「あ、あれ……グランアンネリーゼさん……だよね?」
この場に現れるウマ娘は彼女以外にいない、なんてことは分かっていたけど、頭の中のわたしは、画面の中にいるウマ娘をなかなかグランアンネリーゼさんだと認めようとしない。
それでも殺気めいた蒼い炎を宿す切れ長の瞳と、その中にかすかに残る理知的な光が、かろうじて彼女の面影を残している。
「時間ギリギリになった上に、このような身なりで申し訳ない。トレセン島から直接駆けつけたものでな。ご容赦願いたい」
グランアンネリーゼさんのトレーナーさんは集まった取材陣たちに謝罪しながら、正面カメラの前で立ち止まった。
それに付き従うように、グランアンネリーゼさんも彼の隣に並び立つ。
グランアンネリーゼさんの異様な風体に目を奪われてしまっていたが、よく見ると彼女のトレーナーのジャージもあちこち薄汚れていて、顔はかなり濃い無精髭に覆われている。
そんな彼の身だしなみは、お世辞にも整っているとは言えないものだった。
「ほ、本日は我々レース記者クラブの会見要請にお応えいただき、ありがとうございます。お二人に質問させていただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
記者の中でも古株の乙名史さんが、恐る恐るといった感じで二人にマイクを向ける。
会見に慣れている彼女ですら質問することをためらってしまうほど、グランアンネリーゼさんたちの雰囲気はピリついていた。
「ああ、かまわんよ」
「では、私から……お二人は12月に入ってすぐの頃からトレセン島に出向いてトレーニングをなされていた、という話を聞いているのですが、本当なのでしょうか?」
乙名史さんの質問に、彼は小さく首肯する。
「それは間違いない。12月3日から今日まで、リゼにはあの島でみっちりトレーニングさせてきた」
「そのことは、グランアンネリーゼさんの様子を見れば分かりますが……」
乙名史さんは一旦言葉を切ると、グランアンネリーゼさんの方へ視線を向ける。
わたしが一瞬グランアンネリーゼさんを別のウマ娘かと首をひねってしまったのは、顔つきと髪型がわたしが知っている彼女のものとあまりに違った、ということもあったけど……。
その一番の原因は、以前のグランアンネリーゼさんと比べ、
もちろん前の彼女もアスリートらしい端正な体つきをしていたけど、その中にもどこか女性らしい、柔らかな印象を残していた。
でも、今の彼女は違う。
体操服から伸びる細い腕と脚は極限まで脂肪が削ぎ落とされていて、まるで細木のようだった。
しかし、薄い皮膚の中には確実に強靭な筋肉が幾筋も走り抜けていて、彼女の立っている姿はまるで磨ぎ澄まされた一振りの日本刀のようであった。
「単刀直入にお聞きしますが……グランアンネリーゼさんのその細い体に、タフな中山の大障害コースを走るスタミナが残されているものなのでしょうか?」
その質問は、ミホノブルボンさんが現役時代からの古い付き合いがある、乙名史さんにしか許されないものだっただろう。
サングラスの下にあるトレーナーの感情は推測するしかないけど、彼にとってその質問は決して愉快ではなかったはず。
実際、彼はわずかに口の端を下げてから、一拍の間を置いて口を開いた。
「アンタも、あの天皇賞・春でのライスシャワーの仕上がりを覚えていないわけじゃないだろう」
彼の口から出た意外なウマ娘の名前に、会場内がざわつく。
彼とライスシャワーさんの間には、浅からぬ因縁がある。
そのウマ娘の、生涯最高の仕上がりと評されている状態を口にしたということは……彼には自信があるのだ。
グランアンネリーゼは、これ以上ないほどに仕上がっているという自信が。
「それに、リゼに万一なにかがあれば、俺が腹を切れば済む話だ。違うか?」
『!』
覚悟が決まったその言葉に、ざわついていた会場がまるで水を打ったかのように静まり返った。
彼は今のグランアンネリーゼさんの仕上がりに、トレーナー生命さえ賭けている。
グランアンネリーゼさんは二人のやり取りに一言も発することなく、ただ静かに前を見据えていた。
「他に質問は?」
トレーナーは一応マスコミ陣にそう尋ねたが、記者たちはそんな二人に圧倒されて、なにも言葉を発せられない。
「特になし、か。では、俺達はこれで失礼させてもらうよ」
彼は軽く会釈だけすると、さっそうと歩き出して大会議室から退出してゆく。
グランアンネリーゼさんもマスコミたちに向かって一礼すると、沈黙を守ったまま、ただ彼のあとを追った。
二人が退室したあと、まるで時がようやく動き出したかのようにレポーターがなにか喋っていたようだが、トレーナーは大事なことはもう分かった、と言わんばかりに途中でテレビの電源を切った。
そのせいで彼女がなにを言っていたのか、結局わからずじまいだった。
「グランアンネリーゼさん、あんな身体で本当にレースを戦えるのかな……?」
厳しい顔をしているトレーナーにそう聞くと、トレーナーは腕を組んで小考する。
「……常識で考えれば今のグランアンネリーゼの身体に、4000Mを超える険しい中山の大障害コースを走り切る体力が残されているとは思えない。明らかに、身体をいじめすぎている」
重苦しい口調で、トレーナーはそう切り出した。
「そ、そうだよね」
「しかし」
「……しかし?」
わたしのオウム返しに、トレーナーが真剣な眼差しでこちらを見据える。
「グランアンネリーゼは今までの障害レースウマ娘の常識を、ことごとく塗り替えてきたウマ娘だ。しかも彼が、あのライスシャワーの名前を出して、彼女の全盛期の仕上がりと比較することすらした。彼の思惑通り、もしあれがグランアンネリーゼの究極の仕上がりなのだとしたら……」
トレーナーは、そこで言葉を切った。
それ以上言うべきではないとトレーナーは思ったのかもしれないけど、その先の言葉はわたしのようなニブチンでも十分に想像できる。
「ま、相手が強いのはさいっしょからわかっていた話だしねぇ。じゃあわたしはプールでちょっと体をほぐしてから部屋に戻るよ。ありがとうございました」
「プールに行くのはいいが、軽くにしておけよ」
いつものトレーニング終わりの礼をして部屋から出ていこうとするわたしに、トレーナーが声をかけてくる。
「今のお前も、もうこれ以上ないほど最高の状態に仕上がっている。無理な負担は、今まで積み上げてきたものをただ突き崩すだけになりかねない。焦りは、なにも生み出さないぞ」
「わかってる! けど……」
ヒステリックな声を上げようとするわたしを、トレーナーは首を横に振って制した。
「エルサ。確かに自分を限界まで追い詰めるような、厳しいトレーニングは強くなるために必要なものだ。だがそれと同じぐらい、やりきった自分を信じてコンディションを維持して本番を待つ、というのもアスリートにとって大切なことなんだ。お前ももう、シニアの一人前のウマ娘だ。自分にとってなにが最善なのか、きちんと判断できると俺は信じているぞ」
「…………」
いつものように平坦な口調で大切なことを伝えてくるトレーナーに、わたしは一言「わかったよ」とだけ返してからトレーナー室を出て、鳥肌が立つほど寒い廊下へ出た。
その冷気のおかげか、少しばかりが頭の中が冷めた気がする。
こんなに寒い中、わざわざトレーナ棟から遠く離れたプールに行ったり、寒風吹きすさぶトレーニングコースに出て走り回る必要もないか。
「冴えんなぁ」
わたしはそうひとりごち、自販機でホットココアでも買って、大人しく温かい自分の寮の部屋へ帰ることにした。
*
「エルサ先輩、起きてください!」
「んぁ……?」
聞き慣れた、だが聞き慣れない大音量の声が、突如わたしを夢の世界から現実に引き戻した。
「なに、キョウコ……今日はわたし、トレーニング休みだからゆっくり寝るって伝えておいたじゃない……」
重いまぶたを無理に開けて反射的に窓の方へ視線を向けると、まだ外は薄暗い。
キョウコだってもう今年のトレーニング納めは終わってるって言ってから、そんなに早く起きなくても大丈夫なはずなのに……。
って、そうか。
キョウコは空いてる時間、将棋の勉強してるから……。
ふぁあぁあぁ~……ねむ……。
「その話は覚えていますよ! いや、そんなことはどうでもいいです。二度寝しそうになってないで、ともかくこれを見てください」
人の睡眠を邪魔しておいてどうでもいいとはなんて言い草だ、と内心キレそうになりながら、わたしはキョウコが突き出してきたスマホを手に持ち、画面に目を落とした。
「わたし、寝起きはボーッとする時間が必要なタイプなのに……。って、はぁっ!?」
そこにあった内容と比べると、わたしの睡眠なんて確かにどうでもいいことだった。
「い、一番人気!? わたしが中山大障害事前投票で、一番人気!?」
一体、なにが起きているんだろう?
これ、夢の続きじゃないんだろうか。
それを確かめるために、わたしは眼の前にいたキョウコのおっぱいをとりあえず触ってみる。
「きゃっ!? なにするんですか!?」
「いや、これ、夢じゃないのかな、と思って。その悲鳴とこの感触は、どうやら夢じゃなさそうだね」
「夢かどうか確かめるなら自分のほっぺたをつねる、とかしてくださいよ……」
わたしの愛あるスキンシップを受けて、キョウコはジト目でこちらを睨んできた。
「嫌だよ。自分のほっぺたつねったら、痛いじゃない」
「なんて横暴な先輩なんだ! ゴルシさんといいメジロマックイーンさんといい、芦毛にはヤベーやつしかいないのか!?」
キョウコはこの世の不条理を嘆くように額に手を当て首を振っているが、体育会系の上下関係は厳しいのである。
これぐらいのセクハラは、苦笑いでも浮かべながら流せるようになるべきだ。
「あ、わかった。これ、だれかが大穴狙ってとんでもなくデカいポイントをわたしにブチ込んだな。それでたまたま、今はわたしが一番人気になっているだけだよ」
まるでハムレットのごとく人間関係の苦しみに
お母さんが勝った宝塚記念。
あの時、のちに【ミラクルおじさん】と呼ばれるようになる一人の男性が、お母さんにおよそ1200もの大きなポイントをレース当日の午前中に注ぎ込んだ。
その影響でお母さんは前年の年度代表ウマ娘のシンボリクリスエスさんや超新星の二冠ウマ娘・ネオユニヴァースさん、それに戦場を選ばない勇者・アグネスデジタルさんなどを差し置いて、一時的にダントツの一番人気になってしまう。
当時伏兵扱いだったお母さんの圧倒的な支持率に、当事者を含むレース関係者やファンたちはヒシミラクルに一体何が起こっているんだ? と首をひねりまくったが、そのあと時間が経つにつれてお母さんの支持率は低下していき、最終的に6番人気に落ち着いた。
で、レースはお母さんが勝利し、その結果およそ12倍ほどの配当がついた、というオチがついている。
そんなことをキョウコに説明すると、彼女はその間になんとか立ち直って「なるほど~」と、納得したように首を縦に振った。
「まぁでも、最近のエルサ先輩の成績を鑑みるに、今回はさすがに6番人気まで先輩の人気が低下するってことはなさそうですね」
「ってかむしろ、それぐらいまで落ち着いてくれたら、初J・GⅠ出走のプレッシャーもかなり軽減されそうなんだけどねぇ」
苦笑いしながら、わたしはスマホをキョウコに返す。
専門誌を見たり、周りの評判を聞いている感じ、どうもわたしは悪くても2番人気か3番人気ぐらいまではファンの支持を集めそうな感じだ。
もちろん一番人気よりかはかかってくるプレッシャーはマシだろうけど、J・GⅠ初挑戦のウマ娘が2番人気、3番人気を背負うなんて、正直荷が勝ちすぎている。
初めてのJ・GⅠレース、わたしもお母さんと同じ6番人気以下ぐらいで挑戦したかった、というのが偽ざる本音だったりする。
「意外ですけど、エルサ先輩のお母様のヒシミラクルさんって、GⅠ以外の重賞を勝っていらっしゃらないんですね」
「そうなんだよね。本番に強いというか、普段はぽやぽやしてるお母さんらしいっていうか」
自分の出走するレースの話はもうあまりしたくなかったので、キョウコが話をお母さんの方へ戻してくれたのは、ありがたかった。
キョウコはキョウコで、気を使ってくれたのかもしれない。
ちょっとだけ、おっぱい揉んで悪いことしたなぁ、反省する。
「実は入寮してから初めてヒシミラクルさんが勝った宝塚記念見たんですけど、なんというか、すごいレースでしたよね。ヒシミラクルさんの道中の位置取りと仕掛けは、あれしかないというか。直線で爆発した末脚は鳥肌ものでしたよ」
「でしょでしょ!? あのレースはお母さんのレースキャリアの中でも、最高のレースの一つだったと思うんだよ」
身内のことをべた褒めされると照れくさくなってしまうのは人間のサガみたいなもんだけど、あの宝塚記念に限って言うなら、娘のわたしがみてもすごいレースだったと思うし、本当にお母さんの珠玉のレースだったと思う。
キョウコがそんなレースを知っていてくれたのが嬉しくて、つい小一時間ほど、お母さんが宝塚記念に勝った時のマル秘エピソードを語り尽くしてしまった。
「いやぁ、やっぱりGⅠを勝つというのはそのウマ娘の能力だけじゃなくて、いろいろな人の縁がつながって達成されるものなんですね。勉強になりました」
「うんうん、ほんとキョウコの言う通りだよ。わたしも今まで、さんざん色んな人の世話になってきたことだし、明日は本当にがんばらなきゃなぁ……」
「その意気ですよ、エルサ先輩。では私はそろそろ、校舎の方へ向かいますね。これ以上おしゃべりしてると、遅刻してしまいそうなので」
「えっ……はぁっ!?」
キョウコの発言に目が飛び出るほど驚いたわたしは、その飛び出した目玉で制服姿の彼女を凝視してから、本棚に置いてあるデジタル時計に目を向ける。
するとなんと、時刻はすでに8:45を表示しているではないか!
「えっ、あっ、あれ? 授業開始まであと15分しかない!? ちょっとキョウコ、なんで言ってくれなかったの!?」
あわててパジャマを脱ぎ捨て、制服をクローゼットの中から取り出すわたしをおかしそうに見ながら、キョウコは部屋のノブに手を掛けていた。
「いや~。先輩の話を遮るのも途中で失礼かと思いまして」
恐縮した風を装いながら、してやったりの悪い笑みを隠せていない。
……こいつ、おっぱい触ったこと絶対根に持ってやがるな……。
「では親愛なる総統閣下。わたくしはこの辺で失礼いたします。またここでお会いましょう」
下手な敬礼の真似事を部屋から出ていった後輩に、わたしはこう叫ぶしかなかった。
「ちくしょうめぇっ!」
*
当然担任の先生に遅刻した理由を聞かれたが、まさかバカ正直に『後輩のおっぱい触ったら、逆襲されてそのせいで遅刻しました』というわけにもいかない。
仕方がないので『寝坊してしまいまして……』と苦し紛れの方便を使うと、『それだけよく眠れるということは、明日J・GⅠに出走するのにあたって、あなたはあまり緊張していないということかしらね?』なんてイヤミを言われた。
事情はどうあれ遅刻したのはわたしのミスなので、こちらとしては恐縮しながら『すみません……』と謝るよりなかった。
*
「というのが、わたしの遅刻の真相なんだよ」
その日の昼休み、わたしは混雑しているカフェテリアの一角で、イングリッドとおしゃべりしながらサンドイッチを頬張っていた。
明日レースのわたしはあまり脂質や糖分を取るわけにもいかず、サンドイッチの中身は香辛料でしっかり味付けしてソテーされた人参にレタスとトマトを挟んだ、ヘルシーなものだ。
「不用意におっぱい触ったエルサが悪いけど、キョウコちゃんもなかなかやるわねぇ」
わたしの話を聞いたイングリッドは、さもおかしそうにケタケタ笑っている。
「じゃあせっかくだし、エルサの遅刻の原因になった事前支持率、ちょっと見てみましょうか」
そう言ってイングリッドは、スカートのポケットからスマホを取り出した。
「わざわざ見なくてもいいよ。どうせグランアンネリーゼさんが巻き返して、また90%近い支持率集めてるって」
浅くため息をつきながら興味なさげに手をヒラヒラさせていると、事前オッズを確かめていたであろうイングリッドは、なぜか真剣な表情でわたしにスマホを見せてきた。
「エルサ。これ見て」
「だからわざわざ見なくても……」
と言っても、友だちが差し出してきたスマホを無視するのは難しい。
仕方なくそちらに目をやると、画面にはURAの公式アプリが表示されていて……そこには信じられない数字が表示されていた。
「この時間になっても、わたしとグランアンネリーゼさんが支持率32%で同率一位!?」
思わず大きな声を出していきなり立ち上がったわたしにみんな驚いたのか、周りのウマ娘たちの視線がこちらへ集中する。
「あ~、こほんっ」
気恥ずかしさと気まずさを誤魔化すために、わたしは意味のない咳払いをしてから何事もなかったかのように椅子に座り直した。
「一体何が起こってるの……」
「ちょっとウマッター覗いてみる。なにかわかるかも」
そうつぶやいてから、イングリッドは高速でスマホをスワイプし始める。
わたしはあまりSNSとかでレースのことは見ないけど、彼女はわりとウマッターやその手のサイトで、レース関係者やファンのポストなどをこまめにチェックしているらしかった。
「エルサ、これ見て。すごいことになってるっ!」
「……!」
手渡されたスマホにはウマッターが表示されていて……タイムラインではグランアンネリーゼさんを応援する人たちと、わたしを応援する人たちが、意見を二分して激しい論戦を繰り広げているようだった。
『中山大障害、さすがにグランアンネリーゼには投票できないな。いくらなんでも5人立ての前走であれは負けすぎ。明日は3年ぶりにグランアンネリーゼに土をつけた、エルサミラクルで決まりだね』
『お前、ラブリィダービーから最近レース見始めたにわかだろ? グランアンネリーゼにとって東京ハイジャンプはあくまで本番前の微調整。中山大障害では毎年のように、大差でちぎってグランアンネリーゼが勝つに決まってる』
『全盛期のナリタブライアンでさえ、休み明けの菊花賞前哨戦、京都新聞杯ではスターマンにあっさり負けてるしなぁ』
『いやいや、エルサミラクルは天皇賞と菊花賞を勝ったあのヒシミラクルの娘だぜ? スタミナ勝負になったら絶対エルサミラクルのほうが有利だわ』
『血統で言うならどう考えてもグランアンネリーゼだろ。祖母も母も中山大障害勝ってるわけだし。母のグランドマーチスなんて、中山大障害を4連覇してんだぜ』
『今年のリゼには母に並ぶ中山大障害4連覇の記録がかかってるから応援したいけど、会見であの身体見てるとなぁ……あんなんで日本一タフな中山の大障害コースを走りきれんのかね?』
『いや、あれは最高の仕上がりのバ体なんだって! 天皇賞・春でメジロマックイーンを破った、ライスシャワーの鋼のような肉体をご存じない?』
こんなやりとりが、延々と続いている。
他のSNSを覗いてみても、ファンたちは熱狂的にグランアンネリーゼさんとわたしのどちらが勝つかを予想し合っているようだった。
そんなファンたちのポストや投稿を見るたびに心臓の鼓動が速くなり、スマホを握りしめる手に汗が滲み出てくる。
「……案外、明日は一番人気を背負って初のJ・GⅠを戦うことになるんじゃない?」
笑顔で冗談めかしたウインクを飛ばしてくるイングリッドだったけど、微妙に目の辺りがこわばっている。
イングリッドも秋華賞の前哨戦であるローズステークスを勝ったあと、本番で3番人気に支持されたという経験を持っている。
彼女が秋華賞で11着に大敗してしまった原因の一つに、そのプレッシャーがあったのは間違いない。
GⅠという最高峰の舞台で人気を背負って戦うということの重みを、彼女はよく知っているのだ。
「ま、まさかね……はは……」
わたしの緊張をなんとか解きほぐそうとしてくれているイングリッドに乾いた笑いを返してから、皿の上に一口だけ残っていたニンジンサンドイッチを口に放り込む。
SNSを見ているうちに乾ききってしまったのか、そのサンドイッチの欠片はすっかり固くなってしまっていて、やたらと呑み込みにくかった。