ヴァルキューレのゴリラ 作:ラリゴラリゴラリゴ
連邦生徒会首席行政官である七神リンは、飛び込んできた情報に頭を抱えた。
つい今しがた、面倒事の一つを送り出したばかりなのだ。それが、更に山となって戻ってくるなど思いもしない。
とにかく、彼女は連絡を取るべく通信端末を起動させた。
「今大丈夫でしょうか、先生」
『あ、リンちゃん?大丈夫だよ』
「誰がリンちゃんですか。いえ、そんな事を言っている場合ではありませんね。直ぐにその場を離れてください」
『え?』
「先程入った情報ですが、“災厄の狐”と“剣鬼”が戦闘中です。巻き込まれないように迂回路を取ってください」
『えっと、狐坂ワカモって子と……誰かな?』
「近藤イサジという生徒です。ヴァルキューレ警察学校の公安局所属で、近接戦闘に限ればキヴォトス屈指の実力者でしょう」
『その子たちが戦ってるって事?』
「はい。出来る限り、近付かないでください。剣鬼は兎も角、厄災の狐は周囲の被害を顧みずに暴れますから」
『分かったよ――――あ』
不穏な音共に、通信が途切れた。
頭痛が酷くなった気がして、リンは眉間を揉む。
ヴァルキューレ警察学校
その実力は、デスクワークが基本のリンも聞き及んでいる。現在矯正局から脱走した囚人たちの中にも、彼が自ら捕らえた者が数人いた。
狐坂ワカモは、その一人。イサジに捕らえられて、大人しく矯正局に入っていた筈。
にも拘らず、今回脱獄し騒動を起こした。
「はぁ~~~~……」
積み重なる面倒事は、歳に比例しない肩の痛みと共に増す一方だった。
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大きく弾け、衝撃と爆風が空を震わせる。
「うっふふふふ!愉しい!実に心躍る戦いだとは思いませんか!?」
「生憎と、俺は戦闘に悦を見出しちゃいないんでね!大人しく、掴まれ!狐坂ァ!」
「まあまあ!妻に成れだなんて、熱烈ですわね!!」
「捕まれって言ってるんですけど!?ちょっと、狐坂さぁん!?お耳に調子は大丈夫ですかー!?」
コントの様なやり方をしながら、二人の間には幾つもの火花が散り、甲高い金属音が響いていた。
戦局は、拮抗状態。
単純な近接戦闘ならイサジに分があるが、ワカモはこれを合間にライフルによる射撃を混ぜる事によって相殺。結果として、街を駆け回りながらぶつかり合う凄惨な戦場となっていた。
「うっふふふふ♪」
連続で引かれる引鉄。吐き出される弾丸を、ワカモを中心とした弧を描いた軌道で駆ける事で躱すイサジ。
リロードのタイミングで彼は、弧の内側へと軌道を変えた。
当然、ワカモも相手がどのタイミングで突っ込んでくるかは把握していた。クリップで止めた弾丸を弾倉へと押し込む。
同時に、振り下ろされた鞘入りの軍刀を着剣した銃剣で受け流す。
如何にワカモといえども、真正面からイサジの一太刀を受け止めれば押し潰されかねない。そうでなくとも、得物である銃が破損する事になるだろう。
一刀を逸らされたイサジは、その勢いのままにアスファルトの地面へと軍刀を叩きつけていた。
まるで炸薬でも爆発させたかのような衝撃と粉塵が巻き起こる。
舞い上がった粉塵から飛び出したワカモは近くのビルの窓の縁へと着地し、もうもうと立ち込める粉塵を見やった。
その粉塵が、
「そろそろ捕まってくれないか、狐坂。生憎と、俺の仕事は山積みなんだが」
「そうおっしゃらないでください。折角の二人きりの逢瀬ですのに」
「俺はこんな硝煙のニオイがするデートよりも、どこぞに二人で遊びに行くような平和なデートが良いんだがな」
振り上げていた軍刀を肩に乗せて、イサジは眉をしかめる。
明らかに、時間をかけ過ぎている。同時に、カンナが自身をこの位置に配した理由も分かった気がした。
(アイツの事だ。裏から手を回して、不良共の大半は確保済みか既に逃げられているだろうな。となると、こうして派手に狐坂とやり合うのが正解ではあった、か)
脳裏で考えつつ、見据えるはその先。
このまま戦っても千日手。最終的には勝てるかもしれないが、今のイサジには気になる事が多すぎた。
かといって、このまま背を向けて去ろうとしてもワカモは大人しく逃がしてはくれないだろう。
故に、この状況を壊すのは第三者の横槍を置いて他にはない。
「ハスミ!どっちが、イサジ!?」
「あちらの、軍刀を肩に乗せた方です!」
「皆聞いたね!援護開始!」
横合いからの射撃が、ワカモを襲う。
「チッ……!」
窓枠を蹴って後退したワカモは、自身への横槍を行った者達を一瞬見やり、しかし留まる事無く駆け出した。
言いたい事はあったのかもしれないが、拮抗状態であった現状で相手に増援が来れば押し切られるのは自明の理。
何より、彼女は
「また、何れ」
駆け去っていく刹那、ワカモが零したその言葉。
イサジは後を追いかけなかった。先の通り、このまま戦っていても千日手。
何より、周囲を気にして彼自身全力の全開とはいかなかったから。
肩に乗せていた軍刀を腰のホルスターへと戻して、イサジは改めて援護をしてくれた一団へと向き直る。
「救援、感謝します。自分は、ヴァルキューレ警察学校公安局所属、近藤イサジと言います」
「あ、うん。余計な事をしちゃったかな?とも思ったんだけど」
「とんでもない。この状況で一人に時間を割き続けるのは得策とは言えませんからね」
改めて頭を下げてから、イサジは彼女らの中で知り合いの一人にも声を掛ける。
「助かったぞ、羽川。あのまま戦っていたら、埒が開かなかったからな」
「それも、周囲へ配慮を最低限貴方が払っていたからでしょう、イサジさん。貴方が本気なら、
「ははは、買い被りが過ぎるぞ」
羽川ハスミの言葉を受けて、イサジはおおらかに笑った
アスファルトは割れて捲れ上がり、車は横転して火の気が確認でき、植木は根こそぎ粉砕され、凄まじい破壊痕が広がっている。
「……この程度?」
引いたように頬を引きつらせる早瀬ユウカだが、彼女の言葉は残る者達の総意でもある。
ただ、
「ええ、
「はっはっはっは!そんな事もあったな!」
「笑い事ではありませんからね?結果的に犯人逮捕につながった上に、人的被害が0であったお陰でお咎め無しとなったんですから」
「分かっている。カンナにもこっぴどく絞られたからな……っと、申し訳ない。つい引き留めてしまいまして。自分は仕事がありますので、これで」
颯爽と去っていく背中。
「……何というか、嵐みたいな子だったね」
「腕は確かですよ、先生。彼はこのキヴォトスでも五指には挙げられる実力者の一人です」
「そう言えば、剣を持ってたけど彼は銃を使わないの?」
「そうですね。一応、拳銃を所持していた筈ですがもっぱらあの腰に提げた軍刀を主武装としています。もっとも、抜く事は滅多にありませんが」
先生の問いに答えながら、ハスミが思い出していたのは過去に一度だけ見た事がある近藤イサジが抜刀した時の事。
ゴリラ呼びの次に嫌がる二つ名の“剣鬼”は、この時の事が理由としては大きかったりする。
銃火器が主流のキヴォトスにおいて、剣に因んだ呼び方だ。実力者や裏稼業関連のモノならば、この名を聞くだけで警戒を露にする者も居た。
(今言ったとしても、信じる人はいないでしょうね)
瞼を閉じれば思い出せるその光景。
見上げるほど巨大な戦闘ロボットを、一刀の下に斬り伏せたその瞬間を。
なお、当人は黒歴史だからと吹聴しないでほしいと周囲にお願いしていたりする。