Legacy of Reverie   作:名無しの権兵衛

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本の中:魂の種

「おいおい、嘘だろ……!?」

 

 手首の断面から青白い炎を噴出しながら、ひとりでに飛び上がる人の腕の形のろうそく。

 

 それは突然の出来事に驚き固まっているローランめがけて勢いよく飛んでいった。

 

「くそっ!」

 

 青白い光が弾丸のように迫りくる。迸る燐光はどこか幻想的で、ローランの瞳に嫌に焼き付いた。

 

「うおっ!?」

 

 身をよじると突風と共に青白い炎が彼の頬をかすめる。不思議なことに、その炎は頬を熱するというよりも、むしろ熱を奪うような冷ややかさがあった…… この一瞬の接触で、全身に寒気が走る程度には。

 

 回避の体勢から立て直し、迎撃の準備を始めるローラン。しかし、そこに追撃を仕掛ける手の形をした蝋燭…… 『魂の種』

 

 かつてロボトミー本社に存在していた…… 本来の歴史では存在しえない、悍ましい本性を隠した幻想体である。

 

「甘いんだよ!!」

 

 突っ込んでくる魂の種に剣を振るい、弾き返す。見た目よりも重い感触に腕をしびれさせるも、確かな手ごたえも感じるものであった。

 

 すると魂の種は体勢を崩し、勢いよく回転しながら床を転がり跳ねていく。その様子はねずみ花火のようでもあったが、残念ながらローランにはそのようなもので遊んだ記憶はなかった。

 

 体の回転に自由に行動できないように見える魂の種、彼我の距離はそう遠くない。

 

「ふっ!」

 

 もちろん、その隙を見逃すローランではない。

 

 一気に距離を詰めた彼は、床を転がる魂の種を踏みつけ剣を突き刺し、床に縫い付ける。見た目は完全に蝋と化しているように見えたが、まるで腐った肉を穿ったかのような不快な感触に、ローランは少し眉をピクリと動かした。

 

 すると手首の断面から噴出していた青白い炎が一瞬揺らめいた。

 

「これでどう…… うおっ!?」

 

 突如魂の種から溢れ出した冷たい炎の濁流により、次はローランが床を転がることとなった。

 

「ぐえっ、うぉ……」

 

 床にたたきつけられ肺腑の中の空気がすべて吐き出された。

 

 腐臭漂う冷たい炎に焼かれ、ローランの全身が凍える。それは物理的な冷たさではなく、何処までも静かで、一人で、空虚な心の冷たさであった。

 

 身に焼かれるほどに心は冷たく冷え込み、徐々に気力が奪われていく。それと同時に体温も奪われたかのようにぶるぶると見を震わせ始める。

 

 そこでようやく、床にたたきつけられて吐き出された酸素を求めて息を荒げる。体は必死に生き延びようと努力するも、心はそれに追いつかない。このままではダメだと脳が危険信号を発するも、床に投げ出された体は凍り付いたかのように動いてくれない。

 

 うすぼんやりとした意識の中で、諦めの言葉ばかりが思考を埋め尽くす。もういいじゃないかと、何をやっても意味はないんだと。

 

 ローランは冷たくなっていく自分の心に覚えがあった。そう、それはあの日、間に合わずに目の前で……

 

「……っ」

 

 青白い炎はいまだにローランの身体で燻ぶり、その心を焦がし続ける。しかし、彼にはなさねばならないことがある。確かめなければならないことがある。

 

 そのためには、こんなところで躓いている暇はない。そう、自分を鼓舞する。

 

 再び彼の心に宿るのは、激情。幻想体という不可思議の存在による精神攻撃すらも上回るほどの、■■。

 

 震える心と体に喝を入れ、無理やり体を叩き起こす。もうあの時のような無気力な、投げやりな自分には戻らない。なぜならもう目の前に、手の届く範囲に……

 

 ゆらゆらと宙に上り始めた魂の種は、再び立ち上がった男の姿にその体を震わせた。

 

 骨も肉もなく、魂だけの存在になったとしても、そこには確かに感じられるものがあったのだ。

 

 それが何を感じたのかは定かではない。しかして、そこには小さな、だが確実な隙ができていた。

 

 もちろん目の前の男は、そんな隙を見逃すほどやわではない。

 

「----っ」

 

 最後の一撃は、呆気なく決まった。

 

 本の中の主を倒したおかげか、この空間も体にまとわりついていた青白い炎も徐々に消えていく。

 

「……終わったのか」

 

 自分の不注意とはいえ、突如始まった異常な存在との戦い。体は無事でも、心は満身創痍だ。

 

 この図書館の主の話しぶりからして、この後は元居た場所に帰れるはず。そうしたら奴に文句の一つでも言ってやろうなどと考えていたローランは、その後不思議な光景を目にする。

 

「いてっ!? くそっ、なんだいきなり……」

 

 元居た場所に戻れば、何もない場所から人が一人現れた。

 

 少し濃い青髪の癖っ毛、どこか人懐こさそうに見える人相、そしてどこからともなく漂うトラブルの気配。

 

 ローランの長年のフィクサー経験が警鐘を鳴らす。こいつは関わってはいけない存在だ。

 

 彼が思わずこの図書館の主の方を振り向くと、彼女は珍しく驚いている様子であった。

 

「なぜ、貴方が……?」

 

 床に座り込み頭を抱えている男を見て、呆然と呟く蒼白の司書。

 

 そこでようやく男は意識を取り戻したのか、周囲を見渡し始める。

 

「……むっ、なぜ貴様がここに?」

 

「それは、こちらのセリフよ」

 

 傍若無人にして、人とは思えない超常の存在。そんな風に見えていた自らの上司が珍しく、まるで人のように動揺し、感情が揺れ動いているように見えることに驚くローラン。

 

 しかし、そんなローランに一切目もくれず、この図書館の主、アンジェラは口を開く。

 

「貴方はあの日、私を裏切り、無様に逃げ去り、私を置いていったじゃない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それなのに、どうしてここにいるの? ジョシュア……」

 

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