ナディアと猫の秘密   作:わら

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2. 宝物庫

 

 

 

 中から溢れる光に思わず目を瞑る。人工的ではないそれが二人を優しく包み込む。

 

「えっ!」

「これって……」

 

 驚きで目を見開く。目を擦り、頭の中で整理する。私は今幻覚でも見ているのではないかと。

 

「夢じゃないよな」

 

 そういうジョンも私と同様驚きを隠せていない。

 

 ナディアたちの入った場所には宝の山も古代文献の山もない。目の前に広がるのは、天井から光が差し込む庭園だった。

 

 部屋の中央にあるシンプルな白磁の噴水からは細い水柱が上がり、水しぶきがキラキラと輝きながら空中に舞う。花々の香りが風に乗って漂い、美しい色彩の蝶々たちが庭を舞い踊っている。

 

 青々とした低木が噴水を囲むように植えられており、色とりどりの花が生けられた様子は人の手が行き届いたことを窺わせる。まばらに生えた木々の奥には見事な造りのガゼボが見える。白磁の細い柱が黒鉄の飾り格子で編まれた半ドーム型の屋根を支えており、とても砂漠にいるとは思えない光景だった。

 

「クロ?ここは宝物庫なのよね?」

「そう教わったはずだ」

「でも、ここって、どう見たって」

 

 どうみたってただの庭園だ。

 

 

 中に入ると、魔法具で照らされた宝物庫が見える。太陽光に近いそれはこの庭園にめぐみをもたらしている。宝物庫というなとはかけ離れたここは、時間を忘れてしまいそうな感覚に陥る。

 蝶が空を舞うように飛び回り、私たちの周りで螺旋を描く。指を差し出すと蝶は何かに導かれたかのように指に止まる。羽には何やら模様が描かれており、私は今まで見たことのない模様の蝶に興味を抱いた。しかしその蝶は私の指から飛び立つとすぐに光の粒になって消えていってしまう。

 

「蝶に模した光の魔法かしら?」

 

 先ほどまで蝶であった光を手に掬うように手を動かす。キラキラしたそれは次第に輝きを失い、最後は何も残らなかった。

 

「儚いわ」

 

 まるで時を止めたような庭園に、光の蝶。しかし、木などは成長しているようで木や花壇の近くには、宙を浮くハサミが葉っぱの形を様々な形に整えていた。風に乗って、ハサミは優雅に舞い上がる。その姿はまるで魚が水中を泳ぐように、軽やかで流れるような動きを見せていた。ハサミの刃は鋭く、花や木の葉を優しく整えるために必要な切り込みを繊細に行う。このハサミにはおそらく、高い自立魔法と保持魔法などが施されているだろう。この技術を家に持って帰れば、庭師のおじさんも喜んでくれるだろう。

 その時、クロが突然叫び声をあげた。

 

「どうしてにゃ!どうして、宝物庫に庭園があるにゃ!」

「それはしょうがないわ、誰にだって間違えはあるものだもの」

「はっ!もしかしたらどこかにお宝が隠されているにょかも!おミャアたち!見つけ出すぞ!まったく!みゃぁみゃあー!」

 興奮のあまり、猫本来のニャーニャーな鳴き声に戻っていた。ナディアはそんな様子にクスッと笑みをこぼす。

「とりあえず、部屋を一周してみましょう。もしかしたら出口も見つかるかもしれないわ」

 

 彼女らの元々の目的は、早くここから脱出すること。クロもここにあるということ以外は聞いていないらしい。

 

 ナディアたちは気づかなかった。

 伐採された葉っぱが地面に着く前に、光の粒となって消えていることなんて。

 

 

「ここは、ガゼボか?」

「クロの魔法で探し出せないの? 探知魔法とか?」

「ここはさっきの場所と違って、魔法規制レベルが段違いで高いんだ。無理に決まっているだろ……」

「もう、ここぞという時に役に立たないわね!」

「オメェらを危険な魔法動物から守りながらここまで連れてきたのは誰だと思っているんだ!」

「それに関しては感謝するぜ!」

 

 確かにクロがいなければ、ナディアたちは一生ここを出られなかっただろう。ため息をつきながらあたりを見渡す。私たちは庭園をあらかた散策した後、奥にあった白磁のガゼボを訪れていた。中央の黒い鉄製のガーデンチェアと円形のテーブルには倒れたティーカップと深緑の古びた手帳が無造作に置いてあるだけだった。

 

「これって……」

「どうしたんだ?」

 

 ジョンは手帳を受け取ると中身をぱらりとめくる。一通り見終わった後ジョンは私に手帳を返した。

 

「日記なのか?」

「おそらくそう。かなり飛ばし飛ばし書いているけど」

 

 手帳の中には、手帳の主のことはほとんど書かれておらず、周辺の環境やこの遺跡に関して、そして動物などの生態系について書かれていた。

 

「うーん、詳しく考えたいけど時間がないんだよな……」

「とりあえず、外に出てもれ鍋についてから考えようぜ!」

「わかったわ」

 

 その手帳を手に取ると、カバンの中にしまう。この謎の手帳も気になるが、今は脱出方法を考えなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 カチャン。

 

 何気なく目の前にあるカップをソーサに戻した瞬間、周りの景色が一瞬でがらんと変わった。

 

 薄暗い岩造の壁、あかりはない。

 

 これはまさか……!

 

「ポートキー……!」

 

 特定の操作を得て、ただのガラクタがポートキーとなる。現存する魔法では考えられない高度で難解な代物だ。

 

「いたた……」

 

 それに加え、ポートキーが発動した瞬間ガゼボごと移動。やはり高度な魔法だ。一緒にいたジョンとクロも目を白黒させながら床に転がっていた。

 

「大丈夫?二人とも」

「な、何がどうなってるんだ………!」

「カップをソーサーに戻したら、ここに飛ばされたの」

「なんでそんなことを」

「いや、つい癖で……」

 

 

 魔法が使えない空間で、暗い中を彷徨う。手を前にかざしながら何か触れるものがないかと体の向きを変える。暗闇の中には目に見えない何かがいるように思えて仕方がなかった。得体の知れない原初の恐怖感を覚えつつ、二人はどこか光が見えるところを目指した。

 

 しばらく探索すると鈍い音がする壁から、コンっと内側から響きのある音がする壁を見つけた。壁を手探りで押していくとボコッと壁が陥没した。

 

 ゴゴゴッ……!

 

 壁は一人でに動き出し、中から、光が漏れ出す。

 

「もしかして……!」

「……ここが!」

「「「――宝物庫!」」」

 

 目の前に広がるは、財宝の山。装飾品から、金の塊まで。山の中に混在している。

 

「やっぱりあったんだ!」

「ご先祖様、少しでも疑ってすまなかったにゃ」

「こんな宝の山、見たことがねぇー!」

 

「わ、わ、わ」

「大変だ!ナディがあまりの情報量にショートしちまった」

「目を覚ますにゃっ!」

 

 金銀にも目が行くが、ナディアをこんなにさせたのはその奥に置かれている記録の数々、どれも貴重なもので彼女がこの先いくら努力しても見ることのできないものだ。過去の記録は幾度となく行われてきた戦いでほとんどがこの世にない。だが、まれにこのような隠されていたり、忘れ去られている場所で発見されることが多い。

 

「はっ、私は何を……」

「気付いたか!」

 

 ジョンに激しく揺さぶられ、遠のいていた意識が戻ってきた。

 

「この量、どうする?」

「入るだけ持っていくか?」

「勝手に持っていって大丈夫なのかしら?」

「見つけたもの勝ちにゃっ!」

「これをエジプトにいるポートキー業者の前にちらつかせれば、相手は喜んで最速の商品を差し出すにゃ」

「確かに、それは同感だ」

 

 ポートキー業者と取引するための金塊を選ぶ。盃やお皿など純金でできているものも良かったが、私たちは金の延べ棒を三本持っていくことにした。器など形成したものだと出所を聞き出される可能性があったため、足があまりつかないものを選んだ。

 

「多くないか?一本とかでいいんじゃねぇか?」

 

 ジョンがナディアにそう聞く。確かにジョンの言う通り、金の延べ棒三本も必要ないように思えるだろう。だがナディアは頑なにこの本数にこだわった。

 

「いや、これだけ必要よ」

「そうか」

 

 延べ棒をジョンの鞄に入れていると遠くから、ヒュウうううという音とともに私たちのもとに高速で何かが飛んできた。何かと、警戒体制をとるが、見覚えのあるものに体制を崩す。その何かはジョンの前にぴたりと止まると力を失ったかのように重力に逆らって落ちた。

 

「うわぁ!」

 

 急に落ちるなど思っていないジョンは慌ててキャッチすると、そのまま倒れ込んだ。

 

「これは……剣?」

 

 ジョンの手の中で特別な煌めきを見せるそれは、ゴーレムと対峙した際手にしていた剣だった。銀製の刀身は直線で長く、持ち手の部分には緻密な装飾彫と赤い宝石が据えられている。美術品としても価値のありそうな見た目だ。ジョンは驚きから目を瞬かせる。

 

「俺の?」

「あなたの元に飛んできたのだからそうでしょ?私のお父様も言っていたわ。『持ち主が杖を選ぶのではない。杖が持ち主を選ぶのだ』って。私たちは杖を持っていないから、あまり実感はわかないけどきっとこの剣もあなたと一緒に行きたかったんじゃない?」

 

 ジョンは確かめるように己の手中にある剣を柄を強く握り締める。その顔は心なしか嬉しそうだ。ジョンの後に続き、ナディアの元にも何かが飛んできた。ジョンの剣とは違い、彼女のもとに飛んできたものは分厚い本だった。

 彼女の手にふわりと乗ると、動かなくなった。

 

「ナディアは本か、いいじゃん!」

「どの口が入っているのよ、全然こっち見てないじゃない」

「えへへ」

 

 ナディアはため息をつき、本を開く。ところが中には文字の一つも書かれていなかった。

 ただのノート?

 疑問を浮かべながら、ペラペラ本をめくっていると、下から怒号が聞こえる。

 

「オイラにはないのか!?」

「あなた猫だからカウントされなかったんじゃない?」

「う、うるさいにゃ!」

「あははは!」

 

 結局クロには、雑に宝石が一粒頭に落ちてきた。クロは「扱いが違う!」と怒っていたが大ぶりな宝石を見て簡単に許していた。全く一体誰に怒っていたのか……。

 

 宝物庫の宝は、ナディアたちのもとに来た物以外はそのままにしておくことにした。キラキラしたものに目がないクロはそのことにたいして猛反対していたが、このような時はあまり持っていくとよくないと聞く。欲を出したものから消されるのよと説明するとクロは渋々諦めてくれた。

 

「クロ、出口はどっちだ?」

「あれ!あれにゃー!」

 

 宝物庫の奥に、何やら台のようなものが置かれている。台の上には赤い大きな水晶のようなものが埋め込まれている。知ってるなら教えてよ。そうクロに伝えると、さっきはなかったからしょうがないだろ!と少し怒りながらそういった。

 

「あそこで手をかざせば、地上に出れるはずにゃ。出るときは手をかざす人間に捕まっていなきゃいけない」

 

 その役をジョンに任命すると、ナディアは肩に手を置く。クロもナディアの肩に乗ってきた。

 

「準備万端よ」 

「よし!ここに閉じ込められていた遅れを取り戻すぞ!」

 

 

 さあ、行こう。

 

 

 この瞬間、二人の人間と一匹の猫の気配が遺跡内から消え去った。

 

 

 

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