作:プロッター

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第11話∶再出発

 朝の準備を終え、部屋を出たリューリは夏空をぼんやりと見上げる。

 

「……はー」

 

 自然豊かな学園艦だからこそ、吸い込む空気はどことなく陸のそれとは違う。澄んだ空気を噛み締めながら、昨日のことが頭をよぎる。

 自分は晴れて、ヨウコと恋人同士になれた。それは事実のはずだが、心のどこかで、これは自分が見ている都合の良い夢では、などと益体もないことを考えてしまっているのだ。

 夢ならば醒めないでほしい。

 それでも、目覚まし時計の音に叩き起こされ、今こうして登校している。感じる風も、陽の光も、全てが現実の証左なのだが、実感は持てない。

 

「あ、おはよ」

 

 森を抜けてすぐに、ヨウコに遭遇した。

 記憶している限りでは、リューリはいつも通りの時間に部屋を出たはずだ。昨日のことに浮かれて、日常のあれこれをおろそかにしないように、いつも通りにするべきだと意識していたから。

 そして今まで、リューリが登校途中でヨウコに会うことはなかった。だから余計に驚いたのだ。

 それよりも。

 

「……ああ、おはよう」

 

 何でもない風を装って挨拶をする。

 ヨウコの姿を認めた途端に、陽の光のせいではない輝きを見た気がする。何より、心の中が温かくなって、思わず表情が緩みかけた。それは明らかに変人の振舞なので、不自然にならない程度の笑顔を浮かべられるよう、表情筋に命令を下す。

 そして当然の如く、同じ方向へ、学校へと歩き出す。言葉を交わさずとも、ここで出会ったら一緒に登校するのが筋というものだろう。たとえ、自分たちが付き合っていなかったとしても、友達ならそうする。

 

「珍しいな、こんな時間に会うなんて」

 

 歩きながら話を持ち出してみる。偶然か否かはともかくとして、それは気になった。

 

「……ちょっと、気分を変えたくて。昨日のこともあるし」

 

 そしてヨウコの返事は、純朴であり、また女の子らしく照れながらのものだった。平静を保とうとしたリューリの心は、あえなく激しく跳ねている。

 

「……正直、昨日のことは夢か何かじゃないかと思ってた」

 

 口から言葉がするりと流れ出る。今なら、素直に思った気持ちを伝えても、聞いているのはヨウコだけだ。

 

「だけど、やっぱり嬉しい。またこうして、ヨウコと一緒にいることが」

 

 我ながら気障ったらしいセリフだと思う。だけど、今の関係ならこれぐらい言っても愛嬌で済むだろう。事実、ヨウコもとやかく言ったりはせず、顔を赤くして前を見据えているだけだ。

 

「……ひとつだけ、リューリに守ってほしいことがある」

「?」

 

 前置いたヨウコの言葉に、リューリは眉を顰めた。改まってどうしたのだろう。やはり、先ほどみたいなセリフは気持ちが悪かったのか。

 

「あまり学校では、その……さっきみたいなこと言ったりするのは、やめてほしいなって」

「ああ、それは……うん」

 

 リューリ自身、先の言葉を人前で言おうものなら、穴を掘って入りたくなるほどに恥ずかしくなる。ヨウコと一対一でなければ、あんなセリフは死んでも言えない。

 

「それなら、学校では俺たちの関係は伏せておこうか。今まで通り友達、ってことで」

「?」

「ヨウコ、あまり注目されたり、ひそひそされたりするの嫌だろ?」

 

 自分たちがクラスでどう見られているのかは知らない。だが、少なくともヨウコに関しては、その雰囲気で注目を集めている存在だ。それに、最近はクラスメイトとも交流が増えつつある。

 故に、噂が立ちやすいし、色々と陰で何か言われるかもしれない。そんな折に、リューリと付き合い始めたなんて噂が立ったら、それらも濃度が増すだろう。それはリューリ自身嫌だし、ヨウコにとっても良いことではないのはよく分かった。

 

「……それは、ありがたいよ」

「じゃあ、そういうことで」

「でも」

 

 方針が決まったと思ったが、ヨウコは付け足してきた。過保護すぎたかと思ったが、どうもそうではないらしい。

 

「……あまりリューリと一緒にいられないのは、少し嫌かなって」

 

 寂しそうな言葉に、今日二度目のときめきを抱かざるを得ない。

 どうやら本当に、自分はヨウコと付き合っているようだ。もう夢見心地なんかじゃない。

 

「おお、2人ともおはよう」

 

 そして学校が近づいたところで、サイマと遭遇した。リューリもヨウコも、極力いつも通りに挨拶をする。

 

「……んん?」

 

 だが、何かに気づいたようにサイマは訝しむような顔でこちらを見る。主に、リューリの方を。

 

「……なんだよ」

「いいや、なんか今日は機嫌が良さそうだなって。というか、2人揃って登校なんて珍し――」

 

 そこまで言ったところで、何かに気づいたようにサイマの表情が変わった。頭の上に電球が閃いたのを幻視する。

 

「あー、ごめーん。ちょっと先生に呼び出されてたんだった〜。というわけでお先に〜」

 

 そして、そそくさと小走りに学校へと駆けていった。

 

「……気づかれたね」

「ああ、完全にな……」

 

 後に残されたヨウコと言葉を交わす。そう言えば、サイマはアリと恋仲にあった。色恋の沙汰について気づきやすくてもおかしくない。

 まあ、サイマなら自分たちの関係を下手に吹聴することはないだろう、と結論付けて学校へと向かうことにした。

 どこかから、蝉の鳴き声が聞こえる。太陽は頭上で燦々と輝いている。

 自分の荷物の重みを感じながら、季節の変化を感じると同時、今日の授業は大丈夫だろうかと少し不安になった。

 

◆ ◇ ◇ ◇

 

 夏になると、プール授業が始まる。

 学校によっては、プールそのものがないこともあるらしい。ただ、中学・高校は海を行く学園艦の上にあり、万が一の際に備えて最低限の練習をする学校もある。

 継続高校も、そのひとつだ。しかしながら、専用のプールという上等なものはない。

 ではどうするのか。

 

「いや、これは結構面白そうだな」

「まったくだよなぁ」

 

 授業用の水着に着替えたリューリとサイマは、見慣れた湖を眺めながら呟く。

 継続高校の水泳の授業は、学園艦の森の中にある湖で行われるのだ。これを聞いたときは驚いたと同時、楽しみな気もした。小学校・中学校は、学校の敷地内に設えられたプールで授業だったから、森の中という自然のど真ん中、校舎の外で泳ぐというのは相応に解放感がある。大きく言えば学園艦も学校の敷地にあたるのだが、それは黙っておく。

 それはさておき。

 

「ちょっと男子~! こっち見過ぎ!」

「見せもんじゃないぞ、散れ散れ!」

 

 女子たちの声が後ろから聞こえてきた。

 制服から水着に着替えたのは近くにある更衣室だ。湖畔に数多くあるサウナを楽しむ際に、着替えるために普段から使われている。勿論、男子用と女子用は分かれているし、距離も離れている。

 そして、女性陣が湖に近づいた途端、男子たちの視線が俄にそちらへ流れ始めた。健全な男子高校生、さらに高校初めての水泳授業。体操着とも違う姿に、興味を示すのは致し方ないというものだろう。

 だが、リューリは分かっていた。そしてサイマもきっと、気づいている。

 

「……」

 

 他の男子のようにガン見したりはせず、女子たちの様子を窺う。

 その中で、女子の陰に隠れるヨウコ。水泳授業だから、当然彼女も授業用の水着を着ている。そして肝心なのは、体操着よりも露出度が高いために、雪のように白い肌がより外気に晒されているし、クリーム色の髪を覆うものもほとんどない。

 故に、ヨウコは女性陣の中でも、特に男子から好機の目線を向けられていた。

 だが、こういう時に女子たちは強固な結束力を示すものらしい。そんなヨウコを守るように、身体を張ってバリケードを作っていた。おかげで男子たちは女子に注意されると、だってもあさってもなくすごすごと引き下がる。こんなところで女子たちの顰蹙を買って好感度を下げるのは、望むところではないのだろう。

 そんな女子たちの頑張りもあってか、好機の視線は向けられても、心無い言葉をヨウコに向ける輩はいなかったかつて、ヨウコは自分の髪のことを男子に揶揄われて傷ついたという。おおらかな継続高校で本当によかったと、リューリは思った。ただ一方で、ヨウコが他の男子の視線にさらされると、少し胸が詰まるような感覚にもなる。嫉妬とはなんと醜いことか。

 

「よーし、全員揃ったなー?」

 

 ざわめきながらも、教師が仕切りだしたことで、その場は閑話休題となった。

 

 水泳の授業は、初級・中級・上級とそれぞれのレベルに合った課題をこなすことになる。運動神経がいいとは言えないリューリは、中学の時を思い出し、ひとまずは初級の課題に取り組んでみた。だが、思いのほか普通にこなせてしまったので、頃合いを見て中級にしようと思案する。

 とはいえ、今日は水泳授業初日。学校側としては、まずは水に慣れることを目的としているようで、課題を一通り終えたらあとは自由時間となった。

 

「これ、結構イイな……」

「分かる……」

 

 そんな中、リューリとサイマは低い語彙力で言葉を交わす。自然豊かな森の中、湖で仰向けに浮かび、空を見上げる。マイナスイオンを全身で感じつつ、陽の光を浴び、非常にゆっくりな時間が流れていた。

 しかし、ここまで静的な楽しみ方をするのは少数派らしい。少し離れた場所からは、誰のものか知らないがバシャバシャと泳ぐ音や、キャッキャと浮かれた声が聞こえる。

 

「アレだよね。ヨウコって、結構ポテンシャル高かったんだね」

「ポテンシャル?」

「水泳とか、その他もろもろ」

 

 不意に話しかけてきたサイマ。それが水泳の才能を指しているだけでないと、リューリも気づいている。

 確かに、ヨウコは水泳の課題で中級を選んでいた。何より、その肌や髪の色で注目を集めやすいし、しかも水着ということでそのスタイルの良さが判明したわけだ。

 それらの要素に加えて、律儀で真面目な性格なのも知っているリューリは、サイマの言に賛成しようとする。けれど、それはヨウコを形作る要素の中で、下世話な部分も肯定する気がしてならないから素直に頷けない。

 

「でも残念だったねぇ、みんな。特に男子」

「え?」

 

 顔を見ずともにやにや笑っているのが分かる口調。いったん体勢を立ち泳ぎ状態に戻して、そちらを見る。

 

「もうヨウコはリューリと仲良くなってるんだから。お近づきになろうなんてとてもとても」

「それ以上余計なこと言うと口を縫い合わすぞ」

 

 自分がヨウコと付き合っているとは、誰にも言っていない。ヨウコ本人の意向もあってのことだ。

 だがサイマは、今朝のこともあって感づいている。その上で揶揄ってくるのだ。実にやりにくい。

 そして、「お近づきになろうと」という部分には、リューリも悔しいが認めざるを得ない。ついさっきだって、ヨウコは優雅な泳ぎを見せた結果、女子たちから褒めそやされていたし、男子どもも隙あらばとヨウコに接近していた。

 クラスメイトと打ち解けていくのは、かつてのスタイルを知っているリューリからすれば嬉しいものだ。けれどサイマの言う通り、雰囲気が柔らかくなったらなったでヨウコに男子が近づいているのを見るのは、自分勝手な話だが残念でもある。自分は意外と、嫉妬心というか独占欲が強いのかもしれない。

 そんなことを思っていると、サイマもまた態勢を変えて平泳ぎを始めた。そして、リューリから離れようとする。

 

「……なーんか、もう少し泳ぎたい気分になっちゃった」

「ああ、分かった」

 

 どういう気の変化かは知らない。けれど、今日はもうあまり泳ぎたくないリューリは、もう一度仰向けに浮かぼうとした。

 

「リューリ」

「わぁ!?」

 

 背後から声を掛けられて、間抜けな声が出る。

 心臓が嫌に脈動するのを感じながら振り返ると、そこにはヨウコがいた。さっきまで音も気配もなかったのに、まるで魚雷のような静かさだ。自分が艦だったら間違いなく撃沈している。

 

「ど、どうした……?」

「どうしてだか、みんなに話しかけられたり見られたりするから、ちょっと避難しようと……」

 

 ヨウコは未だ、自分の容姿――特に髪や肌の色について、自信が持てないらしい。クラスメイトの大半が気にしているのはそこではないのだが、それは言っても仕方ないだろう。

 だが、「避難」と聞いたところで、リューリは嫌な予感がして周りを見る。

 確認するのは、クラスメイトたちの方。よく目を凝らしてみると、男子たちはなぜか恨みがましい目でこちらを見ていた。逆に女子たちは、こちらを見ては微笑ましそうに、嬉しそうに、面白そうに何らかを話している。

 

「……あのな、ヨウコ」

「?」

 

 そこで声を潜めて、ヨウコに話しかける。事態の深刻さに気付いていないのか、ヨウコはきょとんとしていた。

 なるたけ他のクラスメイトと距離を置こうと、近くの岸を指さして、そちらへ行こうと提案する。

 

「今、このあたりには俺しかいない。そして、ヨウコは……まぁ、ちょっと落ち着きたくてみんなから距離を取ったんだろ?」

「そうだけど……」

 

 泳ぎながら説明する。

 しかしこれでもまだ気づかないらしく、リューリは意を決して話すことにした。

 

「……それで俺のところに来るってことは、俺が友達もしくはそれ以上の関係だって、周りに教えてるようなもんだぞ」

 

 人目に晒されて、落ち着きたくて一人になりたいならまだわかる。けれど、それでリューリの元へ来たということは、リューリと一緒にいた方が落ち着くという意味と捉えられかねない。というか実際、クラスメイトのほとんどはそう思っている。

 普段から昼食を何度か共にしているから、リューリとヨウコがそれなりに親しいのは恐らくバレているだろう。思春期の男子高校生は何かとそういう話題に敏感で、勘繰りやすい。そして女子はその手の話題には聡明で、隠すことは難しい。そんな印象が強い。

 だからこそ、このリューリとヨウコの状況もまた、勘の鋭い人は気づくだろう。

 

「……あ」

 

 ヨウコも事の次第に気づいたらしく、みるみる赤くなっていった。そして岸辺に上がると、顔を隠すように体育座りになってしまう。

 なんにせよ、気づかれるのは時間の問題だな、と考える。関係は隠して、と決めてから半日足らずでこの有様だ。

 

◇ ◆ ◇ ◇

 

「お、愛しの彼女はいいのかい?」

 

 昼休みにペサパッロに参加したら、サイマから開口一番にそう言われた。しかも周りを気遣ってか、アリを含め他の参加者が周りにいないタイミングでこれである。

 

「戦車道のみんなと話があるんだと。俺はお呼びじゃない」

「ありゃりゃ。それは残念だね」

 

 ニコニコと人を小ばかにするような笑顔に、こめかみがひくつくのを自覚する。

 そろそろ一矢報いたくなってきた。

 

「よーし、それじゃチーム分けしよっか!」

 

 アリが告げると、じゃんけんでチームが分かれる。ペサパッロは毎日昼休みにやっているようだが、チーム分けはその日毎による。そしてこの日、アリとサイマは別のチームになった。

 

「ありゃー」

「仕方ない。今日は敵同士ってことで」

 

 残念そうなアリに対し、快活に話すサイマ。

 仕掛けるならここだなと、リューリは思った。

 

「残念だったな」

「何が?」

「愛しのアリと一緒のチームじゃなくて」

 

 持っていたバットを落とすサイマ。ここまで動揺するのは初めて見る気がした。

 

「な、何のことやら――」

「森の中、告白、からのハグ」

「おいいいい!」

 

 告白シーンを断片的に伝えたところ、昼休みの校庭にサイマの叫び声が響く。こいつこんな声出すのか、とリューリはぽやんと考える。

 周りにいた生徒たちが、アリまでもが何事かとこちらを振り向くが、サイマは「何でもないよー」と苦し紛れの言い訳をする。それで他の生徒たちは納得したらしく、各々それぞれの時間に戻っていく。

 そしてサイマはというと。

 

「その件については他言無用、いいね?」

「分かってる。掴んでるのは俺とヨウコだけだ」

「……ヨウコまで?」

「ああ」

 

 信じられないものを見る目で見るサイマ。

 サイマとしては、今の今までずっと隠していたつもりらしい。実際、2人が付き合っているのでは? という話は全くなかった。クラスが違うのもあるだろうし、リューリも告白の場面を目にするまでは「2人とも仲いいな」ぐらいにしか見えなかったものだから。

 

「まあ、ヨウコも人に言いふらしたりはしないだろうから。そこは安心していいと思う」

「うん……」

 

 どうやら、自分たちが付き合っているのを他人に知られることを恐れているらしいサイマ。

 

「何だ、人に知られるのがそんなに嫌か?」

「嫌というか、そういうのは隠しておいた方が色々やりやすいと思って。誰かに冷やかされたりするのとか、あんまり好きじゃないし」

「……俺のことは冷やかしてたのに?」

 

 疑わしいものを見る目で見てやると、視線を逸らすサイマ。まったくもって調子のいいやつだ。

 

「……まあ、バカにしたりはしないけど。そもそもどういう経緯で知り合ったんだ? お前たち」

「言ったろ? ペサパッロに誘われたんだよ。昼寝しようとしたところでね」

 

 サイマと仲良くなったばかりの頃は、昼休みに昼食以外でどうしているかは知らなかった。けれど、昼寝とはそれらしいような感じの時間の使い方だと思う。そして、アリに誘われたというのは、確かに聞いている。

 

「メンバーが足りないからって、声かけられて。最初はあんまり乗り気じゃなかったけど、やってみたら意外と楽しくてさ」

 

 バットを振る真似をするサイマ。何事にも、興味津々な前向きな気持ちで始めるよりも、あまり気が進まないでやると意外と性に合う、というのはよくある気がした。

 

「したら、アリが……」

 

――いいね、期待の新人って感じ!

――ね、また一緒にやろうよ!

 

「って、笑って誘われちゃってさ。それで、落ちたね」

「なるほど……分からんでもない」

 

 笑顔でそう言われて惚れてしまうのは、納得がいく。自分だって、ヨウコが笑って戦車道の話をしていたのを見て、好きになってしまったのだから。

 しかしそうなると、リューリが初めてアリと顔合わせをした時点で、サイマは惚れていたことになる。そんな素振りは全くなかったのに。

 

「アリもさ、楽しそうにプレイするんだよ。それを見てたら、ますます好きになっちゃって」

「分かる。やっぱり、何かに打ち込んでる人は好かれやすいからな」

 

 こうして、好きになった人を好きになった理由を聞いてみると、自分とサイマはよく似ていると思う。友達になったきっかけは最初の席が近かったからなのもあるが、こうして共通項があるからこそ、友達になれたのかもしれない。

 

「重ね重ね言うけど、このこと絶対他の奴には言わないでよ?」

「ああ、分かってる。こっちのことも言うなよ」

「……リューリたちは、もうバレてんじゃない? 主にさっきのプールの授業で」

「……そんな気はしてる」

 

 そして改めて、お互いの関係性については秘密を保持することを約束する。

 とはいえ、サイマの言う通り、プール授業のせいで薄々クラスメイト達は勘づいている。だからと言って、サイマたちのことを言いふらすつもりはなかった。

 

「ほらー、次サイマだよ!」

 

 そうして話している間に、打順が回ってきたらしい。

 呼ばれたサイマが立とうとすると。

 

「ほら、いいバッティング期待してるよ!」

 

 爽やかな笑顔で、アリから手を引っ張られるサイマ。

 愛されてるなあ、と一人残るリューリは思った。

 

◇ ◇ ◆ ◇

 

 惚れた腫れたの関係になって、勉学などが疎かにならないかと、リューリは心配していた。何せ、そういう関係になったことが一度もないせいで、どれだけ自分を御せるかが想像もつかないのだ。

 しかし、そうはならなかった。

 

「……ふー」

 

 4本の矢を皆中させ、一息つく。控えている生徒たちが拍手を送ってくれた。それを受けて、リューリはお辞儀をして道場を去る。

 

「先週はガタガタだったけど、今日はだいぶ安定していたな」

 

 小さく手を叩きながら、イルタが話しかけてきた。リューリはぺこりとお辞儀をし、隣に座る。

 

「何かいいことでもあったか?」

「まあ、ちょっと」

 

 「いい」どころではないのだが、仔細は話さないと決めている。

 先週は、ヨウコが戦車道で敗れてしまったのが悔しかった。そして、自分の告白に対するヨウコの「返事」も気になっていた。それが集中を乱してしまい、結果として矢がほとんど当たらなかったのだ。あんな状態で弓道に取り組む等、なんと不甲斐ないことか。

 だが、それらの問題に区切りがついた今は、穏やかな気分だった。あれこれ悩んだりせず、思考がクリアになったからだろう。そして、ヨウコと付き合うことになった以上、生半の気持ちではいられないと、無意識に自分に言い聞かせるようになったのもある。その結果、今日は再び皆中を決められた。

 

「しかし、この腕なら来年の大会には出られるかもなあ」

「……本当に?」

「ああ、皆中ないし3発ぐらい当てられたら、腕は十分ってのがうちの判断基準だし」

 

 最初は、ヨウコにふさわしくなれるように、集中してやろうと決めた弓道。結果として腕が上がり、それが高じて大会に出られるというのは嬉しい話だ。

 

「ちなみになんだが……リューリは、どこまで弓道続けようと思ってる?」

「……そうだねぇ」

 

 ふと問われる。それは、弓道に限らず何かしらに携わっていたら、一度は浮かぶ疑問だろう。

 自分にとっての目標。弓道をどこまで続けて、その先には何を見据えているのか。

 それについて、リューリは考えがないわけでもない。

 

 

「ちょっと、こんな高いとこから狙えるの……?」

 

 Ⅲ号突撃砲の中で、エルノがおろおろと声を出す。

 その気持ちは分かるし、ヨウコは今いる場所から狙うことについて、ほんのわずかながら不安はある。

 今いる場所は、学園艦の小高い山の中腹辺り。そして狙っているのは、相手側のT-34/76だ。

 

「装填完了、発砲準備オッケー!」

 

 サミの言葉にヨウコは小さくなずき、トリガーに指を掛ける。

 手筈通りなら、味方がフラッグ車のT-34/76を追い立てて、ヨウコが狙えるポイントまで誘導してくれるはずだ。

 やがてスコープに1両の戦車が映りこむ。即座に彼我の位置を計算し、相手の戦車の動きを予測して、引き金を引く。

 

「!」

 

 轟音が響き渡り、砲弾が放たれた。

 オレンジがかった白い軌跡は、数秒の後、T-34/76に命中、白旗が上がって擱座した。狙い通りだ。

 

「すごい!」

 

 ぱちぱちとトニが拍手をする。

 ヨウコは一息吐き、帽子を取って髪を少しだけ整えた。こんな長距離から狙ったのは初めてで緊張したのもあったため、少し汗で帽子の中が蒸れている。そして、仲間の前でなら帽子を脱いで髪を露にすることに、もう抵抗はない。みんなと何度かサウナに入ったことで、自分の中には安心感ができていた。

 

「でも、実戦でこれができないと意味がない」

 

 ヨウコが呟くと、エルノは「ストイックだねえ」と評す。

 練習でいくら遠くから当てられても、百発百中を成したとしても、実戦でそれができないと何の意味もない。練習自体も無意味とは言わないが、この腕を試合でも維持することが、今のヨウコの課題でもあった。事実、全国大会ではまさにそれで辛酸をなめたのだから。

 

「継続の白い魔女の今後に期待、だね」

「それ打ち切りマンガっぽくない?」

 

 サミとトニが好き勝手なことを言ってくれるが、嘆息するに留めておく。

 この戦車に乗り始めたばかりの頃は、ここまで雰囲気が和やかなものではなかった。というのも、戦車道においてキーになる砲手の自分が、不器用で口が上手くなかったからだろう。それでも、3人はヨウコのことを信じて、爪弾きにしたりせず、一緒に戦ってくれた。だから今も、ヨウコは戦車道を続けられている。

 

「……ありがとう」

 

 口の中で、そう告げる。トニは聞こえたのか、こちらを振り向いてきたが、ヨウコは笑って首を横に振った。なんでもないよ、と。

 そして、「今後」という言葉を聞いてヨウコはふと少しばかり考える。

 自分はこれから先、どこまでこの「戦車道」を続けるのかな、と。

 

◇ ◇ ◇ ◆

 

 その日の晩、リューリはいつものように調理場で夕食を作っていた。この時期、自然豊かな学園艦は虫が近寄りやすいので、足元には支給された蚊取り線香を点けている。

 そして今、いつも通りではないものはもうひとつあった。

 

「スープできたよ」

「お、ありがとう」

 

 隣の五徳でスープを作るヨウコ。リューリは、フライパンで焼いたサーモンを、フライ返しで器用に皿の上に載せた。

 夕食を一緒に作って食べよう、と決めたのはついさっきだ。学校帰りに偶然会って、「夕飯どうしようかな」とリューリが呟いたのがきっかけである。「一緒に」となるまで、そこまで時間はかからなかった。そしてお互いスープと主菜をそれぞれ一品ずつ作る、ということになった。結果、今日のメニューは野菜スープとサーモンのムニエルである。

 

「「いただきます」」

 

 完成すると、テーブルに向かい合って座り、手を合わせる。こうして夕食を共にするのは、全国大会前のカレーの時以来だ。

 

「……スープ、美味しい」

「ありがとう」

 

 だが、前と違うのは、会話があることだ。

 まずリューリが最初にスープを一口飲んで、自然とそう零す。ヨウコは微笑んで、お礼を言ってくれた。おにぎりの時もそうだったが、一見簡単そうな料理でもヨウコが作ったものは美味しく感じる。

 

「あ、サーモンはちゃんと火、通ってる?」

「大丈夫。美味しいよ」

 

 より心配なのは、自分が作ったムニエルの方だ。魚は火の通しが甘いと大惨事を引き起こすため、細心の注意を払って料理したつもりだ。そしてそれが功を奏したか、ヨウコからの評価は上々だった。

 

「……なんだか、不思議な感覚」

 

 半分程食べ進めたところで、徐にヨウコが言葉を発する。リューリも食べる手を止める。

 

「こうして、男子と2人でご飯を食べるってこと、あんまりなかったし」

「……まあ、確かに」

「……付き合うこと自体、初めてだし」

「……同じく」

 

 一緒に食事をするのは、学食で何度も経験していたし、ここでカレーを食べたことがある。

 だが、関係が変わった今は、行動そのものが同じでも全く違う感じがする。現在進行形で感じているからこそ、リューリにもよく分かった。

 

「……聞いておきたいんだけどさ」

「?」

 

 今度は明確に、リューリに問いかけてきた。ムニエルを切ろうとしたナイフを、また元に戻す。

 

「リューリって、好きな食べ物とかある?」

「え、そうだな……何が好き、って尖ったものはないかな」

 

 唐突な質問だったが、難しくも答えにくくもない。食べたことのない珍味とか、およそ人が食べるものではないとされる食材を除けば、出された料理は基本的に全部食べるタイプだ。好物に関しても、何が一番好きと聞かれると、ちょっと悩んでしまう。

 答えると、ヨウコは少しだけ小首を傾げる。

 

「そっか……ちょっと、難しいな」

「え、何で……?」

 

 面白い答えではなかったが、その反応は流石に予想できないし、こちらとしても二の句が継げない。

 だが、ヨウコはこちらをちらと見て。

 

「……リューリが好きなもの、作れるようになりたいから。まだ、おにぎりとスープしか作れていないし」

 

 身体の芯が熱くなった。絶対に、さっき飲んだスープのせいではない。

 どうやらヨウコの中では、今後リューリにはもっとたくさんの料理を振舞いたいと思っているらしい。そこまで、自分のことを好いていてくれるのか。

 そして、それを実感したところで、思うことがある。

 

「……思いついたかも、好きな料理」

「え?」

 

 こちらをこんな気持ちにさせたのだ。こう返しても文句は言えまい。半分期待するような顔のヨウコに向かって、言ってやる。

 

「ヨウコが作る料理」

 

 自分のために作りたいと思って作ってくれる料理が、嫌いになるはずがない。それがリューリにとっての好きな料理だ。

 だけど案の定、お互い恥ずかしくて顔が熱くなった。照れ隠しで食べるムニエルもスープも、ほとんど味が分からなくなる。

 それでも、食べ終えるとお互いに笑顔になっているのだから、何とも不思議な感覚だ。

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