれないのか?」

「ふざけるのも大概にしろよ……。断るに決まってんだろうが……!」

 翔太郎のいらだちが(つの)っていく。

「なんだよ。交渉決裂かよ。残念。じゃあ島から出てもらう方向で話をするか。そうだな、迷惑料として、嬢ちゃんが出した依頼料の……二倍は出すぜ? どうだ!」

「……てめえ……いい加減にしねえと……!」

 これまでの布川の言動は、鳴海荘吉の教えである探偵の流儀をことごとく踏みにじるものだ。

 もともと血の気が多い翔太郎の我慢の限界も近い。

「どうするんだ? お友達の『仮面ライダー』に頼むのか? お~こわ」

「なっ⁉」

「貴様そこまで……まさか」

 探偵事務所の面々はその単語が出てきたことに驚きを隠せず、照井竜がにらみを利かせた。

「おっと、勘違いすんなよ! 俺様はガイアメモリは持ってねぇ! そこまで落ちぶれちゃいねぇからな! でも噂は聞いたことがある!」

 布川は両手の親指と人差し指で「W」の文字を作り腰に当てる。

(ダブリュー)のベルトを付けた『左右半分』の風都のヒーロー! だが、ここは東京だ! 風都じゃねぇ! それに民間人相手に助けに来てくれるかな〜?」

「……さっさとこの島から出てけ。不法侵入で訴えてやろうか? こっちには警察もいるんだぜ……?」

 翔太郎は怒りで震える手で照井竜を指す。

「おう! なんてこった! オマワリサンがいるとは! これまでのご無礼、お許しください……。でもな、『照井警視』。あんたの管轄は風都だよな? 管轄外で仕事しちゃっていいのか?」

「俺のことも調査済みか……」

「そもそも俺様はここに交渉に来たんだぜ。その判断を出せるのはあんたらじゃなくて、所有者の禅空寺香澄だろ? 穏便に済ませたいなら香澄嬢を連れてこい。じゃなきゃ、回れ右して島から出てけ。その方が身のためだぜ?」

「……てめぇッ‼」

 目に余る布川の言葉に、ついにキレた翔太郎が殴りかかる。

 

「安い挑発には乗らないほうが良い」

 翔太郎のパンチが布川の顔面に当たる寸前で止まった。

「あん?」

「あっ」と、ぼくのことに気づいたみんなが声をあげる。

「相棒……」

「簡単に身を滅ぼしかねないからね」

 なんとか話がこじれる前に間に合ったようだ。

「彼は明らかに殴られようとしていた。君の神経を逆撫(さかな)ですれば、手が出ると思ったんだろう。それを理由にぼくたちを島から追い出す算段だったんだ」

「……すまねえ……。頭に血が上っちまった……」

「構わないさ。ぼくが代わろう」

 冷静さを欠いた翔太郎と入れ替わって、ぼくが布川の前に出る。

「ははん? なるほど、おまえさんがフィリップか」

「そのとおりだ。布川八」

 布川はギラギラとしたゴールドアクセサリーを身体中に付けており、見ているだけで目だけでなく頭まで痛くなってくる。

 その後ろで、おそらく若山弁護士と思われる人物が誰かに電話をしていた。

「おおう! さすが、噂に名高い頭脳明晰な探偵……!」

「単刀直入に言おう。香澄さんは君の前には出さない」

 今度はぼくが布川の言葉を遮った。露骨に不機嫌な顔をしている。

 自分がしても気にしないのに、自分がされると腹を立てる。

 典型的な自己中心的な人物だ。

「なんだよ名探偵クンは香澄嬢の彼氏……」

「彼女との交友関係は君には関係のないことだ。先ほどぼくの相棒が伝えたはずだが、もう一度言おう。この島から退去したまえ。今、すぐに」

「それは二度聞いたが。面白いジョークだな!」

 本当に面白いと思っているのだろう、布川は大声で笑いだす。

 

 ならば、今こそぼくの冷徹な部分を出すときだ。

 冗談ではないのだが、と前置きをする。

「君に人間関係を良好にする方法を教えよう。一つ、人の話を遮らない。二つ、人を(おとしい)れない。三つ、意見には耳を(かたむ)ける。……とくに無意味なおしゃべりは命取りだ」

 そう忠告したとたん布川は笑うのをやめると、ぼくの目前まで顔を近づけてきた。

「助言痛み入るがな……大人舐めてると潰すぞ、ガキが」

 先ほどまでの明るいテンションから一気にドスが効いた声を出すと、ぼくの肩を突き飛ばした。

「フィリップ! 布川、てめぇ‼」

「貴様、今のは見過ごせんぞ……!」

 突き飛ばされたぼくを支える翔太郎と照井竜が布川を怒りの目で見る。

「俺様を訴えるってか? でも、遅せぇよ‼ この島はもうすぐ俺様の……‼」

 ザバァン‼

 布川が言い切る前に浜辺から派手な水しぶきを上げて、大きな何かが飛び出した。

「えっ」

 ガブッ‼

 サメだ。ぼくたちの目の前スレスレを、十メートルはある半透明の巨大なサメが横切り、布川がそれに喰われたのだ。

 サメはそのまま浜辺に打ちあがるとその巨体をのたうち回らせている。

「しゃ、社長⁉」

「う、うわぁあああああーっ⁉」

 その光景に一瞬、唖然とした布川の部下たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

「ウガガガアアアアアッ⁉」

 喰われたとは表現したが、布川は食いちぎられたわけではなく、その透けた身体越しに苦しんでいるのが見えた。

「ゴボゴボゴボゴボ! ゴポッ……」

 そして、布川はサメの中で息絶えた。

「ウ、ウオーッ⁉ な、なんですかー⁉ ま、まさかメガロドンですかー⁉」

 オサカナちゃんがパニックになってとんでもない仮説を言ってる間に、不意にサメの身体が崩れ、その場に布川の遺体と大きい水溜りが残った。

「溶けた⁉」

 すると水溜りから人形(ひとがた)、というよりヒトデに近い液状の怪物が立ち上がる。

「もしかしてこいつが溺死事件のドーパントか!」

「所長! オサカナちゃんを連れて安全な場所へ!」

「りょ、了解! オサカナちゃん! こっち!」

「ひぃ! に、逃げるですー‼」

 照井竜に言われて亜樹ちゃんがオサカナちゃんを連れて屋敷まで走っていく。

「ときめ! 観測ユニットにいる香澄さんを避難させてくれ!」

 ぼくもときめに頼んだ。

「で、でも……」

 一瞬、気まずそうにしているが、今は仲が悪いなどと言っている場合ではない!

「頼む! そこの保管庫のエレベーターを使えばすぐだ!」

「……わかった!」

 うなずいたときめが保管庫の方向へと走っていく。

 

 よし。これで、ひとまず(うれ)いなく戦える。

「行くぜ、相棒! 照井!」

「ああ!」

 翔太郎がダブルドライバーを装着する。ベルトが彼の腰に巻き付く。

 合わせてぼくの腰にもドライバーが現れる。

 照井竜も自身の変身ベルト・アクセルドライバーを装着した。

「サイクロン!」「ジョーカー!」「アクセル!」

 ぼくたちが取り出したメモリが鳴る。

「「変身!」」「変ッ……身!」

 二人で「W」の文字を描くように構え、照井竜は顔の前に掲げて、叫んだ。

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