ゴーティス使い俺、呪術の次元は禁止カードが多すぎる【改訂版】 作:月日は花客
遊海宙という男は、呪霊に受肉した宿儺の指のひとつだ。
しかし、その内部は別の何かによって変質しており、両面宿儺としての意識は無く、ただ一人の人間のように振る舞う奇特な受肉体だった。
「なー先生、アイツあんな放任してていいの?」
受肉の瞬間に立ち会ったのは五条、虎杖、宿儺の三名。彼らは受肉させた呪霊がみるみるうちに人──少々髪色が派手な大学生ほどの男性──の姿に変わるのを見ていた。
彼は受肉するや否や、人を襲うどころかにこやかに微笑んで自己紹介してみせた。
「あれでいいんだよ。遊海とは縛りを結んでる」
「縛りって……行動を制限するみたいな?」
「いいや、むしろその逆。遊海の行動を制限しない限り、アイツは人にかすり傷だって作らないっていう縛りさ」
「はぁ!? そんな縛りを結んで、呪霊側になんの価値があるんだよ!?」
虎杖は驚く。
呪霊というのは、人の怨念や負の感情からなる集合体。当然、根源である人を襲うような存在だ。だから、自由になる代わりに人を襲わないというのは、呪霊側にとってどんなメリットがあるのか知れなかった。
「アイツは宿儺の指の中にずーっと閉じ込められてたんだ。だから、自由が欲しい。こちらとしても、軽率に祓いに行って犠牲を出すよりは平和な縛りで制限しておいた方がいい。それに、彼は人を攻撃することに快感もなにも覚えてなかったようだしね」
「だからって、補助監督ひとりしか付けずに行動させるとか……」
「監視の目を付けさせてくれただけ僥倖さ。なんせそれが自由を奪う行為だと言われたら言い返せないからね」
彼は補助監督となかなか気安い関係になれないと悩むくらいは人の心を待っている。とうぜん特級呪霊と仲良くつるむなんてこと、補助監督にはとんでもないことだろうが、彼は彼なりに監視の目と仲良くしたいらしい。
今度ラーメンにでも誘ってみようかな、なんて言っていたのは五条の記憶に新しい。
補助監督を常時付けること、行動範囲は関東のみ、術式使用は許可しているが、術師以外に使った時点で害をなしたと看做す。
それが五条が遊海と縛りを交わした時につけた条件だ。それ以外は何をしてもいい。寝ようが、遊園地に行こうが、ラーメンを食べに行こうが止めない。
幸い彼は他人の仕事を邪魔しない常識を持っていたので、補助監督の交代作業や書類整理などもつつがなく進められている。むしろ オフィスソフトやデザインサイトを使って仕事を手伝ってくれるくらいだという。
「自由なのが何より一番嬉しいからな、このくらい訳ないぜ」
そう本人は言っていたらしい。
「でも、危険な特級呪霊ってのは変わりないだろ? 術式だって五条先生でも手に負えないくらい複雑みたいだし」
「確かに彼の術式は訳がわからない。本人曰くカードゲームと言っていたけど、あれは九龍城みたいなものさ。どこにどんな通路がつながっているのかわからない」
「なー宿儺、本当に心当たりないのかよ」
「知らん。あれは勝手に発生していた異物だ。俺とは関係ない」
虎杖は教室の机をガタガタと揺らした。あの特級呪霊はなんなのだろう、仲良くできるならしたいが、真人のような存在を知ってしまっている以上簡単に心を許すこともできないでいた。
「アイツさ、俺に『警戒されるのは分かる。いつか俺の握手くらいは受けてもらえると嬉しい』なんて言ってきたんだ」
「遊海は遊海で、他人との距離感ってのがわかってるもんねぇ、野薔薇なんて完全に荷物持ちに使ってたことあったし」
ショッピングに付き合いなさい! 荷物持ちとして! と釘崎が遊海に言ったとき、伏黒と虎杖は思わず臨戦態勢に入った。確実に遊海がキレると思ったのだ。
しかし、彼はそんな面一瞬も見せず、「いいぜ、何が狙いだ? コスメか、ファッションか?」と笑って見せた。あまりの事に緊迫した空気は一瞬で脱力し、虎杖と伏黒は不必要に胃を痛めた。
「ああでも、アイツたまにすっごい無表情になんだよ」
「無表情? 遊海っていつもニコニコしてる印象だけど」
「いや……なんか、俺も一度しか見た事ないんだけど」
あれは教室に忘れ物をとりに来た時だった。窓際の席に遊海が座り、何かを手元で弄っていたのだ。
その横顔は、ゾッとするほどの無表情。何も考えず、何も感じてない。ただ時の流れを無為に待っているだけの、光の無い瞳だった。
手にあるのはよくわからないカードたちで、おそらく遊海の術式だと思われる。彼は高専内でも術式を使うことを許可されていたが、何をやっているのだろう?
虎杖は疑問に思うも、その無表情がバリアを張っているように強固に他者を拒絶していて、むしろ息を殺してしまった。
「あれは怖かったなー、なんか、宿儺とはまた違う迫力だった」
「そういえば、遊海ってずっと『遊戯王』っていう自分の術式と向き合うしか指の中でする事がなかったんでしょ? それの名残りじゃない?」
「だとしても、あんなプレッシャーあるかよ……」
まさに静かな鬼人といった風貌だった。なんだか見ていると背筋が凍って、その冷たさと圧に深海を思わせる体感が襲ってくる。
ぞぞ、と虎杖は自分の二の腕を撫でた。
「アイツ、まだよくわかんねーよ……温厚で人の味方なのか、呪霊なのか」
「今のところ、彼が縛りを破る素振りは見せていない……マ、慣れだね。頑張れ悠仁」
「うへぇ……」
虎杖はべ、と舌を出す。もし彼が人に害をなしたときは容赦なく祓うだろうが、あの冷たい表情はなんだか……己自身に向けられていたような……? 虎杖の感受性は少なくともそう感じ取っていた。定かではないが。
「おー! 虎杖君と五条じゃん、これから補助監督の人とラーメン食べに行くんだけど、お前らも行くかー?」
「噂をすれば」
廊下からひょっこりと顔を覗かせたのは、五条より深く青い瞳を讃えた男。
ニコニコと歯を見せて笑っている後ろに、断りきれなかったらしい補助監督が諦めたような顔をして立っていた。黒いスーツに白い顔が映えている。
「ラーメン食べながら俺の術式の魅力でも語ってやろーかと思っててさ! そーいえばお前らに遊戯王勧めたことなかったって思い出して! もーこれには遊海さんもビックリですよ」
「えー、じゃあ行こうかな。っていうか、遊海って金持ってるの?」
「書類整理とExcelの関数手伝ったらお駄賃貰った!」
「あー……」
そうだ、彼はそこそこ優秀なのだった。それこそ下手な術師より補助監督の仕事を手伝っている。
「虎杖君は?」
「俺は……じゃあ行く。その遊戯王ってやつがなんなのか教えてよ」
「おお! ご新規は歓迎歓迎大歓迎! これにはバンデッド・キースさんもニッコリ。なんか高専近くに豚骨系で美味いラーメン屋があるらしいからそこ行こうぜ!!」
ニパニパと笑う彼の表情筋は、まるで太陽を通したビー玉のように反射して見える。その中に氷より冷たい無があるとは、とても思えなかった。
それでも虎杖は知っている、彼の心根にどうしようもない黒い沼だまりが燻っているのを。
ラーメンは美味しかった。替え玉もした。
Twitterアカウント作りました。
作品裏話とかマシュマロ返信してます。
@tukihihakakaku