刃物語   作:全智一皆

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頭を回して
剣を振るって
それでも答えが出ないものは

配点(戦う理由)



第二話『平行線の剣士』

 

■  ■

 爆音が連続する。

 風圧が勢いよく空を殴り、地上のあらゆる悉くを吹き飛ばさん勢いで、艦全体に豪風が押し寄せる。まるで嵐が直接殴り掛かってきたかの如きそれに、

 

『『『お前いい加減にしろォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』』』

「「「「「「「「「こっちの事も考えろよバカ野郎ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」

 

 武蔵の住人とアリアダスト教導院の生徒達は、思いっ切り不満を爆発させた。

 

 全刀流・七の構え『空木(うつぎ)』。まるで居合を構えるかの様に、極度に腰を落とした体勢から放たれるのは、しかし剣技ではなく単なる歩法だった。

 ―――『爆縮地』。

 ()()()()()()()において、日本最強の称号を得た伝説の剣聖が用いていたとされる歩法である。

 かつて、その剣聖と一人の剣士によって行われた決闘があった。その舞台となった、剣士達の聖地の一つとされる孤島の地面は、広く抉れたとされている。

 その歩法を、島の地面を大きく抉る程の衝撃を奔らせる走法を遠慮なく用いて、文字通りの『爆走』をこなした錆に、“武蔵”の住人達が怒りを爆発させる事は何ら不思議な事ではなかった。

 

「大丈夫か、向井? 一応、抑えては走ってるつもりなんだけど」

「わ、わたしは、だ、大丈夫、だけ、ど……その、皆、は…」

「え? あー……お前ら大丈夫かー?」

「「「遅ぇよッッッッッッッッッッ!?!?!?!?!?」」」

 

 全く感情の篭っていないものの、クラスメイトを心配する言葉に帰ってきたのは、残念ながらクラスメイトからの批判だった。ぶっちゃけずとも普通に妥当である。

 

「カイチョー! 鈴ちゃんおんぶ出来るからって突っ走り過ぎだよー!」

「ナイト殿の言う通りでござるよ、灰燼殿! というかそこは普通お姫様抱っこでは!? 何故におんぶ!?」

「馬鹿言ってんじゃないわよ、半蔵! そんなの―――鈴の慎ましやかなおっぺぇとほんのりとした体温をその背中で感じられる上に吐息が耳に掛かるのが最高だからに決まってんでしょ!!! この賢姉にはなんでもお見通しなんだから! 本当にムッツリな野郎ね灰燼!」

「殺したい…! 今すぐこの場でコイツを剣の錆にしてそこら辺にゴミを捨てるかの如くに投げ捨てたいっ…!!!」

 

 わりとガチな殺意に駆られ、その足が止まりそうになるのを何とか抑え込む錆。

 勝手にあられもない性癖を押し付けられるのは普通に不愉快極まりない。今すぐこの場であの下ネタ大好き生真面目愚姉を叩き切りたい事この上ないが、今は我慢しろ錆灰燼。

 鈴を乗せている手前、そんな荒事は起こせない。目が見えていないとは言え、純真たる彼女の耳にスプラッターでグロテスクな音声を残してはいけない。冷静さを取り戻せ錆灰燼…!

 

「か、カイ、くん?」

「聞き流してくれると嬉しいなぁ、俺は」

「ふ、ふー、って、した方が、いい?」

 

 残念、聞き流してはくれないらしかった。

 あんなに内気だった子が、こうして自分には悪戯心を出してくれている―――それが好意だと本気で気付かない辺り、中々に鈍感な野郎である―――のを嬉しく思う反面、今はちょっと遠慮願いたかった。

 

「気持ちは嬉しいけど遠慮しておくよ。おい浅間ァ! ちょっと今すぐそこのド変態女の脳天ズドンと抜いてもらって良いかなぁ!? 俺ちょっと両手塞がってるからさァ!」

「気持ちは分かりますけど落ち着いてください!? というか私達の目的忘れてませんか!?」

「じゃあミトツダイラ! お前の『銀鎖』で其奴縛っといてくんねぇかな!? 出来れば口だけで! 変に縛ると其奴喜びそうだから!」

「そうして差し上げたいのは山々ですが、そう簡単に出せるものじゃありませんのよ!? というか副長、此処ワタクシの領地ですのよ!? そんなに荒らさないでいただけますっ!?」

 

 屋根の上を爆走する錆と、その風圧に抗いながら屋根の上を走る浅間と喜美に続く様に地面を疾走する、銀髪ロールのぺったん()―――「誰がぺったん娘ですの!?」―――こと、ネイト・ミトツダイラには、無理を言うなと返答されるばかりだった。

 彼女は“武蔵”の民を守る騎士である。ここら一帯が彼女の管轄であり領地な訳だが、それが現在進行形で尋常ではない風圧と衝撃によってズタボロにされつつあるのだ。

 

「だーっ、本当にもどかしいっ! テメェいつか絶対に刀の錆にしてやるから覚悟しとけよエロ女ァッッッ!!!」

「やれるものならやってみなさいな! この賢姉を錆に出来るものならね! あ、でも奥義は使っちゃダメよ? 本気で死んじゃうから!」

「勇気があるのか臆病なのかどっちだよお前!?」

「というかそろそろ走るの疲れてきたわ。灰燼、この賢姉にその首貸しなさい! ポールの如くぶら下がってあげるから!」

「お前がぶら下がったら髪とか巻き込んで諸々危ねぇだろうがバーカッ!」

「罵倒と心配が入り交じってますわよっ!?」

 

 言葉は荒いし暴言は出るが、しかし決して錆も本気で彼女を嫌っている訳ではない。確かに下ネタやらの絡みはうざったいと常日頃から思っているものの、それはそれだ。

 何より、彼女に首なんかにぶら下がられたら確実に首がへし折れる。音を立てながらポッキリと。なんならポールダンスの如くにぶら下がられたら前が見えない。

 色々と軽量な鈴ならともかくとして、この女は髪も胸も足も声も色々とボリューミーなのである。はっきり言って目に毒である。

 

「あはは……カイくんは相変わらず、素直じゃないですね」

「う、うん。や、やっぱり、優し、い、ね」

「えぇ。あ、それはそれとしてカイくん。ちょっとスピード落として貰っても良いですか? 風圧で軌道がズレそうなので」

「切り替えの速さよ……はぁ、Jud.(了解)Jud.(了解)

「ありがとうございます。ペルソナくん、足場頼みます!」

「……」

 

 ぐっ、と水平線に振り上げた掌を足場とし、浅間・智は弓に矢を番えながら左目の翠眼―――木葉(コノハ)という名の義眼―――を、今も身軽に逃げ続けるオリオトライに向けて凝らす。

 

「浅間神社経由で神奏術の術式を使用します」

【はーい♪】

 

 繋いだ言葉に答える様に、浅間の襟下からぴょいっと飛び出たのは、掌に乗せられる程の大きさのマスコット―――二頭身姿の可愛らしい巫女―――浅間・智の走狗(マウス)、ハナミである。

 

「お、ハナミだ。久しぶりじゃん」

【カイくんだー 久しぶりー また遊びに来てねー】

「暇があったらな。仕事頑張れよ」

【がんばるー♪】

「もう、2人共っ!……浅間の神音狩りを代演奉納で用います! 射撃物の停滞と外逸と障害の『三種祓い』! あと照準添付の合計四術式を通神祈願で」

【んー 神音術式四つだから代演四つ いける?】

「Jud.」

 

 浅間は、この武蔵住人達の神との契約や術式契約、走狗契約などを担っており、解約率は2%を切ると言う浅間神社の巫女である。

 そんな彼女は浅間神社を経由して術式を使用する。術式の禊ぎによって解き放たれる弓矢はもはや砲撃と何ら遜色なく、聖連所属の陣営の艦の砲撃と真っ向から撃ち合える程だ。

 武蔵の術式は主に神奏術。神への代演として何らかの奉納を行い、それが認められる事で様々な力を得る。巫女である浅間も勿論例外ではない。

 今回は矢の停滞、ズレ、障害を禊いだ三種祓い。それに加えて木葉への照準の補正が掛かり、その矢はまさしく一射必中!

 

「代演として―――二代演分を昼食と夕食の五穀をそれぞれ奉納! 一代演として二時間の神楽舞! 最後の一代演として、二時間ハナミとお散歩とお話! これで合計四代演! ハナミ、OKだったら加護ちょうだい!」

【んー OK! 許可でたよ 四代演頑張って 『拍手』!】

 

(多分これいなされるよなぁ……」

「カイくん! 不安にする様な事言わないでくださいっ!?」

「やべ漏れてた」

「えっなになに!? 灰燼まさかのこの歳にもなっておもら」

「おめぇはだぁってろバーカ!」

「全くもう! 義眼・コノハ―――合いました!」

 

 その言葉と共に、一射が解き放たれる。

 加護を受け取り、燐光を発しながら天を走り抜ける矢は尋常ではない速度を以て、不規則な軌道を描きながらオリオトライへと特攻する。

 物理法則を無視するかの様な機動で宙を巡る矢は、その全貌を視界に捉える事すら困難。だが、オリオトライはにやりと笑って背負った剣を僅かに抜き、それを戻して一振り。

 加護を得たとは言え所詮は矢だ。IZUMO製の長剣、それをリアルアマゾネスと呼称される程の運動能力を有するオリオトライが振るうのだ。直撃すれば、矢も容易くへし折れる。

 

「無駄です! 回り込みます!」

「へぇ…!」

 

 ぶんっ、と振り下ろされた長剣が虚空を斬る。矢をへし折ると思った一閃を掻い潜り、矢はオリオトライに肉薄し、そして派手な音と共に炸裂した。

 よし…! と、巫女がガッツポーズを決め、半蔵が、

 

「やったでござるか!?」

 

 とお決まりの台詞を言ったのに対して、錆は終わってねぇよとそれを否定した。

 

「さっすが灰燼、よく見抜いたわね!」

 

 煙が晴れるのに大した時間は掛からなかった。オリオトライは傷一つ負っていない姿のまま、ひらりと身軽に逃亡を再開してみせた。

 

「なっ…!? 当たってない!? うぅ、お昼と晩御飯が……」

「…後で弁当分けてやるよ。だからそう落ち込むなって。トゥーサン、解説」

『Jud.、掻い摘んで言えば髪をチャフにしたんだ! 一瞬だけ抜いた長剣で毛先を切って、それをチャフ代わりにして矢の狙いを逸らした。例え毛先だけでも、結局のところ先生の体の一部である事に変わりはないから!』

 

 一瞬だけ長剣を抜いて戻したのは、つまりそういう事だった。まるで逡巡しているかの様にも見えたあの行動には、確かな意味があったのだ。

 狙いは確かだった。放たれた一射は必中だった。それは変わりない。だが、必中は正確に、的確に、狙いを定めてはいなかった。

 例え髪の毛一本であろうと標的は標的。標的の立派な体の一部だ。引き抜いた剣身で毛先を切ってチャフの如くに散布し、矢の狙いはそれへ見事に流れたのだ。

 

「多分振り下ろし(アレ)も陽動だったんだろうな、矢に対する。自分の毛先がジャストで当たる様に誘導する為の攻撃だったんだ」

「本当によく見てるわねー、感心感心! というか、当たり前に追い付いてくるじゃない。本当にそれで速度抑えてるの?」

 

 余裕の笑みを崩してこそいないが―――実際、今はまだ余裕だが―――オリオトライの内心には、既に錆への容赦などなかった。

 錆灰燼。“武蔵”の『副長』。この“武蔵”における絶対的な武力にして暴力。聖連が武蔵に許した―――否、聖連という組織全体が、その存在を許さざるを得なかった唯一無二の個人。

 ()()()()()()()の中に隠れた技術(ちから)の忘れ形見(刀身)。人間の領域から遥かに逸脱した人外の如き人間を相手にして、もはや教師として戦う事など出来る訳もなく。

 そもそも体を動かす授業に参加する事自体が間違いとすら言える程に、己が力を持て余している彼だ。今回の縛りすら、彼女からしてみれば実に生温い。

 

「当たり前でしょ。全力で走ったら向井吹っ飛んじゃいそうだし」

「だ、だいじょう、ぶ、だよ? か、カイくん、に、捕まって、る、から」

「それでも衝撃は来るだろ? 危ないからやんないよ」

 

 そんな本人は、彼女の気も知らずにクラスメイトとの会話に花を咲かせるばかりだ。こっちからどついてやろうかと柄に手を伸ばし掛けるが、おっといけないと、それを抑えた。

 錆は鈴を背負っているのだ。自分が長剣なんて振り回せば鈴にも当たるかもしれない。梅組の数少ない、というか唯一無二の良心である彼女にそんな乱暴な事は、担任であるオリオトライにも出来そうになかった。

 

「微笑ましいわねー、ホントに。あーあ、私も春が欲しいなー!」

「ガッちゃんガッちゃん、先生が春を嘆いてるよ! あとカイチョーがまた鈴ちゃんとイチャついてる!」

「カイ、どうせイチャつくならもっとネタが湧く様なイチャつきしなさいよ。仕事果たして、役目でしょ」

「誰がイチャついてんだよ、誰が。つーか年がら年中くっついてるお前らに言われたくないね。無駄口叩いてないでさっさと撃てよ、オセロ共。もう“品川”着くぞ、先生」

 

 時間は僅か数十分と言った所か。まだその程度の時間しか経っていないというのに、気が付けばゴールは目の前まで近付いてきている。

 急かされるままに速度を上げ、二人の魔女が天を舞う。

 

「行くわよ、マルゴット!」

「了解、ガッちゃん!」

 

 黒嬢(シュヴァルツ・フローレン)白嬢(ヴァイス・フローレン)、合わせて双嬢(ツヴァイ・フローレン)―――“武蔵”に居を構える魔女が、砲撃ならぬ放撃を開始した。

 まぁ、その内の幾つかはカイの方に飛んで行った訳だが。

 

「うわっ、危ねぇな! おい黒オセロ!」

「あら何かしらムッツリ副カイチョー」

「よし絶対に斬るマジで斬るガチで斬る必ず斬る、斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る…………………………!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「やっば地雷踏んだわ。……逃げるわよマルゴット!」

「わわっ、ごめんねカイチョー!」

 

 敵前逃亡(ガチ)である。この場合、オリオトライは背を向けているので敵後逃亡と言うべきなのかもしれないが、取り敢えず逃亡である。

 どうにも錆とナルゼは犬猿の仲らしい。錆が武蔵に来て、梅組と知り合ってから数年くらいが立つ訳だが、錆が声を荒らげるのは喜美とナルゼ、そして我らが総長「葵・トーリ」くらいのものだ。

 渾名で呼んでいる所を見るに、ただ仲が悪いという訳ではなさそうだが、それはまぁ何とも言えぬ所か。

 

 まぁ、ともかく。

 3年梅組、結果は不達成。誰一人として、サボりという報酬を得る事は出来なかった。

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