ミラ子の娘。   作:宮川 宗介

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エルサミラクルのひみつ①:レースのことばかり考えすぎていて、人と少し感覚がズレている。


第六話

およそ二ヶ月を過ごした合宿場から帰ってきて、早いもので一週間が経った。

 

厳しい夏合宿が終わった余韻に浸るまもなく、すぐに二学期が始まる。

 

寮のベッドで起きて朝練し、学校の授業に出席するといういつものルーティーンに感覚も戻りつつあった。

 

今日も朝のトレーニングを終えたわたしは、いつものように教室の自分の席で、スマホに目を落としていた。

 

自分で言うのもなんであるが、レースを走るウマ娘というのは結構忙しい。

平日は朝と放課後に行われる通常トレーニング。

レースに出走する週の土日はほとんど移動とレースで潰れてしまうし、そうでないときは午前・午後とだいたい3時間ずつぐらいはトレーニングをしている。

 

現役のウマ娘が1日中自由に過ごすことができるのは、担当トレーナーがお休みをくれたときぐらいだ。

 

そういうわけで、朝教室に来て授業が始まるまでの時間は、貴重な自由時間だったりする。

 

その貴重な時間を使って読んでいるのは、月刊トゥインクルだ。

 

見出しは【この秋注目のウマ娘たち!】

 

レースの開催地がローカルから関東・関西に戻って来る秋・冬シーズンは、GⅠレースに加えてその前哨戦、秋までデビューを待った大物感あふれるジュニア級ウマ娘のメイクデビュー戦と、大レースと注目レースが目白押しである。

 

当然ファンもレース関係のマスコミも盛り上がるわけで、この時期のレース系コンテンツは非常に内容が濃くて、読み応えのあるものになっているのだ。

 

【秋シーズンGⅠ第一弾、スプリンターズステークスに向けて】

【トリプルティアラ最終章、春の実績ウマ娘VSこの夏力をつけた新興勢力!】

【秋の京都に三冠ウマ娘誕生の予感!】

 

やっぱりというか、話題の中心は芝のGⅠレースばかりである。

そんな中でも隅っこの小さい記事ではあるが、一面の一角にこんな記事もあった。

 

【障害界の王者・グランアンネリーゼ、始動はJ・GⅡの東京ハイジャンプから!】

 

『J・GⅠを4連勝中の障害の王者、グランアンネリーゼはこの夏しっかり英気を養い、秋の始動は去年も制覇している東京ハイジャンプからになる、と陣営から発表があった。ここにはグランアンネリーゼから王座奪還を狙うJ・GⅠ2勝のベテラン・クリティカルソナーや、この夏に新潟ジャンプステークス(J・GⅢ)を制した期待の新星、リーチヨハンナなどが出走を表明しており、年末の大一番、中山大障害を見据える大事な一戦になりそうだ』

 

記事の占有率を見てもわかるように、障害界の動向は平地のそれとくらべると注目度が落ちてしまうのは否めない。

それでもこうして月刊トゥインクルというレース界を代表するメディアの第一面で、自分が走っている世界が取り上げられているということに、わたしは小さな誇りを持つことができた。

 

今の障害界はJ・GⅠを4勝しているグランアンネリーゼさんを中心に、彼女が登場するまで長らく第一人者だったクリティカルソナーさんが捲土重来を期し、他のベテランや新星たちがこの二強に食らいついていく、という構図になっている。

 

まあ、こんなトップ層の話は未勝利を脱出したばかりのわたしには、まだまだ関係ないわけだけど……。

 

いつか彼女たちのように、月刊トゥインクルの重賞特集で【今回注目のウマ娘!】として取り上げられたいな、とは思う。

 

その夢を叶えるためにはもっともっといろいろ頑張らないとなぁ……なんてぼんやり考えていると、トントン、と背後から肩を叩かれた。

 

「おはよう、エルサ」

「ああ、イングリッド。おはよう」

 

朝の挨拶をしに来てくれたのは、今年同じクラスになってからわたしと仲良くしてくれている友人の一人、リズムイングリッドだった。

 

彼女は現在クラシック級でプレオープンを戦っているウマ娘で、休日が重なったときは一緒によく遊びに出かけたりもしている。

ルームメイトのルージュを除けば、イングリッドはこの学園で一番仲の良い友人といってよかった。

 

「スマホで何見てたの?」

「ん、月刊トゥインクルをちょっとね」

 

わたしの答えに、イングリッドは苦笑する。

 

「エルサってほんと、レースのことばかりだよね」

「そうかなぁ」

「そうだよ。エルサがなにかにハマってるとことか見たことないし、聞いたこともないよ。なんか趣味とかないの?」

「趣味。趣味ねぇ……」

 

改めてそう聞かれると、ちょっと返答に困ってしまう。

 

もちろんわたしだって人並みに音楽を聞いたり動画を見たりはするのだけど、『わたしの趣味は音楽と動画の鑑賞です』って堂々と人に言えるほど詳しいわけじゃない。

 

音楽は自分がいいな、好きだな、と思えるものはジャンルを問わず色々聞くし(だからわたしのプレイリストはクラシックからアニソンまで、とっ散らかったおもちゃ箱のようなものになっている)、ウマチューブのレコメンド欄もVチューバーからどんなもんの解説動画まで、割となんでも表示されていたりする。

 

「あのねぇ、エルサ。そんなことだと、もし合コンに行ったりするようになった時に結構困ると思うよ」

 

ほう。

 

「ゴーカン。逆ぴょいでもしにいくの?」

「合コンだよ。……で、一応ツッコんでおくと、多分そのネタ、分かる人少ないと思う」

 

そうか、残念だ。

 

「だいたい逆ぴょいって。エルサあなた、そんな経験あるわけ?」

「ありません。処女っす」

 

こんなところで嘘をついても仕方ない。

わたしの正直な回答を聞いてどう思ったのか、彼女は浅くため息をついた。

 

「トレセン学園に通っていたら、出会いなんてないに等しいもんね……。で、そんなエルサにいい話を持ってきたのよ」

「と、言うと?」

 

ここまでの流れでイングリッドの言葉の続きは容易に想像できたが、わたしは一応、形式的に聞き返してみることにする。

 

「今度の日曜日にさ、私の友人が3on3の合コンをセッティングしてくれたの! もし予定が空いてたら、エルサも参加してみない?」

「ふ~む……」

 

ま、そういう話だろうとは思ったよ。

 

それにしても、合コンねぇ。

わたしだって一応お年頃な女の子なわけで、恋愛とか男の子とのお付き合いというものに、興味がないわけじゃない。

でもそれは別に今でなくてもいいと思うし、こんなことを言っては恋愛に期待しすぎてると鼻で笑われそうであるが、なんというかもっとこう、付き合う人とはもう少し自然な感じで知り合いたいと思ってしまう。

 

偏見じみたことを言わせてもらえるなら、合コンとかに参加する男女って、なんか恋愛に対してちょっとガツガツしすぎている印象があるのだ。

 

で、今のわたしは恋愛に対して、それほど積極的に考えられないというのが現状である。

 

「いや~。非常にいい話だとは思うんだけど、今回はパスで……」

「そんなこと言わないで、お願いっ!」

 

イングリッドは自分の顔の前でパチン!と手を合わせ、まるでわたしを神仏であるかのように拝み始めた。

 

「その友だちには可愛い娘がいるから絶対連れて行くって約束しちゃってるの。他に合コンに誘えるぐらい信頼できて親しい友だちっていないし……私を助けると思って、お願いっ!」

「う、う~ん……」

 

わたしのことを可愛くて信頼できると思ってくれているのは光栄であるが、そこまで信頼してくれているなら、その合コンの約束を取り付ける前に少し相談してほしかったなぁ、と思わないでもない。

 

とはいえ、普段良くしてくれている友人の頼みごとである。

 

あまり乗り気はしないけど、これも社会勉強の良い機会かもしれない。

 

「そこまでいうなら……わかったよ。わたしで良かったら、参加させてもらうよ」

「ホント!? ありがとう!」

 

イングリットは拝んでいた手を今度はわたしの両手に添えて、喜びを表現する。

そんだけ喜んでくれるなら、それはそれでいいか。

 

しかし。

 

「合コンって聞いたことはあるけど、一体何するの?」

「えっ? 私もそんなに合コン出まくってるわけじゃないし……改めて聞かれると、説明に困るわね」

 

わたしの質問にイングリッドは困り眉を作って考え始めた。

 

「まあ、フツーに自己紹介して飲み食いしながら、男の子たちとお話するって感じ?」

「それだけ?」

「言ってしまえば、それだけ」

 

それぐらいなら、合コン未出走のわたしでもなんとかなりそうな気がした。

 

「合コンの内容はわかったけど、服はどうしよう? どんな服を着ていけばいいのかな」

「えっ? 特に決まった服装とかはないけど……初対面の男の子と会うわけだし、あんまりThe・普段着みたいな格好はさすがにやめておいたほうがいいかな」

 

つまり、コンビニにちょっと買い物に行くような服装はあまり場にふさわしくない、ってことかな。

 

「迷ってるなら、エルサの持ってる一番高い服を着ておいでよ。それなら、ハズレはないだろうから」

「なるほど」

 

一番高い服、ねぇ。

 

わたしはあまり服装に興味がないからそんなにいい服を持っているわけじゃないけど、何着かはよそ行きの服ぐらいは持っている。

 

どれが一番高かったかな、と思い出しているうちに、一時間目の予鈴が鳴った。

 

*

 

人生初合コンの集合時間は、トレセン学園から数駅のところにある、繁華街の駅の改札口に午後5時40分と定められていた。

集合時間としては少し中途半端な気がするが、わたしたちは一旦その時間に集まって、6時にファミレスで男の子たちと改めて合流するそうである。

 

土日の午後トレーニングの終了時間はそのウマ娘によって違うので、イングリッドとは現地で待ち合わせの約束をしていた。

わたしは遅刻しないよう定刻の10分前には集合場所についたわけだけど、彼女は先に来ていたようだ。

 

「羽川翼か、あんたは!」

 

待ち合わせ場所について開口一番、イングリッドは少し怒りが混じったため息をつきながら、呆れたようにそう言った。

 

「え、誰それ。っていうか、なんでちょっと怒ってるの? 意味わからないんだけど」

 

いきなり知らない人の名前を出された上に大きな声で怒られて、困惑したのはこちらの方である。

 

「意味わからんのはこっちよ! 合コンに制服着てくるバ鹿が、どこにいるのよ!?」

「一番高い服着てこい、って言ったの、イングリッドじゃん!?」

 

ちなみにトレセン学園の制服はコートや靴下まで指定されているので(いま着ているのは夏服であるが)、制服代は夏冬両方合わせると、何かとお金のかかる私立の中でも結構お高い値段になる。

 

「それはそうだけど!」

 

はぁ……と、彼女はわたしをジト目で睨みつけると、改めて深いため息をつく。

 

「困ったわ。さすがにもう、今からブティックやアパレルショップに行って服選んでる時間ないし……。こうなったら仕方ないわね。今日のエルサは、休日の練習終わってからも図書館で勉強に励んでいる真面目っ子キャラって設定で行くわ。で、集合時間ギリギリまで勉強してたってわけ。いいわね?」

 

無理言うな。

わたしはあのヒシミラクルの娘だぞ(こういう時に責任をなすりつけるために親はいるのだ)。

 

「そんな役をわたしにやらせるの!?」

「あ・ん・た・が! 変な服着てくるからでしょ!?」

「変な服って……。イングリッドも毎日着てるんですけど」

「そういう意味じゃなくて……ああもうっ! とにかく、エルサがずっとそんなキャラを演じるのが無理なのは分かってるから、最初はちょっと真面目なふりして、素の面はギャップ萌えでごまかすことにしましょう。わかった!?」

 

なんでたかが合コンで、レースのような緻密な作戦を立てなければならんのだ。

もう色々とめんどくさくなってきたわたしは、ひらひらと手を振ってさっさとこの話を打ち切ることにした。

 

「わかったわかった。今日わたしは別に彼氏を作りに来たわけじゃないし、場の雰囲気を壊さない程度に会話して、飲む食うに集中するよ。それでいいでしょ?」

「あんまり良くはない気がするけど……無理に参加をお願いしたのは私の方だから、それ以上は言えないわね。エルサは空気読める方だし、じゃあその方向でお願いするわ……」

 

イングリッドもなぜか疲れた顔をして、ふぅ、と大きく息を吐きだした。

レースもない日曜日にそんなに疲れるのなら、合コンなんて参加しなければよいのに。

 

「ところで、あとの一人は? 今日は3対3なんだよね?」

 

もう一人の娘はイングリッドが小学生のときから付き合いのあるウマ娘の友人らしく、今はレースと関係ない普通の高校に通っているらしかった。

 

「ああ、あの娘はいつも時間ギリギリに来るから……」

 

噂をすれば影が差す、ではないが、そんな会話をしていると、バッチリと化粧をキメ、ずいぶん派手で露出度の高い服装のウマ娘がこちらに向かって手を振りながらやってきた。

 

「やっほー、イングリッド。いつもながら来るの早いね、待った?」

「まぁ、いつもと同じぐらいはね。あ、紹介するわ。こっちの娘が……」

「えっ、なんでアンタ制服なん? マジウケるんだけど!?」

 

そういうと初対面の彼女はわたし……というか、制服を指さして何がそんなに可笑(おか)しいのか、あはははは!と大きな声で笑い出した。

 

……彼女のビジュアルといい、初対面の相手に対してのこの言動といい、彼女とはあまりに住む世界と常識が違うようだ。

 

「え……あぁ。わたし合コン初めてで、着てくる服がよくわからなくてね」

 

彼女の勢いに飲まれながらもわたしが適当に答えると、彼女はパンパン!とさも面白そうに手を叩いて言葉を続けた。

 

「ウケる! いいじゃん、アタシの彼氏も制服でヤるのメッチャ好きだし。制服姿の女子が好きって男、けっこー多いよ。そういう男が今日いるといいね!」

「…………」

 

もうなんというか、わたしからすると、彼女はほとんど別の星の生き物という感じだった。

とても同じ歳の女の子とは思えない。

そもそも、彼氏いるのに合コン参加するのってアリなのか?

 

「ちょっとミサ。急にそんなこと言われて、この娘も困ってるじゃない。あ、エルサ、紹介するわね。幼馴染の私の友だちでミサパルフェっていうの。ちょっとヤべー感じするかもだけど、いきなり噛みついたりはしないし、悪い子じゃないよ」

 

初対面でいきなり噛みつかれてたまるか。

 

というか、さっきまでの制服のくだりで、わたしはもう噛みつかれたも同然じゃないだろうか。

 

こんなヤべー友人紹介するな!と抗議したかったが、紹介されたからには仕方ない。

今が自己紹介のタイミングだろう。

しかしわたしがそれをしようとする前に、ミサさんは少し顔を歪めてイングリッドに非難めいた視線を送った。

 

「何その他己紹介。なにげにひどくね?」

「ならいきなり初対面の人を指さして笑ったり、ロコツなこと言ったりしないでよ! いっつもいつも、あんたのイイとこ分かってもらうまでのフォロー大変なんだから!」

「いや~、ほらアタシってノリで動いちゃうからそれは仕方ないってか。いつもフォローしてくれるイングリッドには感謝してるよ。おかげで友だちめっちゃ増えたし!」

「その分、私のメンタルがゴリゴリすり減っていってるってことをお忘れなく。ああ、なんで私の友だちって、こうも変わったヤツが多いのかしら……」

 

本日数回目の、イングリッドの深いため息には、人間関係に疲れた人独特の哀愁と切なさを感じさせた。

 

わたしも普段その立ち位置だからよくわかるんだけど、常識人枠って常にツッコミ役を要求されるから結構しんどかったりするよね……。

 

ひょっとするとわたしは、イングリッドの数少ない普通の友だちなのかもしれない。

 

「まぁまぁイングリッド。フツーなヤツと友だち付き合いしたって、どうせ退屈するだけだって。え~と、エルサさんって言ったっけ?」

 

あいかわらずちょっとアレな言い方で、ミサさんはこちらの方へ振り向く。

 

結構フツーなわたしは彼女の言い分と口調に少しムッとしないでもなかったけど、今までの二人のやり取りを聞いている限り、決して悪い子ではないのだろう。

 

「あ……うん」

「アンタ、めっちゃかわいいじゃん! イングリッドから可愛い娘連れて来るって聞いてたけど、想像以上だわ。今日来る男連中はマサラッキ……じゃなくて、マジラッキーだね!」

「あ、ありがと……」

 

こんな褒め言葉一つで彼女のヤベー印象が少し薄れてしまうあたり、わたしもたいがいチョロいのかもしれない。

 

「さっきイングリッドが言ってたけど、アタシ、ミサパルフェっていうんだ。気軽にミサって呼んでよ。よろしくね!」

 

そう言いながらあけすけない笑顔で差し出してくれたミサさんの右手に、わたしはそっと握手した。

 

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