作:プロッター

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第1話:スタートライン

 知らない土地を歩くのはとても気分がいい。どこに何があるのかという期待と、自分の知る世界が広がっていく高揚感が得られるから。

 だから陸に住んでいた頃は、時間があれば散歩をし、色々な場所を歩いたものだ。たまに遠くまで行きすぎて、家に帰れなくなって親や警察の世話になり、拳骨を貰って泣きを見たこともあったが。

 そして中学生になると、学園艦での生活が始まり、行動範囲がかなり限定される。入学してからしばらくは、甲板上の住宅地や、艦内の自由に出入りできるエリアを歩き回ったが、それは数か月で制覇できてしまう程度の広さだった。そのため、港に停泊して外を自由に散歩できる寄港日が待ち遠しくなったものだ。

 そして、そんな習慣は継続高校に入学した今も変わらない。

 

「初上陸、っと」

 

 タラップを降り、知らない港町に足をつける。天気は多少雲があるが、雨と雪、強風以外なら歩くのに支障もないため及第点だ。

 深呼吸をし、潮の香りを感じつつ歩きだす。

 今日の目的はまず散歩。とはいえ、無限の体力を有してはいないため、どこかしらで適度に休息を取りつつだ。それで、学園艦の乗降門限までに戻ること。ただ、学園艦で暮らしてから今日に至るまで、その門限を破ったことは一度もない。特に中学は寮の門限さえも破ったことはなく、「フラフラしていそうなのにそういうところはキッチリしている」と、教師からもお墨付きをもらっていた。

 さて、この港町は初めて来るので情報がない。なのでまずは、ターミナルにある地図を見ることにしよう。

 そこで、地図の前に立っているある人に気付いた。

 

「……あれは」

 

 その人物はこちらには気づいていない。白のパーカーに紺のスキニージーンズ、そして淡い水色の帽子を被っている。背格好からして自分と同い年ぐらいの女子だが、注目したのは被っている帽子に見覚えがあったからだ。同じクラスに、似たような帽子をいつも被っている女子がいる。

 その女子は、壁に貼り付けられた大きな地図を前に、首を左に右に傾けている。何となく、困っているのは分かった。

 相手は恐らくクラスメイト。困っているなら、なんとか力になりたい。

 しかし、クラスでその人物は、色々な理由で若干距離を置かれている。自分自身、話したことはほとんどない。

 けれど、放っておける雰囲気ではなかったし、自分も地図を見てどこへ行くか方針を立てたい。だから、ほんのわずかな緊張感を持ちながら、その女子のもとへと歩を進める。

 そして、その女子の横に立って、地図を見つつ、かつ怪しまれない程度に女子のことを器用に横目で窺う。やはり、予想していた通りの人だ。

 

「ヨウコ。どうかしたの?」

 

 今気づいたように話しかけると、その帽子を被った女子は、驚いたようにこちらを見た。垂れ目はわずかに見開かれ、帽子の合間からはクリーム色の髪が見える。

 やはり、同じクラスのヨウコだった。

 

「……えっと、リューリ、だっけ……?」

「そう。リューリだ」

 

 クラスメイトだが、ヨウコに疑問符付きで名前を問われて()(ぶき)隆吏(りゅうり)は頷く。自分がイケメンとは思っていないが、クラスメイトなのに朧気に覚えられるというのは、いささか悲しい。

 それはともかく、気を取り直して。

 

「で、何か困ってるみたいだけど、どうかした?」

「……別に、何でもない」

「そう?」

 

 こちらと少しだけ顔を合わせたヨウコは、そっけない返事をしてすぐ地図に視線を戻した。視線が途切れてしまったので、リューリも仕方なく地図を見ることにする。

 今いる場所から少し歩けば、町の中心にある大きな噴水に行ける。そこから道が放射線状に伸びていて、その一本一本の通り沿いにお店がたくさんあるようだ。知らない場所を歩くのは楽しいが、買い物は財布事情によるものの色々なお店を見歩いても楽しい。

 とはいえ、隣で今なお悩んでいるらしきヨウコがやはり気になる。

 

「んー……」

 

 唸っている。地図を見て、首を傾げている。

 「何でもない」と言われたので、ここで見なかったフリをして立ち去っても、責められはしないだろう。けれど、後味は悪くなってしまう。

 

「……ヨウコ、困ってるんなら聞くぞ?」

「……」

 

 耐えかねて、聞いてみた。

 問うてみても、ヨウコはすぐに口を開かない。リューリを頼るべきか頼らざるべきか、迷うように視線が左右に動いている。

 けれどリューリは、話しかけた以上は逃げるつもりはない。ヨウコが口を開き、返事をするのを待ち続ける。時間はあるのだ。

 やがて。

 

「……あの、さ」

「うん」

「行きたいお店があるんだけど……どこにあるか分かんなくて」

 

 やはり、道が分からなかったらしい。そして、そういう悩みならリューリも力になれる。

 店の名前をヨウコに聞いてみたうえで、リューリはもう一度地図を見る。ありがたいことに、地域に寄り添うやさしいその地図には、店の名前も小さくだが書いてあった。

 

「ここじゃない?」

「……あ、ホントだ」

 

 そこを指さすと、ヨウコも表情が少し柔らかくなる。やっと見つかったことが嬉しいのか、その顔を見てリューリも安心した。

 

「あとは自分で行ける?」

「……正直、ちょっと不安」

 

 念のため聞いてみるが、そこへ辿り着けるかも不安らしい。確かに、目当ての店は大通り沿いではなく、入り組んだ脇道の途中にある。このまま行ったところで、こまめに地図を見なければ迷いそうな気がした。

 リューリは、少しだけ地図を見つめてから提案する。

 

「よければ、一緒に行こうか?」

 

 今度の申し出には、ヨウコの目の見開き具合は「わずか」ではなかった。

 

「いや、でも……リューリにも予定とかあるんじゃ」

「今日は色々適当に散歩する予定だから、全然平気だ」

 

 気遣われることを当然と思ってはいなかったが、遠慮されたのは少し意外な感じがした。何せ、クラスで普段見るヨウコにはそういう印象がなかったから。

 確かに、我ながらおせっかいが過ぎるかとも思う。けれど、実際今日は自由に歩くのを目的としていたため、ヨウコを案内するぐらいならどうということはない。それに、こちらは伊達に何度も知らない土地を歩いて無事に帰っている(幼少の迷子はともかく)。知らない土地で一度設定した目的地に辿り着くのは造作もないことだ。

 頷いてみせると、ヨウコは控えめに。

 

「……じゃあ、お願い」

「よしきた」

 

 頼まれたので、リューリは頷く。

 そしてリューリは、港町の中心に向かって歩き始める。ヨウコは、2歩ほど後ろをついてきてくれていた。

 

 クラスメイトなのに、ヨウコがリューリの名前を確認気味に告げたのは、話したことがほとんどないからだろう。

 かといって、リューリはクラスで浮いているわけではない。継続高校に入学して数か月。友達と呼べる付き合いの人は何人もできたし、クラスにいる生徒の大半と話はしたことがある。

 しかし、ヨウコに関しては別だ。リューリも話したことが全くと言っていいほどない。どころか、リューリが記憶している限りでは、ヨウコがクラスの誰かと親しくしている様子を見たことがなかった。

 

「……」

 

 こうして一緒に目的の店を目指す今も、ヨウコの視線はアスファルトに落ち気味だし、リューリに話しかけてきそうな雰囲気もない。

 ヨウコはクラスでも帽子を被っており、体育はもちろん通常の授業でも外すことはない。休み時間は、どこか退屈そうな表情で頬杖をついているか、文庫本を読んでいる。なんというか、近寄りがたい雰囲気がするのだ。

 おおらかな生徒が多い継続高校でも、そんなハリネズミのような人に積極的に絡む人はそういない。むしろおおらかだからこそ、無理に絡まずにその人が好きなように振舞えばいい、という感じで距離を保つ。そんな空気が学校全体にあるのを、リューリは理解していた。

 そしてリューリも、程々の距離を保っている。必要以上に絡んで突っぱねなれるのを避けると同時、クラスメイトとして打ち解けたいとも考えていた。

 だが今日は、明らかに困っている様子だったので声をかけた。それでもし、明確に拒絶されていたら、今後ヨウコと話す機会はなかったと思う。

 

「おお、綺麗な噴水……ってことはここが町の中心かな」

 

 ほどなくして、地図にもあった大きな噴水が目に入る。周囲を左回りで一方通行の道路が囲んでいて、前にテレビで見たフランスの凱旋門を彷彿とさせた。

 だが、噴水について言及しても、ヨウコはコメントのひとつもない。ちらっとそちらを見てはいたので、少しも興味がないのではないらしいが、会話のきっかけにするには不十分すぎる。無言タイム続行だ。

 本当に先導するだけになっているが、それでもリューリは散歩を楽しむことにする。天気はいいし、街も綺麗だから気持ちはかなり上向きだ。

 そして地図の通りに、噴水から北東に伸びる道を歩く。休みの日なのもあって、街を歩く人はそれなりに多く、継続高校の生徒と思しき人たちも見える。幸いというべきか、知り合いの姿はなかった。

 ハンバーガーショップ、カフェ、紅茶専門店、アパレル専門店など多種多様な店を横目に歩いていると、目印にしていたペットショップの前に着いた。その角を右に曲がると脇道になり、臆さずに進む。高い建物の間にあるため、脇道は日向よりやや暗く、普通の人なら足を踏み入れるのに少し度胸が要るような場所だ。とはいえ、こういう場所も散歩した経験が多いからリューリは平気だし、ヨウコもこういう場所に抵抗はないらしく、変わらない距離で後ろをついてくる。

 やがて、目的の店に到着した。

 

「いい感じじゃない」

 

 全体的に普通の一軒家だが、1階部分をリノベーションして店舗に改装したらしく、2階とはデザインが違う。

 そんな懐かしさと珍しさを感じさせる店を見て呟くと、ヨウコが肩を指で軽く叩いてきた。

 

「あの……ありがとう。助かった」

「いいってことよ」

 

 控えめなお礼の言葉に、リューリは笑う。

 それからヨウコは、赤い戸を開けて店に入り、リューリも少し気になったので続いて中に入ることにした。

 中は暖かい色の明かりが灯っており、棚には陶磁器の人形やドアベル、食器、キーホルダーが陳列されている。思うにここはハンドメイドの小物店らしい。意外とこういうものがヨウコは好きなのかと思ったが、尋ねようにもヨウコは既にひとりで商品を眺め始めていた。これ以上は干渉するのも申し訳ないので、適当に見て回ることにする。

 並んでいるものの中には、どこかの国の小さな一軒家や、世界遺産のような高い建物、さらには猫や犬などの動物を象った可愛らしいものもあった。しかし、手作りなのもあって値段はどれも4桁はする。とてもではないが、簡単には買えない代物だ。

 

「お願いします」

「はい、どうもぉ」

 

 そんなやりとりが棚の向こうから聞こえたので、ちらっと窺ってみる。ヨウコが、店主らしき初老の女性に何かを渡していた。何かは見えなかったが、琴線に触れるものを買ったのだろう。ヨウコにもこういう趣味があるというのは、少し意外だ。

 だからと言って、すぐに話しかけたりはせずにリューリは商品を見るのを再開する。会計を終えたヨウコは店を出たのが、ドアベルの音で分かった。

 一通り見てみたが、やはりどれもいち高校生からすれば少々高い。手が届くものを強いて挙げたら、せいぜいが1000円弱のキーホルダーぐらいだった。そして、いまいち気分が惹かれるものもなかったため、何も買わずに店を出ることにする。出際に主人が「ありがとうございました」と言ってくれたが、何も買わなかったことについて申し訳なく思った。

 そして店を出ると。

 

「……ヨウコ?」

 

 店の前にヨウコが立っていた。手には、今さっき買ったものが入っているであろう紙袋がある。

 

「どうかした?」

「いや、えっと……」

 

 既に大通りの方に戻っていたかと思ったが、どうしてまだここにいるんだろう。まさか、他に行きたいところがあるけどどこにあるか分からないからまた力を借りたい、というのだろうか。

 ヨウコは、帽子の隙間から覗くクリーム色の前髪をいじりつつ、言葉を探しているらしい。

 やがて、目線はわずかに逸れているが、明らかにリューリに話しかけてきた。

 

「ここまで案内させちゃったの、悪いし……お昼ご飯、奢らせてよ」

「え?」

 

 随分と、意外な申し出だった。

 一瞬だけ思考が停止するが、すぐさま頭を働かせる。

 

「いや、流石にそこまでしてもらうまでもないって」

「でも、私のために時間を割いたのは確かだから」

「いやいや、色々歩いて見て回るつもりだったから、その一環だし」

「そうは言っても……」

 

 珍しく――まともに会話するのは今日が初めてだが――頑固な姿勢を見せるヨウコ。何となく、このまま遠慮し続けても、その姿勢は変わらないように感じる。

 そして、せっかくヨウコの方から歩み寄ろうとしてくれているのだ。ここで突っぱねるのも惜しい気がする。クラスメイトでもあるのだし。

 

「……それじゃあ、ご馳走になってもいい?」

「うん」

 

 控えめに聞いてみると、ヨウコは頷いた。相変わらず、表情はどうとも取れないものだったけれど、また新たな一面が見られた気がする。

 

◆ ◇

 

 リューリとしては、本当に道案内ぐらいは何でもないことだったし、わざわざ高いものを奢ってもらうほど図々しくもない。

 だから、昼食は来る途中にあったハンバーガーショップで摂ることになった。

 

「……」

「……」

 

 そして今は、ヨウコと2人で向かい合って昼食の最中である。

 ある程度予想していたが、やはり会話がない。食べ始めたら、食べることに集中したいのかヨウコはもぐもぐとハンバーガーを食べているし、その様子を見ると話しかけることもできない。だからリューリも、黙ってチーズバーガーを食べるほかなかった。

 全国展開しているチェーン店のものだから、味は保証されている。それなのに、普段接しない相手と食べているからか、緊張感で味などぼやけてしまっている。

 その時。

 

「……ん」

 

 ヨウコがハンバーガーを食べる手を止めた。これは話しかけるチャンスか、と思い次の行動を見定める。

 ヨウコは、帽子の位置を少しばかりずらしていた。中が蒸れているのか、表情が若干不愉快そうである。

 

「帽子取らないんだ?」

 

 そのあたりを、聞いてみることにした。小物店に行くまでも、このハンバーガー店に来るまでも、店に入ってからも、ヨウコは一度もその帽子を取っていない。禿げる、は言い過ぎかもしれないが、髪の毛に変な癖がついてしまうだろうし、せめて食事中ぐらいは取ってはどうかと思う。

 

「……こっちの方が、落ち着くから」

 

 しかしヨウコは、それを渋った。

 むしろ、リューリの言葉を聞いて表情がわずかに暗くなったような気もする。もしかしたら、帽子を取りたくない理由があるのかもしれない。よく考えてみたら、学校でもヨウコは帽子を取った姿を見せていなかった。

 

「……ごめん」

 

 だが、今のリューリにはその理由まで聞く勇気はない。だから、謝るのが精いっぱいだった。そしてポテトに手を伸ばす。

 再び訪れた沈黙が、先ほど以上にいたたまれない。だから、多少の覚悟をしたうえで、また話しかける。

 

「ヨウコは、この後どうするんだ?」

「学園艦に戻るかな。あのお店で買い物するつもりだったし」

 

 打ち解けられれば、と思ったものの、ヨウコはこの後直帰するときた。いよいよもって打つ手がなくなってくる。

 

「リューリは、どうするの?」

「もう少し歩いて回るよ」

 

 とはいえリューリ自身も、知らない街を歩くという貴重な経験を捨てきれない。クラスメイトとしてヨウコと仲良くなりたいのは確かだが、かといってこれ以上一緒に行動するのも向こうに悪いと思ってしまう。そのあたりの線引きは重視しているため、素直にまだ港町を歩く旨を伝えた。

 ヨウコは、「ふーん」と納得したように頷いてアップルジュースを啜る。

 これ以上話しかけても会話が進展する気がしない、とリューリは思った。そして実際、それから食べ終わるまで会話は全くなかった。

 

「ご馳走様」

「……」

 

 食べ終わった後の礼儀をリューリがこなすと、ヨウコも黙って手を合わせる。そういう言葉を口にするのが恥ずかしい人はいると聞くが、多分ヨウコも同じなのかもしれない。

 食べ終わったゴミを捨ててトレーを戻し、店を出る。

 

「じゃあ……私、こっちだから」

 

 そしてヨウコは、学園艦のある方角を指さす。流石にもう、迷うことはないと見える。

 であれば、完全にリューリはお役御免だ。

 

「そっか。それじゃあ、また学校で」

「……ん」

 

 だからせめて、最後は朗らかに別れの挨拶を告げる。ヨウコは、頷いて学園艦の方へと歩いていった。

 それを少しの間見届けてから、リューリは反対方向へと足を向ける。

 

「……うーん」

 

 歩きながら、腕を組んで考える。

 初めて今日、ヨウコと会話らしい会話をした。今のクラスになっても、随分と長いこと話していなかったから、かなりの変化だと思う。ただ、思うように話が広がらず、ヨウコから感じる雰囲気は一匹狼のようだ。

 とはいえ、方向音痴の気があったり、可愛い系の小物に興味があったりと、意外な面も垣間見えた。また学校で、という別れの挨拶にヨウコは頷いてくれたし、次の登校日には、もしかしたらクラスで一言二言交わせるかもしれない。

 しかし、こうやって期待する時は大体そうはいかないものだ。だから希望的観測に留めておき、リューリは散歩を再開する。

 さっき見た地図では、この先には広い自然公園があるとのことだ。そこを目指しつつ、気になるところへ寄るとしよう。

 

◇ ◆

 

 継続高校の学園艦は、甲板上の大半が山や森に覆われている。学校の周りは開けているが、少し歩けばすぐに自然豊かな区域が出迎えてくれるのだ。中央にある1本の大きなモミの木は、マスト代わりであり学園艦のシンボルでもあった。

 港町から戻ったヨウコは、買い物袋を手に持ったまま、そんな森の中を歩いていく。曇りなのもあって、森の中は少し暗めだ。こういう時の小鳥のさえずりや草花の揺れる音は、ホラーの前触れみたいな感じがする。

 だが、ヨウコは臆することなく歩いていく。先ほどの港町のように、初めて訪れる場所は地図を見なければ一歩も踏み出せない。けれど、今目指している場所は、音を頼りに行けばいい。そして大体、その音が鳴る場所は大きなモミの木の程近くだ。

 草や土を踏みしめて歩いていると、明らかに自然由来ではない音が聞こえてきた。耳を澄ませば、それは何かの楽器が発している音だと分かる。

 それからもう少し歩くと、音の主の姿が見えた。

 丸太に腰かけているその人物は、休日でも継続高校のジャージを着ていて、アコーディオンを静かに奏でている。ただ、そのアコーディオン以上に目を引くのは、その人の髪型だ。一昔前の不良かと言わんばかりに突っ張った前髪は、本人曰くリーゼントではなくポンパドールというらしい。

 そんな見た目不品行の生徒に、ヨウコは臆することなく近づくと。

 

「ユリ」

「ん?」

 

 声をかけると、その人物――ユリという女子は、アコーディオンを奏でる手を止めてヨウコを見た。

 

「何か用か?」

「ええと……」

 

 ユリに問われ、ヨウコは持っていた袋を掲げる。

 

「その、戦車道で世話になってるから……そのお礼」

「え?」

 

 アコーディオンを傍らに置き、ユリはやおら立ち上がる。ただ、表情は興味深そうというより驚きに近い。急に贈り物なんて迷惑だったかと思ったけれど、それでも感謝しているのは確かだ。ゆえに、臆さずに袋を渡す。

 受け取ったユリは、その中身を慎重に取り出して、全貌が明らかになると表情をほころばせた。

 

「おお、キーホルダーか。いいな」

「それで、その……」

「ああ、勿論受け取る。ありがとな」

 

 あっけらかんと笑うユリ。

 主に髪型で誤解されやすいユリだが、その実とてもいい先輩だとヨウコは思っている。選択科目で履修している戦車道でも、ユリは隊をまとめる副隊長のような立場だし、気さくで面倒見もいい。あまり人と話すのが苦手なヨウコにとっても、アドバイスを何度か貰っているぐらいには親しみやすかった。

 

「しかし、中々高そうだなこれ」

 

 ユリは、手の中にあるアコーディオンのキーホルダーをまじまじと見ている。ヨウコは、先ほどの店で見た値札を思い出す。

 

「そこまででもないよ。1000円しないぐらい」

「でもそこそこはするな。これは、大切にしなきゃだな」

 

 取り出すときよりも慎重な手つきで、ユリはキーホルダーを袋に戻す。

 

「ってことは、町へ行ったのか。迷子にならなかったか?」

「いや、そうはならなかったけど……」

 

 嘘ではない、と思う。あくまで自分は地図上で目的の店が見つけられなかっただけだ。迷子になったわけではない。

 だからこそ、あの時リューリが声をかけてくれたのは本当によかったと思う。でなければ、本当に店を探し求めて迷子になっていたことだろう。

 初めて声をかけられたことへの緊張と、自らの意地で、最初はつい手助けを拒んでしまった。けれど、リューリの気遣いに助けられた。

 

「じゃ、休み明けの戦車道もビシバシ鍛えてやるからな。覚悟しとけよ?」

「しとく」

 

 にやりと笑って、ユリは再び丸太に腰掛けて、アコーディオンに手を伸ばす。

 ユリは、感謝されて嬉しいのと同時に、頼ってもらえるからこそそれに応えようとしているわけだ。発破をかけたのはヨウコなので、それに水を差す真似はしない。素直に頷く。

 ともかく、ユリはヨウコのプレゼントを喜んでくれたわけだ。

 先日クラスメイトが話していた、オシャレな小物屋があるという話。それを偶然耳にしたヨウコは、世話になっているユリに何か贈りたいと思い立って今日行動を起こしたのだ。その結果があの反応であれば後悔はない。

 だからなおのこと、リューリには感謝している。彼が導いてくれたから、目的は達せられたのだから。

 そして、そんなリューリに対する自分の態度は相応のものだったか、と疑わしいところもある。道案内をしてくれたことにお礼は一応伝えたし、昼食も奢った。けれど、その間に会話らしい会話は全くと言っていいほどなかったし、その時も素っ気ない態度を取ってしまったと思う。お礼をしたつもりが、逆にリューリを委縮させてしまった気がしてならない。

 

(……もう一度、ちゃんと話した方がいいのかな)

 

 アコーディオンの音色に耳を傾けつつ、考える。

 リューリとは同じクラスだ。だから休み明けに、改めてリューリにきちんとお礼の言葉を伝えたい。そして、お礼をする立場として至らない態度を取ったことも詫びたい。

 被っている帽子を少しだけ上に上げて、空を見上げる。雲の合間から、ほんの少し青空が顔を覗かせていた。




どうもこんばんは。
ここまで読んでくださりありがとうございます。

今回は、最終章より登場した継続高校の白い魔女・ヨウコのお話です。
感想・指摘等がございましたらお気軽にどうぞ。

最後までお付き合いいただければ幸いでございますので、何卒よろしくお願いいたします。
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