ミラ子の娘。   作:宮川 宗介

26 / 40
第二十六話

たくさんのウマ娘たちで賑わう昼休みのカフェテリアの片隅で、わたしはたまごサンドを食べながら、カフェラテを飲んでいた。

 

本当はロースハムを3枚挟んだハムたまごサンドに、砂糖がたっぷり入った甘いカフェラテを飲みたかったのだけど……明日のレースに備えて、カロリーと糖分の摂取を泣く泣く控えている。

 

明日出走予定の阪神スプリングジャンプは、名前の通り阪神レース場で行われるJ・GⅡのレースだ。

毎年3月の半ばに開催されていて、約1ヶ月後の4月中旬に行われるJ・GⅠ中山グランドジャンプの前哨戦と位置づけられている重要なレースでもある。

 

そんな障害レースの重賞は、土曜日のメインレースに組み込まれていることが多い。

 

メインレースはだいたい3時半ごろ発走なので、関東や関西のメインに出走する場合はレース当日の朝に出発する。

 

これが北海道や九州など、トレセン学園からもう少し離れたレース場に出走するとなると、一泊二日のスケジュールで現地に前乗りすることが多くなる。

慣れない宿での宿泊が苦手なウマ娘は、多少無理をしてでも当日移動する場合もあるけどね。

 

わたしは結構旅行好きなので、移動については特に注文をつけることもないし、スケジュールについては全部トレーナーにお任せしていた。

 

明日は7時発ののぞみに乗るってトレーナーが言ってたから、いつもどおり5時に起きて、6時前に正門前で待っていればいいかな……。

 

「こんにちはっ。ここ、席いいですか?」

 

ぼんやり頭の中で明日の予定を練っていると、ショートカットがよく似合う小柄なウマ娘から声をかけられた。

 

「ええ、大丈夫ですよ……って、アクサナデイジーさん?」

 

小さなお弁当箱を手にしてちょこん、とわたしの正面に腰掛けたのは、障害レース界で今もっとも注目されている一人であり、わたしの同期でもあるアクサナデイジーさんだった。

 

「はい。エルサミラクルさんとはレースでは何度かご一緒させてもらったことはありますけど、同期なのにあんまりお話させてもらったことないなぁ……と思いまして。思い切って声かけちゃいました」

 

そう言って彼女は小さく笑う。

まだ幼さの残るその愛らしい顔に浮かべた微笑みは、まるでヒナギクのように可憐だった。

 

「そう言われれば、そうですねぇ」

 

わたしが敬語で返事すると、アクサナデイジーさんは困ったように眉を寄せて手をパタパタと振った。

 

「そんな、敬語なんてやめてください。私のほうが年下なんですから」

「それはそうなんですけど……。ほら、障害レースではアクサナデイジーさんのほうが少し先輩じゃないですか」

 

彼女の気遣いに、わたしは悩ましげな感じで軽く笑いながら言った。

 

うん。

実を言うとアクサナデイジーさんは中等部で、年齢だけで言うならわたしのほうが2つほど年上なんだよね。

 

デビューした年は同じなのに、年齢が違う。

 

なぜこんなややこしいことが起こるのかと言えば、ウマ娘がURAの主催するレースに出走するためには、身体が【本格化】という状態を迎える必要があるからだ。

 

本格化を迎える時期には、個人差がある。

中等部に入る前からもう身体が本格化している娘もいれば、高等部になってからようやく本格化の兆しが見え始める、という娘も決して少なくない。

 

だから今のわたしたちのように、ちょっと距離のとり方が難しい人間関係が発生したりするのである。

 

キャリアでいってもアクサナデイジーさんは平地でオープンを勝っているし、障害入りしてからもすでにオープンレースを何度も勝利して、去年の中山大障害ではあのグランアンネリーゼさんの2着に入っている。

 

ウマ娘の格としても、彼女はわたしなんかよりかなり上位の存在だ。

 

そんなわけで、アクサナデイジーさん相手に『年下だから』というだけで、気軽にタメ口を利くのはためらわれたんだ。

 

「そんなこと、ぜんぜん気になさらなくていいのに……あ、ごめんなさい。無理に普通に話してほしい、とは言えませんね。どうかエルサミラクルさんのお話しやすいように、私とお話してくださいねっ」

 

そういって彼女は、その小さな頭をわたしにペコリと下げてくれる。

年下の娘に気を使われるというのは、なんとも気まずいものだ。

 

「あ。じゃあまぁ、一応敬語で……」

 

そこまで言われてもタメ口で話せなかったのは、アクサナデイジーさんの競走成績に対するリスペクトがあったから。

 

毎回あの小さな身体で様々な障害物を飛び越えながら3000M以上の距離を走り、年上のウマ娘相手に堂々と勝利を収める彼女のことを、わたしは素直に尊敬していた。

 

「その。ずいぶん小さい弁当箱ですね。アクサナデイジーさんも、明日のレースに備えて食事制限しているんですか?」

 

お話してください、と言われても初対面の彼女に何を話せばよかったのか分からなかったわたしは、とりあえずアクサナデイジーさんの持っていたお弁当箱に視線を向けた。

 

「いえ、そういうわけでもなくて……。もともと私、少食なものですから」

「そ、そうでしたか」

 

しまった、いらんことを言ってしまったか?

 

アスリートにとって、食の話題というのは結構切実なものがある。

 

食べることが大好きなのに、体重が増えやすい体質であるがために厳しい食事制限をしている娘もいれば、体重を維持するために食べなきゃいけないのに、どうしても必要な食事量を摂取しきれない、という娘もいる。

 

明日同じレースに出るわけだからレースのことは話しにくかったし、それなら無難に天気の話でもしてればよかった……とちょっと後悔していると、彼女は意外にもほがらかに微笑んでくれた。

 

「あ、でもでも。少食でいいこともあるんですよ。たくさん作らなくていいので、調理のときはとっても楽なんです。前の日にちょっと余ったものとかも使えるので、食材も無駄にならないですし」

「えっ、自分で作ってるんですか?」

「はい。そんなに凝ったものはできないんですけど」

 

そう言って彼女は、可愛らしいお弁当箱のふたを開けてわたしにその中身を見せてくれる。

 

凝ったものは作れない、と謙遜したアクサナデイジーさんだったけど、ご飯は生姜のよい香りが漂ってくる炊き込みご飯になっていて、おかずは卵焼きにタコさんウインナー、ほうれん草のおひたしに里芋の煮っころがしと、色とりどりのものがきれいに並んでいる。

小さい四角のお弁当箱は、一つ作るだけでも手間がかかりそうなものでいっぱいになっていた。

 

「すっごい、美味しそう。いや、十分すぎるぐらい凝ってるじゃないですか。わたし、どれ一つ作れませんよ……」

 

中等部の娘が作ったお弁当とは思えない出来栄えに、料理がほぼできないわたしは感嘆するよりない。

 

ちなみにわたしの得意料理は、カップラーメンとスクランブルエッグという体たらくである。

……わたしは走りの前に、料理をお母さんから教えてもらうべきだったのかもしれない。

 

「作ってみれば意外とどれも簡単ですよ。おかずはご飯を炊いている間に作ってしまえば、時間も無駄になりませんしね」

 

そう言って微笑む彼女の笑みは前に古い動画で見た、超絶技巧を見せつけておいて『ね、簡単でしょう?』と笑っていた画家のものによく似ていた。

 

「とてもそうは思えないんですけど……。でも機会があったら、料理にも挑戦してみようかな」

 

機会があったら、という言葉は典型的な社交辞令で、実際その機会というものは一生巡ってこないというのがお約束ではあるのだが、今回に限っては結構本気の部分もあった。

 

将来一人暮らしを始めるようになったら、経済的にも自炊できるに越したことはないだろうし……。

 

それに時代錯誤だなんだと言われても、やっぱりささっと料理ができる女の子というのは素敵だな、と思ってしまう。

 

「いいと思います! もしあまりお料理の経験がないのでしたら、豚の生姜焼きとかおすすめですよ。調味料の分量さえ間違わなければ、美味しいものが出来上がりますから」

 

豚の生姜焼きか。

そういや、お母さんもよく作ってくれていたなぁ。

あの甘辛い味付けがたまらないんだ。

 

「なるほど。ちなみに、調味料はどんなものを?」

「私のレシピは親戚のおばさまから教わったものなんですけど……醤油・みりん・砂糖・生姜を均等に混ぜたものですね。お好みで、ここに七味なんかを入れても美味しいですよ」

「ほうほう。七味はいいアクセントになりそうですね」

 

わたしは辛いものが得意、と言うほどではないが、ピリ辛は好きな味である。

 

「はい。調味料を作ったら玉ねぎをフライパンに入れて、玉ねぎがちょっとしなっとしてきたら豚肉を炒めるんです。豚にしっかり火が通ったら軽く塩コショウをして、さっき作った調味料をよく絡めて完成です」

「おお、それぐらいならわたしにもできるかも……」

 

アクサナデイジー先生の指南に、わたしは得心してウンウンと頷く。

 

まぁ実際作ってみたら手こずるところも多少は出てくるんだろうけど、聞いている感じ、主な調理工程は炒めるだけである。

これなら、お料理未出走のわたしでも作れそうだった。

 

「豚生姜焼きのいいところは火加減を調整する必要があまりないので、失敗する可能性がほとんどないというところなんです。よかったら一度、作ってみてくださいね」

「そうですね。せっかく教えてもらったことですし、次家に帰ったときにでも作ってみますよ」

「ぜひぜひ! ご家族に振る舞ってあげたら、喜ばれると思います」

 

アクサナデイジーさんは、本当にお料理が好きなようだった。

それからもいくつか、楽しそうにわたしに初心者でも美味しく作れる料理のレシピを教えてくれた。

 

お料理のことを目を輝かせて一生懸命話してくれる彼女の顔は、無邪気で年相応の可愛らしいものだった。

 

だけど明日のレースのことには一切触れなかったあたり、やっぱりこの娘も厳しいレースを戦ってきた歴戦の女戦士なんだな、と思わずにはいられなかった。

 

*

 

冬の制服から半袖短パンに着替えてもまったく寒さを感じない控室で、わたしはリラックスしていつものようにトレーナーと雑談を交わしていた。

 

今日の兵庫県宝塚市の最高気温は18度で、厚手のコートで出歩いていると少し汗ばむぐらいの陽気だ。

 

今日はずいぶん温かいねぇ、なんて話が一段落したあとに、昨日アクサナデイジーさんと軽く会話したことを伝えると、トレーナーは意外なことを教えてくれた。

 

「そんなことがあったのか。彼女の料理好きは、ニシノフラワーの影響かもしれないな。アクサナデイジーの母親は中山大障害を二回勝っている名ジャンパーのニシノデイジーで、その遠縁にニシノフラワーとセイウンスカイがいる。ニシノフラワーの料理上手は、彼女の現役当時から学園内で有名だったよ」

「へぇ、そうなんだ。アクサナデイジーさんのお母さんが著名なジャンパーってのは知っていたけど、ニシノフラワーさんとセイウンスカイさんが親戚にいる、ってのは知らなかったよ」

「ウマ娘の血縁関係は結構ややこしいからな。実はウマ娘の男兄弟の婚姻関係で血統が繋がっている、というのはよくあることだ」

「ああ、なるほど」

 

トレーナーの説明に、わたしはポン、と手を打った。

 

あるウマ娘の血統を辿っていくと意外なウマ娘と血の繋がりがあったりするのは、ウマ娘の男兄弟が結婚して子どもを作ることで血が広まっていくからなのか。

 

「でも、それを聞くとアクサナデイジーさんが大活躍しているのも納得だね。お母さんが名ジャンパーで、親戚にセイウンスカイさんとニシノフラワーさんがいるって、超良血じゃん。約束された勝利の血統みたいなもんだよね」

 

笑いながらそんなことを言うと、トレーナーは少し顔をしかめた。

わたしにはその表情が、少し怒っているように見えた。

 

「確かに、血統というものはウマ娘の能力を決定する重要なファクターではある。でも、そこに競走成績の結果のすべてを求めるのは間違っているぞ。ウマ娘の素質を開花させるのは血統だけじゃない。その娘の育った環境、関わったトレーナーの教育、それになにより、そのウマ娘の努力が不可欠になってくる」

「それは、そうだろうけど」

 

わたしがなにか言い返そうとする前に、トレーナーはさらに言葉を重ねる。

 

「オグリキャップ、キタサンブラック、ミホノブルボンといった名ウマ娘たちも、血統的には決して大きく期待されていたわけじゃない。彼女たちは周囲の尽力と自らの努力でその素質を開花させて、あれだけの成績を残したんだ」

「……それだけのビッグネームを出されると、こっちはもう反論できないじゃん」

 

トレーナーの見解に、わたしとしては苦笑しながら肩をすくめるよりなかった。

 

特にミホノブルボンさんのトレーナーが、彼女に施したハードトレーニングは有名である。

彼は『名ウマ娘は血統よりいづるものなのか、それとも、人の手によって意図的に生み出されるものなのか』という命題を持ってミホノブルボンさんを鍛え上げていたそうだ。

 

そして彼女はクラシック二冠制覇という成績を残し、その命題の一つの答えを導き出した。

 

ミホノブルボンさんの残した偉大な蹄跡とその尋常ではない努力を振り返ってみると、レースの結果すべてを血統のおかげ(もしくは血統のせい)だなんて言ってしまったのは、確かに不用意だったと思う。

 

わたしの発言にトレーナーが怒りを覚えたのは、もっともだった。

 

「もう一人付け加えるなら、お前の母親のヒシミラクルもそうだ。ミラ子は最初から天才だったわけでも、王侯貴族のような良血だったわけでもない」

 

お父さんがお母さんの名前を出したとき、ピリッと背中に電流が走った。

 

……お母さんはわたしなんかと違って、最初からステイヤーとしての素質に恵まれていたのではなかったのか。

お父さんはその才能をひと目で見抜いて、お母さんを担当にしたのではなかったのか。

 

「もちろん、ミラ子には長距離ランナーとしての才能があったと思う。でもそれ以上にあいつは人一倍粘り強くて、頑張り屋だった。俺の課した厳しいトレーニングにも耐えてくれた。だからこそ才能を開花させることができて、名ステイヤーとしてレース史に名前を刻むことができたんだ」

「……そうなんだ」

 

その話を聞いて、なんだか心がソワソワして落ち着かない感じになる。

わたしの持っていたヒシミラクルへの印象が、ずいぶん変わってしまったから。

 

お母さんは普段なんだかぽやぽやしているし、自分からはあまり現役当時の話はしない。

こちらが聞いても『いや~。あんたのお父さんに乗せられてるうちに、なんかすごいことに巻き込まれたなーって感じになって、気がついたら菊花賞やら天皇賞やら宝塚記念に出走して勝っていたんだよね』ぐらいしか話してくれた記憶がない。

 

そんなお母さんの話を聞いて、小さい頃は『おかあさんみたいにふつーにしていれば、そういうレースに勝てるんだ』って勘違いしていた。

 

わたしがレースを本格的に始めてからは、お母さんの話を思い出すたびに『天才ってのはそういうものなんだろうな』と、ある意味諦観していたんだ。

 

もしかしたらお母さんは単に、努力した自分をことさら誇示したり、自慢しているかのように子どもに聞かせるのが嫌だっただけなのかもしれない。

 

「まぁミラ子ももう少しプールを頑張ってくれていたら、メジロマックイーンと同じように天皇賞・春をもう一回勝って、彼女みたいに殿堂入りウマ娘になっていたかもしれないな」

 

トレーナーはそう言うと、目を細めて少しばかり口角を上げた。

それはお父さんなりの『もう怒ってないぞ』というシグナルだったのだろうし、わたしの本番前の緊張をほぐそうとしてくれている軽口でもあっただろう。

 

「じゃあわたしは苦手なプールもがんばっている分、お母さんよりすごいウマ娘になるかもしれないね」

「そうだな。お前もきっと、一廉のウマ娘になれると俺は信じているぞ」

 

わたしも小さく笑って軽口を返すと、お父さんは思ったより真剣な口調で返してくる。

 

さっきより言葉に含まれる冗談の割合が減って聞こえたのは、本番が近づいてわたしの気が張ってきているせいだ。

 

そういうことに、しておこう。

 

ふと時間が気になって、時計を見る。

もう、パドックへ行かなければいけない時刻が迫っていた。

 

「そろそろ、行くね」

「ああ、気張ってこい」

 

いつものようにトレーナーの短い激励を受けて、わたしは控室をあとにした。

 

*

 

今日の風は、3月中旬のものにしてはずいぶん温かい。

脚元の芝も、春らしく青く萌え始めている。

 

そんなレース場の季節を感じながら、わたしは8番のゲートに収まった。

 

ゲートは平地と変わらない位置だった。

その中で息を整え、じきに開かれる鉄扉(てっぴ)に意識を集中させて、スタンディングスタートの構えを取る。

 

まもなく10人全員がゲート入りして……3900Mという距離と14か所もの障害物が待ち受ける、長い戦いの火蓋が切られた。

 

いいスタートを切ったのは、2番の娘だった。

その勢いのまま、彼女は敢然と先頭に立つ。

 

レースを作ろうとしている彼女に競りかけていくようなウマ娘はおらず、逃げる彼女の後ろに先行勢が一団を形成した。

 

その先行勢の一バ身ほど後ろを、わたしは追走する。

 

ちらっと後ろを振り返ると、差し脚の娘たちがひとかたまりになっていて……内ラチ沿いの最後方に、一人ぽつんと今日の一番人気を背負うアクサナデイジーさんが控えていた。

 

ちなみにわたしは前走の小倉ジャンプステークスでの好走が評価されたのか、今日は3番人気に推されている。

 

スタートしてすぐ、可動式のハードル障害がわたしたちを歓迎してくれた。

先頭の娘が、踏み切って綺麗にジャンプ。

 

わたしを含め、後続のウマ娘たちも最初の障害物をまずは軽くクリアしていく。

 

しばらく走ってコーナーを曲がると、ダートコースに差し掛かる。

このダートを横切ると、いよいよ障害コースへと突入だ。

 

ここからしばらくは障害物がないため、みんな一定のペースで進んでいく。

 

前、サティと併走して指摘されるまではあまり気にしていなかったんだけど、平地を走っている時のスピード調整というものが意外に重要らしい。

 

わたしに限らず、平地の芝で知らず知らずのうちにスピードを出しすぎてしまって無駄にスタミナを消費する、なんてことをやってしまっているウマ娘は多いようなのだ。

 

わたしは体内時計を頼りに、スピードが出すぎないよう速度を調整する。

そんなわたしを後ろにいた差しの娘たちが何人か追い抜いていったが、あまり気にしすぎないようにした。

 

どの位置取りでレースをするか、ということはもちろん大切ではある。

だが障害レースでは、それ以上に自分のペースを守って走るということが重要なのだと、わたしは今までの経験で学んでいた。

 

障害コースに入って最初の竹柵障害を、わたしは7番手の位置でクリアする。

 

10人という少人数立てということもあるのか、レースはスローペースで流れているようだ。

 

3、4、5番目の竹柵ハードルも、みんなそつなくこなしてゆく。

 

この間にわたしは二人追い抜き、順位を5番手までに戻した。

スローペースでこの位置取りなら、悪くない。

 

仁川の早春の風を揺れる髪としっぽに感じながら、ターフを駆けてゆく。

 

脚が、軽い。

 

体調も絶好調で、初めての3900Mを走り切るスタミナもまったく問題なさそうだ。

 

調子よく走っていたわたしの前に、毎度おなじみ、わたしがつい身構えてしまう水濠障害が立ちふさがる。

 

しかし、いつまでも苦手なプールを想起させる水濠に怯えているわたしじゃない。

 

「……ふっ!」

 

小さく気合を入れ、そしてフォームもコンパクトにして、水濠の前を踏み切ってジャンプ!

 

水濠を飛び越えたとき、張っている水からは冬の名残のような冷気が感じられた。

 

でも、わたしの脚はその水に触れることも無駄な距離を跳ぶこともなく、無事にターフへ着地することに成功する。

 

ふぅっ。

学園のトレーニングコースでひたすら水濠障害だけを繰り返し跳ぶという、あまり愉快じゃない特訓をした甲斐があったようだ。

 

水濠をクリアしてわずか数完歩後にある生け垣障害も、フォームを崩すことなく無事飛越した。

 

これでクリアした障害物は7つ。

 

レースは、折り返し点を迎えていた。

 

全身から汗が吹き出し、脚には多少の疲労感はあったが、今のところスタミナが尽きてしまいそうな感じはまったくしない。

 

いい感じで、レースを進められているという実感がある。

 

中間地点の第7障害物を超えたあとは、しばらく平地の芝コースが続く。

 

わたしはここで一息入れ、中盤以降のレース展開に思考を巡らせた。

 

今少し脚を使って、前を行く娘達との差を詰めておくべきか?

もう少し、我慢すべきか?

 

その判断のために前の隊列を確認すると、先頭が2番の娘から6番の娘に入れ替わっていた。

 

3番手に今日二番人気に推されているオープン3勝の実績を持つアクアネイビーさんがつけ、1バ身差で7番の娘が追走している。

 

そこから2バ身開けてわたしがいて、少し後ろを振り返ると、そこには順位を上げてきたアクサナデイジーさんがいた。

 

過酷な障害レースでは中盤を迎えた頃にはもう、何人かの脱落者が出てきてしまう。

 

追い込み脚質のアクサナデイジーさんが6番手まで位置を上げてきた、ということは、そこから後ろの娘は優勝圏内から外れてしまったと考えていい。

 

アクサナデイジーさんは、わたしの2バ身ほど後ろを走っている。

もう2000M以上の距離を走っているのに、フォームも呼吸も乱れている様子はない。

 

彼女の安定した走りを見たわたしは、わずかに脚を使って先行集団との差を詰めておくことにした。

 

7番の娘を抜き、二番人気のアクアネイビーさんの真後ろの位置につく。

 

難しい決断だった。

でも最後が瞬発力勝負になったら、キレる脚を持っていないわたしに勝機はない。

 

それなら少しでも前にいて、最後はわたしの持ち味である長くいい脚と、持久力を活かした粘り腰を使おうという算段だ。

 

さて。

この判断が吉と出るか、凶と出るか。

 

後半最初の生け垣障害を、わたしは軽いステップで飛び越える。

 

ここは今までと変わらないジャンプで飛び越えたが……問題は次の障害物だ。

 

しばらく平坦な芝を走っていると、まるでいきなり緑の壁が現れたかのような障害物が目に飛び込んできた。

 

あれが阪神レース場の障害名物、高さ1・4メートル、幅40センチほどある【グリーンウォール】だ。

 

もちろん、本当に壁になっているわけではない。

実際はポリエチレン製のプラスチックで作られた緑色の棒状のものが、土台に埋め込まれているだけというシロモノ。

だがグリーンウォールというものは、そうと分かっていても脳が『高い壁があるぞ!』と誤認し、ムダに高い飛越を身体に要求してしまうという、実にやっかいな障害物だ。

 

おそらくこの【緑の壁】は、意図的にそのような錯覚や心理効果を起こさせるよう作られている。

グリーンウォールで試されているのはそれらに惑わされない勇気と、必要以上に心理的な壁を意識せず、いつものジャンプで意地悪な障害物を乗り越える平常心だ。

 

高さや幅は、竹柵と何も変わらない。

 

自分に強く言い聞かせて……踏み切って、ジャンプ!

 

緑の壁を蹴り飛ばす柔らかい感覚が、わずかにわたしの右足を打つ。

 

飛び慣れないハードルのせいか、やはり少し力んだ飛越になってしまった。

でも、水濠や京都の三段跳びの時みたいなブサイクなジャンプにはならなかったようだ。

 

そのことに安堵しつつも、わたしは着地してすぐさま走りに意識を戻した。

 

9つめの障害物であるグリーンウォールを超えると、いよいよ終盤戦に突入する。

 

ここまでレースを引っ張ってきた前の二人が、最後の勝負どころに備えて息を入れるためにわずかに速度を落とした。

それを見た二番人気のアクアネイビーさんは、脚を使って前との距離を詰め始める。

 

彼女もわたしと同じく、終盤のスタミナ争いに自信のあるタイプなのだろう。

アクアネイビーさんに置いていかれないよう、わたしも一つギアを上げて彼女を追走する。

 

残る障害物は、あと5つ。

レースも、終盤の入口に突入した。

 

振っている腕が、だるい。

脚の疲労感も、そろそろピークを迎えつつある。

 

疲れで飛越フォームが雑にならないように気を配り、ひとつ、またひとつとなんとか障害物をクリアしていく。

 

その度に、前を行く二人との差が縮まってくる。

 

息を入れ直した二人の脚色も悪いわけではなかったが、わたしたちを突き放すに至らない。

 

脚の勢いからして、おそらく彼女たちを直線手前で捕まえられそうだ。

 

だが。

 

わたしの背後を追走しているウマ娘から発せられる圧力が、大きくなってきているのを感じる。

一番人気を背負っているアクサナデイジーさんも、最後の勝負に向けてギアを上げてきているようだった。

 

二か所のダートを横切り、ラス前の生け垣障害の手前で、アクアネイビーさんがついに先頭の娘を捕らえた。

 

アクアネイビーさんと併走するような形で走っていたわたしも、すぐに6番の娘を抜き去る。

 

6番の娘の脚は一杯で、わたしたちを抜き返す余力はもう残ってはいまい。

悔しそうな彼女の横顔が、刹那横目に映る。

 

その娘を置き去りして、わたしはアクアネイビーさんと同じタイミングでラス前の障害物を飛越した。

 

第4コーナーをカーブして、残るはハードル障害のみ!

 

ホームストレッチに入ってスタンドからの歓声がひときわ大きくなり、それがわたしの大きな耳にも響いてくる。

 

そして。

 

ラストハードルの手前で、いよいよ主役がやってきた。

 

アクサナデイジーさんが爆発的な末脚で、一気にわたしたちに並びかけてくる。

わたしたちは3人ひと並びになって、ほとんど同じタイミングで最後のハードルを前にターフを蹴った。

 

「……!!」

 

小柄なアクサナデイジーさんの飛越を初めて間近で体感した瞬間、しっぽが付け根から震え、肌がぞわりとあわ立った。

 

なんてすごいジャンプなんだ……!

 

その完成された飛翔は、とても中等部の娘のものとは思えないほどの迫力があった。

 

彼女はあの小さな身体全部をバネにして、まさに翔ぶかのごとくハードルを跳躍する。

それでいて、跳ぶ距離にも着地の場所にもまったくムダがない。

 

「はぁっ!」

 

着地直後、気合一閃。

 

アクサナデイジーが、大きく吼えた。

 

卓越した飛越技術の差をわたしたちに見せつけた彼女は、障害物の着地直後とは思えない加速力を発揮して最後の直線へ駆け出してゆく。

 

小さなヒロインが、とうとう先頭に躍り出た。

 

ようやくやってきた主役の登場に、観客席からの声援がひときわ大きくなる。

 

平地でオープンまで上り詰めたそのスピードは、やはり驚異的だ。

1バ身、2バ身とどんどんその小さな背中が遠ざかってゆく。

 

「くそっ! もうこれ以上、年下のウマ娘たちに踏みつけられてたまるかぁっ!!」

 

シニア二年目のアクアネイビーさんが、魂の雄叫びを上げてアクサナデイジーさんに追いすがる。

口には出さねど、わたしも同じような気持ちだった。

 

年下の、中等部の娘に、負けたくないっ!

 

リードを許してしまったが、まだ勝負が決したわけじゃない。

仁川のゴール前には、険しい坂がある。

 

きっと最後は、残っているスタミナの我慢比べになる。

坂でのスタミナ比べなら、自信がある。

 

だって地べたに倒れ込みながらも、キツい坂路コースを何本も毎日走り込んできたんだから……!

 

「ふっ!」

 

わたしは短く鋭い息を吐き、いっそう力強くターフを蹴り込んだ。

 

ここが最後の勝負どころ。

トップギアを入れ、最後に残っていた脚を繰り出した。

 

「くっ、この娘まだっ……!」

 

震えるような声で、隣を走っていたアクアネイビーさんがつぶやいたのが聞こえてくる。

その声とともに、彼女の爪音が少しずつ遠ざかっていくのがわかった。

 

強敵を一人競り潰した高揚感が、わたしを包む。

 

あとはこの勢いのまま、先頭を征く一番人気のウマ娘を捕えるだけだ!

 

アクサナデイジーさんは、最後の坂に差し掛かろうとしていた。

 

坂を登る小さな身体が、右に左に、よれている。

平地で鳴らしたスピードも、相当減速してしまっている。

 

アクサナデイジーさんも、苦しいのだ。

けれど彼女は、栄光のゴール目指して突き進む。

 

わたしだって、負けられない……!

 

「はぁっ!!」

 

わたしは最後の力を振り絞り、仁川の坂に、最強の同期に立ち向かう。

 

天皇賞・春より長い距離を走ってきた身体が、悲鳴を上げている。

 

胸が、潰れそうなほど苦しい。

 

ターフを蹴る一歩一歩が、まるで粘土の上を走っているかのように重い。

 

それでも一完歩ごとに、2バ身ほどあった先頭との差が、少しずつ縮まってくる。

 

お願いっ!

もう少しだけ頑張れ、わたしの脚!!

 

でも……その願いも虚しく、同期の背中には追いつけなかった。

 

わたしの半バ身ほど先で、アクサナデイジーさんがゴールを駆け抜ける。

 

その瞬間、スタンドからは爆発音にも似た大歓声が上がった。

 

喝采の中、アクサナデイジーさんはよろめきながらゆっくりと、ギャロップからキャンターへと速度を緩める。

 

彼女の体力も限界に近かったのだろう。

愛らしい小顔には、疲労が色濃くにじみ出ていた。

 

それでも1着でゴールしたアクサナデイジーさんは、カフェテラスで見せてくれたヒナギクのような可憐な微笑に控えめな喜びを乗せて、小さく観客席に手を振っている。

 

本当は立っているのも辛いだろうに、ファンたちに笑顔を振りまき、しっかりウイニングランを披露するアクサナデイジーさんの心身の強さには脱帽するよりなかった。

 

スタンドからは一番人気に応えたそんな健気な小さなヒロインに向けて、「おめでとう!」「すごいぞ!」といくつもの称賛の言葉が送られ、万雷の拍手が沸き起こる。

 

なんとか2着を拾ったわたしは、そんなアクサナデイジーさんに尊敬の眼差しを向けつつも……喉の奥から熱いものが込み上げてきているのを、なんとか必死に押さえつけていた。

 

 

「負けはしたが、いいレースだった。負けてなお強し、という内容だったな。よくやった」

 

控室に戻ってきたわたしを、トレーナーは手放しで褒めてくれた。

これだけのお褒めの言葉をトレーナーから頂戴したのは、デビューしてから初めてかもしれない。

 

「いや~、そう言ってもらえると照れますなぁ~。わたしなりに、精一杯がんばりましたからね」

 

滅多にないトレーナーからの手なばしの賛辞に、わたしはエヘヘ、とふやけたような笑い声を上げた。

 

うん、そうだ。

わたしは、持てる力を全部出しきったんだ。

 

「わたし、がんばったよね。お父さん……」

 

もう我慢できなかった。

 

瞳の奥から、涙が勝手に溢れ出てくる。

さっきから、胸が何度もひくついてる。

息をするのが、苦しい。

 

両手できつく顔を覆っても、それらはちっとも収まってくれやしない。

 

レースなんてやっていたら、敗戦なんて日常茶飯事だ。

だってどんなレースでも、勝つウマ娘はたった一人しかいないのだから。

 

レースで負けるということは、ある意味あたり前のことなのだ。

 

なのに今日は、どうしてこんなに負けたことが悔しいんだろう。

 

年下の子に負けたから?

全力を出しても、勝てなかったから?

あんなに練習したのに、成果が出なかったから?

 

わからない。

 

わからなかったから、わたしはわからないまま、その場で立ち尽くして震えていた。

 

*

 

トレーナーはそんなわたしを、何も言わずに見守ってくれていた。

 

どのぐらいの時間、わたしは泣きじゃくっていたのだろう。

 

ようやく気持ちが少し落ち着いてきて腕で涙を拭っていると、トレーナーがそっとスポーツドリンクを差し出してくれた。

 

「ありがとう……」

「泣くほど悔しいのは、エルサが本気で障害レースに取り組んでいる証拠だ。今日は負けてしまったが、お前が力をつけてきているのは間違いない。もう一段階レベルアップすれば、必ず重賞制覇に手が届くと俺は思っている」

 

いつも慎重な言い回しを選ぶトレーナーにしては、ずいぶんとはっきりした言い方だ。

 

自信が揺らいでいる今のわたしが聞いても、その力強い言葉が、ただ慰めてくれているだけとは思えなかった。

 

「重賞制覇……か。ねぇトレーナー。わたし、まだ強くなれるかな……?」

 

まだちょっと(はな)をスンスン言わせながら聞く私に、トレーナーはうむ、と頷いた。

 

「お前の努力次第でな。母親のミラ子がシニア一年目でGⅠを2つも制覇したんだ。その血統背景だけでも、これからの成長の裏付けとしては十分だろう?」

 

珍しく冗談っぽく笑ってサムズアップを飛ばしてきたお父さんを見ていると、口が勝手にほころんでくる。

 

「そうだね。わたしはあのヒシミラクルの娘だもんね」

「そうだ。お前はあのヒシミラクルの娘だ。だから今はどんなに悔しくても、諦めずに頑張れるはずだ」

 

そう言ってトレーナーは、わたしの肩をポン、と叩く。

肩に触れた父親らしい大きな手からは、優しさとぬくもりが感じられた。

 

「あまり遅くならないうちに東京へ戻るとするか。……と言いたいところだが、せっかく関西の方に出てきてそのまま帰るっていうのも味気ない話だな。夕食は本場のお好み焼きでも食べて帰るか?」

「お、いいですねぇ~」

 

トレーナーの魅力的な提案に、わたしは目を輝かせる。

さっきまで涙で濡れていた瞳は、トレーナーにはいっそう輝いてみえたんじゃないかな。

 

「レースはきつかったし、最近結構厳しい食事制限してたからもうお腹ペコペコだよ。お好み焼きに、ご飯も食べるとしますかねぇ」

 

わたしがあごに手を当てながら食べたいものを口にすると、トレーナーはわずかに首を傾げた。

 

「それは好きにするといいと思うんだが。俺はどうしても、炭水化物に炭水化物って組み合わせに違和感を覚えるな……」

「いやいや、大阪の人はお米とお好み焼きを普通に一緒に食べてるわけだし。それにお好み焼きって味が濃いから、ご飯と意外に合うんだよ」

「理屈で言うとそうかもしれんが、ミラ子はご飯とお好み焼きは一緒に出さないぞ」

 

わたしの完璧な理論に、了見の狭いお父さんは渋い顔をしている。

まぁお父さんにとってお母さんが作ってくれる食事が、食の標準になってしまうのは仕方ないか。

 

「ほら、お母さんはしょせんセミプロだし。あのタマモクロスさんも『お好み焼きにご飯はつきものや!』って言ってるんだよ?」

「母親にしょせんとか言ってやるな。でも、タマモクロスがそう言ってたんじゃ仕方ないな……」

 

トレーナーは天皇賞・春秋を連覇した偉大なるウマ娘からの受け売りを聞き、消極的ながらも納得してくれたようだ。

 

「さて。お父さんからご飯とお好み焼きの食べ合わせに、完全なるご理解と全面的賛成も得られたところで」

「いや。俺はその組み合わせに対して、別に理解も賛成もしてないぞ」

 

ああ。

なぜ人は、こうもわかり合えないのだろう。

どうあっても多様性を認めようとしないお父さんを無視して、わたしは続けた。

 

「ご飯食べ終わったら、新大阪駅にあったお土産屋さんに立ち寄っていい? なにげに阪神レース場に来たの初めてだから、イングリッドとミサさんになにかお土産買って帰りたいんだよ」

「そう言われればそうだな。夕食の後でも土産物を選んでいる時間ぐらいは取れるだろうから、別に構わんぞ」

「よかった。何買って帰ったら、喜んでくれるかなぁ」

 

わたしがすこし考え始めると、お父さんもう~む……と真剣な表情で悩み始めた。

一緒にお土産を考えてくれるなんて、うちの父上もけっこう優しいところもあるじゃないか。

 

お母さんもきっと、お父さんのこういうところを好きになったんだろうなぁ……。

 

「そうだな。たこ焼き水まんじゅうなんてどうだ? 斬新できっと喜んでもらえるぞ」

「……は?」

 

あまりに突飛すぎる父の提案に、わたしは思わず目を見開いてしまった。

 

何だその面妖なシロモノは。

そのお土産、ご飯とお好み焼きの組み合わせよりよっぽどヤバくない?

 

さっきのわたしの感動を返せ。

 

そうだ、思い出した。

昔からお父さんはなぜか、お土産を選ぶセンスが絶望的になかったんだ。

 

幼い頃の記憶が蘇る。

何も知らないいたいけな幼少期のわたしは、お父さんが出張の度に買ってきてくれるお土産が楽しみで仕方なかった。

 

でもお父さんは新潟で笹団子ギョーザとか、愛知でひつまぶし羊羹(ようかん)とか、こんなもんどこで売ってるんだよ、探すほうが大変だっただろ! と思わずツッコみたくなるようなものを買って来ることが多かった。

だからある時からわたしはもう、お父さんのお土産に一切の期待を持たなくなった。

 

ちなみにお母さんはケラケラ笑いながら『変わった味だけど、意外とイケるね~』とか言って、お父さんの買ってきたその変なモノを喜んで食べていた。

 

……そう考えると、お父さんがちょっと変わったものをお土産にするようになった一因は、あのヒシミラクルにもあるんじゃないだろうか。

 

「いや、それはいいかな……。お母さんに買って帰ってあげたら、喜ぶんじゃない?」

「うむ。ミラ子は俺のお土産をいつも楽しみにしてくれているからな。よし、今回はそれを買って帰ってやるか」

 

わたしだったらそんなもん絶対にいらないんだけど、まぁ夫婦には子どもにはわからない絆やら何やらがきっとあるんだろう。

 

わたしは「う~む。お好み焼き大福も捨てがたいな……。ミラ子のお好み焼き研究の一助になるやもしれん」とかつぶやいているトレーナーを捨て置いて、トレセン学園に戻る準備を始めた。

 

友だちへのお土産は、お店でいろいろ見ながら選ぼう。

 

……お父さんの絶望的なお土産チョイスを拝聴したせいか、敗戦後の悔しい気持ちは、8割がたどこかへ飛んでいってしまっていた。

 

残り2割は、次のレースへの糧にするために、胸の中にしまっておくことにしよう。




お久しぶりに、あとがきを。

まずは読了、大変お疲れさまでした。

今回はかなりの長文になってしまったので、読んでくださった方が本当にお疲れになったのではないか、と心配しております。

すこし間が空いてしまったので「あれ? ソースケのやつ、色々大丈夫か?」と思ってくださった読者様もいらっしゃったかもしれませんが、思いのほか長い話になって執筆に時間がかかってしまった、というのが今回の間隔が空いた真相です(笑)。

多少長くなってしまってもアクサナデイジーとの出会いからレース後までは一つの章として読んでいただきたい、と思い、今回は(今回も?)長っちりのお話になってしまいました。

レースシーンが挟まるとどうしても力が入ってしまい、これからも長文の章がたびたび出現するとは思いますが、皆様にできるだけ楽しく読んでいただけるよう物語を書いていきたいと思っていますので、引き続きのご愛読、どうかよろしくお願いいたします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。