「うぅ…… 本当にここ、大丈夫なのかなぁ?」
園長さんに言われるがままに『動物園』にやってきたけど、その雰囲気に少し呑まれそうになってしまう。
明らかに荒れ果てた何らかの施設の道を進む。
園長さんの話的にここは『L社』ってところの施設だと思うけど…… 動物園要素、どこ?
「あまり緊張するな、ここら辺にはそこまで危険な幻想体はいない。ピンポイントで地雷を踏みぬくとか、よほどやらかさない限りは大丈夫だ」
「その絶妙に安心できない慰めの言葉やめてくれませんか?」
なんでここの人たちは皆含みのあるというか、少しでも不穏な要素を入れないと気が済まないのでしょうか?
そんな思いを乗せてジト目でついてきてくれたアントニオさんを見つめると、彼も思うところがあったのか少し気まずそうにしていた。
「すまない、私もそこまで詳しいわけじゃないんだが、条件次第では殺されてしまうのが幻想体だ。用心に越したことはないと思って……」
「あっ、いえ…… こちらこそお気遣い頂いたのに、すいません」
そうだ、この『都市』という場所において、命は軽いものだという話だった。
特にこの『動物園』は、幻想体という危険な怪物のいる場所。用心しすぎるに越したことはないということだ。
「いや、こちらもいたずらに恐怖心を煽りすぎたな」
「いえ! 私はここでは世間知らずなので、色々ご教授していただけると嬉しいです!」
「「……ぷっ、あはははっ」」
お互いに謝罪合戦になった後に、目を見合わせると思わず笑ってしまった。
なんというか、アントニオさんの笑った顔、初めて見た気がします。
いつも辛気臭…… 失礼、少し険しい顔ばかりをしていたから。
「いやすまない、なんだかおかしくて笑ってしまった」
「アントニオさん、また謝ってますよ」
「おおっと、気をつけないとな」
アントニオさんもツボに入ってしまったのか、再び笑い出しそうになるのをこらえている。
なんというか、少し暖かい気持ちになれました。
「さて、サクラだったか? そろそろこの辺に『幻想体』が収容されている部屋が見えてくる頃だ」
きた。
幻想体とは、この世の理が通じない不思議な存在ばかりらしい。
友好的なものや中立、無関心、敵対的なものなど色々なスタンスのものがいるみたいだけど、そのほとんどに共通しているのが、人に危害を与える可能性が高いという点だそうだ。
それほど危険な存在なら近づかなければいいと思うかもしれないけれど、彼らは人とかかわることですごい効率のエネルギーを作り出すみたいで、この世界では結構なお金になるそうです。
ちなみにこの世界ではお金がとても大事、生きるために必要不可欠とのこと。
「本来ならここに来た者たちに幻想体の説明は最低限となっている。すべての人間の面倒を見るわけにもいかないし、動物園のエントランス以外には覚悟をもった人間しか踏み入れないようになっているからな」
「だが君は、少し事情が特殊だ。意図してここに来たわけでもないし、都市についても知らなさすぎる」
「だから特別措置として、最初だけはこうして懇切丁寧に幻想体の情報やかかわり方を伝えているんだ」
「はい、ありがとうございます」
そうだ、私は事故でここに来たから、本来ここに来る人では知りえないことまで教えてもらっちゃっているんだ。この『お出迎えエリア』にいる幻想体の名前や特性、管理の仕方など……
これだけしてもらって、本当に感謝してもしきれません。
それにもしもの時のために、アントニオさんもついてきてくれている。たぶん大丈夫だよね……?
「このあたりの幻想体は外に出るやつはいないみたいだが、他のエリアにはそこら辺を我が物顔で歩き回る奴もいるみたいだ。気を引き締めてくれ」
「は、はい…… わかりました」
そっか、幻想体がいる部屋があるって聞いていたから心配していなかったけど、常識が通じない彼らをずっと閉じ込めて置ける保証もないのか。
一応ここら辺は大丈夫みたいだけど、気を引き締めていかないと……
「ち、ちなみにもし部屋の外で遭遇したらどうしたらいいんですか?」
「まぁ、選択肢はいくつかあるな。一つは逃げること、二つ目は隠れること、三つめは戦うこと、そして四つ目は関わること」
「前半二つはともかく、後半二つは今の君にはお勧めできないな」
「関わること?」
一つ目と二つ目は分かるし、三つめも最悪の場合はそうしないといけないことも分かるけど…… 四つ目ってどういうこと? その場で作業するってことなのかな?
「私もあまり詳しくは分からない。だが、あの園長曰く『幻想体についてよく知り、彼らのことを理解すれば、おのずと正しい関わり方がわかるようになります』とのことだ。今は気にしなくてもいい」
「なるほど~」
よくわからないことは記憶の片隅にでも置いておきましょう。大体長いこと放置してカビだらけになっちゃいますけど。
「とりあえずわかりましたけど、その場で作業するって選択肢はないんですか?」
「基本的には無駄になるからやめた方がいい、エネルギーを回収できる装置は収容室の中にあるからな」
「それじゃあその幻想体からどうやってエネルギーを回収するんですか?」
「諦めて他の奴のエネルギーを回収しに行った方がよさそうではあるが…… どうしてもそいつの作業をしたいのであれば、戦闘する必要があるな」
「えぇ……」
なんて野蛮な解決法、暴力 is ジャスティス。
「戦い、鎮圧することによって彼らは『卵』の形になるそうだ。その間は無害だから収容室まで運んで、再び元の姿に戻ってから作業するといい」
「あっ、そんな風になるんだ……」
幻想体は不死身の存在であると園長さんから聞いていたけど、別に無敵の存在というわけではないみたい。
それにしても卵とは…… なんだか卵焼きが食べたくなってきたな、だし巻き卵。
「ふむ、そろそろ収容室が近づいてきたが、どの幻想体に作業するか決めたか? 私のおすすめとしては『O-00-00』だな、あれは初心者にとって非常に優しい幻想体だ。逆に『Bald-Is-Awesome!』は止めておいた方がいい、私が収容室に入ろうとしたところを園長が止めなかったら、今頃私は……」
「あれ、ここの収容室は一体なんですか?」
「うん? そこに収容室なんてあっただろうか……」
私の目の前にある収容室には、『O-01-i01』と書かれている。
確か番号的には…… 人型だっけ?
いったいどんな幻想体がいるんだろう?
「悪いが、この幻想体の情報を私は持っていないし、ここに収容室があった覚えもない。なんだか嫌な予感もするからここは止めた方が……」
「……いえ、ここにします」
「えっ?」
私の発言に、アントニオさんは驚いた顔をしました。意外と表情豊かですね。
でも、驚くのも無理はないですよね?
だって幻想体との関わりにおいて、情報は値千金の価値がありますから。
何の情報もない、しかも突然現れたかもしれない収容室の幻想体が最初の相手なんて、頭がおかしいと思われても仕方ありません。でも……
「本来、ここに来る人達は幻想体たちのことを、ほとんど知らないで来るんですよね?」
「……そうだ、だが彼らは覚悟をもってこの『動物園』に踏み入れる。覚悟のないものたちはエントランスより先には進めないようになっているはずだ」
「でも、やっぱり私だけ知ってるのって、フェアじゃないと思うんです」
「だから、私も最初くらいは対等でいたいんです」
私の心にどこか引っかかっていた感覚。それは、自分がズルをしているような罪悪感だ。
みんな命を懸けてこの『動物園』に来ているのに、私だけこんな手取り足取り優しくしてもらっていいのだろうか? これから先、そんな気持ちでここに来る人達に関わっていくのか。
きっと私は耐えられない、この平和ボケしたような罪悪感に。でも、この気持ちを失いたくなかった。
私の真剣な表情に、少し眉にしわを寄せるアントニオさん。まだ少し、納得してもらえてないかな……
「君の気持ちは分かった、だが……」
「それに、なんだかこの部屋から呼ばれている気がするんです」
「……っ!?」
私のつぶやいた言葉を聞いて、アントニオさんが驚いたような表情をしました。
あれ、私何か変なことを言っちゃいましたか?
「うーむ……」
しばらく考え込むような仕草をしたアントニオさんは、やがて私の肩に手を置いて、目線を合わせて口を開きました。
「わかった、君の望み通りにしよう」
「あ、ありがとうございます!」
「だが、私が危険だと判断したら、引き摺ってでもエントランスに戻るからな」
「……はい、大丈夫です」
これで、私の初めての作業が決まりました。
この扉の先では、いったいどんな幻想体が待っているのでしょうか……