待ち遠しかった日が来た。今日は特別更生プログラムが行われる日。
私の最も尊敬する人と、長く話せる日だ。普段は個別の脳内掲示板でのやり取りくらいしか出来ないため、こうして直接話が出来るのは非常に貴重だ。
「………」
「し…シンカ事務、連れてきました!」
来た来た。
天を穿つかと思うほど、捻れた片角。青い髪はとても長く、乱れに乱れた荒々しい髪型だ。鋭い眼光は全てを射抜くかのよう。カンナさんのように身体は大きい方では無いが、そうでなくとも分かる『存在としての大きさ』。威圧感や存在感といったものがあたりに撒き散らされている。
連れてきた子は今にも泣きそうだ。確かに怖いよね。内面や実情を知らなかったとしたら、私だとしても同じ状態になるに違いない。事実、外ではそう振る舞っているし。やっぱり脳内掲示板様々。
…さて。
「ご苦労様、後は引き継ぐから任せてね」
「は…はいぃ!」
許可が出た瞬間一目散に逃げ出した部下を見送り、鋼鉄の扉を閉める。これでよし。外部からの監視といったものがないのも確認済み。加えて、特別製の鋼鉄部屋だ。これなら声が外に漏れることも無い。
しっかりと扉のロック確認を済ませた上で、くるりと向き直って声をかける。
「…もう良いですよ?スイさん」
「…ふぅ。いつもいつも、お疲れ様」
「いえいえ、これくらいはしないと貴方の努力が無に帰しますから…」
鬼武スイ。トリニティ総合学園の2年生。現在は休学中…という事になっているが、本人は退学届を提出しているらしい。もっとも、それが受理されることは無いだろうけど。普通は申請をすれば通るものだが、止めているのがトップともなれば…いや、この言い方は違うかもしれない。
仮に彼女がトップで無かったとしても、何とか食い止めたに違いない。
私は偶にナギサさんに会っている。一介の事務員に対して会いにくるなんて普通はおかしいという事で、基本的には密会に近い状態だが。聞いてくるのはもっぱらスイさんの事だ。言える範囲で伝えている。彼女の真意に関しては…まぁ伝えずとも分かっているようだったけど。
…おっと。少しだけ話が逸れてしまった。今はこういった話は無しだ。せっかくスイさんが目の前に居るんだし。
「シンカ、そっちの調子はどう?それに壊しちゃった壁とか…修繕費の算出とか出来てる…?」
「はい、大丈夫ですよ。修繕費なんかは特別予算が組まれることになったみたいなので大丈夫です!」
うっひょー!名前!名前呼ばれた!スイさんの口から直接!人前では滅多に喋らないスイさんが!わざわざ私の名前を口にした!!!!うおおおおおお!!!!
「…シンカ?大丈夫⁉︎」
「だだ…ダイジョウブデス」
2度目!今日2回も言ってもらえたああああ!!!!
やばい。しかもフラついた私を心配までしてくれている。やばいやばいやばやばやばばばばばb……
………はっ!
「…はっ!」
よし。私は正気に戻ったぞ。せっかく話せる時間を無駄にはしたくない。さて、なぜここまで私が荒ぶったかだが。スイさんはキャラを3つほど持っているのだ。
一つ、無口キャラ。暴れる際に使うキャラであり、1番本心から遠い状態。心を無にしているような感じらしい。元々人前ではあまり喋らない感じだったらしく、照れていると言う事にして余計なボロを出さないようにしているらしい。ボロを出さないようにしているのは事実だろうけど、照れているのはおそらくガチだ。
二つ目、ちょっと荒っぽいキャラ。脳内掲示板においてスイさんが扱う、本人曰く奮い立たせている時の感じ。たまに自分の頭の中でもそうやって気合いを入れているらしい。脳内にフンスと気合いを入れるスイさんのイメージ映像が浮かんだ。かわいい。
三つ目、本当のスイさん。引っ込み思案というほどでもないものの、争いをそこまで好まない性格であり、他人を気遣える優しい少女。普段は脳内でも二つ目のキャラを維持しようとしているらしいけど、友人と居るとふと漏れてしまうのがこの性格だそうだ。
つまりだ。この性格を、本当のスイさんを知っているのは昔からの友人や親友ばかり。ナギサさん、ミカさん、セイアさん。そして…私だ。
選ばれた人しか知らない、敬愛する相手の本当の姿。そんな状態のスイさんから名前呼びとか…ヤバい。ヤバすぎる。これはこうしてハッスルしてしまうのも仕方ないだろう。脳内でハジケるだけに留めているだけマシだ。気絶しかけたのは不問とする。
「大丈夫…?一瞬意識が飛んでたみたいだったけど…本当に大丈夫なの?」
「えぇ…何とか持ち堪えました」
「じゃあ話を始めてもいい?」
「えぇ!」
話というのは、そろそろ始まるであろう原作でいうところのアビドス編についてだ。これまでの私達、脳内掲示板の皆の方針は、『あまり大きく原作を変えすぎないようにする事』だった。
原作から剥離し過ぎてしまえば、知識のアドバンテージが薄れるからだ。そのため、基本的には原作に存在しない相手であれば良いとし、スイさんが潰して回っていた。
大体察している人も多いだろうけど、スイさんが暴れているのは正義のためだ。彼女自身はそんな高尚なものじゃない、暴れたいだけだと周囲を欺いているけど。
単に暴走しているだけのヘルメット団とかであれば、それぞれの学園でも対処は可能だ。けれど、悪徳企業ともなればそうはいかない。明らかにブラックマーケットと関わっていそうな企業でも、表向きがしっかりしている上に決定的な証拠も無ければどうにもする事ができない。
しかし。政治上の建前なんかを一切無視して暴れた相手が居るだけだったら、何の問題もない。「『不鎖の暴鬼』としてただそこで暴れただけ」であるならば、スイさんが悪いで全てが済むのだ。
仮にスイさんが暴れることもなく、ただ学園側が強行に調査を入れた場合。企業が証拠を隠してしまえば終わりだ。無理矢理にでも調べたものの、一切証拠が出なかったことで逆に潔白を証明された上で学園側が不利になる。
しかしスイさんが暴れに暴れた後、通報を聞いて駆けつけた正実が「たまたま」隠されていた証拠を発見し、「偶然」流れで検挙されるというコンボであれば、学園側には一切の被害がなく、事を納められるという訳だ。
会社側がスイさんの所属するトリニティに詰め寄ろうが、スイさんは何も意図してそこだけで暴れたわけではないと突き返せる。普段から手をつけられない程暴れる生徒が、たまたまそこで暴れてしまい結果的に今の状況になっただけだ、と言い切ることが出来るのだ。
これをスイさんが意図して引き起こしているのを知らされているのは、それぞれの学園のトップ。あとは矯正局でも数名だが…まぁ中には勘づいている人が居るかもしれない。学園側からは時折怪しげな会社の情報が流れてくることもあるが…まぁそれだけだ。スイさんは誰かに指示されるという事もなく、好きに暴れている。そういう事になっている。
この前もまた、闇会社が一つ潰された。被害者はトリニティの生徒が多かったらしく、ブチ切れたスイさんの手で文字通り更地にされたらしい。原作に出て来ていない会社のため、何の問題も無いと思っていたのだが。どうやら、少しだけ雲行きが怪しい。
と言うのも、アビドス周辺のヘルメット団の動きがが最近活発になっているようなのだ。例えばカタカタヘルメット団。原作において、アビドス編で登場した相手。カイザーコーポレーションに雇われてアビドス高等学校を襲撃していた、ネームドヘルメット団だ。しかし、どうやらそれだけでは無いらしい。
アビドス周辺のヘルメット団、少なくともカタカタヘルメット団を除いた3つほど。規模はそれほどでも無いが、明らかに活発になっているらしい。原因は…
「この前潰した会社の件…かしら?」
「…おそらく」
そう。この間スイさんが潰した会社。あの会社のライバルグループがここぞとばかりに勢力の拡大を目論んでいるようなのだ。単なる会社の勢力拡大ならそれで良いのだが、どうもロクな会社ではないようで。ヘルメット団を使って何やら怪しげな動きが見られるそうなのだ。
規模は原作のカタカタほどでは無いにせよ、一気に三つのヘルメット団が動き出そうとしていると言う事実。現時点でアビドス高等学校には手を出してはいないようだが、怪しいものだ。
「原作破壊にならないと良いのだけれど…」
「こちらで解決してしまえば良いでしょう、ただ…」
ヘルメット団の処理程度ならどうにかなるだろう。だが、そうなると原作の補助…ひいては青春ダンゴムシちゃんのサポートが出来ない。青春ダンゴムシ、空雲アオハ。シャーレに所属している事もあり、最も原作に関わるであろう子。
「彼女に戦闘能力が無い事が悔やまれますね…」
「…一人、どうにか出来るかもしれない人に心当たりがあるけど」
誰だろうか。急いで強くするともなれば、戦い方をを教える暇も無いだろうけど。
「あの人ですか?マッドでサイエンティストなあの?」
「それでロマン派な博士のことね。あの人なら…」
…博士か。スイさんはあまり疑っておらず、目の前でとはいえ片角を任せるくらいだったけれど。私は正直かなり怪しいと思っている。最低でも黒寄りのグレー、下手をすれば完全に黒。
脳内掲示板の仕組みをいち早く理解し、その他実用化レベルにまで引き上げたのは彼女だ。「こんな感じでイメージすればいける」なんて言い方をしていたけれど、大まかな仕組みといいこちらが知らない事を知り過ぎている。
というかおかしいのだ。脳内掲示板でやり取りした上で発覚するでもなく、こちらを転生者と見抜いていたようだったし。なにぶん隠している事が多すぎる。この話し合いだって、個別の脳内掲示板を覗かれる可能性を考えてやっている事だし。…だが。
「…ハァ。彼女に任せるしか無いですね?」
「えぇ、最低限戦えるまでにはしてくれるはずよ…!」
それしか無いか。急拵えとはいえ、良い感じの兵器でどうにかしてくれるだろうし。しかしだ。
「スイさん?彼女を信頼し過ぎでは?」
「そう…?だって私の膂力に耐えるだけの武器だって作ってくれるのよ?それに…」
「…まぁ良いです」
スイさんにここまで信頼されているのは…かなり羨ましい。ナギサさん達は仕方がないとしても、付き合いの長さでいえば私とて博士とは同じくらいのはずだ。なのにここまで…!
『ビーッ!ビーッ!』
…む。残念だが、時間が来てしまったようだ。あくまでも更生プログラムという事で、時間が決められている以上は仕方がない。名残惜しいが、最後にとっておきのアレが待っているのだ。まぁ納得するしかない。
「それじゃあスイさん、いつものやつを…」
「いつも思うけど…ほ…本当に必要かしら…?」
「はい!さぁさぁこのほっぺたに…!」
「……分かったわ」
一瞬俯いたスイさんだったが、キッと覚悟を決めたようにこちらを向く。あぁ…最高だ。今から訪れる瞬間も含めて、この日を待ち望んでいたのだ。
さぁ、スイさん。私の左頬に。
「ふんッ…!」
「…べふぅっ⁉︎」
…決まった。『ドカァアアン‼︎』という破砕音が聞こえ、余波で壁が砕けたのが分かる。何が決まったのか…それは簡単だ。金棒。スイさん愛用の武器だ。つまり、今の私はスイさんの金棒を頬に直撃させてもらったという訳だ。
こうする事で、改めて不鎖の暴鬼が危険な存在である事を周知させる事が可能だ。あとスイさんにぶん殴って貰えるし。嫌そうな顔してぶん殴ってくるスイさん…最高!
掻き消えそうな意識の中、鋼鉄の扉を破壊して牢に帰るスイさんの姿が見えた。遠目に怯える職員の姿も。これで良い。これでまた一段と、スイさん…が…恐れ…ら…れ…る…
…あっ。
あの鉄扉高いから普通に開けてって言うの忘れてた。
・・・・・・
『特別更生プログラム』
矯正局資料 15pに記載
これまで何度も行われて来ているが、その度に対象者である『鬼武スイ』には脱走されている。時間きっちりに脱走されるため、一応は会話もしているようだが…真偽の程は不明。特別更生プログラムの発案を申し出た矯正局事務である『蒲桃 シンカ』が対話を試みているものの、終了時に左頬に強烈な金棒を受けたのか気絶している。本来であれば速攻中止させる状況ではあるものの、鬼武スイが局内で唯一心を開いているであろう人物という点や、本人の強い意志によって続行している。
追記
差し出がましいようですが、これ以上続ければシンカ事務が耐えられず大事に至る可能性があります。部下として、矯正局員として貴方がこれ以上鬼武スイに傷付けられる様子は見たくないです。どうか特別更生プログラムの中止を…
訂正:蒲桃 シンカ
その気遣いは受け取るが、報告資料にて私情を持ち出すのは間違っているだろう。私は私の勤めを果たす所存だ。
という訳で胃痛ちゃんの名前は
『蒲桃 シンカ』でした
書いていたら随分とアレなキャラになってしまった気がしないでもないです
これからの出番や掘り下げについて!改訂版!(一個前のアンケート分も含めます)
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不鎖の暴鬼/79
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マッドなロマン派博士/39
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胃痛の矯正局員/86
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新キャラ(新コテ勢)が見たい!