作:プロッター

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第7話∶迂回

 中間試験間際のある日のこと。

 突如として、プラウダ高校が戦車道の試合を申し込んできた。

 戦車道四強校の一つである彼女たちが、なぜ比較的小規模な継続高校に試合を申し込んできたのか、ヨウコにはさっぱり分からない。他の1年生たちはもちろん、2年生の先輩も同じらしい。

 ただ、3年生のユリは、まだ事情を知っていた。

 

「今年新しく隊長になったのは、去年の全国大会でプラウダを優勝させた立役者なんだと。それで、その新隊長の実力を発揮するために、ウチと試合がしたいらしい」

「へえ……でも、どうして継続と?」

「実はウチも、練習試合で黒森峰相手にそこそこ粘ったほうだからな。ま、腕試しにちょうどいいってことだろ」

 

 今年から戦車道を始めたばかりのヨウコには、戦車道関連の力関係などの情報が、全くと言っていいほどない。だから、ユリがもたらした情報を、頷きつつ頭の中に蓄えていく。

 

「燃料と弾薬はどうするの?」

「向こうが持ってくれるってさ。その辺りは大きな学校の恩恵に預かっていいはずだ」

 

 それに、とユリは少々不機嫌そうな顔を浮かべた。髪型と相まって、怖さが2割増である。

 

「ヤツら私達のこと、完全に舐めてる。ウチが10両であっちは5両だと。しかも、ウチが勝ったらKV-1までプレゼントするとか言ってきやがった」

 

 初めて聞く戦車だが、ユリが教えてくれたそのスペックは、継続高校が欲しくてやまない装甲と火力を有している。それを勝ったらタダで、なんていうのは確かに侮っているだろう。

 

「まあ、つまり、だ。私たちは全力で行かせてもらうさ」

 

 不敵に笑うユリ。本当、そういう表情は様に合っている。

 

「で、その試合って私たちは……」

「まあ、相手はあれでも四強校。どれだけ舐めてかかってきても、手は抜けない。ここは、私ら2〜3年生で戦う」

 

 自分はお呼びでないことに、ヨウコは少ししょんぼりする。とはいえ、自分がベテラン相手に十分な戦力となり得るか、と聞かれたら少し微妙だが。

 そんなヨウコの気持ちを汲んだのか、ユリはヨウコの帽子に手を置くと。

 

「ヨウコは確かに最近力をつけてきてる。だけど、その腕を披露するのは今じゃない」

 

 微笑みながらそう言われると、ヨウコは小さく頷く。

 ユリは自分に期待している。ならば、自分は機を待って、その実力を発揮する機会までは努力を欠かさずにいよう。

 

◆ ◇ ◇ ◇

 

「で、最近どうなの?」

 

 食堂で、興味4割揶揄い6割の顔で尋ねられたリューリは、溜息をつく。面倒かつ気が抜けない中間試験がついさっき終わったばかりで、せめて昼食ぐらいはゆっくり食べたかった。

 

「それはどういう意味での質問で?」

「またまた、分かってるくせして」

 

 一応聞いてみるが、サイマは具体的な質問の内容を言おうとしない。だが、流石にその表情とその聞き方、そしてここ最近で起こった特別なことを思い起こせば、自ずと答えは導き出せる。試験の出来についてではないだろう。

 

「……一応言っとくけど、ヨウコとは何ともないからな? ただの友達同士だよ」

「ん? 俺はヨウコがどうとか一言も言ってないんだけどなあ」

 

 実に腹立つ物言いだったので、彼の目の前に置いてあったA定食のチキンカツを一切れ奪ってやる。当然の反応と分かっていたのか、サイマは止めなかった。

 先日、ヨウコと2人でサウナに入っているところ――具体的にはクールダウン中だが――を見られて以来、サイマは事あるごとにリューリに茶々を入れてくるのだ。自分にだけ聞かれているので、今はまだ蚊に刺された程度で済んでいる。しかし、ヨウコまでからかうようなら反抗も辞さない心構えだ。

 値段相応のチキンカツを味わい終わったところで、サイマが話しかけてくる。

 

「そういえばここ最近、ヨウコも少し変わったよね」

 

 言いながら、サイマが食堂の入り口を箸で示す。その先には、確かににヨウコがいる。そして、クラスメイトの女子も数人ほど。

 

「ヨウコはさっきの数学の試験、どうだった?」

「まあ、問題ない、と思う」

「羨ましいなぁ、あたしなんてもうズタボロなの見えてるよ……」

「苦手なら普段から勉強して対策立てるとか……」

「それができないから苦労してるんですよ、この人」

 

 ヨウコとそのクラスメイトたちは、楽しげに会話を交わしている。学生としては何の変哲もないワンシーンだが、ヨウコはついこの間までその輪から外れた位置にいたのだ。

 

「ああしてクラスの女子と話してるのとか、見なかったもの」

「そうだな……」

 

 ここに限らず、授業の合間の小休憩時間にも、女子に話しかけられる姿をリューリは目撃していた。今はまだ女子だけだが、いずれは他の男子とも交流ができるやもしれない。それを考えると、少しばかり疎外感を抱いてしまうが。

 思うに、ヨウコの態度や雰囲気が軟化してきたからだろう。若干アウトローっぽい雰囲気だから敬遠されていただけで、純朴な性格と分かれば、後は打ち解けるまで時間はかからない。自分がその一助になれたのなら、嬉しいことだ。

 そんなことを考えていると。

 

「……」

 

 偶然にも、ヨウコと目が合った。

 それだけならまだしも、こちらを見て微笑んで、小さく手まで振ってくれた。

 自惚れでなければ自分に向けられたものだろう。手を振り返し、クラスメイトの女子たちに気づかれないうちに視線を戻した。

 

「へえ〜」

 

 そして目の前には、愉悦を感じているかのようなサイマ。

 一言もコメントは受け付けない、とリューリは焼鯖定食を完食するのに集中した。

 

◇ ◆ ◇ ◇

 

 リューリが暮らしている部屋にはキッチンがない。なので、自炊するには共用の調理場を使わなければならない。だが、そこは部屋から少し離れており、あろうことか林の中だ。学園艦にいながらキャンプ気分を嫌でも味わわされる。

 

「もうちょいかな」

 

 鍋の中の様子を見つつかき混ぜる。

 生徒の中には食事のほとんどをインスタントで済ませようとする人もいる。しかし、継続高校学園艦はそこまで設備が整っておらず、食材も限られているため、自炊する機会も多い。

 リューリもその例に漏れず、今日は配給の品に加えて実家からの仕送りもあるので、試験が終わった自分へのご褒美として、カレーライスを拵えようと思い立った。もともと自炊することに抵抗はないため、鼻歌交じりに料理を楽しむ。

 

「ご飯もいい感じかな」

 

 飯盒で炊いていた米も、いい感じに炊きあがっていた。この調子ならカレーの出来上がりに間に合うだろう。

 

「あ、リューリ」

 

 皿を準備したところで、誰かが声をかけてきた。もはや、顔を見なくても声で分かるようになったヨウコだ。

 

「ヨウコ、こんな時間にどうした?」

「散歩してたら、偶然見かけて」

 

 思い上がりに近いかもしれないが、姿が見えたから声をかけようと思ってくれたことは、とても嬉しい。それだけリューリが、ヨウコにとっても無視できない存在ということでもあるのだろうから。

 

「夕飯の支度?」

「ああ、カレーをね」

「ふーん……」

 

 ヨウコは、鍋の中のカレーを見ている。心なしか、そのカレーを見るヨウコの目は少し輝いているように見える。

 

「……食べてく? 夕飯がまだなら」

「え、いや……でも……」

「ちょっと多めに作っちゃってたし」

 

 カレーは個人的に好きなので、多めに作ってひとりで楽しむのがリューリのやり方だ。とはいえ、ヨウコが食べたそうな目で見ていると、おあずけにするのも気が引ける。ヨウコもリューリの申し出に口では否定しつつも、ちらちらとカレーを見ているので、多分そういうことだろう。

 明確に「うん」という返事を聞く前に、リューリは棚から食器を2人分取り出す。ヨウコも観念し、準備を手伝い始めた。

 調理場が共用なので、調理器具と食器も全て同様だ。勿論、使った後はちゃんと綺麗にして片づける、というルールもある。

 そして頃合いを見て、飯盒で炊いていたご飯を皿によそう。二粒ほど試食してみるが、芯は残っていない。上々の出来だ。さらに、弱火にかけたままのカレーをご飯の上にかけると、仄かにスパイシーな香りが漂ってくる。市販のルゥで作っているが、それでも食欲を掻き立てるには十分だ。

 

「よし、それじゃあいただきます」

「……いただきます」

 

 準備を終えて、調理場のすぐ後ろにあるテーブル席に着き、手を合わせる。ヨウコも、ここまでくると何の逡巡もなく、リューリの真向かいに座り、同じように手を合わせる。そして、控えめに白米とルゥを半々の割合でスプーンに載せ、一口。

 

「……美味しい」

 

 そう言ってから、二口めを口に運ぶまでそう時間はかからなかった。それを見届けてから、リューリもカレーを食べ始める。我ながらいい出来で、おいしい。

 2人の間に会話はない。音も食事で発せられるものを除けば、調理場の外で揺れる草木の音だけ、至って静かだ。せっかく2人きりなのに寂しいと思われるかもしれないが、それでもリューリはこうしてまたヨウコと食事ができるだけでも十分である。

 食事の時間は、15分ぐらいだっただろうか。先に食べ終えたのはヨウコだった。

 

「ご馳走様」

「お粗末様」

 

 ヨウコが手を合わせたので、リューリも答える。ほどなくしてリューリも食べ終わり、手を合わせてから食器をシンクへと持っていく。

 すると、すいっとヨウコが隣に立った。

 

「片付け、手伝うよ。ただでカレーをご馳走になるだけじゃ気が引けるし」

「……じゃあ、お願いしようかな」

 

 何度か見た、意思が込められたヨウコの瞳。義理堅い性格なのは理解しているので、ここは彼女の厚意に甘えることにした。

 役割分担として、リューリが皿やスプーン、鍋を洗剤で洗い、ヨウコが水でそれを流す。最初の立ち位置に加えて、あまり汚れた食器などに触れさせるのは少し気が引けた。過保護、という言葉が頭を過ったが気のせいとしておく。

 

「大体こんな感じかな」

「ああ、手伝ってくれてありがとう」

 

 すべての洗い物を片付けて、調理の過程で出た生ゴミは所定のゴミ箱に捨てる。他の学校からすれば信じがたいらしいが、この学園艦の林には野生生物が生息しており、ゴミの処理を誤ればそれらの動物、さらに自然環境にも悪影響を及ぼしかねない。そういった衛生観念も継続高校では養われるのだ。

 そして気づけば、日はとっぷりと暮れていた。

 

「この後どうする?」

「私は、帰ろうかな」

 

 一息ついたところで尋ねてみる。が、もうすでに辺りは暗いので、あまり歩き回るのもやめた方がいいだろう。すぐ帰る、という点にはリューリも同意する。

 

「……ちゃんとひとりで帰れる?」

 

 なんとなく、聞いてみる。子ども扱いしているわけではなない。暗い森の中に、人工の明かりはほとんどなかった。だから、夜に林の中へ出向く際には懐中電灯やランタンなどの明かりを持ち歩くのが基本だが、ヨウコはその類のものを持っている風ではない。そして、地図を読むのが不慣れなヨウコだ。

 質問の意図を理解したか、ヨウコは「あー……」と頬を掻いた。

 

「……少し、不安」

「じゃあ途中まで送るよ」

 

 答えを聞き、リューリは迷うことなくそう決める。

 

「でも、リューリだって迷惑じゃ……」

「とんでもない。ちゃんと明かりは持ってるし、ちょうど散歩したい気分だったし、何よりヨウコが心配だから」

 

 もともと、この調理場で夕食と決めた時点で、帰るのは日没後になると踏んでいた。なので、明かりは予め持ってきている。それにここ最近、やることが増えたために散歩の時間が若干少なかったのも事実。そしてやはり第一に思うのは、ヨウコのことだ。

 

「……お願い、します」

「ほいきた」

 

 ヨウコは、先ほどよりも少し委縮したように頭を下げてくる。何かそこまで気を遣わせるようなことを言ってしまっただろうか。

 ともかく、遅くなりすぎるのもよくないので、持ってきていた電気ランタン(元は非常時用に用意していたもの)を手に、ヨウコと林の中を歩き進める。

 

「……カレー、ご馳走様。美味しかった」

 

 林の中に足を踏み入れてから程なくして、意外にも先に話しかけてきたのはヨウコだった。前までなら、話しかけるのはいつもリューリからだった気がしたから。

 

「どういたしまして。口に合ったようでよかったよ」

「リューリは、普段から自分で料理したりするの?」

「まあ、週のほとんどはそうしてる。ヨウコは?」

「私も同じぐらい」

 

 やはりヨウコも、自炊することが多いらしい。今日はリューリのカレーをご馳走したので今度はヨウコの手料理を、なんていうのは些か欲が過ぎるだろう。思っても口にしない。

 

「そういや、ヨウコって普段こっちのほうに来るっけ?」

「ちょっと気分転換がしたかった、って言うのもあるけど……戦車道もあるし」

「?」

 

 リューリがあの調理スペースで自炊するのは今日が初めてではなかったが、ヨウコの姿を見かけたのは今日が初めてだ。料理に夢中になっていて今まで気づかなかった……のかもしれないが、聞いてみるとヨウコも初めてあそこへ来たらしい。

 

「私、やっぱりまだ地図を見るのが苦手だから……。自分の足で色々回ってみて、それでちょっとでも地形を把握するのに慣れた方がいいと思ったから」

「……そういうこと」

 

 戦車道で砲手としての腕前は、停止射撃においてはほとんど百発百中だという。けれど、行進間射撃は未だ発展途上で、地図を見るのもまだ苦手。それらを克服するために、ヨウコはヨウコなりに努力しているということか。

 

「思えばリューリは、地図を見るのとか得意なんだよね」

「まあ、俺は……昔から散歩が好きだったし、地図帳とかも大好きだったから」

 

 「好きこそものの上手なれ」とはよく言ったもので、子供の頃からの習慣と好みの傾向で、今のリューリの空間把握能力がある。努力らしい努力をした自覚が、リューリにはなかった。

 

「……それで、最初にリューリと話をしたあの町で助けられたし」

 

 初めてリューリが会話らしい会話ができた、港町での一件だろう。あれからずいぶんと、自分も変わったとリューリは思う。それはやはり今隣を歩くヨウコが一因であって――

 

「……?」

 

 だがそこで、リューリが立ち止まる。ヨウコはそんなリューリを不審に思って、同じように歩みを止める。

 リューリの視線の先には、光源が一つあった。しかしこのあたりに街灯はないはずだし、共有スペースの調理場やトイレもなかったはず。それに、明かりの位置が低すぎる。もっとよく目を凝らしてみると、その明かりの近くには2人の人影があった。さらに注視してみると、いたのはサイマとアリだ。

 

『隠れよう』

 

 普通ではない空気を一瞬で察し、ジェスチャーでヨウコにそう告げて2人で近くの木陰に身を隠し、電気ランタンを消して様子を窺う。向こうがこちらに気づいた様子はない。

 幸いなことに、ここは林のほぼ中央にあるため、人の声や発する音はほとんどしない。あるのは、サイマたちの声だけだ。

 

「で、どうしたの? 話ってさ」

「ああ、その……どう言葉にしたらいいのか」

 

 アリは軽めの調子で話しかける一方、サイマは歯切れが悪い。多分、今ほど集中している機会はリューリもあまりない気がする。

 

「……いや、アリ」

「ん、何?」

「こんなこと言うと、迷惑かもしれないけどさ……」

 

 まさか。

 リューリの頭の中で、この次にサイマの口から発せられる言葉が数パターンに絞られる。

 

「……アリ、君が好きだ。俺と付き合ってほしい」

 

 遠目に見て、明かりに照らされているサイマの表情は、見えた。不安に押しつぶされそうになっている。

 分かるよ。

 リューリは同じ男として、現在進行形で恋している身として共感できた。告白をしたことが未だなくても、その時は様々な感情が心の中でごちゃ混ぜになってしまうのだろう。

 一方のアリは、サイマの告白を受けて口元に手をやっている。その表情までは、この角度では分からなかった。

 

「……え、いやー……ええ……?」

 

 困惑した様子のアリ。そんな話を持ち掛けられるとは夢にも思っていなかったのだろう。

 だが、アリはそれでもサイマに一歩、また一歩と近づいていく。

 そして、腰の横で握られていたサイマの拳に手を重ねて。

 

「……うん、いいよ。私でよければ」

「……本当?」

「そんなこと嘘でも言えないよ」

 

 視線を上げるサイマ。そうしてアリは、顔の高さをサイマと合わせる。

 

「私だって、あなたのことは好きだから」

 

 そうして2人は、抱き合った。

 それを視認した瞬間に、リューリの心の奥が温かいもので満たされていくのを感じる。

 友人が告白し、その思いは見事に報われた。嬉しいに決まってる。祝福しないはずがない。というより、一組の男女の想いが通じ合うことはとても幸せなことであり、見ていてとても胸が熱くなる。それは、同じくこの光景を見ているであろうヨウコもだろう、と思った瞬間に、リューリの思考が一気に凍結する。

 

「……」

 

 早く隠れなければ、と優先して考えていたために、図らずもリューリは、ヨウコの肩を抱いて自分の方へ引き寄せている状態になっていた。決してわざとではないけれど、こんなことをいきなりされては嫌に決まっている、嫌われる、と思い即座に手を離そうとしたけれど。

 

「……わ、ぁ」

 

 ヨウコの口から、呆けたような声が零れ落ちていた。どんな目をしているのか、どんな表情を浮かべているのかは、被っている帽子のつばでよく見えない。けれど、向き的に2人の様子をまじまじと見ているのだけは分かった。

 ヨウコも、こういう色恋に興味があるのだろうか。

 そんな疑問が浮かんだが、いい加減この場を離れないとあちらに気づかれてしまうかもしれないため、すぐさまヨウコの肩から手をどけて、場所を移動しようと合図する。ヨウコは、状況を理解したのか頷き、2人がいるのとは反対の方向へと小走りで駆ける。まだ電気ランタンは点けない。

 何も声が出せないままに駆けて、辿り着いたのは湖だった。サウナハウスがいくつも見えるが、この時間にサウナに入っている人はいないらしく、明かりが点いているものはひとつとしてない。

 そして丁度そのタイミングで、雲から月が顔を見せて優しい光を発しだす。

 

「……まさか、あんな場面に出くわすなんて、な」

「……うん」

 

 そこでようやく、リューリはヨウコに話しかけた。とはいえ、動揺しているのはリューリ自身否定できず、ヨウコも同じらしい。どうしても、話しかけることへの気まずさが、初対面時のレベルにまでなってしまう。

 

「ちょっと、しばらくはこのあたりを歩いていこう。あの2人に出くわすのはまずいし」

「ん」

 

 ここで延々待つわけにもいかない。今は夜だし、明日も学校がある。あまり寝るのが遅くなるのも頂けなかった。

 仕方ないので、湖の波打ち際を歩いていく。自然豊かな継続高校の学園艦だが、川の流れや海の波とは違う水の音が聞こえる場所はかなり少なかった。実に落ち着かせてくれる。先ほどの衝撃で感じた動揺が引いていくかのようだ。

 

「……あの2人、あんなに仲良かったんだ」

 

 ぼそっと、ヨウコが徐に告げる。やっと落ち着いてきた心が浮足立ってくる。というよりも、ヨウコの方からその話を蒸し返してくるのは少し予想外だ。

 

「……俺も知らなかった。仲良さそうだなーとか、よく一緒にいるなーとは思っていたけど」

「うん。戦車道でも、アリはそんな感じがしなかったし」

「ま、誰が誰を好きで、付き合ってるかなんてのは本人の口から聞かないと分からないよな」

 

 自分がヨウコを好いているのをヨウコ自身知らないように、とリューリは心の中で付け足す。

 歩きながら、ヨウコは考え込む。

 

「……ちなみに、リューリはさ」

「?」

「今、誰かが好きだったりするの?」

 

 歩調を落とさないだけで精いっぱいだ。動揺を顔に出さないのでやっとだ。

 

「何を急に」

「……気になっただけ。さっきみたいなのを見ると、もしかしたらリューリにもいるのかなって」

 

 本当に、興味本位でしかないのだろう。さっきのサイマたちを見て、可能性のようなものを考えているだけ。

 当のリューリからすれば、実に答えにくいものだったが。

 

「……いる」

 

 嘘は吐けなかった。ヨウコの目の前で、ヨウコに対する気持ちに嘘を吐いたら、その純粋な感情はどこか傷がついてしまいそうだから。

 

「……そっか」

 

 ヨウコはそう答えるだけ、それ以上の言葉はない。

 ここは反対に、ヨウコにもそういう人はいるのか、と聞くべきなのかもしれない。話の流れ的にそう聞いても責められはしないだろう。けれど、それを聞くのは少し恐ろしく思う。

 だから、それから少し歩いて別れるまで、ヨウコと言葉を交わすことはほとんどなかった。

 

「それじゃあ、また明日」

「ああ」

 

 それが、その日2人で交わした最後の言葉だ。何の変哲もない、ありふれたやり取り。

 それでも、状況が状況なだけに、そう告げることさえもまごついてしまった。

 

◇ ◇ ◆ ◇

 

 部屋に戻ったヨウコは、鏡に映った自分を見る。

 顔が赤い。さっき食べたカレーの熱や辛さは、とうの昔に消え去っている。この赤みの原因は、最早考えるまでもない。さっき遭遇した、一組の男女が結ばれる瞬間だ。

 ヨウコにとって、誰が誰と付き合うとか、そういう話はとんと縁がなかった。小学校の時はまだそんなことを考える時じゃなかったし、中学は男子に髪を馬鹿にされたのもあって、それを考えることを遠ざけていた。

 けれど、あの瞬間を目の当たりにしたことで、止まっていた自分の中の歯車……のような何かが動き出した。

 いや、きっと自分ひとりであの場を見ていても、ここまでは至らなかっただろう。

 

 リューリと一緒だったからだ。

 

 あの時、2人の邪魔をすまいとリューリはヨウコの肩を抱いて木陰に隠れた。そこによこしまな感情はなく、焦りがあったのは分かっている。だがそれでも、男女の想いが通じ合ったことの嬉しさや、リューリという異性と急接近したことに緊張して、余計感情が揺さぶられた。サウナで熱に当てられた時とはまた違う。

 そして今、ヨウコの心の中には、確かにリューリがいる。今までは自分の心を構成するひとつのピース程度でしかなかったのに、今やその存在は大きくなっていた。

 

「……はぁ」

 

 靴を脱ぎ、ゆらゆらとした足取りのままにベッドに倒れこむ。息を吐くと、少し心が落ち着いた気がした。

 だが、落ち着いたことによって自分の気持ちもまた明確になっている。

 

「……っ」

 

 枕に自分の顔を埋める。

 ここ数か月、ただの一クラスメイトでしかなかったリューリとの交流の機会は格段に増えた。見知らぬ街で道案内をしてもらったところから始まって、友達になって、多くの話をして、一緒にサウナに入って、そして今日。

 その中で、リューリはずっと自分のことを突き放したり、否定したりはしなかった。ヨウコ自身、自分が人づきあいが苦手で、気難しいと自負しているからこそ、リューリのように自分とちゃんと向き合ってくれる異性というのは初めてだ。

 そんなリューリのことを思うごとに、身体の芯が熱を帯びる。目を閉じずにはいられなくなる。

 

――いる

 

 好きな人はいるのか、というヨウコの質問。単なる興味で、というのは本当だ。

 そして普通なら、ヨウコがリューリにとっての()()()()()なら、リューリの惚れた腫れたの話には友達として正常な距離感をもって付き合えばいい。

 けれども、あのリューリの答えを聞いた途端に、不安が自分の中に生じた。とても、正常な距離感で、とするのが難しそうだと直感で気づいた。

 そうなるのも、ヨウコ自身がリューリのことを憎からず思っているということであり。

 

「……好き、か」

 

 流石にもう自分の感情は誤魔化せなかった。

 

◇ ◇ ◇ ◆

 

 継続高校を代表する巨大なモミの木の下で、ユリはアコーディオンを弾いていた。傍らではヨウコが、静かに眼を閉じて、ユリの奏でる音色に耳を傾けている。

 だが、今こうして自分たちがここにいるのは、単なる演奏のためではない。

 

「もうすぐ、戦車道の全国大会が始まる」

 

 主題を切り出すと、ヨウコは静かに眼を開けた。

 

「大会があること自体は、知ってるよな?」

 

 こくり、とヨウコは頷いた。

 

「まあ私は、自慢じゃないがココの戦車隊でミカの次ぐらいの立場がある。だから、大会に出る車両を決める役目も、ある程度は私に委ねられてるのさ。というか、大体私がやらさせるんだが……」

 

 継続高校の戦車隊長は、他でもないミカだ。しかし、公の場に出たり何かしらの媒体でコメントを出すことはあれど、事細かに戦車隊の運営をするのはもっぱらユリの役割である。戦車道の経験がミカと同じで、実力を認められているのも確かだ。それでも、あれこれ負担を掛けられるのは御免被りたい。

 ただ、今弁ずるのはそんな自分の苦労ではなくて。

 

「要するに、私としては全国大会にヨウコの三突を出したいと思ってる」

 

 ユリが告げると、ヨウコの目に力がこもったのを感じ取れた。

 

「ここ最近、ヨウコは練習でも命中率は悪くない。たまにやる模擬戦も、長距離射撃限定とはいえいい結果を残せている。状況次第だが、全国大会でも通用するレベルだ」

「ありがとう」

「ああ。でだ、こないだのプラウダとの練習試合でうちにはKV-1が追加されたから、戦力は増えてる。これにヨウコたちの戦車も加われば、かなり強くなるはずだ」

 

 ミカも戦車道の訓練はちゃんと把握しているだろうが、ユリだって同じだ。味方の動きは把握しているし、どの戦車にどんな動きができるのかも、概ね頭に叩き込んである。

 ヨウコたちも、戦車隊の中ではまだ若干粗があるとはいえ、1年生としては上々な腕前になっていた。規模が小さいから戦力を選べない、という事情を抜きにしても、全国大会で起用するには十分と言える。

 そして、先日のプラウダとの練習試合は、まるきり舐めてかかってきたプラウダをコテンパンにして勝利した。新隊長は地団駄を踏んでいたが、自業自得とだけコメントする。

 とはいえ、貴重な重戦車のKV-1を導入できたのは心強い。戦力は、ユリ自身が継続高校に入学した時と比べれば、格段に上がっていた。もしかすると、今年の全国大会は少し違った結果を出せるかもしれない。

 それでも、後輩に無理強いはしないのが主義だ。

 

「と言っても、全国大会は内輪でやる模擬戦とは、何もかもが違う。もしプレッシャーになるとかだったら、無理にとは――」

「出るよ」

 

 先輩なりに与えた選択の余地を、ヨウコは自ら拒んだ。

 強く、全国大会に出ることを望んだ。

 

「……」

 

 アコーディオンを奏でる手が止まる。

 ヨウコが入隊して以来、ユリは何かとヨウコを気に掛けることが多かった。属するメンバーの大半がおおらかな中、ヨウコは緊張している風だったから。緊張というより、何かに迫られているような危なっかしさを持っていた。

 だから、できる限りはヨウコがやりやすい環境を自分なりに作ったつもりだ。戦車の適正を決める時間を長く取ったり、戦車道の前後で話をする機会を設けたり……。とにかく、どこか他とは違うヨウコが、戦車道を負担なくできるように。

 その結果、ヨウコはユリと話すことが増え、以前は「世話になっているから」とキーホルダーまでプレゼントしてくれた。それは今、ユリの通学カバンにぶら下がっている。ファーストコンタクトの時より打ち解けられた気がした。

 さらに、ヨウコはある時から、砲手としての腕が上がった。走行間射撃はまだまだだが、停止射撃においては正確無比と言って過言ではない。そしてそのヨウコの腕が上がったことで、彼女が乗る三号突撃砲の実力も上がった。

 そして今日、ヨウコは明確に、戦車道大会に「出る」と答えた。その言葉に「出たい」という意志も込められているように思える。

 

「……よし、分かった」

 

 無駄な心配だったか、とユリは笑って頷く。それからアコーディオンを奏でるのを再開した。

 なんというか、もし自分に子供ができたら、こんな感じで門出を祝うのかなと思う。

 

 ユリの申し出は、ヨウコにとって願ってもいないことだった。

 自分はもう、リューリが好きになっている。それに変わりはない。

 だが、今すぐに告白をしたところで返事がどうなるのかは分からない。むしろ、断られる可能性の方が濃かった。何せ自分は愛想もないし、出会ってから今に至るまで、リューリの力になれたことがほとんどない。いつも、自分を導き、変えてくれたのはリューリだった。

 ヨウコにとって誇れるものは、戦車道の砲手としての腕前だけだ。それも、停止射撃でしか発揮できないという非常に尖った腕前。思いつくのはそれぐらいしかない。

 だからこそ、その腕で戦車道の全国大会で活躍し、あわよくば優勝できたら。リューリも、振り向いてくれるのではないだろうか。

 

「……絶対に、勝たないと」

 

 ユリはアコーディオンを奏でるのに集中している。ヨウコの口から洩れ出た、意志の片鱗には気づいていない。

 戦車道を始めてから、自分にできることをやろうとするので精いっぱいだった。

 だけど今、自分には強固な目標ができたのだ。

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