しがない一転生者の徒然 作:ふなぐち又兵衛
普通、普通ってなんなんだろうなってことを、ここ1年半ばかり、ずっと考えている。
朝起きて、顔を洗う、これは普通。
でも、鏡の中から血のように赤い瞳でこちらを見つめてくる、
白髪や小じわとおさらばした、大学に入った頃の顔をした自分は、普通じゃない。
「おはよう」とあいさつをしながら居間に入る、これも普通。
でも、「おはようございます」とあいさつを返しながら迎えてくれるのは、
未だに夜勤が終わらない妻でも、寝ぼすけの娘でもなくて。
娘の恋人だという、肌も髪も、おまけに背中から生やした鷲のような翼も白い、
さっきの鏡の中の自分のように、あるいはあの夏の夜を経た娘のように、
鮮血色の瞳をした、ふっくらした体型と、愛らしい童顔の女の子だ。
彼女が普通の存在であるものか。
あと、新聞を読むのは普通だけど、彼女が淹れてくれたコーヒーは、その……。
イヤ、この甘さはもうコーヒーのものじゃないな、砂糖マシマシのカフェラテだ。
まあ、旨いし、最後の一滴まで飲むけれど。
カフェラテを飲み干したところで、ようやく娘が、
ふにゃふにゃと間延びした、おはようの声とともに起きてきた、これはまあ普通だろう。
あいさつを返しながら、椅子に腰掛けた娘の長い黒髪を、1本の三つ編みに編んでやる。
……いくら若く見えるとはいえ、父親が、それも40歳を超えた父親が、
高校生相当になる年齢の娘の髪を編んでやるのは、普通のことなんだろうか。
母親であるわたしの妻や、娘の恋人だという白い少女が編むのなら、ともかくとして。
気を取り直して、白い少女が作ってくれた、
鶏肉の欠片が目立つほの甘いまぜご飯と、香ばしい湯気をあげる大根と油揚げの味噌汁と、
シャキシャキした千切りキャベツや、さわやかなくし切りのトマトが添えられた、
半熟の目玉焼きに焦げ目のついたソーセージという、和洋折衷の朝食に箸をつける。
これは普通、のハズだ……ただし、娘の食べる量が、
成人男性並みなのは、うーん……娘の職業を考えると、普通、だろう。
わたしの娘の職業?
ガイア連合所属のデビルバスターにして黒札という、
普通という単語からは、実にかけ離れたシロモノだ。
だからわたしは、この1年半、ずっと悩んでいる。
わたしと妻と娘たちは、
朝食とその後片付け(は、白い少女こと、マシロさんが済ませてくれた)と身支度をして、
わたしたちは、今日もガイア連合福島支部へと出勤する。
ここはどうも設立されて若い支部のせいか、慢性的に人手が足りていない。
おかげで、わたしのような成りたてのにわか覚醒者から、
昨晩から夜勤で働きづめだった妻、黒札を与えられて2年未満の娘に至るまで、
何かしらやらねばならない業務が、日夜わんさか押し寄せてくるわけだ。
……わたしも妻も娘も、ほんの1年半前までは、まっさらの一般人だったんだけどなあ。
さて、今日のわたしがするべき業務は……娘の高校(とガイア連合)の先輩だという、
高学年の男子小学生か、さもなくば女子中学生にしか見えない若者との、
福島県中通りにある、霊的スポットの巡回、らしい。
朝礼(あるんだよ、少なくともガイ連福島支部では)で、
紫がかった髪を三つ編みにまとめた女性の支部長から、そう指示があった。
余談だが、この
影の支部長ともいえる、白髪の小柄な少女にしか見えない、
容姿の整った若々しい……いや、あどけない顔立ちの人物が多いなあ、ここは。
わたしの妻も、黒井くんの母上とおばあさまも、
彼女たちや彼と、同じカテゴリーに該当する女性なのが、うん。
それについて考えると、なんだか微妙な気持ちになることがたまにある。
「
「コーイチ、覚醒者トハ、
イヌハニワノオレニハ、容姿ノ美醜ハ、ヨク分カラン概念ダガ」
などと、ここに来た頃の酒の席で、苦笑を浮かべた黒井くんの父上と、
黒井くんの使い魔だと名乗る、普段のサラブレッドサイズから、
スマートフォンのストラップサイズに縮小した、
どこかカタコトめいた日本語を話す、黒いイヌ型埴輪に言われはしたが。
現在に話を戻そう。
朝礼の席、というか散会時に、わたしと娘たちは、やっと妻と朝のあいさつを交わした。
見たところ、ほんの少し疲れがあるようだ。
でも、わたしたちの姿を見て安心したような笑顔は、いつも通りまぶしい。
娘たちとのコミュニケーションも上々のようで、何よりだと思う。
……ただ、娘とマシロさんから、わたしに移った妻の視線が、その……。
湿度と、重さと、食欲とは似て非なる熱を帯びた執着にみなぎっていたのは、
いつものことながら、少し怖かった。
この1年半、ずーっと妻がそんな目で見てくるけれど、
3日に2日は押し倒…のしかから…むしゃぶ…求められているけれど、
「どこで覚えたそんな
「マシロさんが山梨で買った本からです!」と満面の笑みで即答された。
四十路超えの経産婦とは思えない無邪気な愛らしさと、
欲望に蕩けきったケダモノが同居する、なんともいえない
コトが済んでからふたりでその本を読んだり書かれていた内容を再度徹夜で実践したりして、
翌朝娘にイチゴが潰れたような色の目で見られてしまった──目に遭わされたりしているけれど。
黒井くんとその父上と、この支部の専属医だという、
長い髪と顔の大きな傷跡が目立つ青年の、憐れみの視線が、
黒井くんの奥さんだという、彼とお揃いな首元の赤い刺青と、
金髪と童顔と目立ち始めてきたお腹が印象的な、背の高い美人と、
妻の仕事上のパートナーだという白髪の少女……にしか見えないご老人と、
おまけに
と言いますかナナコさんにヒノエさん、「わかってますよ」ってやさしい笑顔と、
利き手の握り拳の人差し指と中指の間から親指を突き出す手つきはやめてください、
ほら黒井さんと有斗くんと明日子の目が死んだ、マシロさんは満面の笑顔だけど。
ああでも赤らめた頬を手で抑えたあんずは可愛いなあ、コレわたしの家内なんですよ。
あ、帰り際に投げキッスされた……うーん、なんだか妻は、日を追うごとに、
魅力的かつ積極的になっていってると思うんですけど、どう思いますか皆さん?
「自重してください」
「ウチええと思うんよ、ビビアンちゃん風に言うたら『グーなのです!』やね」
「ちょーっと目の毒だから勘弁してほしいかなあ……」
「わーゆーとさんのおとーさんバッサリー、あときくりさんごめんなさい!
ただ色ボケなのはナナコさんとゆーとさんだけでいいとボクは思うんですけどねえ!!」
「アスコ、アレラガオマエノ母ト父ダ、認知シロ、オレモゴスト姉ヲ認知シタンダゾ」
「たはは……って誰が血統書付きの色ボケワン公だっつーんですか!!」
「「「「「豆柴ニキ」」」」」「ゆーとさん」「ゴス以外ニ居ルカ?」
「みんなハモらんといてや、さすがに
「「「「「「
「……ゆーちゃん、みんながきびしーわ」
「ごめんナナさん、
「ゆーちゃんのスケベ!!」
「……
「さすがに、悪魔の生まれ変わりだから、黒札だからしかたない、では済ませたくないなこりゃ」
「「スンマセン」」
「有斗お、3人目は
ナナコさんもハア、おねげすっから、男児産んでくんちぇ」
「まかしとき! 3度目の正直やね!」
「ううむ、男の子にこだわることもない、とワシは思うがな」
「技師さん、オレもな、男児でも
「にしても立ち直りはえーなこのヤンママ! ボクも手のひら返すのは得意だけどヒくわ!」
「ってだーれがヤンママやっちゅーねん!! それ言うたら戦争やねんであっちゃん!!」
「ナナコさん、金髪と首のタトゥーはね、ヤンママ呼ばわりでもしゃーないと思うよ、わたしも」
「ガフッ」
「ゆーとさんが死んだ!」
「この人でなし、なんて言うわけないでしょ、残当よ」
「わー
「た、タトゥーならきくりはんかて右手の甲にガッツリ入ってはる*1やないですか!」
「……若気の至りだったかもしんない」
「んん、有斗とナナコさんの
だけんじょ、きくりさんの手のズガは……
「…………」
「
「はいはいディアディア……クロアネキはこうはならないでほしいな、
俺もきくりネキの内臓を治すのはそろそろしんどくなってるんだからさ。
……黒医者ニキが言ってた、
『豆柴ニキと、そのシキガミには気をつけろ真人ニキ、
ヤツらは想像の斜め下にイキやがる』ってのはこういうことかあ……」
「デスヨネー、お労しや 黒上」
「……ナナコさん、くいしばり発動してませんか?」
「言わんといてやマシロちゃん、ウチかてお腹に子ぉいてはるおかあはんやもん、
恥ずかしーくらいでいちいちマイッターしてられへんもん、
「ナナコ、ドウ考エテモ阿呆ナノハ、タダオデハナク、ゴストオマエダゾ。
主ト姉ガコンナザマデ、オレハ実ニ恥ズカシインダガ。
ダカラ、ヒノエトホクトトユーキトユーナト、オマエノ腹ノ中ノ……コトナダッタナ、
ソノ5人ニ、ゴメンナサイシテオケ」
「……うがあああん! ゆーちゃあん! アル公がいじめくさるねんけどー!!!?」
「アルト、言い過ぎだ」
「ダガナァゴス、ゴスモナナコモ、コレクライハ言ワント、
マタゾロ理由ヲツケテ、物陰ヤ屋外デ、乳繰リ合ウツモリナンダロウ?
イッタイ何ガ、ゴストナナコヲ、ソンナニ駆リ立テルンダ?」
「ゆーちゃんと目ぇ合ったり、ゆーちゃんの鎖骨見えたりしたら、シたなるやろ」
「普段頼んだら悲しい顔される、後ろから、のハードルが下がるというか、地べたにめり込むから、つい」
「「「
「……オレもなげぇつきあいだけんじょ、息子夫婦の訛りはハア、初めで聞いだわ」
「本当に『つい』じゃないんですよ、いくらハマで汚れと臭いは落とせるとしても、
さすがにアオカ◯なんか売り物にはしたくないんですから、きくりネキのライブとは違って」
「やだなー、福島名物おねショタ◯オカンDVDとか……。
ボクでも買い手がそれなりに思い浮かぶし、余計にね」
「……ウチもさすがに本番まな板ショーするつもりはあらへんよ?」
「「「「「「「「「「
「ゆーちゃん! 福島支部のみんなとあっちゃんとアル公だけやのーて、
おかあはんとおとはんとばーさんまでハモりツッコミするよーになってもーた!」
「ごめんねナナさん、おれにできることはふたり分謝ることだけだわ」
「違うでしょ有斗、そういうはしたない事は二度としないで」
「かえすことばもない、もうしません、と言いますかもうしてません」
「いつまでそんなことをしてたんだ……」
「ナナコガユーナヲ産ンダ頃マデハ確実ニシクサッテイタナ」
「聞きたくなかった!」
「聞いてほしくなかった!」
「わたしたちとしては聞かせてほしくなかったんだけど?」
「はい、もうしわけありません」
「そういえばナナコさん、後ろから、はお嫌いなんですか?」
「マシロちゃん、顔も見えんしチューもでけへんとか、シたくなる理由あるん?」
「んー、ないですね! じゃあ何で豆柴ニキさんは、後ろからが好きなんですか?」
「真正面がらハア聞かねでくいよ、じゃなくて、ナナさんの反応が良くわかるから、かな」
「えー、ウチの顔見えへんのに?」
「あっ(察し) ……いつもより締まるんですねわかりまぐえー!」
「ウチいつでもキッツキツやもん、ゆーちゃんの子ぉ産んだげたけど、ガバガバになってへんもん。
イヤ、かーええかーええゆーちゃんのゆーちゃんで、ガバガバになるわけあらへんやないかいあだ!」
「んんっ、ナナさんも明日子さんもすこーしお口チャックしようがはっ!?」
「おお見事な小内刈り、お客を呼べるレベルですね」
「だけんじょウチの孫はだらしねな、
「俺としては息子が嫁さんのコメカミにデコピン食らわした時の音と首の角度の方が不安になるんだが」
「んー、ほぼ音だけですねこれは、ほら、ナナコさんもピンピンしてますし」
「きくりはん、ウチ妊婦なんやけど、もー少し労ってくれてもええと思わん?」
「だからってボクのつむじに握った中指の第2関節めり込ます*3のはどうなんですかねえ!?」
「ますたあ、さすがにあれはセクハラだと思う……」
「はー……家族会議も、痴話喧嘩も、先輩後輩のスキンシップも、続きは勤務時間後にしなさい、イイネ?」
「「「「「「アッハイ」」」」」」
「ナア、キクリ、ヤハリコノ支部ノ支配者ハ、ナヒタナノデハ?」
「言わないでアルトくん、わりとそう思ってるから」
……自分でふっといて何だが、こんなんでいいのか、ここ。
やっぱりガイア連合って、普通では、ない。
タマヤ与太郎さん、でっち上げた真人ニキの本名の追認、ありがとうございました。
でもドカルトニキや大使ニキの名前まではさすがになあ……。
誰なんだ、豆柴ニキのアガシオンやばあちゃんが、黒札をはじめとした他者を、
イチイチ本名で呼ぶなんてめんどくせえ設定を付けたバカタレは(わたしです)
それにしても、ナナコさんが喋るだけで、他の人までツッコミだして、
会話部分だけとはいえ、文字数がどんどん増えていくのがびっくりです。
余談ですが、刺青を「ズガ」と呼ぶのは、アラ80なうちのじーさんだけかもしれません。