ナディアと猫の秘密   作:わら

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3. エジプト

 

 

 

 古代文明都市《エジプト》は魔法が発展した最大の時代区分であり、魔法発祥の地とされるモロッコと比肩する偉大なる文明である。ワガドゥーに伝わる魔法はその半数がエジプト由来のもので、古めかしい様式で行われる。ワガドゥー特有の魔法形態 無杖魔法もその一種だ。大抵の魔法使いは杖をはじめとする様々な補助ありきで魔法を行使する。これはケルト由来の魔法族に多くみられる特徴で、彼らの発明した自然の魔法力を帯びた物質が魔法を使う際の補助になる特性は魔法史において最も偉大な発見である。しかし、それもワガドゥー以外の国での話。世界最大の魔法学校 ワガドゥーでは、杖の使い方も教えてはいるものの、その大半は無杖である。手のひらを複雑に動かし、紋様を宙に描く。魔法力をインクのように宙に残しながら手早く描く必要があるため、修練が必要とされる技術である。

 

 

 

 

 ナディアたちは、遂に到着した。

 

 魔法大国、エジプトに。

 

 

 あの後、ナディアたちは遺跡を脱出することに成功した。脱出すると、どこかわからない砂丘に飛ばされていた。しかし、すぐにその場所はわかった。

 砂丘を登るとそこに広がるは古代エジプト文明と現代文明が融合する場所、アスワンだった。

 

 ナディアとジョンは喜びあい、そして危惧した。

 

 彼女たちが最も危惧していたこと。それは遺跡内と外の時間と流れの速さが違うことだった。ここで噛み合わないと、かなり大問題になるのだが……。急いで新聞を購入して確認すると始まってから三日も経っていた。

 

「なんで、数時間しか中にいなかったはずなのに、三日も経っているのよ!!」

 

 ナディアは持っていた新聞を握りしめて、自身の気持ちがあらわになる。くしゃくしゃになった新聞を感情のままゴミ箱に投げ捨てて、ナディアは苛立ちをあらわにする。その様子を見ていたジョンは冷静にナディアにこう言った。

 

「まだ二日はある。ここから頑張れば間に合うんじゃないか?」

 

 ジョンのいう通りだ。時間はおかしくなったがまだ二日もある。それにエジプトの近くにテレポートしたのは運がいいと言っても過言ではない。ナディアとジョンはひとまず冷静になろうと息をこぼす。だが、そんな気持ちに浸っている余裕はなかった。

 

「急いで、ジョン!」

「ちょ、ちょっと待てよ!」

 

 ナディアは急いである場所へと向かった。後ろから何が何だか状況がいまいち掴めていないジョンがついてくる。

 

「どこに向かうんだよ」

「カイロのハン・ハリーリ市場よ!」

 

 

 

 

 

「箒とか、それこそ絨毯で行った方が絶対に早いのに……」

「こんな街中でそんな目立つことができるかよ」

 コソコソとナディアがジョンに問いかける。ガタゴト揺れるバスではほとんどの人が寝ていて、二人の会話を聞こうとする者などいなかった。ふかしげな顔を浮かべるナディアにジョンは得意げな顔をしてこういった。

「こういうときこそ、アルムサイダーの発明品を使わないとな!」

 

 アルムサイダー、アフリカ圏やエジプト辺りの魔法が使えない人間を指す言葉だ。意味は『守る人』という意味を持っている。私たちワガドゥーの魔法使いは魔法を使えない弱きものを助けて、守る、庇護対象としてみなし、遠くから見守ってきた。我々魔法使いとアルムサイダーは交流していた時代もあるほどに親しい時代もあった。でも、過去にアフリカの魔法界を震撼させる事件があったのも事実だ。

 

 だが、一つだけわかることがあった。

 やはり我々魔法使いとアルムサイダーは同じ世界を生きることはできないのだ。

 

 

 それでも、私たちワガドゥーの魔法使いはアルムサイダーのことを守るべき大切な存在と捉えていた。

 

「あなたのご両親もアルムサイダーよね」

「おう!だから初めてワガドゥーの登校を目にした時は気絶したらしいぜ」

 

 私たちの登校は、色んな意味で過酷だ。世界中から生徒を集めているため、地球の反対側から来るものもいる。だから、普通に移動していては始業式に間に合うはずがない。たまに自力でくるという猛者もいるが、大抵はポートキーと似た道具で登校する。それは何かの文字が刻まれた石で、これは入学を知るための入学証明書であり、なんでもどこからでもワガドゥーに行くことができる特製品でもあるそうだ。

 

 それは、いくら間違えて捨てたり、うっかり無くしても何処からか姿を現し、机やその生徒の目に見える場所に再び表している。その石は、みんな少しずつ違うため一つとして同じものは存在しない。

 

 

 

「そういえばナディは、どうしてエジプトの魔法界の入り方を知ってるんだ?」

「一度、お父様と来たことがあるから」

 

 ナディアの父親は、娘であるナディアでさえ何をしているかわからない。

 時には闇払い、時には魔法省の職員、そして時には学校の先生とさまざまな職業を経験している。

 

「今はアメリカの魔法学校で教鞭を取っているそうよ」

 

 

 

 

 

 

 

「体が痛い……」

「確かに何時間もバスで座っているのはきついな」

 

 伸びをして、固まった体をほぐしていく。

 

「魔法界に入るのは、明日にしよう」

「そうだな」

 

 バス代はジョンが立て替えてくれた。今度返す。ナディアはジョンにそう伝えた。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

「召し上がれ」

 

 その言葉を聞いて、ジョンとクロは勢いよく目の前にあった器を奪うように手に取る。熱さなんて関係ない様子でがっつくその姿にナディアは微笑みを浮かべる。

 

「どうしてこんなに料理はうまいのに、魔法薬学はあんなゲテモノが作れるんだ?ある意味才能だぞ」

「そんなこと言うならあげないわよ」

 

 ジョンは慌てて自分の言った発言を訂正した。それほどに目の前のご馳走は空腹の彼の前では輝いて見えたのだろう。暖かな家の中で食べるホカホカのシチューほど美味しいものはない。

 

 ここは、私の秘密の庭。

 

「熱いから気をつけてね」

 

 私のカバンの中だ。

 

 

 

 ここに来る少し。二人の姿は、薄暗い路地裏で見られた。

 

「今回はナディアの番だぞ」

「わかっているわよ」

 

 ナディアは、薄暗い路地裏で自身の手に持っていたトランクを地面に置き、開く。中には荷物など入っておらず、底なし穴のように先の見えない暗闇が広がっていた。

 

「お先にどうぞ」

「ヘヘッ、お邪魔します!」

 

 ジョンは笑みを浮かべ、トランクの中に飛び込むように入っていった。相変わらずの勢いにナディアは感心する。万が一鞄をホームレスなんかに持ち去られたりしないための認識阻害の魔法を厳重に施し、ナディアもぶつからないよう、慎重に中へと入っていった。

 

 

 検知不可能拡大魔法を施してあるトランクの中には目を疑うような光景が広がっていた。梯子を下ると部屋に降り立つ。ベットや小さなテーブルがおいてあり、テーブルの上でランプが煌々と輝く。二人は慣れたように階段を降りていく。階段の下は、箱やら、本やらが沢山積まれていた。机の上には、散乱した殴り書きを施してある紙。鍋には、いつ作ったかわからない薬品が並々と入れられており、紫色に染まっており、時折小さく爆発している。片付けが苦手な私は、この部屋に使わなくなったものを詰め込んでしまい、よくジョンに怒られている。今も無言でこの部屋を通り過ぎるジョンの顔色を窺いつつ、扉に向かう。こんな汚い状況で休むことは不可能。そういう時こそ外で食べるのだ。というか、私のトランクに来客が来る時は、外でご飯を食べたりするのが普通だ。

 

「色々言いたいことはあったが、今はいいぞ」

 鞄の入り口が少し小さい以外に、欠点がないジョンは私の部屋を見て何も言わずにいてくれた。今度来た時に片付けするからな、と小さく呟いたことに気がついていないナディアは準備をする。

 

「ご飯にしようか」

 

 その言葉にジョンは目を輝かせる。

 

「今日はなんだ?」

「今日はシチュー」

 

 

 

 

 

「俺たち、間に合うのかな」

 シチューを食べ終え、魔法を使い丁寧に食器を洗うジョンはふとそんなことを呟いた。彼の顔には不安が見える。それもそうだろう。まさか、特定の場所に向かうだけのはずが未知の遺跡にのみこまれて、一歩間違えれば死んでいたかもしれない状況。ナディアは答える。

「そのために今日はしっかりと寝て、体力を取り戻さないと」

「ここで、無駄に動き回って体力を消耗するのは得策ではない」

 

「そうだな」

 

 その後特にすることもなかったため、若人たちはそれぞれ持ち寄った寝具を外に広げて眠りにつく。いくら悩んだところで時間は止まってくれることはない。先生の言ったタイムリミットは迫っている。それなら、後悔のしない選択をしよう。ナディアは目を閉じる。空に瞬く星たちは、相変わらずキラキラ輝いていて綺麗だった。

 

 それぞれの思いを胸に、朝が来る。

 

 

 

 

 

 露天のような感じ細い道に、アーチ状の壁。壁は石造り。目的地のハーン・ハリーリは朝早くということもあり、人は見当たらず、静まり返っていた。

 

 ここは魔法界とかなり形が近く、魔法使いと付き合っていた名残が残っている場所。もしエジプトに行く機会があるなら墓地、特にピラミッドには行かないことを勧める。見るぶんには大丈夫だが、墓に触れたりでもしたらとんでもない。墓には強い呪いが掛けられている。紀元前千年にかけられたそれは今でもその強さを保っており、侵入者は本来は財宝を守るための呪いが作動してミュータントにされて、頭がたくさん生えてきて死ぬらしい。

 

 古代エジプトの魔法使いは段違い。そもそも威力が違うんだ。今の魔法はかなり廃れているのではないかと疑ってしまうほどに。

 

 

 

 入口の近くにはおかしな壺を売った現地人は滅多に寄らない露店があり、無言でそこの横を抜けて、二番目のアーチを一度、また一度間隔をあてて壁を叩く。コンコンという音に気がついてそっぽを向いていたポスターに描かれた女性がこちらに体を向ける。壁に貼られたポスターが笑ったことを確認して、壁に手を当てた。そうすると、ずぶんと沈むようにナディアの姿は消えていた。

 

「ジョン、こっち」

「あ、おう、おわわわ?!」

 

 寝ぼけてこっちに来ないジョンは驚きを隠しきれない様子でナディアに手を引っ張られる形でポスターの貼ってある壁の下部分に手を当てて、水に落ちるようにずぶんと沈んでいった。

 

 ポスターの女性は入ったことを確認すると、手紙を浮かべてまた後ろ向きに戻っていった。

 

 

 

 

 中は鏡世界のように同じものがそこにあった。

 

 先ほどの静かな市場が一転、賑やかな市場が姿を表す。朝の光がまだ薄く、建物の間から柔らかく差し込んでいる。ハーン・ハリーリ市場の石畳は夜露に濡れて、ところどころ輝きを帯びていた。空気はひんやりとしているが、人の熱気がじわじわと市場全体に広がりつつある。香辛料やハーブの芳しい香りが漂い、焼きたてのパンやコーヒーの香りがそれに混ざる。人々の話し声は控えめだが、それでもこの空間に確かな活気を感じさせる。

 

 

「ようこそ、ジョン」

 

 本当の、ハーン・ハリーリへ。

 

「う、うわぁ!」

 

 ジョンは初めての場所に目を輝かせる。

 

 店主たちは開店の準備を整え、色鮮やかな布やランプ、陶器を店先に並べている。赤、青、金の装飾が目を引くランプの並ぶ店では、朝の光を受けて、それらが宝石のように輝いて見える。通りを行き交う人々はまだ疎らだが、少しずつ増え始めている。別のところから来た魔法使いの姿も見えるが、地元の人々も忙しそうに行き交い、野菜や果物、肉などの食材を運ぶ姿が目に入る。

 

 少し離れたところでは、細かいアクセサリーを扱う職人が小さなハンマーを握り、カチカチと金属を叩く音が響いている。その音は市場全体に溶け込み、風景の一部のように自然に馴染んでいた。どこからともなく、遠くで奏でられるアラブの旋律が耳に入る。その音色と共に壺から蛇が出る様にジョンは思わず声を上げる。

 

 歩いていると、細い路地が複雑に入り組んでいるのがわかる。どの通りにも、所狭しと並べられた商品たちが所々日陰を作り、時折ひんやりとした空気が頬を撫でる。ある店では、店主が素早い手つきで香辛料を量り売りしており、その向かいではシルクのような滑らかな布を巻きつけるように展示している店がある。

 

「初めてのハーン・ハリーリはどう?」

「すっげーぞ!」

「ゆっくり品物を見たいけど、時間がないわ。それはまた今度ね」

「嘘だー……」

 名残惜しそうなジョンを引きずり、ある場所に向かう。そこに行けばポートキーがあるはずだから。

 

「僕たちぃ?ここはお前たちのくる場所ではないよ。分かったらさっさと出ていくことだ」

「俺たち、ここにポートキーがあるって来たんだ!ロンドン行きのポートキーねぇか?」

「お坊ちゃんよ、ここカイロからロンドンまでどんぐらい離れていると思ってんだ!そんなの大金を積まれなければまず無理な話だぜ」

 

「冷やかしはお断りだよ!」

「ガキは帰りやがれ!」

 

 バタンッ!という大きな音に反射的に目をつぶる。

 

「本当にムカつくやつばっかだな」

 

 まさか、ここまで何軒も回ったのに、全員が門前払いするなんて。みんなが私たちの姿を見て勢いよく扉を閉めた。

 

「まさか、ここまで、ポートキー探しに難航するなんて……」

 

 ナディアは頭の中のポートキー業者を思い浮かべながら、今まであった場所には二度と行かないと心に誓いながらリストにばつ印をつける。

 

「後何個ある?」

「2個……かしら?」

「まずいな……」

 

 わかりやすく顔を歪めるジョンに、ナディアはあることに気がついた。

 

「ジョン、あなたカバンは?」

「え?」

 

 勢いよく鞄があった場所を見るが、すでに鞄は無くなっていた。

 

「俺のバックがない!」

 

「エジプトでは良くあることよ。そういう時は帰ってこないわ。諦めなさい」

 

「あの中には留学に関する重要な書類が!」

「なんですって!それを早く言いなさい!」

 

 私たちは、そもそもこんな方法で行けるとは思っていない。だから、あらかじめ用意した書類は各自保管で持っていた。だが、それを無くしたとなれば……。二人の顔はどんどん青くなっていった。

 

「あー!」

 

 ジョンは大きな声を上げて、ある場所を指差す。

 

「あれ、俺のバック!」

「子ども?」

 

 ジョンの鞄泥棒の正体は私たちよりも年下の小さな子供だった。ジョンが大きな声を出したせいで、鞄を持った子どもに感づかれた。その子はジョンの鞄を持ったまま、勢いよく駆け出した。

 

「追うわよ!ジョン!」

「おう!」

 

 人は昼に比べて少ないとはいえ、全速力で追いかけるのは困難に近かった。

 

「アクシオ!」

 

 手のひらを広げ、腕をまっすぐ伸ばしながら引き寄せの呪文を叫ぶ。狙うはジョンの鞄。紫の光線がナディアの手から真っ直ぐと放たれる。だが、呪文はその子供にあたることなく、後ろにあった果物に不発する。

 

「……ッ!」

 

 飛んでくる果物を払い除け、目の前を走る子どもを見失うまいと二人は走った。だが、道の狭さや、露天の人間が邪魔で、うまく走ることができない。大人とぶつかりながら、道なき道を行く。

 

 相手はこの街を知り尽くしたいわばプロだ。プロ相手にどのような対処ができよう。二人は付かず離れず、見失わないように必死に追いかけた。

 

「このままじゃ、見失うんだぞ!」

 

 一体どうすれば……!

 

 そんなナディアの願いが届いたのか、はたまた偶然か、ジョンの鞄を持った子供は小汚いテントの中へと入っていった。

 

「テント……?」

 

 私たちが追ってきているのはわかっていたはず。なら、これはもしかして罠なのか。

 

 だが、ここで立ち止まるわけには行かない。

 

 私たちには、やるべきことがあるのだから。

 

 ナディアはジョンの手首を掴み、テントへと近づいた。ナディアの目の前にそびえ立つテントは、古びた布地に覆われ、ぼんやりと揺れる灯りが内部から漏れ出していた。黒い布に赤い文様が不規則に描かれ、風に揺れるたび、まるで生き物が脈打つように見える。周囲には誰もおらず、静けさが広がる中、そのテントだけが異様な存在感を放っている。

 

「これは……」

 

 中は驚くほど広く、検知不可能拡大魔法が使われていることは明らかだった。天井は高く、奥行きは果てが見えないほどに伸びている。だが、不自然な広さの中にあるのは、中央にぽつんと置かれた古びた木製の机と、それに対面する二脚の椅子だけ。その場違いなシンプルさが、むしろ不気味さを際立たせていた。

 

 とある場所で視線が止まる。

 ナディアはようやく理解した。私たちは初めからこの場所に誘い込まれていたのだと。

 

「とんだ出迎えね」

 

 ナディアは目の前の相手のことをチラリと見てそう言った。腰の曲がった老婆に似た老翁。皺だらけの顔に鋭い目が光り、痩せこけた体とは対照的に、その存在感は圧倒的だった。長い白髪が無造作に垂れ下がり、肘をついた手には古びた指輪がいくつも嵌められている。机の上には何もなく、ただその指先がゆっくりと机の表面を叩く音だけが、静寂の中で響いている。老翁の背後には、まるで壁のように立ちはだかる屈強な男たちが二人。彼らは無言のままナディアを見下ろしていた。腕組みをした姿勢は動じる気配がなく、その目は冷たい輝きを宿している。そのさらに奥には、小さく縮こまった屋敷しもべがひとり。彼の肩は震え、怯えた目がちらりとナディアを見て、すぐに目を逸らす。彼の手には、ジョンの鞄が握られていた。

 

 その薄く歪んだ笑みを保ったまま、老翁は口を開いた。

 

「これはこれは、お久しぶりでございます。お嬢様。前回のご利用は去年の八月ごろだったと記憶しております。あぁ、懐かしい」

「そうね、あなたがこんなことまでして私たちを呼び出したい理由を知りたいわ」

 

「全てはあなた様のためなのです。お嬢様」

「こちらはお返しいたします」

 

 男が屋敷しもべの手から鞄をひったくると、部下の男から鞄を渡され、戸惑った様子でジョンは受け取る。

 

「それにそもそもカナダにいたはずのあなたがどうしてここにいるのよ」

「必要とされている場所に我々はいつでも駆けつけますから」

 

 にちゃりと嫌な笑みを浮かべる老翁に顔を歪める。あの目が、あの全てを見透かしたような目が苦手だ。ナディアは、話題を変えようと口を開く。

 

「まぁいいわ。今回はあなたのいう通り私はあなたのことを探していたわ。依頼よ。私たちは急いでイギリス、ロンドンにある漏れ鍋という店に行かなきゃいけない。言いたいことはわかるわよね」

 

「もちろんでございます。我々もお客様のご要望に全力でお応えしたいと思っていますが、何せ距離が……」

「今回は懐が暖かいの、もしもあなたが私たちの願いを聞き遂げてくれるなら報酬は弾むわ。これはあなたにも、私にもいい話だと思うのだけれど?」

 

 そう言ってナディアはあの遺跡から持ってきた金の延べ棒を全て取り出すようにジョンに伝える。だが、ジョンは何か言いたげな表情だった。その顔を見て首を傾げていると腕を引っ張られてコソコソと話し始めた。

 

「こんなに大丈夫か?正直あまり信用できなさそうな感じを醸し出しているぞ」

 ジョンは後ろに控える怪しげなポートキー業者をチラリと見ながらそう言った。

「大丈夫よ。私も何回か使ったことあるから。それに今回は特別。きっと私たちが求めるものを持ってくるわ」

「でも、」

「ジョン、思い出して、先生の言葉を」

 

『日時は五日後。来られなかったり、ルールを破ったり、アルムサイダーに正体を見破られた生徒は、留学の資格はないとみなしワガドゥーに強制送還とする』

 

 ジョンはようやく思い出したようだ。ナディアは言葉を続ける。

 

「そう、先生は間に合わなかった生徒には資格がないとみなすと言っていた。つまりわたしたちはどんな手を使っても期間以内にロンドンの漏れ鍋にいかなくちゃならないの」

「これが正当だとは思わなくていい。でも、今回はこれしか道がない。それだけはわかってほしい」

 

 ジョンは私の言葉を聞いて頷いてくれた。ジョンはようやく延べ棒を机の上に置く。その延べ棒の輝くに思わず声が漏れる。ヒソヒソとした話し声も聞こえてくる。

 

「こちらにどうぞ」

 

 ナディアたちは案内されるがママ、カーテンを抜けて奥にすすむ。奥にはテーブルとその上に乗った古びた靴以外何もなかった。

 

「これは?」

「特注のポートキーでございます」

「特注?」

「はい。こちらはここから、ロンドンまでの直通ポートキーになっております。なんせ、ここまでの長距離は初めてのものですから、特注なのでございます」

 

 なんせ、ここまでの長距離は初めてのもので、作るのには時間がかかったと語る。ここまで長いものはその分だけ、希少性は上がるが金がかかるらしい。

 

「なるほど、ポートキーを隠すためにこんな小汚いテントを立てているわけね」

 ハーン・ハリーリは露天が多い。そんな中、テントが立っていたって不思議ではない。

「お嬢様なら、わかっていただけると思っていました」

 

「あるなら、初めから言えばいいのに、タチが悪いわね」

「お客さまは信用できるのですが、違うお客さまの中には、あるとわかった瞬間に脅しにくる無能がいます故……」

 

「今回はお客様だから、こちらの商品を出させていただきました」

 

「金ってわけね」

「話が早くて助かります。お嬢様」

 

「あ、そうそう……」

「時刻が迫っていますので、ご決断はお早めの方がよろしいと思います」

 

 この男、はじめから私たちをカモにする気満々じゃない。

 

「……わかったわ」

「その言葉が聞けて、私たちも嬉しいです」

 

 

「もし、これが外に漏れれば、わたしたちはあなたたちのことを」

 

 相手が言い終わる前に、ナディアは言った。

 

「もちろんよ、ロベルトの人間は約束を破ったりはしないわ」

 

「我々もあなた様と敵同士になるのは本当に避けたい」

 

 本心かはわからない。

 

「うるさいわね」

「ここは、いつから休憩所になったのかしら?」

 

 ナディアは、そう小さくつぶやく。その声を聞き逃さなかった老翁に睨まれた二人組はびくりと体を震わせる。指をパチンと鳴らした瞬間に二人はどこかに連れてかれた。

 

「おい、そこまでしなくても!」

 

 ジョンの叫びのナディアは制止の声を掛ける。

 

「ここは魔法省の目を掻い潜って違法行為を行うポートキー業者なのよ。簡単に信用しない方がいいわ。それに後ろの奴らが何話していたと思ってるの」

「それは、大金持ってんなーとかじゃねぇのか?」

「違うわ。私たちがこんな大金を持っているから、襲おうと隣の男に話していたのよ」

 

「一緒にポートキーをつかんじゃえば一緒にロンドンまで来られる」

「ロンドンで私たちを襲うことだってできるのよ」

 

 ジョンは何も言わなかった。

 

「これは我々の教育不足が招いた結果。深くお詫びを申し上げます」

「次回の利用時にはサービスさせていただきます」

 

「……」

 

 冷ややかな目でナディアは老翁を見下ろす。フェッ、フェッ、フェッとおかしな笑みを浮かべながら古めかしい木の杖をつきながら危なげに老翁は奥に向かった。彼にとってあの二人組はそこまでの価値がない。彼にとって価値のあるものはダイヤの原石のように光り輝く金ヅルと、自分の命令に忠実に従う者のみだ。彼女はある程度こうなることを想定していたのだろう。ナディアの顔には焦りや驚きなどの表情は一切見られなかった。

 

 本当に最低なやつ……。

 

 ジョンがペしょぺ所とした顔で私のことを見る。

 

「ナディア、俺、何も知らないのにあんなこと言って……ごめんな」

 彼と私はほとんど同じ身長のはずなのに、なんだかこの時は小さく見えた。

「私も配慮がなっていなかったわ。ごめんなさい」

 

 

「お嬢様、ご友人様。時刻が迫っています。どうぞ急いで」

 

「さぁ、行くわよ」

 

 

 古びた革靴を触れる。

 

「またのご利用をお待ちしております」

 

 

 その言葉をかすかに聞いた後、私たちの意識は遥か彼方に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も見えない。

 

 慣れたと思っていたこの感覚には何回経験しても慣れそうにはない。ぐるぐると視界が回っているようで気持ちが悪い。

 

 体が痛い。

 

 背中がズキズキと痛み出す。それに後頭部も痛い。まるで何かに打ちつけられたような……?

 

 ナディアの意識は一気に覚醒した。

 

 聳え立つ時計塔が見える橋で私は目を覚ます。一瞬のことであった。革靴をつかんだ瞬間、浮遊感と共に吹き飛ばされそうな衝撃に襲われる。

 

 私はその衝撃に目を強くつぶるしかできなかった。その勢いで叩き落とされ、背中が痛い。近くにはのされているジョンが見える。うめき声が聞こえるので生きてはいるだろう。人が来る前にジョンを叩き起こさなければ酔っ払いと間違われてしまうだろう。それだけは嫌だ。そこからのナディアの行動は早かった。

 

「ジョン、起きて」

 

 ゆさゆさと体を動かしてもジョンは起きそうになかった。こうなったら、奥の手を使うしかない。ジョンのちかくにしゃがみこみ、耳元でこう囁いた。

 

「今起きないとあなたが学校の壁を半壊した犯人だってダイン先生に言ってしまうわよ」

 

 結果、ジョンは顔を青ざめながら大きな声を出して飛び起きた。そして私に言わないでとお願いしてきた。私もこのようなことがなければ言わないとジョンに約束した。それを聞きジョンは安堵して息をつく。

 

 息をつき、落ち着いた事でジョンはようやくロンドンに着いたことに気づいた。そしてキラキラした目で周囲を見渡した。

 

「俺来るの初めてだ!」

「そうね、私もロンドンに来るのは初めてだわ」

 

 わたしたちが今まで見てきたウガンダやエジプト、そして故郷のカナダとは大違いだ。レンガでできた建物や橋、アスファルトを敷き詰めた道路。歴史を感じる建造物の数々。行き交う人々。二階バスや車の数々。

 

 地図を片手に漏れ鍋に向かいながら、様々な場所を見た。初めて来るはずなのに、どこか懐かしい。この気持ちをなんと表せばよかったのか、でも、それでいい。この時の私は何も言葉にせずに、楽しそうに話に花を咲かせるジョンの顔を見ながら相槌を打った。

 

 

 

 

 

 そして四日目の昼過ぎ、小腹が好き始めた頃、ナディアとジョンの二人は漏れ鍋に到着した。

 

 ボロボロの私たちを見てダイン先生は口角を上げる。

 

「よく来たね、二人とも。私の想像よりも早くきたね」

「じ、時間は間に合いましたか?」

「あぁ、安心してくれ。まだ一日時間がある。君たちは間に合ったんだ」

 

 パチンと指を鳴らし、先生は紙を取り出す。そして、私のジョンの名前を、サラサラと宙に書くとその紙に埋め込むように手のひらで押し込んだ。紙に埋め込まれた名前は金色に輝きを放つ。

 

「ナディア・ロベルト、そしてジョナサン・ルニック!君たちをワガドゥーの代表としてホグワーツ魔法魔術学校の留学に参加することをここに記す!」

 

 先生からの言葉を聞き、二人は周りの客など気にせずに大声で喜び合った。

 

 私たちは無事に間に合ったのだ。今はその喜びに浸っていたい。

 

 

 

 

 

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