「ただいま!」
ヘラルドの姿現しで、俺は懐かしの我が家に帰り着いた。うん、相変わらず真っ黒い。壁紙変えようとは思わないのだろうか。
母――イミティス・セルウィンはリビングでソファーに座り込みながら頭を抱えていた。
「……おかえりなさい。あなたは元気そうで良かったわ」
只今俺はあのクソ親父が逮捕されたと聞いて絶好調だ。
たとえ当主の父がどうなっても、セルウィン家の財産は母のあとに俺が継げるし、サポートは後見人がついているので、就職するまでは問題なく暮らせる。あの死喰い人がどうなろうと俺の人生はどうとでもなる。なんなら闇の帝王とのコネクションが薄くなってくれる
「ヘラルド、俺の荷物は?」
「坊ちゃまの部屋に置いてあります」
「よし、早速行くか」
イースター休暇はクリスマス休暇のときに比べて宿題の量が多い。特に魔法薬学の宿題はきっちりやっておかないと学年末の試験でバーティに笑われてしまう。
「待って、父上が心配ではないのですか?」
母が俺を引き止める。
別に父が終身刑になろうがどうなろうが構わないが、罪状は気になる。別に今更親が犯罪者だということが公表されても構わない。公式に犯罪歴がついていないだけで、もう世間一般の人々がみんな知っていることだ。
「そうですね、罪状はなんですか? 殺人罪? 放火? 内乱罪?」
「違法な闇の魔術の行使、よ」
闇の魔法の一部は法律で使用を禁止されている。刑罰はその魔法の種類と使用用途によって変わるが、最も有名なものは許されざる呪文だろう。これらの呪文は人間に対して使用すると、いかなる目的があろうとアズカバンで残りの一生を暮らすことになる。
今回は誰かに闇の魔法を使っているところを見られたのだろうか。
「……魔法省が、身内に死喰い人の疑いがある未成年の、魔法使用記録を調べ始めたの」
なるほど、そういうことか。
魔法界では、未成年は学校の外で魔法を行使することを禁止されている。とある魔法によって、未成年者の周辺で使用された魔法はすべて記録されるが、誰がその魔法を行使したかまではわからない。就学前に検知される魔法は見逃されるものの、記録は取ってあったんだろう。
両親は幼少期に俺に杖を貸して闇の魔術を練習させた。恐らく、魔法省はそういったことを行っている家庭や、日常的に闇の魔術を使用している家庭をあぶり出そうと、怪しい人物の過去の記録を掘り返しているのだろう。
あいにく、両親が俺に教えたのは初歩的な闇の魔術、そんなに深刻ではなく、重罰は課せられないだろう。
そんな事を考えていると、扉をノックする音が聞こえた。
ヘラルドが扉を開けると、そこには黒い服に身を包んだ、背の高い、痩せた男が立っていた。顔は骨ばっており、ギョロッとした目だけが異様に際立って見える。
母はその男を立ち上がって迎えた。
「あぁ、待っていたわ――ラバスタン」
* * * * * * *
父であるソリタム・セルウィンと、ラバスタン・レストレンジの父親、フルクラン・レストレンジ四世は学生時代ホグワーツでルームメイトであり、一番の親友だった。
その関係は卒業後も続き、父はフルクランの息子ロドルファスの、母はその弟ラバスタンの後見人となり、ロドルファスは俺の後見人になった。お陰でセルウィン家とレストレンジ家の繋がりは深い。なんならロドルファスとベラトリックス・ブラックの結婚式にも招待された。どういう流れか最終的に花嫁と招待客の一人が殺し合いを始め、人生の中で最も理解ができなかった一日として俺の脳裏に刻まれた。
「よぉ坊主、元気にしてたか?」
「ええ。スリザリン寮の方々は皆よくしてくれるので」
正直に言うと、ラバスタン・レストレンジは苦手だ。父と同じ目をしている。
ラバスタンが応接間のソファーに座ると、我が家のもう一人の屋敷しもべ妖精、ハロルドがお茶を持ってきた。ラバスタンは湯気だっている紅茶を一口で飲み干すと、ハロルドにからのカップを返して短く「次」と言った。
いやもう死喰い人動向とか差し置いてなんかキモいこいつ。
「そういや、俺の入学祝い気に入ったか?」
「入学祝い?」
別にラバスタン個人から入学祝いをもらった覚えはない。
「あの本だよ。『深き闇の秘術』ってやつ。親父からもらっただろ?」
「ああ、あの本」
あの本なら寮でよく読んでる。カパルディとバーティと無口な少年に怪しまれないために表紙を変身術で変えてるけど。暇なときはよく読んでいる。最近は特に。
「実はなぁ、闇の帝王の指示であの本の流通は俺が管理してるんだよ。忙しいったりゃありゃしねぇ。あんたの親父さんに一冊横流ししたのは秘密だぜ?」
「……わかりました」
つまり俺があの本を持っているということが闇の帝王にバレたらラバスタンと、横流しされたものであるということを知っていた父と俺が帝王に処刑される可能性があるってことですか?
なんか知りたくなかった。
応接間に紅茶のおかわりを持ったハロルドとともに遅れて母が入ってくる。
「……それで、ソリタムはどうなるのですか?」
「今回の件は揉み消せそうです、我が家の力を総動員しやしたからね。どうやってかは聞かないでくだせぇよ」
なんだ。アズカバンに終身刑になってくれたら良かったのに。
「そうなのね。感謝するわラバスタン」
「ただ、次に何かあったらレストレンジ家をもってしてもかばいきれるかはわかりやせん。なにせ魔法省は最近やっきになって我々死喰い人をとっ捕まえようとしてやすからね」
逆に何故父を無罪にできそうなんだ。
魔法省、特に法執行部は外部からの権力に流されにくい。なにせ部長は死喰い人嫌いで有名なあのバーテミウス・クラウチ・シニアだ。死喰い人相手に許されざる呪文を合法化するような彼が取り仕切っている法執行部をどうやって誤魔化したのだろうか。
「じゃ、俺はこれでおいとまさせていただきますよ」
「あら、もう少し長くいたら? ハロルドに夕飯を作らせるわ」
「その提案はありがてぇんですが、あいにく今日はこれから仕事なんでね。長居はできねぇんですよ」
「残念だわ。時間ができたらまた寄ってくださいね。できればあなたのご家族もご一緒に」
「その時はごちそうに預かりやすよ。では」
ラバスタンは紅茶をまたもや一気飲みすると、カップを再びハロルドに渡して立ち上がった。そして俺のことを一瞥してニヤッと笑うと、部屋を退出した。
* * * * * * *
「さて、ひと仕事と行くか」
ラバスタン・レストレンジは、姿現しをした先である家を見上げた。
たしかにここは以前に来た家だ。ここで全てを終わりにしなければ、ラバスタンの未来は危うい。
拡張呪文のかかったコートのポケットの中には、黒いローブと頭蓋骨を模した仮面――死喰い人としての正装が入っているが、これは今回は使わない。イミティス・セルウィンには仕事だと言ったが、あれは嘘だ。これは死喰い人としての業務とは関係ない。いや、関係はあるが、他の死喰い人――特に闇の帝王には気づかれたくない。
今回は個人的な用事があってこの家に来ている。
まだこの家の主人は帰ってきていない。正しくは、この家の主人はすでにラバスタンの手によって殺されている。今日ここに来るのはその親戚で、そいつが今回のターゲットである。
誰もいない家に忍び込むのは簡単だ。以前侵入したことのある家なら特にやりやすい。あとは中に潜んで、標的が来るのを待つだけ。
ラバスタンは息を潜めて、ターゲットを待つ。
そして扉の開く音を聞くと同時に、杖を取り出して構えた。