作:プロッター

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第8話∶悪路

 中間考査から1週間ほどで、結果が返ってきた。

 リューリのクラスメイトたちは、その自分の答案用紙を見て様々な反応を見せている。唸る者、ガッツポーズを取る者、机に突っ伏す者、諸々、色々だ。

 その中でリューリは。

 

「……」

 

 息を最低限にし、言葉も発さず、自分の答案用紙を見る。出席番号的に、返されるのは最初の方だったから、現実を受け入れる時間は十分ある。

 答案用紙の隅に書かれた点数は、72点。小テストで追試を食らった時からは考えられない点数だ。というか、理科のテストでこれだけの高得点は取ったことがない。

 さらに、答案用紙にはクリップでクラスの平均得点と最高得点が、別紙で添付してある。最高得点が97点とあり、リューリは心の中で「バケモノだ」と感じる。

 そして平均点は、61点。

 リューリはそれを軽く超える点数を取ることができた。

 つまり、平均点を超える点を取る、と掲げていた目標を達成できたのだ。

 

「……ふは」

 

 笑いとも取れない息が漏れ、机に顔を置く。

 緊張した。始業の鐘が鳴った直後に、教師が「これより中間テストを返却する!」とどこぞの軍曹みたいなことを言い出した時は、突然時間の流れが遅く感じたものだ。それぐらいに、現実を直視するのを恐れていた。

 だが、結果は上々と言っていい。入学間もない頃の、理数系ダメダメな自分とは違う。

 身体の中で、喜びが嵐のごとく荒れ狂っている。

 これで少しでも、ヨウコにふさわしくなれただろうか。

 

「……」

 

 そのヨウコの方を見ると、少しだけ視線が合った。

 彼女の持つ答案用紙の点数はわからないが、こちらの喜びを察知したのか、ほんの少しの微笑みを向けてくれた。

 

◆ ◇ ◇ ◇

 

「スタメン入り?」

「うん」

 

 食堂の喧騒の中で、ヨウコが告げたのは割と重大な発表だ。

 季節は夏へ向かいつつある中で、戦車道全国大会が開かれるという話は聞いていた。継続高校に戦車道の科目があるのは入学前から知っていたし、ヨウコのこともあるから積極的に情報は集めようともしていた。

 けれど、そのヨウコが全国大会の1回戦から出場するというのは、寝耳に水である。そして、嬉しさが心の中で噴水の如く噴出した。

 

「すごいじゃん、おめでとう」

「ありがと」

 

 だけど声は抑えて、祝いの言葉を贈る。ヨウコも悪い気はしないのか、少しだけ笑顔が深まった。そして彼女は、Aセットの焼きサバ定食に箸を伸ばす。

 教室でもリューリはヨウコと隣同士だ。けれど、クラスで込み入った話はあまりしない。2人で何かを取り決めたわけでもないが、ヨウコの性格を考えてリューリの方から「そうしない方がいい」と思ったのだ。

 

「認められたんだ、実力」

「そういうことになるかな」

 

 実感が薄いのか、ヨウコは他人事のようだ。けれど、全国大会なんて大舞台に1年生で抜擢されるのは、それこそ実力があってこそだろう。前に戦車道で悩んでいたことを考えれば、より一層感慨深い。

 その一方で、リューリは少しだけ自信がなくなってきた。

 

「俺の方はてんでダメだからなあ……」

 

 背中を伸ばすリューリ。

 弓道の全国大会も間もなく開催されるのだが、リューリは代表に選ばれなかった。皆中こそできずとも、的に矢を当てることは増えてきたのだが、それでも実力不足ということだろう。

 折角、ヨウコに振り向いてもらえるように頑張ってきたのに。ヨウコがまた先を行くようでは、いつまで経っても追いつけそうにない。

 けれどヨウコは、箸でサバの骨を取り除いてからリューリを見る。

 

「中間試験はいい点数だったんでしょ?」

「あれ、言ったっけ?」

「砲手柄、目が良くてね」

 

 ヨウコとは席が近いが、これ見よがしに点数を自慢したりはしなかった。それでも、視力に物を言わせてリューリの点数を把握したらしい。悪い気分はないが、恥ずかしくもある。

 

「それで言うと、ヨウコはいくつだったんだ? 理科の試験」

「97」

 

 バケモノ、と思っていた点を取っていたのはヨウコだった。口にしなくて本当に良かったし、追いつくまでの道はまだまだ遠い。

 

「でも、赤点取ってた頃からは大分成長していると私も思うよ。それに、リューリは弓道で大分頑張ってるって聞いてるし」

「え、誰から」

「俺だ」

 

 ぬるっと会話に混ざってきたのは、サイマだった。後ろからリューリの肩を突然叩き、突然現れたものだから心臓が止まりかける。

 

「……何余計なこと吹き込んでんだ」

「失礼な。友達としてヨウコにリューリの近況を教えただけだよ、余計だなんて」

 

 もったいつけたようなサイマの言葉に、少々ばかりムッとする。そういえばサイマは、リューリがヨウコを好いていると確信せずとも気づいていた。お節介と見える。

 

「というか、2人ってそんな話す機会あったかよ」

「まあクラスメイトだし、多少はな?」

「うん」

 

 サイマの問いかけにヨウコも頷く。確かにここ最近、ヨウコはクラスメイトと話す機会が増えていた。それはリューリと接する機会が多く、「そんなに悪い人じゃないのかも」と周りが思い始めたからかもしれない。

 

「……心配しなくても、とりゃしねーよ」

 

 安心させるつもりなのか耳打ちしてくるサイマ。それこそ、余計な心配だった。

 そしてそのままリューリの隣に座ってトレーを置く。載っているのはカレーライスだった。

 

「でもリューリ、確かに弓道では最近頑張ってると思うよ。なんせ、もう4本中3本は安定して命中させられてるから」

「それは、やっぱりすごいと思うよ」

 

 サイマはともかく、ヨウコに評価されるのは妙にこそばゆい。リューリは野菜炒めに箸を伸ばし、照れ隠しと相成る。

 

「私だって、未だに停止射撃でも少しだけ狙いが外れることがあるし」

「やっぱり難しいんだ、戦車道って」

「それはもちろん」

 

 ヨウコとサイマが打ち解けている様子を見るのは、嬉しいと言えば嬉しい。クラスで浮いている姿を見るのは物悲しいから、交流が増えるのはリューリにしてみても嬉しいのだ。

 けれど、少しばかりの寂しさを感じているのもまた事実ではあった。

 

◇ ◆ ◇ ◇

 

 戦車道の全国大会は基本的に本土で行われる。だから、戦車隊の面々は試合の度に陸へ移動し、それ以外の生徒は決勝戦以外は留守番だ。当然、1回戦の試合をリューリが目にすることも叶わない。

 

「1回戦、おめでとう」

 

 試合の翌日、場所は食堂。リューリは嘘偽りない気持ちをヨウコに伝えた。

 試合の結果を知れたのは今朝だ。朝の登校途中で、1回戦に勝ったと他の生徒が話しているのを聞いた。そして今朝のホームルームで、担任も嬉しそうに話していたのだ。

 

「……なんか、不満そうだな?」

 

 だが、その試合に参加したはずのヨウコの表情は、いまいち冴えない。試合の詳細は分からないが、まさか真っ先に脱落してしまったのだろうか。

 

「……あんまり、活躍できなくて」

 

 リューリは戦車道を概念的に知っているが、詳しいことは知らない。試合も見られていない。

 それでもヨウコからは、この不甲斐なさを吐露したい、という気持ちが見えた。なので、話を促すように、ヨウコの目を見て頷く。そして、説明にはちゃんと耳を傾けて、自分でちゃんと理解しようと努めた。

 

 1回戦の相手、青師団高校の戦力は継続高校とほぼ互角。継続もそうだが、全国大会にはほぼ毎年参戦している中堅校だったので、ヨウコはそれなりの緊張感をもって試合に臨んだ。

 しかし困ったことに、ランダムで決められた試合会場は市街地。それも、窪地などではなく平坦な場所。入り組んだ地形で、高台と言える場所もなかった。なので、ヨウコの持ち味である長距離射撃が非常に難しかったのだ。

 おまけに青師団高校も、自軍の戦力で最適な戦い方を検討した結果か、市街地から無理に移動せずに不意を突いて戦う、いわゆる遭遇戦を持ち掛けてきたのだという。

 

「私の戦車は、撃破はされなかった。けど、うろうろしているだけでほとんど撃てなかったし……とどめはタミのT-26が不意打ちで倒した感じで」

「……なるほどね」

 

 素人のリューリにも分かりやすいように、ヨウコはたどたどしくも教えてくれた。そして、ヨウコの気持ちもよく分かった。試合に勝てたのは喜ばしいが、ただの1両も撃破できず、まごついているだけで終わったというのは未練が深いだろう。

 

「……次こそは、必ずちゃんと撃つ」

 

 だが、それで落ち込むだけのヨウコではなかった。箸を握る手には力が込められているし、その言葉にも強い意志を感じさせる。自分の戦果に納得はできていなくても、落ち込んでいるわけではない。その点については、安心である。

 

「でも、随分真剣になってるんだな」

「?」

「そこまで気合い入れてるヨウコ、初めて見た気がする」

 

 笑ってかけ蕎麦を啜ると、ヨウコはきょとんとしていた。

 戦車道に対する姿勢を聞いたときと、雰囲気は似ている。だが、それ以上に力が籠もっているように感じた。意志が固いと、伝わってきた。

 すると、思い出したかのようにヨウコは帽子のつばに指をかける。

 

「……そんな風に、見えてた?」

「ああ、いいことじゃない。何かに真剣になれるってさ」

 

 もちろん揶揄ったつもりで先の言葉を告げたわけではない。無気力に生きているよりも、何か熱中できるもの(ものにもよるが)に打ち込んでいる方がずっと建設的だ。そしてそういう人間を見ると、自然と応援したくなる。仮にもし、リューリがヨウコのことを好きでなかったとしても、今のヨウコは純粋に応援したくなったはずだ。

 

「……うん、真剣になってる」

 

 そしてあっさりと、それをヨウコは認めた。そう返されるとは思わなかったので、蕎麦を飲み込むのに少し手間取る。

 

「今のままの私じゃ、ダメだと思っているから」

「……射撃の件でか?」

 

 思いつくのは、ヨウコの射撃の腕。未だに走行間射撃はできない腕前を、周りは認めてもヨウコ自身が認めていない。例の1回戦も、それができていればもう少しチームに貢献できていただろうと、悔やんでいるのだろうか。

 

「それもある。だけど、それ以上に、今のままだと全然だめだから」

 

 そう言ってヨウコは、野菜炒め定食を食べ進める。何が駄目なのか、詳しいことは教えてくれなかった。

 けれど、ヨウコは「詳しいことは聞かないでほしい」とメッセージを発している。

 それを汲み取り、リューリも昼食を再開しつつこの先のことを考える。確か、この間た全国大会のトーナメント表では、2回戦は黒森峰女学園とかいう学校ではなかったか。

 けれど、どこが相手であろうとも、今のヨウコなら大丈夫という気持ちは感じられた。

 

◇ ◇ ◆ ◇

 

 番えた矢を放つ。まずは1本目。

 

「……」

 

 的に命中した。位置は右下、風のせいだろう。

 すぐに2本目を番えて、狙いを定める。指先で風を感じ、1本目よりもわずかに狙いを左上にし、放つ。

 

「……っ」

 

 命中。狙い通り、的の左上。

 さらに3本目を番える。次こそ、的の中心を狙う。風は弱まってきたから、神経質に風を読む必要はない。息を止めて、放つ。

 

「……!」

 

 中心よりわずかに右。

 最後の4本目を番える。この最後に、一番の集中を要する。途中までうまくいっても気を緩めるな、とイルタは言っていた。その言葉を頭の中で反芻し、呼吸を整えて、狙いを定める。

 そして、放った。

 

「……っ!」

 

 命中。的の中心。

 つまり、4本すべてが命中した。

 控えの履修生たちが、小さく拍手を贈ってくれる。皆中でなければ許されない拍手を、リューリは恭しく頭を下げて受け取った。

 

「……やったな」

「……ああ」

 

 座り込むと、サイマが拳を突き出してくる。リューリもそれに自分の拳を合わせた。

 

「なんつーか、ここまで来たって感じだな」

「いや、心臓バックバクだよ」

 

 情けない感想を漏らすと、サイマは笑って肩を叩いてくる。友人として、この偉業を誇らしく思っているらしい。

 そんなサイマの肩を叩く音に気付いたのか、離れた場所に座っていたイルタと視線がある。イルタは、静かに笑って、一度だけ頷いてくれた。意を得たリューリも会釈をする。

 

「最初の頃なんて、1本当てられたらいーなーぐらいだっただろ? 何があった?」

「色々とな」

 

 もちろん、ヨウコに見合う男になれるようにという一心での思いだ。

 ヨウコと初めて話をした頃、弓道を始めた頃、継続高校に入学した頃。その時のリューリには誇れるものなど全くなかった。だから、そのままでヨウコに告白しても玉砕必須だったからこそ、できることをやりたいと思って、リューリは弓道と勉強をまずは頑張ろうと決めたのだ。勉強の成果はまずまずだが、今日の皆中はひとつの自信にもつながる。

 

「……」

 

 空を見上げると、陽はやや傾いて、空にはほんの少しだけオレンジが混ざっていた。

 今日は、継続高校と黒森峰女学園の試合が行われている。聞けば、相手はかつて前人未到の9連覇を成し遂げた強豪校だそうだ。

 けれど、先日のヨウコの様子を見ると、もしかしてやれるんじゃないか、と思わせられたのだ。

 

 普段、弓道の授業が終わった後、リューリは着替えと荷物の回収を終えたら自分の部屋へと直帰する。今までは部屋でのんびりする時間を作るため、そして今は勉強するために。

 しかしこの日は、少しばかり寄り道をした。校舎にあるコミュニティスペースへ行くためだ。そこにはテレビが置いてあり、完全下校時刻までは自由に使っていいことになっている。リューリの部屋にテレビはないため、情報が入るのは随分と遅い。

 今日それを見ることにしたのは、戦車道の試合の結果を早く知るためだ。

 だけど。

 

「……」

 

 嫌な予感は、していた。

 コミュニティスペースでは、何人かの教師や生徒がテレビ画面を注視していた。そしてその誰もが、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。

 それでも、希望を失いたくなくて。自分に「もしかしたら」と希望を見せてくれたヨウコを信じたくて、リューリはテレビに向かう足を止めたくなかった。

 けれど。

 

『戦車道全国大会、黒森峰女学園は継続高校を破り、準決勝への進出を決めました』

 

 頭が真っ白になった。

 

『黒森峰女学園は一昨年まで9連覇しており、今年の全国大会で再び頂点に立つことができるのか注目が高まっています。準決勝の相手は聖グロリアーナ女学院で――』

 

 もはや、敗者には興味もないのか、それともまだ2回戦だからか、継続高校と黒森峰女学園の試合はダイジェスト形式だ。

 そしてその映像の中で、ヨウコが乗っていると言っていたⅢ号突撃砲が、黒煙を上げ、白旗を掲げているのがリューリの目には確かに映った。

 

◇ ◇ ◇ ◆

 

 黒森峰女学園の強さはヨウコも知っている。戦車道をやっていれば一度は耳にするし、この全国大会でも1回戦は知波単学園相手に完封勝ちしているのだ。

 先輩のユリやミカも、前に黒森峰とは戦っており、そして負けたという。だから、この2回戦は鬼門と言っても過言ではない。

 

「時間だ」

 

 スピーカーからカンテレの音色が流れてくる。エルノが言うと、トニは操縦桿を動かしてⅢ号突撃砲の進路を変えた。

 試合開始の号砲は、ほんの十分ほど前に鳴っている。試合会場は湿地帯を中心とした林と山を擁する地帯。黒森峰は重戦車を多く起用するため、軽戦車をメインに据える継続高校からすれば、地の利を得たと言えるだろう。

 だが、フィールドアドバンテージは気休め程度でしかない。相手は王者だ。

 

――1回戦であまり活躍できなかったのも、よかったかもしれないな

 

 試合前のユリの言葉を思い出す。曰く、青師団高校との試合でヨウコが腕を見せなかったことで、黒森峰はまだヨウコの長距離狙撃の腕前を知らない。対戦相手の試合は確認している黒森峰からしてみたら、ヨウコは隠し玉、秘密兵器と言えよう。

 

――人が活躍できる場所は、風のように不意に訪れるものでもあるのさ

 

 そしてミカは、相変わらず分かりにくい言い方をしていた。けれど、この2回戦でヨウコが活躍する機会が到来するかもしれない。そういう意図なのはヨウコも分かっている。

 

「ユリ、私たちは手筈通り高地に行くよ」

『分かった。頑張れ』

「頑張る」

 

 ユリに報告をして、Ⅲ号突撃砲はこの試合会場全体を見渡せる高地へと向かう。

 継続高校の戦い方はゲリラ戦術を主としているため、今回のような雑木林がある場所では優位に立ちやすい。

 黒森峰の戦い方は火力と装甲にものを言わせて前進し続けるものだが、湿地帯であれば速度は幾分落ちる。さらに継続お得意のゲリラ戦で足止めをしつつ、高所からヨウコが狙撃する、という作戦だ。

 

「……ふぅー……」

 

 高地へと向かう戦車の中で、ヨウコは深く息を吐く。

 もちろん、作戦が簡単にいくとは思えない。頭の中でイメージトレーニングは何度も済ませているが、その通りに現実が進むとは到底思えなかった。

 すべてが自分の腕にかかっている、というプレッシャーがヨウコの中にはある。

 

「大丈夫だよ、ヨウコ」

 

 サミが砲弾を装填しながら声をかけてくる。

 内側に向いていた意識が、開いた。

 

「ヨウコひとりで全部抱え込まなくて大丈夫。いざとなったら、私たちもできることをやるから」

 

 振り返れば、サミが微笑んでいた。エルノとトニも、ヨウコを見て頷いている。

 戦車は1人だけでは戦えない。このⅢ号突撃砲には、今やヨウコにとって頼もしい3人の仲間が乗っている。

 すべての責任と負担を、ヨウコに負わせはしない。

 その意図を、ヨウコは理解できるようになっていた。

 

「……ありがとう」

 

 ヨウコはそう告げて、帽子を被りなおす。

 やがてポイントに到達し、ヨウコは一度戦車の外に出て状況を確かめる。山の中腹辺りにあるこの場所は、メインの戦場となるであろう湿地帯が視界に捉えられる。さらに周囲は木々が生い茂っており、見つけにくい場所だ。ここならじっくりと狙いを定められる。

 そうしてポイントについてからおよそ20分。砲撃の音がよく聞こえるようになってきた。つまり、戦場がヨウコたちの近くへ移動していることになる。

 ヨウコは戦車に戻り、スコープを覗き込む。先ほど確認した、開けた部分からは戦車が何両か見て取れた。継続側の車両はT-26が2~3両、黒森峰側はパンターとヤークトパンター、そしてティーガーⅡ。

 

「ティーガーⅡか……」

 

 呟く。確かあの車両は黒森峰の副隊長車だったはずだ。もっと周囲に目を配らせて、隊長車であるティーガーⅠを探すが、まだ見当たらない。おそらく後方で指揮を執っているのだろう。

 改めて、ここから狙える戦場を確認する。お互いのチームの戦車はそれぞれ3両程度。黒森峰は戦術上、遅延戦法など取らないだろうが、今いる湿地帯の地面が柔らかい故か速度はあまり早くない。継続側も抗戦しているので、今がチャンスだ。

 

「やろう」

 

 言葉にすると、Ⅲ突の車内に緊張が走る。1回戦にも参加しているとはいえ、こうして自分たちで独立して行動し、しかも敵を狙うのは初めてだ。

 行動を起こしたヨウコ自身、緊張している。スコープを覗き込み、狙うはティーガーⅡ。副隊長の銀髪の女子が、周囲を忙しなく見渡しながら、咽頭マイクに指をやって指示を飛ばしている。こちらには気づいていない。

 トリガーに指をかける。だが、この時点でヨウコも大分緊張していた。人差し指が、小刻みに震えているのが自分で分かる。

 

「……ふー」

 

 再度息を吐いて、自分の中の緊張を和らげようとする。

 今は試合中だ。自分の緊張に気を取られて機を逸しては元も子もない。今一度、標的を見据えて、指に力を籠める。

 自分は、自分を変えるために戦車道を始めたのだ。そして、この大会で結果を出して、やりたいことがある。それなのに、緊張して何もできませんでした、など笑い話にもならない。

 だから、意を決して引き金を引いた。

 

「――ッ!」

 

 轟音が響き、戦車の中が揺れる。

 だが、ヨウコは決してスコープから目を離さずに、弾の行く末を見定める。

 ティーガーⅡは、まだ動いていない。他の戦車も、こちらの砲声に気づいた様子はない。主戦場である湿地帯での砲戦で、音が聞こえづらいのだろう。

 瞬きも忘れて、ヨウコはスコープの中の景色に集中する。

 天候は晴れ、風もほとんどない。視力がいいからこそ弾は視認できる。自然環境的なコンディションは抜群だ。

 だからこそ。

 

「……あっ」

 

 自分の撃った弾が、ティーガーⅡに命中せず、掠っただけに終わったのが見えた。

 しかも悪いことに、黒森峰の副隊長はそれにすぐ気づいた。首にかけていた双眼鏡で周囲を――特に高い場所を見渡している。掠り傷の具合で、高所からの狙撃と即座に気づいたのだろう。

 そして、スコープ越しに、双眼鏡越しに、ヨウコと黒森峰の副隊長との視線が合った。

 

「失敗した、移動して!」

 

 ヨウコがすぐに指示すると、トニがエンジンを始動させてバックする。

 みんなから期待されてこの役を負ったというのに、弾を外したうえ完全にバレてしまった。きっと黒森峰も、こちらに向けて何かしらの策を立てるだろう。もし、戦車を数両寄こされたりしたら勝ち目はほとんどない。ここはまず隠れてやり過ごすべきだ。

 

「ユリ、ごめん。失敗した……」

『気にしなくていい。どこかに身を隠すんだ』

「そうする」

 

 ユリに報告するが、向こうはさして慌てていない。さすがは全国大会の経験者、先輩というべきだろうか。

 それよりも、とヨウコは地図を取り出してどこか身を隠せそうな場所を探す。

 

「えーっと……」

 

 地図を見る勉強は今までしてきたのに、自分の足でそれを学んできたはずなのに。今いる場所がどこなのかすぐに分からない。初撃を外してしまったことによる動揺のせいだろう。それが自分でわかるだけまだマシかもしれないが、今は試合中だ。早く何とかしなければ。

 

「ヨウコ、どっちへ行く?」

 

 トニが聞いてくる。操縦の腕は確かだが、トニ一人ではどこへ行けば最適かつ生き残れるかわからない。だから、ヨウコに指示を仰ぐのだ。

 自分の頭をフル回転させて、地図上と現実の地形から今の場所を推測し、地図と照らし合わせる。

 

「……東、右へ行って。そっちの方が、隠れられる場所が多い」

「分かった」

 

 操縦桿を操作し、三突が東に進路を変える。この先にあるのは起伏に富んだ森林地帯。物陰に身を隠してやり過ごすか、不意打ちを食らわせられるか。いずれにせよ、Ⅲ突の特性上そちらへ行った方がいい。

 

「……」

 

 先ほどの一撃を外してしまったことは、正直今でも後悔している。試合に参加するにあたり覚悟は決めていたし、自分の力を信じてくれている皆の期待に応えたいとも思っていた。何より、ユリに尋ねられて頷き、志願して参加したからこそ何の成果も挙げられないのが嫌だった。

 キューポラから頭を出し、周囲に目を配る。耳を澄ませて、自分たちの戦車以外に駆動音がないかを確認する。黒森峰の副隊長に見つかってから、まだ時間はあまり経っていない。それでも、恐らくは足回りの良い戦車を寄こしてくるだろうから、油断はできなかった。

 その時、わずかに開けた場所へ出た。岩肌が目立つ場所で、生えているのは雑草程度しかない。

 そこへ出た瞬間に、ヨウコの中で嫌な予感が働いたのと、横っ腹から衝撃を受けたのは同時だった。

 

「!?」

 

 生存本能によるものか、即座に戦車の中に引っ込むヨウコ。そして戦車の動きが圧倒的に鈍くなり、耳障りな金属音を立てながら横滑りする。履帯と転輪をやられたと分かった。

 わずかにキューポラから頭を出して、様子を窺う。パンターとⅢ号戦車が1両ずつ、こちらに向かってきていた。やはり、黒森峰の中でも機動力の良い戦車が差し向けてきたのだ。そして、地形図からこちらの動きを予測し、ショートカットしてすばやくこちらへ移動したのだろう。

 そんなことを考えられるぐらいには、ヨウコは()()()()()

 

「ああ……」

 

 口から空気が漏れる。Ⅲ突は前にしか砲塔が向かない。それが今向いているのは明後日の方向。履帯と転輪をやられているから、向きを変えるのはもちろん、前後に進むこともできやしない。

 当事者でも、見るに及ばず、勝敗は既に決してしまった。

 Ⅲ突のものではない砲声と、自分たちを激しく揺さぶる振動が、その証拠だ。

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