あの日あの時あの場所で 作:くろ
「……あの、ですね」
「うん?」
「バーバラ様は、その。アイドルとして、モンドで、それはもう絶大な人気を博しているわけでして」
「うーん……そうなのかな?」
「そうなんです。……だから、その。俺みたいなその辺の男一人に時間を使うのは、その、なんとも」
"なんで私と一緒にいる時、ちょっと嫌そうにしてるの?"と。随分直球な言葉をぶつけられたところで。果たしてどう返そうか、と。少し、いや。かなり、悩む。
結局のところ、これは俺の心の問題なのだろうが。流石に行きつけの飲み屋で酒を飲むたび、四方八方から殺意の籠った視線を向けられていては、流石に気が休まらない。
偶々授かった神の目を活かして冒険者活動をすること数年、それなりに生活の地盤も築けたし、この前にはとうとうモンドで憧れの一軒家を購入もした。
フォンテーヌや璃月、スメール。色々な国を訪れたが、街の雰囲気を一番気に入っているのは間違いなくモンドだ。すでに永住する決意をした都市で、住民たちに嫌われるのは流石にゴメン被る。
「でも、私がキミと一緒に過ごしたいって思ってるわけだし……それじゃダメ、かな?」
「いや、別にダメというわけでは……」
「……私と一緒にいるの、嫌?」
「断じてそういうわけではないです。ない、ですが」
「もしかして、またあの人たちから何か言われたの?」
あの人たち、とは。バーバラ親衛隊を名乗る、少々過激なファンのことだろうか。以前彼女に対する付き纏い行為で少し口論になって以来目をつけられたのか、時々絡まれることがある。尤も、実害はないに等しいのだが。西風騎士に睨まれればすごすごと退散していくし、大聖堂のシスターに睨まれれば平伏して許しを乞うしかない連中だ。
「いえ、まぁ、そう言ったことがないわけではないのですが」
「それ以外が理由なの?」
「ええ、まぁ」
結局、それは直接的な要因になり得ない。では、なぜ俺がバーバラ様と時間を共にすることを嫌うのか。それは、単純。
「───彼らが、あまりにも報われない」
「報われない?」
「はい。彼らは曲がりにも、アイドルとしてのバーバラ様を本気で愛している。そんな彼らを差し置いて、俺が時間を共にすることは、あまりにも」
「……報われない、ってこと?」
そうです、と。頷いてみれば、バーバラ様はなんとも難しそうな表情をする。
これで納得しろ、と言うのも確かに難しい話ではあるのだろうが。過激なところは多々あれど、バーバラ様を真剣に愛す彼らと、好印象こそ持っているものの、所詮そこ止まりな俺。後者が彼女に優先されるようであれば、あまりに彼らが報われない。
バーバラ様が幸せになる事こそが、彼らの望み。果たして、そう単純に考えていいものか、と。そうなると、俺が取るべき行動も、自ずと決まってくる。
「……うーん、わかった」
「分かっていただけましたか。……すみません、こんな身勝手な理由で」
「ううん、いいよ。キミがみんなのことを考えてくれてる、って言うのは伝わったし!」
そろそろ行くね、と。立ち上がってスカートから土を軽く払うバーバラ様。ニコッと笑ってそんなことを言う彼女の様子に居た堪れなくなり。彼女個人の意思を無視したこんな意見を押し通そうとする自分に自己嫌悪を覚え、顔を逸らす。だからこそ、俺は。その後、彼女が小声で発した言葉に、気づかなかった。気づけなかった。
「───でも。私も女の子なんだから。少しぐらいは我儘になっても良いよね?」
翌日。バーバラ様がアイドルを引退した、という話が、モンド中を駆け巡った。
☆
「バーバラ様、アイドルを辞めた、とは……」
「言葉の通りだよ! 今の私はただのバーバラってこと!」
「しかし、バーバラ様。アイドルとしての活動は、貴女の……」
「うーん……でも、形はいろいろあるしね! それに、私だってただの女の子だもん。好きになった子と付き合いたくて頑張るのって、そんなに変な話かな?」
とんでもないレベルの鈍感というわけでもないだろうに、おそらく私が彼に向ける感情は察していただろう。にも関わらず、やはり直球で言葉をかけられると、顔を赤くしてしまうものなのだろうか。尤も、おそらく今の私も相当に顔が赤くなっているであろうことから、無理もない事なのかもしれないが。
「……バーバラ様」
「うん」
「俺は、今すぐ貴女の感情に応えるわけにはいきません」
「良いよ、別に。そんな事、もちろん理解してたし」
え、と。驚くような表情を見せる彼。バカにしないでほしい、今までの彼の態度から、私に抱く感情があくまで人としての好意であり、男女のソレでないことなどは容易に読み取れている。その辺り、大聖堂のシスターなんてものをやっていると、人間の感情の機微にはどうしても聡くなる。あまり舐めないでいただきたい。
「ね。まずさ、その敬語、止めよっか」
「……いえ、しかし」
「あーあ、私傷ついちゃったなぁ。キミが───」
「わ、わかりました───じゃなくて、分かった!」
「ふふん、それでよろしい。じゃあ明日、デート行こっか!」
明日、というか、しばらく彼が任務を受けないのはリサーチ済み。勝手に築き上げられていた情報網だが、まさかこんな形で役に立つとは思ってもいなかった。
さて。まずは近場に行くべきか、それとも思い切って璃月にでも行ってみるべきか。ともかく、まずは彼に私のことを意識させる。そこから始めなければならない。
先は遠い。曰く野外で裸の女冒険者に迫られて尚その理性は崩れることはなく、曰く璃月で立場の高い女性に迫られてもその鉄壁にヒビすら入ることがなかった、と。
随分と難儀な人を好きになってしまったものだなぁ、と。思わず、苦笑してしまう。
「あ、明日ですか───じゃない、明日、か」
「もしかして、都合悪かった?」
「い、いや。別にそういうわけではないが……」
「じゃあ決まりね!」
随分と強引な決め方ではあるが、これぐらいは許してほしい。だって、今までが今までだ。まさか好きな人に拒絶されていた理由がアイドル活動だなんて、思いもしなかった。てっきり、もっと良くない理由なのかと。そう悩む日もあった。
そんな悩みから解放されたのだ。多少アグレッシブになったところで、果たして誰がそれを責められようか。風神様だって、きっと笑って許してくれるはずだ。
「あのね」
「……なんです───じゃない、なんだ」
「ぜっっっっったい、キミのこと、落としてみせるから! 覚悟してね!」
呆気に取られる彼の口に、本当は唇を重ねたいところだけど、今はまだ、私の人差し指を引っ付けて。
"一人の女の子"、バーバラとして。そんなことを、宣言してみた昼下がりなのであった。