風都探偵 The ANOTHER CASE   作:竜・M・美日

7 / 31
後章2「fの決断/格好つけあう男たち」

 まずは、どうやってぼくが外に出られたかを説明しなければならないだろう。

 予期せず暗闇のサーバールームに閉じ込められた、ぼくと亜樹ちゃん。

 そんな中、ぼくはある物を見ていた。

「……何見てるの?」

 ウォルターのスマホを見ていたぼくに、亜樹ちゃんが尋ねてきた。

「フランクリン・ウォルターの通話履歴」

「そんなもの見てどうするの?」

「……脱出の糸口にはならなさそうだが、事件が大まかにつかめてきた。履歴を見る限り、ウォルターは生前、弁護士の若山と何度も連絡を取っていた。ぼくたちが戦っている間もだ。裏でつながっていたんだろう」

 おそらくエレベーターを停めて、この島の管理システムを消したのは彼自身だ。

 やはり、香澄さんを事故に見せかけて陥れる……いや、命を奪おうと布川たちと結託していたのだろう。

 この責任を取らせたいところだが、当人は部屋の隅で冷たくなっている。

 

「そっか……。あっ、私の充電切れそう……。もう古いのかなー……」

「……『充電』?」

 つぶやくような亜樹ちゃんのひとりごとに、ぼくの頭の中で何かアイデアが思いつきそうな気がした。

「ここ、コンセントもないの? って、電気がないからどうしようもないか……」

 亜樹ちゃんがポシェットからケーブル付きの充電器を取り出したが、現状を思いだして戻す。

「『接続』……」

 小さな言葉の断片が、ぼくの頭に一つの仮説を組み立てていき……完成した。

「亜樹ちゃん! ありがとう!」

「な、何⁉ ど、どうしたの?」

「うまく行くかもしれない!」

「えっ、本当⁉ って、何が?」

 もちろん何も言っていないから亜樹ちゃんはキョトンとしている。

 

 ただ、この仮説には一つ大きな課題があった。

「しかし、これを成功させるためには、照井竜の力が必要になる……」

「竜くんの……?」

 無理かと思われたそのとき、電気が止まって動かない自動ドアが力強くノックされた。

 えっ、とぼくと亜樹ちゃんは顔を見合わせる。

「……はい?」

「……俺の力が、必要か?」

 まさか、と思った。

「照井竜?」

「……そうだ」

 つらそうな呼吸をしているが間違いなく照井竜の声だ。

「竜くん⁉ 大丈夫なの⁉︎」

「……さっき目を覚ました」

「「さっき⁉」」

 二人で驚きの声をあげる。

 あり得ない、とてもすぐに動けるような状態ではなかったはずだ。

「……『休んでも事件は起こる』。これ以上、被害を広げるわけにはいかん」

「亜樹子さん、すみません! 本当についさっき突然起きあがられて……。私たちは止めたんですが……」

 若狭の声だ。困惑しているのが伝わってくる。

「全然、言うことを聞いてくれないんです!」

 こっちはオサカナちゃん。

 二人とも照井竜を心配してついてきたのだろう。

 だが、ありがたい。亜樹ちゃんには申しわけないが、今まさに力を借りたかったところだ。

 ドアの隙間から顔を合わせた。

 照井竜は背中に数本の空気タンクを背負い、ときおりマウスピースから酸素を吸入している。

 ぼくはその光景に苦笑するしかなかった。

「……どうやらまずい状況になったようだな……。アクセルで蹴破るか?」

「いや、その時間も惜しい。それよりも君にうってつけの仕事がある。負担は少ないはずだが、できるかな?」

 言っておいて、ぼくはそれが愚問だったと気づいた。

 

「俺に質問をするな」

 

 彼ならそう答えるだろう。

 

「しかし、どうやって……。発電所は破壊したはずだ……」

 ウォーターはぼくの話を信じられないでいるようだ。

 ぼく自身、照井竜の生命力は信じられないでいる。

「たしかに滅茶苦茶になっていたとは聞いた。だが、『頼みの綱(照井竜)』はいろいろと器用な人物でね」

 

「たしかに『簡単な仕事だ』とは言ってはいたが……」

 水浸しにされていた発電所に到着したアクセルトライアルはため息を吐く。

「エンジン!」「エレクトリック!」

 発電所に伸びている電線に、エンジンメモリを装填したエンジンブレードを突き付けると電撃を流した。

 能力の一つ、エレクトリックの電力は相当なものだ。

 供給された電力によって発電所が若干復旧すると発電をはじめた。

「俺は電気技師ではないぞ。フィリップ」

 

「仲間に発電所に向かってもらい、強引に通電させたんだ。復旧までは期待していなかったが、施設全体の電力を(まかな)えるぐらいは可能だと予測していた」

 そして、その予測は見事に的中した。

「システムは、システムはどうやって!」

「それは先ほどのとおり『地球(ほし)の本棚』で閲覧したのさ」

 

 アクセルが電力を復旧する中、ぼくも時間を無駄にすまいと再度「地球(ほし)の本棚」に入っていた。

 ぼくに心の余裕ができたのか、本は相変わらず本棚には収まっていないが、うるさく飛び交ってはいない。

 焦っていたさっきと比べれば、断然、検索に集中できた。

 早速、フランクリン・ウォルターが組んだシステムについて検索していると、足音が聞こえてきた。

 ぼく以外が「地球(ほし)の本棚」に入ることはほぼ不可能なはずだ。

 そちらに目を向ければ、帽子をかぶった男が歩いてくる。だれとは言わずともわかるだろう。

「よお、相棒。少し落ちついたみてーだな」

「翔太郎。入ってこれたのかい?」

「あぁ、ちょっと休もうと目をつぶってたら入っちまったみたいだ」

 翔太郎はそう簡単に言うが、そうそうできることではない。

「ぼくたちがエクストリームに到達したことによって、君の『地球(ほし)の本棚』へのシンクロ率が上がったのかもしれない」

 だが、その姿は数字の羅列が翔太郎をシルエットで薄っすらと浮かび上がらせるだけだ。

「それでも、せいぜい二、三パーセントと言ったところだろうけど。本には触れられないはずだ」

 そう言うと翔太郎はためしに近くの本に触れようとしたが、やはりすり抜けてしまった。

「ちぇっ」

「そう拗ねないでくれたまえ」

「何言ってんだよ。この『ハァ〜ドボイルド』な俺が、拗ねるわけなんかねーだろ?」

 すると「hard-boiled」と書かれた本が翔太郎の前に来た。

「えっ?」

 翔太郎が驚いているが、ぼくも驚いた。

「すごいよ翔太郎。単純な単語なら検索はできるようだ」

「……でも、見れねーんじゃ意味ねーだろ」

 ぼくが翔太郎の代わりにページをめくって渡した。

「どうぞ」

「お、おう。サンキュー」

 そう言って本を眺めはじめた。全文英語だが読めるのだろうか。

 

 ぼくは頼れる相棒が傍にいる安心感からか、すぐにシステムの本を検索することができた。素早く内容を閲覧する。

「閲覧を完了した」

 翔太郎を見るとまだ本を見ている。

「読めたかい?」

「いや、俺の英語を全力で出し切っても全然だ。ただ……俺の名前が()ってねーかな、って」

 ぼくは思わず吹き出してしまった。

「なっ、笑うなよ! フィリップ!」

「す、すまない。おそらく君の名前は『その本』には載っていないだろう」

 でも、とぼくはある単語を打ちこんで出てきた本を翔太郎に見せた。

「『half-boiled』……。おい、フィリップゥ!」

「あはは! そこになら確実に君の名前が載っているよ」

「いらねーよ!」

 ぼくは一(しき)り笑うと、翔太郎に謝罪と感謝を込めて頭を下げた。

「……ありがとう翔太郎。やはり、君の相棒であることはぼくの誇りさ」

「俺も、地獄の底……今は海の底だが、おまえを信じて相乗りしたのは間違いじゃなかったぜ」

 彼のほうが命の危機だというのに、その励ましの言葉でどれだけ救われるだろうか。

「フィリップ、おまえ本当に感情豊かになったな」

「そうだろうか?」

「昔に比べたら天と地の差だぜ。さっき焦りまくってたのも香澄さんを想ってのことだろ?」

「そうなのか……」

「昔のおまえだったら、『ヒートを使うな』なんて言わねーだろ? 無意識に島を守りたいと思ったんだよ」

 そうか。あの不合理な論理はそこから導き出されたものだったのか。

 やっと頭の整理がつき、確信を得た。

 ぼくは思わずフフッと笑ってしまった。

「翔太郎。結論が出たよ。どうやらぼくは、やはり香澄さんに恋しているらしい」

 ぼくの言葉に翔太郎は微笑んで帽子の鍔をなでた。

「……相棒、それを言うなら『惚れている』って言うんだぜ」

 惚れている……。

「興味深い言葉だ……」

「香澄さんの依頼、絶対にやり遂げようぜ、相棒」

「もちろんだとも、相棒」

 ぼくたちはガシッと手を取り合う。本来は触れないはずだが、たしかな感触があった。

「じゃあ、俺は戻ってときめたちに連絡しておく。『頼りになる相棒がなんとかしてくれる』ってな」

「あぁ、期待に応えるよ」

 そして、背中を見せる翔太郎は去ろうとして、立ち止まった。

「そうだ、最後に。フィリップ、惚れた女に男がいちばんにすることを知ってるか?」

「……なんだい?」

「たとえ嘘をつかれたり、騙されてるってわかってても、『最後まで格好つける』ことだ」

「いつもの鳴海荘吉の受け売りかい?」

「いいや。俺の経験談だ」

 左翔太郎流のハードボイルドか……。

「君らしいね。だが、ぼくにはできそうにない。『地球(ほし)の本棚』にも載っていないさ」

「なら書き足してやれよ。おまえ流の『恰好つけ方』って奴をさ」

「考えておくよ」

「じゃあ、またあとでな」

 後ろ手に手を振って今度こそ翔太郎の姿は消えた。

 見れば本は本棚に収まっていた。

「さあ、この事件最後の検索をはじめよう」

 ぼくは再び検索に戻る。この事件のすべてを閲覧するために。

 

 一方、エレベーターに閉じ込められている二人。

 ときめは対面に座ってぼくの帽子を握りしめている香澄さんを見ていた。

「……アンタ……香澄さんは本当にフィリップが好きなんだね」

「……急に、何よ?」

 ときめは嫌味をぶつけられても気にせずに香澄さんの隣に座った。

「……私ね、記憶がないんだ。翔太郎がある事件で私を助けてくれなかったら、きっとまだ追い剥ぎをするだけの『魔女』だったと思う」

 ときめが語った境遇に、驚いた顔をする香澄さん。

「そう、なの……」

「翔太郎には感謝してもしきれないんだ」

「……あなたも本当に翔太郎さんのことが好きなのね。……私もフィリップ君に事件で助けてもらったから……好きになれたし、少しは変われたと思うの」

 そう(はかな)げに笑う香澄さん。

「私もだよ」

 ときめもつられて微笑む、が少し(うれ)いた顔になる。

「……ただ、なんとなく、それ以外に悪いことをしてたんじゃないかって予感がするんだ」

「えっ?」

「でも、それを思い出したときに、傍に翔太郎がいてくれるなら……自分の罪を数えられると思えるの」

「『自分の罪』……」

「勘違いしないでね。香澄さんにもあるって言ったわけじゃないよ」

「いいえ。いつもみたいに意地を張ったのが今回の事態を招いたの。それがきっと私の罪……。フィリップ君は許してくれるかしら?」

「うん。フィリップなら絶対に許してくれるよ。香澄さん」

 香澄さんは決意したようにうなずいて、ときめに向かって頭を下げた。

「ときめさん。ごめんなさい。変な意地を張って悪口を言って、こんなことに巻き込んでしまって……」

「香澄さん……。こっちこそ、ごめんなさい。香澄さんのことをよく知らずに嫌なこと言っちゃった」

「仲直りしましょ」

「うん」

 そして、二人は互いを励ますようにハグする。

「きっと助かるよ」

「そうね……」

 すると、ときめのスタッグフォンが鳴った。

「ちょっと待ってね……翔太郎から?」

 翔太郎から現状を聞いたときめの顔が明るくなっていく。

「ホント? わかった! そう伝える! 香澄さん! フィリップがなんとかしてくれそうだって!」

「本当に?」

「信じよう、私たちが大好きな二人を!」

「……うん!」

 ぼくが何もせずとも互いが(みずか)ら歩み寄ったことで、二人の仲は修復されたのだった。

 

「まだだ! まだスーパーコンピューターの問題がある。あれもすべて破壊した。復旧は不可能だ!」

 ウォーターは計画が破綻(はたん)していくことに明確に焦っていた。

「たしかにね。だが亜樹ちゃんが充電の件を言ったとき、フランクリン・ウォルターのスマホの充電が満タンに近かったことに、ふと疑問が湧いたんだ。彼は滅多に部屋の外に出なかった。見たところ部屋にはコンセントが見当たらない。それなら、どうやって充電していたのか。そこでぼくは気づいたんだ」

 そう、ある所からならば電気をひっぱってこれる。

「USBスロットさ。パソコン本体のね」

「USBスロットだと……?」 

「システムを確実に消去するためにハードウェアを破壊しなかったのが(あだ)になったね。ぼくは情報解析に()けたメカを持っている。それこそ最新鋭のスーパーコンピューター十台なんて、目じゃないくらいのね」

 すなわち、ぼくはUSBスロットからケーブルを引いて、そこにスーパーコンピューター代わりにエクストリームメモリを接続したのだ。

 これ以上の適材適所という言葉が当てはまる装置もないだろう。

「説明しても理解が追いつかないだろうが。急(ごしら)えで作った特製のコネクターをパソコンのUSBスロットに接続し、システムを『内側』からぼくがやりやすいように再構築させてもらった」

「馬鹿な、どこから道具の調達を……!」

「ありがたいことに精密機器には事欠かなかったよ。ただし、スーパーコンピューターを一台、解体するのは骨が折れたけどね」

 いちばん被害が少なかったスーパーコンピューターから使えそうな部品を取り出し、コネクターを作成してエクストリームに接続、電力が復旧したあとで中に入ってシステムの書き換えを行った。

 ごちゃごちゃした画面に向かっての手作業より、よほどスムーズに進んだ。

「ぼくの計算が正しければ、夕暮れになる前にすべてのシステムが復旧するはずだ」

 そして、ぼくはウォーターに最後の一言を言い放つ。

「だから君の力を借りる必要はない」

 

 話を終えてウォーターはすべてが水泡に帰したことが悔しいのだろう、両手を握りしめている。

「これでぼくたちの奇跡のようなお話は終わりだ。では、そろそろ君の正体を暴くことにしようか。ウォーター・ドーパント」

 じつのところその正体も既に検索済みだ。

「ずばりウォーターの正体とは……伏水航。君だ」

 ウォーターは苦笑するように鼻を鳴らすとガイアメモリを外した。

「……まあ、おまえ相手に隠していたわけではないしな……」

 水流の中から推理どおりに伏水が現れる。

 ときめから「Wのビーム弾に観測ユニットが攻撃された」と聞かされたとき、ぼくはある推理を導き出した。

 あのとき観測ユニット内にいただれかがガイアメモリを持っていて、ルナトリガーの誘導弾は本体、つまり使用者を狙ったのではないか、と。

 ずばり推理は的中し、結果としてルナトリガーの狙いは正確だったということだ。

「これは仲間から聞いたことで出した推理だが。君は海に落ちたあと、溺れたフリをしてメモリを使い、屋敷と湖をつなぐ水道管を沿ってサーバールームの天井に辿りつく。そして雨漏りとなって天井を透過すると実体を表し、フランクリン・ウォルターを殺害したんだ」

 検索結果によると、ウォーターは水が通れる所ならば、かなり自由に動ける能力のようだ。

「それに関しては(むし)ろ感謝してほしいが。あの馬鹿はお嬢様を殺そうとしてたんだからな」

「……それで、さらに事態をややこしくしたのは事実だ」

 おかげでこっちは大変な手間をかけさせられた。

 だが、そのことについて糾弾(きゅうだん)するのはもういいだろう。

「ところでウォーターの正体の『一つ』を暴いたが、君には『もう一つ』正体があるようだね、伏水航。その名前が本名ではないことはわかっている」

 伏水のこめかみがピクリとひきつるのが見えた。

 

 そう、ウォーターにはもう一つ隠された秘密がある。

 ぼくにはまだ気になることがあった。

「園咲来人」。なぜウォーターがぼくの本名を知っていたのか気になって、「地球(ほし)の本棚」で検索にかけた。

「キーワードは『水』……。そして、『ミュージアム』」

 ぼくの名前を知っているということは旧組織(ミュージアム)の関係者であること以外に考えられない。

 一冊の本が目の前に来た。そこに書かれていたタイトルは……。

「君の本当の名前は、『大嶋(おおしま)(なぎ)』だ」

 その言葉に伏水……大嶋は目つきを鋭くすると、ズレた眼鏡を左人差し指で弾くように調節した。

 証拠ならある。ウォーターのあの粘着性の液体には水分の他に体液、つまり唾液(だえき)や汗が含まれている。

 ベトベトしていたのもそのせいだ。

 そこからDNAを検出すれば一発でわかるだろう。

「君は冴子(さえこ)姉さん……園咲冴子の元側近だ。君は始まりの夜(ビギンズナイト)、つまりガイアタワー倒壊事件で生死不明になった。Wに敗れてね」

 大嶋は苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 そのときのことを思い出しているのだろう。

 ぼくは続けて「地球(ほし)の本棚」で閲覧した情報を話す。

「君はWに敗れて、海に落ちて死亡した……はずだったが、ハイドープになっていたことで溺れることなく海面を漂うことになった。そこをたまたま通りがかった漁船によって救われ、病院で懸命な救命活動が行われたことで一命を取りとめた。しかしメモリブレイクの影響で一年近く意識不明になり、目を覚ましたものの君は記憶喪失になっていた」

 余談だが、メモリブレイクすると後遺症が現れ、軽ければすぐに社会復帰も可能だが、重いと意識が戻らないこともある。

 一説にだが、機密保持のため旧組織(ミュージアム)の中核に近いほど記憶の破壊性が強くプログラムされていたと思われる。

 おそらく大嶋にはどちらの影響も現れたのだろう。

「……そうだ。自分がだれかわからず、仮の名前を与えられ、ただぼんやりと生きていた」

旧組織(ミュージアム)の関係者である以上、身元の特定は難しかっただろうからね」

 大嶋は胸ポケットから(しずく)の形をしたイヤリングを取り出した。

 おそらく冴子姉さんからの贈り物だろう。

 だが、大嶋はそれを憎々し気に見つめている。

「……見つかったとき、これを握っていたらしい。そのときはだれからの物かはわからなかったが。退院して、行政の補助を受けながら、なんとか会社員として働いていたある日。子供が川で溺れているところに出くわした。助けるために水の中に飛び込んだ。その瞬間、思い出した。すべてを」

 大嶋は怒りに震えながら、イヤリングを握り潰さん限りに力を込める。

「……生きていたとは思わなかったのだろうが、あの女は一度も俺に会いには来なかった……! あれだけ尽くしたのに……あの女は、俺を、使い捨てたんだッ‼」

 大嶋は怒りまかせにイヤリングを海に向かって投げ捨てた。

 よほどの怒りがこもっていたのだろう、肩で息をしている。

「……復讐を考えたが、思い出したときには園咲冴子は死んでいた。手遅れだった。……だが、園咲家には一人だけ生き残りがいた。おまえだ、園咲来人」

 おそらくWとして活動を再開したことで、ぼくの復活を知ったのだろう。

「そこで復讐の対象を冴子姉さんから、ぼくに切り替えたのか」

「そうだ」

「なら香澄さんを狙ったのは」

「組織の記録に残っていた中で、おまえがいちばん表に出ていた事件だったからだ。禅空寺香澄が残っていたことも大きい。よりおまえを苦しめられるからな」

 その言葉にぼくは大嶋をにらんだ。

 自身の身勝手な復讐のために、無関係の香澄さんを巻き込んだなど断じて許せない。

「そこで秘書として禅空寺香澄に取り入った。あの娘は才能ある者を見つけるのはうまいが、人を見る目がない。ウォルターとは金の件でいつも揉めていた。いずれ何かしら問題を起こすだろうと思っていたが、そのとおりだった。布川も含めてあいつらは禅空寺香澄の排除を望んでいた」

「そして君は、それを利用してドーパントになりスタッフを殺害。鳴海探偵事務所に依頼をさせ、ぼくがここに来るように仕向けた」

「そのとおりだ。さて、無駄話は終わりにするか。そろそろ『薬』を飲む時間だ」

 大嶋はなんらかの薬を一錠口に入れ、取り出した水筒から水を飲むと放り捨てた。

「『投薬』もこれで最後になる……」

「まさか裏風都の『サプリ』か……?」

 大嶋は手を伸ばして海水を操るとウォーターメモリを手元に置いた。

「ウォーター!」

「突然現れたある白服の男にこのメモリとともに渡された。本当は『オーシャン』のメモリが欲しかったが……水にはつくづく(えん)があるらしい。おまえたちを殺すなら、これで十分だ」

 ……やはり、裏風都が関わっていたのか。

 すると大嶋はスーツのボタンを外す。そこには見覚えがある物があった。  

旧組織(ミュージアム)の『ガイアドライバー』……⁉」

「園咲家の人間ともあろう者が、元幹部の側近を舐めないでもらおうか。放棄された施設から試作品を持ち出すなど造作もない」

 これもだ、と海流に乗せてさらにあるものを見せてくる。

「ガイアメモリの強化アダプターまで……⁉」

 言葉どおり、これを装着すればガイアメモリの性能を三倍に強化できる代物(しろもの)だ。

 照井竜も所持しているが、それはぼくがアクセル用に再調整した。

 目の前のそれは完全に旧組織(ミュージアム)の純正品のようだ。

あの女(園咲冴子)がそうだったように、『使えるものはなんでも使う』。それが今の俺のポリシーだ!」

「ウォーターアップグレード!」

 大嶋はウォーターメモリに強化アダプターを取り付けると両手で抱えるようにガイアドライバーに差し込んだ。

 水流が大嶋を包むと人形を作り、ウォーター・ドーパントへと変貌する。

「俺の人生を無茶苦茶にしたおまえに、復讐を遂げるときだ……」

 

 ウォーターの姿は前に戦ったときとは若干変化していた。

 背負っていたタンクが取り外され、代わりに給水用のホース六本が直接背中から生えている。

 それがウネウネと伸び、至る所から水分を取り込んでいく。

 海水からも、空中からでも、どこからでも。

 空気が乾燥していくのを感じる。

 そのままウォーターは左手の噴水型のカノン砲を合体させると構えた。

 ぼくはそれを見ていることしかできなかった。

「ここまで御託(ごたく)を聞かされたが、結局はWに変身できないことには変わらない! 水底(みなぞこ)に沈め! 園咲来人!」

 その言葉とともに前よりさらに強力なウォータージェットが発射された。

 ぼくに直撃する寸前で、危機を察知したファングが尻尾でウォータージェットの軌道を変えてくれた。

 だが、ファングの力を持ってすら完全にはそらすことはできなかったらしく、右頬を掠め血が流れるのを感じた。

「ちっ、相変わらず邪魔な用心棒だ……!」

 その言葉を聞きながらぼくは頬の傷を手で拭い……笑ってみせた。「狙いどおり」だ。

「……何が可笑(おか)しい!」

「君に一つ言い忘れていたことがあったことを思い出したよ。Wに変身できない件だ。たしかに最大の問題点だったが……ぼくたちは時間を無駄にはしなかった」

 

「サイクロン・マキシマムドライブ!」

「ヒート・マキシマムドライブ!」

「アクセル・マキシマムドライブ!」

 ぼくのスタッグフォンにヒート、デジカメ型のバットショットにサイクロン、録音装置のフロッグポッドにアクセルのメモリをセットしてマキシマムを発動し、検索中のぼくのダブルドライバーを熱や風で乾かした。

 照井竜がアクセルトライアルだったのも、アクセルメモリを借りていたからだ。

「乾けー、乾けー」

 亜樹ちゃんも『強風』と書かれたスリッパで(あお)いでくれた。

 それにあまり効果があるとは思えなかったが。その心意気が嬉しかった。

 

「持ち得る技術を最大限使ってベルトを乾かした」

 ウォーターは鼻で笑う。

「乾いたのか?」

 ぼくはその質問に首を横に振る。

「残念だが。使用可能になるまでは乾かなかった」

「はっ! やはりただの強がりか!」

「……ところで君の攻撃はやはり強力だ。ファングでさえ今の射線をズラすのがやっとだった。それは君があらゆる所から水分を吸収して発射したためだ。安全装置でもあった君のタンクはぼくたちのマキシマムで穴が開いてしまったからね。その補完か上位互換だと思っていたのだろうが……おかげで、ぼくは『賭け』に勝てた」

「なんだと? なんの話だ!」

 ウォーターの思考パターンからこの作戦が思いついたとき、我ながら危険なことを考えると苦笑した。

 これも自分の命を懸けて「格好つけた」成果だろう。

「礼を言うよ。大嶋凪。君が遠慮なく技を使ってくれたおかげで」

 ぼくはロングベストを思いっきり開いて、ウォーターに見せつける。

「ま、まさか……!」

 そこには水滴一つないダブルドライバーがあった。

「ダブルドライバーは完全に乾いた!」

 ぼくが掌を出すとファングがその上に飛び乗る。

「さあ、反撃開始だ!」

 ファングがその狼煙(のろし)とばかりに雄叫(おたけ)びをあげた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。