ラバスタンが帰り、荷解きが終わったあと、俺はヘラルドを連れて外出することにした。
行き先はダイアゴン横丁だ。次の学期のために買い足したいもの――主に触手研究に必要な資料など――がたくさんある。あと、ターディスのための瞬間移動装置の理論を自力で開発しなければいけないから、最新の魔法理論に関する本も買いたい。
あとやらないといけないのは、杖の手入れだ。
杖はこまめに手入れしないと力を失ってしまうらしい。ホグワーツにいた頃も自分で杖磨きを行っていたが、今やっていることだけで足りるのかはわからない。インターネットがないから確かめようがない。なので、オリバンダーの杖屋の隣りにある手入れの店に行くことにする。あそこはオリバンダー家が経営している、杖の簡単な修繕などを行う店で、腕は信頼できる。
なにはともあれまずは姿現しをした地点から一番近い本屋に行くことにする。
流石に闇の魔術に関する本は売っていない。そういうのがほしいならノクターン横丁にいかなくてはならないが、未成年者と屋敷しもべ一名だけで行くべきところではない。だがこの本屋――フローリッシュ・アンド・ボッツには、それ以外の魔法界の本ならかなりマニアックなものでもなければだいたいなんでもある。
「……流石に触手専門の本はないか。仕方ない、普通に魔法生物学と薬草学の本でも買おう」
セルウィン家は聖28族に載るような歴史ある純血一族、既得権益層だ。本を買う金ならいくらでもある。なんならうちは全聖28族の中でも最大の書庫をもっている気がする。うちの屋敷の半分以上は書庫が占めている。掃除を担当しているヘラルドによると、魔法を使っても管理が大変だそうだ。お疲れ様です。
家の書庫にある魔法理論の本はあまりにも古すぎる。そろそろ新しいのを買わなければ。
最終的に10冊ほど本を買った。かなり重いが、魔法のかかった鞄があるのでそこは問題ない。
次に向かったのはオブスキュラス・ブックス。これまた本屋だ。こっちは魔法生物に特化した本屋だ、触手に関する資料はここで売ってるかもしれない。
残念ながら売っていなかった。同じ通りにある古書店も、魔法理論に関する本はたくさんあったものの、触手に関するものは一切無かった。何故だ、この世に俺の同好の士は一人もいないというのか。
ああ〜、ノクターン横丁に行きたい。あそこならもっとマニアックな本とか絶対売ってるのに。けど今の俺に自分を守るだけの力はない。あんな危険なところ、そこそこ実力がないと安全に移動できないからな〜。残念。
「さて、そろそろ本屋以外に行くか」
ダイアゴン横丁には何故かナッツの専門店がある。ナッツの中では、 カシューナッツが好きだ。因みにヘラルドはアーモンドが、ハロルドはピスタチオが好きらしい。アイツラの分も買っておこう。
キロ単位で買ってしまった。
流石に鞄にかかった魔法でもカバーしきれない重さになりつつある。本屋で買った本十冊と、古書店で買った数冊、そして数キロのナッツ類。そろそろ買い物は終わりにして、杖の修理店に行こう。
* * * * * * *
「いらっしゃいませ〜」
店の中にいたのは、若い男だった。
ギャリック・オリバンダーじゃないな。弟子の一人か? 本編には出てないけど、オリバンダー家には他にも人がいたはずだ。彼はオリバンダー家の人間だろう。
「杖の手入れですか?」
「はい。こちらをお願いできますか?」
ローブから杖を取り出して店員に手渡す。木材はトウヒ、芯は不死鳥の尾羽根。使い勝手の良い俺の杖だ。
「これは……うん、ギャリックさんの作った杖だね。完璧とは言い難いが、なかなか良く手入れされている」
「ありがとうございます」
「君は一年生かな? それにしては手入れがうまいね。君くらいの歳の生徒は手入れをサボる子が多くてね、親御さんに連れられてやってきて、ひどい状況の杖を出されることもたまにあるんだ」
店員は軽く世間話をしながらも杖を鑑定し、カウンターの紙に何やら書き込んだり、棚から器具を取り出したりしていた。見た感じ仕事の出来そうな人だな。
「あれ、一年生っていうことは、ガブリエラちゃんと同い年か。君はあの子のお友達かな?」
ん?
なんでこの店員からガブリエラの名前が出るんだ?
「……ええ、ガブリエラ、さんとは同学年ですが」
「やっぱりそうか! あの子、まだ一年生なのに両親を立て続けに殺されちゃってね。君みたいに友達がいてくれたらあの子の悲しさも紛れるだろうね」
「両親を?」
身内が死んだとは思っていたが、親を両方なくしていたのか。
だが「立て続けに」ということは、別々のタイミングで殺されたのか?
店員は頷きながら話を続けた。
「ああ、入学の数ヶ月前にお父上を、そしてついこの前お母上を。死喰い人に奇襲を受けたそうでね。あの子はうちの家系とはギャリックさん以外あんまり親しくないから、もう彼女の近しい親戚といえば母方の祖父くらいさ」
母方の祖父――ムーディ教授か。
あと、話から推測するにガブリエラの父方の家系はオリバンダー家だろう。
死喰い人が闇祓いを多く輩出したムーディ家の人間を標的にするのはわかる。だが、ガブリエラにはオリバンダー家の血が流れている。イギリス魔法界で最も良質な杖をつくる一族を、果たして死喰い人は敵に回そうと思うだろうか? ギャリック・オリバンダーの恨みを買うと、死喰い人は上質な杖の供給先を失うことになる。本編では終盤で本人を誘拐することでそれを回避していたが、それはヴォルデモートがニワトコの杖がどうしても必要になったからであって、よっぽどの理由がない限り死喰い人がオリバンダー家の人間をわざわざ襲うことは考えられない。
「ガブリエラ、さんはギャリックさんとは親しかったんですか?」
「ギャリックさんはあの子の杖づくりの師匠だよ。あの子、まだ一年生なのに僕よりも杖づくりが上手でね、ギャリックさんもあの子がホグワーツを卒業したら引退して店を継がせようって考えてるよ」
店員はハハッと笑った。
「――店を、継がせる?」
「うん。あの子は杖づくりもそうだけど、魔法道具の製作に関しても天才なんだ。ギャリックさんもそろそろ歳だし、リウマチになる前に引退を考えて――」
「――すいません! また来ます!」
「え?」
俺はおしゃべり好きな店員の手から杖を奪い取ると、急いで店を飛び出した。
ヘラルドも俺に続いて店を出る。
「坊ちゃま、どちらへ!?」
「ごめん、母上には触手の研究に失敗して怪我したって言っといて!」
「はぁ!?」
人に溢れた通りを、無我夢中で走る。ここで走ったって意味はないのに、どうしても走らないと気がすまない。
頭の中を思考が目まぐるしく駆け巡る。
原作では、ギャリック・オリバンダーは現役で杖屋を営んでいる。
つまり、ガブリエラが店を継ぐことはない、ということだ。
そもそもガブリエラのような才能のある人物が本編に登場していない時点でこのことは予想できたはずだ。気付けなかった俺が馬鹿だった。
『あいにく今日はこれから仕事なんでね』
頭の中であの男の声が響く。
別にまだ確定したわけではない。あの男が関わっていると決まったわけでもない。でも、嫌な予感がしてたまらないのだ。
いや、きっとあの男が関わっているに違いない。
もしあの男が言ったことが正しいのならば――
「あぁ、くそ!」
もうどうしようもなくなって立ち止まる。
ガブリエラの居場所を知っているわけでも、たどり着く手段を持っているわけでもないのだ。俺にできることはない。
そんな時、俺はふと、ローブのポケットに入っている「あるもの」のことを思い出した。
ポケットから取り出して、手のひらに乗る「それ」をじっくりと眺める。
これが本当に使えるのかはわからない。その機能が再現されているのか、俺にそれを扱う技術があるのかもわからない。
ああもう、さっきから不確実なことばかりだ。悩んでいたって仕方がない。万が一のために、行動するしかないのだ。
どこへ、どうしても、どういう意図で――
そうしてユマノ・セルウィンは、ダイアゴン横丁から姿をくらませた。
* * * * * * *
老人は、孫とともに古びた家に入っていった。家の中は暗く、つい最近まで人が住んでいたとは思えないくらいに静かで寂しい雰囲気だ。
孫は老人のことを一瞥すると、黙って二階へと上がっていった。
老人は、この家の主人ではない。何度か訪ねたことがあるものの、その構造を瞬時に思い出せるほどではなかった。
紅茶はあるだろうかと、老人はキッチンへと向かった。棚を一つ一つ開けても、茶葉はなかなか見つからない。英国の住民なのに、紅茶の茶葉を持っていないということはありえない。
ビスケットは何個かあったが、茶葉は見つからない。まさかコーヒー派か?
老人がキッチンで棚から棚へと移動する中、背後から、人影が忍び寄る。
人影は杖を抜き、そして背中を向ける老人へ――
老人は老いてはいたが、弱くはなかった。
現役の闇祓いに匹敵するであろう速さで杖を引き抜くと、背後から迫りくる人影に向かって無言の呪文を発射した。
しかし人影はまるでその攻撃が来るのをわかっていたかのように呪文を避けると、老人を自らの呪文で吹き飛ばした。老人はあっけなく後ろに吹き飛ばされ、棚に衝突した。
「優れた戦士ほど、基本を疎かにしねぇ。つまり、わかりやすい教科書通りの対処をしてくるってことだ」
人影――ラバスタン・レストレンジは、ゆっくりと倒れた老人に近づいていった。
「ステューピファイ」
失神呪文を当てて、老人の意識を刈り取る。本当はここで殺しておきたいが、死の呪文は一発使うだけで体力を消耗する。それは本命のターゲットに取っておきたい。
この老人はしばらく動けないだろう。彼が意識を取り戻す前にターゲットを殺し、目的を達成してからここに戻ってきて老人を始末しよう。
ラバスタンは天井を見上げ、目線を二階へと向けた。
今日で、すべてを終わらせる。
ラバスタンは老人――パグナックス・ムーディをキッチンに置いて、標的のもとへと向かった。