ガブリエラは、オリバンダー家に生まれるべくして生まれた。
イギリスのみならず、世界でも最も優秀な杖職人ギャリック・オリバンダーに次ぐ才能の持ち主で、魔法道具に関する知識と技術なら誰にも負けない。まさに、ものづくりのために生まれてきたような存在だ。
彼女自身ものづくりが好きだった。両親も彼女のために珍しい素材や本を買ってきてくれた。父親はどこからか非合法な闇の魔術の本まで買ってきてくれた。
「ギャビーのためなら、なんだってしてやるさ」
そう言って笑う父親の姿は、ガブリエラの大切な思い出だ。
いつしか、家の中はガブリエラの作った魔法道具で埋め尽くされた。
生活が今までになく便利になったと喜ぶ両親の姿を見て、ガブリエラも同じく喜んだ。
幸せな人生だった。自分のことを愛してくれる両親と、祖父。杖づくりの師にも腕を認められ、もうこれ以上は何も望むものはない。そう思っていた。
だが、父親が死んだ。
ホグワーツに入学する数ヶ月ほど前のことだ。父親は、家の前で死んでいた。元闇祓いで、魔法省法執行部にツテのあるパグナックスは、犯人が死喰い人であるという情報を手に入れた。
一体、なんでこんな事になったのだろうか。私が、父が、一体何をしたというのだ。
入学の一ヶ月前、もう一度襲撃を受けた。
今度は偶然祖父パグナックスが居合わせたため事なきを得たものの、パグナックスはガブリエラ達家族が狙われていると主張し始めた。
死喰い人たちは、闇祓いの家系であるムーディ家を、親戚ごと根絶やしにするつもりなのだと。
更にもう一度襲撃があり、パグナックスの疑念は確信に変わった。
母親はパグナックスの言うことを信じ、家に何十にも防犯呪文をかけた。
家の中は安全だと、母親は言った。
だが、ガブリエラはもうすぐ家を出て、ホグワーツに行かなければならない。死喰い人の子どもが多く在籍する、ホグワーツへ。
母親もパグナックスも、ガブリエラのことを大いに心配した。死喰い人の狙いがムーディ家の血を引くものなら、奴等は子どもたちを使って学校内でガブリエラを狙うかもしれない。そうすれば、パグナックスたちにガブリエラを守るすべはない。
そして、母親が提案したのだ。
闇祓いとして経験のあるパグナックスが、ホグワーツの教師になればいい。そうすれば、ガブリエラをホグワーツでも守ることができる、と。
しかしそれでは母親が一人になってしまう。パグナックスがいない中、母はどうやって身を守ればいいというのだ。
「大丈夫。私はあなたの娘ですから。あなたは、ガブリエラのことを守ってやって」
そう言って、母親はパグナックスを説得した。
校長、アルバス・ダンブルドアは、学生時代パグナックスの後輩だった。話はとてもスムーズに進んだ。
どうやら、ホグワーツの闇の魔術に対する防衛術の科目は、毎年教師が様々な理由で辞めざるを得なくなるため、ちょうど来年度の教員を探していたというのだ。
「DADAの呪いがなんだ。ガブリエラのためなら、そんなもの、跳ね除けてやるわ!!」
パグナックスは、アルバス・ダンブルドアの提案を受け入れた。
入学してすぐ、パグナックスはガブリエラにとある部屋のことを教えた。
必要の部屋。入室者の望みを叶える魔法の部屋。在校生でも知っている者は一握りで、ここなら死喰い人の子どもにも見つからない、とパグナックスは自慢げに言った。
それから、ガブリエラは授業以外の時間の殆どをそこで過ごすことになった。
初日、予定を全て完了したガブリエラは、パグナックスの指示通りに必要の部屋へと向かった。
部屋はガブリエラの私室と酷似していた。家具も、魔法道具も、本の一冊一冊に至るまで、全てが自宅の部屋と同じだった。
だが、部屋は空っぽだった。
入学前にパグナックスは言った。誰が死喰い人と繋がりがあるかわからない。誰も信用するな。この部屋に一人でいれば、安全だと。
パグナックスは本気でガブリエラの身の安全を案じていた。そして、家族を失うかもしれないという恐怖心から、過剰に彼女を守ろうとしていた。
ガブリエラは、ホグワーツでの最初の一日を孤独に過ごした。本棚から本を取り出し、何度も読み直した。
次の日も授業の後、ガブリエラは同じように一日を過ごした。
そして彼女は恐怖した。果たして、これからの自分の学生生活はずっとこうなのかと。
誰とも交流せず、ひたすら死喰い人の脅威に怯えながら、隠れて生きるのかと。
ガブリエラ・オリバンダーは、家族から愛されて育った。
こんなにも孤独な生活に、耐えることなどできなかった。
次の日、扉を開ける時、彼女は願った。
どうか、一人にしないで、と。
誰でもいい。誰か、私と友だちになれる人がほしい、と。
そして部屋はその願いに応えた。
開いた扉の先には、一人の少年がいた。
* * * * * * *
ユマノ・セルウィンは、奇妙な少年だった。
死喰い人の息子でありながら、純血主義に興味があるようには見えず、マグル生まれの生徒についても害を加える様子はなかった。
スリザリンとレイブンクローで合同授業になると、ガブリエラはセルウィンを観察するようになった。
彼はおちゃらけていて、奇行を繰り返していて、わけのわからない人物だった。――だけど、差別はしなかった。
何より、彼は面白い事を考えていた。
今までガブリエラの見たことのない、ターディスという青い箱。それが、ガブリエラの興味を大いにそそった。
ターディスを完成させる。そう、共通の目的を持った二人は、すぐに意気投合した。
セルウィンはガブリエラが誰の家族なのかなど知らないようだったし、孤独に耐えきれなかったガブリエラは必要の部屋で共にターディスの製作に勤しんだ。
しかし、セルウィンとの会合は週に一度だけ。ガブリエラはついに孤独に耐えきれなくなり、必要の部屋を抜け出した。
部屋を出てみたはいいものの、ガブリエラにはどうすればいいのかはわからなかった。レイブンクローの生徒は個人主義的な気質を持っていることが多く、ガブリエラももれなくその一人で、同室の生徒とはあまり親しくなかった。
そんな中、偶然セルウィンを見つけた。
ガブリエラは気になって後をつけてみた。いろんな道を曲がりくねった先、ある塔の屋上で、ついに尾行がバレた。
セルウィンはどうやら迷子だったらしく、普段授業が行われる教室と、必要の部屋以外に行くことがないガブリエラもまた、帰り方を知らなかった。
しばらくした後、アルバス・ダンブルドアが二人を発見した。命を狙われていると聞いているガブリエラが、死喰い人の息子であるセルウィンと同時に行方不明になったので、心配して探しに来たのだろう。
その夜、ガブリエラはパグナックスにこっぴどく叱られた。
アルバス・ダンブルドアは、ガブリエラの孤独感を見抜いたのか、必要の部屋の代わりに校長室を隠れ場所として使うのはどうかと提案した。
校長の執務室は、ガブリエラにとって天国だった。
ダンブルドアの珍しい魔法道具のコレクションなどを観察することもできたし、憂いの篩や組分け帽子など、歴史的な価値のある魔法道具にも触れることができた。
何より、校長室にいる間は一人じゃなかった。
ダンブルドア本人、歴代の校長の肖像画、あるいは彼の不死鳥のフォークス、時には組分け帽子とも会話した。
灯消しライターを始めとする、彼の持つ魔法道具の再現にいくつか成功し、ターディスづくりも順調。
ガブリエラは幸せだった。
しかし、その幸せは長くは続かなかった。
母が死んだ。
買い物の帰りを、死喰い人に襲撃されたそうだ。
パグナックスは激昂して、たまたまそばにいたセルウィンに手を上げた。
ガブリエラも、セルウィンが無関係とわかっていたが、割り切ることはできなかった。
校長室も、温かみを失ったように感じた。
* * * * * * *
ガブリエラは、イースター休暇の際に家に戻った。
両親がいなくなった今、唯一の肉親である祖父パグナックスの家へ引っ越すことを決めたのだ。
パグナックスが一階で紅茶を淹れる間、ガブリエラは自分の荷物を整理することにした。
部屋は、前に訪れたときよりもきれいになっていた。
きっと、母が掃除してくれていたのだろう。
必要の部屋がこの部屋の形を取ったときに、確かセルウィンはここに立っていた。
そんな思考を、頭を振って消し去る。縁を切ってしまったのは、自分のほうだ。
階段から足音がする。祖父が、紅茶を持ってきたのだろう。
「爺ちゃ――」
振り向いた瞬間、顔のすぐ隣を光線が猛スピードで横切り、後ろにあった魔法道具――姿を眩ますキャビネット棚を破壊した。
そこにいたのは、見慣れた祖父の姿ではなかった。
痩せ細った、骸骨のような男が立っていた。
黒で統一された服はよく整えられているものの、それを着ている人間が、それに見合わない邪悪な雰囲気を醸し出していた。ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ、ねっとりとした視線でガブリエラを見つめていた。
「よぉ。はじめましてだな、嬢ちゃん」
「――あんたは」
「名乗るほどのものじゃあないさ。俺はただ、回収がしたいだけ――」
「回収って、何を回収するつもりだ……!」
ガブリエラが話を途中で遮ると、男は顔から笑みを消した。
「嬢ちゃん、人の話は最後まで聞くもんだぜ」
男の杖先から閃光が放たれ、ガブリエラの体が後方に吹き飛ぶ。
棚に衝突し、衝撃で置いてあった魔法道具が全てガブリエラの小さな体に雪崩のように落ちていく。
呻くガブリエラの姿を見て、男は大声で笑い始めた。
「こりゃあ傑作だね! もっと泣いてくれよ嬢ちゃん。せっかくだから楽しませてくれや。――クルーシオ」
その言葉が聞こえた瞬間、ガブリエラはとっさに近くにあった魔法道具を掴んで、無我夢中で投げる。
魔法道具は空中で男の呪文と交差し、爆発した。
男の呪文は魔法道具に当たったところで止まり、ガブリエラに届くことはなかった。
「へぇ、なかなかやるじゃねぇか。でもまぁ、お遊びはここで終わりってことで。死ね」
男はガブリエラに杖先を向ける。
次に来る呪文がなにかはわかっている。
あぁ、自分はここで死ぬのか。
独りで、誰にも看取られることなく、無様に殺されるのか。
もう全部、何もかも諦めて、目を閉じた――その時。
バシリ、と大きな音がして、ガブリエラと男の間に、人影が現れた。
男とガブリエラは目を疑った。
ここに、彼がいるはずがない。
「えっと、ギリギリ間に合ったってことでいいのかな?」
突然現れた少年――ユマノ・セルウィンは、灯消しライターを片手にニヤリと笑った。