混沌とする法廷   作:さわやふみ

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2.駆け引き

(まさかこんな身近にも術師がいたとは。久しぶりで失敗しないといいが……)

 

日車は腹をくくって呪力を練る。

 

 

 

領域展開 誅伏賜死(ちゅうぶくしし)

 

 

 

日車の領域は必殺効果が省かれており、対象の人間の罪を裁判するという必中効果のみの効果を持つ。それゆえ結界術として領域の押し合いに強かった。他人の領域に対して自分の領域を使うことで、空間を上書きし、誰かが展開しているであろう領域を打ち消そうと試みたのだ。

 日車自身も自信はあった。呪術のスペシャリストである呪術高専の者たちと過ごした日々は少なからず呪術師としての力量を上げた。術式や領域運用のノウハウを基本から知ることで結界術の何たるかをより理解したつもりだった。並の術者が相手であれば問題なく押し合いに勝てる。さらに術式に付随する式神ジャッジマンを一瞬だけ法廷に出現させることで場を乱し裁判の中断を狙うことも出来ると考えていた。

 

 

 

しかし

 

バシュン!

 

競り合う暇もなく領域の押し合いに負けたのだ。まるで意気がっていた小学生が本気の大人と腕相撲をして一瞬で負けたような、圧倒的な力の差を感じてだ。

 すぐには今起きたことを信じられない日車であったが、職業柄もありすぐに客観的に分析し始める。

 

自分が領域展開をミスしたわけではない。一瞬だけでも押し合いをした実感があり、他人が法廷で領域を使っていることは確定した。そしてその術者が恐らく御厨検事であることもおおよそ分かった。

 

(だが、なぜ彼の領域はここまで強度が高い?)

 

強力な結界術の使い手がそうそう一般人に紛れ込んでいるはずがない。縛りのようなもので底力を上げているのは明白であった。

 

 日車が考えにふけっている中で法廷はざわつき始めていた。ジャッジマンを見た者が騒ぎ始めたのだ。すぐに消したが効果は充分であった。まさか相手の領域を壊せないとは思わなかったが死滅回遊により呪霊の存在が公になっていたこともあり、その日の法廷は安全のために中断されたのだ。

 

「ひ、日車さん……まさかまた……」

 

清水はジャッジマンを一度見ている。日車が暴走した日のことを思い出してしまっているのだろう。彼女もまた凄惨な現場に居合わせてしまった被害者なのだ。

 

「いや、安心しろ。同じ過ちは繰り返さない。それより先に帰ってろ。俺はやることがある」

 

「そ、そうですか。分かりました」

 

呪術のことを理解している清水は大人しく引き下がってくれた。当然ながら日車はそのまま御厨検事のもとへ向かう。

 ただし、彼に用がある理由は覚えていない(・・・・・)。というより恐らく何らかの力で忘れさせられている。ただ、領域を出さざるを得ない状況になっていたこと、御厨検事と領域の押し合いをして負けた瞬間だけはしっかりと記憶に残っている。何のために法廷で呪術を、しかも領域などを展開しているのか。うまく問い質して理由次第では呪術師として裁く必要があるかもしれないのだ。

 

そして

 

御厨検事もまた日車に用があるようであった。

長い廊下の先でジッとこちらを見つめていたのだ。

彼も領域の押し合いをしたことで術師としての日車の存在に気づいたのかもしれない。だとすると彼が無意識に術式を扱っている線はなくなる。日車は用心しながら御厨検事に近づいていった。殺意は感じられないが互いの間合いが少しづつ縮まっていき、空気がピリついていくのが分かった。

 

「……弁護士の日車さん……ですね?」

 

御厨は日車を知っていたようで先に声をかけてきた。恐らく日車は検事を殺した疑惑のある者として認知されていたのかもしれない。

 

「いや、今は弁護士ではない。御厨検事。お前に話がある」

 

「私もです。ただ誰にも話を聞かれたくない。法廷でどうです?あそこはもう今日は予定がなく誰もいない」

 

先ほどの法廷における領域の押し合いがなければそれほど不自然な提案でもなかった。むしろ呪術の存在を一般人には知られたくなかったので好都合であった。しかしこれにより日車が抱いていた仮説が確信に変わる。

 

「……なるほど。そういうことか」

 

「どうしました?」

 

「いや……続きは人目のつかないところでしよう。お互いに困るかもしれないからな」

 

御厨検事も同意し、2人は裁判所を出て高架下の暗がりにある公園に来た。遊具もなく子供はおろか大人も寄り付かないただの広場みたいな場所だ。これから起きるかもしれない事を考えると呪術者2人にとっては絶好の場所であった。

 

「ここでは領域は使えない(・・・・)だろ?」

 

日車は開口一番にしかける。

 

「使える場所を法廷のみに絞る縛りにより領域の力を底上げしていたのか?隔たりも外壁を肩代わりにすることでさらに強度が増していた。まだまだ奥が深いものだな」

 

日車の揺さぶりに対して御厨検事に動揺している様子は見られない。

 

「……それで、話とは何ですか?まさかそれだけを言いに来たわけではないでしょう」

 

「ならば言わせてもらおう。検察官なら法廷に呪術を持ち込むな」

 

その場の空気が変わる。御厨は獲物を見るような目つきで日車を見た。

 

「何を言っているのか分かりません。もう少し具体的に説明して頂けませんか?」

 

やはり相手の術式効果により具体的な何かを思い出せない。これを御厨も計算して発言しているのかもしれない。

 

「正々堂々と職務を全う出来ているのか?不正しているならば辞職すべきだ」

 

苦しい主張であった。何しろ根拠となる記憶がないのだ。会話の中から御厨がボロを出すのを狙うしかない。しかし当然、検事である御厨が簡単に自白するようには見えない。むしろ彼は日車をはめたような、してやったりという表情を見せた。

 

「ふむ。恐喝罪……いや、職務強要罪か。3年だな」

 

「?」

 

御厨は急に話の脈絡がない量刑の話をし始めた。

すると彼が言い終えた直後、日車の体に異変が起きる。

 

(……呪力が……!?)

 

同時に御厨は呪力を込めた右手で殴りかかってくる。咄嗟に左手を出して防御にうつったが、日車の左手はバキバキと鈍い音をたてて骨を粉砕されてしまう。

 

「ぐ……!」

 

腕の欠損は宿儺戦で経験していたが2度と味わいたくないと思っていた。強烈な痛みと吐き気が同時に襲ってくる。御厨の呪力はそれほどではなかったが、なぜか呪力を練れなかったことで左手が複雑骨折する大ダメージを受けてしまったのだ。

 御厨はそのまま突進して左手による殴打を繰り出してくるが、日車はすんでのところでそれをかわす。体で受けていたら殺されていたかもしれない。

 

御厨は追撃してこなかった。腕を破壊したことで勝負がついたと思っているのか、次第に本性を現し始める。

 

「ふん。君のような犯罪者ごときに使命ある私の人生を台無しにするわけにはいかない」

 

週刊誌や報道で見せる爽やかな笑顔とはほど遠い冷徹な表情にこの男の闇が垣間見える。

 

「はぁ……はぁ……」

 

日車は必死に腕の輪郭を形成するイメージをする。なぜか分からないが呪力は復活していたのだ。ならばと宿儺戦という死の瀬戸際で掴んだ呪術の真髄、反転術式で腕を治しにかかる。徐々に破損した腕は蒸気を上げて治っていく。

 

「貴様……!それはまさか!?」

 

反転術式は負のエネルギーである呪力同士を掛け合わせ、正のエネルギーを生み出す高等テクニックだが、 運用が難しく誰にでも出来るわけではない。御厨が驚くのも無理はなかった。

 

「自首をしろ。このままやれば俺は呪術師としてお前を裁かなければならない」

 

御厨の本性が攻撃的な術師であると分かった以上、日車も応戦せざるを得ないと思っていた。しかし

 

「くくく……一体何の罪を私が犯したというのだ……。脅迫罪だ!10年!!」

 

御厨はまた意味の分からない量刑の話をしだしたのだ。この発言は日車に既視感と寒気を覚えさせ、後ろに大きく下がる充分な理由になった。先ほど呪力が出せなくなった際と同じようなやり取りであることを思い出したからだ。そしてその判断は間違っていなかったことを証明する。

 予感は的中し呪力が練れなくなっていたのだ。その間に御厨は猛然と突っ込んできた。これまでと違い明確な殺意を感じ日車は咄嗟に逆の方向に逃げた。

 

(これは御厨の術式だ……!)

 

10秒。恐らく今回はこの期間、呪術が使えなくなっている。

 

奴のもう一つの術式。

 

相手が犯した罪(と言っても御厨が認めただけ)に対して最長の刑期を秒数で与え、その期間呪力を扱えなくするのだろう。

 

(脅迫罪は最長10年……!その間は俺は呪力を練れなくなる……!)

 

虎杖ほどの強靭な体を持たない限り、呪力なしで呪術師と戦闘を行うのは無謀に近い。

 

呪力を纏っていない状態でこいつの攻撃を受けた左腕はもぎ取れるぐらいの衝撃であった。まともにバイタルゾーンに食らうと即死に至る。幸いなことに御厨は呪力による足力の強化は得意ではないようで、追いつかれることなく10秒が過ぎようとしていた。

 

3…2…1…

 

御厨の渾身の右ストレートが日車にヒットする直前。見立て通り呪力が復活する。ならば

 

 

 

領域展開 誅伏賜死

 

 

 

 

日車は再度、領域の展開を試みた。

黒い闇が辺りを覆い、斬首の処刑台が立ち並んだ異様な空間が辺りを支配する。今度は問題なく領域を展開できたのだ。

そして、具現化したガベル(木槌)を叩く。

 

カンカンカン!

 

「次はお前が裁かれる番だ」

 

御厨の拳は日車の頬の前で止まっていた。

 

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