私の人生には、常に恐怖と体の震えが付きまとっていた。
かつて23区に生まれて非捕食者として逃げ惑い、うっかり中指の末兄の大切にしていた壺を割っちゃってからは中指から逃げ回り、掃除屋に捕まり非常食として連れ回され、何とか逃げ出したら薬指のドーセントに材料として狙われ、人差し指たちに追いかけられ、全てから逃げるために路地裏の隅っこで路傍の石のように縮こまって生きてきた。
私の人生は、理不尽ばかりだ。
「……はぁ、私、何のために生きているんだろう?」
当時は確か、歩いていた親指のカポの目の前を無断で横切ったと因縁をつけられ、勝手な規則で処断されそうになったから必死に彼らから逃げまどっていたと思う。
齢九歳にして生きる気力を失い、いっそのこと自分の手で命を絶とうと考え、親指の傘下の人たちからくすねた武器(刀というらしい)を喉に突きつける。しかしその刃先は恐怖で震え、どう見てもまともに死ぬこともできず、いたずらに自らの身体を傷つけて終わる様な未来しか見えなかった。
「……なんだ、私、まだ生きていたいんじゃん」
自らの気持ちに気づき、やはり生きていたいと涙があふれる。死ぬのは、怖い。刃物を振るうのは、怖い。
そんな感情が溢れて涙と共に零れ落ちる。
「おい、いたぞ!」
傘下の組織員たちを引き連れた親指のソルダートに見つかり、結局カポの目の前まで連れていかれて、彼らの機嫌を損ねないように静かに泣くことしかできなかった。
本当は生きたい。でも、この状況じゃ生きられるとは思えない。
ならばせめて相打ち覚悟で、なんて度胸もなく震える手で刀を握っているしかなかった。
……でも、この握りしめた刀が、私の運命を変えたんだ。
「ほう、その年で刀を握るとは見どころがある」
その言葉から一拍遅れて、周囲に鮮血の華が咲いた。
ただの肉の塊となったものの切り口から、鉄くさい雨が降りしきる。
そんな真っ赤な惨状の中で、真っ白な老人が一人。
真っ白な着物を身に纏い、白髪とお揃いの白い髭を風に靡かせ、数打ちの刀を手にして微笑んでいた。
不思議なことに、ただそこに座り込んでいただけの私ですら汚れていたというのにその老人は返り血一つ浴びず、全身が真っ白なままだった。
本来なら逆らおうとすら考えない五本指の関係者、その中でも実力者である親指のカポを一瞬のうちに切り裂いた老人。そんな危険人物を目の前にすれば、本来ならより恐怖におびえるか、半狂乱になってもおかしくはなかったと思う。
でも、この時の私は違ったの。
「綺麗……」
そう、私は綺麗だと思ってしまった。
血みどろの地獄絵図の中で優雅に佇む純白の老人を。そして、その繊細でありながら猛々しく、芸術のように綺麗な太刀筋を……
「ほう、ワシの太刀筋が見えておったのか」
その老人は、当たり前のように私の目が彼の剣速を目で追えていたことに気が付いていた。
いや、それだけじゃない。きっと、私の本当の才能まで……
「もしかしたら、おぬしならば届くかもしれんな」
「……えっ?」
「これは良い拾いものをした。ついて来い、刀について教えてやる」
その老人は、自分勝手にも私を勝手に弟子にしようとしていた。普通であれば怒るか、逃げるかしたかもしれない。いや、さっきの光景を見ていたら従順な態度を見せる方が多いかな?
「……ねぇ、おじいさん」
でもね、私はどれでもなかった。
「おじいさんについていったら、さっきみたいに、綺麗に刀を振れる?」
「……いいや、おぬしだけの美しい太刀筋を身に着けられるだろう」
「きっと、ワシをも超えるほどに綺麗なものを」
「これぞ我が一刀、と呼べるものを……」
だって私は、初めて彼の太刀筋を見たあの瞬間から。
「……よろしくお願いします!!」
刀に狂ってしまったのだから。