「よし、ついたな。園長、彼女が目覚めたから連れてきた」
「そっ、その、失礼します! 私は……」
大きな空間に入るなり、さっそく挨拶をする。
そして名乗ろうとして、絶句してしまった。
私の目の前にいた人物は、いや存在は異様な姿をしたからが。
「おや、ようやく目覚めたのですね。ずっと寝ていたので心配していたのですよ」
こちらを気遣うような優しい声色は、夜空に輝く星々を映したかのような顔から発せられていた。
明らかに人ではない顔、しかし体は人間の物と大きな差異はなく意思疎通も問題ないように感じる。
これが、アントニオさんが言いよどんだ理由だったのかとぼんやり考えていると、園長と呼ばれた彼が私の目の前で手を振っていた。
「おーい、大丈夫ですかー?」
「あっ、はい! 大丈夫です!」
園長の言葉で我に返る。
少なくとも、ちゃんと礼儀をもって接しないと。
「えっと、私の名前は月宮 桜です! 勝手にこの場所に入ってきちゃってすいません、でもわざとじゃなくて自分でもよくわからなくて……」
「えぇ、えぇ、大丈夫ですよ。焦らなくても大丈夫」
「どうやらまだ少し混乱しているようですね、落ち着けるように何か飲み物を持ってきましょう。コーヒーと紅茶ならどちらがよろしいですか?」
「あっ、えっと…… 紅茶で」
コーヒーはまだ飲めない、どうやらまだ私には大人への道は遠いようだ。
園長さんはこくりと頷く? と、どこか別の部屋へと向かっていった。
「それでは私は気持ちを落ち着ける曲でも弾いてこようかな」
「君はそこのソファーにでも座っていてくれ」
そういってアントニオさんが指さしたソファーに座ってみることにする。
どこか高級感のあるソファーは、座ってみるとびっくりするくらいフワフワだった。
「えっと……」
とりあえず手持ち無沙汰なのでアントニオさんの曲を聞きながら周囲を確認してみる。
なんというか、動物園というよりも高級感のあるクラブのエントランスのようなどこか上品で落ち着いた、しかしどことなく溢れ出る不安感を感じる部屋となっている。そんなクラブ行ったことないけど。
かなり広めの部屋の中心にはシャンデリアが輝いており、私の座るソファーから見てほとんど反対側には受付のような場所が存在していた。みれば他にもソファーが存在しており、受付(仮)の向かって左側にアントニオさんが弾いているピアノが、そしてその向かい側には売店のような場所があるが人影は見えない。
一番気になるのは、受付(仮)の両隣にあいた二つの大きな道、おそらくあの先が動物園なんだと思う。
問題なのは獣臭さも感じなければ動物の鳴き声もしない、向こう側から生き物の気配を全く感じないというところだろうか?
あと今気が付いたんですけど、ここって入口が見えないんですけど、もしかしてあの道の片方が出入り口だったりするのかな?
……さすがに外には出れるよね?
「ちょっと失礼するわね」
そんな声と共に、誰かが私の隣に腰かけてきた。
驚いて隣を見ると、そこにはとてもきれいなお姉さんが座っていました。
真っ白でサラサラの髪は肩のあたりで切りそろえられていて、真っ黒な服を着ています。
そして、よく見ると……
「あの、もしかして……」
「えぇ、そうよ。お腹に子どもがいるの」
そういって愛おしそうにお腹を撫でる彼女の表情は、どこか悲しそうでもあった。
「あっ、ごめんなさい。アナタがこの前倒れてた子よね?」
「はい、月宮 桜です! その……」
「そうね…… クロよ、よろしくね」
なんか今間があったのですが、もしかして偽名?
なんというか、それはちょっとショック……
「それで、サクラちゃん。これからどうするつもり?」
「えっ?」
「見たところ巣の出身みたいだけど、たぶん彼はここから返してくれないと思うし……」
「あっ、あの! えっと……」
また出てきた“ス”という単語。おそらく話の流れから住んでいる地域のようなもののようだけど、せっかくだしこの機械に聞いてしまおう。
「どうしたの?」
「すいません、さっきから気になっていたのですが、“ス”って何ですか?」
「えっ……?」
私の発現を聞いて、クロさんは目を丸くする。
えっ、これってそんなに驚くようなことなんですか?
「いやはや、遅くなってしまってすいません!」
そして、一瞬の静寂を無遠慮に踏みにじって園長さんが戻ってくる。
彼は私の目の前のテーブルに紅茶を置くと、こちらに向き直る。
「さて、おそらくあなたは色々と私に聞きたいことがあるでしょう」
「例えばここがどこかとか、どうやってここに連れてこられたのかとか、私の姿はいったいどういうことなのか、とか……」
「ですがそれらの疑問に答える前に一つだけ、私からあなたに質問があります」
「質問……?」
いきなりマシンガンのように言葉を浴びせられた後にぶつけられた質問という単語。
正直いまだに現状を飲み込めていないのに、答えることなんて出来るだろうか?
そもそも本当に、どうしてここにいるかもわからないというのに……
「その、別に大丈夫ですけど、正直ちゃんと答えられるかはわかりませんよ?」
「えぇ、そこは大丈夫です」
そう楽しそうに答えながらくるりと回って一礼する園長さん。
そのときこちらに向けられた顔? の星々が妖しく輝いたように感じてしまった。
「質問とは単純です」
「貴女は私の同郷…… 日本からの転移者である、違いますか?」
「えっ?」
この人、私と同じ日本人だったの!?
というか、転移者ってことは、なんだか嫌な予感が……
「あの、もしかしてですけど……」
「そうですね、とりあえず異世界物の小説とか読んだことありますか?」
「あっ、はい」
悪役令嬢物とか大好物です。
「それなら異世界転生や異世界転移、といった概念も分かりますよね?」
「その、流れ的にここは異世界で、私は異世界転移しちゃったってことですか?」
「その通り! 話が早くて助かります!」
いやいや!? いきなりそんなこと言われても信じられ…… あぁ、うん。さすがにこの人見たら信じちゃうかも。
「ちなみに私は異世界転生だったので、貴女とは少し事情が違いますね」
「あぁ、それでそんな姿に……」
「いえ、これは後天的なものです」
「えぇ……」
それじゃあ私もそのうちこんな化け物ヘッドになるっていうの!?
……わりかしありかも。異形頭好きだし、園長さんもスーツとか着てくれないかな?
「あっ! そういえば、よくわかってないんですけど、ここって……」
「まぁまぁ落ち着いて、紅茶でも飲みながらゆっくりと話しましょう」
「話は長くなりますからね」
そういって私たちの向かい側のソファーに座る園長さん。
彼が移動するまでの間に、クロさんが話しかけてくる。
「サクラちゃん、彼と知り合いなの?」
「知り合いというか、たぶん同じ場所の出身と言いますか……」
ここが推定異世界だとして、どう説明するのが正解なんだろうか……
そんなことを考えていると、園長さんが再び口を開く。開く?
「さて、それではこの『動物園』の話をする前に、まずは我々がいるこの『都市』の話からして行きましょうか」
「『都市』……?」
なぜそんなにシンプルな名前なんだろう、それだけじゃ絶対他とかぶっちゃうじゃん。
「えぇ、この『動物園』の外に広がる、人々の住むことができる場所」
「26の大企業『翼』に支配され、日々人々がゴミのように死んでいく、様々な『悲劇』の舞台……」
「それこそが、『都市』なのです」