「あぁ、悪いが俺を止めることは誰にもできない、お前にもな」
「いえいえ、私は貴方を止めるつもりなんて全くありません。むしろ貴方の試練を祝福しているのです」
「……本当に気味の悪い奴だな、お前」
「ふふっ、誉め言葉と受け取っておきましょう」
「それじゃ、俺はもう行くぞ」
「あぁ、ちょっとお待ちを」
「……?」
「ここであったのも何かの縁です、最後に握手をいたしましょう」
地獄の入り口
……都市には、今日もあらぬ噂が流れている。
曰く、契約を破れば全てを奪う魔法使いがいる。
曰く、貧しい人々に希望を与える神父がいる。
曰く、人々の死骸を集めて人形に作り替えるものがいる。
曰く、刀狂いが夜な夜な辻斬りを行っている。
曰く、昨日死んだはずの人間が、翌日も何故か歩いている。
曰く、路地裏で奇妙な生体兵器を作ろうとしているイカれた研究者がいる。
曰く、望んだ知識を与える『図書館』がある。
そして……
ここは都市のとある路地裏の一角。
特異点の実験かはたまた路地裏の研究者の失敗か、周囲はある日突然沼に覆われてしまったようで、今ここに住んでいる人は私くらいしかいません。
そんな土地のあばら家の中に、私は住んでいます。
私の名前は
しかしある日、私の世界は突如崩壊してしまったのです。
なぜそんなことが起こったのかはわかりません。
しかし一夜にして滅びた世界から何とか生き延びた私たちは、怪物たちの跋扈する海に飛ばされてしまったのです。
そこで『巡礼者』と呼ばれる怪物に匿われ、生き残った人々やおにいさんと一緒に過ごしていましたが、ある日私を残して全滅。
その後目の前に現れた扉を潜り抜けた結果訪れたのが、この『都市』と呼ばれる場所だったのです。
「……それにしても、私の人生散々だ」
この『都市』という場所は、かなり恐ろしい場所だったのです。
それはもう、今も私が生きているのが不思議なくらい。
言ってしまえば今私がいるのは地獄の入り口、えげつない世界でもぎりぎり生きていける場所でしかないのです。
そんな中、心を落ち着かせるために簡易ベッド(長方形の箱に水分少なめの泥を詰めてビニールシートをかぶせてみただけの物)に腰かけながら所持金を数える。
「……はぁ、何とかお金にちょっと余裕ができたよ」
なんとかゴミあさりや落とし物でお金を工面し、今日を生きるために必要な分のお金を得ることができました。
それどころか少しだけ、お金に余裕ができてきたのです。
ちなみにこの世界でお金を稼ぐのは、並大抵のことではありません。
なんせ、体を売って稼ぐという言葉が、そのまんまの意味でつかわれるようなモラルの欠片もない世界なのですから。
「しかし、どうしよっかなぁ……」
一応住んでいるところが碌に価値のない場所なおかげで、組織への上納金も少なくて済みます。けどこのまま纏まったお金を持っていたら、目を付けられるかもしれないし……
「……ちょっとだけ、贅沢しようかな?」
本当なら、もうちょっとためて武器とか、身体強化? をしたほうがいいのかもしれないけど……
正直、戦うのは怖いし、それに身体強化? で一番手軽なのが入れ墨だそうで、正直元日本人としては結構抵抗が……
それに、あの日からまともな食べ物を食べたことがないし…… 正直、ちょっと気になっているお店があるんだよね。
「……一回、行ってみようかな。ハムハムパンパン」
私は、以前から行きたいと思っていたお店の名前を思わずつぶやく。
こんな路地裏に出店した変わったチェーン店。前からずっといい匂いがしていて、気になっていたの。
「……よし、それじゃあ行くぞぉ!」
こういう時は思い切りが大事、さっそく行ってみよう!
「いらっしゃいませ!」
「……ど、どうもお邪魔します」
カツアゲにあわないかちょっと心配しながらハムハムパンパンに向かったけど、何事もなくついてよかったぁ。
でも、こんな服でも店員さんが眉一つ動かさずに接客してくれるのはすごいなぁ。やっぱり路地裏だから私みたいに小汚い格好の人が多いのかなぁ?
今の私の格好は、日本にいた時から変わらない高校指定のセーラー服だ。かつてはピカピカで皴一つなかったのに、今では所々ほつれて、砂汚れでかつての面影はほとんどない。かわいくてお気に入りだったのにぃ……
「本日はどのようなご用件ですか?」
「あっ、パンを買いに来ました。メニューを見せていただいてもいいですか?」
「はい、もちろん大丈夫ですよ」
そういって店員さんは私にメニューを渡してくれる。
ちなみに日本みたいにほしいパンをとってレジにもっていく形式ではなく、店員さんにもってきてもらう形だ。
まぁ、そんなことしてたらここら辺の治安的にどんなことになるか明白だもんね。
「えっと、それじゃあこのおすすめのサンドウィッチをお願いします」
「かしこまりました、店内でお召し上がりですか?」
「えっと…… お願いします」
「はい、~アンになります」
「……どうぞ」
「それでは少々お待ちください」
そういって店員さんが奥へと消えていって手持ち無沙汰なので、店内を見まわしてみる。
なんだかとっても小奇麗で、このお店が本当に路地裏にあるのかと疑ってしまう。
店内はそこそこ広く、店員さんが言った通り飲食スペースがあるみたい。
今はお昼時も過ぎているので、お店で食べている人も少ない。まぁ、お値段も結構するので、あまりここで食べる機会がないのかもしれないよね。
お店の中で食べているのは一組だけ、それも身なりからしてかなりすごそうな人だ。
一人は真っ白な女性です。どこか神秘的で天使のような意匠の戦闘スーツを身にまとっています。三つ編みにした髪の毛も陶磁器のような肌も真っ白で、本当の天使さんみたいです。
そしてもう一人の男性も、真っ白な服を着ていました。
その人ははねっ毛の青髪で、モノクル? のようなものを左目に着けて、真っ白なタキシードを着ていました。それに、背中には真っ黒な音符のような鎌を背負っている。
明らかに上等な装備、おそらくは相当高位なフィクサーに違いありません。
私は今まで高くても8級フィクサーしか見たことがありませんが、おそらくはそれのはるか上、もしかしたら1級レベルかもしれません。
「まったく、ローランはいつになったら来るんだ?」
「…………」
「もう先に食べちまうか?」
「…………」
「よし、それじゃあいただきまーす」
二人の会話になってない会話が耳に届く。
天使のような彼女はしゃべってないように見えて何らかの方法で会話をしているのか、それとも言葉なんていらないくらい以心伝心なのか……
「お待たせしました、おすすめサンドウィッチです!」
「あっ、はい。ありがとうございます!」
お店の人からトレーを受け取って、空いている席に着く。
さっきの二人からはなるべく離れて目立たないところへ、だって何かしらの因縁をつけられたらもう終わりだもん!!
「……いただきます」
なるべく存在感を消していただきますをする。こんな惨めな生活でも、いやこんな惨めな生活だからこそ、食材への感謝を忘れたくはなかった。
「あむっ、んんっ! おいひぃ!!」
今日のおすすめサンドウィッチはとってもおいしかった。
卵ときゅうりのシンプルなサンドウィッチかと思いきや、ハムも挟まっていて辛さ控えめのからしマヨネーズまで塗ってある。
しかもそれがそこそこの大きさで6切れ、正直値段以上のボリュームであった。
「あむっ、ぐすっ、むぐっ…… おいしい」
あまりのおいしさに、思わず涙が出る。
久しぶりに食べる文明的な食事、今までの生ごみと大差ない食事と比べるのがおこがましいくらいのおいしさに、感動してしまう。
「……ごちそうさま」
あまりにもおいしいサンドウィッチに心奪われ、気が付けばあっという間に完食していた。
一度これを食べると、もう今までの生活水準には戻れそうになかった。
「……もう一回食べれるように、頑張ろう!」
そして決意する。このハムハムパンパンを毎日食べに来れるくらい稼げるようになろうと。
この世界に来てから初めての明確な目標、生き残る以外の前向きな気持ちを得ることができた。
……しかし、浮かれていたせいで私は、とんでもないミスを犯してしまっていた。
「すまない、君はもしかして……」
「ひっ!?」
そう、気が付けば私は目立ってしまっていたのだろう。先ほどの白い男の人に声をかけられてしまいました。
「ごっ、ごめんなさい!!」
「あっ、ちょっとまっ……」
トレーをそのままに、急いで店から飛び出す。
私たちのような路地裏でもヒエラルキーの低い人間にとって、フィクサーは雲の上のような存在であった。
彼らの機嫌を少し損ねただけで殺されそうになったことは、枚挙にいとまがない。
彼らにとって私は地を這う虫のような存在で、その日の気分で殺すか殺さないかを決められる程度の存在でしかなかった。
「ひっ、ひっ」
それでも私は、逃げ足にだけは自身があった。
今まで何人もの9級フィクサーから逃げ切った実績のある足は、この高位のフィクサーであろう男に対抗できるかはわからない。
それでも無残に殺されることを待つよりは、こうして逃げ惑った方がよっぽどマシであった。
「はあっ、はぁっ、はっ!」
「ふぅっ、ふぅっ…… だ、大丈夫、だった……?」
1時間くらい走っただろうか? あの白い男が追ってきている様子はなかった。
「……あれ、ここ何処?」
だが、ここで致命的な失敗に気が付く。
必死に逃げ惑ったせいで、まったく知らない場所に迷い込んでしまったようだ。
これはまずい、なんせ路地裏では群れなければ生き残れない。
今の私は、一人でのこのこ肉食獣のテリトリーに入ってきた草食獣の子どもでしかないのだ。
「あっ、あぁ……」
体が震え、歯がかみ合わなくなる。
そうしているうちにも周囲に誰かが集まってきて、私を囲もうとしている。
「あっ、あぁぁぁぁ!!!!」
「おい、逃げたぞ! 捕まえろ!」
何とか囲み切られる前に抜け穴を見つけ、全力で走り抜ける。
そのまま包囲網から抜け出しても、男たちは執拗に私のことを追いかけてきた。
「あの女、さっきハムハムパンパンから出てきてたぞ!」
「なら金に余裕があるはずだ! 絶対に逃がすな!」
「あの体つき、きっと内臓も高く売れるぞ!」
「いや、身代金が取れるかもしれねぇ! まずはそっちからだ!」
随分と身勝手な言葉が飛び交い、さらに恐怖の感情が呼び起こされる。
この人たちにつかまれば、確実に命はない。
その一心で、背後の見える恐怖から逃げ出していく。
地獄の鬼ごっこが、幕を開けたのであった。
「はあっ、はあっ…… 逃げ切った?」
「うぅ、ぐすっ…… どうして私がこんな目にぃ」
何とか命の危機を脱した安心感と、先ほどまでの恐怖から、思わず涙が出てしまう。
今までは、普通の女子高生だったのに、平和な日本で暮らしていたはずなのに……
気が付けば、命の危険と隣り合わせな、危ない異世界に飛ばされてしまった。
この世界で私は、いつ死んでもおかしくないヒエラルキーの最下層。
たまたま出会った親切なネズミの三人組がいなければ、私はきっとすぐにこの都市の悪意に飲まれていたことでしょう。
「……あれ、周りに誰もいない?」
ふと、周囲を見回してみると、周りには誰もいませんでした。
気が付けば、日も落ちてあたりは真っ暗です。
慌ててスマホを確認する。
……よかった、どうやらまだ『路地裏の夜』ではないみたい。
「でもこのままだとまずいよね、何とか路地裏の夜になる前に家に帰らないと……」
しかし、今日の私はとことん運が悪かったのです。
本来なら路地裏の夜にしか現れないはずの、奴らがすぐ近くにまで迫っていたのですから。
「18293746583」
「293847261847463」
「3748」
「……えっ」
先に彼らを見つけられたのは、もはや幸運でしかありませんでした。
ガスマスクのようなものを付けた人間の形のなにか。その腕にはかぎ爪を付け、人間を燃料にする、路地裏の恐怖の象徴。
『掃除屋』
その絶望が今、それが3体も私のほうへむかってきているのです。
「……っ!」
迷っている時間はありません。
奴らに気づかれる前に、少しでも距離を開けておかないと。
「48729594」
「9584738」
「5867493」
しかし、彼らはすぐに私に気が付いて追いかけてきました。
今まで何人もの9級フィクサーから逃げおおせたこの足ですが、さすがに掃除屋相手に使ったことはありません。
それでも自分の逃げ足を信じて、何とかこの危機から脱する必要があります。
「はぁっ、はぁっ、なんでぇ!?」
でも、どうしても文句を言いたくなってしまう。
「いやっ、いやっ!!」
「1102938192」
「983647381196」
掃除屋たちが、まるでいたぶるように余裕をもって距離を詰めてくる。それはまるで狩りのようだ。
「どうして、まだ路地裏の夜でもないのに!!」
私は、思わず自分の不幸を呪わずにはいられなかった。
「どうして……」
元々は日本に住むどこまでも普通の女子高生だったのに。
「どうして私ばっかりこんな目に!?」
どうしてこんなにも理不尽な目に合わなければならないのか?
「くっ、くそぅ!」
このままでは埒が明かない。
そう思った私は、賭けに出ることにした。
気が付けばここはすでに私が知っている場所だった。
この角を曲がれば大きなゴミ箱がある。
しかも周囲には細かい路地がたくさん、何とかここで掃除屋をまくしかないない!
「……ふっ!」
反対へ曲がるようにフェイントをかけてから角を曲がる。
そして勢いよくゴミ箱のふたを開けて箱が揺れないように勢いを調整してから中に飛び込み、ふたを閉める。
あとはこれで、どうにか遠くへ行ってもらうしかない……
「……739578632904857」
「47395729050」
「084937857493」
「8574383947」
「47584937390587」
……あぁ、だめだ。確実にこっちに気が付いている。
その足音は迷いなくこちらに近づいている、悪趣味にもこちらに良く聞こえるように音を立てながら。
あぁ、どうかここから遠くへ誰か連れて行ってくれないだろうか?
思わず目を閉じて、祈り始める。
……しかし、その祈りは思わぬ方法で届くのであった。
「……っ! ……っ!?」
どこからともなく現れて無数の『手』によって、私の目と口と四肢が抑えられ、どこかに引き摺りこまれてしまったのです。
い、いやだ、助けて! 死にたくない!
しかし、そんな叫びも抵抗も、この『手』の前では無意味であった。
そして私の意識は、暗闇の中に沈んでしまうのでした……
「ようこそお越しくださいましたお客様! 『動物園』にようこそ!」
「……えっ?」
気が付けば、不思議なところに私はいました。
周囲はゴミ箱の中ではなく、どこかの建物のエントランスのような場所。
真っ赤な絨毯に同じく真っ赤な壁紙、天井にはシャンデリア。
周囲にはいくつもの通路が存在しており、その先は暗くてよく見えない。
そして目の前にいるこの男。
青い癖毛のこの男は、 服装は無駄に高価そうなスーツを着ており胡散臭い雰囲気をまとっている。
しかし、最も特徴的なのはその顔だ。
「ひっ」
その顔は、私には認識できないものであった。
体も、髪の毛も、肌も、他のすべては認識できるのに、顔だけは認識できない。
私に見えるのは、まるで望遠鏡をのぞいた先の星海を切り取ったかのような星々だけであった。
「あ、あの、ここってどこですか? 私さっきまでゴミ箱の中にいたんですけど……」
顔はともかく、とりあえずは話が通じそうなので声をかけてみる。
すると彼は、楽し気な声が聞こえてきた。
「あぁ、ということは『常夜』の扉のから来られたのですね」
「しかし大丈夫! ここはあなたたちに新たな選択肢を提示する場所……」
「かつて『ロボトミーコーポレーション』のもとで管理されていた、この世の法則から外れた不思議な存在、『幻想体』を擁する『L社の遺産』!」
「あなたはここで、命を懸けて『幻想体』と触れ合い! 観測し! お世話をし! 戦うことで!」
「その報酬として最もクリーンで高価なエネルギー、『エンケファリン』を得ることができるのです!」
その言葉は、楽し気で、熱狂的で、夢にあふれていて、とっても狂気に満ちていた。
男は仰々しく身振り手振りをしながらこの場所の説明を熱心に行っている。
……もし、この場所が本当に彼の言うとおりであるならば。
私でも、この生活を脱却することができるかもしれない。
そんな風に思えてしまうほど、彼の言葉は甘い蜜のように私の心を惹いていた。
「さぁ! 自らの命をベットした一世一代の大勝負! ハイリスクハイリターンの人生大逆転チャンス!」
彼の顔が私の顔に触れ合うほどに近づき、その宇宙が眼前に広がる。
「どうです、挑戦いたしますか?」
先ほどまでの演技がかったものいいとは違う、優しくもどこかこちらを心配するような声。
その言葉に、私は思わず答えてしまった。
「……よろしい!」
彼は大げさに喜ぶ、どこか芝居がかったように。
「それではお嬢さん、あなたのお名前を教えてはくれませんか?」
紳士的な声掛け、しかし今更信用しようとも思えない。
「……ヒカリ」
だからぶっきらぼうに答える。フルネームは嫌なので、下の名前だけ。
「なるほど、私の名前は『園長』とお呼びください!」
「それではヒカリ様」
彼が、『園長』が両手を広げる。
その時、見えないはずなのに、
彼の顔が、笑っているように見えた。
「幻想の遺産を、食いつぶしましょう」
……都市には、今日もあらぬ噂が流れている。
曰く、契約を破れば全てを奪う魔法使いがいる。
曰く、貧しい人々に希望を与える神父がいる。
曰く、人々の死骸を集めて人形に作り替えるものがいる。
曰く、刀狂いが夜な夜な辻斬りを行っている。
曰く、昨日死んだはずの人間が、翌日も何故か歩いている。
曰く、路地裏で奇妙な生体兵器を作ろうとしているイカれた研究者がいる。
曰く、望んだ知識を与える『図書館』がある。
そして……
この世の物とは思えない、摩訶不思議で幻想的な存在のいる『動物園』があると。
「……ここ、本当に大丈夫なのぉ?」
いかにも廃墟とでもいうような、何かの施設の廊下を歩いていく。
あの不思議な園長曰く、このエリアにいる怪物、『幻想体』という存在は余計なことさえしなければ危険はないらしい。
余計なこととは……?
「と、とりあえず気を付けて先に進まないと……!」
比較的安全なエリアとはいえ、『幻想体』とかかわらなければ報酬の『エンケファリン』はもらえないらしい。
一応説明してもらったことは、『幻想体』とのかかわり方でもらえる『エンケファリン』の量が変わるみたい。
それは『幻想体』ごとに好みのかかわり方が変わるから、そこに気を付けろって言われたな……
ひとまずかかわり方の種類は大きく分けて4つあるそうで、好きなことをさせる『本能』、環境を整えたり観察する『洞察』、関わり合ったり触れ合ったりする『愛着』、そして好きなことをさせない『抑圧』だってあの園長は言っていた。
ひとまず余計なことさえしなければいいとのことだが、たぶん『抑圧』をするなってことなんだろうなぁ……
「でもそれって、怪物の好きにさせろってこと? なんだか不安だなぁ……」
一応園長は『クリフォト抑止力』って力で『幻想体』の力を弱めてるから大丈夫って言ってたけど、正直怖いしなぁ……
「……ァァァァア」
「えっ? 今のって……」
しばらく歩いていると、どこか遠くの方から声が聞こえてきた。
私はこの声がどんなものか知っている。それは苦痛にあえぐ叫び声だ。
この都市で過ごしてはや数ヶ月、もはや苦痛の種類で今相手がどんな状況か判別することも容易になってしまいました。
「待ってて!」
この声の持ち主は、きっと恐ろしい目にあっている。
きっとこの声の元へ行ったら自分もまきこまれてしまう。
でも、苦しんでいる人を放っておくほど、私は人間性を捨ててはいません!
「あぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」
「こっち!」
叫び声は『T-01-54』と書かれた部屋から聞こえてきていました。
必死になって部屋の扉を開くと、そこには天井からつるされたロープで首をくくられている、拘束された男性がいました。
「大丈夫ですか!?」
もしかしたらここにいる化け物、『幻想体』に吊るされてしまったのかもしれない。
必死になって周囲をみわたし、足場になりそうなものを探す。
とりあえず周囲から用途不明の木箱を運んできて、その上に乗ってロープを何とか彼から外そうとする。
そうしている間も男性は、苦悶の声を上げながら身をよじっている。
「大丈夫、ちゃんと助けるから……!!」
「もうちょっと…… よし!」
苦しそうにする彼の様子に焦りながらも、何とか彼の首からロープを取り外すことができた。
ロープから彼を取り外し、何とか抱きかかえながら床に下ろしてお上げる。
すると彼はゲホゲホとせき込みながら喉を抑えて蹲っている。
「あ、あの…… 大丈夫ですか?」
「……んで」
「えっ?」
「なんで俺を死なせてくれなかったんだ!!」
いったい何を言っているの?
そう口に出そうとして、声が出なかった。
いや、声が出せなくなっていた。
「ぐっ、がっ……」
気が付けば、さっきまで彼の首にかかっていたロープが、私の首に掛かっていた。
必死になって苦痛から逃げようと藻掻くも、先ほどの木箱は足の届かないところに置いてあった。
「なぜだ!? なぜ俺を死なせてくれないんだ!! お前は死ぬことができるというのに!?」
助けてもらおうと彼に視線を向けるも、彼は憎しみの表情をこちらに向けて意味の分からないことを叫んでいるだけで、何もしてくれない。
いったい何がいけなかったんだろうと考えて、園長に言われたことを思い出す。
……あぁ、そっか。私は余計なことをしちゃったんだ。
意識が薄れていき、思考がうまくできなくなってくる。
頭が沸騰しそうなくらい熱くなって、視界も赤くなっていく。
やがて体から力が抜けて、何かが垂れ流される感覚が伝わってくる。
そして最後に思ったことは、
結局私は、別の地獄の入り口に入っただけなんだということだけだった……
【ヒカリ Is DEAD:T-01-54の身代わりになる(抑圧してしまった)】
T-01-i54『吊るされた一般人』
危険度クラス:ZAYIN
拘束されてロープで首を吊られている男の幻想体。T-01-54『捨てられた殺人鬼』の変異体。
『動物園』にいる幻想体の中ではかなり扱いやすい部類に入る。
ただ一つ、彼の望まないことさえしなければ……