ミラ子の娘。   作:宮川 宗介

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第二十一話

寮住まいのウマ娘が実家に戻る頻度というのは人によって結構違うのだけど、わたしは多分、帰省頻度が一番少ない部類のウマ娘に入ると思う。

 

なんせわたしは基本的に、お正月の時しか家に帰らない。

ジュニアクラスのときはお盆も帰ったものだけど、クラシックに上がってからはお盆の時期は合宿の真っ最中であったため、そもそも帰ろうという意識さえ芽生えなかった。

 

正月のときにしか帰省しないのは、別に実家の方と折り合いが悪いとか、なにか特別なわけがあるわけじゃない。

逆に理由もないのにわざわざ実家に帰らなくてもいいか、と思ってしまうからである。

 

それに学園から実家がそれほど離れていないというのも、あまり家に戻らない一つの理由かもしれない。

 

実際、お父さんは家から電車で学園に通勤しているしね。

 

もし実家との距離が飛行機や新幹線を使わないと帰れない、というくらい遠方だったら『せっかくの長期休暇だし、この機会に帰ろうか』とか思えるのかもしれない。

でも電車で片道一時間弱ぐらいのところに家があるなら『まぁ、いつでも帰れるし……』と思ってついあまり帰らなくなってしまう。

 

でも実家に帰る必要性を感じない一番の理由は、ほとんど毎日トレーナーであるお父さんと顔を合わせているからじゃないだろうか。

 

ひょっとしたら……というより、間違いなく実家にいたときより、お父さんと接している時間が長くなっている。

 

ウマ娘とトレーナーとの関係をメジロマックイーンさんは一心同体と言ったらしいが、それはあながち間違っていない。

 

ウマ娘は人生をまるごとトレーナーに預けるようなもんだし、トレーナーは担当したウマ娘の成績で生活の糧(お給料ですわな)の大小が左右されてしまう。

 

そのような本気でシリアスな関係だからこそ、うちの父と母のようなトレ×ウマ娘のロマンスも生まれるのだと思う。

 

うちの両親にはあんまり、ロマンスって言葉は似合わない気もするけど。

どっちかって言うと、腐れ縁って感じがする。

 

それはともかくとして……もしわたしがお父さんに担当してもらうのではなく、若い男性トレーナーにスカウトされていたら、そういうこともあったのだろうか。

 

まぁ、考えても仕方ないことではあるけれどねぇ。

 

お母さんと顔を合わせる機会が少ないことについては少々寂しさを感じることもあるけど、LANEでは割と頻繁に連絡取ってるし、たまにビデオ通話もしたりするので、あまり長い間顔を合わせていないなぁ、って気分にならない。

 

お父さんがたまに『ネットってやつは、よくも悪くも人間の距離感を縮めてしまった』なんて言うけれど、こういうことなのかもしれない。

 

ただやはりネットを通じたコミュニケーションだけでは満たされないものもあることは確かで、例えばお母さん特製のお好み焼きを作ってもらってそれを食する、という体験は実家に帰らないと得られないものだ。

 

*

 

我が家のお正月は家族揃って庭に出て初日の出を拝み(わたしの家は家族全員がレース関係者、経験者であるからして、早起きは得意なのだ)、『あけましておめでとうございます』の新年の挨拶をかわしたあと、お母さんがキッチンから大きな鉄板を持ってくるのが恒例になっている。

 

「じゃじゃ~ん! では新年の挨拶も終わったところで、今年も『おせちお好み焼き』を始めていきたいと思います!」

「わ~」

 

お母さんのテンションにパチパチパチ、と場を盛り上げるのはわたしだけで、お父さんはうん、とうなずいてお銚子を傾けている。

 

お父さんは休日でも朝から酒を飲むタイプではなかったが、お正月は特別ということだろう。

 

おせちお好み焼きとは、つまりはいつもより豪華な具が盛りだくさん入っているお好み焼きのことで、お正月に食べるのだからとりあえずおせちってつけておけ、的な精神で生まれたおせち料理である。

 

わたしが物心ついたときからお正月料理はこれで、伝統的なおせち料理は2日と3日におかずとして何種類か出てくる程度だ。

 

古き良きおせち料理もけっして嫌いではないけど、正直なところ、3が日全部の食事でそれを食べ続けたいとは思わない。

 

贅沢を言っているのは承知しているが、今どきお正月料理に対する感覚なんてみんなそんなもんじゃないだろうか。

 

「今日は定番の豚玉をベースに、いろんな具材を用意しました! さ、ふたりとも。自分の好きな具材を入れてどんどん焼いてこう」

 

そう言ってお母さんはお好み焼きの()()が入ったボウルをわたしとお父さんに手渡した。

お好みの基礎になるタネに何を入れているかは各家庭によって異なると思うが、うちの場合、キャベツ・天かす・紅生姜・ネギ・山芋がベースの具材である。

 

今日のお好み焼きはダテにおせちとおめでたい銘を打ってあるわけではなく、用意されていた具材は本当に豪華だった。

 

新鮮な魚介類に、ちょっとお高そうなハムやチーズ。

 

いつもはカニカマなのに本物のカニを用意しているあたり、お母さんの本物の気合を感じざるを得ない。

さすが自称・お好み焼きのセミプロだ。

 

「でも、これだけ具材があるとどれ入れるか迷うなぁ」

 

と言いつつ、普段めったに口にできない高価なハムやカニを真っ先にタネに追加する。

 

よく料理漫画などで、何も考えずに高級な食材を複数ぶち込むと、主張の強い旨味がぶつかり合ってそれぞれの美味しさを台無しにする、なんて言うキャラクターが必ず出てくるが、お好み焼きに限ってはそんなことはないように思う。

 

なぜならお好み焼きという料理は、生地(きじ)がすべての具材のうまみを上手に包みこんでくれるからだ。

悪く言えば味を平均化してしまうということなんだろうけど、どうせ人間の舌の感覚なんていい加減なものである。

 

高価な食材が入っている、と思えばそれだけでいつもより美味く感じるものだ。

 

プロの料理人やなにかの味マニアの集まりの一員でもない限り、食い物や飲み物の味なんて、美味いか不味いかさえ自分が判断できれば十分だとわたしは思っている。

 

「あとはホタテの貝柱に……くくく……チーズなんかも入れちゃうか……!」

 

何かが乗り移ってるような気がするが、まぁごちそうを目の前にしてテンションが上っているだけだろう。

 

最終的に10種類ぐらいの具材をぶち込んで、わたしはアツアツの鉄板にタネを流し込んだ。

 

ああ、それにしても。

 

この生地の焼ける『じゅ~っ!』という音は、なぜこんなにも食欲を刺激するのか。

 

ちなみにお母さんはいつものシーフードお好みの具材にプラスしてカニと高級ツナ缶(1缶1000円ぐらいするやつだ!)、お父さんはベーコンや牛すじなどを入れていた。

 

鉄板にタネを流すまでは各自自分でやるのだが、片面が焼き上がってひっくり返すのは、お母さんの仕事だ。

 

というより……。

 

「んっふっふっ~。さて、ここからはお好み焼きセミプロのわたしの腕の見せ所ですな。ま、素人は黙ってみてなさい」

 

などといって、わたしたちにお好み焼きを触らせないのである。

鍋奉行ならぬ、お好み焼き将軍と言ったところか。

あまり威厳のなさそうな将軍ではあるけれど。

 

「ふっ!」

 

お母さんはめったに普段見せない真剣な表情で二本のテコ(コテ、ヘラともいうらしい)を握ると、まずは自分の手前にあるお好み焼きを見事な手さばきで返してみせた。

 

同じようにわたしの生地、お父さんの生地もくるり、と器用に返してゆく。

 

お母さんとお父さんのものはともかく、わたしの生地は10種類以上の具材が入っていてそれなりの重さがあるはずなのに、ほとんど形を崩さずきれいにひっくり返したのは素直に感心した。

 

「おお~。いつ見ても見事なもんだね」

「でしょう? なんせこの道35年だからね」

 

お母さんはそう言うと、なぜか自慢げに腰に手を当てて胸をそらした。

 

なるほど。

お好み焼きが好きなお母さんは、幼い頃からテコ両手にお好み焼きをひっくり返していたらしい。

 

「あなたにとって、お好み焼きとは……?」

 

焼いている間の退屈しのぎに、冗談めかして【プロフェッショナル 仕事のスタイル】(これも長寿番組だ)風にお母さんに尋ねてみる。

すると意外にも、お母さんは真剣な表情を浮かべた。

 

「そうだねぇ。『楽しいときやいいことがあった時に食べる物』って感じかなぁ。お好み焼きを食べている時の思い出は、楽しいものしか残ってないんだよ」

「へぇ……」

 

言われてみれば今日のおせちお好み焼きの例を出すまでもなく、我が家ではハレの日にお好み焼きを食べることが多かった。

 

わたしの進学や卒業といった、人生の節目の時や誕生日。

それに小中学生時代、ちょっと大きめの模擬レースを勝ったときも、お母さんは張り切ってお好み焼きを振る舞ってくれたものだ。

 

わたしにとってもお好み焼きはきっと『いい思い出の食べ物』なんだろうし……わたしもお母さんが作ってくれるお好み焼きが、大好きだった。

 

「もうそろそろ焼けたんじゃない?」

 

そんなことを思い出して急に照れくさくなったわたしは、本格的にお腹も空いてきたことも手伝って、急かすようにそう言うと、お母さんは首を横に振った。

 

「まだ少し早いかな。もう30秒ほど焼かないとダメだね」

「あ。そうなん……」

 

30秒ぐらいでは何も変わらないように思うのは、わたしが素人だからだろうか。

お好み焼きのセミプロのお母さんがそう言うなら、仕方ない。

ちなみにお父さんは、お好み焼きのことは完全にお母さんにお任せして、テレビでやっている漫才を見て珍しく声を出して笑っている。

 

『餅は餅屋。お好み焼きはお好み焼き屋。ウマ娘はトレーナー。その道のことはその道の専門家に任せるのが一番だ。まぁ、ミラ子はセミプロだが』

 

いつだったか、お父さんがそんなことを言っていたのを思い出した。

 

「よし。そろそろいいでしょう」

 

きっかり30秒後。

そう言ってお母さんは、3つのお好み焼きにソースをかけた。

このソースはお母さんが研究を重ね、市販のソースを独自に配合したヒシミラクル印のオリジナルのもの。

 

家庭の味、なんてよく言うけれど、そう聞いてわたしがまっさきに思い浮かべるのが、このソースの味だ。

 

そしてお母さんは最後の仕上げに、自分のお好み焼きにはマヨネーズ・かつおぶし・青のりの全部を、わたしのものにはそれのマヨ抜き、お父さんのものにはかつおぶしだけを振りかける。

 

家族揃ってお好み焼きを食べるのなんて本当に久しぶりなのに、お母さんが各自の好みを完璧に覚えていたことには驚いた。

 

そんな些細なことなのに、いや、些細なことだからこそ、わたしはそのことが嬉しかった。

 

そのあとは最近学園であったバカ話をしたり、昔学園であった、思わず『ほんまかいな』と聞き返したくなるような話を両親から聞いたり、家族麻雀をやったりして、とにかく楽しい元日を過ごすことができた。

 

最後に家族3人でこれだけ賑やかな時間を過ごしたのは、いったいいつのことだっただろう。

 

その後の三が日はなにをするでもなく、お雑煮を食べたり、お汁粉を食べたり、チャンネル登録しているお気に入りウマチューバーの新春配信をのんべんだらりと長時間見たりと、まるでニートのような生活を満喫し、1月の4日には学園の方に戻った。

 

実家にいる間、お父さんとお母さんは一度もレースの話を出さなかった。

 

それはきっと、お正月の三が日ぐらいは勝負のことを忘れて、娘にリラックスしてほしいという、両親の気遣いだったのだと思う。

 

*

 

「お~っす。あけおめ~」

 

10分ほど遅れてきたにも関わらず、まるで悪びれずに集合場所の神社の鳥居前にミサさんは現れた。

 

年が明けて最初の日曜日、わたしたちはイングリッドの提案で白玲神社へ初詣に来ていた。

我が家には初詣という習慣がなかったので、なにげにお正月に神社へ来るのは初めてだったりする。

 

年明けから数日が経過しているにも関わらず、境内にはかなりの人が訪れており、ここから見た感じでも拝殿前には10人近い人が並んでいるようだ。

 

参拝者にウマ娘が多いのは、ここの神社が【四女神様】を祀っているからだろう。

 

「あけましておめでとう。で、新年早々から遅刻?」

 

振袖姿のイングリッドが非難めいた口調で言っても、彼女はへへへ、と軽く笑っているだけだ。

 

そんな今日のミサさんの服装は上こそ暖かそうなもこもこのニットを着込んでいたが、ボトムはショートパンツを履いており、この厳しい寒さの中でスラリと長くて白い生脚を、惜しげもなくさらけ出していた。

 

初めて会ったときから思っていたけど、細身なのに出るとこ出ているスタイル抜群のミサさんは、どうやら自分の肉体美を誇示する服装が好みらしい。

 

ついでに言うとわたしも一応、イングリッドの勧めで(というか、女子校にありがちな一緒に着ようよ的な押しに負けて)振り袖を着用していたりする。

和服なんて初めて着たけれど、思ったより重たくなくて着心地もいいし、華やかな雰囲気の振り袖は着ているだけで気持ちがワクワクする。

 

夏に浴衣さえ着たことないわたしが一人で振り袖など着られるわけもなく、着付けてくださったのはグランプリを3勝したあのグラスワンダーさんだ。

 

彼女は『後輩の皆さんが喜んでくださるなら』と、お正月のある冬休みや成人式の日(現役で20歳を迎えるウマ娘も少なくない)に、毎年ボランティアで振り袖のレンタルと着付け教室を学園内で開催していらっしゃるのだ。

 

ご自身の時間とお金を使ってでも後輩たちに喜んで欲しい、今頑張っているウマ娘たちを応援したいというグラスワンダーさんの心意気には、尊敬の念を覚える。

 

そうだ。

先輩からのご厚意で、せっかく着させてもらった振り袖だ。

あとでスマホでこの振袖姿を撮ってもらって、お父さんとお母さんに送っておこう。

 

「悪い。でも年明けからそんなカリカリしなくてもいいっしょ。ちゃんとLANEで『ちょっと遅れるかも』って連絡しておいたじゃん」

「連絡すればいいってもんじゃないでしょ? 今日はエルサも一緒なのに……」

「それはホント悪かったと思ってるよ。エルサさん、ごめんね?」

 

ウインクしながら片手で手刀を作って謝る彼女に、わたしは「いや、気にしてないよ」というしかなかった。

 

「ほら、エルサさんもこう言ってくれてるし。もういいじゃん」

「あのねえ。まだ付き合いの浅いエルサからあんたにキツいこと言えるわけないでしょ!? その遅刻ぐせ直さないと、そのうち本当に友だちいなくなるわよ?」

「いや~、アタシにはイングリッドがいればそれでいいから」

「私もちょっと、あんたとの付き合い方考えた方がいいかもしれないと思い始めているのよね……」

「そんな冷たいこと言うなし~」

 

呆れて白いため息をつくイングリッドを見ても、ミサさんはあまり深くは反省していないように見える。

長い付き合いのある二人だ。

きっと何度もこんなことがあったのだろう。

それでも付き合いが続いているのは、時間にルーズという欠点以上の良いところがミサさんにあるからだと思う。

それに、ミサさんにはちょっとしたミスや失敗なら『まあいいか』と思わせる、不思議な雰囲気があった。

 

「で? なんで遅刻したのよ」

「あ~、寝坊。昨日カレシが寝かせてくれんくて。姫始めってヤツ?」

『!?』

 

サラッと言われたので一瞬なんのことだが理解できなかったが、ミサさんの言った意味がわかったとたん、顔がぼっ! と熱くなった。

 

「あ、あんた……神前でなんてことを!」

「子宝祈願とか安産祈願のお守りとか置いてるくらいだし、神様はそんなこと気にしないっしょ。特にここに祀られているダーレーアラビアンは、子孫繁栄の象徴みたいな神様だし。それに、神話とか読んでみ。結構エグいよ~?」

 

イングリッドも顔を真っ赤にしてミサさんを叱りつけたけど、彼女は独自の理論を展開していたずらっぽく笑っているだ。

 

まぁ案外、そうかもしれないけどね……。

 

A女子高校に行っているミサさんほどじゃないだろうけど、それなりに本や物語を読んでいるわたしは、彼女の言い分になんとなく納得してしまった。

 

「そういう話じゃない! TPOの話!」

「なんだよ~。アタシたちだって両親がうまぴょいしたからこの世に誕生したんじゃん。別にそう毛嫌いする話じゃないって」

「そ、それは……そうかもしれないけど……」

 

正論っぽいミサさんの言い分に、イングリッドの語勢が弱まってきた。

こういう言い合いになると、どうやらミサさんの方が一枚上手らしい。

しかもうまい具合に、本筋だった遅刻のことから話をずらしてみせている。

 

……わたしも言いくるめられないよう、気をつけなきゃ。

 

「ま、ま、ま。せっかくみんなで初詣に来たんだし、ディベートはこの辺にしておこうよ。まずは神様に新年のご挨拶しない?」

 

仲裁と言うほどのものでもないけど、わたしが間に割って入ると、ミサさんは実にいい笑顔を見せてくれた。

 

「エルサさん、わかってる~! いや、イングリッド。アタシたちに必要だったのは、こうして間を取り持ってくれる友人だったのかもしれない」

「ったく。真面目な顔してそれっぽいこと言ってたら有耶無耶にできると思っているでしょ? ……でも言い合っていても仕方ないことは確かだし、行きましょうか」

 

本日二度目のため息をつき、イングリッドは拝殿の方へゆっくりと歩き出した。

 

「あ、どーでもいいけどさ。ネオユニヴァースさんって学園に在籍したウマ娘の中で、一番精力強そうじゃね? なんか一年に251回ぐらいうまぴょいしてそうな気がする。キレイな顔して、ギリシャ人もびっくりだよね」

「……あんた。いい加減にしないとほんと、ファンから殴られるわよ?」

 

よくわからないことを言うミサさんをイングリッドは怖い顔してたしなめていたが、わたしは何も聞かなかったことにした。

 

*

 

四女神様に新年のご挨拶と、少々のお賽銭を奉納してそれぞれの願いごとをさせてもらったわたしたちは、せっかくだからおみくじでも引こうかと、授与所に向かっていた。

 

「あ、そうそう。伝えるのが遅くなってごめん。ミサさん。ストリートレースでの初勝利、おめでとう!」

 

どんなお願いごとをしたの? なんて話をしているうちにそのことを思い出したわたしは、遅ればせながらミサさんにお祝いの言葉を送った。

 

「ありがと! LANEでもお祝い言ってもらったけど、やっぱ直接言ってもらえると嬉しいもんだね」

 

そう言ってミサさんは、素直な照れ笑いを浮かべた。

 

あの相談に乗ってもらったときから、彼女は忙しい学業の合間を縫ってトレーニングに勤しみ、自分のコンディションと相談しながら、週末に行われているストリートレースに挑戦しているようだった。

 

そして去年の暮れの有マ記念と同じ日に行われた、ストリートレースビギナーズ部門で見事優勝を飾ったのである。

 

おそらくは同じレースの出走者に撮ってもらったであろう、LANEに送られてきた写真には小さなトロフィーを少し誇らしげに掲げる笑顔のミサさんが写っていた。

 

「いやね? トゥインクルシリーズを走っているアンタたちに、言ってしまえばたかが野良レースの優勝報告するのってどうなの? とか、らしくなく思ったりもしたんだけだけどさ。アタシ、なにかのレースで1着を取ったのって生まれて初めてだったし……どうしてもこの喜びをアンタたちと共有したかったんだよね」

 

彼女にしては珍しく神妙な面持ちで、その時の心境をわたしたちに教えてくれる。

 

同じウマ娘として、ミサさんの気持ちはよく分かった。

小中学生時代、模擬レースで1着を取った時。

障害レースで、トゥインクルシリーズにおいて初勝利をあげた時。

 

その嬉しさを誰かと一緒に分かち合いたい、できればそれを伝えた人にも一緒に喜んで欲しい、お祝いして欲しいと思うのは、人として自然な気持ちだと思う。

 

「ミサさんの言う通り、わたしたちは戦っているステージは違うかもしれないけど、その勝利はミサさんが努力して勝ち取ったものであることには違いないよ。その勝利にわたしは敬意を払いたいと思うし、ミサさんも誇りに思っていいと思うよ」

 

わたしの本音に、イングリッドも静かに首を縦に振る。

 

「ふたりとも……」

 

わたしたちの言葉や首肯に、ミサさんがどう感じたのはわからない。

彼女は一瞬大きく目を見開いて胸に手を当てたけど、まるでそれを隠すかのように、すぐいつもの人を食ったかのような軽い笑みを浮かべて、わたしの方をびしっと指さした。

 

「いや~、エルサさんはマジ褒め上手だね。エルサさんが男だったらマジ惚れてたわ」

 

その冗談は、彼女にしてはうまくない照れ隠しだったように思う。

 

と、そんな話をしているうちに、いつの間にか授与所に到着したようだ。

 

まだお正月の雰囲気を残している時期なのか、授与所には結構な人が並んでいる。

おみくじ引いたらなんか食べて帰ろうか、なんてしゃべっているうちに、わたしたちの番が回ってきた。

 

「ようこそ当社へ。どうぞご用命を……。あら、エルサミラクルさんじゃないですか。あけましておめでとうございます」

 

授与所の中には何人か巫女さんがいたが、わたしたちのお世話をしてくださるのは、なんと彼女たちと同じように巫女服に身を包んだグランアンネリーゼさんのようだった。

 

「あ、あけましておめでとうございます。それと……中山大障害三連覇、おめでとうございます」

 

わたしが祝辞を述べると、グランアンネリーゼさんは柔らかく微笑んでくださった。

 

「ありがとうございます」

「と言いますか、大偉業の後でも普通に神社のお仕事、お手伝いされているんですね」

 

彼女がここの神職の娘であることは知っていたけれど、この時期は当然トレセン学園に戻って、トレーニングに勤しんでいるものだと思っていた。

重賞を勝っているイングリッドはもちろんのこと、しがないオープンウマ娘であるわたしですら、もう新年度のトレーニングを開始している。

 

「ええ。この時期の神社は、ウマの手でも借りたいぐらいの書き入れ時ですから。学園に戻るのは客足が衰える10日を過ぎてからですねぇ」

 

そう言ってグランアンネリーゼさんはうふふ、と上品に笑った。

 

いや、客足って。

そこはせめて、参拝者と言うべきなのでは。

 

書き入れ時なのは、確かにそうかもしれないけど……。

 

「今日はお友達と来てくださったのですね。こちらの方は……去年のローズステークス覇者の、リズムイングリッドさんですね」

「わ、私のことご存じなんですか?」

 

自分の名前を言い当てられて、イングリッドは驚きの表情を浮かべながら手を口に当てた。

障害界の絶対王者が、自分のことを知っていたのが意外だったらしい。

 

「もちろん。あなたのローズステークスでの激走はかなり話題になりましたし、それに、何度か当社に来ていただいているでしょう?」

「は、はい。こちらの神社にお参りさせていただいたおかげであのレースに勝たせてもらいましたし、そのお礼参りにも越させていただきました」

「まぁ、それはそれは。その信心に、四女神様もお喜びのことでしょう。でもあなたの勝利は、あなたの努力があってこそのもの。あなたが積み重ねた努力に、どうぞ自信を持ってくださいね」

 

時の第一人者が勝利という結果ではなく、努力というプロセスを称賛したのはわたしにとって少し意外だった。

ジャンルを問わず、グランアンネリーゼさんみたいにある世界でトップを取るような人は、みんな『結果がすべて』と考えているもの、と思い込んでいたからだ。

 

「ありがとうございます! これからもがんばりたいと思います」

「はい。四女神様もそれをお望みのことでしょう。それから……ごめんなさい。そちらのウマ娘さんは初対面の方ですね」

 

巫女さんの視線を受けて、ミサさんは小さく頷いた。

 

「ウィッス、はじめまして。アタシ、ミサパルフェっていいます。イングリッドとエルサさんのダチっていうか。どぞよろしく」

 

J・GⅠウマ娘を前にしても、まったく物怖じしないミサさんには感心させられた。

相手が誰であっても自分のスタイルを貫き通すあたり、彼女はやっぱり大物なのかもしれない。

 

「はじめまして。こちらこそよろしくお願いしますね。その鍛え抜かれたお御脚(みあし)を拝見する限り、あなたもレースを嗜んでおられるのでは?」

「お。よく分かったっすね」

 

トレーニングをしていることをひと目で当てられたミサさんは、感心したように何度か首を縦に振る。

 

「趣味としてですけど、ストリートレースクラブで走ってます」

「それは素晴らしいことですね。やはりウマ娘にとって走るということは、何ものにも代えがたい喜びであり、本能でもありますから。どうかケガに気をつけて、長く続けてくださいね」

「あい。サンキューです」

 

年下ウマ娘の、ノリの軽いお礼の言葉に気分を害した様子もなく、グランアンネリーゼさんは優しく微笑んだ。

 

「あと。素敵なお御足だと思いますけれども、神前に参る時は、もう少しお隠しになったほうが良いと思いますよ」

「えっ?」

 

自分の服装を注意されたのが面白くなかったのか、少し困惑したようにミサさんは眉をわずかに吊り上げ、グランアンネリーゼさんの綺麗な顔と胸元を見た……ような気がした。

 

「……はい、すみません。次から気をつけます」

 

だが神社で巫女さん相手に言い返すのはさすがに良くない、と思ったのか、彼女は意外にも素直に謝った。

 

「いえいえ、私の方こそお小言言ってごめんなさいね。……ん。少しお話しすぎてしまいました。そろそろ、ご用件を賜りましょうか」

 

グランアンネリーゼさんの他にも巫女さんはいるので、多少おしゃべりしていても他の参拝客に迷惑をかけたということはないだろうけど、ずっと居座って彼女の仕事をじゃまするのも良くないだろう。

 

そう思ったわたしたちはおしゃべりを中断してそれぞれにおみくじをお願いし、お守りを授かることにする。

 

そうしてお守りを授かる際、わたしたちはちょっとしたエスプリを利かせた。

 

まず、三人がお互いわからないようにお守りを2つずつ授かる。

そしてそれぞれが、相手に一番ふさわしいと思うお守りを贈り合おうということにしたのだ。

 

そんな様子を見たグランアンネリーゼさんは、大変に喜んでくださった。

 

「それはとても良い行いだと思います。皆さんの友情に、四女神様もいっそうのご神威を授けてくださることでしょう」

 

笑顔でそう言ってくれるグランアンネリーゼさんにお礼を言って、わたしたちは授与所をあとにした。

 

「なぁなぁ、エルサさん」

 

賑わっている授与所から離れてしばらくすると、なぜかちょっと納得できないような顔をしてミサさんが声をかけてきた。

 

「どうしたの?」

「確かにさ、神様の前で脚を露出したカッコをしたのは良くなかったと思うよ。でもさ。アタシの脚よりあの人のおっぱいのほうがやばくね? デカすぎね?」

「……胸が大きいのは持って生まれたものだから、仕方ないんじゃないかなぁ……」

 

話題の人が人なだけに、わたしは慎重に言葉を選びながらミサさんに返事する。

 

「それにさ。あれ、障害物飛ぶとき邪魔になんないのかな? めっちゃ揺れてクーパー靭帯切れそうなんだけど」

 

わたしにそんなことを聞かれても、果てしなく困るのだけど……。

 

うん。

実はそれ、わたしも同じことを思っていたんだ。

でもまさか、同じフィールドにおわす天上人に対して、そんな不遜なことを言えるわけもない。

 

まあでも彼女の戦績を鑑みるに、それほどジャマにはなっていないんだろう。

 

「ごめん。……さすがに、ノーコメントで」

「ミサ。あんまりエルサを困らせないの」

 

苦笑しているわたしを見かねたのか、ちょっと怒った顔をしたイングリッドが間に入ってくれた。

 

「いや、困らせるつもりはなかったんだけど……。うん、そだね。陰口のつもりはなかったけど、こういうのは良くないね」

 

ごめん、とミサさんはわたしたちに謝ってこの話はおしまいになったんだけど。

 

学校の先生やトレーナーのような目上の人をネタにして、本人の前ではちょっと言いづらい『あの人ってそういうとこあるよね』みたいな話で盛り上がることは、誰にだって経験があると思う。

 

グランアンネリーゼさんをネタにすることで、その時に生じる妙な一体感と共感を覚える楽しさがあったことは、そっと胸にしまっておくことにしよう。

 

*

 

それからわたしたちは他の参拝者のじゃまにならないよう、比較的人気の少なかった手水舎(ちょうずや)の前で、お互いに授かったお守りを交換しあうことにした。

 

参拝者たちのざわめきも、ここまではあまり聞こえてこない。

 

静かすぎす、騒がしすぎないここは、お互いの思いを伝えるのにちょうどいい場所のような気がした。

 

「!」

 

二人からもらったお守りを見た瞬間、わたしの胸の中に暖かいものが広がって、笑みがこぼれるのを禁じ得なかった。

 

二人がわたしに手渡してくれたお守りが、身体健康守りだったからだ。

イングリッドもミサさんもきっと、わたしがトレーニングやレース中にケガをしないように、との思いを込めてこれを渡してくれたのだろう。

 

そしてわたしが二人に渡したお守りも、彼女たちが健やかでありますように、ケガなく長く走り続けられますように、と願って授けてもらった身体健康守りだった。

 

ふたりの表情を見る限り、それは彼女たちも同じだったのだと思う。

 

「アタシたち、マジ気が合うね。長くいい友達でいられそうじゃね?」

 

ミサさんのその意見に、わたしは彼女の綺麗な瞳を見つめながら、うん、そうだねと短く、深く同意する。

 

いつもミサさんの言い分になにかにつけて突っ込みたがるイングリッドも今回ばかりは何も言わず、優しい微笑みを湛えて静かに頷いていた。

 

*

 

三学期の初日。

 

放課後、わたしはトレーナー室へやってきた。

 

今日はトレーナーと、これからのわたしのキャリアを左右する重要なミーティングを行う予定になっている。

 

いつもは普通にコンコンとノックするが、今日は扉を叩くこぶしに少しばかり、余計な力が入っていた。

 

「はい」

 

部屋の中から、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「わたし。入っていい?」

「ああ」

 

返事を確認してから入室すると、トレーナーはいつもと同じように長机にタブレットとノートパソコンを置いて作業をしているようだった。

 

「来たか」

「うん。今日は今年のローテーションについて話し合うって、聞いてたけど……」

「うむ。まずはこれを見てくれ」

 

トレーナーはそう言って、タブレットをわたしに差し出した。

わたしは椅子に腰掛けながら、どれどれ、と画面を覗き込む。

 

そこには障害レースの春季日程が表示されており、いくつかのレースに印がつけられていた。

 

おそらくこのチェックを入れているレースに、わたしを出走させようと考えているのだろう。

 

トレーナーが予定していた、今年の初戦は……。

 

「2月半ばにある、小倉ジャンプステークス。わたしの今年の初戦、重賞にするつもりなんだね」

 

それを見た瞬間、わたしの心拍数が少し跳ね上がったのが分かった。

 

去年出走した初めての重賞は、シンガリ負けに終わった。

あの挫折感と屈辱は、まだわたしの心と体に生々しく残っている。

 

「ああ。最初は、2月の頭にあるオープン競走から始動することも考えた。だが、ダートの2400Mでミラ子に勝ちきったスタミナや、一度オープンを勝っている実績のことを考えると、お前には重賞で十分戦える能力があるはずだと俺は思っている」

「じゃあどうして、前走ではあんな負け方してしまったの? やっぱり、他の娘達との力の差が大きすぎたからじゃない?」

 

少し険のある口調になってしまったのは、仕方なかったと思う。

わたしの走力はどう考えても重賞レベルに達していないのに、なぜまた重賞に出走させようとしているのか。

 

「前回の京都ジャンプステークスは、確かに厳しい戦いだった。でもそれは、お前と他の出走者に埋めがたい決定的な能力差があったからじゃない。あの惨敗の原因は、初めての重賞という大舞台に対するプレッシャー、それなのに3番人気という上位人気を背負ってしまった重圧。なにより、そういう心理状態に対してお前になにもしてやれなかった俺のミスだ」

 

そう言うとトレーナーは本当に申し訳なかった、とあのときと同じように、もう一度わたしに頭を下げた。

 

そんなに何回も、謝られたって困る。

 

レースに負けたのは、わたしの実力不足以外、何物でもないのだから。

 

「そりゃあ、そういう緊張のせいで力を出しきれなかったというのはあるだろうけど……」

「重賞初挑戦だったお前と他の出走者……特に実力上位陣との間に力の差や経験の差が、ほとんどなかったとまでは言わない。だが、それはトレーニングの強度を上げることとレースでの経験を積むことで、必ず埋めることができるはずだと俺は思っている」

 

いや。

それは正直、親の贔屓目があるのではないだろうか。

 

たとえそうであるにしても、重賞クラスの実力者たちとの差がある程度埋まるまで、重賞に出走しないでオープンのレースでじっくり力を蓄えたい、というのがわたしの本音である。

 

でも。

 

「トレーナーは、がんばればわたしでも重賞でいい勝負ができるって、信じてくれているんだね?」

 

わたしの問いかけに、トレーナーは静かに首を縦に振る。

 

う~ん。

 

わたしはとてもそうは思えなかったんだけど……そういうことなら、ここはプロの感覚を信頼するとしようかな。

 

餅は餅屋。

お好み焼きはお好み焼き屋。

 

ウマ娘はトレーナー。

 

他ならぬお父さんの言葉である。

 

「わかった。トレーナーがそう言うなら、わたしもそれを信じてがんばってみるよ」

「そうか」

 

それだけ言うと、トレーナーはタブレットとストップウォッチを手にとって立ち上がった。

 

「納得してくれたんなら、早速トレーニングだ。さっきも言ったが、今年から少し厳しく行くぞ」

「了解。そのつもりでがんばるよ」

 

いつものように気楽な感じで返事すると、わたしも席を立った。

 

とてもじゃないが、わたしは自分の才能を信じることなんてできないし、努力することでどこまで行けるのか、道はさっぱり見えてこない。

 

でも、やれるだけのことはやろうと、あの深い悩みの中で決めたんだ。

 

そのやれることのなかには、もちろんトレーナーを信じるということも含まれている。

 

どんなトレーニングでも、どんとこい、だ。

 

ただ、できればプールトレーニングは少しだけ控えめにしてほしいと、願わずにはいられない。

 

血統的に仕方ないのだが……わたしは去年の夏合宿中になんとか泳げるようになっただけで、決してプールが好きになったわけではないからだ。

 

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