NO GOLD 作:一貫
傭兵の冬は辛く、厳しい───収入が無いからな。しかしクララは「冒険者はそうではない」と語る。
「イリオスは冒険者という職業がどういった物かご存知かしら」
「迷宮入ったりとか、魔獣退治とかするんだろ?」
「子供並みの知識ですわね………」
呆れた、とまでは言われなかった。
自覚はある。白狼傭兵団は商隊の護衛とかはあんまり請け負わなかったからな。競合相手でも無ければ一々調べたりしない。
クララと並んで歩きながら冒険者とは何ぞやという話を聞いていく。
「冒険者の仕事は基本的に依頼を受けるか、許可されている範囲で危険地帯に踏み入って採取活動を行うこと。ただ、依頼と一口で言っても色々あって、街のお悩み解決から慈善事業みたいな内容の物まで多岐に渡ります」
「へぇ、じゃあ実際は何でも屋みたいな物か」
「階級が低い間はそうります」
クララはドレスに付けた徽章を指差して言葉を続けた。
「これは冒険者の階級を一目で判断できる様に作られた物ですわ。階級は全部で七段階。最下級の七級冒険者から順に上がっていって一級、その次はA級冒険者と呼ばれてますの」
「最高ランクはA級ね。あんまり聞き馴染みがない単語だな」
「傭兵にはそういった階級がありませんものね。ちなみに、Aに込められた意味はアデプト。魔術用語で達人を意味する、一流の魔術師に送られる称号が由来だそうですわ。大陸に四人しかおりません」
「そりゃあまた………何というか、狭き門だな」
「ですわね。基本的に最大戦力として数えられている一級冒険者でさえ百人と少しかおりませんから」
「クララは何級? 二級くらい?」
「三級ですわ」
予想だにしなかった彼女からの返答に、俺は思わず黙り込んだ。
クララで三級なら俺も三級だろう。場合によっては四級もあり得る。これでも結構強いつもりでいたが、やはり上には上がいるという事か。
そんな事を考えていたらクララが「ふふっ、面白い顔」と俺の顔を見て笑っていた。
良い気分ではないが怒る程ではない。話を戻す。
「で、先輩。何で今俺に冒険者のレクチャーをしてくれたんだ?」
「簡単よ。傭兵にとって冬は閑散期でも冒険者はそうではないという話ですわ」
「本題……つまり仕事だな」
「そうです。仕事があれば───資金が手に入る」
「仕事に資金。実に良い響きだ。今の俺なら一日に十八時間は働けるね」
「心強いですわね。ですがその為にはまず、冒険者として連盟に登録する必要があるのですが………この街では出来ません」
「出来ないとどうなる?」
「言わずとも分かるでしょうに。仕事を受けられませんわ」
ははは。
ほほほ。
「今までの話なんだったんだ!?」
俺の悲鳴にも似た絶叫が雪夜の街に木霊した。
「期待させるだけさせておいて! 受けられませんわ、じゃないんだわ!?」
「別に貴方が仕事を受ける必要はないでしょう。私が受けて、こなせばいいだけのこと」
「それはそれでダメじゃん!」
「何が? ──ああ、私に飼われるのはいやかしら?」
「…………………………いやいやいや、ダメだろ人として! 同い年くらいの子に飼われるなんて!」
「沈黙は雄弁ですわね……というか、同い年? 私まだ十四歳ですけど」
「は?」
「は? じゃありませんが?」
十四歳? 俺はクララの事を改めてよく見た。
顔立ちにはまだ幼さが残っている様にも見えるが童顔の範疇。身長は目算で約百七十センチメルト、俺より十センチ低い程度だな。シミひとつない抜ける様な白い肌は十代限定商品だろうが、それは十四歳である証明にはならない。
何よりおかしいのは、マントの上からでも分かる豊かな双丘である。発育の暴力という他ないそれが、弱冠十四歳のそれにはとても思えない。
そして蹴りを受けた時に見えた長い脚と分厚い太腿は、彼女がどれだけ真摯に己を鍛えてきたか雄弁に語っていた。
それに加えて、重心の取り方や普段の歩き方を見ていれば彼女の体型など手に取る様に分かる。これでも俺は新人教育も行っていたし、団員の日々の鍛錬の相談にも乗っていた。目利きにはそれなりに自負がある。
色んな意味でクララの身体は──抜群という言葉だけでは言い表せない。芸術家に「美の神を題材に彫刻を彫ってくれ」と依頼したとしても、もう少し加減した物を持ってくるだろうというレベルだ。
十四歳でこれなら五年後のタイトルは「美しき破壊神」に違いない。
総じて、彼女の口にした年齢とは結び付かない。
故に俺の結論はこうだ。
「お前の様な十四歳がいるか───ッ!」
二度目の絶叫。
俺は目を丸くするクララに、風を切る勢いで腕を振り下ろしながら人差し指を突きつけた。
「もう少しマシな嘘を吐け! よしんば君が十四歳だとしたら、十八歳は二十五歳だし、二十五歳は三十歳だし、三十歳は三十八歳だよ!!?」
「何を馬鹿なこと言ってますの。あと全ての女性に謝ってくださいまし」
冷静ではいられない! 何故って!? 飼われるのはイヤ? って聞かれた時に「悪くないだろうな」とか思っちゃったからだよ!
年下の女の子を相手に!
「俺は変態じゃな、ぁぁぉぉあ!?」
クララに万力の様な力で顔を掴まれた俺は素っ頓狂な叫び声を上げながら、景色が線に見える程の速度で近くの雪溜まりに投げ込まれた。
「頭は冷えましたか?」
雪溜まりに負けず劣らずの冷たさを孕んだクララの声に、ぶるりと身体が震える。
「はい……それから女性の皆様、すみませんでした……」
「よろしくてよ。私は許しましょう」
気を取り直して───
「で、マジで俺ってやることないの?」
「雪から顔を出してくださる? ……はぁ、そんな訳ないでしょう。私が受けた依頼を二人でこなすという話です」
「ありなんだ、それ」
流石に冒険者以外は仕事やっちゃダメだと思った。守秘義務はどうなってるんだ。依頼人の個人情報が流出したら大変だぞ。
「ありですわ──バレなければね」
「ダメなんじゃねーか!」
悪い奴やっちゃでホンマに!
騙される所だった!
バレなかったら犯罪ではないというのは、体調が悪くても病院に行かなければ病気じゃないと同じ理屈だ。人はそれをカスの理論と呼ぶ。
普段なら絶対に頷かない。何となくクララもそういうタイプな様に思う。
けれどそれを提示したという事は、俺たちに選択肢はないという事なんだろう。
ぐぎゅるるる。
タイミング良く二人揃って腹が鳴った。
迷いは消えた。
「やるか」
「その言葉が聞きたかったんですの……して、話を少しを戻しますが、本当のことを言えば冒険者登録その物は可能です」
「しないのには理由があると」
「ええ。先ず冒険者になるには連盟に組合員として登録する必要がありますが、その方法は二つあります」
彼女は指を一本ずつ立てて言う。
「一つは連盟支部にて試験を受け、冒険者認定を得ること。二つ目は連盟傘下のギルドに届出を出して認定を受ける方法ですわね」
「……話の腰を折って悪いんだけどさ、さっきから連盟とか連盟支部とか色々言ってるけど何が違うんだ?」
クララは眉間を揉んでから話を再開した。
悪かったな世間知らずで。借金が期日までに返済できたら勉強するよ。
「……先ず連盟とはニザヴェリルを始め、この大陸の過半数以上がその存在と活動を認めている“冒険者連盟”のこと。連盟支部はその名前の通り、各国に設置された連盟の機関の事を指します。冒険者ギルドは組合員がより効率的に依頼等をこなす為に集まった寄合い所の様な物ですわね」
連盟に所属する冒険者の小さな集まりがギルドって事か。
そう言えば昔、酒場でグデングデンになった冒険者が「俺はどこそこの四級冒険者だぞ!?」とか言いながら後輩に喧嘩を吹っ掛けた事があった。あの時は確か、後輩が冒険者の剣の柄を握り潰して……それにビビった冒険者が逃げ出したんだったか。
そこはさて置き、察するにどこのギルドに所属しているかも冒険者の中では一種のステータスになるのだろう。
「ついでに言えば、冒険者への依頼は一度連盟支部を通り、各ギルドに所属する冒険者の力量や人数を考慮して割り振られていきます。仕分けの効率化とギルド同士の競争を活性化させるべく、連盟はギルドにも等級を設定しました。それが、ここでは登録できない理由なのです」
予想を裏付けるようなクララの説明に相槌を打つ。であれば───
「ここで登録すると迷宮での探索に支障が出る、ってことだな」
「結論を言えばそうなります。ギルドは言い換えれば連盟支部の支部。そこで得られる冒険者認定は金さえ積めば手に入るだけの物であり、等級が付与されてません。先程私は冒険者の階級は七つと言いましたが、厳密には階級外を含めると八つになります」
「そんなんあんのかよ……」
「そしてここ、エーリアに拠点を構える冒険者ギルドの等級は五級。このギルドで受けられるのは五級冒険者を最高ランクとして想定された依頼です。そして、冒険者等級を上げる為に幾ら依頼を達成して力を示そうとも、等級は五級以上になりません。更に言うと“落星の坑道”に入る為には最低でも三級相当位である事が条件として定められています」
「つまり俺はギルド等級が三級以上のギルドで冒険者の登録を済ませなくちゃいけない訳ね」
「そう単純な話でもないのですが───これ以上は長くなるのでまた今度話しましょうか」
そうこうしている間に俺たちはエーリアの路地にひっそりと看板を掲げた冒険者ギルド“北風の鳥”へと到着した。
「それでは少々お時間をいただきますわ」
クララはそう言って扉を開けて、中へと入っていった。
──悪事に手を染める感覚というのは、その罪の多寡に関わらず酷い物だ。決して慣れる事はないのだろう。
だけど俺は、戦場で隣国の兵士を袈裟懸けに斬った感触の一つ一つを生涯忘れないと誓った。それが俺の傭兵としての矜持であり、人として生きる為の最低限のケジメだと思ったからだ。
今回もそれと同じだ。
「ありがとうねぇ。冬なのに何でこの雑草はこんなに伸びるんだろうねぇ」
クララと俺が出会った日の翌日。
俺たちはエーリアの中心部から程近い屋敷の庭にいた。
腰の曲がったお婆さんが杖を片手に口にした言葉に頷きながら、雪の中から顔を出している青々とした葉を根本から引き抜いていく。
何という罪───おお、神よ。どうか私をお許しください。
「根が深ぇ、太ぇ、こりゃあお婆さんにはしんどいぜ」
大根かよと思う様な根を張る雑草を引き抜き、独りごつ。
傭兵も冒険者も体力勝負みたいな所があるから大丈夫だが、常人に、ましてや腰も曲がったお婆さんに真冬の草抜きなんていう意味不明な重労働は厳しいだろう。
俺が「冬なのに変だねぇ」とか言いながらお婆さんと微笑み合っていると、クララが言う。
「違いますわイリオス君。こちらは雑草ではなく、冬にしか取れない薬草ですわ」
「イリオス君……?」
もしかして、猫被ってる?
俺が困惑していると「え? 何だって?」とお婆さんがクララに聞き返した。俺も同じ言葉が喉仏まで来ていた。それを一息で押し戻しつつ、お婆さんに向かって声を張り上げる。
「お婆ちゃん、これ雑草じゃなくて薬草なんだってよ!」
「ええ?」
草を毟るのは、苦ではない。
けれど耳の遠いお婆さんの相手は中々にくる物がある。コミュニケーションが滞るからな。
口の端が歪みそうになるのを堪えている間も、クララは根気よくお婆さんに言葉を投げかけていく。
「薬草ですわ。や、く、そ、う」
「んん? や、く、そ………ぁああ! 薬草! そういえば二十年前に一度、冬宙香草を植えた事があったねぇ」
「冬宙香草は生命力が強いですから」
「そうなのかい? しかし薬草だか何だか知らないけど、今の私からしたら雑草だねぇ」
「でしたら、買取させていただきましょうか? 大した額は出せませんが……」
「えぇ? 何だって?」
「買取りだってよ。か、い、と、り」と俺もクララの様に話しかけてみる。
「買取り? 欲しいんなら持っていきな! 雑草で金貰ったなんてスノリ様に知られたら、あたしゃ天国に行けなくなっちまうよ!」
俺の言葉にがっはっはっ! と声を上げて豪快に笑うお婆さん。スノリ様というとニザヴェリル周辺で信仰されている神だったか。詳しくは知らない。
クララは手で口元を隠しながらニコリと笑った。
「ほほほ……ではありがたくいただきますわ」
依頼を受けた段階で彼女はある程度こうなる事を予測していた様に思う。俺は極寒の冬に夏の雑草と同じくらい伸びる植物なんて聞いた事がなかったが、そう言った植物が何種類もあるとは思えない。
だが、冬宙香草自体は知っている。冬宙香草は高く売れるのだ。後輩傭兵が森でこれの群生地を見つけた時には、それはもう引くほどのテンションで、血眼になって引き抜いていた。
懐はかなり温まりそうである。
俺もクララと一緒に笑っておく事にした。
するとお婆さんは目を見開き、それからほにゃりとした笑みを浮かべて言った。
「愛想のいい二人だ。冒険者なんてのは人相もガラも悪い銭ゲバばかりだと思ってたが、長生きするもんだねぇ」
「ははは……」
「ほほほ……」
そうさ、これは100%善意。
もう割り切るしかないんだ。
良心は痛むが背に腹は変えられないんだ。
俺たちは雑草という名の金を庭から毟れるだけ毟りとった。
それから、クララはお婆さんにマッサージを、俺は屋敷の外壁をピカピカに磨き上げてから依頼の報酬金を受け取って帰った。
日が暮れ始めた段階で宿を取る事に成功し、最低限の文化的生活を取り戻して思った。
───お金は、とても大事ってこと。
「彼……全然、私に気づきませんわ」
宿の部屋に入って扉を閉めた直後に愚痴が漏れた。苛々したままマントをベッドに脱ぎ捨て、イリオスが寝泊まりしている部屋の壁を軽く叩く。安宿の割に壁は分厚く音漏れは無さそうだった。
舌打ちをしても、多少独りでぼやいた所でイリオスには聞こえない。
そう思うと勝手に口が動いてしまった。
「何なんですの? いや、本当に何でですの? 確かにちょっと背は伸びたし、淑女らしい身体付きになったとは思いますが……そんなに分からない物なんですの?」
まあ、そこは一旦置いておく。
「見ず知らずの女に近づかれてホイホイ言うこと聞いて……危機感と頭、足りてないんじゃないですの?」
こっちの方が問題である。
話が通りやすくて助かった所はあるのだが、それはそれだ。最終的に私の横に居たらそれで良いとは言え、貞操観念が緩いのも困り物である。
「いえ、待ちなさいクラリス・モナスティルカ……それはありですわ」
躾甲斐があるなぁ、なんて考えがふと頭を過った。涎が出そうになる。昔も今もイリオスは私の好みど真ん中。彼以外の男に興味はない。
「借金がクソ邪魔ではありますが、逆に考えましょう。彼を冒険者にする口実が出来たと」
まさか傭兵になっているとは思わなかったが、それを知ってから間をおくことなく彼がクビになった事実を知れた。
故に、これは運命。天は私にこう言っているに違いない──早く自分の物にしちゃいなよ、と。
「いひっ、いひひひ……」
品のない笑い声が出てしまうが、一人でいるとき位は良いだろう。