「エルサ、こんなところにいたのか。……どうした、みんなしてここに集まって。もう朝練の時間は始まっているぞ」
とがめるような口調で、わたしたちに声をかけてきたのは……。
「お父さん!」
学園内で父と呼んだことにムッとしたのか、わたしの呼びかけにお父さんは顔をしかめたが、今は呼び方なんて気にしている場合じゃない。
「聞いてよ、グランアンネリーゼさんが行方不明なんだって! それにトレーナーさんもグランアンネリーゼさんを探しに行って、学園からいなくなったって……」
「エルサ。落ち着け」
お父さんはポン、とわたしの方に手を置いた。
「グランアンネリーゼも彼女のトレーナーも、別に行方が分からなくなったわけじゃない」
「お父さんはグランアンネリーゼさんたちの居場所を知ってるの?」
早口で質問を浴びせるわたしに、お父さんは静かに頷く。
「ああ。彼女たちなら今ごろ、トレセン島でトレーニングをしているはずだ」
「えっ、トレセン島……?」
お父さんから聞いた意外な場所に、わたしたちはお互いに顔を見合わせた。
トレセン島といえばお母さんが現役だった頃、ウマ娘の本能を呼び覚ますトレーニングをコンセプトに開発された元無人島だ。
「なんでお父さんがそんなこと知っているの?」
「なんで、って言われてもな。トレーナー棟の出入り口に置いてある、ホワイトボードの彼の欄に【トレセン島へ担当と出張・期間未定】と書いてあったから、間違いないだろう」
職場のホワイトボードに嘘を書くわけがないから、それは確かなことなんだろう。
ともあれグランアンネリーゼさんの無事と居場所がわかったことで、わたしたちの間にホッとした空気感が広がる。
でも。
「このクソ寒い時期に、わざわざなんでそんなところに?」
「それは分からん。彼女たちは彼女たちでトレセン島でのトレーニングが必要だと感じたから、出向いたんだろう」
「う~ん……それはきっとそうなんだろうけど……」
お父さんの見解に、わたしは首を傾げた。
トレセン島でのトレーニングは、運用当初から効果に疑問を持つ人も少なくなかったらしい。
トレセン学園には最新鋭のトレーニング設備がある。
食事面でも栄養士がミネラルやビタミンのバランスを考えてメニューを考案し、腕の良いプロの料理人が作っている美味しいご飯をウマ娘たちに提供している。
なのにわざわざ何もない島に行ってそこに自生しているものを食い、危険な自然の中で故障率の高いトレーニングを行う意味がわからん、というのが懐疑派の言い分だった。
懐疑派の意見は一理あるし、わたしの考えもどちらかといえばそちら寄りだ。
でも一定の成果を上げ続けているからこそ、運用を始めてから20年以上経っている今でもトレセン島はウマ娘たちが利用するトレーニング施設の一つとして存続している。
特に精神的に伸び悩んでいるウマ娘に対する効果が高いと言われていて、普段とまったく違う環境でトレーニングすることで脳や肉体が活性化し、一皮むけるウマ娘が多いそうだ。
と言ってもトレセン島に行った、メンタル面で伸び悩んでいるウマ娘全員に効果があったわけでもないので『単にトレセン島へ行ったタイミングと、スランプを脱出した時期が重なっただけなんじゃないか?』という慎重論も根強くある。
「ともかくグランアンネリーゼさんがケガで入院してたり、なにかトラブルとか嫌なことがあって学園から失踪した、とかじゃなくてよかったよ」
わたしが胸に手を当てながら安堵のため息をつくと、他の娘たちもうんうん、と同調してくれる。
特にわたしは彼女のトレーナーが愛弟子をひどく詰めているのを間近で見ていただけに、余計に安心したのかもしれない。
「グランアンネリーゼはジャンパーとして素晴らしいだけじゃなく、後輩たちにも慕われているんだな」
そんなわたしたちの様子を見て、お父さんが微笑ましげに言った。
「もちろん! グランアンネリーゼさんは強いウマ娘ってだけじゃない。生徒会役員としても学園のためにがんばってくれてるし、グランアンネリーゼさんは障害レース界の誇りだよ」
「そうだと思う。だがな」
得意げに言うわたしに、お父さんはほころばせていた唇を引き締めると、真剣な眼差しでこの場にいるジャンパーたちを見渡した。
「グランアンネリーゼもいずれ、引退してターフを去る。その時には君たちが障害レース界を引っ張っていかなきゃならない。いつまでも彼女の威光に甘え続けることはできないんだ。そのことを心に留めて、日々のトレーニングやレースに臨んでほしい」
お父さんの言葉を聞いて、その場にいたウマ娘たちの背筋がビシリ、と伸びた。
グランアンネリーゼさんの無事を確認できて、どことなくゆるんでいた空気がピリッと引き締まる。
そうだ。
今の障害レース界の盛り上がりは、グランアンネリーゼさんひとりに頼りすぎている。
いつまでも彼女の細い背中に、障害レース界を背負わせておくわけにはいかない。
そんなことは、わたしたちも十分に自覚していた。
わたしたちも頑張って強くなって、より一層障害レースを盛り上げていかないと!
『はいっ!』
打ち合わせていたわけでもないのに、10人以上のウマ娘が同じタイミングで力強く返事する。
そして各々が自分の練習するはずだったトレーニング場へ散っていき、ここに残ったのはわたしとお父さんの二人だけになった。
「たまには、いいこと言うじゃん」
いたずらっぽくそう言うと、お父さんは苦笑する。
「……俺はいつもそれなりに、役に立つことを言ってるつもりなんだがな」
「あんな素敵な正論、わたしだけに言ってくれれば今日のトレーニングすっごく身が入ったと思うのに」
「ステークスウィナーがケチ臭いこと言うな。それと、俺からのお小言がなくてもトレーニングは身を入れてしっかりやれ」
それもまた、正論である。
「はいはい、わかってますよ」
「また適当な返事を……本当に分かっているのか? まぁいい。せっかく障害トレーニングコースに来たんだ。今日は坂路の予定だったが、その前に少し飛越の練習をしていくか」
「了解」
トレーナーの指示にわたしは軽くうなずくと、竹柵障害が等間隔に5つ設置されているコースに向かって駆け出す。
今日のトレーニングはことのほか順調で、飛越のフォームは完璧だったし、坂路でのタイムは久しぶりに自己ベストを更新することができた。
そんな今日のわたしのパフォーマンスに、トレーナーは『いつもこうなら、J・GⅠ制覇も夢じゃないんだがな』と軽く笑っていたのだった。
*
そんなことがあった翌日。
トレーナーとわたしは暖房が効いているトレーナー室で、定期ミーティングを行っていた。
「……と、今日の連絡事項は以上だ」
そう言ってトレーナーは、手元のノートパソコンをパタリと閉じる。
「なにか質問はあるか?」
「ううん。特には」
今日のトレーニング内容も確認したし、わたしから伝えるようなことも別になかった。
脚に異常があったりもしないし、体調もいつもと変わらず元気だ。
ミーティングはこれにて終了。
外は寒いけど今日もトレーニングがんばりますか~、と心のなかで気合を入れて席を立ったときだった。
「ところでエルサ、中山大障害で着る勝負服はどうするつもりなんだ?」
「あっ」
尋ねてくるトレーナーに、思わずわたしは脚を止めた。
そうか。
J・GⅠに出るなら、専用の勝負服を用意しないといけないんだっけ。
「トレセン学園に入った時、俺もミラ子も『勝負服は作っておいたほうがいい』と言ったのに、お前『GⅠになんてとても出られる気がしないから、いらない』って断っただろう」
トレーナーはそう言って、腕を組みながら渋い顔をする。
あの時、家庭の空気がちょっと険悪になったのを思い出したのかもしれない。
う~ん……。
実はお父さんの言ったとおり、両親からは何度か勝負服を作るように言われていたんだよね。
でもGⅠに出られる娘なんて、トレセン学園に入学したウマ娘の中でもほんのひとつまみ。
特にわたしなんかは補欠入学の身だったから、まさか勝負服が必要になるだなんて思いもしなかった。
それに……わたしが頑ななまでに『いらない』『必要ない』と言い続けていた理由は、それだけじゃない。
もしあの時、両親の言うとおり勝負服を作っていたら、いつまで経っても袖を通されることのない新品の勝負服のことが頭をよぎるたびに、コンプレックスを抱いていただろうし……。
お母さんはGⅠを3勝もした名ウマ娘だったのに、高いお金を出してもらって作った勝負服を、わたしはGⅠの舞台で一度も着ていないだなんて、その現実を思うだけで心が潰れそうになっていたに違いない。
「まぁ入学したときは、わたしがGⅠに出られるだなんて夢にも思わなかったからね……」
「変に楽天的にならないのは、お前の長所だとは思うがな。スターティングフューチャーを着るつもりならそれでもいいが、勝負服のデザインから考えたいというのなら、そろそろ発注しないと本番までに間に合わないぞ」
スターティングフューチャーはどこのレース場でも貸してくれる、標準的な【GⅠ正礼装】だ。
今回のわたしのように、急遽GⅠに出られるようになったシンデレラウマ娘が着用することも多い。
素敵な勝負服だし、それで初GⅠに出走するのも決して悪くはないけれど。
「そうだね……それなら、ちょっとお願いがあるんだけど」
*
その2週間後。
わたしは一着の服を受け取るためだけに、千葉にある実家に帰ってきていた。
届けてもらうだけならトレセン学園の寮の部屋でも良かったんだけど……その服を着たわたしを、どうしてもお母さんとお父さんにすぐ見てもらいたかった。
家に戻ると、すでにそれは自宅に届けられていた。
わたしは2階にある自分の部屋でドキドキしながら、立派な箱に入っている衣服を一枚ずつ丁寧に取り出す。
そして今着ている服を脱ぎ捨て、鏡の前で着慣れない衣装を慎重に身に着けていく。
仕上げに、いつもはしていない青と白のストライプ模様のメンコを耳にはめ、右側にリボンを付けて着付けは完了。
最後に姿見で自分の全身を映して、おかしな部分がないかをチェックした。
「……うん、大丈夫」
そう思いながらも、紐ループタイの金具の位置を手で整えながらわたしは階段を降り、ちょっと緊張しながらリビングに向かう。
そこでは神妙な面持ちで、お父さんとお母さんが待ってくれていた。
「ど、どうかな……」
初めての勝負服のお披露目ということもあって、少しはみかみながら二人に声をかけると、お母さんはそっと胸の前で手を合わせて微笑んだ。
「おお、似合ってるじゃない! 昔のデザインだからひょっとしたら古びて見えるかな~ってちょっと心配したけど、そんなことないね。いや~、それにしても懐かしいなぁ。その勝負服を見ていると、GⅠで戦ったライバルたちの顔が今でも鮮明に思い浮かぶよ」
そう言ってお母さんはうん、うん、と何度も頷く。
わたしが今
白と水色を基調にした、清潔感のある可愛らしいデザイン。
しかしトップスの左側を
お母さんが大切に保存していたそんな勝負服を、わたしがわがままを言って仕立て直してもらったんだ。
完璧にリペアされた勝負服はまるで最初からわたしのために誂えたかのような仕上がりで、それは中山大障害という大舞台に出走するわたしへの、お母さんからの最高の贈り物だった。
勝負服なんていらない、必要ないって、ずっと言い続けていたわたしだったけど……本当のことを言えば補欠入学のわたしだって、一度も夢想しなかったわけじゃない。
GⅠの華やかな舞台で、ターフを駆け巡る自分の姿を。
その空想のなかでのわたしはいつも、お母さんの勝負服を着て疾走していた。
だからわたしがもし万が一、いや億が一にもGⅠに出ることがあれば……お母さんと、憧れのGⅠウマ娘であるヒシミラクルと同じ勝負服を着たいと、いつも心のどこかで思っていたんだ。
「お父さん、どうかな? 似合って……」
スカートの裾をつまみ、ちょっと気取ったポーズを取って、今度はわたしをここまで導いてくれたお父さんの方へ振り向く。
「!」
その瞬間、わたしの鼓動が、大きく跳ね上がった。
泣いている。
普段は冷静沈着で、感情をほとんど表に出さないお父さんが、わたしの方を見て、目を赤くして、ボロボロと涙をこぼしている。
ど、どうしたんだろう。
初めて見る父の涙はあまりに衝撃的で、胸がぎゅっと締めつけられて……心の中が激しくうずいた。
「お、お父さん?」
「あ、あぁ……すまん。まったく、歳を取ると涙もろくなっていかんな」
お父さんはそう言って近くにあったティッシュボックスからティッシュを抜くと、半分に折ってそれを瞳に押し当てた。
「……ミラ子の同期にはダービーウマ娘になるタニノギムレットを始め、ノーリーズン、シンボリクリスエス、ファインモーションと、才能あるウマ娘がたくさんいた。ある時、そのウマ娘たちと勝負服に関する雑誌の撮影をすることになったんだ」
お父さんはめったに見せない、親愛の眼差しをお母さんに向けながら、少し震えた声で過去の独白を続ける。
「その時ミラ子が集まった面々を見渡して、『才能やレースに対する覚悟はともかく、勝負服は負けてないんですよ!』みたいなことを言ってな」
「……そんなこともあったね」
お父さんの昔話に、お母さんは懐かしそうに小さく笑った。
その柔らかい表情を見ているだけで、お母さんにとってもそのことはきっといい思い出だったんだなと、伝わってくる。
「それを聞いて、俺は思ったんだ。勝負服だけじゃない。ミラ子は彼女たちに負けないぐらい努力しているし、少し奥手なだけで能力だって、決して引けを取らないものを持っている。勝負服を着て、ミラ子をGⅠに出すだけじゃない。この勝負服を着たミラ子に、大きなタイトルを絶対プレゼントしようってな。エルサの勝負服姿を見たら、そんな若いときの気持ちがふと蘇ってきてしまってな……」
「……そっか」
お母さんとの温かい思い出を語るお父さんに、わたしは感情をかき乱されて……ただそうとしか言えなかった。
「エルサ。おそらくグランアンネリーゼは前走の屈辱を晴らすべく、最高の仕上がりで出てくるはずだ。中山大障害では東京ハイジャンプのような、こちらをナメたようなレース運びは絶対にしてこないだろう。本気の絶対王者を相手に、気安く勝たせてやるなんてことは言えない。ただ、J・GⅠにふさわしい仕上がりにすることだけは、俺のトレーナー生命をかけて約束しよう」
お父さんの力強い言葉にわたしは肩を震わせながら、何度も何度も、小さく首を縦に振った。
そんなわたしたちを見て、お母さんは右手をお父さんの肩に、左手をわたしの震える肩にそっと添える。
お母さんの柔らかい手から、優しい体温が伝わってくる。
「わたし、がんばるよ。お父さんが指示してくれるトレーニングを全力でやって……中山大障害では、GⅠウマ娘のお母さんに恥じない走りを、きっとしてみせる」
わたしの誓いに、両親は静かに、優しくうなずいてくれた。
*
中山大障害が一週間後に迫った土曜日の放課後。
今日は珍しく、トレーナーから障害トレーニングコースにくるようとの指示があった。
最近の午後トレは、坂路を中心としたものが多かったんだけどなぁ。
まぁ本番が近いから、今のわたしの飛越技術を確認しておこうということなのかもしれない。
ううっ。
それにしても、今日は特に寒い……。
びゅうびゅう吹きつけてくる冷たい風が冬物のジャージを貫通して、まるで肌を突き刺してくるようだ。
はぁっ……とかじかむ手にゆっくり吹きかけた息の色も、白い。
言ってもうすぐ、クリスマスだもんねぇ。
わたしの場合、今年はクリスマスだからといって浮かれるわけにもいかないけれど。
クリスマスの時期に限った話じゃないけど、冬の季節は筋肉やスジが硬くなりがちで、それが原因になって肉離れや腱炎といったケガが起こりやすい。
そんなことにならないように屈伸でもして身体を温めておきますか、と思って何度か膝を曲げ伸ばししていると、トレーナー棟の方からトレーナーがやってきた。
「エルサ。昼食はしっかり取れたか?」
そう聞いてきたトレーナーに、わたしはうん、と返事する。
「いつも通りって感じかな。ただレース前だから腹8分目で、ちょっと物足りないけどね」
「そうか。食べ盛りの身体に食事制限は辛いと思うが、ここまで順調に来ていて食べすぎのせいで本番のコンディションは最悪、ということは避けたいからな。今が辛抱のしどころと思って我慢してくれ」
年頃のウマ娘の食欲に理解を示しながらも、トレーナーは苦笑いして決して食べすぎないよう、やんわりと注意を促した。
今はまだレースの一週間前だから腹8分目ぐらいのガマンで済んでいるけど、本番の3日前になると食事量がいつもの6割から5割5分ぐらいまでに制限されてしまう。
それが辛くないわけじゃないけど、レース前の食事制限は現役のウマ娘であれば誰だって課せられていることだ。
わたしだけが空腹を抱えて、毎晩ベッドでうずくまっているわけじゃない。
「うん、わかってる」
「よし。グランアンネリーゼをはじめ、リーチヨハンナやアクサナデイジーといった強豪たちもきっと最高の状態で出走してくるだろう。なんせお前にとって、初めてのJ・GⅠ挑戦だ。後悔を残さないためにも、最善を尽くしていこう」
トレーナーの言葉に、わたしも深く頷く。
「そうだね。ところで午後のトレーニングはなに? この前みたいに、竹柵障害を飛越しながらフォームのチェック?」
「トレーニングの内容はそうなんだが……もう少し、待ってくれ」
「?」
トレーナーからのよくわからない待機指示に首をかしげながらしばらく待っていると、校舎の方から一人のウマ娘が軽い足取りでこちらへやってきているのが見えた。
彼女は遠目からでもわかるぐらいの長身で、なんというか……背丈だけでなく、全体的に迫力のあるボディの持ち主だった。
あれは……。
「えっ、ブラストワンピースさん!?」
わたしの声が聞こえたのか、彼女は手を振りながら人懐っこい笑みを浮かべて、駆け足でこちらへやってくる。
「やぁ、はじめまして! キミがこちらのトレーナーさんが担当している、エルサミラクルさんかな?」
「は、はい」
大先輩からのハキハキした自己紹介に、わたしは少し気圧されながらも返事した。
「そっか! 知ってくれてたみたいだけど、アタシはブラストワンピースっていうんだ。キミの指導をトレーナーに頼まれてやってきたんだ! 5日間という短い間だけど、どうぞよろしくね!」
「えっ、あっ、はい。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
彼女から差し出された手を、わたしは緊張しながらおずおずと握り返す。
ブラストワンピースさんといえば、有マ記念を勝利した名ウマ娘。
現役引退後はバ場バ術の選手に転向して世界中の大会で名を馳せ、今はその経験を元にフリーのコーチをしていると聞いたことがある。
バ場バ術は決められたコースを、優美な身体の使い方と魅せる走法で駆け巡るという、繊細な技術を求められる競技だ。
バ場バ術で培われる美しいその【型】は、ウマ娘にとって理想的なランニングフォームのひとつと言われている。
それを求めて、彼女のもとを訪れるトレーナーやウマ娘は後を絶たない。
急な話ではあったけど、そんな彼女の指導を受けられることは、中山大障害にむけてこの上なく心強いことだった。
「彼女に来てもらったのは、お前の身体の動きを根幹からチェックしてもらい、その動作を滑らかにするトレーニングを行うためだ。一つ一つの動きがスムーズになればケガの確率が減らせるのはもちろん、それが無駄のない走りや綺麗な飛越につながるからな」
トレーナーが真剣な眼差しで、ブラストワンピースさんを招聘した理由を聞かせてくれる。
なるほど。
それでジャンプや平地の走りの指導者じゃなくて、【型のスペシャリスト】であるバ場バ術の超一流コーチを呼んでくれたのか。
「アタシが呼ばれたのは、そういうこと。じゃあさっそく、キミのジャンプを見せてくれるかな!」
「はい。わかりました」
ブラストワンピースさんの指示を受けて、わたしは駆け足で5連竹柵障害のスタート地点に向かった。
にしたってあれだけの選手をコーチとして招くとなると、そのレッスン料も半端なものじゃなかったはず。
去年はわたしがヘコんで長期間レースに出てない時期もあったし、よくそんなお金がウチに……。
あっ!
最近わたしがお母さんにLINEしても返信が夜中で、『返事遅れてごめんね。年の瀬が近いせいか、最近パートが忙しくてねぇ』なんてメッセージが来たり、お父さんがわたしに指導を終えたあとすぐに【出張】と称して南関東のレース学校に行っていたのって、ひょっとして今回のレッスン料を捻出するためだったんじゃ……。
お父さんもお母さんもなにも言わなかったけど、考えてみればあの勝負服のリペアにもそれなりのお金がかかっているはず。
……わたしがトゥインクルにデビューして、2年半。
平地の出走制限に引っかかり、なんとか障害レースの世界にもぐり込んでようやく、ようやくJ・GⅠへの出走にこぎつけた非才なわたしに、両親はできる限りのことをしようとしてくれている。
わたしのJ・GⅠ挑戦を、全力で応援してくれている。
わたしが全身全霊で戦えば、J・GⅠでもきっと好勝負できるって、お母さんもお父さんも期待してくれている。
中学までの走歴で取り立てて輝かしいものもなく、トレセン学園にも補欠でなんとか入学できたふつーのウマ娘なわたしに、期待してくれている。
その期待に、応えたい!
その想いを胸にわたしはスタートラインに立つと、最初の竹柵障害に向かってターフを蹴った。
*
「うん。さすがにJ・GⅡを勝ってるだけあって飛越はキレイなものだね!」
わたしのジャンプを見たブラストワンピースさんは、腕を広げて少し大げさに思えるぐらいに褒めてくださった。
「あ、ありがとうございます!」
わたしは思わず頬を緩めてしまい、そのふやけた顔を彼女に見られないよう、うつむきながらお礼を言う。
超一流のコーチに、手放しで褒められたのだ。
それが嬉しくないわけがない。
「でもエルサさんは結構身体硬いね。もう少し柔軟性があればもっと綺麗に、高く跳べると思うよ」
「……えっ?」
彼女からの指摘に、わたしは思わず小首を傾げてしまった。
前屈は一応手のひらを地面にペタっとつけることができるし、長座体前屈をしているときでも土踏まずをしっかり掴むことができるぐらいは曲げられて、周囲からは『エルサ、体柔らかいね!』って言われることが多かったからだ。
「自分ではそんな自覚はなかったのですが……」
コーチングしてくださっている大先輩相手にまさか『いや、わたしカラダ柔らかい方っすよ』と言い返すわけにもいかず、ちょっと困ったような顔をしてあごに手を当てた。
「自分の身体のことって、案外自分ではわからないものだからね。だからアタシのようなコーチがいるわけで。トレーナーさん。ゴメンなんだけど、そこにおいてあるアタシのカバンの中から、ストレッチ用のマット取ってくれないかな?」
「分かった」
ブラストワンピースさんのお願いにトレーナーはうなずくと、彼女のカバンの中からクッションの真ん中をへこませたような物を取り出して持ってきてくれる。
「ありがと! エルサさん。この凹んでいるところに腰掛けて、肩幅より脚を広げてくれるかな? でも痛かったら、広げる範囲は無理しないでね」
「……わかりました」
それぐらいできますよ、という不満を出さないように顔の筋肉に気を配りつつ、わたしは思ったよりも固かったストレッチ専用だというマットに腰掛け、脚をぐいっと広げてみせる。
「こんな感じですか?」
「う~ん……。ま、初日はそんなもんかな! うん、それで大丈夫だよ」
えっ?
自分では結構広げたつもりでいたんだけど……。
ブラストワンピースさんはいったいどのぐらいまで広げられると、わたしに期待していたんだろう?
どうも釈然としない気持ちを抱えながら座っていると、背後から「じゃあ、始めていくよ。上体が倒れていってる間はゆっくり息を吐いてね」という声が聞こえてきて、背中から少しずつ押される感じがしてきた。
「!? あっ! 痛い痛い痛い!」
上体が前に少しずつ傾くたびに、内股に突っ張るような激痛が走る。
しかも、上体が全然曲がってこない!
もっと柔らかいと思っていたのに、いったいどうなってるんだ、わたしの身体は!
「やっぱり。飛越を見てる感じ、エルサさんはハムストリングスと大腿四頭筋はしっかり柔軟できてるけど、股関節がすごく硬そうだな~って思ったんだよね。ここをしっかりほぐせればケガしにくくなるし、ジャンプの質もかなり良くなるはずだよ~」
そう言いながら、ブラストワンピースさんは背中をグイグイ(ってほどではないんだけど、わたしの体感的にはそうだ!)押してくる。
ひっ、ひぃ~っ!
痛い痛い痛い!
あまりの痛さに、この寒さにも関わらず額から汗が滲んできた。
「ブラストワンピースさん! マジで痛いですっ!!」
上体が40度ほどまで傾いたところで、わたしはギブアップを絶叫してしまった。
「ん、オッケイ! じゃあゆっくり、アタシの手に背中を預けるような感じで上体を起こしていこうか」
彼女のお許しをいただいてから、わたしはブラストワンピースさんの手にもたれるような感じで、ゆっくりと上半身を元の位置に戻す。
「ふぅっ、ふぅっ。ふうぅっ……」
ようやく股の痛みから解放されたわたしは、額に浮かんだ脂汗を袖口で拭きながら何度も浅い呼吸を繰り返す。
いや、驚いた、びっくりした。
自分の股関節がこんなに硬いだなんて、今の今まで知らなかった。
身体の柔らかさには自信があったし、股関節周りのストレッチもトレーナーの指示を受けてしっかりやっていたつもりだから、これほどまでにひどい状態だったなんて思いもしなかった。
トレーナーの方を見ると、わたしの反応に意外そうな表情を浮かべている。
わたしの股関節の硬さは、長い間面倒を見てくれているお父さんからしても予想外だったらしい。
でも、考えてみればお父さんが今まで担当してきたウマ娘は、担当第一号のお母さんを含めて、みんな平地を走っていた娘ばかりだ。
障害レースを走るウマ娘を担当したのはお父さんにとってもわたしが初めてで、平地を走るウマ娘とは見るべき身体の箇所や、ケアすべき部位が違ったのかもしれない。
やっぱり餅は餅屋とはよく言ったもので、専門家というのはすごいもんだ。
「今やった股割りストレッチはすぐに効果は出ないけど、継続すると長期的に身体の消耗度も柔軟性も違ってくるから、アタシの指導期間が終わってもしっかりやっておいてね。じゃあ次は、綺麗に歩く練習をするよ」
「えっ。歩く練習って、競歩とかそんな感じですか?」
「ううん。普通に歩くだけだよ。とりあえず今から、自分の体の重心と、歩いている間その重心がどう移り変わっていくか。それによって足の裏にどんな重さを感じるかを意識しながら、ここのコースを1周してきてくれる?」
「……。わかりました」
ブラストワンピースの指示の意味をはかりかねたわたしは、一呼吸置いてから彼女に返事した。
おそらくブラストワンピースさんは走り方とかジャンプのフォームとか、そういったレースの基礎技術以前の、無意識の中の身体の使い方から改善していくつもりなんじゃないだろうか。
そんな彼女の指導を、お父さんは真剣にメモを取っている。
すごく退屈な練習になりそうだけど……手も気も抜かないよう、がんばらなきゃ。
お父さんもお母さんも、わたしのために身を削って今回の特訓の機会を作ってくれたのだから。
わたしはブラストワンピースさんの指示通り、重心を感じるヘソのあたりに意識を集中させてから、慎重に第一歩目を踏み出した。
*
朝練はブラストワンピースさんにみっちり身体の使い方を教えてもらい、午後からはいつものように走り込みのトレーニングする。
そんな5日間が、あっと言う間に過ぎ去った。
それにしても想像以上に、ブラストワンピースさんから受ける指導の内容は地味で退屈だった。
例の股割りストレッチを中心とした柔軟を30分ほどやって、あとは彼女の『膝と足首の使い方に意識を向けて』『頭の位置と重心に気を配って、いつもよりペースを落として』みたいな指示を受けて、その通りに障害トレーニングコースの外周を何周もくるくる歩くだけ。
わたしが徘徊している隣の坂路では、たくさんのウマ娘が勇ましい爪音を立てて険しい坂道を駆け上がっているのに、わたしは一体何をやっているんだろう? という疑問をいだいたのも一度や二度じゃない。
結局初日以降、ブラストワンピースさんにわたしのジャンプや走りを見てもらうことはなかったし、彼女から飛越や走法の技術的なことを教わることもなかった。
その代わりというわけでもないんだろうけど、ブラストワンピースさんの身体の使い方の指導は、日常の歩き方、その時の手の振り方からスマホを持つときの姿勢まで、本当に細かいところにまで及んだ。
それだけではなく、朝練のあとには日常生活でおかしなクセがついてしまった筋肉や関節を、スポーツ医学的に正しい場所へ戻すための整体も施してくださっていた。
彼女の整体は『あ~効く効く。気持ちいい~』という感じではなかったけど、終わったあとは身体がなんだか軽くなってスッキリしていて、『あ、これが本来のわたしの身体なんだ』ということを実感できた。
ブラストワンピースさんの整体施術はよかったんだけど……練習はあまりに退屈だし、正直効果はあまり感じられないしで、(お金を出してもらっていることもすっかり忘れて)そのことをトレーナーにグチったりしたこともあった。
でもトレーナーは「ブラストワンピースもプロのコーチだ。色々考えてエルサにそのトレーニングを指示しているのだから、彼女を信じて一生懸命取り組みなさい」というばかりだった。
*
最終日も特に変わったことをすることもなく、いつものメニューを消化した。
これで一応、ブラストワンピースさんから与えられたカリキュラムは終了だ。
「お疲れ様! アタシが教えるのも今日で最後だし、タイム取ってみようか!」
今日までお世話になりました、とご挨拶するつもりでブラストワンピースさんのもとへ向かうと、彼女は笑顔で障害レーストレーニングコースを指さした。
「! わかりました。では走る前に軽く、体動かしますね」
そう言ってわたしは、彼女からみっちり教わったストレッチも交えて全身の筋肉を解していく。
ブラストワンピースさんが指示するトレーニングは退屈なものであったけど、自分の体が少しずつ変わっていっていることは確かに感じていた。
その変化を一番実感していたのがウォームアップで、同じように身体を動かしていても、温まり方が前とぜんぜん違う。
そういえば半袖短パンという服装であるにも関わらず、最近それほど寒さを感じなくなった。
この5日間の練習のおかげで、基礎代謝が向上しているのかもしれない。
「よし、じゃあ今からこのコースをレースのつもりで本気で走ってもらうよ。トレーニングの成果、しっかり見せてね!」
「はいっ!」
ブラストワンピースさんの激励にわたしは力強く返事し、スタンディングスタートの構えを取った。
トレーナーもストップウォッチを片手に、彼女の隣でわたしの発走を待っている。
「位置について。よ~い……」
ぱんっ! とブラストワンピースさんが手を鳴らしたのと同時に、わたしはスタートを切った。
走り出した身体が、とても軽い。
その感覚はただ体の調子がいい、というだけじゃなかった。
走っている脚が、振っている手が、今まで経験したことのないぐらいスムーズに動いている。
まるで錆びついていた機械の接続部分に、高級な潤滑油を差したかのようだ。
明らかなフィジカルの改善を感じているうちに、1つ目の障害物に差し掛かる。
わたしはそれを、踏み切ってジャンプ!
「!」
中空で伸ばした脚が、柔らかい。
飛越が、今までのものとまったく違った。
本当に高価な注し油が、筋と関節に行き渡っているかのようだった。
十分に広げられ、軽く、高く飛んだわたしの脚は、今までに体感したことのない跳躍を生み出していた。
なのに、着地のときにはまるで衝撃を感じない。
完璧な着地と同時に地面を蹴り出し、弾けるように加速して再び平地へ駆け出した。
景色が、まるで流れるように後ろへ流れてゆく。
わたしはまるで生まれ変わったかのような動きでターフを駆け抜け、竹柵障害も、生け垣障害も、あれだけ苦手意識があった水濠障害も、
全身に吹きつけてくる冷たい冬の風でさえ、心地よい。
飛ぶことって、走ることって、なんて楽しいんだ!
こんな気持ちで走るのって、いったいいつ以来だろう。
幼い頃、近所の公園で縦横無尽に、心が赴くままに走っていた頃を思い出しながら、最後の竹柵障害を飛び越える。
もうここまで2000M以上走ってきたのに、脚の疲労感も、呼吸の苦しさも、ほとんど感じていない。
どこどこまでも、走っていけそうな気分だ。
たった5日間で、これほどまでに自分の体が変わるものなのか。
そんな驚きと感動を抱えながら、わたしはブラストワンピースさんとトレーナーの待つゴールに飛び込んだ。
「ふうぅっ……。トレーナー、タイムは?」
100Mほどかけてゆっくりと速度を緩め、額から流れる汗を腕で拭いながら二人の元へ駆け寄る。
「……あくまで参考記録だが……」
トレーナーはタイムを何度も確認しながらブラストワンピースさんと顔を見合わせ、右手に持っていたストップウォッチをわたしの方へ差し出してくる。
「ん~……どれどれ」
見せられたストップウォッチを確認すると、そこには今まで見たことないような時計が表示されている。
もしこのタイムが正しいものなら、間違いなくここのコースレコードだ。
「これ、間違いない? わたしが走り始めてから2・3秒後にあわててスタートボタンを押した、なんてことないよね?」
「……そんなことしてたらさすがに、俺のミスで計測不能だったって伝えるよ」
そう言ってトレーナーは、苦笑を浮かべる。
「大丈夫! トレーナーさんはキミがスタートを切った瞬間に、ちゃんとスタートボタンを押していたよ。そのタイムは間違いなくエルサさんが記録したものだ!」
いつものように朗らかに笑いながら、ブラストワンピースさんもタイムを保証してくれた。
ってことは……。
「このタイムは、ホントにわたしが出したものなんだ……!」
信じられない出来事に、声が震えてしまう。
ここのコースは本番のものと比べてかなり短いし、レースは今みたいに一人で走るわけじゃない。
レースでは出走者たちのいろんな思惑が複雑に絡まり合い、展開のアヤが生まれて、自分の思い通りにならないことばかりが起こる。
だからこのトレーニングコースで速く走れたからと言って、レースでの好走が約束されるわけじゃないけれど……これだけのタイムを出せたことは、やっぱり素直に嬉しかった。
「うん。キミは本当によくがんばった。あの地味で退屈で、派手な動きもない練習は、なかなか効果を実感しづらい。途中で投げ出してしまう娘もけっこういるんだけど、よく最後までやり遂げてくれた」
「ブラストワンピースさん……」
「今のキミの状態は、今すぐレースに出ても戦えるぐらいに仕上がっている。地道な訓練を、飽きずにやり遂げたキミの成果だ。今のキミならきっと、トップクラスのジャンパーたちとも互角に渡り合える。自信を持って、中山大障害という大舞台で戦ってきてほしい!」
「はいっ!」
バシッと少し強い力で肩を叩いて激励してくださったブラストワンピースさんに、わたしは気合を込めて返事する。
少し涙声になってしまったのは、叩かれた肩が痛かったせいだ。
そんなわたしたちのやり取りを、トレーナーはストップウォッチを握りしめながら、静かに見守ってくれていた。
*
中山大障害をあさってに控えた、木曜日の午後5時50分。
わたしとトレーナーはいつもより少し早めにトレーニングを切り上げて、トレーナー室のテレビの前に陣取っていた。
「6時からやる記者会見って、確かマスコミの方からグランアンネリーゼさんたちに要請したものなんだよね?」
わたしがそんなことを聞くと、トレーナーは少しためらいがちに頷いた。
「ああ。結局今日まで、彼女たちの動向は分からずじまいだったからな。J・GⅠ本番直前になっても、本命ウマ娘陣営が情報をシャットダウンしているのはいかがなものか、とレース記者クラブがトレセン学園とグランアンネリーゼたちに異議申し立てをしたそうだ」
話しているトレーナーの口調は平坦だったけど、眉を少し寄せて厳しい表情を覗かせている。
トレーナーの言ったとおり、12月に入ってからグランアンネリーゼさんと彼女のトレーナーを学園内で見かけることは、ついに一度もなかった。
彼女たちがトレセン島へトレーニングに出かけている、ということは公然の事実として学園中に広まっていたし、マスコミにもそれは伝わっているようだけど……。
それ以上のことは誰も知らなかったし、どこかから情報が入ってくる、ということもなかった。
聞いた話だと、絶対王者の現状をファンたちにぜひ伝えたいと、トレセン島への取材を申し込んだマスコミも少なからずいたらしい。
だがそれは、学園側が言うには『トレーナーの強い要望』でそれらはすべて拒否されていたそうだ。
「まぁグランアンネリーゼさんの出走登録は済んでるようだから、最悪大本命ウマ娘が出走を回避! みたいなことはないと思うんだけど、本番直前まで主役の動きが何一つわからない、というのは確かに異常事態だよねぇ」
そう言ってわたしはテレビの方へ視線を移す。
他人事のように言ったものの、実のところ同じレースを戦う身として、グランアンネリーゼさんの動向はものすごく気になっていた。
そう大きくない画面には学園の大会議室が映し出されていて、たくさんの記者たちがグランアンネリーゼさんたちの到着を、今か今かと待ち構えている。
会議室の時計の長針が、12のところを指した瞬間。
ガラリと扉が開く音が聞こえてきて、壮年の男性と一人のウマ娘が会議室に入室してきた。
男性の方はジャージ姿にサングラス、それに黒い帽子を被っているという、皆がよく知っている彼らしい出で立ちだった。
だが彼に付き従っているウマ娘の様子が、尋常ではなかった。
薄汚れた体操着姿に、肩ぐらいでザンバラに切った黒い髪。
画面からでも感じる、彼女の発する殺気めいた異様な闘気。
テレビに映し出された彼女の姿を見て、わたしは息を呑み込み、思わず呟いた。
「えっ……誰、あれ……?」