混沌とする法廷   作:さわやふみ

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1.依頼

 両面宿儺との死闘から数ヶ月が過ぎ、関東近隣の復興は進んでいた。解き放たれた呪霊も徐々に討伐され、社会は平常を取り戻しつつあった。

 死滅回遊の泳者(プレイヤー)として呪術が覚醒した現代の生き残った者たちは徐々に社会復帰するか、またはそのまま呪術界に足を突っ込み呪術師として生きる道を選んだ。その中の一部には呪詛師として落ちぶれていく者もいた。

 

 覚醒組の1人である日車寛見(ひぐるまひろみ)は覚醒前に弁護士として活動していたが、法の限界と人間の闇に絶望し、罪のない人を何人か呪術により殺害している。

 不運だった、と言い訳出来るものではない。自分の意志で法を見限り犯行に及んだことは明白であり、正式に裁かれるべきだと日車は考えていた。しかしその罪は総監部の圧力により不起訴となる。

 弁護士だった頃の後輩である清水に頼み再度有罪に出来ないか試みたりもしたが、いまだ進展はない状況であった。

 

 そんな中、日車はあろうことか別の理由により地方裁判所の法廷に足を踏み入れていた。呪術高専を通して依頼があったからだ。

 仕事で訪れた高専の補助監督が法廷で術式が使われたと思われる残穢の痕跡を発見したのだ。法廷で呪術が使われている可能性がある、という前代未聞の内容に調査の適任者として真っ先に日車に白羽の矢が立っていた。

 とは言え、日車は自らの意志により弁護士としての活動を停止していた。殺人を犯した者が弁護士を続けられるわけがないからだ。そのため後輩の清水弁護士の付き添いとして入廷していた。

 ただ、これまで呪術師として活動をしていたわけでもない。日車に刻まれた術式は自らの性格を捉えた奥深いものであったが、その能力が人を殺すための手段としか機能しない以上、今後、あの術式を使う機会はないと思っていたのだ。長いこと領域はおろか呪力を練るような行為すらしていなかったこともあり、今回の依頼も日車にとって気乗りするものではなかった。

 

「……日車さん。今の聞いてました?」

 

横で細い手を口にあててヒソヒソ話をしてきたのは元部下の清水だ。晴れて弁護士登録した彼女は健気にも今や国選弁護士として依頼される案件を単独でこなしていた。

 

「聞いている。検察から新たに監視カメラの2つ目の映像が状況証拠として提出されるのだろ」

 

日車は付き添いという立場ながらも昔の癖で案件の内容には全て目を通していた。

 

「はい。監視カメラの映像……他にもあったんですね」

 

「…………」

 

特に動じることはなかった。弁護側が持ち得ない情報を検察が押さえていることはよくあることだし、本案件において被告人が有罪にされるのは確定路線であったからだ。

 

被告人 真壁浩一は特定の住居を持たないいわゆるホームレスであり、その日もなけなしのお金で購入したお酒を仲間と飲んでいた。そのうちに路上で口論になりカッとなって相手を突き飛ばした。突き飛ばされた者は酔っていたこともあり勢いでそのまま電柱に頭をぶつけ、打ちどころが悪く死亡した。真壁自身もその時のことを覚えており深く反省している。ゆえに判断能力が欠如していたとか精神不安定であったわけではない。また真壁はすぐに救護活動を行おうとしており、明確な殺意があったわけでもないため、本件はいざこざにおける不慮の事故と言えた。よって見立てでは過失致死罪か執行猶予付きの傷害致死罪が妥当であった。

 ドラマでよくある実は冤罪で判決が覆るようなものではなく、弁護側としていかに刑を軽くできるか、が焦点であったのだ。

 

相手の検事が封筒に入れたDVDを担当者に渡す。

 

「わぁ〜……相変わらずカッコいいですねぇ」

 

清水がうっとりしながら弁護士らしくないことを口走る。

 

 今回、公判に立ち会う御厨貴生(みくりやきせい)という検事は界隈で有名な人物であった。端正な顔立ちに高身長であり、今日も白色に近いスーツを着こなしている。そこから放たれる正義感溢れる言動も相まって、検事という職種を越えて最早スターと呼ばれる存在であった。これまでも数ある案件に関わってきて有罪率は驚異の100%であり、検察官としてはまさに将来を期待されるホープであった。

 そんな有望株がこのような結果が分かりきった小さな刑事裁判を担当していることについて日車は不思議に思っていた。

 

「ここに被告が悪意(・・)を持って被害者を殺したと思われる決定的な証拠映像の2つ目があります」

 

御厨検事の指示のもと、裁判所に設置された大型モニターに電源が入り、事件現場となった夜中の商店街の様子が映し出される。

 

 これまでも商店街に設置された1つ目のカメラ映像が証拠として提出済であり、それは遠目で見切れてはいるが確かに真壁らしき人間が被害者を押している姿が映り込んでいた。すでに真壁自身も同じ映像を見て認めている。

 しかし今回提示された2つ目(・・・)の映像はさらに事件を詳細に映し出したものであると同時にこれまでの陳述に沿っていない新しい事実が浮き彫りになっていたのだ。

 

被告人が被害者を真顔で殴り飛ばしていたのである。

 

「殴ってるじゃん!」

 

清水が小声で呟いた。

 

「さっきから思っていることが口に出てるぞ」

 

軽くツッコミを入れた日車自身も失望していた。

 

(突き飛ばしただけではなかったのか……)

 

なるべく刑を軽くするためにも真壁には真実を告げるよう言ってあったはずだし、彼も応じていた。これでは虚偽の申告をした形になり裁判官に対する心証が悪い。過失致死に倒すことは当然無理だし傷害致死罪も最長20年だ。殺人罪に切り替えられてしまう可能性すらある。

 自然と俺は真壁の様子を伺う。彼は目を見開き唖然とした表情で録画映像に見入っていた。

 

(……?)

 

嘘がバレたことを恥じているような表情ではなかった。どちらかと言うと初めて見るかのような驚愕している感じだ。まるで二重人格の片割れが犯行したかのような面食らった顔つきであった。ただ当然、真壁自身は解離性同一性障害の患者でもない。

 

「日車さん……これ、真壁さんが嘘ついてたってことですよね」

 

普段は坦々と進む気だるい裁判が多い中、このような展開があると不利なことであっても心がざわつくものではあるが、若い清水もドラマを見るように少し他人事のように呟いた。

 

法廷が異様な空気に包まれる中、日車は違和感を拭えないでいた。

 

 何か裁判員や傍聴人など会場にいる全ての人間の嫌悪や憎しみが被告人に一斉に向かったような重苦しい気配。弁護人の清水ですら嫌悪感を抱いているようにすら見える。それはまるで悪意がある他人の正得領域に足を踏み入れた時に感じる、動物的な勘が危険を教えているような感覚だったのだ。

 堪らず日車は真壁に2つ目の映像について事実確認を行うべきだと提言した。清水も我に返ったように同調し休憩を申し入れた。

 

日車と清水は今後の動きを確認しながら法廷を出ようとするが不可思議なことが起きる。

 

「あれ?すみません、日車さん私たち何の話してましたっけ?」

 

急に清水は浦島太郎にでもなったかのように会話の内容を忘れてしまったのだ。

 

「若いのにもうボケたのか?さっき上がった例の……」

 

(例の……何だ?)

 

言いかけた日車も言葉が続かない。一体何を話そうとしていたのか。2人同時に会話の内容を忘れてしまったのである。

 

「例の……何です?」

 

清水はもう思い出すことを諦めて次の言葉に依存しているようだが、日車も思い出せる気配が到底ない。

 

「いや……いい。俺も忘れたようだ」

 

こんな事があり得るのだろうか?煙に巻かれたような不思議な感覚であった。先程までは何かに対して確認事項があった気がしたが、今は場が荒れようがない平凡な裁判の最中ということしか記憶に残っていない。取るに足らない刑事事件に対して弁護側の危機感を煽る事が法廷の中にて起きたはずなのだが、実際にはそんな記憶はないのだ。

 

新たな状況証拠(・・・・・・・)が出たというわけでもないし……)

 

結局何をすることもなく休憩が終わり、法廷が再開した。するとどういうわけか先ほどまで忘れていたであろう危機感の正体を再び思い出す。それはまさに新たな状況証拠として2つ目の映像が検察側から提示されたことであった。

 

(馬鹿な……これを2人して忘れたというのか?)

 

横にいる清水も同じような心境だったのか、まん丸い目をして俺を見ていた。

 

何かある。これは弁護士としてではなく呪術師としての勘だ。思えば御厨検事がこれまで扱ってきた刑事裁判はどれも罪に対して量刑が重かった。そしてそれは飲酒運転によるひき逃げ事故であったり酒絡みの案件が特に多かった。

 

日車は改めて法廷内を見渡した。

そして驚愕の事実を知る。

 

(……これは)

 

領域だ。確証はなく恐らくとしか言えないが、領域を習得している者だからこそ気づける空間の歪み、亜空間としての違和感。巧妙に隠そうとしていること自体も術式に含まれるのかもしれない。

 恐らく法廷を外壁として領域が展開されているのだ。

 

では何を必中にしている?

決まっている。

 領域内外で差があった2つ目の証拠映像の記録と記憶だ。にわかには信じがたいが、存在しない記録が領域内でだけ存在し、内に入った者の脳裏に刻まれているのだ。議事録から消える仕組みは分からないが、いずれにしろこれらが利する者は思い当たる中だと1人しかいない。

 

御厨検事だ。

 

 術式による嘘の記録で有罪を勝ち取っている可能性がある。彼が術師であるならば高羽のような術式に近いのかもしれない。イメージを具現化して強制するだけでなくその場にいる全ての者の魂に共鳴している。さらにその内容は後に記憶や記録として残らない……

 

 

しかし清廉潔白で正義に飢えた彼がなぜ?

思いが強いゆえに高羽のように本人が自覚していない可能性すらある。

 

とにかく、今は理由など後回しだ。

呪術の力が作用した不当な裁判であるならばただちに停止して追求する必要がある。しかしこの仮説を立証し法の力で追求することは限りなく困難であった。

 

よって、ここから先は……呪術の世界だ。




法律関係ぶっちゃけ全然わからない……
でもこの人、好きなんです
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