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どこからか、ピアノの音がする。
なんだかとっても綺麗な音色なのに、とっても悲しそうな、今にも泣きそうな音色……
「……ううん、いつの間に寝てたのかな?」
確か昨日は、学校から帰ってきて、すぐに宿題をしなきゃって思って……
気が付けばベッドに横になっていたようで、布団をめくって体を起こそうとして、違和感に気づく。
あれ、私の家のベッドって、こんなにゴワゴワだったっけ?
それに、目の前に広がるこの天井は……
「えっ、ここどこ!?」
「ようやく起きたのか」
ガバっと勢いよく体を起こすと、周囲はまったく見慣れない壁に囲まれていた。
無機質なコンクリートの壁に、私のいるベッド以外にはグランドピアノがあるだけ。
そしてそこには、くたびれた中年の男性が曲を奏でていたが、私が起きたことに気が付いたのか手を止めてこちらに振り向いていた。
「えっと、あの…… ここはどこですか? それに、貴方は……」
「私の名前はアントニオだ。ここに関しては…… 正直俺にもよくわからない」
アントニオと名乗った男性はくたびれたスーツを着ていて、妙にひょろ長いというか、燃え残って灰の中から出てきた縄の芯の部分みたいな印象を与える人でした。
身長は180㎝以上ありそうだけど、その割には線も細いし妙にやつれている。
ついでに肌は青白く髪の毛は灰色で目の下にクマもある。なんというか不健康そうというか、幸薄そうというか……
って、いやいや! 今はそれどころじゃない!
「ちょっと待ってください! ここがどこかわからないってことですか!? 私家にいたはずで、突然こんなわけのわからないところにいて! 貴方がここに連れてきたわけじゃないですか!?」
「……まぁ、君をこのベッドまで連れてきたのは確かに私だが、私も君と同じように気づいたらここにいたのだ」
「いや、私の場合、連れてこられた、と言った方がいいかもしれないがね」
「連れてこられたって…… えっ、貴方の場合? 私は違うんですか?」
「君はここに突然現れたんだよ、私の場合と違って君に関してはここにいる誰も知らないみたいだし、場所もすぐには用意できないみたいだからとりあえず私の部屋で寝かせることにしたんだ」
や、やばい…… 全然頭の中が整理できない。
結局アントニオさんも私も最近ここに来たけど、ここがどういうところかわからないし、アントニオさんはまだしも、私はどうしてここにいるのかもわからないってこと?
「……混乱しているようだね、まぁ見た感じ君は“巣”の出身のようだし、このような事態に巻き込まれて動揺するのも無理はない」
「とりあえず特異点の実験目的や路地裏のイカれた発明家や組織にさらわれたわけでもなさそうだし、直ちに命の危険はなさそうだからそこは安心してもよさそうだ」
「……ある意味、それ以上に厄介なことになっているかもしれないが」
「えっ、えっと……」
ど、どうしよう、今の話がほとんど頭に入ってこなかった。というか専門用語が多すぎでまったくわからない!
“ス”ってなに? さらわれたわけではなさそうと言っても、命の危険は直ちにはないってことは命の危険自体はあるかもしれないってこと!?
あと、それ以上に厄介なことになるかもってボソッと言ってたのも聞き逃さなかったから!!
「そ、その…… もう少しわかりやすく教えてほしいといいますか、せめてここがどんなところかだけでも教えてほしいといいますか……」
「おっと、すまない。どうやら私は説明が上手ではないようだ…… とりあえず詳しい話は、ここの主に聞いてみよう」
あっ、アントニオさんに悲しそうな顔をさせてしまった。すいません、そんなつもりはなかったんですよ。でももう少し専門用語を減らしていただければ……
って、今重要なことをおっしゃりませんでしたか!?
「ここの主、ですか?」
「あぁ、この場所、『動物園』とやらの主だ。たぶんロビーにいると思う」
「『動物園』……」
なんというか、意外とメルヘンな名前が出てきて驚いた……
でも、今のところ出てきている情報とか雰囲気的に、そんなメルヘンな場所じゃなさそうなんだよね……
「あいつなら君についても心当たりがありそうだったし、たぶん私から話を聞くよりも君が欲しい情報が得られると思う」
「えっと、ありがとうございます……」
「とりあえず体調がよさそうなら、今から奴に会いに行くか?」
「えっ、今からですか……?」
どうしよう、いきなりそんなことを言われてもまだ心の準備ができてないし、正直安全かどうかも分からないし。
でもここでじっとしていても始まらないし……
「……わかりました、お願いします」
「そうか、ならついてきてくれ」
ベッドから立ち上がり、床に置いてあった粗末なスリッパのようなものを履いてアントニオさんについていく。
アントニオさんが扉を開くと、その向こう側は暗い照明と真っ赤な絨毯の敷かれた廊下という、いかにもな雰囲気の場所であった。
「うわっ」
「安心しろ、ここら辺は安全なはずだからな」
「ここら辺は……?」
なんでさっきから微妙に怖いことばっかり言うんですか!?
藪蛇つきそうでまったく話を聞けなくてモヤモヤするんですけど!!
どうしよう…… 何か別の話題で気を紛らわせたい……
「そ、そういえば、ここの主って、どんな人なんですか?」
「どんな人? 人、人か……」
えっ、ちょっと待ってください。なんで“人”に引っかかるんですか?
もうすっごく嫌な予感がするんですけど!?
「あ、あの……」
「あぁ、すまない。一応奴も人と言ってもいいと思う、たぶん……」
「ど、どういう意味ですか……?」
さすがにここまでくると質問せざるをえないよ。もう限界だよ!?
でもアントニオさんはそんな私を見ながら、肩をすくめた。
「まぁ、見てもらえれば分かるというか、私にもわからないというか……」
「そ、そんなぁ……」
投げっぱなしにされながらアントニオさんの隣に並んで歩いていく。
そのまましばらく無言が続き廊下の角を曲がると、ついにこの廊下の出口が見えてきた。
「さぁ、もうすぐだぞ」
「……はい」
「一応言っておくが、奴がすぐに危害を加えるとは思えないが、なるべく不快にさせないほうがよさそうだ」
「ふ、不快に、ですか?」
「変な反応とか、変な質問はしないほうがいいだろうな」
「うっ……」
どうしよう、ちゃんとできる自信がない。
でも、失礼がないように頑張るしかないよね。
一応私は、不法侵入者みたいだし。不本意だけど……
「よ、よし、行きます!」
そう言って私は、頑張って気合を入れて一歩を踏み出しました。