「何だここは……攻撃が……」
御厨は初めて他人の領域に入り戸惑っているが、日車はそれに構わず話を進める。
「ここではお互いにあらゆる暴力行為は禁止されている。ジャッジマン、進めてくれ」
目が縫い込まれた異様な顔立ちで両腕が天秤の形をした黒い死神のような出で立ちの式神ジャッジマン。領域の中で対象の人間の罪状をランダムで1つ選び突きつける。
御厨は法廷において術式を使って法に触れる行為をしている可能性がある。また正義感が強いことから逆に他の罪に問われるようなことをしていないと思われた。そのため法廷での悪事を引いてくれる確率は充分にあった。
『御厨貴生は2024年6月23日、公園にて日車寛見に暴行を働いた疑いがある』
「……!」
呪力を止められたのと領域展開に集中したことで日車の左手は反転術式で治りきっていなかった。それゆえ先ほどの御厨の攻撃が傷害罪としてジャッジマンに認識されてしまったようだ。
(こっちを引いてしまったか。奴には他に罪状がないのか……?)
日車としては、ベールに包まれている法廷における悪事を引いてほしかったが、そんな思惑を知らずに御厨はいまだ困惑した様子だ。
「なんだこいつは……?」
驚いている御厨に日車は領域のルールを説明する。
茫然としていた御厨であったが全て聞き終えると怒りに満ちた形相で声を荒らげる。
「ふざけるな……私が暴行だと?これは粛正だ。悪を裁く私の職務を妨害する者を排除するだけだ」
「自白か。ならば俺の陳述は不要だろう」
『証拠』には御厨が持つ術式についての情報のみ記載されていた。そこから御厨がやったと立証するのは難しかったが手間が省けた形だ。
「傷害罪だな。ジャッジマン、判決は?」
『有罪。没収!』
領域が解け、2人はだだっ広い野原に移動する。秤から聞いた知識で日車が誰もいない場所に座標を移動しておいたのだ。
「……ここはどこだ?私に何をした?」
「領域を使ってさらに誰もいない場所に移動した。懺悔でも何でもするといい。今からでも遅くはないかもしれんぞ」
「黙れ。とにかく、貴様には消えてもらう」
御厨は殺意を持って日車に近づいていく。
「無理だな。もうお前の術式は理解した。そもそも術式自体も使えなくなっているはずだ」
「……ハッタリはよせ。しかし貴様は私に何をしようとしているのだ?何が目的だ?」
御厨が呪力封印の術式を使うために会話で誘導しようとしている事は分かる。目の前で犯罪を犯すなり自供させてその刑期で呪力を奪うのだろう。再度、失言を狙い罪状を探し出そうとしているのだ。それは御厨自身の術式が奪われていることにまだ気がついていない証拠でもあった。
だが、こちらも肝心な御厨の罪を奴の領域の効果のせいでいまだに思い出せていないため、このまま白を切られたら元も子もない。ただ、チャンスはある。ジャッジマンが御厨の術式を把握していることが分かった以上、御厨が法廷で使った罪をジャッジマンが選び出す可能性はまだ残っていた。
それには御厨から日車の領域に2審がある事を気づいてもらう必要がある。(2審の実施も基本的に日車に有利となるため、縛りの関係上示唆ができない)
「俺は一度法を見限り過ちを犯した。お前も今がやり直せる機会ならば、自分がしていることが本当に正しい事なのか自分に問い質してみたらどうだ?」
日車は煽って墓穴を踏ませる作戦に出る。その言葉はまるで日車が自身に問いかけているような内容であった。
「知った口を聞くな。貴様ら弁護士が理解出来ることではない!それより貴様が犯した法はなんだ!」
罪を隠すつもりがない日車は素直に自白する。
「人を殺した……2人だ」
これを聞いた御厨の口元は自然とにやけていく。
「ふ……くくく……バカめ!殺人罪を自白したな?無期懲役だ!」
そして自分の術式が剥奪されていることを知らずに鬼のような形相で叫びながら突っ込んでくる。しかし、呪力が封印されていない日車の前ではもはや御厨程度の術師による殴打は脅威ではなかった。具現化した
「どうして呪力を出せるのだ!?」
「生憎、お前の術式は先ほどの判決で有罪となり没収されている」
「わ……私が有罪だと?……ふざけるな。
「再審か?」
「当たり前だ!」
これにより再び自動的に日車の領域が展開される。二審だ。
見事、御厨をはめて、再度罪状がランダムで選び出される。
『御厨貴生は2018年4月13日、裁判所にて虚偽の証拠を提出した疑いがある』
(来た……!これだ!しかし……)
ジャッジマンの読み上げと同時に御厨の情報が『証拠』として共有された。
罪状と『証拠』から全てが繋がっていく。これまで御厨検事が担当する裁判の量刑が内容に対して重すぎた理由。存在もせす記憶にも残らない虚偽の証拠が術式により裁判で扱われていた事。そして御厨の動機。
罪状により核心を突かれた御厨は表向きは平静を装ってはいるが明らかに取り乱していた。その様子を日車は敵意というよりも哀れみの表情で見ていた。
『証拠』として日車に提出された情報は御厨が術式を持つことに至った悲惨な過去であった。
母子家庭で育った御厨は幼少の頃、夜道で酒に酔った半グレの男に母親を目の前で暴行を受けて殺されている。しかも男は精神不安定による弁識能力欠如とみなされ軽い量刑で済んでいる。御厨はその事件がきっかけで脳への過剰な負荷により、呪力を扱える体質になったと同時に徐々に術式が刻まれていった。それが彼の領域だったのだ。その効果は存在しない証拠を作り上げ、法廷の空間上だけ適用できる。さらに有罪を勝ち取りやすくするために被告人に対して敵意が向く効果もあった。大人になり検事になるとその術式は開花し今に至るのだ(その後、母親を殺した男には別の罪状で起訴し、死刑判決を出させていた)
凶悪な事件とその犯罪者を過度に憎むが余り発症した呪われし能力。それを天性の能力と思い込み、その使命感から暴走していたのだ。
御厨の『自白した罪状の懲役年数に応じた呪力封印』という術式も戦闘においては後手になり得る中途半端なものであり、彼の正義感に伴う矛盾した能力になってしまったのだろう。
気がつくと
「……貴様のような弁護士には私の苦悩が分かるまい……貴様らは金を貰えれば悪人でさえ守ろうとし邪魔をする」
「陳述はしないのだな。黙秘として扱う。では続いて俺の陳述だが……俺も陳述はなしとする」
日車にとって2審の判決は意味がなかった。術式は没収済だし、万が一、死刑をもぎ取っても殺すつもりはなかった。
そしてジャッジマンの出した答えも『無罪』であった。
「お前の過去の情報証拠だけでは犯罪を犯した根拠とまでは言えなかったようだ。だがお前の術式没収は1審から継続している。ここで暴れるならやはり容赦はしない」
「……貴様の式神も私が無罪だと認めたようだな。それで?貴様のほうはまた殺人を犯すのか?」
「言っただろう。お前が暴れなければ何もしない」
「どうだろうな。犯罪者はどうせまた罪を犯す。私が起訴してやってもいいぞ?」
この言葉に日車は言葉に詰まる。
自分は実際に殺人を犯した身。しかも総監部の圧力で不起訴になっている。法を捻じ曲げた存在なのだ。
「……それでいい。だがお前が目を覚ましてからだ」
「何?」
「俺にはお前を諭す権利も資格もないが、以前の俺と同じ状況にいるお前を見過ごせもしない。立場が違えどお前も法に限界を感じ足を踏み外そうとしている」
日車の言葉に対して御厨は鼻で笑った。
「は!何を言い出すかと思えば!私は法が及ばない部分を努力で埋めることが出来ている」
「偽物の証拠が努力だとでもいうのか?」
「……黙れ!」
この指摘に御厨の表情はまた険しくなった。そして次の一言により様相が変わる。
「お前が法に背く行為をしていたら母親も報われないのではないか?」
「…………!」
御厨の呪力が徐々にしぼんでいくのを肌で感じながら、日車は続けた。
「人が未熟であるように司法もまた未熟だ。時に真実に対して及ばない時もある。だからこそ我々のような人間が足掻いて切磋琢磨して切り開いていかなければならない。絶望している暇なんてなかったのだ……」
御厨に向けて説得するためと言うより、独白に近かった。それはこれまで誰にも打ち明けていなかった後悔や懺悔の念を、胸の内に抱いていた気持ちを吐き出すかのようであった。
するとこれまで敵意をむき出しにしていた御厨に変化が見られる。
「絶望……か。たしかに私は法に限界を感じた結果、自分の意志にそぐわない力を得た。はじめは私の
もはや御厨は肩を垂らして戦意は完全になくなっていた。日車も具現化した
「俺はもう取り返しのつかないことをしてしまったがお前はまだやり直せる余地がある。俺のようにはなるな」
2人向き合ったまま一時の静寂が走ったが、先に口を開いたのは御厨だった。
「……私の領域には誰かにバレれば即使えなくなる縛りがあったようだ。もはや2度と使える感覚がない。無意識にずっと後ろめたさを感じていたということかもしれないな……」
「そうか。ならばもう俺の用件は済んだ。お前が俺につけた傷害も不起訴だ」
日車はニヤリと笑いながら治りかけている左手を見せた。
法廷に残った呪力の残穢もやがて消え失せる。御厨がもう法廷に呪力を持ち込まないならば本件は解決したと言えるだろう。
何やら迷いが消えて清々しい顔つきに戻った御厨はそのまま去ろうとする日車に対して意外な言葉を口にする。
「待て。君が暴れた時に弁護していた男……大江だったか。あれは私の見立てでも無罪だった」
「……なに?」
日車が呪術に覚醒し、裁判官と検事を殺してしまった際に担当していた岩手県の母子殺害案件のことを御厨は言っているようであった。この事件は全国的にも注目を浴びていた。
「あれも司法の弱さがでた案件だった。あの時の絶望を知っている君の言葉だからこそ私に響くものがあった」
「そうか……」
茫然として聞き入っていた日車であったが、内心では胸の内に詰まっていた何かが取れた感覚であった。
相手が保守・保身に走る判決をした裁判官であっても、自らの出世のために告訴した検事であっても、自分が殺してしまったことには変わりはない。しかし職業柄の垣根を越えて、検事の立場から理解を示す言葉を貰えて日車は少し救われた気がしたのだ。
この心境を知らずに御厨は続ける。
「私の母は……正義感に溢れた人だった。だからずっと自問自答していた。証拠捏造なんて……なぜこんな正義に反した呪術を私は持ってしまったのかとな」
日車は黙って聞き続けた。
「反面、君のは良い呪術だった。あれで指摘されなければ私は一生、嘘をつき続けなければならなかっただろう」
御厨に言われてハッと気がつく。
誅伏賜死は何も人を殺すためだけの手段ではなく、対象者の内面に潜む罪の意識を拾い上げ、向き合わせる能力でもあったのだ。自分が勝手に殺しの手段として捉えていただけであった。
しばらく目をつむり考え込んだ後、日車は前を見据える。
「俺もこの先、どうやって償っていけるのか。もう少し自分に出来ることを考えてみることにするさ」
ボソリと呟きネクタイを整えると、日車はそのまま背を向けてその場を立ち去っていった。
これで終わりになります。
読んで頂きありがとうございました~
今後の勉強のため可能でしたら評価してくれると嬉しいです
やはり法律まわりはようわからん( ゚Д゚)