好評なら続けると思います。
ある日ふと思った。鬼って食えるんかな?と。
「ちくしょおおおおお!!離せええええええ!!」
身体を縄で雁字搦めに拘束され、木から吊るされながらビチビチと暴れる1匹の鬼。
筋骨隆々な人の足が生えているのと、言葉を話すのを除けばその姿は紛うことなき秋刀魚である。
基本的に異形な姿の鬼が多いとはいえ、何故にこの鬼はほぼ秋刀魚そのままの姿になっているのか少しばかり不思議に思ったが、今はそんなことどうでもよかった。
ぐぅぐぅ、と腹の虫が鳴る。
「あぁ……腹減った」
鬼を捕まえる時から感じていた空腹感は時間が経つにつれ強くなり、今では喧しいぐらいに腹の虫がずっと鳴り続けている。
食べれる物は特に持ってないし、周りに食える野草とか無いか探そうにも、この前別の鬼を捕まえて油断した仲間が目を離した隙に拘束を解いた鬼に殺されたこともあって、日が昇るまで鬼から目を離す訳にもいかない。
「帰ったら何か飯を……いや、無理か」
腹が減ってぼんやりとする頭で任務を終えた後に食べる飯を考えようとしたが、止めた。
ここ数年、台風等の影響でロクに食物が育たず、どこもかしこも食い物が無くて餓死する人々で溢れている。
俺達鬼殺隊はお館様のおかげで今はまだどうにか飯にありつけているが、それでも一人一人が食える飯には限りがあり、少しでも隊の負担を減らすには無駄に食糧を消費できない。
「ふんぬ!ふぐっ!ぬぐおおおおおおおお!!」
釣れたての秋刀魚の如くビチビチと暴れる鬼を見てると、不意に故郷でよく食べた秋刀魚の塩焼きを思い出してしまい余計に腹の虫が鳴る。
鬼とはいえ姿はほぼ秋刀魚だし、焼いたら食えんかな?なんて馬鹿げたことを考えながら見張りを続ける。
空腹感と戦いつつ夜が明けるのをひたすら待つしかないこの時間の何たる地獄か。
「腹減ったな……」
早く朝にならんかと空を見上げるが、まだまだ空は暗く、煌びやかに輝いてる満天の星々がまるで俺を嘲笑っているかのように見え、今この時ばかりは少し腹立たしかった。
「ぐぬぬ……おい、お前!この縄を解け!」
奇抜な掛け声を出しながら何とかして縄を解こうとしていた鬼は、どう頑張っても縄を解けないと察したのか俺に話しかけてきた。
「いや、無理だけど。それを解いたらお前また人を襲うつもりだろ?」
「襲わん!二度と人を襲うことはしないから頼む!この通りじゃ!」
頭を下げ、必死に懇願する鬼の姿に俺は冷めた目を向ける。
「嘘だな。お前の言葉からは誠意を感じられない。どうにかしてこの場をやり過ごし、俺のことを殺そうとする意思しか感じん」
「なっ!?う、嘘じゃない!!本当にワシは心を入れ替えてこれから人を襲うことは決して───」
鬼が口を開く度、俺の心が急速に冷え込んでいく。言葉では必死に取り繕っていても、コイツの目の奥からは俺を騙し殺そうとする意思しか感じ取れない。
「もういい、喋るな。ただでさえこっちは腹が減って苛立っているんだ。これ以上その薄汚い口から漏れる言葉を聞きたくない」
所詮はただの畜生にも劣る外道だ。こんなものが元は自分と同じ1人の人間だったと思うと吐き気すら覚えた。
鬼の言葉をこれ以上聞きたくなかった俺は喧しい口を閉ざす為に手に持っていた斧をぶち込もうと振りかぶり───
「ま、待て!腹が減ってるのか!?それならお前も鬼になればいい!そうすれば人を喰らうことでずっと腹を満たせるぞ!!」
続くその言葉に、俺は思わず振りかぶった斧を止めた。
「何を……言っている?」
「鬼は人を喰らうことでのみ腹が満たされる!ワシらにとって米や魚よりも人の肉こそが糧となり、より強き鬼へと成るための力へと変わる!つまり、人を喰らうことで鬼は腹を満たし強くなれる!!」
思わず手を止めた俺に鬼は好機と見たのか、助かるために必死に言葉を紡ぐ。
「今の時代、ロクに飯にありつけん者が大半じゃろう?老若男女関係なく、食い扶持の無い者から餓死していく。天はその者達を助けようとせず、女子供でさえ腹が減れば理性を無くし、やがては肉親であっても殺してその血肉を喰らう。その有り様はワシら鬼と何ら変わりないが、しかし大半の人間は腹を満たし、理性を取り戻した時にふと己がした行いの罪深さに心が壊れ、いずれ自ら死を選ぶ」
確かにこの鬼の言う通り、飯にありつけなかった者が人を殺しその血肉を喰らうといった行いは至る所で起きており、俺はその光景をこの目で見てきた。
まだ元服もしていない幼子が母の死肉を一心不乱に貪っているのを見た。
死んだばかりの老人を泣き縋りながらも遺体を包丁で部位ごとに切り分け家族で食べていたのを見た。
愛した女が餓死し、食べたくないと呟きながらも他の誰かに食われるぐらいならばと血涙を流しながら喰らう男を見た。
まるで地獄のような光景を、俺は鬼を倒す傍らで幾つも見てきた。
「だが、鬼に成ればその心配は無い。鬼が人を喰らうのは偏に強くなるため。なればこそワシら鬼が人を喰らうのは仕方がないことであり、腹が満たされるまで人を喰らうのも当然の事で、その行いに心を壊す事も無い」
全ては強くなるため。その大義名分がある限り、鬼は人を喰らい続けるのだと鬼は話をそう締め括った。
「……なるほどな」
「それにじゃ、鬼に成れば寿命や人の身体といった煩わしい物から開放される。己の望んだ姿で、いつまでも己の好きな事を好きなようにして生きていける。この縄を解いてさえくれれば、ワシがあの方にお願いしてお前を鬼にしてやろう。堅苦しい人の生とはおさらば出来る好機じゃぞ?」
魚の顔でありながら邪悪さを滲ませた笑みを浮かべる鬼の言葉に───俺は無言で斧を振り下ろす。
「ぎゃあああああああああ!?」
「喧しい。静かにしていろ」
ぐちゅり、ぐちゅりと肉を掻き分ける嫌な感触が手に伝わってくるが、俺は構わず内蔵にまで届くよう鬼の身体へと振り下ろした斧を力強く押し込む。
「何が人を喰らうのは仕方がないこと、だ。お前達は強くなるためだけに人を襲ってるんじゃない。ただ愉しむ為にも人を襲ってるんだろうが」
いったいこれまで何体の鬼を見てきたと思っているのか。どいつもこいつも強くなることなんか二の次で、人を殺すことに快楽を見出してるような奴らばっかりだったのに笑わせる。
「
血飛沫を撒き散らし、痛みで悲鳴をあげる鬼に向けて俺は何度も斧を振り下ろす。
飛び散った血や肉片が当たるが、そんなのお構い無しに怒りで震える手でただ斧を叩き込んだ。
「鬼に喰われた人達は皆死ぬ間際に嘆いていたぞ。どうして?と。何故?と。お前らに襲われなければ平穏に生きれたのに、その平穏をお前ら鬼は楽しみながら奪っていく」
だから許せないのだ。突然平穏を奪われるにしても自然の災害によって死ぬのとは違い、悪意を持って襲いかかってくる鬼という名の化け物の存在が。
「ぐっ、あがっ、うぅ……」
「はぁ、はぁ……チッ」
手を止め、荒れた息を整えつつ、俺は血反吐を吐き痛みで呻き声をあげているも徐々に傷が再生しつつある鬼の身体を見て思わず舌打ちする。
こいつらの身体は化け物に相応しく不死身だ。どれだけ傷をつけてもすぐに治る。唯一殺せるのは陽の光のみ。
だから俺達鬼殺隊はとにかく鬼の身体を拘束して動けなくし、陽の光によって鬼を消滅させるしか方法が無い。
切るだけで鬼が消滅するような武器でもあれば良いのだが……無いものねだりをしても仕方がない。
「直に朝だ。もう大人しくしていろ」
ただでさえ腹が減っていたというのに、無駄に動いたせいで余計に腹が減ってしまったし身体も疲れた。
もうさっさと家に帰って休みたい。俺がそう思っていると───
「な、にが、喰われた、人達が、どんな気持ちで……ぐっ、死んでいったか、じゃ」
傷をある程度回復させた鬼が痛みに呻きながらも俺を睨みつけてきた。
「ワシが、ワシら鬼が、ただの家畜と同じ、餌でしかない存在に、どうしてそんなことを、考えねばならん」
「───」
家畜と人を同一視する鬼の言葉に、言葉を無くした。
「ワシら鬼こそが優れた種族よ!人など所詮、ワシらに喰われるために生きる餌でしかないわ!!」
声を荒らげ、そう宣う鬼に俺の中で何かが切れる音がした。
「……そうか、人はお前らにとって餌か」
「そうじゃ!!」
堂々と人は餌だと返答する鬼に、渾身の力を込めて治りかけの傷に向けて斧を振り下ろす。
「ぎゃあああああああああ!?」
「人は餌か……否」
痛みで絶叫する鬼の声を無視して、俺は鬼の身体の傷口に顔を近付ける。
「
いただきます。俺はそう口にして、鬼の身体を貪り始めた。
……今だから言おう。売り言葉に買い言葉で、つい出来心だったんです。
◆◆◆
私が『彼』の事を初めて知ったのは、父が亡くなってから直ぐの事だった。
「耀哉様、亡くなった先代お館様から貴方様に向けて遺書を預かっております」
当時四歳であった私に、母はそう言って私に数枚の紙を手渡してきた。
父の文字で、そこには幾つもの事が書かれていた。
大切な人達が死んでいく事にもう耐えきれない事。
先に逝くことと私達を残していくことに対する謝罪。
そして、鬼舞辻無惨に対する強い憎しみ。
【耀哉、鬼舞辻無惨を倒せば呪いは解け、産屋敷家は自由になれる。その為にも、産屋敷の当主とその妻になった者のみに代々引き継がれてきた存在をお前に託す。鬼舞辻無惨を討ち取る最大の好機に使え】
父の最後の手紙にはその文と共にとある住所が記載されていた。
「母上、これは……?」
産屋敷にて代々引き継がれてきた存在とは何なのか。初めて知る物に困惑する私は手紙から母に目を向けたが、母は「行けば分かります」の一言しか答えてくれず、その日の内に母と共に父の手紙に書かれていた住所へと向かうことになった。
向かう場所は産屋敷家で昔使っていた邸の1つ。そこは遥か数百年前に建てられ、今では限られた者以外は決して立ち寄ってはならない場所になっているのだと母は教えてくれた。
そんな場所にいったい何が待ち受けているのか……護衛役兼移動役である鬼殺隊の
山の中にひっそりと佇む、かつては大きく立派だった面影が残る廃屋敷。自然に侵食され、草木や虫が蔓延っている建物を前に、母は
「母上、いったいどこへ……?」
私の疑問の声に答えず、草木を掻き分け虫を手で払いながら母は無言で屋敷の奥へと進む。
そして屋敷の1番奥にあった部屋まで進むと、そこにはまるで奈落の底へ誘うかのように存在する地下への階段があった。
「耀哉様、この先に産屋敷家が先祖代々引き継いできた存在があります。どうか心を強く保たれるように」
そう言う母の顔は無表情を取り繕うとしているものの、緊張かそれとも恐怖故なのか少しばかり強ばっているように見えた。
私はそんな母の姿を一度も見たことがなかったが故に、地下で待ち受ける存在に少なからず恐怖心を抱いた。
「は、母上……」
まだ四歳であった私は思わず母の服を強く握ってしまったが、母はただ優しく私の頭を撫でてくれた後に懐から灯りとなる蝋燭とマッチを取り出した。
「行きましょう、耀哉様」
火をつけ、ぼんやりと明るいものの吹けばすぐ消えてしまいそうな蝋燭を頼りに、私は母に連れられ地下へと降りていく。
階段はそこまで深く無く、すぐに底へと着いたがそこには石畳の廊下が奥まで続いており、母と私は廊下の奥へと向かう。
そして歩くこと暫く。変わり映え無かった景色に変化が訪れた。
「これは……?」
蝋燭に照らされて出てきたのは木格子の壁。何故こんな所にこんな物が?と疑問に思っていると、母が不意に足を止めた。
「……凡そ700年程前。鬼殺隊にはある掟がありました」
まるで物語の始まりのように、唐突にそう語り始めた母は私を見ること無く、木格子の向こう側をただジッと見つめていた。
「その掟とは『鬼喰いをせよ』。当時の鬼殺隊の隊士達は自ら率先して鬼の血肉を喰らっていたのです」
「なっ……!?」
母の口から告げれられた衝撃の事実に、私は思わず言葉を無くす。
絶句する私を他所に、母は淡々と語り続けた。
「何故そのような掟が生まれたのか。それはある1人の男によって生み出されました」
「その男は当時の鬼殺隊の中で最も強い隊士でした」
「まだ日輪刀無き時代、鬼を倒すには陽の光を浴びさせる以外に方法は無く、鬼を複数人で拘束し日の出まで動けなくするのが普通の中で、男はたった一人で鬼を相手にし、いとも容易く打ち倒し、何百匹もの鬼を滅してきました」
「誰もが男を讃えました。彼こそが最強だと。彼こそが悪鬼滅殺を成す鬼滅の刃であると」
「……しかしある日の夜を境に男は変わり果てました」
母がそこまで口にすると、木格子の向こう側からペタペタと何かの足音と共にカカカッと明朗に笑う男の声が聞こえてきた。
「男は何をとち狂ったのか、鬼を喰らい始めた。捕まえた鬼の尽くを喰らい、胃の中に収めてきたのだ」
徐々に近付いてくる足音。それは紛れもなく人の足音であり、こんな所に人が居ることに私は驚愕した。
「そうして鬼を喰らうことで、やがて男は自分の身体が鬼のような何かに変化していることに気付いた。しかし、それでも男は人を傷付けることはせず、ただ鬼ばかりを襲い、喰らい続けた」
そう言って暗闇から現れたるは紛うことなき1匹の鬼だった。
鋭利に伸びた爪と牙。夜の闇を凝縮させたかのような黒い髪。そして何よりも目につくのは天を衝くかのように真っ直ぐに伸びる額から突き出た2本の角だ。
ズタズタになった布を適当に着込んだ格好をするその鬼からは私達に襲いかかろうとする気配が無く、むしろ理知的な光を宿した目をしていた。
「その男の姿を見て、鬼殺隊の隊士達は男の後に続けと言わんばかりに鬼を喰らい始め、いつしか鬼殺隊には『鬼喰いをせよ』などという馬鹿げた掟が出来上がりましたが、他の隊士は鬼を喰った所で身体が変化することは無く、掟はやがて廃れて無くなり、ただ男だけが鬼のような化け物となっていつまでも鬼を喰らい続けましたとさ。おしまい」
自嘲するかのような笑みを浮かべて話を締め括った鬼の姿から私は目を離すことが出来なかった。
母とこの目の前の鬼が語った話。父の手紙にあった産屋敷が代々引き継いできた存在。それらを合わせれば産屋敷がいったい何を先祖代々引き継いで来たのか答えは明白だった。
「まさか、貴方が……?」
「カカカッ、初めましてだな、今代のお館様。今回の当主はいつにもましてまた幼いなぁ」
驚愕で言葉に詰まる私に向けて、彼は笑みを浮かべながら跪いた。
「改めまして、我が名は『鬼喰い』。人の身から外れ、外道の血肉を喰らいし愚か者でございますが、悪鬼滅殺のためならば喜んでこの身を尽くしましょう───殺すも良し、飼い殺して研究材料にするも良し。好きに使ってくれていいんで、どうぞ今後ともよろしく。小さな我が主様?」
それが私と『彼』……『鬼喰い』との出会いだった。