NO GOLD   作:一貫

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ジェンダーフリー錬金術師2

リンザールの東西にある関所から真っ直ぐに伸びる大通りを只管直進すると、ニザヴェリル最大の市場に出る。

中央市場を中心に蜘蛛の巣の如く張り巡らされた路地は一見すると複雑だが、一度覚えてしまうと不便は感じない造りになっている。慣れていなくても方角さえ分かればどの路地を歩いても中央市場に辿り着けるので、余所者からすると親切な造りとさえ言えるかもしれない。

 

そんなリンザールの路地を歩くこと数分。

記憶を頼りに歩いていた俺の肩に、街に入った時から俺たちを見ていた鉄の鴉が停まった。そして鴉は嘴で自らの羽を突き、まるで本当に生きているかの様に振る舞い始めた。

 

「イリオス、この鴉は……」

 

「ご推察の通り魔導人形(ゴーレム)だよ」

 

ゴーレムは錬金術によって生み出される魔力を動力とした傀儡である。形や能力は錬金術師の技量に依存するが、特定の動作を不眠不休でムラなく行えるという事で魔導具の作成に用いられる事が多い。

傭兵の中では斥候としてゴーレムを放つ魔術師もいるが、作製にはコスパを考えて粘土や石を使う事が多く、目的に沿った最低限の能力しか持っていない事が殆どだ。

 

「何というか、その」

 

鴉を観察しながら言葉を濁すクララを見るに、俺の知識は冒険者的にも正しいらしい。

それでも彼女がはっきりと「この機能必要ですか?」と口にしないのは、鴉の主人に気を遣っているからだろう。

 

なので俺が代わりに言う。

 

「断言する。コレを作った奴は変人だ」

 

ビクリとクララが肩を跳ねさせるが、鉄の鴉は自然体のままだ。

 

「まあ、それなりに長い付き合いだな。前も少し話したけど、仕事でリンザールに来た時に出来た繋がりで……俺はよく分からんけど、凄い研究者なのは確かだ」

 

しかし、俺はもう傭兵団をクビになった訳だし、街を出る前に挨拶するくらいで済ませるつもりだったのだが──

 

「何の用だろうな?」

 

「何の用だろうな、じゃなぁぁぁぁぁぁあい!!」

 

俺はクララに話しかけつもりだった。

しかし、言葉が返ってきたのは耳の真横から。鼓膜を劈く様な金切り声が路地に反響し、俺は目眩を覚えた。

 

「おいおいおいおい! ボクと君の仲だろう!? まさかとは思うが! コチラが出向かなければ会うつもりはなかった、みたいな言い草はやめたまえよ! 何しに来たんだこの街に!」

 

「少なくともお前に会うためじゃないよ、アレクシア」

 

「ファァァァッ!!」

 

うるさっ。

俺は奇声に耐え切れず、鉄の鴉を鷲掴みにして地面に叩きつけた。無闇に頑丈なそれは石畳を切りつけた後、カラカラと音を立てて転がっていった。

 

ぎゃあ!? と叫び声を発しているが、おそらく視界の同調が祟って椅子の上からでも転げ落ちたのだろう。

 

「何をするんだ! 椅子から転げ落ちた上、飲みかけのコーヒーを研究資料にぶちまけてしまったじゃあないか! これは責任を取って弟子兼助手になってもらうしかないねェ!」

 

「酷いな。色々と」

 

気の狂ったテンションを維持する鴉の主人、アレクシアに俺はがっくりと肩を落とした。

以前から何も変わっていない。少しは落ち着いてくれと切に思う。

 

「知らないよ、そんなの。というかまだ諦めて無かったのか」

 

頭を抱える俺の肩にクララが手を置き、ニザヴェリルの冬よりも底冷えする声音で言った。

 

「説明してくださる? 色々と」

 

光の消えた翡翠色の目から発される圧を受けていると、戦場で対峙した隣国最強の騎士が放った殺気を思い出す。

こういう時の女の子には、何を言っても碌な目に合わない。俺はそれを故郷の元許嫁とのやり取りで学んでいる。だからとりあえず微笑んでおいて、アレクシアがいる場所に向かって歩を進める事にした。

 

そうして、苛立つクララの針めいた視線に晒されながら歩くこと数分。俺たちは路地の一角にひっそりと看板を掲げた、“真理のアトリエ”なる怪しげな商店へと辿り着いた。

 

「待っていたよイリオスくん! ささっ、早く入りたまえ!」

 

俺が扉に手を掛けるよりも早く開け放たれたそこから飛び出してきたのは、銀髪を三つ編みにして胸の前に垂らした美少女であった。

年の瀬はクララと同じか、少し上くらいだろう。アレクシアが好んで着ていた青紫色のローブを羽織っている。

 

「……誰?」

 

「おいおいおい! 酷いなぁイリオスくんは! 見てわかるだろ? ボクだよ、アレクシアだ!」

 

「は?」

 

「は? じゃないが」

 

俺の知ってるアレクシアは同い年の男である。背丈は俺より少し高く、撫で肩で、髪色も銀ではなく黒。爽やかな好青年といった顔立ちをしており、目の下に黒子があるのが特徴だった。

 

「例えば君が、本当にアレクシアだったとして……俺がそれを信じるとでも?」

 

「うーん。確かにイメチェンが過ぎた自覚はボクにもある……じゃあこうしよう。おいでー、アレクシア四号!」

 

店の中から人影が現れる。

それは正しく俺の記憶にあるアレクシアの姿その物だった。しかし、どこか様子がおかしい。瞳から生気を感じない。

 

少女はアレクシアに屈ませ、彼と自分の前髪を手で上げた後、顕になった額同士をピタリとくっ付けた。

転瞬、二人の足元に魔方陣が展開され、眩い光が辺りを満たす。あまりの光量に、俺は思わず目を閉じてしまう。

 

瞼の裏側で感じていた光が止み、恐る恐る目を開くと、アレクシアが腕を天井に向かって伸ばしていた。

 

「これで信じてくれるかい?」

 

そう言ってニヤリと笑う彼の目には光が戻っており、逆に少女の目から生気が失われていた。

 

「ひ」

 

「ひ?」

 

「引くわ……」

 

俺は後ずさった。

目の前で行なわれたのは生命への冒涜だ。不老不死はおろか、他人の人生を乗っ取る事さえ叶うだろう。そんな悍ましい技を平然と使って見せる人間に、好感を抱けという方が難しい。ここまで終わっている人間だなんて夢にも思わなかった。

 

「ここでこれ以上の罪を背負わないよう殺してやるのがせめてもの情けか……介錯しよう」

 

手元に“光芒の剣”で魔力剣を作り出して上段に構える。痛みを感じず、死んだことさえ理解できない一撃をお見せしよう。

 

「あー、待ってくれ。驚かせたかっただけなんだ。本当に」

 

アレクシアが食い気味にこちらに身を乗り出す。

肩を掴まれたので振り解こうとするが、思っていた以上に力が強い。

 

「君が理解できるまで理屈を説明すると三日三晩じゃ足りないから省くけどこれは僕の身体の一部から作った魔造人間そしてこの身体は全体の約八割を魔導具に置き換えてある特別製だ因みにこれで約千七百馬力を獲得している身体の入れ替えはこの身体とその銀髪美少女モデル間でしか使えない」

 

アレクシアは血走った目で一息に言い切った。

彼の形相もそうだが、それ以上に真後ろからくる極寒の殺意が恐ろしい。直接俺には向けられていないのに、だ。このまま剣を真後ろに振り抜きそうである。

これを向けられているのはアレクシアだが、彼は研究職で戦闘を専門としている訳ではない。首筋に刃を当てられでもしない限りは殺気などには気付けない。

 

「本当なんだよ〜! 信じてくれよ〜!」

 

俺が黙り込んで取り合わなかったからか、彼は両目からポロポロと大粒の涙を流し始めた。

見ていて辛い。何というかこう、みっともない。きっと路地で蹲っていた俺を見たクララもこんな気持ちだったのだろう。

 

「分かった。分かったから」

 

俺は剣を構築していた魔力を使って、身体強化の魔術を自身に掛けた。その高まった膂力でアレクシアを力尽くで引き剥がす。

 

「じゃあここにサインを……」

 

ローブの下から澱みない所作で取り出された契約書とペンはクララによって床に叩き落とされ、踏み躙られた。

「でかした」

 

「ですわ」

 

俺は瞬時にアレクシアの背後を取り、膝の裏を軽く蹴ってやった。そしてバランスを崩して頭の位置が下がった所で、その側頭部に拳を当ててすり潰す様にぐりぐりと押し込んだ。

 

「あだだだだだだだ!! 割れちゃう! 人類の至宝が溢れちゃうから! あ、ぁぁぁぁぁあ!! ごめんなさい! ごめんなさい! 冗談半分だったので許してください!」

 

両手を上げて降参の意を示したアレクシアに、俺たちは揃って溜息を吐いた。

拳を下ろしてやると、アレクシアは息を荒げて這いつくばった。そこでこれまで沈黙を保っていたハイディが言った。

 

「で──結局そこのヒョロガリは何でご主人を呼んだのだ?」

 

本当にな。

 

「しくしく。せっかくボクが君の借金を肩代わりしてあげようと思っていたのに……というかボクに借金をどうにかしろって泣き付きに来たんじゃないのかよぉ……」

 

アレクシアは床で身体を丸め、両手で膝を抱え込んでそう言った。

何で知ってるんだ。どいつもこいつもよ、俺のプライバシーはどこだ。

 

「それでこの契約書ですか」と自分で踏み躙った紙切れを摘み上げ、クララは文字列を目で追う。

 

「……ふむ。半年の労働の対価として白金貨二千枚。悪くないなんて物ではありませんが、どうなさいますか?」

 

「その代償として人間としての尊厳を失うくらいなら大人しく死ぬよ、俺は」

 

「ボクの弟子兼助手として錬金術師の道を歩むだけだろう!? 何がそんなに不満なんだ! ボクから錬金術を教わろうと大金をはたく者だって少なくないんだぞぉ!」

 

今度は幼児が地団駄を踏む様にもんもんと怒り出すアレクシアに、呆れて言葉も出ない。

 

「そりゃあ、俺は錬金術に興味ないしな」

 

それに尽きるというか、それしかない。

俺は勉強が嫌いだ。何かを学ぶというのがあまり性に合わない。精々が簡単な調べ物程度くらいか。仕事に必要なことを最低限知っていればそれでいいと思っている。

 

錬金術はこの世界の仕組みを理解し、組み替える事を是とする学問だ。それを習得するとなると、膨大な基礎知識を頭に入れる必要がある。

それを考えただけで、もう、鳥肌が立ってくるのだ。拒否反応と言ってもいい。俺という人間からかけ離れた所に錬金術はある訳だ。

 

だから以前もそう答えた。

アレクシアは「知ってたよう」と唇を尖らせた。

 

「だから僕は用意したんだ。そこの魔造人間(ホムンクルス)、エフィルを」

 

ぼけーっと天井を眺めているホムンクルス。

アレで一体何をしようというのか。

 

「……この子を使って、どうするつもりだったんですの?」

 

俺の心を代弁してくれたのはクララだ。怪訝な顔で尋ねる彼女に向かって、アレクシアはいけしゃあしゃあと言った。

 

「そりゃあ、イリオスくんの陰茎から白濁液を搾り取ってイリオスジュニアをだね」

 

その瞬間、室温が下がった。

まだ傭兵になったばかりの頃、他国の山で盗賊狩りをしていた時に竜と出会い、殺されかけた記憶がフラッシュバックする。

 

そして、次の瞬間。

クララが纏うマントの裾がブワリと広がり、鋼色の脚甲が天井に向かって振り上げられた。

 

それは罪人の首筋を狙う断頭台が如く、アレクシアの首筋目掛けて勢いよく落とされた。

 

「危なァい!?」

 

そう叫びながら床を転がって、アレクシアは踵落としを避けた。彼が寝転がっていた場所に叩き付けられた一撃により床は爆ぜ、建物が激しく揺れる。

冷や汗をダラダラと流して顔面を蒼白くしたアレクシアは、暫しクララの脚と抉られた床を交互に見やった。そして、たっぷりと息を吸い込んでから汚い高音の叫び声を上げた。

 

「何をするんだ女ぁ! ゆ、床、床がァ!? ここ賃貸なんだぞ!!」

 

「ほほほ……ついうっかり。申し訳ありませんわ。物に当たるだなんてはしたない真似を……」

 

クララが片膝をつき眉を顰めながら床を撫でる。

 

「床じゃなくてボクに謝れよ!! いや床もだけどねェ!?」

 

「悪いなアレクシア。この娘、優しいからさ……非道な行いとか許せないんだ」

 

「今ボクが酷い目に遭ってるんだけど!!?」

 

「いや、まあ……クララがやらなかったら俺がやってたしなぁ」

 

「くっ! 君が素直に才能を伸ばされていたらこんな事には……! エフィル、市場で同質の木材を買ってきてくれ!」

 

アレクシアはエフィルに指示を出し、財布を持たせて送り出した。

その背中を皆で見送ってから溜息を交えてる言う。

 

「ま、そういう訳だから俺を弟子にするのは諦めてくれ。精子提供もな」

 

「ちくしょぉ……ボク渾身の“完璧で究極な錬金術師計画”が」

 

「それは自力で頑張れよ……」

 

俺の言葉を聞いたアレクシアの目に仄暗い殺意が宿る。

 

「悪い。何かデリカシーに欠けた発言だったか」

 

俺が直ぐに謝るとアレクシアの目から刺々しい気配が消えた。

 

「いや、こっちこそ悪かったよ」

 

そう言って立ち上がったアレクシアの目は酷く澱んでいた。何が彼をそこまで掻き立てていたのかは定かではないが、名前はトンチキでも計画は本気だったのだろう。

今のアレクシアを見ていると何だか凄く居心地が悪い。そんな事を考えているとクララに肩を叩かれた。

振り返って話を聞く。

 

「イリオス、アレは演技ですわ。同情を引いて譲歩を引き出しやすくしているだけ……恐らく、次の話が本題」

 

俺が風を切る勢いでアレクシアの方を向くと、奴は手で顔を隠して声を押し殺す様にして笑っていた。

 

「本当に良い頭を得たね、イリオスくん」

 

トントンと指で頭を叩く仕草を見せるアレクシアに、俺はゆっくりと大きく息を吐いた。

 

「で、結局何の用なんだよ。生憎と暇じゃないんでな。仕事は選ばせてもらうぞ」

 

「そう怖い顔をしないでくれ。君からすると欠伸が出るほど簡単な依頼だ」

 

アレクシアが指を弾いて鳴らす。俺たちを監視していた鉄の鴉が店の奥へと飛んで行き、そして一枚の紙を咥えて戻ってきた。

鴉は俺の肩に留まり、紙をクララに見せる。

 

「素材収集の護衛依頼……しかも場所は南の僻地、ムスペルヘイムですか」

 

「そう。ボクは大変に優秀でね、本来なら一定の冒険者資格を取得していないといけない領域にも顔パスで入れる。しかも──自由に護衛を選ぶ権利付きだ」

 

「それってどんくらい凄いの?」とクララを見る。

 

「……顔を見せたら国境を越えられるくらいですわ」

 

「へー! マジで凄いんだな、アレクシアって」

 

「何て馬鹿な会話……いや、親と子か」

 

クララママって言いにくいな、なんて益体もない考えが俺の脳裏を過ぎる。

 

「報酬は白金貨二千枚。どうだい? かなり厳しい日程調整にはなっているが、ハイディくんの力を借りれば半年足らずで君の諸問題は全て解決するよ」

 

アレクシアの提示は正に渡りに船だった。

何でどいつもこいつも俺に都合のいいことばかり言ってくるんだろうか。訝しむ俺にアレクシアは続けて言った。

 

「正直、君の役割はそんなにない。ボクが借りたいのはハイディくんの俊足だよ。ただ往復するだけで一年半掛かるだろう時間を、半分以下に出来るなら……今のボクには白金貨二千枚の価値がある」

 

彼の金銭感覚の話なら俺から言うことはない。

しかし、タイミングが悪かった。

 

「悪いけど無理だ。他を当たってくれ」

 

「へ?」

 

生き抜けたアレクシアの返事が部屋の中に溶けていった。

 

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