風都探偵 The ANOTHER CASE   作:竜・M・美日

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後章1「fの決断/悪魔の絶望」

 夕暮れが迫る中、ぼくは浜辺に辿りついた。

 そこには予告どおりに、海水に足を浸してウォーターが待っていた。

 身体の回復をしているのだろう。

「来たか」

 表情はわからないが、おそらくニヤニヤと笑っているに違いない。

「災難だったようだな」

「あぁ。ぼくだけでは手に負えない問題ばかりだった」

「そして、私の力が必要になったということか」

 ウォーターはぼくに手を差し出した。

「ならば、園咲来人。乞え、私に『力を貸してください』と言え」

「……ちなみに、その対価は?」

「言わずともわかるだろう?」

「……ぼくの命、か」

 ウォーターの狙いは検索して見当がついている。

「そのとおり」

 はたして、それがなされたとしてたしかめようがないだろうが。本来なら八方塞がりの状況であるなら、是非とも手を取りたくなるだろう。

 そう、本来ならば。

「たしかに君の提案はじつに魅力的で、悪魔的な提案だ」

 ぼくはウォーターを見据えながら断固とした覚悟で言った。

「だが断る」

「な、何……?」

 優位に立っていたと思い込んでいたらしいウォーターが初めて動揺を見せる。

「君は勘違いしているようだが、ぼくは契約を交わしに来たわけではない。禅空寺香澄の依頼の達成に来たのさ」

「な、何を言っている。仲間を見殺しにするというのか……?」

「いいや。ぼくは仲間の命を見捨てることも、君の手を借りる気も、どちらもない」

 ぼくはウォーターをにらみつける。

 外面では冷静を装ってはいるが、はっきり言って今にも怒りで頭が爆発しそうだ。

 だが、その怒りをぶつけるのはあとだ。

「その前に、ぼくは今回の事件で、自分を過大評価し過ぎていたことに気づけた。それには感謝しよう」

 そう言って頭を下げる。

 ぼくの意味不明な行動に、ウォーターがますます混乱していくのがわかる。

「だが、我らが鳴海探偵事務所を舐めてもらうのは困る。この程度のトラブルなど、ぼくらはいくらでも乗り越えてきた。簡単に折れるほど、ヤワではない!」

 ぼくはスッと人差し指を立てた。

「タイムリミットの日暮れまでには、まだ時間がある。お話ししよう。ぼくたちがここに来るまで何があったのか」

 そう、このたった数時間の内にどれだけの「奇跡」を起こしたのか、ぼくは懇々(こんこん)と語った。

 

 ウォーターと対峙(たいじ)したあと、ぼくは急いで森を抜けて海岸に出た。

 現在の頼みの(つな)である照井竜を探しに来たのだが、その姿が見えない。

 まさか、まだ海の中に……⁉

「竜くーん‼ 翔太郎くーん‼ フィリップくーん‼」

 そこで、亜樹ちゃんがぼくたちの名前を叫びながら海岸に走ってきた。

「亜樹ちゃん‼」

「フィリップ君! 翔太郎君と竜くんは⁉」

「翔太郎は無事だ……今のところは。だが照井竜はわからない。敵によって海中にひきずり込まれるのは見たが……」

「嘘っ……!」

 亜樹ちゃんが絶望的な表情を浮かべた瞬間、海中から勢いよく何かが飛び出す。

「新手かっ⁉」

 ぼくは亜樹ちゃんを庇うように立つ。

 裏風都の刺客かと思ったが……違った。

 それはぐったりとしながら、エンジンブレードを握りしめた照井竜の姿だった。

 

 ウォーターによって海底近くにまでひき込まれた照井竜は、水圧のせいかダメージを負い過ぎたのか、アクセルトライアルの変身が解けてしまった。

(いかん……変身が……!)

 人体では危険な水域で、さらに運悪く傍には巨大な渦潮(うずしお)ができていた。

 それは近くを漂っていた哀れな被害者たちの遺体を吸い込んでいく。

(まずい……!)

 残念ながら照井竜もそれに巻き込まれてしまった。

「グワアアアアッ……!」

 途轍もない勢いでかき回され、息が急激に抜けていく。

 さすがの照井竜も死を覚悟した、そのとき。

『竜くん!』

(所長……)

 いつも傍で支えてくれている妻が笑顔で名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 非科学的だが、それが照井竜にわずかに活力を与えたのだ。

(まだ……死ねん!)

 亜樹ちゃんの想いが届いたのか、照井竜は渦潮にもみくちゃにされながらも、かろうじて握っていたブレードにアクセルメモリを押し込む。

「アクセル・マキシマムドライブ!」

 ブレードがすさまじい勢いで渦潮の勢いを振り切り、照井竜は一気に海面へと浮上した。

 

 照井竜の身体はそのまま海岸に流れついた。

「照井竜!」「竜くん!」

 ぼくはブレードにアクセルメモリが装填されていたことですべてを理解した。

「エンジンブレードのマキシマムの推進力で上がってきたのか!」

「竜くん! 竜くん!」

 亜樹ちゃんが必死に声をかけるが反応がない。

「とにかく屋敷まで運ぼう!」

 ぼくたちは二人がかりで照井竜を屋敷の中にひきずった。

 

「スタッフのみんなは……!」

「とりあえず食堂に避難してもらってる……!」

 食堂のドアを開けると、伏水とウォルター以外は椅子に座り、若山を含めた布川の部下数名が隅のほうで震えていた。

 時折、福田がにらみを効かせているのもあってか全員が青い顔をしている。

「おいおい、何がどうなってんだ? 急に食堂に避難しろって……それに、そこの兄ちゃんはどうした?」

 福田が声をかけてくるが詳しく説明している暇はない。

 すぐに照井竜をテーブルの上に乗せる。

「詳細は(はぶ)くが、海中で長らく意識を失っていたようだ……!」

「なんだと……。よく上がってこれたな……」

「おそらく心停止を起こしていると思うのだが……!」

 ぼくが簡潔に照井竜の容態を説明すると、若狭が駆け寄ってきた。

「診せてください」

 すると慣れた様子で照井竜の身体を診ていく。

「……看護師かい?」

「『元』ですが……。彼はどれくらいの深さを潜ったんですか?」

「はっきりとは言えないが、おそらくは海底近くまで、だと思う……」

 アクセルメモリのマキシマムを使って飛び出してきたのだ、よほどの深さだろう。

「そんな水深に装備なしで⁉」

 あり得ないと、オサカナちゃんが驚愕している。

 たしかに死んでいてもおかしくない状況だ。

 かすかにでも生命活動が(おこな)われているのが不思議なくらいだ。

頻脈(ひんみゃく)、血圧の低下、意識障害を確認……。はっきりとは言えませんが、減圧症だと思います」

「助かりますか⁉」

 亜樹ちゃんが叫ぶようにして若狭にすがった。

「減圧症には高濃度の酸素の吸入や、経口補水液の点滴などが効き目があるはずです。……ですが、ここには本格的に治療できる施設がありません。とにかく人工呼吸をしましょう! 持ち直すかもしれません!」

 そう言って、若狭はすぐさま人口呼吸をはじめた。

 応急手当はまったくの素人(しろうと)であるぼくと亜樹ちゃんは、黙って見ていることしかできなかった。

 それを見ながら、ぼくは内心自分に腹を立てていた。

 なんのための知識だ! なんのための地球(ほし)の本棚だ! 友人一人助けることもできないなんて!

「……『高濃度の酸素の吸入』……? あっ! ちょっと待っていてくださいです!」

 何か考え込んでいたオサカナちゃんが大声をあげたかと思うと、食堂から出ていく。

「……いったいどうしたってんだ?」

 数分して何かひきずるような音を立てながら、息を切らせたオサカナちゃんがある物を持って戻ってきた。

「酸素ボンベ……?」

「はぁはぁ……。水中観察用に……倉庫に入れていた……ダイビング用の『空気タンク』です! これでいくらか、代わりになれば!」

 職業上、水中に潜ることが多いだろう彼女らしい知恵だった。

「……悪くないアイデアかもしれません! ありったけを持ってきてください!」

「了解です!」

 オサカナちゃんは再び空気タンクを取りに向かう。

 若狭はレギュレーターのマウスピースを照井竜の口に(くわ)えさせると空気を送り込む。

「おい。あんなムスメっ子一人に全部運ばせる気か、俺たちも行くぞ」

 その福田の提案にぼくたちはうなずく。

「そこの若造どもも、いつまでも(ちぢ)こまってねぇで、とっとと手伝え!」

 福田の一喝で布川の部下たちがあわてて立ちあがる。

 そして、ぼくたちは手分けしてすべての空気タンクを倉庫から食堂に移した。

 

 数十分後。若狭の適切な処置とオサカナちゃんの機転が功を奏したのか、照井竜の顔色が若干戻ったように見えた。

「いくらか落ちついたとは思いますが……。油断できません。すみませんがこれ以上は本土に運ぶ他ないかと……」

 若狭は念のために屋敷に置いてあったという点滴台から経口補水液を点滴しながら、そう言った。

「あぁ。だれかとっととヘリを呼んでくれ」

「わかった」

 電話の傍にいたぼくが受話器を取って耳に当てた。

「ん?」

 音がしない。フックスイッチを押すが、なんの反応もない。

「どうしたんだ?」

「……電話がつながらないようだ」

「おい冗談だろ……」

 スタッグフォンを取り出す。

 電波の接続を示す線が一本しか立っていない。 

「おかしい……さっきはつながっていたのに。電波の調子が悪くなっている」

「あれ、私のも!」

「私のスマホもです!」

 亜樹ちゃんとオサカナちゃんがあわてている。

「どうすんだよ。たしか補給用のヘリが来るのは明後日のはずだよな?」

 福田が焦ったように言う中、亜樹ちゃんがぼくに近づいてくると小声で話しかけてきた。

「……ねぇ、フィリップ君。あのWの飛行機は使えないの?」

 Wの飛行ユニット・ハードタービュラーのことだ。

「いや、今回のドーパントは水中戦が得意だと考えて、ハードスプラッシャーが発進するように、指示は送っておいたんだけど……」

 ハードスプラッシャーは水中用のユニット。

 だが、ぼくには一つの懸念(けねん)があった。

「……何する気だか知らねぇが。なんにしろ海を通るならやめといたほうがいいぞ」

 ぼくたちが相談しているのを(いぶか)しがりながら、福田がそう言ってきた。

「どうして?」

「この辺りの海流は特殊でな。ときたま、バカデカい渦潮を作ることがある。そいつに巻き込まれたら、小さな漁船なら転覆する上に、乗ってた人間は海底まで一気にひきずり込まれる。だから、よく知らずにダイビングに来た馬鹿が巻き込まれて毎年おっちんでる。よっぽど運が良くなきゃ、二度と浮かんではこねぇ」

 その話にぼくたちは背筋に寒気を覚えた。

時化(しけ)ってるときに起きれば、クルーザーでも島に近づくのが難しくなる。そこの兄ちゃんはよっぽど運が良かったか、地獄から追い返されたか、だな……」

 福田は照井竜の運の強さに驚いているようだった。

「香澄さんが島への移動手段にヘリを選ぶわけだ……」

「とにかく、さっさと直すように……。そう言えばあの『パソコン野郎』はどこだ。こんなときに何してやがる」

「えっ。あっ、そう言えば。私、声かけてない!」

「今すぐ行ってこよう。みんなはなるべく外には出ないように。怪物がいる」

「怪物だと?」

 福田が再び怪しむような目でぼくたちを見てきた。

「その話はまたあとで。私も行く! すいません。旦那をお願いします!」

 亜樹ちゃんが助け舟を出してくれると、いても立ってもいられないのだろう、ぼくについてくることになった。

 本音を言うとありがたい。二人きりで話さなければならないことがある。

「わかりました。まかせてください。ただ、できるだけ早くお願いします」

 

 ぼくと亜樹ちゃんがサーバールームへ向かおうとして、オサカナちゃんが申しわけなさそうに尋ねてきた。

「……あの……ところで香澄さんや翔太郎さんやときめさんはどうしましたですか……?」

 若狭と福田もその言葉で思い出したようにぼくたちを見てくる。

 なんと言えば……。

「……今は……二人が香澄さんを、念のため護衛している状況で、表には出せない。けど、きっと大丈夫のはずだ」

 本当のことを言ったらパニックになるだろう。

 今は、伏せておくしかないと思った。

「そうですか……」

 オサカナちゃんの顔が不安で歪んでいる。

 嘘をつきたくはないが、ついてしまった。良心が痛む。

 香澄さんも……こんな気持ちだったのだろうか。

 

「嘘! 私、聞いて……!」

 驚いて大声を出しかけた亜樹ちゃんの口をあわてて抑える。

 サーバールームに向かうまでの間に亜樹ちゃんにはすべて説明した。

 翔太郎が二〇〇メートル下の観察ユニットに閉じ込められ、香澄さんとときめは水中エレベーターで立ち往生(おうじょう)している、と。

《大丈夫か?》

 ここで唐突に翔太郎の意識が頭の中に入ってきた。

 そうだった。ダブルドライバーをつけっぱなしだった。

「翔太郎。そっちこそ大丈夫かい?」

《今のところはな。二人のほうも大丈夫そうだ。代わりにクリーニング代が高くつきそうだけどな》

「そうか。状況は?」

《ときめとの電話がぶつ切りになったくらいで、なんにも変わってねー。ハードスプラッシャーは?》

「呼び出してはいるが……ガイアタワーのときとは違い、こちらは本土から二〇〇キロ近く離れている。奴が言っていた夕暮れまでに救助が間に合うかは怪しい……」

 そう。これがぼくの考えていた懸念点だった。

 それこそぼくが生身でハードスプラッシャーにまたがり、空気タンクを背負って三人を救助しなければならないだろう。

 そんな状況で慎重に救助活動ができるかと言えば、難しいとしか答えられない。

「そういえば、この粘着性の液体……ベルトを外せば取れるかもしれない。一旦外してみてくれないだろうか?」

《ああ……それなんだがな、相棒》

 どこか歯切れが悪い返答を返してきた。

「? どうしたんだい?」

《……どうやら俺のほうにも、べっとりとスライムみたいなのがくっついちまってて、腰から外れねーみたいなんだ》

「なんだって⁉ まさか、あの巨大な水球を受けたときに……!」

 なんということだ、それでは本当にウォーターへの対抗策がないではないか!

 本格的にダブルドライバーは使えず、頼みの綱の照井竜はしばらく動けないだろう。そしてタイムリミットは夕暮れ。

 ならば、今優先すべきことは……。

「……とにかく停止したシステムを普及させるほうが、現実的だろう……」

《あぁ、頼むぜ》

 

 ぼくたちは急いでサーバールームに入って電気をつけた瞬間、愕然とした。

「嘘……」

《……どうだった、相棒?》

 ぼくと意識を同調しているから答えはわかりきっているだろうが、言うしかなかった。

「……やられたよ。先を越されたらしい」

 サーバールームは水浸しになっていた。

 この様子だと奥にあるスーパーコンピューターもすべて破壊されているだろう。

 床にはウォルターが倒れていた。頸動脈を触るが血の流れが止まっている。明らかに事切れていた。

 死亡状況が福田と若狭が言っていた犠牲者に酷似(こくじ)している。間違いない、不審死の犯人はウォーターだ。

 唯一、電気がついているモニターを見る。

 ゲージが百パーセントになり、『システム消去完了』との表示が出た。

「……たった今、システムの全消去が完了したところだ」

《ツイてねぇな……》

「……くそっ!」

 ぼくはすぐに椅子に座って、パソコンの操作をはじめるが、周りにゴミが散乱していて作業に集中できない。

「邪魔だ! 少しは片づけろ!」

 いらだったぼくは声を荒げて、腕ですべてのゴミを床に落とす。

《相棒、少しクールダウン……》

「今は静かにしててくれ!」

 まだだ。まだ、システムを消去したとは言え、すべてが消えるなんてことはあり得ない。

 システムを作成したアプリケーションはあるはずだし、どこからか復旧は可能なはずだ。

 せめて、せめてエレベーターさえ動かせれば……!

 だが、さすがに奴が自分で「ゼロから作った」と豪語していたことはある。

 どこに何があるのか、まったくわからない。

「フォルダも散らかっているのか……!」

 普段、感情的ではないぼくですら怒りが抑えられない。

「ねぇ、フィリップ君……」

「静かに!」

 それでもなんとかしようと、手当たり次第にフォルダを開けるが目ぼしいものは出てこない。

 ならばと検索バーに単語を打とうとしたが、キーワードが思い浮かばなかった。

 ……「検索」?

「そうだ!」

 あることを思い立ったぼくは立ちあがって目を閉じて、手を広げる。

「えっ、検索するの?」

 その質問に答えずに「地球(ほし)の本棚」に入った。

地球(ほし)の本棚」には地球で起きたことがすべて保存されている。

 人間が作った以上、例外はない。フランクリン・ウォルターが組んだシステムだって刻まれているはずだ。

 集中力を高めるための愛用の本がないが、それを取りに戻っている時間も惜しい。

 緑色の光に身体が包まれた。

 

地球(ほし)の本棚」に入る。

 だが、ぼくはその状況に驚愕することになった。

「なんだこれは……⁉」

 本棚に収まっていない無数の本が無茶苦茶に飛び交って、検索もしていないのにぼくの目の前にまったく関係のない本が来ては、すぐに違う本と入れ替わる。

 ぼくの焦燥した精神状態を表しているのだろう。

 なんとかキーワードを打ち込もうとするが、この状況自体がぼくの集中を(さまた)げる。

 これでは検索どころではない!

 

「あぁ‼」

 集中できなくなったぼくは「地球(ほし)の本棚」から出た。

 再びパソコンの前に座って地道に操作をはじめるようとしたところで、モニターがブラックアウトした。

「画面が切れた……?」

 一瞬の間を置いて部屋の電気も消えた。

 亜樹ちゃんが小さく悲鳴をあげる。

「ちょ、ちょっと待って、ライトつけるね……」

 部屋が暗闇に包まれる中、亜樹ちゃんがスマホのライトをつけると辺りを照らす。

「様子見てくるね……」

 亜樹ちゃんが自動ドアに近づく。

 少しだけ開き、すぐに動かなくなった。

 アレっ、と開いた隙間からドアをひっぱるが開かない。 

「フィリップ君! 開かないよ!」

 電力が落ちたことで、自動ドアが動かなくなったのか……。

 ぼくは頭を抱えた。狙ってかどうかはわからないが、ぼくたちまで閉じ込められてしまった。

「……おそらくこの島にある発電所をやられたんだろう。どうやら、敵は徹底的にぼくたちを追いつめたいらしい……」

 最悪だ。機械は電気で動くものだ。

 その電力が落とされたら、どうしようもない……。

 

「……なんとかなるよね?」

「……亜樹ちゃん?」

 無理に明るい声を出しているのがわかった。

「大丈夫だよ! きっと!」

「亜樹ちゃん……」

 きっと自分を落ち着かせるために、言い聞かせているのだろう。

「こんなこと何度もあったじゃん! フィリップ君ならきっと……!」

「亜樹ちゃん!」

 亜樹ちゃんが振り返った。その顔は今にも泣き出しそうだ。

 だが、ぼくは残酷だが現実を言うしかなかった。

「……さすがのぼくでも電力が復旧しない限り、手の打ちようがないよ……」

 絶望した顔をして亜樹ちゃんは壁に背中を預けると、ズリズリと座り込んで膝を抱えてしまった。

 ぼくもフラフラとその隣に座って、頭を抱える。

「ここまで追いつめられるとは……」

 じつのところ、ぼくは完全に諦めきっていた。

 焦りで頭が正常に働かない。

 時間だけが無意味に過ぎていく。

 

「翔太郎。すまない……」

《……おまえはできる最大限のことをやったんだ。謝ることはねーよ》

 相棒はそう言ってくれるが、今のぼくには(なぐさ)めにはならない。

「……ぼくは(おご)り高ぶっていた。なんでもわかると勘違いをしていた。だが、実際に事が起これば、知識はあっても、知恵が思い浮かばず、何もできない……」

《……フィリップ……。ちょっと待ってな》

 何を思ったのか翔太郎がスタッグフォンを触っている。

 しばらくするとぼくのスタッグフォンが鳴った。

 画面を見ると香澄さんの名前が出ていた。

「……もしもし?」

「フィリップ君? よかった、つながったみたい」

 ブツブツと音が切れているが、なんとか声が聞き取れた。

「大丈夫?」

「……そう言えれば、良かったんだが……」

「……そっか、もしかしたら……これが最後のお喋りになるかもしれないのね……」

「香澄さん……」

 そんなことを言わないでくれと言いたかったが、言えなかった。

「ごめんなさい。じつは私のスマホの電池があんまり残ってないの。忙しさにかまけて充電してなかったせいね」

「そうか……」

 ここでも時間がないのか。

「落ち込んでいるのよね?」

 連絡するように言ったのは翔太郎か……。

「……そう、だと思う……」

「気にするな、なんて言えないけど……。でもね。元はと言えば、私が悪いの。フィリップ君は私のワガママに付き合ってくれただけよ」

「……そんなことはない。このままでは香澄さんの命が危なかったんだ」

 彼女が嘘をつかなくとも、ここに来ただろう。

 ぼくを心配する香澄さんは喜んでくれなかっただろうが。

 だが、「守る」と言っておいてこの(てい)たらく……自分が情けない。

「香澄さんすまない。あんなに大見得を切っておいて、君を守れそうにない……」

 ぼくは正直に話すことにした。下手に希望を持たせるほうが残酷に思ったからだ。

「……そこは嘘でも『頼ってくれ』って格好つけてほしかったな……」

 格好つけてほしい、か……。

「そう、だね……。今なら香澄さんが嘘をついた理由もわかる気がするよ」

「そう……?」

「……人は心配させまいと嘘をつくことがある」

「フィリップ君も、大分、人の心がわかるようになったのね」

「……そうかな?」

「初めて会ったときとは全然違うもの。あのときのこと覚えてる?」

「あぁ、互いに意地を張りあっていた」

「二人とも精神的に幼かったわね」

「違いない」

「でも、私のために仮面ライダーに変身して戦ってくれたときは本当に格好良かった」

「そうかい? あのときは全力が出せずに必死だったからね」

 ふふ、とお互いにあのころのことを思い出して少し笑い合う。

「あーあ……島に来る前に『お母さん』に会っとけば良かったな……」

弓岡(ゆみおか)あずさ、かい? 今でもたまに?」

「うん。面会に行ってる」

 

 弓岡あずさ。香澄さんの侍女(じじょ)だった人物で、その正体は香澄さんの実母だ。

 彼女が密かに香澄さんの父・禅空寺惣治(そうじ)と愛し合った結果、香澄さんが生まれた。

 だが惣治には他に長男と長女がおり、異母兄妹の香澄さんがだれの子ともわからないということで、惣治が死去した際の遺産分配で(うと)まれてしまった結果、ZENONでの事件は起こった。

 そして、弓岡あずさは娘・香澄さんを守るためにズーメモリに手を出してしまった。

 殺人までの最悪の状況は避けられたが、今もガイアメモリの不法所持で服役している。

 

「もう、会えないのかな……」

 ぼくはその言葉に何も返せなかった。

 ぼくとは違い、まだ家族に会える可能性がある彼女の希望を奪ってしまったのだ。

「……これが最後になるかもしれないから言うね。私、フィリップ君のこと……」

 そこで通話が切れた。向こうのスマホの電池が切れたのだろう。

 

 香澄さんは真っ暗になったスマホを見つめる。

「……日頃の行いが悪いせいね……最後の言葉もかけられないなんて」

「……私のスタッグフォンならつながると思うけど、使う……?」

 ときめが自身のスタッグフォンを差し出すが、首を振った。

「……これ以上、恥をかかせないでよ」

 強がる香澄さんだったが、しゃがむとすすり泣きはじめた。

 

「……フィリップ君……」

「確約できない約束など、するものじゃないね……」

 ぼくは力なく、腕を落とすとスタッグフォンを手から離す。

 打つ手なし、だ。

 だが、香澄さんと話せたことで冷静になり、頭が少しクリアになった気がする。

 少し緊張がほぐれ背筋と足を伸ばす。

 そのとき、ぼくの足が何かを蹴った。

 

「待て」

 ぼくの話をウォーターが止めた。

「話を聞けば、おまえは閉じ込められていたはずだ。こじ開けたのか」

「まさか。そんな無粋(ぶすい)なことは、本当の最後の最後に取っておくものさ」

「なら、どうやって外に出た?」

 ぼくは顎に手を当てる。

 難しい質問だ。言葉にするのは簡単だが、原理を説明するのは困難だ。

 とくに「奇跡」を説明するときは。

「そうだね……『格好つけたから』、かな?」

「は?」

「男は『惚れた女には格好つけたくなる』ものなのさ」

 それに、とロングベストからある物を取り出した。

「……スマホ? だれのだ?」

「良い質問だ。『なぜ出したのか』ではなく『だれの物か』と聞くのは。これはフランクリン・ウォルターの物だ」

 あのとき、ぼくはこのスマホを蹴っ飛ばした。

「そして、これがわずかなチャンスを手繰(たぐ)り寄せてくれたきっかけでもある」

 ウォーターから明らかな困惑を感じ取れた。

「さあ、続きを話そうか」

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