「もっと、可愛くなりたい。」
プロデューサー科の生徒には、定期的に教師との面談が義務付けられている。
俺の担当は、二十代前半──と思われる──女性だった。
「良いですか? 担当アイドルと向き合う事も大事ですが、かと言って、自分の事も顧みないと駄目ですよ?」
プロデューサー科の教師──あさり先生に注意され、俺は無言で頭を深々と下げた。
口調こそ優しかったが、それは彼女の優しさによるものでしかない。それに甘える訳にはいかない。
俺は受け取ったプリント、そこに書かれている自分の成績を凝視し、溜息を吐いてしまう。
そんな俺に、教師は注意を続ける。
「『プロデューサー制度』の利用は問題なく継続出来ますが……きみの成績は入学時が一番高くて、そこから下降しています。少しずつ、緩やかにです」
「……はい、そうですね」
俺は頷いた。
あさり先生の言った事は、全て事実だ。これも全て、俺の不甲斐なさが原因だ。
「担当アイドル──
「いつ落ちるか分かりませんがね……」
俺の言葉に、あさり先生は「そうだとしても、です」と言う。
「きみは入学試験から下から二番目の
あさり先生の指摘している項目は軒並み──プロデュースの立案や実行力など──高い評価を得ている。担当アイドルへの理解度も──まあ、数値化すると、ボーダーよりも随分と高い。
だがそれ以外、俺個人の成績となると話は違った。筆記の定期試験が良い例だろう。
「きみは優秀です。成績が下がったと言いはしましたが、それでも上位に居るのは流石と言えるでしょう」
「……ありがとうございます」
「しかし、このままではそれもいずれ危うくなる。きみには私をはじめ、多くの人が期待しています。その事を、忘れないで下さい。それが誰かをプロデュースするというプロデューサーなら、尚の事ですよ」
「肝に銘じます」
俺は再度、頭を下げた。
俺の反省を見たあさり先生は、「頭を上げて下さい」と優しく言ってくれた。
彼女の事は大半が謎に包まれているが──気になるなら調べてみろとまで言われているが──俺はこの
話題を変えるように、あさり先生が明るい口調で言った。
「それで? 最近、担当の子とはどうですか? 仲の良さは知っていますが──随分と嫌そうな顔をしますね」
「……いえ。仲が良いと表現されると、素直に頷けないだけです」
俺の言葉に、あさり先生は首を傾げた。
「でも、毎朝一緒に登校しているんでしょう?」
「体力がないですからね」
「……? 入学当初なら兎も角、今ならもう、一人で登校出来るのでは? お友達も多く居るようですし、大丈夫でしょう?」
「体力的には大丈夫でしょうが、気になる物が視界に映るとふらふらとそっちに行くんですよ。確かに親しい友人は何人か居ますが、類は友を呼ぶと言いますか……その友人も一緒について行ってしまうのが目に見えています。そうなったら遅刻してしまいます。そんな事で評価を下げる訳にはいかないでしょう」
「……な、なるほど。お昼休みもよく一緒に食堂でお昼ご飯食べていますよね?」
「呼ばれたら行く程度です」
「ちなみに頻度は?」
「週三くらいでしょうか」
「……帰りも学生寮まで送って行っているんですよね?」
「仮にもアイドル。仮にも女の子なのですから、それは当然の事でしょう」
「…………休日もよく二人で外出しているようですが?」
「彼女の経歴はあさり先生もご存知でしょう。年相応の体験を、彼女はしていない。それはそれで彼女の魅力の一つですが、沢山の出来事に触れるのは人間としても成長出来ると俺は考えています。とはいえ、それで他の活動が疎かになっては本末転倒です。精々二週間に一回程度ですね」
「………………そうですか」
長い沈黙の末、あさり先生は何故か溜息を吐いた。
可笑しい。俺は先生からの質問に、ただあるがままの事実を答えただけだと言うのに。
そこで、終業のチャイムが鳴った。
「先生、もう宜しいでしょうか?」
「……ああ、はい、良いですよ」
どこか投げやりに答えるあさり先生を訝しみつつ、俺はパイプ椅子から立ち上がった。ショルダーバッグを肩に掛ける。
「そのバッグ、素敵ですね」
「ああ、これですか? ありがとうございます」
「きみの趣味にしては、少し派手ですね」
あさり先生の言った通り、ショルダーバッグの色は黒を基調としながらも鮮やかな
「わっ。しかもそれ、有名ブランドの物じゃないですか! かなり高かったんじゃないですか?」
「……どうでしょう。貰い物なので、そこまで考えた事はなかったですね」
「貰い物!」
口に手を当てて驚愕する、あさり先生。
俺は答えようか答えまいか迷ったが、この先生なら構わないかと思い、経緯を話した。
「実は俺、先週誕生日だったんです」
「……えっ、そうだったんですか? 」
「ええ。これは誕生日プレゼントで貰いました」
「な、なるほど。言ってくれれば、私も祝ってあげられたのに……」
「先生が生徒一人を贔屓する訳にはいかないでしょう」
そう諭すも、あさり先生は食い下がった。
結局、一週間遅れてのバースデーソングを歌って貰う事になった。そこら辺のアイドルよりも上手だった。
照れ隠しに、俺は言う。
「前使ってた物が
「へえ、そうだったんですか。あっ、相手はもしかして親友くんですか?」
「あいつにこんなセンスはないですよ」
「そ、即答ですか……」
引く様子を見せるあさり先生。
「それにしても、相手は余程きみの事が好きなんでしょうね。
「俺にそのような相手はいませんよ」
肩を竦め、俺は答える。
これ以上質問攻めされると要らない事まで言いそうだった為、俺は出入口に向かった。
教室を出る直前、あさり先生が最後の忠告をしてくる。
「私達教師は、きみの優秀さを知っています。しかし、同じプロデューサー科の生徒もそうだとは限りません」
「……重々承知です」
耳の痛い話だった。
俺の現在の成績では、『入学時点から『プロデューサー制度』を利用出来るだけの実力』を証明し切れない。成績は何とか上位に位置しているが、それだけでは説得力に欠ける。寧ろ下降している。
親友のように、夏の『H.I.F』で華々しい戦果を出す事が出来ていれば、そのような事にはならなかったのだろうが──俺はその選択を取らなかった。
誰に何を言われても構わない。
そう言うのは簡単だが、それには、外野を黙らせるだけの功績が必要だ。
でなければ、負け犬の遠吠えでしかない。
「親友くんをはじめ、面倒を見てくれている先輩もいるのでしょう?」
「……よくご存知ですね」
隠していた訳ではないが、先輩の事をあさり先生に話した覚えはなかった。
その先輩と言えば、今も交流は続いている。
「その縁を大事にして下さいね。この業界は、そう言った縁が思いもしなかった所で輝く時が往々にしてありますから」
「言われるまでもありません」
寧ろ俺が縁を切りたくても、向こうは迫って来そうなものだが……それは言わないでおこう。
担当アイドルにメッセージを送ると、レッスン室に居ると返信が来た。
プロデューサー科の棟を出ると、俺は身体を一度震わせた。冬の訪れを感じる気温に、俺はこの半年が如何に早く過ぎ去ったのかを実感する。
太陽が沈みつつある空の下、俺はアイドル科の棟に入ると、そのままレッスン室へ向かった。
道中、数名の生徒とすれ違う。知り合いには挨拶を交わし、そうでない生徒には会釈をする。
指定されたレッスン室に辿り着くも、明かりはついていなかった。
「……」
携帯で確認するも、間違いはない。
……嫌な予感がする。
俺は扉の前で溜息を吐くと、ゆっくりと開けた。
「篠澤さん──」
「ばぁ!」
「……」
俺は無言で電気のスイッチをオンにした。すぐに明かりがつく。
振り向くと、俺の担当アイドルは頬を膨らませていた。
「……プロデューサーは酷い。わたしの頑張りを、返して欲しい」
「その頑張りはレッスンに向けましょう」
「むぅ」と唸る、篠澤さん。
着替えは済ませており、レッスン着から制服になっている。
帰り支度は既に終えているようだ。
俺は篠澤さんから鞄を受け取りながら尋ねた。
「今日は顔を出せず申し訳ございませんでした。進捗はどうでしたか?」
「ぱーふぇくと。ぶい」
「それは良かった。苦手なビジュアルレッスンでも、安定してパーフェクトでクリア出来るようになってきましたね」
「うん」
称賛すると、篠澤さんは無表情で頷いた。詰まらないとでも思っているのだろう。
相変わらずの言動に、俺は苦笑してしまう。
「暫くはミニライブに専念し、今の実力がどの程度なのか客観的に見ていきましょう」
「ん、分かった」
レッスン室を出て、俺たちは廊下を歩く。
「しかし、最近の篠澤さんは本当に頑張っていますね」
「……。……そう?」
「ええ。自主練も熱心に取り組んでいますし……ああ、いえ、やる気があるのは分かっていましたが。最近は特に凄いです」
初のソロライブを終え、遊園地に行きたいという我儘を叶え。それから暫くして、篠澤さんは変わったと思う。
素直に認めると、篠澤さんは年相応の女の子のようにはにかんだ。
「疲れた」と、言いながら俺の右腕に抱きついてくる。……まあ、校舎を出るまでなら良いだろう。
「何か心境の変化でもあったんですか?」
「秘密」
「……はぁ、秘密ですか」
こうなったら、篠澤さんは口を割らない。
『秘密』とやらは気になるが、下手に詮索して、やる気が激減するような事になればそれこそ失策だ。
「ねえ、プロデューサー」
校舎を出ると、こちらから何も言わずとも組まれていた腕が解かれる。しかし距離はそのまま二人並んで歩いていると、篠澤さんが俺の名を呼んだ。
俺が返事をする前に、アイドルは星々を見上げながら言う。
「わたし。もっと、可愛くなりたい」
琥珀色の瞳が、月の光に照らされて輝く。
「それなら、もっと頑張らないといけませんね」
「うん。頑張る。それで、ね。プロデューサー」
篠澤さんは俺を見詰めると、微笑んだ。
「わたしがあなたを選んだって事。あなたがわたしを選んだって事。その選択を。決断を。そして、一緒にみる『光景』を。絶対に後悔させないから」
何かを知っているような口振り。
珍しく強い口調で言い切った篠澤さんを、俺は呆然と見詰めた。
そんな俺を見て、篠澤さんは笑みを深くする。
「ふふ。惚れ直した?」
無い胸を張る篠澤、篠澤さん。
俺は身体中に駆け巡った激情を留めると、何も気付いていない振りをして、いつものように冷めた目で言った。
「何を寝ぼけた事を言っているんですか。年越しはまだ先ですよ」
学生寮までの決して長くない道程。
俺は篠澤さんと、ゆっくりと歩く。歩幅を合わせ、同じ『光景』を見る。
門が見えると、篠澤さんは「あっ、そうだ」と思い出したように言った。
「そのバッグ、やっぱり、とても似合ってる」
「……!」
「わたしの目に狂いはなかった」
過去一番のドヤ顔を披露すると、篠澤さんは「ここまでで大丈夫。またあした」と言い残し学生寮に入っていった。
俺は息を吐くと、夜空を見上げた。あの星々の中でも、篠澤広というアイドルが一際輝く『一番星』になる事を願って。
それはそれとして。
女性に贈る誕生日プレゼントは、一体何が良いのだろうか。
俺は頭を悩ませながら、帰路に着くのだった。