NO GOLD 作:一貫
白狼傭兵団──かつて俺が所属していたその傭兵団では、騎兵は魔獣に跨り戦場を駆け抜けていた。
騎獣として選ばれたのは魔狼の中でも比較的調教しやすい白魔狼。魔獣の中には人間と同じ様に魔術を使うモノもいるが、白魔狼もその一種だ。自前の白魔術で身体能力を強化でき、頑強かつ俊敏に動き回れるのが傭兵稼業とマッチしていた。団の名前の由来はここから来ている。
白狼傭兵団で一人前と見なされるには、剣や魔術の腕のみならず魔狼を従え乗りこなすことも必須条件だ。俺も例に漏れず、魔獣使いとしてそれなりの腕がある。
新人教育で教練を担当したり、白魔狼の調教も手伝ってきたが──俺の相棒であるハイディは白魔狼の中でも特殊個体に分類される。
先ずハイディはとても大きい。白魔狼の標準的な体高は約三メルトだが、ハイディは五メルトを優に越す。内包している魔力も大きいし、使える魔術だって俺より多い。
そして。
「蘊蓄……? 何言ってんだよハイディ」
「あ、こっちの話なのだご主人。ご主人は何も気にする必要がないのだ」
「そうか?」
彼女は喋る。喋る魔獣は高位魔獣と呼ばれているが、白魔狼で会話が成り立つ個体はハイディ以外に見たことがない。しかも俺より賢い節がある。うちの子は凄いのだ。
俺が改めて感心している間に、ハイディがクララに深々と頭を下げる。
「どーも、冒険者さん。飼い狼のハイディなのだ」
「あら。ご丁寧にどうも。私は冒険者の……ちょっと耳を寄せてくださる?」
ハイディがクララに身を寄せる。
どうやらクララが小声で本名を言ってるようだ。俺に聞こえないのは、多分ハイディの魔術だな。囁き声とは言え、この距離で話し声が聞こえなかったらどこかでくたばっていただろう。
「──、────」
「───、─────、──!」
何やら盛り上がっている様で、クララは満面の笑みを浮かべていた。
美しい金髪の少女と白狼が雪原で戯れる姿は絵画の様だった。タイトルは“美女と賢狼”とかどうだろう。独創性に溢れている……きっと世界的に有名な物になるだろう。わっちはそう思います。
その様子を眺めていると、いつしか太陽は東の空から頭頂まで登っていた。それでも一人と一匹の会話は途切れることなく続いている。
時間は有限だ。そろそろ会話を止めてリンザールに向かった方が良いのではないだろうか。
「お待たせいたしました」
「ん。待たせたのだ、ご主人」
どうやら俺抜きで話をして仲良くなったらしい。
「随分と話し込んでたな。何を話してたんだ?」
「あら、乙女の会話の内容を聞くなんて不躾ですわ。ねぇ?」
「そうなのだ。デリカシーがないのだ。ご主人はいつもそう。そんなだから今だに番が居ないのだ」
女性陣に結託されると居心地の悪さを感じる。
会わせたのは早まったかと、自然と肩が落ちた。
「冗談ですわ。話せない事も確かにありますが、今だけです」
「そうかい……とにかく出発しようぜ。幾らハイディの足が早くても、日が傾いちまう」
「十分すぎるほど早いですけどね。飛竜と変わりませんわ」
通常、エーリアからリンザールまで移動するなら馬車を乗り継いで一週間は掛かる。
しかし、ハイディなら馬車の何十倍ものスピードで、無補給かつ休憩なしで悪路すら無視して走り抜けられる。何度この脚に助けられたか分からない。
「という訳で頼んだぜ、ハイディ」
「承知したのだ」
ハイディに乗り込んだ俺たちの旅路は何不自由ない快適な物になった──訳ではなかった。
出発してから二時間が経った頃、リンザールまであと半分といった所で、疾風の如く雪原を駆けるハイディが僅かに速力を落とした。
「ご主人」
「分かってる。敵襲だな、それも傭兵の」
俺の言葉に「待ち伏せですか」とクララが呟く。
それに頷き、俺はハイディから飛び降りた。
刹那、雪原から俺たちを取り囲む様に氷の槍が飛び出してきた。ハイディは真上に飛んでそれを避け、地上に残った俺は腰に提げた剣を引き抜いて迎撃に移る。
右足を軸にその場で旋回。遠心力を乗せた一太刀をもって、迫り来る氷槍を全て叩き落とした。
「閃光、剣を象り我が手に来れ」
間髪を入れずに言の葉へ魔力を込める。
魔術の詠唱だ。俺が使える数少ないそれは、魔力で剣を構築するだけの単純な物だ。今しがた放たれた魔術とは比べるまでもなく劣っている。
だが、魔術の腕が戦の勝敗を決定付ける訳ではない。
「“光芒の剣”」
宙空にガラスの様に周囲を透過する剣が六本、俺の魔術によって出現する。それと同時に全身の感覚を広げていく様に魔力の波を飛ばし、雪原の何処かに身を潜めている敵の位置を探す。
「そこか」
潜伏箇所は全部で六つ。
そこに向かって剣を飛ばす。
「くそっ!?」
「なぜ場所がっ」
魔力探知──魔術師が最初に習う基礎技能の一つだ。何故もくそもない。練習すれば誰でも出来る。
そして、魔力剣はあくまでも隠れた敵を炙り出す為の物でしかない。判明した戦力は魔術師が二人、近接主体の戦士が四人。
魔術師は魔力剣を回避し、残り四人はそれぞれの得物で魔力剣を破壊した。
俺がそれを見届けたタイミングでハイディとクララが短い空の旅から帰ってくる。
「援護は」と短くハイディ。
「要ると思うか?」
「クララが知りたそうにしていたのだ」
「そうかい……大丈夫。今回のは小物だよ。直ぐに終わらせるから待っててくれ」
俺は魔力剣を追加で七本、背後に展開してから一番手近な敵に向かって駆け出した。
「心配なのだ?」
「多少は。彼が戦っている所を見るのは初めてですので」
雪原に伏せて寛ぎ始めたハイディの言葉に、私は今思っている事を素直に口に出した。
魔術師の強さを語る上で重要になってくるのは大きく分けて三つ。何の属性に適性を持つのか、詠唱はどれくらいのスピードか、魔力量は如何程か。
雪原から私たちを狙った“凍てる槍”は、二つの属性を掛け合わせる事によって発動する高等魔術に分類される。
それを二人の魔術師がそれぞれの魔力量や適性を考慮し、詠唱速度まで調節した上で放っていた。正にお手本の様な手際と完成度である。あの二人の魔術師は一流の魔術師、冒険者に当て嵌めれば二級以上の実力者である事は間違いない。
しかし、イリオスは大した業物でもない剣に魔力を通しただけの斬撃で、その魔術を鎧袖一触にした。
あり得ない話ではないが、それは幼児が大人に腕相撲に勝つくらいの腕力差が無ければ成立しない事象だ。一流の魔術師を相手にそれが出来る存在は非常に限られている。
「だけど、それ以上に楽しみです」
イリオスの踏み込みで雪に覆われた大地が爆ぜ、大気が揺れる。
彼我の距離約二十メルトを一拍で踏み潰したイリオスの斬撃が、大剣を構えた傭兵をその剣ごと真っ二つに斬り裂いて、真白の地面に紅い扇を広げた。
大剣の傭兵の反応速度は決して悪くなかった。
ただ、イリオスが圧倒的に素早く、それでいて鋭かっただけだ。
顎に手を当てる私にハイディが鼻を鳴らす。
「……残念だったね、あれじゃあイリオスの実力は三割ぐらいしか引き出せないのだ」
「それは早計ではなくって?」
雪原に魔力が吹き荒れる。魔術師の二人が詠唱を完了させたのだ。
初弾は“凍てる槍”。続く魔術はそれとは真逆の──焦熱。雪の下から間欠泉の如く溶岩が噴き出していき、灼熱の波濤が瞬く間に銀世界を赤と黒に塗り替えていく。この魔術は先程の様に剣の一振りで解決とはいかないだろう。
「暑い」
人間なら舌打ちと共に唾でも吐き捨てていそうな声音でハイディが唸る。
しかし、気怠そうな声音とは裏腹に、ハイディは俊敏な動きで此方にまで迫ってきていた溶岩流を躱していく。
「これは、流石に回避一択ですわね……このまま頼めますか?」
「了解なのだ」
さて──氷ならば剣で砕く事もできるだろうが、今目の前に広がる天災に等しい光景は剣でどうにか出来る物ではない。故に取れる選択は回避のみ。問題はその方向だ。後に退がるか、空へ逃げるか。
考えなくてはならないのはそれだけではない。最大の問題は溶岩流を避けた後の行動だ。
敵は今、溶岩流のど真ん中に足場を作り出してそれを制御している魔術師と、そこからかなり離れた位置で幾つもの礫を宙空に形成している魔術師に別れている。後者は飛んだイリオスを撃ち落とすのが狙いなのだろう。
そして魔術師を除いた残り三人の内、二人が溶岩の魔術師を守り、もう一人が礫の魔術師の背後を警戒している。
得物は二人組がシンプルなロングソードで、一人で警戒している傭兵が盾と剣を構えている。オーソドックスな陣形と言えよう。
私なら一気に後退してから全速力で溶岩流を迂回し、後方で待機している魔術師を叩く──だが。
「……正気ですか?」
イリオスは平然と剣を溶岩流へと向けていた。
数打ちのブロードソードを地面と水平に構え、切先の照準を定める様に左手を刀身へ添えている。
剣と肉体が一体に見えるほどに研ぎ澄まされた構えに、私は思わず生唾を飲み込んだ。
そして、イリオスの詠唱が始まった。
「散逸する星の光、瞬きを束ね、光芒を描く」
それに合わせて彼の背中に展開されていた魔力剣がブロードソードへと収束していき、転瞬、その魔力が跳ね上がった。
「廻れ、廻れ、星の海よ。光を鉄に、鉄を刃に」
詠唱が続く。凡庸な剣から名だたる聖剣が如き光が溢れ出す。
その間も、銀世界を書き換えた赤と黒の奔流は燎原の火の如く広がっている。
「邪悪を退け、荒ぶ御霊を鎮めたまえ。其は三界を断つ霊厳なる剣」
全てを焼き溶かす溶岩流がイリオスの姿を飲み込もうとした──その刹那。
「七星剣!!」
お手本の様な鋭い突きと共に切先から極光が奔る。それは宙に煌めく流星の如く、瞬く間に溶岩の海を喰い破って突き進んでいった。
溶岩の魔術師と二人の剣士は避ける間もなく光に飲まれて姿を消した。残りの三人は間一髪、射線上から離れて命を拾っていた。
けれど、イリオスはそれを見逃さなかった。瞬時に剣を横薙ぎに振るい、切先から奔る光が剣の軌道をなぞる。
天災を穿った極光が今度はその名残ごと傭兵達を飲み込んでいった。
唖然とする私にハイディは言う。
「終わりなのだ」
彼女は見慣れているのだろう。
この壮絶な光景、地獄の上塗りの果てに生まれた赤熱する荒野を。
「そうですわね」
それを羨ましいと、私は思った。
魔術を七つも込めると剣に負荷が掛かりすぎて折れてしまう事がある。
これは術者である俺の技量で負担をある程度までは軽減できる。この剣では今の様な魔術を一回しか使っていなかったので、今回くらいなら耐えられると踏んでいたのだが──どうやら知らずの内に力み過ぎてしまっていたようだ。
「こりゃまた、見事に割れたな……」
剣の切先から柄頭にかけて、稲妻の様なジグザグした形で二分されてしまった剣を見て、思わず感嘆の息が漏れた。会心の一作である。
俺が二振りになってしまった剣を見ていると、背中にクララを乗せたハイディが近づいてきて溜息混じりに言う。
「女の子が見てるからって張り切り過ぎ。過剰火力ダサいのだ」
ハイディの放った言葉の刃はザクザクと俺を斬りつけた。自覚が多少ある分だけ、斬れ味が増している。
「凄まじい一撃でしたわ。お見事という他ないでしょう」
その傷跡にクララが軟膏を塗ってくれた。
ありがとう、良い薬です。相棒に凹まされた傷心には特によく効いている。張り切った甲斐もあったと満足感に浸れた。
「……やり過ぎだとは思いますけど」
上げて落とされた。良薬は傷に沁みる。そういう事なのだろう。俺は咳払いをしてからリンザールがある方角を指で差し、声を張り上げた。
「過ぎた事はいいだろ。さあ、先に進もうぜ!」
「良くない。全員消し飛ばしたら誰から話を聞けばいいのだ」
うちの子が話を元に戻してしまった。
確かにハイディの言う事にも一理あるが、襲ってきた傭兵のレベルを考慮するとその可能性は低い。
「あの程度の傭兵に大した情報は持たさないよ」
傭兵の強さは引き際を見極める目と言っても過言ではない。俺が敵側なら初動の“凍てる槍”が防がれた時点で一度退却し、改めて策を練るか、素直に依頼失敗を選ぶ。
それが出来ないのは自分の力に過度な自信と期待を持ってる奴らだ。往々にして分不相応の依頼を受けがちで、そのくせ心が折れたら命惜しさに保身に走る。
他の職業なら一度痛い目を見ても、反省さえ出来れば大成する機会だってあるかもしれない。
しかし、人との命のやり取りが仕事である傭兵でそれは稀だ。死人に二度目は存在しない。
「奴らは一人前ではあったけど、二流だ。あのレベルが受けてくる依頼なら依頼人も足が付かない様に偽装してる」
もしくは──
「今のが様子見である可能性は?」とクララ。
「いいね。センスがあるなぁ、クララくんは」
確かにそれは考慮すべきことだ。依頼を受けているのが流れの個人傭兵ではなく傭兵団である場合、仕事にはそれなりの人数を当たらせる。事の成否が名前に影響を及ぼすからだ。
だが、結局は同じだ。今の時期にこの国で活動している傭兵団は太客を擁する大手のみ。末端はともかく、引き際の見極めが下手くそな人間は淘汰されている領域だ。当然だが所属している団員も極めてレベルが高いので、あり得ないと断言してもいい。
「もしも、ここまでやって突っ込んでくるなら……そん時は逃げた方が利口だろうな」
しかし、例外はある。戦わなければ死ぬという状況にまで追い詰められている場合だ。俺みたいな奴だな。そういうのは無闇に戦わない方がいい。ほぼ捨て鉢になった死に物狂いの人間ほど、恐ろしいものはないからだ。取り合わずにケツをまくって逃げるが吉だ。
ただの馬鹿である場合は──今回と同じ様にすれば良い。
「……そうですか。では、ここはプロの判断に任せましょう」
「クララがいいならそれでいいのだ」
「ねーハイディちゃーん。君のご主人様は俺なんだけどなー?」
「俺様は鞍替えを視野に入れているのだ」
ハッキリ言われると傷ついてしまうのでやめて欲しい。そう思った。