季節が流れて、冬になった。
春から秋にかけての継続高校は、水泳の授業が艦上の湖で行われたり、紅葉などで木々の色が変わる点を除けば、至っていつも通りだ。
しかし、冬は継続高校の本領を発揮する時季となる。この季節に継続高校学園艦は、北方の海を航行することが多く、雪も降りやすい。そしてフィンランドの環境を参考にしているため、冬になればクリスマスの雰囲気が色濃くなる。校舎近辺にある通りでは、生徒主体のクリスマスマーケットが開催され、手作りのアクセサリーや軽食が販売されるのだ。普段は貧乏だの何だのと言われているが、この時期だけは華やかな雰囲気に包まれる。
「ほい、シナモンロール買ってきたぞ」
「ありがとう」
雪がしんしんと降る中、リューリは森を歩きながら紙袋を掲げる。その先にある東屋では、ヨウコが携行ガスコンロでお湯を沸かしているところだった。
「さぶさぶ」
「もうすぐコーヒーできるよ」
「悪いな」
「ううん、気にしないで」
椅子に座り、少しでも暖を取ろうとガスコンロに手をかざす。掌がじんわりと温かくなった。その様子を見て、ヨウコはコーヒーの粉をマグカップに入れながら話しかけてくる。
「落ち着いたら、後でサウナに行く?」
「そりゃいい。これだけ寒いとなあ」
年がら年中継続の生徒に人気のサウナだが、冬場は輪をかけて人気が増す。今日みたいな寒い日に暖を取るのはもちろんだが、今はクリスマスマーケットの開催中。訪れた観光客が、継続名物のサウナを楽しむのもあり、夏場のように予約なしでスムーズに、などとはいかない。
かといって、1年足らずですっかり継続の空気に染まってしまったリューリとヨウコ。寒い日にはサウナに入る、と言う選択肢は当然のように出来上がっている。なので、もう少し時間が経ち、人手がなどが落ち着いた夜に入りに行くことにした。
「……変わったなあ」
マグカップにお湯を注ぐヨウコを見て、感慨深くなる。
ヨウコの方からサウナに一緒に、なんて誘ってきたのは半年ぐらい前、ただの一度きりだった。それが今や、週に1~2回は一緒にサウナに入る仲になっている。自分でもこんな頻度でサウナに入ることになるとは思わなかったし、ましてやヨウコと2人で、など夢にも思っていなかった。
「それじゃ、いただこう」
「うん」
コーヒーを淹れてくれたことに礼を言ってから、買ってきたシナモンロールを皿に移す。それから手を合わせて、ささやかなクリスマスの一時が始まった。
「……」
と言うのに、ヨウコはどこか表情が冴えない。
気になったので、リューリはシナモンロールを齧るのを止めて、聞いてみた。
「何か、気になることでも?」
「……戦車道のことで」
「ああ、それか」
最近のことを考えると、至極真っ当な悩みだった。
季節が秋から冬になる時期に、戦車道の冬季無限軌道杯なる大会が開催された。なんでも、戦車道の人気上昇を受けて20年ぶりに復活したらしく、継続高校も参戦した。
そしてヨウコは、先日行われた2回戦に参加していたのだ。相手は、戦車道四強校のひとつであるサンダース大附属高校という。一応、ヨウコが歩んでいるという理由で、戦車道については浅くても知識を積んでいたが、それでも実際の選手と比べたらまだまだだ。サンダース大附属に関しての具体的な知識はない。
そして、そのサンダースとの試合で、ヨウコは敵フラッグ車を遠距離射撃で見事に撃ち抜き、フィニッシャーとなったのだ。
リューリは試合会場にいなかったため、その瞬間には立ち会えなかった。けれど、その話を後で聞いたときは、両手を挙げて喜んだ。拙いタップダンスを踊り出すほど、嬉しかった。だって、一時ヨウコの心を挫いた黒森峰戦の屈辱を晴らしたのだから。
「次は準決勝か。相手は強いんだっけ」
「うん、大洗女子学園。今年の全国大会の優勝校」
「強そうだな……」
シナモンロールを一口齧る。甘い香りと味が口の中で広がっていく。レベルの高い全国大会のさらに上澄み、優勝校が相手となれば、一筋縄ではいかないはずだ。
そしてどうやら、一部のメンバーは、夏の終わりに北海道で開催された、大学選抜チームとの
とはいえ、気になるのは過去より今だ。
「対策とかは……」
「一応、大まかな作戦は。だけど、大洗はウチみたいに戦い方が特殊だから、状況に応じて作戦は変えていくって感じ」
「ほー……」
「……で、後は『冬らしいことをして過ごそう』って、隊長のミカが言い出して、スキーとか雪だるま作りとかした」
「それは練習なのか……?」
中学校から続く学園艦暮らしでも、今のように雪が降り積もることはほとんどない。それについてテンションが上がっているのはリューリもだが、大事な試合(のはず)前にスノーレジャーを楽しむとは、それにも何かの意味があるのだろうか。
とはいえ、隊長のミカに関しては、リューリも一度だけ話をしたことがある。そしてその時も、掴みどころのない雰囲気ながら、核心を突く言葉を受け取った。きっと、本当に何かの考えがあるのだろう。
コーヒーを一口飲むと、ほろ苦い味で口の中が支配されて、意識が切り替えられる。
「……ヨウコは、どうなんだ? 試合に向けて」
「……実力はついてきてるって実感はある。けど、やっぱり緊張はするかな」
2回戦で敵フラッグ車を撃破し、フィニッシャーとなったヨウコだ。黒森峰の時のように、緊張で狙いを外すこともなくなっている。実力は申し分ないと言えるだろう。
それでも、生来の性格故に、試合前に緊張してしまうのは変わらないらしい。それについて、リューリはむしろ安心していた。「まったく緊張していない」とか言われたら、逆に疑ってしまったところだ。
コーヒーのマグカップを両手で持つヨウコ。寒さだけでなく、自分の中にある不安を和らげようとしているかのようだった。
「じゃあそんなヨウコに、緊張がほぐれるようなプレゼントを贈ろう」
「?」
そんな彼女を見て、何かしてあげたいと思う気持ちが強まる。
だから、ポケットの中に仕舞っていた小さな紙袋を取り出した。
「メリークリスマス」
言葉の通り、クリスマスプレゼントとして買ったもの。それで緊張がほぐれるかどうかは知れない。でも、何も贈らずにはいられなかった。
「……ありがとう」
はにかみながら、ヨウコはそれを受け取る。
そして中身を取り出すと。
「あ、可愛い」
ぽつりと言ってくれた。
贈り物の正体は、先ほどクリスマスマーケットで買ってきたブローチだ。毎年このマーケットのために準備しているという、学園艦在住の老人が作ったもの。丸いフォルムの白い鳥、円らな黒い瞳に、男のリューリもつい微笑んでしまう可愛さだった。
そして、白という色で、真っ先にヨウコを思い浮かべて、プレゼントしようと決めた。正直、値段は多少張ったけれど、このヨウコの反応が見られればお釣りは十二分と言える。
「じゃあ、私からも」
「え」
「メリークリスマス、リューリ」
そう言って、ヨウコが差し出してきたのは小さな紙袋。と言うか、たった今リューリが差し出したのと同じサイズ、同じ色だ。
まさかと思いながらも、袋の中身を確かめる。
「カラスか」
黒い鳥と太い嘴から、そうだと直感する。
だが、奇妙なことにそのカラスは足が3本あった。
「……作っている人が言うには、ヤタガラスって神話の鳥みたい。神様の導きの鳥なんだって」
「……もしかしてこれって、白いヒゲのおじいさんの出店で買った?」
「え、じゃあリューリも?」
「うん」
動物モチーフで、材質が同じ、袋も同じ。やはり、思った通りだ。どうやら自分たちは、同じ店で、別々のタイミングで、お互いのためにプレゼントを買っていた。その事実に、どちらからともなく吹き出す。そういえば、出店のラインナップは動物系メインだったが中でも鳥が多かった。多分、あの爺さんは鳥が好きなんだろう。
ひとしきり笑ったところで、ヨウコが話し出す。
「デザインが気になって、それを聞いたら、リューリにぴったりだなって思った」
「なんで?」
「私が迷っている時や、立ち止まった時……リューリは、私が道を間違えないように、導いてくれたから」
雪が今なお降っているというのに、身体の芯が熱くなってきた。
町で迷っていた時も、戦車道のことで悩んでいた時も、自分の無力さに打ちひしがれていた時も。
リューリは手を差し出してくれた。背中を押してくれた。
その自覚はリューリにとっても少し薄いが、ヨウコにとっては、導き手のようなもの。標のようなものだということなのか。
「……ありがとうな」
マグカップを持つ手が震えてしまう。それは寒さではない、嬉しさによるものだ。
「……逆にこっちが申し訳ないよ。俺なんて、その鳥はヨウコに似合いそうだなって直感で思っただけで」
「それでも、十分私も嬉しい。ありがとう」
ニコッと笑うヨウコ。
短く息を吐いて、そろそろおさまりがつかなくなりそうな自分の中の感情を落ち着かせた。
「……戦車道の試合、頑張れそうか?」
「うん。試合には、これを付けていくよ。リューリのことを思い出せるように」
そうしてヨウコは、ゆっくりとマグカップをリューリに向けて掲げる。意味を理解して、リューリも同じようにマグカップを掲げると、こつんと軽くぶつけて、お互いにコーヒーを飲む。
クリスマスはまだ長い。
◆ ◇
大洗女子学園との試合会場は、雪山エリアに決まった。村やダム湖、山やスキー場があるこの会場は、継続高校にとっては絶好の場所だ。天気も曇りから雪の予報と、アドバンテージは継続側にあると言える。そんな中で、大洗女子学園との試合は始まった。
当初の作戦通り、まずは機動力を生かした得意のゲリラ戦で、大洗チームを山間にある村へと誘導。そこからT-26と、隊長車でありフラッグ車でもあるミカのBT-42で示威行動に出る。それから大洗の大半の車両を村から引き離したところで、予め村の雪だるまに偽装させたT-26で一気にフラッグ車を攻め立てた。
けれど、流石は全国大会優勝校。この作戦は、最初こそ成功したように見えたが、伏兵のT-26と、フラッグ車の護衛だったT-26が撃破され、継続高校側は早くも6両損失となってしまった。
「ヨウコ、準備して」
「分かった」
通信手のエルノから状況を聞き、ヨウコは愛機のⅢ号突撃砲に身を滑り込ませる。
ヨウコたちがいるのは、本隊から離れた山の中腹。木がほとんどない開けた場所で、麓を俯瞰できる。見つかる可能性は上がるが、こちらも冬仕様の装備とカラーリングである程度カモフラージュはしていた。
ここから狙うのは。
『ヨウコ』
ミカの声で通信が入った。カンテレの音色ではない。
『副隊長車とフラッグ車が向かってる』
「どっちを撃つ?」
『副隊長車を頼むよ』
万全のコンディションなら、この距離で敵戦車を撃ち抜くのはヨウコにとって造作もない。学園館での模擬戦で何度も経験していた。後はどの的を撃つかだが、意外にもミカは副隊長車を指名した。フラッグ戦だから、フラッグ車を撃てば試合はすぐ終わるのだが。
「フラッグ車じゃなくていいの?」
『まだ試合は始まったばかりだ。ここですぐに決着をつけても、お互いのためにはならない』
ミカの言い分は分かる。すぐに決着をつけるよりも、全国大会の優勝校である大洗との試合を経て、決勝戦のために経験値を上げるのも良いだろう。
だが、今は試合中だ。数の上ではまだ継続が有利とは言え、試合が長引けば逆転される可能性も十分ありうる。経験値よりも、勝利を優先すべきだとヨウコは思った。
『それに向こうは、知波単のみんなと戦った時、あんこうチームが執拗に狙われたのを理解している。つまり、あんこうチームを失った時の戦い方もある程度は考えているだろう』
「だったら……」
あんこうチームとは、大洗女子学園の副隊長車・Ⅳ号戦車だ。全国大会では隊長車だったが、この無限軌道杯ではどういうわけか副隊長車になっている。だが、その腕は大洗随一で、チームの核、司令塔ともいえた。
やはり、そのあんこうチームを倒したとしても、残りのメンバーがそれを想定していたのなら、それこそ試合を長引かせるのはリスキーな気もする。
『そんな彼女たちの戦い方を見て、みんなには成長してほしい』
普段とは違う、ミカの言葉遣い。迂遠なモノや、哲学的なそれとは違った。ミカ自身の願いとも言えるようなものが垣間見えた気がする。この通信を聞いているであろう、トニやエルノ、サミも、それに気づいたようで、お互い顔を見合わせていた。
『安全で確実な道を選ぶだけでは、本当の意味で人は成長しない』
重みを感じた。
理屈も何もない、まるで、実体験のようなセリフ。
だけどヨウコは、反論しようと言う気はなくなっていた。
「……分かった」
だからヨウコは、頷く。
季節が冬になったことで、戦車の中もかなり冷えるようになった。いつも試合で来ているジャージだけでは寒さが凌げないため、ヨウコは自前の白いコートを着用していた。
そのコートの前を少しだけ開け、自分の胸元――丁度継続の校章がプリントされた部分には、白い鳥のブローチが付けてある。リューリがプレゼントしてくれたものだ。
――その鳥はヨウコに似合いそうだなって直感で思っただけで
これをプレゼントしてくれた時、リューリはそう言ってくれた。本人は、深く考えないで選んだことを悔いているようだったが、それは違うと思う。直感で思いついたというのであれば、それだけ普段からヨウコのことを考えてくれているということだ。それが嬉しくないはずがない。
ブローチに手をやる。特有のひやりとした感じが指に伝わるが、リューリのことも同時に浮かび上がる。
「……よし」
ジッパーを閉め、帽子を被り直し、さらに集中するために帽子の上からフードを被る。
スコープを覗くと、遥か前方に2両の戦車が見えた。三式中戦車と、Ⅳ号戦車。フラッグ車は三式中戦車だ。
すると、走っていた2両の戦車が唐突にフォーメーションを変える。こちらに近い側にⅣ号が移動した。もしや、この距離と迷彩でも気づくのか。
深く息を吐く。
緊張はしていない。胸につけたブローチが、自分の折れてしまいそうな心を支えてくれている。自分の背中に、リューリの手が添えられているように感じた。
彼我の位置を目測で計算し、冷静になり、引き金を引く。
衝撃と轟音と共に、弾が放たれた。
それは一直線に、Ⅳ号戦車の上部に吸い込まれるように飛んで行って――
◇ ◆
「惜しかったなあ~……」
サウナの中で、汗を垂らしながら告げる。熱気に包まれているからか、声を出す際には自然と腹に力が籠ってしまう。隣に座るヨウコは、そんな語調を気にせず、リューリの言葉に頷いた。
「本当、色々と惜しかった。あと少しで、決勝に出られたのに……」
実際戦った身であるヨウコだからこその言葉。応援していたリューリも、分かっている。
準決勝からは、継続高校の戦車隊だけでなく、希望すれば他の生徒も応援に行ける。だからリュールは、迷わず現地で応援することを選んだ。
ヨウコの最初の一撃が大洗のⅣ号戦車を撃ち抜いたとき、観客席は沸き立ったのは覚えている。あの戦車は副隊長が乗る大洗の中核たる戦車で、大洗チーム全体の支柱のようなものでもあったらしい。しかも、最初にあの戦車が脱落したことは一度もなかったから、試合の流れを一気に分からなくさせたのだ。隣で試合を観ていたサイマも、思わず「おお!」と柄にもなく声を上げていた。
さらにヨウコは、大洗の隊長車も撃破し、隊長車・副隊長車を1人で撃破した。
嘘偽りなく、お世辞抜きで、あの時ヨウコは試合で一番注目を集めていたと思う。
けれど、流石は全国大会優勝校の大洗。すぐさま指揮系統が別の戦車に移り、試合は激化していった。雪山を滑り降りながらの戦車戦には度肝を抜かれ、最終的には大洗のフラッグ車に継続のフラッグ車が撃ち抜かれ、試合は大洗の勝利に決した。
「……私がもっと、頑張れたら」
「いや、ヨウコは十分貢献したと思うよ」
ヨウコの戦車は、その隊長車を撃破した後で大洗の別動隊に撃破されてしまった。それまでにも、あと少しでフラッグ車を撃破するというチャンスに恵まれたが、相手の方が一枚上手だったと言わざるを得ない。
そんなことはヨウコも分かっているだろうか、やはり気になるところは別にあるのだろう。
「……走りながらでも、ちゃんと当てられてたら」
かの試合で、ヨウコはフラッグ車を擁する小隊を追撃していた。その際、走行間射撃で何度か発砲の機会はあったのだが、全て大外れだったのだ。しかも、確実に当てるために停止射撃をしても、1発は避けられ、2発目は撃つ前に逆に撃破されてしまった。
流石に、今回のことは堪えてしまっただろう。
「それでも俺は、ヨウコは頑張ったと思う」
汗でやや湿っている、ヨウコの肩に手を置く。
ヨウコの視線は下を向くが、それでもリューリは肩から手を離さず、視線も離さない。
「これまでヨウコが、どれだけ悩んで、頑張ってきたのかは、知っているから。ヨウコ自身が誇れなくても、俺からすればすごく嬉しい」
ゆっくりと、ヨウコの右手が、肩に添えていたリューリの左手を包み込む。そして、そのままリューリの手を握ってきた。
「……ありがとう」
こちらを見て、ヨウコは微笑んだ。
「だけど、次は必ず、勝つ。走行間射撃もできるようになって、リベンジする」
「……それなら、来年に期待だな」
どこから目線か分からないが、ヨウコの決意を聞いて、リューリは頷いた。
そこでちょうどいい時間になったので、2人でいったんサウナハウスから出ることにする。
「水に入らなくても大丈夫なぐらい風が冷たいな……」
「でも、ちゃんと入らないと」
つないでいた手を離し、ヨウコがタオルを外して湖へと歩いていく。リューリも、タオルを畳んでそちらへ向かった。
「……いい夜だね」
「そうだな」
湖に突き出る桟橋に2人並んで、星空を見上げる。戦車道の試合から1日と経っていないのに、その時の喧騒も何も感じさせないほど、継続高校の学園艦は静かだ。そして、澄み切った空に浮かぶ星は、見ていてとても心地よい。
「……リューリは、さ」
「?」
「戦車道をやってる私を見て、変わりたいと思うようになった、って言ったね」
「ああ」
忘れるはずもない。あの時、ヨウコのことを見て、自分を変えようと決意したのだ。
「それで、私を応援するって言ってくれたよね」
「そうだな」
それも言った。
「……もし、仮に。私が戦車道をやめたとしたら」
「?」
「リューリはそれでも、私のそばにいてくれる?」
「もちろんだよ」
顔を直接見ずとも、ヨウコの手を握る。
握り返されるまで、時間はそうかからなかった。
「前から思っていることなんだけど、さ」
「ん?」
「私はやっぱり、ほかにできることがないからこそ、戦車道からは背を向けたくないと思ってる。それこそ、体が限界を迎えるまで、やっていたい」
華道や茶道、書道と違い、戦車道には体力が要る。体が衰えたら、激しい戦いに挑むのも難しくなるだろう。スポーツ選手に引退という区切りがあるように、生涯現役は難しい。
それを理解したうえで、ヨウコは体の許す限り戦車道を続ける心持ちでいる。
「それでもリューリは、応援してくれる?」
「もちろん」
迷いはない。もとからそのつもりだ。
その答えを聞き、ヨウコが手を伸ばしてくる。意図を察して、その手を握り返した。
「……私の
「答えは変わらないよ」
何となく何を言いたいのかは伝わってきた。友達を経て、恋人同士になった今なら。そして、そうだとしても、答えは同じだ。ヨウコを応援し続ける。
「ありがとう」
それでも、ヨウコは笑ってくれた。
反対にリューリは、ヨウコの手を握ったまま、視線を返す。
「俺もさ、前までは弓道がダメダメだったけど、ヨウコに認められたいって思ってからは……まあ、できるようになってさ」
「……うん」
「先輩からも、腕が上がってるって褒めてもらった。それで、来年の大会には出られるだろうって」
夏から実力を着々と伸ばし、リューリの弓道の命中率は、常に3本以上当てられるまでになった。それでもイルタには敵わないので、如何に彼が素晴らしい才能を持っているかを分からせられる。
ただ、リューリの腕前はもう先輩たちに匹敵しているとのことで、大会に出しても恥ずかしくないとお墨付きを貰っていた。それで集中を落とすまではしたくないが、油断は禁物だ。
とにかく、ヨウコへの想いを胸に、リューリはここまで辿り着いた。
「とにかく、ヨウコがいてくれたから、目標ができたから、俺はここまで来られた。だから……もっと頑張る」
許されるなら、「俺のことも応援してくれると嬉しい」と言いたかった。そして、ヨウコの言葉の後でそれを告げるのは、つまり
だが、それはまだ口にできない。リューリは、まだまだだから。道半ばなのだ。故に、ヘタレな決意表明になってしまう。頑張るつもりなのは嘘じゃないが、いい雰囲気が台無しだ。
「……!」
「えっ」
だがその直後、ヨウコがリューリと手を繋いだまま、湖に飛び込んだ。必然的に、リューリも逆らえずに湖に落ちる。いつかのことを思い出すが、今回ヨウコは明確に意志を持って飛び込んだらしい。
水の中で藻掻き、水面から顔を出すと、ヨウコが眼前にいた。思わず息を呑むが、すぐにヨウコがリューリの両頬に手を添えて。
「私も、リューリのことを応援する。ずっと、ずっと」
「!」
こちらの考えなど、とっくに見通されていた。
そして、冷たい湖に落ちたことで、考えも冷やされて、自分の願いを今言える形で伝えたいと、理性と感情が声を上げた。
「ヨウコ」
「うん」
「これからも……ずっと、よろしく」
「……うんっ」
今言えるのはこれが精一杯だ。けれど、それだけでも十分とばかりに、ヨウコは声を弾ませて笑い、リューリに抱きつく。愛しい気持ちは同じだし、体温が洒落にならないぐらい奪われているので、リューリもまたヨウコを抱きしめ返す。
夜空を見上げれば、北極星が一際輝いていた。
これにてヨウコの物語は完結となります。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。
以下、あとがきとなります。
最終章3話ラストで衝撃的な展開を生み出し、4話が公開されるまで詳細不明なスナイパーのヨウコでしたが、公開された4話にて「地図を読むのが苦手」「走行間射撃が苦手」という設定が公開されました。
筆者はその「当初は強敵と描写されながらも弱点がある」要素に加えて、話し方が琴線に触れ、今回の話を書き上げるに至りました。
ヨウコが持つ欠点を、どのような形で本編と繋がるようにするかに重点を置き、かつ恋愛要素を絡ませるかを踏まえて出来上がったのが本作でございます。
サブキャラクターにあたるサイマとアリに関しては、主人公のリューリやヨウコに、恋愛をより身近なものに感じてもらうためにかの関係性を持たせました。お気に召していただけたら幸いでございます(彼らの関係はいずれ番外編として補完していけたらと思います)。
さて、今作で筆者が描くガルパン恋愛シリーズも10作目と相成りました。
これも、今まで私の作品を応援してくださった皆様のおかげでございます。ここで改めてお礼を言わせてください。本当にありがとうございます。
次回作ですが、別作品の二次創作になるかと思いますので、ご興味のある方は応援していただけると幸いです。
最後になりますが、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
それではまた、お会いしましょう。