「おはようございますスネイプ先輩。いつの間にか年も明けて明日には皆ホグワーツに帰ってきますね」
「うわっ、いつの間に背後にいたんだ」
俺は先輩に背後からそっと囁くと、その反応に満足して談話室の柔らかい椅子に腰掛けた。
なんと、今日でクリスマス休暇最終日だ。ついにカパルディとバーティが帰ってくる。最近は早起きしても楽器で起こす相手がいなかったから暇だったんだよな。久しぶりにバグパイプで起こしてやろうか。
「っていうか、今日までよく僕に見つからないまま過ごせたな。ホグワーツから消え去ったのかと思ったよ」
「隠密の才能があったとは俺自身ちょっと驚いてます」
雪合戦事件から、俺はスネイプ先輩から逃げ続けることに成功していた。殆どは変身術の賜である。自分を椅子や小物に変身させて、先輩が去ったら変身を解除して逃げる。やったことはこれの繰り返しだ。隠密の才能というよりは変身術の才能のおかげか。
「ところで、今になって僕の前に姿を現したのはなぜだい?」
「そろそろ先輩の怒りも静まってないかな〜? と思いまして」
「なるほど」
スネイプ先輩は腕を組んで深く頷いた。そして懐から杖を取り出した。
え、杖?
「大きな間違いだよ! リクタスセンプラ!!」
「おあっ!?」
飛んできた光線を、体を捻らせて間一髪で避けることができた。どうやら怒りはまだ収まっていないらしい。
「じゃあ俺はまた逃げることにします! また新学期にお会いしましょう、では!」
俺はローブから煙玉を取り出し、地面に投げつけて談話室を飛び出した。
煙は部屋だけにとどまらず地下の廊下にまで広がり、しばらく逃げるのには困らなかった。
なぜ煙玉を持っているかと言うと、スネイプ先輩対策に使えるかなーと思って空き時間に作ってみた。煙の濃さはもちろん、範囲も申し分ない。ちょっと大広間であったときとかにガブリエラにアドバイスを貰ったので割とよくできた。まぁ、魔法を使われたら割とすぐ消えてしまうのだが。因みに在庫はまだまだある。
* * * * * * *
スネイプ先輩から逃げた先は必要の部屋。冬季休暇の間はターディス作りに長い時間をかけることができたが、これからはそうは行かない。進行速度が少し遅くなってしまうだろうが、もとに戻るだけだ。
今日はいつも通り俺が一番乗りだ。部屋の中はいつも通りの暗い石造りの広間で、前回のガブリエラの私室のような温かみはない。緑色が少ないことと湖が見える窓がないことを除けば、なんとなくスリザリンの談話室に似ている気がしないでもない。
何気なくターディスの設計図を手に取ってみるも、特にやることはない。ガブリエラが瞬間移動の魔法理論を思いつかない限り、ターディスづくりはこれ以上進められないのだ。思いつくのは別に俺でもいいのだが、俺にはそんな事できそうにもない。
「……ん?」
そんなとき、目の端に何かが写った。机の端に、銀色の小さな――ライターだ。
「デルミネーター……?」
恐らくガブリエラが忘れていったのであろう灯消しライターが、机の上にポツンと置かれていた。きっと前回ガブリエラが置き忘れていったのだろう。彼女が来た時に渡せばいい。俺はそう思ってデルミネーターをポケットに突っ込んだ。
さて、ガブリエラが来るまで何をしてようか。できることといえば内装のイメージをぼんやりと考えるくらいである。
内装を8代目風にするか9代目風にするか15代目風にするか悩んでいると、いつの間にか二時間も経っていた。二時間も内装のことだけを考え続けられた自分にも驚いたが、流石にガブリエラのことが心配になってきた。今まで彼女は工作クラブに遅れたことは一度もなかった。なのに今日は二時間も遅れている。
廊下に出てみても、人の気配はない。さて、ガブリエラは今どこにいるのだろうか。工作クラブ以外での彼女のことを全く知らないので、心当たりはない。
思いつくのはレイブンクローの談話室だが、このご時世スリザリンの生徒が突然やってきたら怪しいことこの上ないだろう。別の場所を探すしかないか。
ホグワーツの中にいるのだから、大した危険にさらされているわけではないと思うが、流石に二時間の遅れは心配になる。
となると、学校中をあてもなく彷徨うしかないか。
冬休み中にスネイプ先輩から必死に逃げ回ったおかげで、もはや校内で迷うことは無くなった。頑張れば地図を描けるんじゃないかというくらいには構造を把握している自信がある。一学期にガブリエラと迷子になったときからかなり成長したと思う。
10分ほど歩いていると、廊下の角の方から足音が聞こえてきた。急いでいるのか、苛ついているのか、歩調は早く、音もうるさい。11,2歳の少女に出せるような音には思えない。高学年か教師の誰かだろう。もしかしたらハグリッドかもしれない。そういえばハグリッドとはまだ話したことがなかったな。彼はスリザリン嫌いっていう設定だったから、まともに話を聞いてくれるとは思えないけど。
予想するに、俺がこの速度で歩き続けると、足音の主とはちょうど廊下の門で鉢合わせるだろう。
残り五歩、四歩、三歩、二歩、一歩――
そして、角から一人の男が顔を出した。
「――ムーディ、先生?」
現れたのは、今年度の防衛術の教授、パグナックス・ムーディだった。まぁ、それだけなら全く問題ないのだ。ムーディ教授はクリスマス休暇中に学校に残る選択をしたから、この学校のどこで見かけても不思議ではない。問題は、教授がただならぬ表情をしていたことだ。
息は荒く、目の周りは泣き腫らしたかのように赤い。今まで見たこともない憤怒の形相を浮かべながら、ムーディ教授は俺を睨みつけた。
「お前らが――」
そう言って、教授は俺の襟首を掴んだ。強い衝撃とともに、俺の足は地面を離れた。教授が、俺を掴んで持ち上げていた。
「な――」
「――お前のような奴らがいるから悪いんだ!! お前らが、お前らさえこの世にいなければ、どれほど良かったか!! お前らさえいなければ!!」
教授はそう叫ぶと、俺を地面に叩きつけた。肋骨が折れると思った。肺の空気がすべて排出され、一瞬目の前が真っ黒になった。
ムーディ教授は上から俺のことを睨みつけている。
とっさにローブの中の煙玉に手を伸ばす。煙玉は一個。使うべきか否か。教授のこの怒りようだと、俺の骨が折れるようなことをしでかしてもおかしくはない。だが、反撃しようとして煙玉をしようとすると、教師に手を出したことになる。光陣営の教師に危害を加えたとなると、ダンブルドアの俺への警戒度は上がるだろう。それは絶対に避けたい。教授は腕を振り上げた。
そう考えていると、廊下の先から、声が聞こえた。
「――爺ちゃん!!」
悲痛な声だった。声の主は急いで教授のもとに駆け寄り、今にも振り下ろさんとしていた腕にしがみついた。
「爺ちゃん、こいつは、関係ない」
声の主は、ガブリエラだった。ムーディ教授と同じような泣きそうな顔で、必死に腕を抑えている。
教授はガブリエラの方を見て、それから俺の方を見て、またガブリエラの方を見て、腕をおろした。
「クソッ」
それだけ言い残して、教授は早足でその場を離れていった。
「……なんなんだ一体」
本当に、理由がわからなすぎる。なんで教師が生徒に手を上げたんだ。なんでこんなに急に。
ガブリエラは、悲しそうに教授の去っていった方角を見つめていた。
そうだ、灯消しライターを返さなければ。そう思って、俺はローブのポケットに手を伸ばして――
「――っ」
ガブリエラは、一歩後ずさった。顔には恐怖の表情を浮かべている。
――杖を抜こうとしている、と思われたのだろうか。
「……ごめん。あんたが関係ないのはわかってる。わかってる、けど」
ガブリエラはそう言って、一瞬俯いて、
「ごめん」
そう言って教授の後を追いに行った。
――その後、ガブリエラが必要の部屋に顔を出すことはなくなった。