「うわぁ、これが『森林エリア』……」
「確かに、森林だな……」
アントニオさんと一緒に森林エリアに向かうと、そこには確かに森林が広がっていました。
床や壁を覆う薄暗く光るコケ、『お出迎えエリア』とは違って壁が少なくかなり広々とした空間が広がり、所々に柱や部屋が見受けられます。
おそらくはあそこに収容室があるのだと思います。
それと、広々としているものの、所々に木々が生えてて見通しが悪いのでどこまで続いているのかまではしっかりと把握できなくもなっています。
「さて、それじゃあ少し見て回るぞ。もしかしたらすでに脱走している幻想体もいるかもしれないから気を付けるぞ」
「はい!」
「……あのぉ、少しよろしいでしょうか?」
「……えっ?」
「こちらです、こちら」
どこからか聞きなれない声が聞こえたかと思いあたりを見回すと、足元から聞こえていることに気が付きそちらに目を向ける。
すると、そこには奇妙な存在がいました。
それは、怪我をした燕のような存在でした。しかし、ただの燕ではありません。
なんと、その体はハートの形をした鉛の塊に埋め込まれていたのでした。
とてもちっぽけで、どうしようもない、ピーピーと喚くだけのただのガラクタ。
「すいません、どうか私を収容室まで戻してはくれませんか? お礼は必ずします、私のお宝をお渡ししましょう」
「えぇっと……」
それに言われた言葉に、なんて返答したらいいかわからずアントニオさんに目を向けると、彼は呆れた様な顔をしていました。
「そんなゴミのことは気にするな」
「あっ、はい。そうですよね」
「あのっ、お願いです! 私の話を聞いてください! 必ずお礼はしますから!」
アントニオさんと一緒に森の中を進んでいく。
今回の目的はエリアの大体の把握と作業、そしてとある場所を一度目にしておくことです。
「こっちの方のはずだが……」
「あの、本当にあるんですか?」
「あぁ、ちゃんと園長には聞いておいたからあるはずだが……」
脱走した幻想体がいないか警戒しながら進んでいきます。
この森の植生はほとんど見たことのないものばかりな気がするけど、やっぱりこの世界の物なのかな……?
「この植物たちが気になるのか?」
「えっ!? その、はい……」
「おそらく、この植物たちは幻想体の影響だと思われる」
「これ、幻想体なんですか!?」
その言葉に驚き思わず声を上げると、アントニオさんはこちらを咎めるような視線を送ってきたので急いで口をふさぎました。
そんな私の様子を見て呆れたように息を吐いたアントニオさんは、丁寧に説明を始めてくれました。
「いや、これは幻想体ではなく、幻想体の特性として『周囲の環境を自分の過ごしやすい環境に書き換える』というものがあるらしい」
「本来は『クリフォト抑止力』という力でその特性を抑えることができるのだが、この『動物園』の抑止力は本来の物と違いただの紛い物でしかないから、少しでも環境の変化を抑えるために同じような変化をする幻想体をまとめているとのことだ」
「なるほど……」
なんとなくだけど、わかった。結局本物の動物園みたいに、住んでる動物の地域や気候ごとに飼育する場所を変えてまとめておく、みたいな感じか。
「おっ、見えてきたぞ」
「あっ、これが……」
気が付けば、目標の場所の目の前まで来ていた。
『禁忌侵食領域』
ここが、危険ゆえに入らないほうがいい、特別な収容室…… いや、『収容空間』。
恐ろしい幻想体をたった一体収容するための、専用エリア……
「この中には、特別強力な侵食能力を持っていたり、外部に出すとこの『動物園』に深刻な被害を発生させる可能性のある幻想体が収容されているらしい」
「それは、本当に恐ろしい幻想体なんですね」
「あぁ、少なくとも今の私たちが挑戦できる相手ではないだろうな」
木製の、木の幹に埋め込まれたようなドアにツタが絡みついている。幻想的な、ファンタジーみたいな光景のはずなのに、何故かおぞましさがにじみ出ている。
私は、なんとなくその扉の表面を撫でてみる。
そして、後悔した。
「……ラ サクラ!?」
「はっ!?」
気が付けば私は、アントニオさんに肩を掴まれて揺さぶられていました。
とても心配した様子のアントニオさんを見て、なにか良くないことに巻き込まれていたことに気が付きました。
「勝手な行動をするな!! 大丈夫か!?」
「えっと、大丈夫です。ちょっと変なものが見えていただけで……」
「幻覚か!? まずい、すぐに処置しないと……」
「いえ!? そうじゃなくて、中に入るかどうかの選択肢が出てきたと言いますか……」
私の言葉を聞いてアントニオさんは安心したようにほっと息をついた。
多分、変な精神汚染は効いてないと思うけど……
「ご心配をおかけしてすいません! とりあえず、ここは触らないほうがいいと思います」
「……わかった、とりあえずここを離れよう」
アントニオさんと一緒にこの場を離れて森の中を進んでいきます。
そして、しばらく進んでいくと突然アントニオさんが立ち止まり私を手で制しました。
「静かに…… 幻想体だ」
「えっ……?」
静かに、息をひそめながらアントニオさんの指さした方向に目を向ける。
「……ナメクジ?」
すると、そこには巨大なナメクジがいました。
……いや、違う。よく見ればあれは、少し大きめのナメクジの集合体だ。
いくつもの大きめのナメクジが寄り集まり、巨大なナメクジの形になって森の中を這いずっていた。
「……少し回り道をするぞ」
「……は、はい」
アントニオさんの後ろをついて、この場から離脱する。
幸い、例のナメクジはこちらに気づくこともなく私たちとは違う方向に進んでいきました。
初めての脱走した幻想体を見かけて、悪寒を感じてしまう。アントニオさんは武器を持っているものの、今私に武器はない。もしも脱走した幻想体と出会ってしまったら、一体どうなってしまうのだろうか?
「……よし、ここまでくれば大丈夫か」
「あの、ありがとうございます」
「気にするな、とりあえず見つからなくてよかった」
ある程度進んだところで、二人でほっと息をつく。
どうやら、ひとまずは危機が去ったようだ。
「よし、とりあえず作業を行って帰るとしよう」
「わかりました、ある程度は内部がわかりましたもんね」
とりあえず、近くの収容室の番号を確認する。
『O-03-i104』
もちろん、知らない番号だ。
このエリアからは、園長さんは情報をくれなくなりました。まぁ、なくてもちゃんとお仕事はしますけどね!
「それじゃあ入りますね!」
「あぁ、行ってこい」
「はい、行ってきます! ……あれ?」
扉に手をかける前に、一瞬目の前の扉がぶれた様な気がした。
でも、触ってみても特に違和感はない。もしかして見間違えかな?
「まぁいいか」
前と同じように神様と仏様にお祈りをして、扉を開く。
「……えっ?」
そして、収容室の中に入った私は驚愕する。
「あら、久しぶりサクラ。また会えてうれしいわ」
そこにいたのは、『O-01-i01』。……いや、マシロちゃんだった。
あれから一切彼女に会いに行かないようにしていたのに、そもそもここは『お出迎えエリア』ではないはずなのに……
そんなことを考えながら固まっている私の目を見て、彼女は笑う。
「ちゃんと約束、守ってくれたのね」
その目は、とても人間の物とは思えなかった……