ミラ子の娘。   作:宮川 宗介

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エルサミラクルのひみつ 実は結構な読書家。


第十一話

そろそろ木々の葉も色づき、秋風に金木犀の香りが交じりはじめていた。

 

そんなある日。

わたしはある神社のお賽銭箱の前で、手を合わせて神様にお願いごとをしていた。

 

「今度、初めて重賞レースに挑戦することになりました。どうか無事に、最後まで走らせてください。それと、あの怪物に勝てますように、とまでは言いません。せめて、良いレースができますように……」

 

次のレースに勝たせてください、とまではさすがにお願いできなかった。

なんせわたしの次走、J・GⅢ京都ジャンプステークスに出てくるのは、時の第一人者で現役最強のグランアンネリーゼさんなのだ。

 

いくら霊験あらたかな神様とはいえ、重賞初挑戦のウマ娘からそんなバケモノ相手に勝たせてくださいとお願いされても、困り果てるに決まっている。

 

「ほうほう、怪物ですか。あなたが次に出るレースへ出走してくるウマ娘は、そんなに強いのですか?」

 

背後から、そんな声が聞こえてきた。

 

「そりゃあ、もう! J・GⅠをすでに4つも勝っているすごくすごいウマ娘で、バケモノみたいに強い……」

 

と、説明しながら振り返ると、そこにはどういうわけか、バケモノ……じゃなかった、件のウマ娘、グランアンネリーゼさんがいらっしゃった。

 

しかも、なぜか巫女服を着て。

 

「えっ、あっ……えっ!? グランアンネリーゼさん!? なんでこんなところに!? しかも、なぜ巫女服を着てらっしゃるんですか?」

 

わたしの質問攻めに、彼女は薄く困ったような笑みを浮かべた。

 

「いや、ここ私の家ですし。服装の理由をお話しますと、私はこの白玲(はくれい)神社の跡継ぎですので、トレーニングがお休みのときはこうして修行させてもらっているんですよ」

「な、なるほど。そうだったんですね」

 

いや、この神社がウマ娘の神様を祀っているのは聞いて知ってたけど、まさかグランアンネリーゼさんがここの神職の娘さんだとは思いもしなかった。

 

この神社を教えてくれたイングリッドも、多分知らなかったのではないだろうか。

 

*

 

数日前の朝のことである。

 

わたしが一時間目の授業の数学の準備(これも苦手な科目だ……)をしていると、背後からぽん、と肩を叩かれた。

 

「おはよう、エルサ。昨日はオープン戦勝利、おめでとう!」

 

そんな祝辞をくれたのは、先日合コンに誘ってくれたイングリッドだった。

 

「ありがとう。ま、なんとかね」

 

わたしは照れ笑いを浮かべながら、謙遜してみせる。

 

「いや、ホントいいレースだったよ。特に最後の50Mからのもうひと伸びは、絶対に負けるものか! ってエルサの気持ちが溢れ出てて、見ていて感動してしまったわ」

「あ、ありがとう……」

 

あの伸びは単にこんな苦しいレースをさせやがって! という理不尽な怒りに身を任せただけのものだったのだが、そう解釈してくれているのなら、美しい勘違いのままにしておこう。

 

「オープン初戦であれだけのレースができるなら、当然次は重賞挑戦が目標よね?」

「うん、そうなるかな。っていうか、トレーナーから次走はJ・GⅢの京都ジャンプステークスって言われてるよ」

 

わたしがそう言うと、イングリッドはうんうん、そうよね、と首を縦に振る。

 

「ところでエルサは、レース前にゲン担ぎとか神頼みとかする方?」

「ん~。いや、あまりしないかな」

 

イングリッドからの少し意外な質問に、わたしは首を横に振った。

ウマ娘のレースも勝負の世界なので、そういうことにこだわりを持っている娘も少なからずいる。

その手の儀式めいたもの、(まじな)いめいたものをすべて否定するわけではないのだけれど、わたしにはどうしてもそれらがレースの結果に何らかの影響を及ぼすとは思えなかった。

 

「そうなのね。でも今回は重賞初挑戦だし、ちょっと神様に必勝祈願……とまでは言わないにせよ、いいレースになりますように、ぐらいお願いしに行ってもいいと思わない?」

「う~ん……」

 

ようするに、神社にお参りしてきてはどうか、ということかな。

わたしは宗教というものにあまりいいイメージがなかったし(信仰そのものを否定するわけじゃないけどね)、レースってものは勝つのも負けるのもすべて自己責任だからこそ、人生を懸けるに値する競技なんだと思っている。

 

それにしたって合コンといい参拝といい、最近イングリッドの誘いにすんなりOKしてない気がするなぁ。

まぁ付き合いが長くなると、こんな時期もあるか。

 

わたしの気乗りしない表情を見て、彼女は苦笑しながらも話を続ける。

 

「いや、私もあんまりお参りとかするほうじゃなかったんだけどね。でもローズステークス前に友だちから『あそこの神社は本当にご利益あるって!』って勧められて。そこまで言うなら……と思ってお参りしてお守り買ってきたら、見事に勝利できたんだから」

「へぇ。イングリッドの重賞初勝利の裏側には、そんな話があったんだね」

 

彼女は9月前期に行われた秋華賞トライアルのGⅡ・ローズステークスに挑戦し、11番人気の低評価を覆して見事に勝利していた。

 

本番は残念ながら着外に敗れてしまっていたけど、ステークスウィナーであることは、将来の進路に大きな影響を及ぼす。

重賞を勝っているウマ娘とそうでないウマ娘では、引退後に進学できる大学や、内定をもらえる企業のレベルが全然違ってくるのだ。

 

当然のことながら前者のほうが良い条件で進学できたり、就職できたりするわけである。

 

そんな人生を変えるような大きい勝利を掴めたのは、単にイングリッドの頑張りが実を結んだだけな気がするが、本人がそう思っているのを必死に否定するのも無粋ってものだろう。

 

「それに、その神社はウマ娘の神様を祀っているから、無宗教でもそれほど抵抗なくお参りできると思うわよ」

「ウマ娘の神様って、三女神様ってこと?」

 

普通の人より優れた脚力と腕力を持つウマ娘は、古来よりいくつかの文明で崇拝の対象とされてきた。

 

三女神信仰などはその最たるものだし、信仰の対象としては他にもバ頭観音などが有名だ。

 

となるとイングリッドがオススメしようとしている神社は、三女神を御神体とする神社なのだろうか。

 

「ん~……詳しくは知らないけど。その神社は三女神様だけじゃなく、もう一人、別のウマ娘の神様も祀っているそうよ」

 

おいおい。

必勝祈願をしておいて、どんな神様にお願いしたかが分からないんかい。

それはそれで罰当たりな気がするが、日本人の宗教観らしいといえば、そうなのかもしれない。

 

あと、神様は一人、二人じゃなくて一柱、二柱だよ。

さすがに友だち相手に、そんな言語警察みたいな指摘はしないけどね。

 

と心のなかでツッコんでみたものの、毎年初詣に行っている神社がどういう神様を祀っているのか知っている人って、神道を信仰している人か、よっぽどそういう民俗学が好きかのどちらかだろう。

 

「ふぅん。重賞を勝ってるイングリッドがそういうなら、健康祈願ぐらいはお願いしにいくのもいいかなぁ」

 

お参りを勧めてくれた彼女にそう言ったのは、神様に勝たせてくださいとお願いしにいくのはレースを走るウマ娘として、やっぱりなんか違う気したからだ。

 

「うんうん、きっとそれがいいと思うわ。場所はね……」

「えっ、一緒に行ってくれるんじゃないの?」

 

場所を表示するためだろう。

スマホを取り出したイングリッドに、思わずそう聞いてしまった。

 

わたしはてっきり今度予定が合ったときにでも、ついてきてくれるものだとばかり思っていたんだけど。

 

「あのね、エルサ。こういうのは一人で行って、しっかりそのことをお願いしてくるのが神様に対しての礼儀ってものよ。そんなに遠くないし、道に迷うこともないと思うわ」

 

そういうものなのだろうか。

どんな神様にお参りしたのか分かってない人に言われても、あまり説得力を感じないけど。

 

まぁ、重賞を勝っているあんたほどのウマ娘がそう言うなら。

 

「わかったよ。じゃあ神社の場所のURLをLANEに送っておいてくれる?」

「オッケー」

 

イングリッドがスマホを操作すると、すぐさまLANEの通知音が鳴った。

 

わたしはスマホを取り出し、LANEを開いて表示されたURLをタップする。

 

件の神社は白玲神社というらしく、学園の最寄り駅から普通電車に乗って、3つほど先に行ったところにあるらしかった。

 

「ふむふむ。ここならそんなに遠くないし、駅を降りてから道に迷うことってこともなさそうだね。今週はちょうどトレーナーがお休みくれてるから、時間見つけて行ってくるよ」

「うん。その神社はちょっと街中から外れたところにあって静かだし、綺麗で緑も多いから、行くときっといい気分転換になると思うわ」

「そうなんだ。それはちょっと楽しみかも」

 

そういえば最近、一人で静かなところへ行ってゆっくりする、なんてことしていないなぁ。

自分を見つめ直す、というと大げさだけど、メンタルケアとしてもそういう場所に行くのは悪くないのかもしれない。

 

*

 

「ところで、どうしてエルサミラクルさんは当社へいらっしゃったのですか?」

 

グランアンネリーゼさんの突然の登場にはもちろん驚いたわけだけど、彼女からしてもわたしを見かけたのは意外だったのだろう。

 

「あ、いえ。クラスの友人から、こちらの神様のご利益がありがたいって聞いたものですから。今度始めて重賞に挑戦するわけですし、完走と好走を祈願させてもらってたんですよ」

「勝利ではなく?」

 

そう聞いてくるグランアンネリーゼさんは、なぜか少し嬉しそうだった。

 

「はい」

 

勝利はあくまで、自分で掴み取るものだと思っていますので、まで言ってしまいそうになったが、今度同じレースを走る第一人者に対してそれはさすがに失礼と言うか、生意気にすぎると思ったのでなんとかそれを喉の奥に押し込んだ。

 

「そうですか。ま、神様に祈ったぐらいでレースが勝てるなら、苦労はないですよねぇ。うふふ」

 

巫女さんらしく、口に手を当てて控えめに微笑むグランアンネリーゼさんだったが……。

いや、神社の娘が笑いながらそれを言うんかい。

 

「そ、そうですかね……。あはは……」

 

わたしとしては、追随して愛想笑いを浮かべておくよりない。

 

「そういえば、こちらの神社では三女神さまだけではなくて、もう一柱ウマ娘の神様を祀っているって友人から聞いてるのですが」

 

気まずくなったからというわけではないが、わたしはイングリッドから聞いてちょっと気になっていたことを、関係者から直接聞いてみることにした。

 

「よくご存じですね。当社はダーレーアラビアン、バイアリーターク、ゴドルフィンバルブと、芦毛の始祖とされているオルコックアラビアンを【四女神】として奉っているんですよ」

「芦毛の始祖……」

 

わたしはそう呟きながら、ほとんど無意識に母親譲りの芦毛の髪に触れていた。

 

「そういえば、エルサミラクルさんはお母様と同じ芦毛なんですね。知っていらっしゃるかもしれませんが、芦毛は芦毛のお母様やご先祖様を持つウマ娘からしか生まれてきません。あなたの美しいプラチナブロンドのことは、お母様に感謝しなければなりませんよ」

「自分の髪のことを綺麗だ、とはあまり思ったことはないのですが……そう言ってもらえると嬉しいです」

 

彼女が褒めてくれた芦毛をかきあげながら、わたしは照れ笑いを浮かべて謙遜する。

 

グランアンネリーゼさんがいうように、芦毛は先祖のどこかに芦毛のウマ娘がいないと顕現しない。

それも芦毛の娘だったら確実に芦毛で生まれてくる、というわけでもないので、芦毛のウマ娘というのは実は結構珍しかったりする。

 

中学の時にURAの資料を調べたことがあるけど、芦毛のウマ娘は確か7%だか8%だか、確かそれぐらいの割合だったと思う。

 

「ウマ娘の毛色に関しては、まだまだ謎に包まれている部分も多いですけどね。エルサミラクルさんのお母様と同じ時期を走っていたネオユニヴァースさんも登録上は鹿毛になっていますし、ゴールドシップさんの幼少期はどうみても鹿毛にしか見えなかったりしますしね」

「えっ、ネオユニヴァースさんって鹿毛で登録されてるんですか?」

 

ウマ娘はトレセン学園に入学する際、自分のタイムや経歴とともに外見的な特徴も登録する。

わたしだと芦毛・身長153センチ・体重いい感じ・B84・W56・H89といった感じである。

 

……ケツデカとかいうなよ?

基本アスリートってのは、ケツがでかいものだからな?

 

「ええ。他にもハルウララさんやツインターボさんなど、分類基準から大きく外れているようなウマ娘の髪色は、鹿毛にカテゴライズされているみたいですね」

「へぇ、知りませんでした」

 

彼女が教えてくれた毛色の知識に、わたしは深く頷いた。

 

ウマ娘の毛色は、大きく8種類に分類されている。

鹿毛、黒鹿毛、青鹿毛、青毛、芦毛、栗毛、栃栗毛、それと白毛だ。

 

わたしのような芦毛はわかりやすいけど、この区分けは実は結構微妙だったりする。

 

烏の濡羽色のロングヘアをしているグランアンネリーゼさんは青鹿毛だし、そのグッドルッキングで知られたエイシンフラッシュさんは黒鹿毛と、正直どこで髪の色の区別してるのかわからないウマ娘もいる。

 

金髪のネオユニヴァースさんとか、ピンク髪のハルウララさんなど、珍しくて分類するのが難しいウマ娘の髪の色は、とりあえず一番数の多い鹿毛にカテゴライズしておけ、ということなのだろうか。

 

「毛色のことはともかくとしまして。もうお参りはよろしいのですか?」

「はい。ケガなく無事に走り抜けられますように、としっかりお願いさせていただきましたから。……でもグランアンネリーゼさんがここの巫女さんをされているなら、あなたに勝たせてくださいとお願いしても、神様は願いを叶えてくださらないかもしれませんね」

 

冗談めかしてわたしが言うと、彼女はにっこり微笑んだ。

 

「ふふっ。四女神様の力をお借りしても、今の私を負かすのはなかなか難しいと思いますよ」

 

上品に微笑みながら、なかなかに強烈なことを言うグランアンネリーゼさん。

 

だから神社の娘が……。

 

いや、きっとこれぐらいの自信がないと、1つの世界のトップ・オブ・ザ・トップなんて務まらないのだろう。

 

「……今回はグランアンネリーゼさんの胸をお借りするつもりで、出走しますのでどうかお手柔らかにお願いしますね」

「レースの方はお手柔らかに、というわけには行きませんが、お貸しする胸は柔らかい自信がありますよ? 触ってみますか?」

 

そういってグランアンネリーゼさんは、薄い巫女服の上から主張しまくっている豊満なおっぱいをバン! と突き出した。

 

カフェテリアで初めて会ったときにも思ったけど、彼女のスタイルは女性らしい起伏に富んでいる見事なものだ。

 

正直、ちょっと羨ましい。

 

にしても。

こういうジョークもイケる口の人だったのか。

なんだかちょっと……いや、かなり意外である。

 

「グランアンネリーゼさんほどのものではありませんが、自前のがあるので遠慮しておきます」

「そうですか。ではレースのときはぜひ、遠慮なく全力でぶつかってきてくださいね」

 

そう言って彼女はいたずらっぽく笑った。

からかわれたのには違いないのだろうけど、フレンドリーに接してこちらの緊張を和らげようとしてくれている気遣いは、確かに感じられた。

 

「すみません。もう少しお話していたいのですが、ご奉仕が途中なのでこれで失礼しますね。よかったらゆっくり、当社の中を見ていってください」

「あっ、ちょっと待ってください」

 

ていねいに一礼して去ろうとするグランアンネリーゼさんを、わたしは呼び止める。

 

「どうなさいましたか?」

「その。できればお守りを分けていただけたら、と思いまして」

「もちろん、よろしいですよ。では授与所へ参りましょうか」

 

グランアンネリーゼさんはそう言って微笑むと、拝殿を正面に見て右手にある建物へ歩き出した。

あの建物がきっと、授与所なのだろう。

 

どうやらわたしの予想はあたったらしく、彼女は横手の扉から建物へ入っていく。

 

「当社は様々な御神威のお守りを用意していますよ。どうぞ、ご覧になってください」

 

彼女の手が指し示した授与所の軒先には、色とりどりのお守りや絵札、御札などが並べられている。

 

交通安全守、厄除守、合格守、身体健全守、病気平癒守……。

 

神社の授与所を初めて覗いたわたしは、お守りのその数と美しさに目を奪われてしまう。

 

「良縁、恋愛、子宝、安産……。へぇ、こういう種類のお守りもあるんですね」

「ええ。ウマ娘には血統を紡いで、世界中で繁栄してきた歴史がありますからね。それにあやかって、ウマ娘でない御夫婦やカップルもよくお二人で当社に参られます。子宝守だと、なぜかダーレーアラビアンのご加護のものが人気ですね。お授けする9割が彼女のものですよ」

「そうなんですか」

 

ふーむ。

よく見るとそのお守りは赤をメインカラーに造られており、それが情熱とか赤ちゃんを連想させるからかもしれない。

 

「よかったらエルサミラクルさんにも、こちらをお授けしましょうか?」

「いえ、まだ結構っす……」

 

もちろん冗談なのだろうが(ほんとにお茶目な人だ)、彼氏もいない処女がそのお守りを持つのはちょっと荷が重すぎる。

 

しかし、いつかそんな人ができたなら、ここでダーレーアラビアンのお守りを授与してもらうのも悪くないかもしれない。

 

ちなみにお守りは買うものではなく、神社から授与してもらうものであり、お金もお守りや御札の対価として支払うのではなく、初穂料として神社に納めるもの、なのである。

 

神社に初めてお参りに来るくせになぜそんなことを知っているのかといえば、実はわたしは結構な濫読家であり、暇なときはジャンルを問わずに色んな本を読んでいたりするので、そのおかげだ。

 

英語と数学が苦手で嫌いなわたしがなんとか留年を免れているのも、この読書のおかげで国語と社会だけは、人並み以上にできるからだったりする。

 

でも、この手のタイプの生徒は進路が悩ましいんだよね……。

今どき文系大学も、ある程度の偏差値のとこだと数学ができないと話にならないし。

 

わたしが授けてもらうべきは子宝守などではなく、学業守や合格守なのかもしれない。

 

まぁそんなことは、現役を引退してから考えることにしよう。

 

「じゃあ身体健全守をよっつ、分けていただけますか?」

「わかりました。ご家族の分もですか?」

「ふたつは父と母にですけど、もう一つはルームメイトに贈ろうかなって」

 

わたしがそう言うと、白玲神社の御紋が入った袋にお守りを入れながら、彼女は優しく微笑んだ。

 

「皆さん、きっと喜んでくださるのではないでしょうか。この神社と同じ名前の祖母は二年間で37戦をケガなく走っていますし、私も幸い、いままで大きなケガに見舞われたことは一度もありません。身体健全のご加護は折り紙付きですよ」

「二年で37戦ですか……!」

 

昔は今よりレース間隔が短いのが当たり前だったとはいえ、なかなかに凄まじい戦歴である。

単純に考えてみても一年に18戦、月に一度以上はコンスタントにレースに出ていた計算になる。

 

一流のウマ娘はGⅠにしか登録せず、年間3、4戦しか出走しないというローテも珍しくなくなった現在から見ると、とても考えられない話だ。

 

グランアンネリーゼさんが東京ハイジャンプから京都ジャンプステークスというタイトなローテーション(中一週だ)で戦えるのも、祖母譲りの頑健さがあってこそのものなのだろう。

 

そんな逸話をお話しながら、お守りを渡してくれる際に触れた彼女の手は、すべらかでとても温かった。

 

「お祖母様は、無事是名ウマ娘を体現されたウマ娘だったのですね」

「はい。障害を主戦にしたウマ娘として、初の殿堂入りを果たした母のことはもちろん尊敬していますが、ひょっとしたらそれ以上に祖母には畏敬の念を持っているかもしれません」

 

彼女のその気持ちは、よく分かる。

出走したレースの数がウマ娘の価値を決めるわけではないけれど、長年たくさんのレースを戦い続けたウマ娘には、やはり敬重の気持ちを持つものだ。

 

「そんなお祖母様の壮健さに、ぜひあやかりたいですね。もちろんお守りに頼りっぱなしじゃなくて、わたし自身、自己管理にも気をつけたいと思います」

「はい。それが大前提です。神は確かに我々を守護し、見守っていてくださいます。が、それも自助努力があってこそのものですから」

 

その一言(いちげん)には、神職に携わる者らしい説得力が感じられた。

彼女の金言に、わたしは深く頷く。

 

「本当におっしゃるとおりだと思います。では、今日のところはこれで失礼しますね。忙しいのに、色々とありがとうございました」

「いえいえ。またいつでも、当社にお越しくださいね。お待ちしています」

 

別れの挨拶を交わしてグランアンネリーゼさんの前から辞し、最後に拝殿でもう一度四女神様たちにさようならのご挨拶をさせていただいてから、わたしは白玲神社をあとにした。

 

*

 

「ただいま」

 

寮の自室に戻ると、ルームメイトのルージュフルールはベッドの上で寝っ転がってスマホを触っていた。

 

「おかえり。自主練?」

「いや、単なる外出。友だちに勧められたじん……」

 

わたしがどこへ行ってたか言おうとすると、それを遮るように彼女は「はっ!」といやらしく笑った。

 

「あ~あ。オープンまで勝ち上がって重賞に挑戦しようか、というウマ娘はいいわよね。よけいな練習なんかしなくても、勝ち上がっちゃう才能があるんだから。あ~あ、うらやましい!」

「……」

 

ここのところ、ルージュはいつもこんな感じだ。

わたしだけに、こんな対応をするのならまだいいんだけど……。

 

最近の彼女は、なにかにつけて周りにもケンカ腰に突っかかってトラブルを起こしていた。

 

原因はわかってる。

ここ数ヶ月、彼女はレースで勝つどころか、自己条件のプレオープンでも入着さえままならないほど、不振に陥ってしまっていた。

 

この秋に行われたトリプルティアラの最終戦、彼女のお母様が制した秋華賞への出走も、チャンスを掴むことができなかった。

 

結局ルージュは、目標としていたトリプルティアラに出走することすら、叶わなかったのである。

 

『アタシの目標はね、ママが制した桜花賞や秋華賞を勝つことなの。もちろん、ママが出走できなかったオークスに勝てたら最高よね!』

 

入寮して初めて会った時、そんなことを聞かせてくれたものだった。

 

ルージュは頑張っていた。

 

早起きして朝練の前に自主練し、食べたいものを我慢して体を絞り、苦手な筋トレも寝る前にしっかりと行っていた。

 

でも、それが結果に結びつかない。

どうしても、レースに勝つことができない。

 

苛つくのも、当然だろうと思う。

 

わたしだって平地を走っていて勝てずに苦しんでいた時期には、ルージュにあからさまな八つ当たりこそしなかったけど……。

 

せっかく励ましてくれてたのに適当に対応したり、彼女が勝った時に、素直に一緒に喜んであげられなかったりしたものだった。

 

そりゃあんな言われ方をすれば、わたしだってなにか言い返したくもなる。

 

でも、苦しいとき、辛いときにこそ、支えてあげられるのが友だち、ルームメイトというものじゃないだろうか。

 

「いやぁ。わたしもわたしなりに一応、頑張ってるんだよ。そうだ、ルージュ。今日行ってきた神社で、身体健全のお守りを分けてもらってきたんだ。よかったらルージュに……」

「そんなの、いらないっ! アタシがケガしたって、どうせ誰も困らないし、誰も気にもしないんだもの! もうアタシのことなんてほっといてよ!!」

 

ルージュはそう怒鳴りつけてスマホをベッドの上に投げつけると、けたたましい音を立てて部屋から出ていってしまった。

 

「ルージュ……」

 

本来の彼女は、あんな娘じゃない。

どうやってもレースに勝てないという絶望感と、入学した時の夢を絶たれてしまったという現実が、ルージュを変えてしまった。

 

そんな友だちに、わたしは一体何をすることができるのだろう。

 

守護するべき人がいなくなったお守りを握りしめながら、わたしは懸命に考えた。

 

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