月日は過ぎていく。
そして初星学園では、『H.I.F』の開催が間近となっていた。
『H.I.F』──『Hatsuboshi IDOL FESTIVAL』。学園で一番のアイドルを決める祭典であり、優勝者には『
「──ねえ、プロデューサー。わたしって、よく分からない生徒、なのかな」
ソファーベッドで休憩している篠澤さんが、脈絡なく、そんな事を尋ねてきた。
普段であればこの時間は座学だが、『H.I.F』の開催が近いという事もあり、プロデューサーが付いているアイドル科の生徒は自由時間となっている。その逆も然りだ。
俺はパソコンで見ていた学園内新聞のタブを閉じると、篠澤さんに視線だけ送る。
「急にどうかしましたか?」
「この前、ダンストレーナーに言われた」
答えにならない返答に、俺は溜息を吐いた。
ノートパソコンを閉じ、俺は椅子から立つとソファーベッドに向かった。横になっている篠澤さんを、端座位の姿勢になるよう一部介助する。
「ふふ。プロデューサー、とても、上手」
「まさかこんなにも早く、介護の勉強をするとは思いませんでしたよ」
「でも、いざって時に、役立つ……かも?」
そこは断言して欲しかった。
俺は篠澤さんの隣に座ると、「それで?」と話の続きを促す。
「俺にも分かるよう、もっと噛み砕いて事の経緯を説明して下さい」
「うん」
首肯し、篠澤さんはぽつりぽつりと話し始めた。
「今、学園では『H.I.F』の話題でいっぱい。佑芽も千奈も、その話をよくしてる。佑芽はお姉ちゃんと勝負するって燃えているし、千奈も、『H.I.F』には出られないけど、千奈のプロデューサーがクビにならないよう頑張っている」
何だか一つ気になる事があったが、此処は触れないでおこう。
「トレーナー達も、いつも以上に、熱心に指導してくれる」
「そうでしょうね。力が入るのは当然です」
「うん。でも、わたしは……普通のレッスンさえ、まともにクリア出来ない。時々出来るけど、その後は筋肉痛だし、次のレッスンは出来ない。お休みしてる。パーフェクトには程遠い」
「そうですね。寧ろ、倒れていないのが奇跡とも言えます」
率直に言うと、篠澤さんは微笑を浮かべた。
「ふふ。倒れる訳には、行かない。もしそうなったら、プロデューサー、心配するから。それは、わたしの望む事じゃ、ない」
「……ありがとうございます」
視線を逸らし、俺はお礼を言った。「どういたしまして」とすぐに返事が来る。
俺はごほんと咳払いすると、話を戻した。
「……とはいえ、篠澤さんは着実に成長しています。亀のような歩きではありますが」
「ありがとう」
篠澤さんは続ける。
「それで、ね。トレーナーが、言ったの。『今年は『H.I.F』に出場出来なかったから、残念だな』って」
「ああ、なるほど」
話が少しずつ見えてきた。
トレーナーが言った事は何も間違いではない。『H.I.F』に出場する為には、大前提として
当然、
もし他のアイドル科の生徒──それこそ、月村さんにでも言おうものなら、こう言われるだろう。『寝言は寝て言え』と。
「多分、トレーナーは同情、してくれたんだと、思う」
「そうですね。トレーナーも、あなたの事は買ってくれている部分があります。『根性はある』と言っていましたよ」
「そうなんだ。──それで、ね。わたしは、その言葉を受けて、何も思わなかった、の」
俺は無言で、続きを促した。
「トレーナーに言われるまでもない。わたしは、『H.I.F』には到底出場出来ない。プロデューサーもそう思っていたから、話を振ってこなかったんだよね?」
「そうですね」
俺は即答した。そもそも『H.I.F』の
「プロデューサーのそういう所、好き、だよ」と篠澤さんは微笑むと、続けて言った。
「トレーナー、不思議に思ったんだと、思う。わたしが、きょとんって、してたから。それでね、聞かれた」
「何て聞かれたのですか?」
「『お前は、アイドルになりたくてこの学園に入ったんじゃないのか?』って」
篠澤さんの言葉は、とても静かだった。
そして。
俺はようやく、彼女と出会ってからずっと胸中にあった違和感の正体を知った。
「ああ、そっか……。そう言う事、なんですね……」
独り言を呟く俺を、篠澤さんが不思議そうに見詰める。
俺は、琥珀色の瞳を直視して得た答えを口にした。
「篠澤さん──あなたは、アイドルになりたくてこの学園に入った訳ではない。あなたは、アイドルを目指す為に、この学園に入った。そうなんですね?」
刹那、篠澤さんは笑った。
初めて他者と心を通わせた赤ん坊のように、無邪気で、無垢な花を咲かせる。
「プロデューサー、正解」
童女のように笑う彼女に、俺は続ける。
「多くの生徒は、『アイドルになる』という『結果』を求めている。しかし、あなたは違った。あなたは、『結果』ではなく『過程』にこそ意味を見出している」
「うん、うんっ。それで?」
「つまり──あなたの『夢』は、既に叶っているという事ですね」
俺が篠澤広という人間を理解出来なかった最大の理由が、そこにはあった。
着眼点が違ったのだ。前提が違ったのだ。何もヒントなしに、辿り着ける訳がない。
口から出そうになる激情を、何とか留めていると。
「わたし、ね」
ぽつりと、篠澤さんはおもむろに言った。
そして、彼女の独白は始まる。
「この学園に来る前までは、ずっと、得意な事ばかりやってきた。何をやっても上手くいって、苦しい事なんてなんにもなくて……」
知っている。
篠澤広という人間の経歴を、プロデューサーである俺は知っている。
「みんながわたしに期待した。みんながわたしを褒めてくれた」
「だけど」と篠澤さんはとても無機質な声で言った。
「──
どうか、そんな平坦に言わないで欲しい。
そんな風に口走りそうになる衝動を、俺は歯噛みして抑える。
「だから、ね。逆をやろうと思ったの。向いていない事を頑張るのはとっても新鮮で、面白そうに思えた」
「……それで、アイドルになろうとしたんですか?」
「うん。歌って、踊って、可愛くて。
「ねえ、プロデューサー」と、篠澤さんが琥珀色の瞳で想いを教えてくる。
「わたし、ね。今が、とても楽しい。この学園に来て、初めて、友達が出来た。それでね。アイドルを目指して、頑張ってる今が、すごく、楽しい」
それまで定まっていた瞳を揺らし、篠澤さんは不安そうに首を傾げた。
「でも、それって、駄目な事?」
彼女と出会って初めて聞く、弱音。
そして俺は、長い葛藤の末、答えた。
「良いのか、悪いのか。それは、何とも言えません」
「……そっか」
「ただ、アイドルにはなりたいのですよね? それは決して嘘ではないのですよね?」
俺の質問に、篠澤さんはぱちくりと瞬きしてから頷く。
「他のみんなとは、違う、と思う。プロデューサーはさっき、わたしの『夢』はもう叶っているって、言ったけど、ちょっと違う。『夢』じゃ、ない」
「強いて言うなら」と、前置きし、彼女はこのように表現した。
「わたしのこれは、『趣味』、かな」
『夢』ではなく、『趣味』。
それが、篠澤広という少女が出した一つの結論だった。
そして、俺の中でも、一つの結論が出た瞬間だった。
「……ずっと、あなたの事が分からないでいました。そして今でも、それは解消されていません」
「そっか……。わたしの事、見限る……?」
「いいえ、
強く否定する俺に、篠澤さんは目を見張る。
「あなたの事はまだ理解出来ていませんが、それはそれとして、思った事を言います。──『趣味』でアイドル、良いではないですか」
「……良いの? だって、プロデューサー、そう言うの、嫌がるんじゃないの?」
「あなたが普段から俺の事をどう思っているのかじっくりと聞きたい所ですが……──『夢』だろうと、『趣味』だろうと、その動機は何だって良いと、俺は思っています」
俺は続けて言った。
「極論を言うのであれば、ファンを楽しませ、お金を稼ぐ事がアイドルの仕事です。ステージで活躍しているアイドル達も内心は、ちやほやされたいとか、もっとお金が欲しいとか思っているかもしれません。けれど、彼女達は決して、それをおくびにも出しません。篠澤さん、何故だか分かりますか?」
「……ううん。分からない。どうして?」
「それは、彼女達がプロだからです。アイドルという仕事に対して真摯であり、確かな矜持を持っているからです。超えちゃいけないラインとして、共通の意識を持っているからです」
逸れそうになる琥珀色の瞳を、俺は捕まえる。
「『趣味』でアイドル、あなたはそう言った。そしてあなたは、その為の努力をしている。本当に遅い速度ではあるけれど、出来ない事が出来るようになってきている。成長している。プロデューサーの俺が、それを保証します。そして、その本質は、アイドルを『夢』にしている他の生徒と全く同じものであり、他者から責められるものではない」
息を呑む、篠澤さん。
そんな彼女に、だから、と俺は言った。
「あなたは──アイドルだ」
俺の瞳と、彼女の瞳が交わる。
「──ありがとう」
はにかむ篠澤さん。
この時、俺達は初めて本当の意味で意思疎通を行ったのかもしれない。そんな手応えが、あった。
暫くして、篠澤さんは普段の表情になるとぽつりと言った。
「ねえ、プロデューサー」
「はい、篠澤さん」
「プロデューサーは、どうしてわたしのプロデューサーになってくれたの?」
その質問に、俺は即答出来なかった。
確かに俺達は意思疎通出来た。それは、間違いないのだろう。だが、それは何重にもある壁を一枚壊しただけ。
俺達にはまだ、それがある。
そして。
それを作っているのは他でもない、俺だ。
だから。
俺は、視線を逸らして、喘ぎながらこう返すので精一杯だった。
「そんなの、俺が知りたいくらいですよ」
『H.I.F』が始まった。
とはいえ、始まったのは本戦ではなく
会場である講堂は普段以上に賑わいを見せている。学園の一大イベントな為、学園の殆どの生徒は敵情視察を兼ねた観戦をしているのだ。学園関係者も
「本当に良いのですか? 観に行かなくて?」
背後にある喧騒から、離れていく。
俺は篠澤さんに誘われて外出をしていた。
正直、俺としては観ていたかったのだが……うちの担当アイドルは一度言い出すと聞かないという事を学習している為、仕方なく付き合っている。
俺の質問に、少し前を歩く彼女はこくりと頷いた。
「うん。佑芽達は必ず本戦に行くから。その時に、観る」
「それは良かったです。是非観に行って下さいね。それと、佑芽さんは分かりませんが……それこそ月村さんのライブは倍率が高いでしょうから、決まったらすぐにチケットを取る事をお勧めします」
ユニットを解散した事で、月村さんの実力は関係各所の間では疑問視されていた。しかし彼女はそれらを実力で黙らせ、優勝候補筆頭となっている。本人の実力はもちろんだが、あの先輩のプロデュースが関係しているのは間違いないだろう。
人気アイドルのチケット倍率はとても高く、価値がある。
初心者の篠澤さんに俺がそう助言すると、彼女は心底不思議そうに首を傾げた。
「プロデューサーも、一緒に、行くんだよ?」
「……何故?」
「むぅ。前に、約束した。覚えてない?」
「それは覚えていますが」と俺は前置きしてから、言った。
「てっきり、倉本さんと行くものだと思っていましたから」
「千奈は先生と行くって、言ってた」
「先生?」
「そう、先生」と、聞き慣れない単語に首を傾げる俺に、篠澤さんは復唱した。
篠澤さんの友人の一人である倉本千奈さんは、あの倉本家のご令嬢だ。そんな彼女なら、家庭教師がいたとしても何ら不思議ではない。
だがただの家庭教師が、アイドルのライブに付き添うのだろうか。
そんな疑問が浮かんだが、まあ、良いだろう。
「分かりました。それなら、チケットは俺にお任せ下さい。佑芽さんや月村さん、他にも、今年の実力者のチケットを獲得してみましょう」
「おぉ。プロデューサー、やる気に満ちてるね」
期待してる、と篠澤さんが微笑んだ。
「それで、今日は何処に行くのですか?」
「うん。今日は、ヘッドフォンを買いに行きたい」
何でも、これまで使っていた物が寿命を迎えたとの事。
「ちなみに予算は?」
「うん。手毬が、そこは妥協しちゃいけないって、言ってたから。幾らでも良いよ」
「なるほど」
俺は頷いた。
丁度良い機会だ、より専門的な音楽ショップを紹介するとしよう。
篠澤さんも了承し、俺達は学園の敷地内から出る。
「すっかりと夏ですね。篠澤さん、大丈夫ですか?」
数分もせず、汗が出始める。
俺の確認に、篠沢さんは弱弱しく答えた。
「……だいじょうぶ。いきてる、よ……。でも、ふふ、干からびちゃう、かも……」
担当アイドルに言われたくない言葉ランキングを、何故こうも簡単に更新出来るのだろうか。
とはいえ、今回ばかりは彼女の体力のなさを嘆く訳にも行かない。
実際、今年の夏は例年に比べてとても暑い。熱中症予防をするようにと、連日、テレビで報道されているくらいだ。
俺は、折り畳み式の日傘をバッグから取り出した。
「ほら、中に入って下さい」
日傘を広げ、手招きする。
「わぁ。ありがとう、プロデューサー。これ、結構良い物だね。わたしの為に買ってくれたの? わざわざ?」
嬉しそうに、揶揄うように俺を見上げてくる篠澤さん。
俺はそれに、ぶっきらぼうに答えた。
「……前に言ったでしょう。あなたに倒れられるのは、すっかりとトラウマになっているんです」
「そういう事に、しておく、ね」
その、わたしは全てを分かっているよと言わんばかりのドヤ顔をやめて欲しい。とても腹立たしいので。
「あつい……。やっぱり、わたしの身体は夏の暑さに、耐えられない……」
「ああ、もう。ほら、俺の腕を摑んで下さい」
「ふふ。いつもなら絶対にさせてくれないのに。それなら、夏も悪くないかも、ね」
そう言うと、篠澤さんは俺の右腕に抱き着いてきた。
抱き着いてくる彼女の力は、とても弱い。俺が少し振り払うだけで、吹き飛ばされるだろう。
「ね、今日はどうして良いの?」
「命が最優先です」
「そうだけど、そうじゃない。いつもならプロデューサー、決めるの、遅い。だけど今日は、いつもよりも早い」
こういう時、篠澤さんは俺を逃がさない。自己完結している癖に、俺を蛇のように追い詰めてくるのだ。
「ましてや今日は、プロデューサーからだった。いつもはわたしからお願いしているのに。ねえ、どうして?」
「それって、そんなに重要な事でしょうか?」
「うん。重要。だから教えて」
俺は長い沈黙の末に、観念して答えた。
「……今日は、日傘がありますからね。これなら、他の人の視線はあまり気になりません」
光沢のある黒は、紫外線だけでなく他のものからも俺達を隠している。
俺の答えを聞いた篠澤さんは口元を緩ませると、あからさまに調子に乗り始めた。
「つまりプロデューサーは、他の人が居ないなら、わたしともっと近くで居たいんだね」
「そう言うと思ったから言いたくなかったんですよ」
溜息を吐く俺を、篠澤さんはニヤニヤと見てくる。
数十分後、俺達は目的地に辿り着いた。自動ドアの前に立つと、冷気が流れてくる。
「おぉー。いきかえるー」
今にも事切れそうな表情で無感動に言う篠澤さんを抱え、俺は店内に入った。幸い、出入口付近にベンチがあった為、そこに降ろす。
店員を呼び事情を説明、暫く休ませて欲しい旨を伝えると、許可が出た。事前に用意し持ってきた水筒を取り出し、それを彼女に見せる。中にはスポーツ飲料水が入っている。
「ほら、飲んで下さい。水分補給しないと」
「プロ、デューサーが、のませて……」
俺は溜息を吐いた。
横になっている篠澤さんを起こし、倒れないよう片手で彼女の小さな肩を抱いて支える。水筒の蓋を開け、口元に寄せる。
「上を向いて下さい。ゆっくり行きますよ」
「うん……」
ごく、ごく、と。ゆっくりと時間を掛けて、篠澤さんは嚥下した。
普段以上に白かった顔に、徐々に血色が宿っていく。俺は安堵すると、水筒をバッグの中に入れた。
そのタイミングで、篠澤さんが俺の肩に撓垂れ掛かってきた。
「あの、篠澤さん──」
「ごめん、プロデューサー。すこし、だけ……」
先んじて、謝罪と共に言われた。
「……仕方ありませんね。少しだけですよ」
「うん」
店内をゆっくりと見て回る。
こうした専門店を訪れるのは初めてだと言う篠澤さんは、興味深そうに視線を彷徨わせている。
「凄い。ヘッドフォンだけでも、こんなに沢山、あるんだね」
目当てのブースに到着すると、篠澤さんが驚いたように呟いた。
「どれが良い?」
首を傾げる篠澤さんに、俺は幾つか勧めた。
購入者からはどれも高い評価を受けている。予算は気にしないで良いと言っていたが、もし故障してしまった時の事を考えれば高すぎる物は避けた方が良いだろう。
「うーん……?」
しかし篠澤さんの表情は中々晴れなかった。難しそうに唸る。
「店員を呼んで、見繕って貰いましょうか?」
専門店で勤めているプロの言葉の方が説得力もあるだろう。
俺の提案に、篠澤さんは熟考した後に首を横に振った。そして、俺に尋ねる。
「ねえ、プロデューサー」
「はい、何でしょうか」
「プロデューサーは、ヘッドフォンを持ってる?」
その質問に、俺は頷いた。
「ええ、予備を含めて同じ物を二つ」
音楽に関わる者として、当然の事だ。
「この中に、それはある?」
「いえ、俺の物はもう少し上のグレードの物ですので。この中にはないです」
「ふぅん。それは、どれ?」
俺は断りを入れてから、自宅にあるヘッドフォンを思い返しながら探した。見慣れた物である為か、すぐに見付かる。
展示されている場所まで篠澤さんを連れ、指差す。彼女へ伝えた通り、値段は先程の商品よりも高い。
「これです」
「使い心地はどう?」
「良いですよ。幾つか試してきましたが、俺はこのシリーズが好きですね」
そう伝えると、篠澤さんは「そっか」と頷き──迷うことなく、それに手を伸ばした。
胸に抱えた彼女は、俺を見上げて言う。
「これで良い」
「あの、確かに良いとは言いましたが……初めてでこれを買うのは……」
「直接使っている人の意見を聞くのが、一番。それこそ、わたしは初めて買うから、信頼している人が使っている物を使いたい」
「……」
「駄目?」
上目遣いで、篠澤さんが尋ねてくる。
駄目、とは言えなかった。
買うのは彼女で、お金も彼女の懐から出てくるのだ──そう自分を納得させる。
「……カラーはどうしますか?」
「青にしよう、かな。どう思う?」
「……似合っていると、思いますよ」
「わかった。待ってて。すぐに買ってくる」と言うと、篠澤さんは、俺と同じヘッドフォンを本当に買ってしまった。
すぐに、レジ袋を提げて戻ってくる。
「プロデューサー。あれは何?」
会計レジの後ろを指さし、篠澤さんが質問してくる。
「ああ……あれは、このお店を利用したアーティストのサインですね。多分、貰ったんでしょう」
「へえ。あそこ、見覚えのある名前がある」
「学園の現生徒会長、十王
他にも初星学園の生徒と思われるサインが幾つかある。その中には月村さんが過去に所属していたユニット名もある。
学園からもそう離れていない為、俺達と同様、多くの学園の生徒がこの音楽ショップを利用しているのだろう。
店を出ると、熱気が襲い掛かってくる。すぐに日傘を広げ、篠澤さんを中に入れる。
「ねえ、プロデューサー」
「はい、何でしょう」
来た時と同様俺の腕に自身の腕を絡めながら、篠澤さんが俺を呼ぶ。
「わたしって、動物で例えるなら何かな」
「すみません、何故急にその話に……?」
困惑する俺に、篠澤さんは「考えてみて」と琥珀色の瞳を向けてくる。
「人じゃないよ。アニマル」
「分かりました。分かりましたから、体重を掛けないで下さい」
「それは、むり。体力が毎秒凄い勢いでなくなっていく……」
凄い勢いで無くなるだけの体力は無いでしょうと突っ込みを入れてから、俺は真面目に考えてみた。
頭の中に三つ程候補が思い浮かぶ。俺はその中から、直感的に選んだ。
「フクロウ、でしょうか」
「……フクロウ?」
俺の答えは予想外だったのか、篠澤さんはこてんと首を傾げた。
そんな彼女に、俺は理由を伝える。
「フクロウは、知性の象徴とも言われています。運動は得意ではないですが、その分、あなたは勉学が出来る。それに、静かな佇まいも似てますしね」
「……わっ」
篠澤さんは琥珀色の瞳を大きく開くと、それから、微笑を浮かべた。
「わたし、そんな風に見えているん、だね。そっか。フクロウ……」
俺から見た篠澤さんは、今言った事に加えて予想の付かない行動を起こす問題児という側面もあるのだが、これは言わない方が賢明と言えるだろう。
「ありがとう。ホー、ホーって、鳴いてみよっか」
「暑さで頭がやられるのは早いですよ」
「辛辣」
「学園に着いたら食堂でかき氷でも食べましょう。季節限定メニューで、気になっていたんです」
「うん。楽しみ」
猛暑の中、俺達は身体をくっつかせて歩く。
「そう言えば、試験結果はどうでしたか?」
「この前、廊下に貼り出されてた。一位、だったよ」
「おめでとうございます」
「ん、ありがとう。プロデューサーと、佑芽に、言われたから。真面目にやった」
「二位の人がとても悔しがっていたのが、印象的だった」と、篠澤さんは当時の事を言った。
その二位の人が誰かは知らないが、もし一位を獲るつもりだったのなら、ご愁傷さまだったと言う他あるまい。
篠澤広が居る以上、それ以上、上の順位に行く事は出来ないのだから。
「不服かもしれませんが、筆記試験は今後も今の成績を維持して下さい」
「わかってる。今後の活動に支障を来すのは、わたしも望まない」
「それに」と続けて、篠澤さんは言った。
「自由時間があれば、プロデューサーとも一緒に居られるしね」
「……あのですね。俺も大学で、講義があるのですが。それに試験や、レポートも提出しないといけませんし」
「ふふ。それは、大変。もし教えて欲しければ、教える、よ?」
「死んでもごめんです」
一蹴する。
「ざんねん」と、ちっともそう思ってなさそうな口調で言う篠澤さん。
それから数十分後。
学園に戻った俺達は、そのまま食堂に行き、かき氷を食べるのだった。