「……うわぁ」
朝、心地よい目覚めを迎えたカパルディは、目に入った光景により目覚めの快感を一気に失った。
セルウィンの机の上を、粘液まみれのタコがのたうち回っていた。
「なんてもん放置してるんだよ……」
新学期に入ってから一ヶ月ほど。最近はずっと気持ちよく朝を迎えることができたカパルディだったが、久しぶりに朝っぱらから面倒なことに巻き込まれてしまったようだ。折角の休日がもう台無しにされた気分だ。タコはホグワーツで許可されているペットのリストに入っていなかったはずだが、どこから持ってきたんだろう。
机の上をよく見てみると、蓋の取れた瓶が倒れていた。中が粘液まみれだったので、その中からタコが脱走したのだろう、とカパルディは推測した。まさかタコが内側から瓶を開けられるとはとタコに感心しつつ、生きたタコを瓶に放置したセルウィンを心のなかで責めながら、カパルディは浮遊呪文でタコを持ち上げて瓶の中に戻し、蓋を締めた。蓋の上に手を置いていると、中からタコが蓋を動かしているのを感じる。
タコを逃がすまいと、カパルディは蓋を押さえつける。しかし困った、これでは瓶から手が離せない。
持ち主/飼い主であるセルウィンは部屋にいない。他のルームメイト達はというと、クラウチは未だ夢の世界の中で、無口な少年は部屋の隅に立っていた。もう同じ部屋で暮らし始めて二学期目になるが、未だに彼が寝ているところを見たことがないのは何故だろうか。ベッドで寝た形跡すらない。
いや、今気にするべきなのはセルウィンのことだ。ここ最近見かけないことが多いが、こんな朝早くからどこに行ったのだろう。
瓶を手に持ったまま部屋を出る。地下室に位置するスリザリン寮は日光が入ってこないため、誰かが明かりをつけなければ真っ暗な状態だ。まだ明かりがついていないということは、起きている生徒は他にいないということだろう。
「ルーモス」
杖先に明かりを灯して、談話室へとゆっくり足を運ぶ。
誰も起きていないと思っていたが、なんだか談話室から声が聞こえる。聞き慣れた声が複数と、聞き馴染みのない声が複数。
「ノックス」
小声で明かりを消して、談話室を覗く。
談話室の窓から池を通してうっすら日光が部屋を照らし、話す人影の顔がかろうじて見えた。
一人はセルウィン。他に見知った顔といえば、セブルス・スネイプとマルシベール、そして彼らの友人のエイブリーで、あとはあまり知らない上級生ばかり。
「君の腕前は実に見事だよ。もっと早くに勧誘しておくべきだったね」
一番年長者と思える上級生がセルウィンに話しかける。声色は優しいのに、どこかゾットするような冷たさを含んでいる。あれは確か6年生の……名前は、ロジエールだったか。
ロジエール家はセルウィン家と同じ聖28族の一員だから、二人が交流を持っていてもおかしくはないが、何故こんな朝早くに話しているんだろうか。密会のように思えるが、なにか隠すようなことでもあるのか?
「マルシベール、やはり君の推薦は正しかったよ」
「あ、ありがとうございます」
なんと、マルシベールが頭を下げて礼を言っている。いや、上級生に対して敬意を払うのは当たり前だが、いつも堂々としている彼が半ば怯えの混じった姿勢で頭を下げる姿は想像できなかった。他のメンバーも若干彼の前では緊張しているように見える。
「次はまたいつもの時間に会おう。これで解散だ」
ロジエールがそう言うと、他のメンバーは彼に一礼してからそそくさとそれぞれの部屋に戻っていった。
カパルディは廊下で息を殺していたが、暗くてよく見えないからか、全員が気づかなかった。
全員が通り過ぎたのを確認したあと、カパルディは談話室をもう一度覗いて、先ほど人数を数え間違えたことに気づいた。
部屋に一人、セルウィンが立っていた。
何をするでもなく、ぼーっと立っていた。
かと思えば、いきなり動き出し、談話室から出て行った。寝室ではなく、寮外に。
「……こんな朝っぱらから何やってんだ?」
手に持った瓶のことは半ば忘れ、カパルディはセルウィンの後をつけることにした。
談話室の外はまだ暗い。
曲がりくねった廊下や、いくつもの階段を登った先、ある廊下の真ん中、大きな扉の前でセルウィンは立ち止まった。
ここは八階だ。普段は誰も通らず、ここに部屋があったことすらカパルディは知らなかった。
セルウィンは扉を見て深呼吸すると、ゆっくりと扉を押し開けた。
部屋の中がどうなっているかわからない以上、中に入ると追跡がバレる可能性が高い。カパルディはこれ以上の後追いは諦めた。
しかし、セルウィンは一体何をしているんだろうか。
前から彼はおかしな行動を取っていたが、今回はそれとは方向性が違う。今までのセルウィンの奇行は彼の趣味が原因だったが、最近はただ怪しいだけだ。
決闘クラブにも顔を出していないらしいし、よくわからない上級生とつるんでいたり、暗い中誰もいない部屋に忍び込んだりしている。
ただの思い違いで、いつもどおりの奇行の一部だといいのだがと思いながら、カパルディは瓶を固く握りしめて寮へ戻り始めた。
* * * * * * *
扉の先には、見慣れた石造りの広間ではなく、生活感のあるやや小さな部屋があった。
小さな暖炉に、柔らかそうなソファーや本棚があり、ターコイズ色の壁紙が貼られた部屋。その中で、一人の少女が何も言わずにこちらを睨みつけている。
この部屋は一度だけ見たことがある。あれは確か、デルミネーターを最初に見たときだ。
「……よぉ」
片手を軽く上げて挨拶をするが、ガブリエラはこちらを睨みつけたままで、返事をしなかった。
クリスマス休暇のあの日以来、彼女と顔を合わせることはできていなかった。もともとあの事件の前でもこの部屋以外でガブリエラを発見することができなかったのに、工作クラブに顔を出さなくなってからは1ヶ月間授業以外で顔を見ることは全くできなくなってしまった。
ガブリエラは、好調とは言い難い姿をしていた。
目の下には隈ができ、茶色の髪は束ねられておらず、ボサボサになっていた。
「そうだ、これ、返――」
「いらねぇ」
ポケットからデルミネーターを取り出して渡そうとするも、食い気味に断られてしまった。
当人は少しばかりそのことを後悔しているらしく、後ろめたそうに目線をそらした。
「悪い。あんたが悪くないのはわかってる。だけどやっぱり……あんたみたいな奴とはまだ話せそうにない」
「……ごめん」
「別に、あんたが謝る必要はないさ」
身内を死喰い人に殺された彼女からしたら、直接的な関係はなくとも死喰い人の息子と話したくないのは理解できる。
同じ部屋にいるのも、彼女にとっては苦痛だろう。
俺はそれ以上は何も言わず、部屋を退出した。
結局、デルミネーターを返すことはできなかった。