ヴァルキューレのゴリラ 作:ラリゴラリゴラリゴ
キヴォトスの治安を守るヴァルキューレ警察学校。
ここに、一匹のゴリラが居た。
「いや、一匹のゴリラって何?俺、ちゃんと人間だからね?毛深くないからね?」
「急に何を言ってる、近藤。仕事に集中しろ」
「いや、俺の人としての尊厳「兄御はガッツリゴリラっすよね」コノカ!?」
ケラケラと笑う後輩に、
キッチリと着込まれたヴァルキューレ警察学校の制服は、ネクタイ迄しっかりと締められその持ち合わせた真面目さが感じられる。
顔立ちもワイルドで、野性味が感じられた。
そんな彼、近藤イサジは机を勢いよく両手で叩いて立ち上がる。
「コノカ!いい加減にハッキリさせよう!俺は人間!君らと同じ人間なんだからね!」
「え、兄御女装趣味があったんすか?いや、多様性の時代だから受け止めるっすよ、うん」
「そこだけ切り取るんじゃない!悪意ある切り取りだよ!カンナ!お前の方からも言ってくれ!俺はゴリラじゃないって!」
「……」
イサジの半泣きの様な訴えに、公安局長である尾刃カンナは書類から顔を上げる。
彼女の脳裏をよぎったのは、少し前の事。
「……イサジ。お前は少し前に、鉄骨を軍刀で叩き切っていたよな?」
「え……うわぁ」
「引くんじゃない、コノカ!違うんだ!あの場では、アレが最適解だったし、ぶっちゃけ鉄を斬るなんて筋力だけじゃ――――」
「諦めろ、イサジ。お前はゴリラだ」
入校以来からの付き合いである友人に一刀両断されるイサジ。胸を抑えて、天井を仰ぐようにして椅子へと座り込んでしまう。
ぶつぶつと呟くその口からは、呪詛の様に「ゴリラ チガウ」という単語が垂れ流される。
ヴァルキューレ公安局という堅苦しい印象を覚える部署の日常である。基本的に、イサジの扱いはぞんざいだ。
ただ、嫌われている訳ではない。信頼関係が成立しているからこその弄り。
そんな和やかな空気も一本の電話でピシャリと切り替わる。
カンナが電話を取り、眉間に皺を寄せた。
受話器が置かれる。
「仕事だ。コノカ、一隊を率いてD.U.区の周囲に検問を敷け。怪しい奴は全員しょっ引け」
「了解っす。でも、何があったんすか、姉御」
「……矯正局からの脱走だ。人数は、七人。私は、そちらの見識に回る。イサジ」
「おーう……」
「はぁ……お前は、サンクトゥムタワーだ。そこで、囚人の一人が暴れている」
「了解。俺単独で動くべきか?」
「……すまんな」
「気にするな。それよりも、お前たちも怪我をするんじゃないぞ」
先程までの萎びた雰囲気は何処へやら、椅子から立ち上がったイサジは机に立て掛けていた軍刀を手に取ると腰の左側にあるホルスターに吊り下げた。
鞘と鍔が金具で結合し、更に負い紐を鞘と柄を縛り付ける様にして繋いだ、決して抜けないように封が施された代物。
気合いを入れ直したイサジをじっと見つめて、コノカは一言、
「流石は、仕事の出来るゴリラっすね!」
「待ってぇ!?今、カッコよく決めた所だよね!?まだゴリラ呼ばわりなの!?」
「早く行け、ゴリラ」
「カンナまでぇ!?」
チクショーーーーッ!とイサジは部屋を駆け出ていく。仕事は真面目に熟すのが、プロゴリラの性根である。
駆け出していった背中を見送って、カンナは眉間を揉む。
「アイツなりに周囲との距離を縮めようとするのは分かるが、舐められるのは承服しかねるな」
「いや、姉御もゴリラ呼びするからじゃないっすかね?」
「アイツはアレで、このやり取りを気に入っている節があるからな。それよりも、無駄話は後だ仕事に移るぞ」
@
近藤イサジ。ヴァルキューレ警察学校所属の三年生であり、その名は他校の自治区にまで広がっていた。
一番の理由は、その戦闘スタイル。
銃火器が基本のキヴォトスで、鞘入りの九五式軍刀を片手に不良集団を捕縛していくのだから。
一応、ニューナンブM60を基にしたリボルバー式拳銃を所持しているのだが、専ら八双に構えた軍刀を手に突っ込むのが基本戦術。
その上で、強い。
「コラァアアアア!お前らァああああ!暴れるのは、止めなさーーーーい!!」
「ゲッ!ゴリラだ!」
「ゴリラが来たぞ!バナナ蒔け、バナナ!」
「バッカ、ばら撒くのは弾だろうが!」
ギャーギャーと喚くスケバンたちの元へと突っ込んだイサジは、軍刀を勢い良く振り下ろす。
鞘入りにそれは、一刀の下にアスファルトの地面を真っ二つに叩き割って隆起させてみせた。
散々、ゴリラと呼ばれる彼だが、その理由がこの怪力にある。
このキヴォトスには、素手で石壁をぶち破れる者が少なからず居る。イサジの場合は、その更に弐段階は上だろうか。
元々の下地に加えて、只管に鍛え続けた結果得た剛力は、文字通り破壊の権化その物。
そして、その剛力の為に彼は軍刀を抜き放つ事は殆ど無い。それこそ、人命救助や障害物の破壊など大規模的な破壊ではなく局所的な破壊を求められる場合に抜刀は限られる。
程なくして、不良の一団は頭にたんこぶをこさえて後ろ手に手錠を掛けられる事になった。
「全く。人をゴリラゴリラと言いやがって。こちとら人間だっての。ぴちぴちの17歳だってのに」
失礼な奴らめ、と肩をすくめて軍刀を腰のホルスターへと収め、上着の内側に入れている通信機を手に取った。
「……あー、こちら近藤。不良の一団を制圧した。次のポイントに向かうから、応援を頼む」
『了解しました、近藤先輩。直ぐに数名を向かわせます』
「よろしく頼む。ただ、無理はしないように。最悪、不良共は路地にでも投げ込んでおけば良いからな」
私らの扱い!と捕縛した不良たちから不満の声が上がるが、生憎とキヴォトスの人間は何れも頑強。適当にそこらに放り出されても、早々死なない。
イサジとしても、雑に扱っても良いライン以内ならばぞんざいに扱う事も厭わない。最も、行き過ぎないように本人が自制もしているのだが。
幾つかのやり取りを経て、通話が切れた端末を内ポケットに収めてイサジは顔を上げ、
「……む!」
反射的に鞘入りの軍刀を振り上げて、自身へと迫っていたライフルの弾丸を打ち払い、更に追撃に迫っていた三十年式銃剣を受け止めた。
その衝撃で、不良たちがゴロゴロと転がり吹っ飛ばされる。
「うふふふ……この時をどれほど待ちわびた事でしょうか。貴方とこうして、再び闘争に興じる事が出来るこの瞬間を……!」
「お前か、狐坂。矯正局では大人しくしていたと記憶していたんだが、な!」
軍刀が振るわれ、銃剣が弾き飛ばされる。
そのまま軽やかな動作で、和服の様に改造されたセーラー服を着た狐の少女はアスファルトへと降り立った。
目立つのは、その顔。狐の面が付けられているのだが、その面には斜めに走った大きな傷が刻まれているではないか。
八双で構えるイサジを前に、狐坂ワカモは仮面の下で笑みを浮かべた。
「ええ……ええ、勿論。敗者として、私も刑に服しておりましたとも。ですが……疼くのです。あの時の闘争が、高揚が!私を突き動かして仕方がないのですから!!!」
興奮の言葉と共に放たれる弾丸。
一発一発が必殺級だが、コレをイサジは見切った上で弾き飛ばす。勿論、そこら辺に転がった不良たちに当たったりしないよう調整をした上で、だ。
弾丸を弾くと同時に、彼は前へと駆け出した。
武器の性質上、距離を詰める事は必定。イサジの拳銃の腕前では、どうしたってワカモには敵わないのだから。
だが同時に、ワカモもまた接近戦ではイサジに勝てない。勝てなかったからこそ、彼女は矯正局へとぶち込まれる事になったのだから。
それでも、彼女は嬉々として自らのライフルに着剣した銃剣を持って振るわれる軍刀への応戦を行う。
あの日、自身に敗北を突きつけた少年に、狐坂ワカモは執心している。
そう、彼女は